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北方水滸伝 年表


※暦は2桁で表記、水滸1巻スタートが1101年
緑字 は史実。

物語開始前

出来事
907
から
923
後梁のとある将軍によって、梁山湖の水塞が築かれる。
1069 王安石が副宰相となり、改革が始まる。
(この頃?)青蓮寺が政策立案機関として発足。
1076 旧法党の反発などにより王安石が宰相を辞職。
改革は6代皇帝神宗が引き継ぐ。
1082 宋江魯智深が宋家村の寺で出会う。
1084 宋江が寺に籠り、国の姿について熟考。その半年後、魯智深が旅に出る。
1085 神宗崩御、7代哲宗が即位。
新法・旧法の政争が泥沼化していく。

(この頃?)青蓮寺が諜報・工作機関へと変化し始める。
1090 魯智深が宋家村に戻り、宋江の話を書き留め始める。
1098 宋江晁蓋が密かに接触。
1100 哲宗崩御、8代徽宗が即位。
1101 蔡京が宰相となる。
出来事






王進出奔~梁山泊結成

出  来  事
S1 01 晩夏 王進が叛乱の嫌疑をうけ、王母と共に開封府を脱出。
王進が史家村に滞留開始、史進に武術を指南。
初秋 魯智深盧俊義燕青に相国寺で接触。
10月 林冲高俅の使者を斬り、捕縛される。李富に取り調べを受ける。
02 3月 王進が史家村を去る。
宋江晁蓋が正式に手を組む。魯智深盧俊義柴進も参集。
4月 林冲が滄州へ流される。
史進が少華山の朱武陳達楊春と親しくなる。
晩夏 魯智深の謀略により、史進が少華山に追いやられる。
晁蓋宋江呉用らによる朱貴引き込み工作が少しずつ始まる。
晁蓋阮小五と村の若者らを連れ、官軍の輸送隊を襲う。
S2 初冬 武松が寿陽に戻り、潘金蓮と再会。(※1)
S1 晁蓋宋江阮小五の船上で釣り。「替天行道」の題が付く。(※1)
年末 林冲安道全白勝を伴い脱獄、柴進の館へ。
出  来  事
S2 03 陳麗の病状が悪化。呉用の働きで林冲安道全が水塞入り。
楊志が青州へ転出となる。北京大名府で魯智深と出会う。
魯智深武松を探し出し、子午山へ預ける。
晁蓋史進らによる、公孫勝救出作戦が行われる。
黄泥岡にて、生辰綱強奪事件。楊志晁蓋ら7人に財物を奪われる。
初秋 済洲軍400・鄆城軍300(雷横指揮)が動員され、晁蓋らの捜索。
これを致死軍が攪乱し、北京大名府から4000の増援を動員させる。
晁蓋ら7人が梁山湖の水塞を訪う。林冲らが王倫を処断し、梁山泊が結成される。
この時点での組織図⇒【こちら
S3 安丘郊外の村が二竜山の山賊に襲われる。楊志が孤児を引き取り、楊令と命名。
楊志魯智深曹正が二竜山に潜入し、これを制圧。楊志が二竜山の頭領に。
年末 梁山湖近隣の村から青蓮寺の間者を殲滅する作戦の実施。石秀が致死軍を外され、二竜山へ。
04 2月 宋清鄧礼華と出会い、共に宋江の元へ。
早春 史進が子午山に預けられ、武松が連れ出される。魯智深は遼へ旅立つ。
武松孔明らの働きで、桃花山が二竜山の傘下に。
二竜山が活動を活発化し、官軍の輸送隊を襲撃。攻囲の軍も撃退する。
宋清閻婆惜を殺害、宋江武松宋清朱仝が出奔。
S4 李富宋江の正体を見破り、関係を疑われた雷横も官軍を離脱。
宋江らが穆弘穆春と出会い、穆家村に逗留。
梁山泊が軍事行動を開始。鄆城を攻略・開放し、自由都市とする。
宋江らが李俊の一党や李逵と出会う。

※1 この辺りは話の流れと時間軸が前後してるかも
1巻308P「年の終わりに、柴進は従者五人を連れて青州へ向かった」
1巻351P「武松ですが」「郷里に帰しました」
2巻 15P「冬に入ったばかり」


梁山泊結成~

出来事
2 03 12日後までに 劉唐楊雄石秀が入塞。
1ヶ月後までに 裴宣蒋敬金大堅蕭譲が入塞。
また 湯隆(31)、李雲(36)が獄舎から出される。
梁山泊本隊の兵数が2200に落ち着く。
3 曹正(29)の店に滞留していた 楊志が、楊令を拾う。
楊志魯智深曹正が鄧竜を処断、二竜山を制圧。
致死軍の選抜が終わり、兵力300に。
石秀が青蓮寺に雇われた塩賊を殲滅。少年を殺害する。
致死軍が青蓮寺の手の者500を殲滅。
石秀が致死軍中隊長の任を解かれ、孔亮と交代。
石秀孔明が二竜山に入る。兵力200→250
出来事
04
?
呉用(41)と時遷(45)が相談、晁蓋(36)の許可を得て時遷の配下30→50名に。
袁明(51)ら、致死軍の存在や梁山泊の規模の大きさに気付き始める。
呉用公孫勝(31)が、梁山泊内の青蓮寺の手の者を炙り出す。呉用が拷問。
阮小五(27)を軍師として育て始める。
呉用裴宣(30)で序列を決め、聚義庁前に名札を設置。
04 宋清(34)が聊城で鄧礼華と出会い、ともに旅を始める。
2月初め頃 宋清鄧礼華が鄆城の宋江(39)の元に到着。男と女に。
李富(39)が魯智深(38)の役割に気が付き、指名手配。
宋清が1ヶ月の時間を貰い、いちど宋家村へ帰る。

魯智深が南方から少華山へ向かう。
西京河南府で青蓮寺の手の者?に尾行される。

魯智深が少華山に到着。
少華山防衛戦。
史進(22)朱武(34)陳達(28)楊春(27)+兵400 vs 京兆府軍5000+北の軍3000
朱武の罠により少華山の勝利。死者14名。
魯智深史進を連れて子午山へ旅立つ。朱武が狼藉を働いた兵を処断。
魯智深史進王進に預け、武松(29)を連れ出す。鮑旭(25)はそのまま。
魯智深が遼へ向けて旅立つ。武松柴進(36)の元へ。
武松孔明(27)が、青蓮寺に利用されていた桃花山を制圧。
李忠(36)と周通(29)が同志に。
武松が曹正(30)盧俊義(43)燕青(25)と会ったのち、鄆城で宋江の従者に。
二竜山が官軍の輜重隊を襲撃。二竜山400+桃花山300 vs 輜重警固隊500
第一次 二竜山防衛戦。二竜山400+桃花山300 vs 北京大名府軍5000
楊志(29)石秀(26)が150ずつ率い、官軍の兵糧を焼く。
・総攻撃には孔明李忠周通と桃花山300も合流。
李富が青州近辺を旅し、安丘の守備隊を王和の軍が粛清。



二竜山の兵力600、桃花山の兵力400に。
閻婆惜(21)が鄧礼華を刺し、宋清の手に掛かる。宋江武松朱仝(31)宋清出奔。
4 雷横(31)が李富の取り調べを受ける。
李富に洗脳された唐牛児(16)が、馬桂(39)に嘘を吹き込む。
李富馬桂に接触。
馬桂が東京開封府の李富の元へ。
この時点で少華山防衛戦から半年ほど。少華山の兵力1600
宋江武松鐘静の家に泊まり、穆春(25)穆弘(28)と出会う。
穆家村に滞留。別れ際に「替天行道」を手渡す。
湯隆(32)が安道全(33)に鍼を作る。この頃までに白勝(24)は医療事務に。
夏津近郊で致死軍と王和の軍が衝突、致死軍に損害。公孫勝も負傷。
晁蓋(37)が湯隆の指南を受けて剣を打ち、決心を固める。
鄆城解放戦。梁山泊本隊2000+致死軍が出動。
・鄆城軍5000を一蹴。
・済州軍1万を、致死軍の攪乱の上撃退。
二竜山+桃花山の兵力が2000ほどに。
宋江武松李立(26)の店で食事、李俊(29)童威(24)童猛(24)に出会う。
李俊(29)が山塞を築き叛徒となる。兵力100で官軍1000を撃退。
望江の郊外で、宋江武松李逵(24)が出会う。(鄆城を出て5ヶ月ほど)
この頃までに二竜山+桃花山の総兵力が3000弱、梁山泊に合流させると決定。
また、江州に5000の官軍が集結。
宿元景の騎馬隊が編成される。
楊志が1000名の兵を連れ、梁山泊へ。曹正李忠も入塞。
宋江らが江州の戴宗(36)を訪う。張横(30)張順(28)と出会う。
黄文炳(46)が蔡徳章を迎える。
鄧飛(25)が魯智深を追って遼へ。
馬桂が二重スパイとして済仁美に接触。
5 江州戦。戴宗軍280+穆弘・李俊軍3000+本隊3000+致死軍 vs 官軍全5万
・討伐軍1万が宋江らを攻囲、童威が疾駆し李俊に現況を伝える。
宋江らは攻囲を切り抜け、中州の隠し砦に拠る。
穆弘李俊の軍は官軍1万と対峙。童威穆春の攪乱と楊雄(27)の支援により押し戻す。
・梁山泊本隊3000が出動、南京応天府の軍と対峙。
劉唐が中州に上陸。致死軍が穆弘・李俊軍に合流。
・さらに林冲騎馬隊も合流、江州を落とす。公孫勝黄文炳を討つ。
宿元景の騎馬隊が結成。また高俅が儀仗兵となる。
呉用劉唐が飲馬川を訪れ、孟康(24)に出会う。
出来事
05 鄧飛(26)が魯智深(39)を救出。