※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

天慧星 石秀 (拚命三郎)


【年表】
出  来  事
0 1078 出生。
S2 公孫勝指揮のもと、西京河南府から河水沿いに賊徒の砦を築いていた。
S2 23 1101 公孫勝を追って渭州の牢城に収監され、奪還を試みる。
S2 25 1103 公孫勝救出時、ともに脱獄。
致死軍が結成され、隊長格となる。調練が苛烈すぎると劉唐に意見する。
初秋 劉唐楊雄と共に、晁蓋ら捜索の軍を攪乱。北京大名府から4000の援軍を引き出す。
劉唐率いる致死軍が梁山泊に入山。このとき一緒に入山?
S3 年末 公孫勝から指令を受け、北京大名府へ。盧俊義から、塩の道を探る者を殲滅するよう依頼される。
青蓮寺に遣わされていた密州の塩賊を殲滅。老人や子供を手にかける。
梁山湖近隣の村から青蓮寺の間者を殲滅する作戦を指示される。
その際のミスから、公孫勝に「きれいでいたいという気持が、どこかにある」と指摘され、致死軍を外される。
呉用からの指示を受け、孔明と共に二竜山に入山。楊志の副官格になる。
26 1104 武松が二竜山を訪れ、語らう。
楊志の指揮で官軍の輸送隊を襲撃し、大量の物資を得る。孔明ら桃花山の軍も駆けつける。
北京大名府などの軍に二竜山・桃花山が攻囲されるが、外側から攪乱し撃退。

【関連人物】