※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

李富


【年表】
出  来  事
0 1065 出生。
S1 34 1099 林冲と初対面。
S1 36 1101 10月 高俅を利用し、林冲を獄に落とす。
37 1102 4月 林冲が叛徒だと確信しつつも、決め手を欠くため滄州に流す。
S3 38 1103 年末 呉達と共謀し、塩賊に北京大名府の塩の道を探らせるが致死軍に殲滅され失敗。
39 1104 年始 手の者500が殲滅された件について、他の幹部と袁明とで会議。
2月 魯智深の存在の重要性に気が付き、監視を強める。
地方の実情を見るため、密州などを旅する。警固は王和ほか。
王和に命じ、安丘の守備軍のうち半数を粛清。
この時点で済仁美について調べがついている。
S4 袁明の命により鄆城に赴き、逃亡した宋江らについて調査。
雷横が梁山泊の一党であると察知し軟禁するが、処断する前に逃亡される。
唐牛児を捕えて洗脳し、馬桂と接触させた後、始末する。
本人も馬桂と接触。開放府に妾宅を用意し、馬桂を迎え入れる。
梁山泊による鄆城開放や、南での李俊の反乱への対応に奔走。
53 1118


【関連人物】
● 馬桂
1065年生まれ。閻新の夫、閻婆惜の母。
1100年(35歳)に閻新が病死したのち、閻婆惜宋江の妾にさせる。
同時に旅芸人の一座と間諜としての任務を引き継ぎ、全国を旅しながら宋江に情報を送る。