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石秀 - (2014/03/26 (水) 23:39:05) のソース

*&sizex(6){天慧星 石秀 (拚命三郎)}

【年表】
|BGCOLOR(yellow):CENTER:巻|BGCOLOR(yellow):CENTER:歳|BGCOLOR(yellow):CENTER:年|BGCOLOR(yellow):CENTER:月|BGCOLOR(yellow):CENTER:出  来  事|
||CENTER:0|1078||出生。|
|S2||||[[公孫勝]]指揮のもと、西京河南府から河水沿いに賊徒の砦を築いていた。|
|S2|23|1101||[[公孫勝]]を追って渭州の牢城に収監され、奪還を試みる。|
|CENTER:S2|&bold(){25}|&bold(){1103}||[[公孫勝]]救出時、ともに脱獄。|
|~|~|~|CENTER:夏|致死軍が結成され、隊長格となる。調練が苛烈すぎると[[劉唐]]に意見する。|
|~|~|~|CENTER:初秋|[[劉唐]]・[[楊雄]]と共に、[[晁蓋]]ら捜索の軍を攪乱。北京大名府から4000の援軍を引き出す。|
|~|~|~|CENTER:秋|[[劉唐]]率いる致死軍が梁山泊に入山。このとき一緒に入山?|
|S3|~|~|CENTER:年末|[[公孫勝]]から指令を受け、北京大名府へ。[[盧俊義]]から、塩の道を探る者を殲滅するよう依頼される。&br()青蓮寺に遣わされていた密州の塩賊を殲滅。老人や子供を手にかける。&br()梁山湖近隣の村から青蓮寺の間者を殲滅する作戦を指示される。&br()その際のミスから、[[公孫勝]]に「きれいでいたいという気持が、どこかにある」と指摘され、致死軍を外される。&br()[[呉用]]からの指示を受け、[[孔明]]と共に二竜山に入山。[[楊志]]の副官格になる。|
|~|26|1104|CENTER:春|[[武松]]が二竜山を訪れ、語らう。&br()[[楊志]]の指揮で官軍の輸送隊を襲撃し、大量の物資を得る。[[孔明]]ら桃花山の軍も駆けつける。&br()北京大名府などの軍に二竜山・桃花山が攻囲されるが、外側から攪乱し撃退。|

【関連人物】