ごく僅かな人間だけが記憶を持ち続け、他の者は記憶を失う。
そしてそれが断片的に残ることもある。潜在意識だ。
今の二人の様子は、それに酷似していた。
尤も風子があんな過酷を背負っている風には見えなかったが、それでも疑問は残る。


「……あーもう! 分かったよ! 分かったから離せって」


観念したのだろうか、春原は抵抗の一切をやめる。
武器も取り上げられて、そして二対一のこの場では、暴れたところでどうにもならない。
春原は素直に、観念したのだ。
敗北を認めた、とも言える。
それでも殺し合いを止めるという考えはない―――あくまでこの場は従うだけである。


「……良いだろう。その状態じゃ何も出来ないだろうしな」
「ん。……聞いてもいいかな、君」
「なんですか、春原さん」
「君と、さ……どっかで、会ったことあるよね?」


ぴたり、と風子の動きが一瞬完全に停止した。
表情が一瞬寂しげなそれになり、だがすぐにまた笑顔になる。


「………今は、思い出せなくてもいいです。いつか、思い出してくれたら風子は喜びますよ」


それっきり春原は腕を組んで黙り、うんうんと唸っている。
大袈裟なまでの『思い出そうとしている』仕草を見て恭介はふと、この春原陽平という青年はひょっとしたら『バカ』に分類される人間なのだろうか、と思った。
思わず笑った。
こいつ、面白え奴だな―――と、心から笑った。
ついさっきまで殺気ビンビンで襲い掛かってきていた人物と同一人物とは思えない。
ここが殺し合いのゲームであることが惜しい。


「棗……とか言ったな。お前今すげえ失礼なこと考えたろ! 主に僕が馬鹿だとか!!」
「よく判ったな……ひょっとしてお前、エスパーか」
「なんですと! 春原さんはエスパーでしたかっ!? 最悪ですっ!!」
「何で!?」


端から見たなら、あまりに平和ボケしたバカ騒ぎ。
ここが殺し合いであることさえ忘れてしまいそうになる。
あまつさえ三人の内一人は殺し合いに乗っているだなんて、信じられるだろうか。
風子は向日葵のような笑顔で笑っている。
恭介も、堪えきれなくなったのか時折爆笑する。
春原は怒って反論するが、それでも先程の殺気はすっかり消えていた。


「やっぱいいな、こういうのは」


恭介が笑いながら溢したその言葉には、少し違う意味合いがあった。
無限に世界を廻る内に、素直に心から楽しむという行為を大分、忘れてしまっていた。
こういう賑やかなバカ騒ぎこそが、自分達の本領だ。 
ぎゃーぎゃー言い合っている二人を眺めて、ふとそんなことを思う。
遠い彼方の、親友にも見せてやりたいくらいだ。


「あんたも何とか言えよ!」
「そうだな……春原が便座カバーを食べたって話だったか」


「そんな話僕ら一瞬でもしましたかねえ!? ……そして便座カバー」
「ぶはっ」
「春原さん……自宅の便座カバーを携帯しているなんて……きもいですっ」
「支給品だったんだよ! 僕はそんな趣味嗜好を持ってねえよ!!」



便座カバー片手に怒鳴る春原。
しかし、刻限は刻一刻と迫っていた。
精神を蝕まれ、壊れてしまった一人の少年。
妹の死を受けて『黒化』し、棗恭介の親友を殺めた張本人である。
少年は今、少年であって少年ではない。 
いや、そう言うと少しばかりの語弊がある。
『黒化』を超えて、更なる異物に汚染され、もはや人間とは呼べない存在になっているのだ。
怪異―――『レイニーデヴィル』。
三つの願いと引き換えに人間でなくなってしまう『腕』。
どんな願いをかけたのかは最早知る術はない。
全てはもう手遅れで、彼はもう破壊を尽くす、それだけの化け物と成り果てている。

彼は、もうすぐ近くまで迫っていた。


◇ ◇


「 」


持田哲志という名前だったその生物は、異形と言わざる他なかった。
虚ろな瞳に、人間とは思えぬ『化け物』の腕。
腕が、人間のものから『猿』のようなそれへと変貌している。
黒化し、狂いきった少年のなれの果てであった。
これからどうするかの行動方針さえ、今の哲志にはたった一つしかない。
目についた参加者を全て薙ぎ倒し、破壊し―――皆殺しにすることだ。
願いの対価として変貌した少年。
彼は確かにレイニーデヴィルの怪異に願った。


あまりにも歪んでいて、それでいて一人の『兄』としてはとても正しい願望を、かけた。
その結果がこれだ。自我の殆どを消失した怪物。
何の変哲もない学校の廊下を、異形の人型が歩いている姿は、恐怖を通り越してシュールですらある。
辺り構わず全てを破壊し尽くす愚行こそ犯さねど、只標的を探し求めている。
妹の仇討ちのように、間違った復讐の為に。
かん、かん、かん、かん。階段を緩やかに下りていく。

その先にある三人の存在には気付かずに、しかし無情にも哲志は歩を進める。
手摺など使わずに、足音を隠そうともせずに。
悪魔に願い、自分を失った少年の破壊が、すぐそこまで迫っている。



■ ■


静寂が、吹き荒れた。
伊吹風子が、目を見開いた。
春原陽平は静かに冷や汗を流し。
棗恭介はマジかよ、と苦笑いするしかなかった。
異形のシルエット。
静かに近付いてくる人の形をした何か。敵対の様子が嫌でも分かるほどの殺気を放っている。
次の瞬間、まさに刹那的に、その異形、持田哲志だったものが、転がるゴミ箱を掴み上げた。
べき、べきと音を立てて罅割れたゴミ箱を、哲志は片手で恭介達に投げつける。


「避けろ、春原っ!!」


片手で投げつけられたとは思えぬ速度で飛んでいくゴミ箱を間一髪で避ける。
喰らえば死ぬことはなくとも、ダメージが少なからずある。
あの怪力の前に隙を作れば、まず間違いなく命取りになってしまうだろう。


あれが何なのかは分からない。
猿らしき腕をした、元々は人だったもの―――そんな漫画みたいな存在が実在するとは。
屋上のあいつを呼んできたいくらいだ。 あいつは相当強いだろうし、自分の近くで暴れる輩がいれば鎮圧しにかかる筈。しかし、如何せん距離が遠い。



「おい棗っ! 何なんだあいつは!?」
「俺に言われても分からん……只一つ言えるのは、なかなか不味い状況だってことだ」


そう、この状況はかなりまずい。
人かどうかも分からないようなものが相手では、常識の範疇の対抗策が通ずるかも分からないのだ。
正体不明の敵。銃器を持たずとも、あれの強さは測れる。

春原に使った作戦はもう使えないし、そもそもこれは押さえ付けられない。


いわば乱入クエスト。
伊吹風子は戦えない。
春原陽平は、殺人者だ。
残る自分でも、あれを倒しきれるかは分からない。
ハッキリ言って相手をしたくない、というのが本音だ。
例のマスクを使っても、あれに追い付けるかどうか。
春原から奪ったベレッタM92の柄を強く握る。
やるしかない。
逃げようとして誰かが殺されるよりかは、戦った方がマシというものだ。


――――たとえ、殺してしまってでも。
そんな覚悟は、風子と出会う前から完了している。
殺すか殺されるかの試合を、勝たねばならない。
持てる力を全て使い、ありとあらゆる戦略を駆使して乗り越えねばならない関門だ。
マスクザ斎藤のマスクを勢いよく被る―――それだけで、溢れんばかりの力がみなぎるのを感じた。
手にはベレッタ。
あの敵を討てるかは不明。効果があるかどうかもまだ実証できていない。


「棗さん!」
「春原、今だけでいい、伊吹を頼む」
「いいけどさぁ……本当に戦る気かよ?」


マスク越しの笑顔でそれに応答する。
ベレッタM92を右手に握り締め―――持田哲志に、突撃する。
遠くから無駄撃ちを重ねる方がリスクは低いが、短期決戦で済ませるなら距離は近いほどいい。
哲志が恭介を視認する。
猿の腕を振り上げて、人間とは思えぬ速さで恭介に迫った。


「チィッ!」


異形の腕の間合いから逃れようとしながらも、ベレッタの引き金を引く。
しかしそうは問屋が卸さない―――哲志はそれを、横への跳躍で避けてみせる。
銃弾への対応速度もまた、どう考えても人の業ではない。
こうまでくると笑いしか出ない―――それほどまでに、この少年の姿をした怪物は、異様だった。
二発目。避けられる。
苦笑しか出ない。
迫ってくる怪物に、至近距離から銃弾を叩き込もうとするが、それも通じない。


恭介の懐に潜り込まんとした怪物の腹に容赦のない膝蹴りをかます。
流石に怪物も仰け反ったが、不完全ながらも振るわれた腕は、恭介のマスクを、見事に破壊した。
ベレッタの弾丸は、またも当たらない。



「棗さんが……あのままじゃ」


一方的すぎる戦いを遠くから眺める風子は、春原に押さえられていた。

棗恭介は一度どころか、何度も風子の窮地を救っている。
その彼が死んでしまうなんてこと、絶対にあってはならないと風子は思う。
恭介に持たされていたFN-Five seven。これでなら、自分も戦えると思ったのだ。
だが、春原はそれを止める。分かるからだ。

ここで風子が参戦しても、それはあの青年にとって足手まといだ。
怪物の攻撃の矛先が風子に向く可能性だって最悪あるだろう。
それを、勝利のためとはいえ恭介が望むとは思えない。
風子を任せられた自分は、何としてもそれを全うする。
今ならば、誰も春原をヘタレとは蔑めなかったろう。
いや―――これもまた、一つの変化だったのかもしれない。


「離して下さい春原さんっ……! あのままじゃ、棗さんが死んじゃいますよっ!!」



そうだ。
勝率零とは言わないが、それは相当低い。
棗恭介の勝利は絶望的だ。



ここであの青年が死んだなら、この小さな少女はどうするだろうか。
絶望はしないだろう。ただ、彼の死が自分のせいであるという責任を感じるのは間違いない。
春原陽平は思う。
妹の為に人を殺す人間と、全てと引き換えにでも人を守る人間―――どちらが、正しいのだろうか、と。


(僕は……どうすればいいんだよ………)


戦況はどんどん悪化していく。
悪魔と生身の人間の戦いなんて、最初から分かりきっていることだ。
来たる終幕を待つ春原は、きつく奥歯を噛み締めた。



◆ ◆

やばい―――恭介は分かりきったことを独白する。
自分とて容易くどうにかできる相手でないことは承知していたが、これほどとは。
弾丸を避け、凄まじい剛力の腕を振るう。それだけなのに、攻略できない。
銃弾は残り三発。下手な鉄砲数撃ちゃ当たると言うが、これは素直にまずい。
悪魔のような腕の一撃を避ける。
その瞬間、哲志がもう片方の拳を恭介の胸板に叩き込んだ。
がはっ、と息を吐き出す。
あばら骨が折れたかと思う衝撃だったが幸運にも、咄嗟の受け身が功を奏したようだ。


(どうする)


怪物から距離を取る。
この距離なら体勢は立て直せるだろう。
あの怪物、持田哲志に一発喰らわせるには、精々零距離の密着した状態が必要だ。

しかし、それは間違いなく捨て身の一撃になる。
強烈な一発をかませるかも分からない賭けでありながら、こちらの被るリスクは莫大。

これがリトルバスターズのリーダー、棗恭介最後の戦いか。


弱気なことを考えて、彼は苦笑しながら首を横に振る。
死ぬわけにはいかない。リトルバスターズのリーダーが、こんな下らないところで死ねる訳がない。
必ずこいつを倒す―――と、改めて恭介は決意した。
まさか、銃弾を撃ち込んでもびくともしないなんてことはないだろう。心臓に撃ち込めば、間違いなく勝てる。


(心臓を破壊する。だが、どうやって当てる)


零距離でもなければ攻撃を避けられる相手を、どうやって仕留めるか。
しかし怪物は待つことなく、毛むくじゃらの腕を振り上げて、恭介に突進する。
バンッ、と一発の銃弾を放つ。
頭を目掛けたそれは首の一振りで回避され、怪物の動きを静止させるには至らない。
絶望的。希望は残り二つだけ。
五発を外してきて、残りの二発で的中させられるとは思えない。
物干し竿という刀があれば、まだこいつへの対処も数段楽だった。
刀と銃の両方があったなら、こいつを翻弄してやった。
しかし、無い物を願っても意味はない。

真っ直ぐに、今は歩を止めている哲志の胸に向けてベレッタを構える。
狙うは心臓。腹を破っても動きは止められるだろうが、確実性が高い方が望ましい。
チャンスは二度。致命的な隙をあの怪物が見せたその一瞬がチャンスだ。
一度でも外せば、残るは一つとなる。
必ず当てる。


「さあ、やろうぜ化け物」


挑発的に哲志を煽る。
恭介は何の恐れもなしに、哲志の突撃に備えて銃を構えていた。


哲志が何度目かも分からない突進をする。
恭介はそれに向かい銃の照準を目見当でつける。
距離が近くなり、恭介の緊張も最大限の高まりを見せていた。
チャンスは二度と言ったが、本来は一度しかないと言っても過言ではない。
引き金を引けば、当たったにせよ外したにせよ隙というものが必ず生まれる。
そこを突かれれば、ひとたまりもない。
引き攣る口元を無理矢理の笑顔に変えて、恭介は化け物を待ち受ける。

飛び掛かるような体勢から放たれる打撃を軽く避ける。
隙を生ませるまで、こうやって紙一重の戦いを続けなければならない。
一発でももらえば、その時点で『作戦』は崩壊する。
大きく異形の腕を振りかざした哲志の顔を見て、恭介は言った。


「そうだ、来い―――お望み通り撃ち落としてやる」


挑発なんて行為が通じるだけの理性が残っているかは分からない。
だが、こうでもしなければ気が休まらなかった。
一歩間違えば即・死が待ち受けている。


(ここだ)



好機。
哲志の振るう剛力をかわしつつ、そこに生じる僅かな隙を見つける。
棗恭介の一世一代の大勝負の時は、刻一刻と迫っていた。
逸る思考を押さえつけ、必死に確実な一瞬を待つ。
いい加減に体力も厳しい―――これ以上の長期戦は望ましくない。

しかし、現実は無情にも恭介の予測の範囲を超える。
哲志が、真上に飛び上がったのだ。
毛むくじゃらの腕を、落下しながら恭介に向けて叩き込まんとする。
たまらず一発の銃弾を放つ。
それは確かに異形の腕を捉えた。やっとまともな当たりをかますことができた。
それでも、持田哲志だった怪物の動きが止まることはない。
一瞬だけ怯みこそしたが、決定的な一打にはなり得なかった。
攻撃を受けた床は皹が入り、氷の板の上に大きな石を落としたかのようだ。


哲志が腕を振るう。
本当に体力がまずい。これだけ連戦していれば疲れくらい感じないとおかしい。
あと一発チャンスは残っているが、確率はもっと低くなった。
集中力というものがある。どれだけ集中しているつもりでも、少しずつ蝕まれていく。


(畜生………終わり、なのか?)


走馬灯のように蘇る生涯。
リトルバスターズの仲間たちのことばかりが脳裏に去来し、恭介の戦意を削ぐ。
今は亡き親友、直枝理樹の元へ逝くのも悪くないと、らしくない弱気さえ生まれていた。
哲志はその隙を見逃すほどの理性を持っていない。
唇を噛み締めて哲志の隙を窺う恭介に、介錯と言わんばかりに腕を振り上げる。
引き金を引くがもはや狙いすら正常に定まらない。恭介の身体は攻撃に晒され破砕する


「避けろ棗っ!!」


―――――ことはなかった。
別角度からの銃弾が、その脇腹を僅かだが確かに抉ったのだ。


哲志の注意が、銃弾の飛んできた方向に反れる。
恭介はその瞬間を利用して距離を取り、援護した人物の顔を確認した。
特徴的な金髪。どことなく馬鹿っぽさを表している髪の毛。
伊吹風子のものであった銃――FN-Five sevenを構えている。
あまりにも都合のいい、だが最高としか思えない展開に、恭介の中の消えかけていた闘志が再度沸き立った。


春原陽平が、そこにいた。


最初は恭介達を殺しにかかってきた。
だが今は、心の中にうじうじと蠢いていた弱気を拭い去り、立っている。
棗恭介が為せなかったことをたった一手で為し遂げて。


「棗、てめえ! あれだけ偉そうな口叩いといて殺されかけてんじゃねえよ!」

しっかりと持田哲志の方を見据えて、銃を構えながらそう言った。
流石に二発目は当たらなかったが。
行動を根本から抑制することは出来なくとも、あの傷は決して無意味じゃない。


「っぷ、ははは!! 悪いな春原、ちっと油断しちまった!!!」
「棗さん、これ!」


風子が、最初の時と同じように―――銀色の光沢を放つ刃を、渡してくれる。
やけに長い刀、失った筈の武装、物干し竿。
これがあれば棗恭介はまだ戦える。
これを偶然とはいえ拾っていてくれた春原に感謝しつつ、彼は再び前線へと赴く。
ただし、今度は少し違う。 今度は春原もいる。
春原陽平は恭介ほどの運動神経は有していないだろうし、あれと至近距離で戦わせるのは無理だ。
あくまであれと真正面から張り合うのは、自分。


長刀を片手に、疲労など忘れて飛び出す。
春原には援護を任せ、自分はあれと正々堂々正面から殺し合うのだ。
死ぬかもしれない。だが恐れてはいられない。
真っ直ぐに駆けていき、持田哲志のシルエットに向けて容赦なく振りかざす。
止められる。
掴み取られた、というべきか―――だが、ここまでは予想通りの展開である。


「せいやぁぁああああぁぁあっ!!」


春原の掛け声と共に、哲志の頭をゴミ箱が直撃した。
春原の投げたそれは大したダメージにはならなかったが、動きを一瞬だけ止める。
そこに飛び込んでいき―――今度は、突く。
生身の方の肩に切っ先が刺さり、怯んだところに春原が銃弾を放つ。


連携攻撃でなら、これを翻弄することはとても容易い。
破壊しか考えていないような奴だ。
赤い赤い炎と敵を称するなら、こちらは策を弄する青い青い炎となればいい。
奇策でも、愚策でも、力だけの馬鹿を翻弄するには十分すぎた。
戦況は、刻々と恭介達の側に傾き始めていた。
春原がこれ以上の進撃は厳しいと判断し後退する。


「やるじゃねえか、春原」
「がむしゃらにやってるだけなんですけどね」
「何でもいい。まずはこいつをどうにかするとこから始めようぜ」


肩を刺され、脇から血を滴らせていながら、怪物の動きは止まらない。
刺されたことなど意にも介さずと言うように、片腕だけでも背水の陣さながらの強さだ。
風子を狙うという考えがないのがせめてもの救いか。
春原の目的は不明だ。
本当に改心してくれたのかどうかは分からないし、信頼してしまうのは浅はかなのかもしれない。



「棗さーん! 春原さんも! 頑張ってくださいっ!!」


他力本願などではない。自らの実力を弁えているからこそ、二人の邪魔をしないために。
少女は、応援という手段で恭介達と共に戦場に立つ。

矛先が変わるかもしれないのに、気にせずに。
春原陽平は、そんな愚直な気持ちを裏切れるような人間ではないと思う。
少年漫画的な考えであるが、棗恭介は心からそう信じることにした。


(そろそろ終わりにしないと、流石に俺も―――春原も、やばいだろうな)


全体を見渡すリーダーの視点で戦況を冷静に測る。
確かに戦況は好転しつつあるが、それでも身体は嘘を吐かない。
棗恭介の体力はもうじきに限界に到達し、休憩を欲するだろう。
戦闘経験など皆無に等しい春原なら尚更、溜まるストレスは大きいはず。
バトルで鍛えている自分とは違うのだ。
この戦闘を終わらせる。
何としてでも生きるために作戦を講じる。
綺麗な勝利でなくとも、こちらが誰一人死ななければそれで勝利だ。


そして二人の少年は、たった十数秒の休息を終える。
片や限界直前、バトル経験は多いリーダー。
片やまだ余裕があり、こういったバトルの経験は少ないヘタレの不良生徒。
互いの欠点を互いに補って戦ったが、恐らく次の休息はない。
―――次がある前に、勝負を決めるからだ。
風子の応援を受けて、言葉はなくとも二人は同じことを考える。

春原が構える。
恭介も構える。
そして持田哲志も―――異形の腕を、構える。

哲志が先に足を一歩前に出し、狂った瞳で突進する。
標的は銃を持ち、尚且まだ余裕がある春原。
その突進の射線上に恭介は飛び出し、異形の拳の重い一撃を物干し竿で受け止めた。
駄々を捏ねる子供のように何度も何度も物干し竿を拳が打ち付けるが、傷一つつきはしない。


恭介は内心、その予想以上の強度に驚いていた。
止められても二、三度が限界だと思っていたのに、これ程とは。
彼には知る由もない話だが、それは単なる長刀ではない。
伝説の剣豪、佐々木小次郎の振るった名刀である。
たかが怪物一匹の猛攻で砕かれるような柔な作りなど、していないのだ。
それでも衝撃はしっかり恭介に注がれる。
全身に蓄積していく小さなダメージに目を細めながらも、哲志の腹に再度靴底を叩き込むことで状況を打破した。
春原が間髪入れずに引き金を引く。しかし当たらない。

こんなものは予想通りだ。
あれだけ攻撃を避けてきた奴に、そう易々と攻撃が当たるとは思っていない。
だが、その避けた隙を突けば、話は別。
物干し竿を構え、疲労を訴える肉体に鞭打って恭介は駆ける。


それを容易く受け止める哲志だが、彼の右腕は今使用できない。
物干し竿を止めているその時間こそが怪物、持田哲志の最大の隙となる。
が、そう簡単に仕留められてくれる程怪物は甘くなかった。
教室のドアを勢いよく異形の拳で破り、適当な机を恭介に向けて投げつける。
当然防いで見せる恭介だが、その威力はやはり、大きい。
何せ金属だ―――頭に当たりでもすれば、生命の危機さえある。
あの力で遠隔攻撃をされると、最もまずい展開になる。
春原はやけくそといった風に銃弾を放つが、やはり空間が広がった教室の中ではもっと容易く避ける。


次の瞬間、春原に向かい机が飛ぶ。
ギャグのような光景。しかし春原はそれを防ぎきれず、誤って左の腕で防いでしまう。


「があっ!」

呻く春原に、追撃を放とうとする哲志。
だがそれより早く哲志に斬撃を放つ恭介の猛攻でそれは遮られる。
あの入り方では、折れはせずとも罅くらい入っているかもしれない。
もうあまり激しくは戦えない―――状況は一気に悪くなった。
机を薙ぎ倒して暴れる哲志を押さえるように物干し竿で食い止めるが、このままではじり貧。


「―――ぐ、っ………春原、一度ここから出るぞ」


無言で頷き教室を出ていく春原に続いて、恭介も何とか脱出する。
あの中では分があまりにも悪い。
机を飛び道具として放り投げて来られては接近さえままならない。
それ以外にも。
春原の負傷。
より早く決着をつけねば、本当に危険だ。


「……休む暇もなしか」


ドアのあった場所から姿を現す、怪物。
手には机の折れた『脚』―――それでも、あの力で使ったならば立派な槍となる。
いよいよ、最終局面だ。
脳を必死に回転させ、一つの正解を掴み取らんとする。
FN-Five sevenの残弾もいつまでもある訳ではない。
凭れていた壁から身を剥がし、物干し竿を水平に構えて見せる。
不思議とそれは、本来の持ち主たる剣士の必殺によく似た構えであった。


「行くぜ」

剣道さながらの、真剣での突き。
刃を降り下ろすよりも防ぐことは容易ではないし、上手く入れば威力だって相当なものになる。
直進していく刃を止めようとはせずに、真横に身を反らし掠り傷に止める哲志。
このままでは、生じた大きな隙をいとも容易く突かれ傷を負うだろう。

しかし、そうはいかない。
銃弾が、毛むくじゃらの異形の腕を掠め、ほんの僅かだが軌道を反らした。
そのおかげで、物干し竿の防御範囲の圏内へと、収まる。
重い。
無理な体勢だけに、今までの攻撃より体感重量が増す。
並の俗刀であったなら、確実にその刀身は砕けていただろう。
そして、春原陽平もまた動き出す。
傷ついた腕を庇うようにしつつ、恭介を援護するために丸腰で駆け出したのだ。
迎撃しようとする哲志だが、それを許す恭介ではない。


体力の限界を超えて、ただ哲志を押さえる。
そして、春原陽平の横薙ぎの蹴りが―――持田哲志の顔面を、捉えた。
竹蜻蛉のように舞い、転がる哲志。 凶器となり得る机の脚を春原が奪う。
―――体勢を立て直すが、頭を打ち付けたことで鈍痛でも走っているのだろう。 僅かだが、苦しそうにも見えた。


「来やがるか……気絶してくれればいいんだが」


降り下ろされる拳を今度は受けず、転がることでかわした。
床のタイルが剥がれ無惨な姿となっている。それだけの、威力である。


「くそっ……どんだけ怪物なんだよっ!?」


春原が悲鳴を漏らす。
だが、その頃棗恭介はとある事実に行き当たっていた。
獣さながらの身のこなしで攻撃を避けてくるこいつが一番隙を生むのは、避けた瞬間だ。
そこが、持田哲志の弱点。

一切の衰えを感じさせぬ狂暴さで、哲志はまたも拳を振り上げる。
避ける。しかし次の瞬間には、回し蹴りの一発が飛んできて、恭介を跳ね飛ばした。

物干し竿をあいつに取らせてはまずい、と思うが、この距離では取り返すのも厳しい。
無情にも持田哲志の腕は物干し竿の柄を掴み取ろうとし――――、


突然飛来した銃弾に反応して、怪物はその行動を放棄する。


伊吹風子だった。
すっかり眼中の外にあった予想外の人物の攻撃は、持田哲志の不意を突くには十分だった。
春原は確かに銃を置いていった。
片手で扱うのは難しいと思ったからだ。
まさかその行為が功を奏することになるとは―――夢にも思っていなかった。


「おおおおおおおおおおッ!!」


恭介が駆けた。
文字通り、体力の限界に達しながらも、物干し竿を奪取することに成功する。
そして、振る。
型も何もあったものではない、闇雲な一撃。
哲志の体勢からこれを止めることはまず不可能だ。
たまらず斬撃の範囲から逃れる為後退するが―――それは、持田哲志の痛恨のミスだった。


行く手を阻むものは何もない。
ただし後退した箇所の丁度真横には、丸腰の春原陽平の姿があった。
悪魔の腕で一撃を打ち込めば間違いなくノックアウト出来る。
だが、哲志は春原に気付くのが一瞬遅れた―――それが、運の尽きである。


「おらぁああああ! ぶっ飛べ怪物――――!!」


ゴガン! という壮絶な打撃音が響き、持田哲志の身体が勢いよく階段を転がっていく。
床に叩きつけられてからは、未練がましく足掻くこともなく―――動きが止まった。
この瞬間、棗恭介、春原陽平、伊吹風子―――三人の勝利が確定した。



「………ミッションコンプリート、ですねっ」




「ああ、俺達の勝ちだ」
「はっ、はっ……二度、と……っ、戦いたくないね」


怪物は意識を失っているようで、死んではいないが当面の安全は確保できた。
普段からこういったことに恭介ほど慣れていない春原は荒い息を吐き出している。
それよりも最も長く前線に立っていた恭介は、もう滅茶苦茶な疲労に包まれていた。


「だー……疲れた」


大きく脱力し、大の字になって寝転ぶ恭介。
しかし、あまり長いことこうしている訳にはいかない。
気絶しているとはいえあの化け物が近くにいるのだ、少なくともこのエリアからは早々に離れるべき。
それでも、勝利の余韻を味合わざるにはいられなかった。まさに快勝といったところである。

「……そういえば、春原。お前……これからどうするんだ? まだ、殺すのか?」
「ああ。僕は芽衣の為に生き延びなくちゃいけないんだ。そこだけは譲れないね」
「そうか、残念だよ」
「残念です………」


消沈ムードになるべき会話なのに、三人の表情はどこか晴れやかだった。
激闘を制した余韻が、立場も何もかも関係なく、三人の心を満たしていた。
しばらくそんな雰囲気を楽しむと、春原はおもむろに立ち上がった。
その行動が意味するのは、僅かな間ではあったが共闘した仲間との別れである。


「行くんだな」
「ん。僕から先に行った方がいいだろ」


春原は背を向ける。
名残を惜しまないために、迷いを切り捨てる為に、潔い別れを選んだ。
風子は寂しげに春原の背中を見つめていたが、恭介は彼を改心させられなかった不甲斐なさを感じていた。
出来ることならこのまま共闘して、共にバトルロワイアルを打倒してやりたいと思った。
しかし、春原の背中は小さくなっていき―――ただの一度だけ、その足を止めた。


「ま、こういうこと言うのはおかしいけどさ。お前らのこと、嫌いじゃなかったぜ。棗、風子ちゃん」


その言葉を最後に、春原陽平の姿は廊下の向こう側の階段に消えていく。
彼がどんな結末を辿るのかは分からないが、死んでほしくはない―――二人は同じことを思っていた。
次に会ったときはきっと、正真正銘の敵同士。
春原は何の容赦もなく殺しにかかってくることだろう。


「……改めてお疲れさまでした、棗さん」
「いやいや、お前のナイスなアシストのおかげだよ、伊吹」
「そうなんです。風子、近所ではナイスな高校生として評判です」
「ナイスな高校生……? あ、ロリ体系的な意味でか」
「黙りましょう棗さん」


少しだけ笑顔が戻る二人。
またそんな馬鹿話を少しの間して―――春原と大分距離が離れただろう頃合いを見計らって、恭介は立ち上がった。
腕を伸ばし、体をほぐすようにする。
疲れは全く抜けていないが、とりあえず派手に動かなければまだ行動は出来そうだ。



「よし、行くか伊吹。お前は傷とか負ってないよな?」
「はいっ。はっ、今なら棗さんにだって勝てそうですよ」


苛烈にして熾烈な怪物との戦いを終えた二人は、学校から出るために歩き出す。
手には長刀物干し竿。風子の手にはFN-Five seven。
反逆の道を往く二人は、それぞれの揺るがぬ意思を持って、新たな仲間の獲得に向け動き出した。


【G-5 中学校 二階廊下/朝】

【棗恭介@リトルバスターズ!】
【装備:物干し竿@Fate/stay night】
【所持品:支給品一式、海軍用船上槍@とある魔術の禁書目録、イカロスのスイカ@そらのおとしもの】
【状態:疲労(大)】
【思考・行動】
1:リトルバスターズを結成して、バトルロワイアルを打倒する。
2:仲間は全員助けてやりたい。特に鈴は優先的に保護したい。
3:理樹の死を乗り越えて生きる。
4:春原と次に会ったら――――?
【備考】
※Refrain、理樹たちが助けにきた直後からの参加です
※マスクザ斎藤のマスク@リトルバスターズ!は破壊されました



【伊吹風子@CLANNAD】
【装備:FN Five-seveN(3/10)@現実】
【所持品:支給品一式、FN Five-seveN予備弾薬(20/20)、黒の騎士団の制服(女物)@コードギアス 反逆のルルーシュ】
【状態:健康】
【思考・行動】
1:棗さんと行動。
2:岡崎さんたちを探す。
3:風子はリトルバスターズなんですか?
【備考】
※風子ルート終了後からの参加です
※実体で存在しています



【持田哲志@コープスパーティー】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式 デザートイーグル50AE(5/7)@現実 デザートイーグル50AEの弾丸(28/28)@現実 ランダム支給品×1】
【状態:気絶、全身にダメージ(中)、『黒化』、レイニーデヴィル化】
【思考・行動】
1:由香の敵をとる為に皆殺し。
2:敵討ち後、自分も自殺して由香の元に逝く。
【備考】
※文化祭後クラスでの会談中からの参戦です
※『黒化』により目的のために無差別に行動するようになっています
※悪魔の手@物語シリーズに何かを願い、その果てにレイニーデヴィル化しました。理性はほぼ消え去っています
※願いに関しては後続の書き手さんにお任せします


◇ ◇


予期せぬ激戦の舞台となった学校を出て、春原陽平はベレッタM92を片手に歩いていた。
まさか棗恭介が、わざわざ没収した武器を返してくれるとは思わなかったが、あれは彼なりの、共同戦線を張った戦友への流儀だったのかもしれない、と彼は思う。
覚悟はもう決まった。
自分の意志を曲げずに、春原芽衣の、妹の下へ帰るために生き延びる。
誰に蔑まれようが、誰に否定されようが―――もう、迷うことはしたくない。
どんな手段を使ってでも生き延びる、それが春原陽平の選んだ道なのだから。

春原は今、一つの漠然とした作戦を持って動いていた。
作戦というにはあまりにも単純すぎるが、それでも自分が生き延びる可能性を上げる手段だ。

――――主催への反逆思想を持つ者達の集団に紛れ込むのだ。
表向きは善良な一般人を装っておき、頃合いを見計らって一網打尽にする。
恭介と風子には素性が割れているが、あの二人は自分の悪評をばらまくような奴らではないだろう。
それに、もし次に会ったら、心苦くはあるが彼らの敵だ。
不穏な発言をするようなら、殺害することに躊躇はしない。
そして、頭の良い―――自分の素性を見抜くかもしれない人間も、出来る限り消していく。
春原は、自分が決して頭のいい、詭弁の達者な人間でないことを自覚している。
だから余計な心配をしなければならない邪魔者に関しては、非常に危険な存在だと言わざるを得ない。


首尾よく交ざることが出来たならこちらのものだ。
どうにかして、このベレッタM92よりも更に強力な武装を獲得しておきたい。
あの怪物のような出鱈目極まる相手を円滑にかつ安全に処理するための武装が。
そのためにも、相手から信頼を得て、違和感が一切無いほどに確実な潜入者となる必要があるだろう。
岡崎や智代まで騙すのは胸が痛む思いだが、もう迷わないと誓ったのだ。
極悪人になってでも、自分の目的を全うする。
そのためなら、知り合いや親友を陥れることに―――もう、何の躊躇もない。



「そうだな、僕は間違ってるさ」


春原は自らの中に残る僅かな良心に言った。


「でもな、間違ってでもやらなくちゃいけないことがあるんだよ」



【春原陽平@CLANNAD】
【装備:サバイバルナイフ&ベレッタM92 15/15@現実】
【所持品:支給品一式 赤いビー玉@Kanon 便座カバー@現実 そうめん@AIR 鍋@現実 ルールブレイカー@Fate/stay night ロロのデイパック】
【状態:疲労(中)、右腕に鈍痛(回復中)】
【思考・行動】
1:優勝してこの島から帰る。
2:生き残る為ならどんな事だってする。もう迷わない
3:対主催チームに紛れ込み、強力な武装を獲得する
【備考】
※渚ルート終盤からの参戦。





アケルソラヘ 時系列 撫子の唄
主催者のバカ野郎共に大いに抵抗して脱出するための素晴らしき仲間達 投下順 例外の方が多い法則
つぎへの方向 棗恭介 [[]]
つぎへの方向 伊吹風子 [[]]
決意と殺意が交わる時 春原陽平 [[]]
朱く染まれ、すれ違い綺羅の夢を 持田哲志 [[]]

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最終更新:2012年07月26日 22:16