陽の光を頼りに、衛宮切嗣は名簿に斜線を引いていた。
弓の英霊アーチャーと決別してから、およそ一時間。
アーチャーと対話をした民家とはまた別の民家で、切嗣は休憩がてら放送を聴いていた。
メモを取りつつ、冷静に情報の重要度を格付けしていく。
禁止エリアは、どちらも切嗣が今いるエリアからは離れているので深くは考えない。
エクストラゲームは、要するに不確定要素の追加あるいは補充であり、考えたところで詮無いことだ。
つまるところ、切嗣が重要視することになったのは、死亡者の発表だけだった。

とはいえ、最も心待ちにしたそれも、別段強い衝撃や影響を与えるということはなかった。
例えば、ライダーが脱落したことに、特別な驚きはない。
この島には、聖杯戦争における七騎のサーヴァントが顕現しているのだ。
ゲーム開始直後から、サーヴァント同士で潰し合いが起こっても何ら不思議ではない。
また、アーチャーは『第五次聖杯戦争』の存在を明らかにしていた。
アーチャーのように、この島に召喚された英霊は、切嗣の知る英霊ではないのかもしれない。
この島にいるライダーは征服王イスカンダルでなく、より弱い英霊だったのかもしれないということだ。

さらに可能性の話を言えば、ライダーが人間に殺されたということも有り得る。
ゲーム開始前に、主催者は個々の能力は制限されていると言っていた。
純粋な決闘で人間が英霊に勝つことは不可能なのだから、これがゲームなら当然の措置だ。
参加者の能力は――おそらくは首輪によって――制限されている。
「弱体化させるための措置」を取るのであれば、それが最も効率的であると切嗣は考えた。
少なくとも、この広い島の全域に措置を取るよりは確実だろう、と。

それが魔術によるものか、全く異なるものかはまだ不明にしろ、この島では奇跡が起こる。
人間が振るう刀剣が、人間が放つ弾丸が、人間が繰り出す徒手空拳が、英霊に通用する。
ただの人間が英霊に勝利する、そんな不可能が可能になっている。
都合のいい解釈が含まれていることは否めないが、戯言と決めつけることは誰にも出来ないだろう。

「いずれにしても、難儀な代物だ」

自身の「固有時制御」も制限を受けていると感じていた切嗣は、首輪を撫でながら呟いた。
逆に考えれば、英霊の首輪が外れたとき、ただの人間の負けはほぼ確定するのだ。
とはいえそのリスクを考えても、首輪の解除方法を模索するのは有益だと思われた。

いずれにせよ、ライダーが消滅した事実を、ただ受け止めるというのが切嗣の判断だった。
つまりは誰がいつ、どのように死んでもおかしくない。
そんな状況下において、切嗣は、愛用の銃などの装備は皆無であり、協力者は存在しない。
状況は、まさしく孤軍奮闘と言っていい。

自分の状況を再確認した切嗣は、ふと名簿に目を落とした。
視線が向くのは“アーチャー”――この地に呼ばれた英霊の一角にして、衛宮士郎の未来の姿だ。
つい先ほどの邂逅を思い出し、複雑な表情を作らずにはいられなかった。

――僕はね、正義の味方になりたかったんだ

追想されるのは、ある月夜に、切嗣が士郎に言った言葉。
ほんのつまらない独り言に過ぎなかったそれを、しかし少年は正面から受け止めた。

――うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ

幼い士郎が無垢な瞳で、切嗣に言った言葉。
衛宮士郎を正義の味方にしたのは、他ならぬ切嗣だ。
そのエミヤが士郎を殺そうとするのも、元を辿れば切嗣に原因があるのではないか。
だとすれば切嗣は、衛宮士郎にとてつもない「呪い」をかけたことになる。
その事実は、切嗣の心を締め付けた。

だが、と切嗣は過剰に悲観することを止めた。
放送で衛宮士郎の名前は呼ばれなかった。
目的はまだ潰えていない、そう思うだけでも、まだ立ち上がることはできた。
衛宮士郎を優勝させて、生き残らせる。

「その為ならエミヤ、君のことも――」

その先の言葉を継ぐことは、ある意味で矛盾をはらんでいる。
だが、切嗣の意志はもはや固いものとなっていた。
フリーランスの傭兵として何度となく死地に赴いていた頃の、鋭い眼光を見せて言う。

「――殺す」

エミヤは自分を殺すために、士郎を殺す。
切嗣は衛宮士郎を生かすために、エミヤを殺す。
どこか似ているようで決定的に違う決意を、切嗣は今この瞬間にした。




棗恭介と伊吹風子の二人は、狂戦士の咆哮を耳にした。
響いてきたのはG-4エリアからで、そのすぐ後に爆発音と、そして絶叫も響いた。
それがおよそ人間の出せるような声ではないことに、二人とも恐怖を露わにした。
具体的には、顔が青ざめたり、手足が無意識に震えたり、といったことだ。
しかし、そんな中でも棗恭介という男は自分を持っていた。

「……声のした方へ行ってみよう」
「本気ですか、棗さん!?」

風子はすぐさま反対した。怪物との必死の戦闘はもうこりごりだ、とでも言いたげな口調である。
恭介はそれを見ても、躊躇う素振りも見せずに、頷いた。
どんなときでも決意は固く、揺るがない。
それがリトルバスターズを作った、棗恭介という男だった。
恭介は「行くぞ」とだけ言い、足早に歩き出す。
風子は呆れたように、でもどこか納得したように溜息をつくと、恭介の後を追った。




太陽が天高く昇っている。
降り掛かる火の粉を払ったバーサーカーは、幾分か落ち着いた様子で街中を闊歩していた。
黒き鎧を纏ったその姿は、異様にして異常。
鎧にも増して黒く禍々しいオーラを充満させ、剰え、それを周囲の空気中に漂わせている。
その為、狂戦士の姿を仔細まで観察できる者はいない。
唯一見ることのできる鎧の裏側、スリットから見えるその双眸は、赤く煌めいている。
だがしかし、その仄暗い光は、およそ英霊らしからぬ、憎悪に満ちたものだった。
その暗く燃える双眼で、彼は何を見据えているのか。
それを知る者は本人のみ。

「……ar…………」

漆黒の兜の下から、ふと呟きが漏れる。
そこからバーサーカーの意思を推し量るのは不可能だ。
そもそも、狂気の檻に囚われたこのサーヴァントには、思考するという概念がないのだ。
故に目的地や行動指針を定め、それに則って行動することもない。
六時間ごとに流れる定時放送も、彼にとっては雑音に過ぎない。
また、この会場には、第四次聖杯戦争においてマスターになるはずだった男もいない。
付け加えていうなら、今や狂戦士を縛る枷は無い。
ならば、バーサーカーという存在は、何に従って歩き続けているのか。
その総身から放出されている並々ならぬ殺意は、誰へと向けられたものなのか。
それを知る者も、また本人のみだ。

「……Ar……thur……」

注意深く聴かなければ認識できない程の、小さな呟き。
言語能力を失っても尚、その名前を忘れはしなかった。
かの有名な、アーサー王伝説の主人公、アーサー・ペンドラゴン。
遙か遠い過去、バーサーカーが清廉かつ強健な騎士であった頃の、彼の主君の名である。
このバトルロワイアルにおいても、参加者の一人、セイバーとして召致されている。
或いはそのことを、狂化されても尚残る記憶が、感じ取っているのかもしれない。
騎士王の高潔な姿は、常にバーサーカーの追憶に在る。




「……伊吹っ!」

二人が慎重に歩き始めてから十数分後、G-4の街と野原の境界にさしかかった頃だった。
突然恭介が、風子の身体を強引に物陰に引っ張ろうとした。
風子は驚いて、恭介へと非難の声を上げる。

「い、いきなり何をするんですか棗さん!物事には順序というものが……」
「シッ!静かにしろ。……たぶん、あれが怪物だ」

人差し指を口の前に置くジェスチャーをしながら、恭介は物陰から遠くを窺った。
風子は「怪物」という言葉に怯えつつも、怖いもの見たさからか、物陰から少しだけ顔を出す。
すると、そこには強大なオーラを放つ存在があった。
ひっ、と声を上げそうになる風子だったが、恭介がすんでの所で風子の口を押えて事なきを得た。

「……」

全身を甲冑で覆った怪物を、恭介と風子は無言で見送った。
やがて怪物の姿が完全に見えなくなり、さらに十分以上経ってから、恭介は風子の口から手を離した。
二人とも、額から頬にかけて冷や汗が流れていた。

「棗さん、あれって……」

風子は恐らく、恭介に「あれってなんなんですか」と尋ねようとしたのだろう。
しかし、その次の言葉が継げないほど、疲労していた。
そのことを恭介も悟ったのか、壁に背をもたせかけ、俯いて言った。

「……あれが何かは、俺にも分からない……とにかく、今は近付かないほうが賢明だろう」

そう言いながらも、恭介はあの怪物の正体にあたりを付けていた。
名簿にあった“バーサーカー”という名前。ベルセルク、狂戦士とも言い換えられる。
近くのエリアに響き渡るような咆哮、そして強大なオーラは、バーサーカーと呼ぶのに相応しい。
学校で戦ったあの異形も、恭介たちからすると充分化け物ではあったが、先程の怪物は格が違う。
そういった理由から、恭介はあの怪物を“バーサーカー”と呼ぶことに決めた。

「……怪物は学校の方へ行った。今の内に、先へ進もう」
「でも、学校には雲雀さんがいますよ?」
「必ずしも学校に行くとは限らないし、それに――あいつなら心配ないだろう」

強いあいつならな。
恭介はそう言い切ると、再び歩き出した。
一方の風子は、やや不安そうな顔になりながらも恭介の後を追った。




「ふあ~ぁ」

G-5エリア、並盛中学校の屋上にて、ゆっくり欠伸をしたのは、雲雀恭弥。並中の風紀委員長だ。
かわいらしい欠伸をし終えた雲雀は、しかし一転してムスッとした顔になった。
白井黒子、棗恭介に伊吹風子といった参加者の訪問に、主催者の放送。
雲雀はこの島に来てから、満足に眠っていない。

「……」

雲雀は不機嫌な顔のまま立ち上がると、デイパックも掴まずに歩き出した。
雲雀のお気に入りの場所である、屋上の更に梯子を登った先にある場所。
そこから屋上の扉の前に飛び降りると、扉を一瞥してこう言った。

「何コソコソ隠れてるの?出てきなよ」

すると、金属製の扉が軋んだ音を出しながら開き、一人の男が姿を現した。
ワルサーを構え、油断なく辺りを見ながら、男は屋上に足を踏み入れた。
それを見た雲雀は、薄く笑いながら語り掛ける。

「心配しなくても、僕しかいないよ。それより、君……殺し屋かい?」

男の表情に変化は見られなかったが、雲雀は更に口角を上げた。
そして愛用のトンファーを構えながら、こう言った。

「君、あの赤ん坊と同じ気配がするよ」

唐突に出てきた赤ん坊という単語に、男は僅かに眉をひそめた。
そんなことはお構いなしに、雲雀は男へと近づいて行く。
学ランを風になびかせながら、雲雀は男に対して再び言った。

「丁度イライラしてたんだ……発散させてよ」

それは純粋な宣戦布告。誰から見ても凶悪な笑みが、雲雀の顔にはあった。




恭介と風子の二人は、怪物がやってきた道をそのまま逆に辿っていった。
岩や木の残骸らしきものが多数転がっている野原までやってくると、そこに一人の少女がいた。
しかも、その少女はよく見ると、片腕を失っていた。

「棗さんっ!あれ!」
「ああ!」

恭介と風子は急いで駆け寄った。恭介が少女を抱きかかえる。
少女の左腕は千切れたように無くなっており、火傷も身体のあちこちにあった。
爆弾。言葉を交わさなくとも、恭介と風子の脳内にはその共通の単語が浮かんだ。

「気絶している……出血も酷い。落ち着いて手当てできる場所が欲しいな」

恭介は思わず振り返った。学校には、当然ながら保健室がある。
そこならベッドは勿論、包帯も消毒薬もあるはずで、怪我人の手当てに適している。

「でも学校のほうには怪物がいますよ!?」

風子の指摘はもっともだった。バーサーカーが学校に向かっている可能性もありえる以上、怪我人を抱えてそちらに向かうのは得策とは言えない。
ならば、と恭介は風子に地図を開くように頼んだ。
地図を確認した恭介は、思わず歯噛みした。病院はB-2エリア。ここからでは遠すぎる。
逆にここから近い施設を探すと、G-5に例の学校、H-4にレンタルビデオ店。
落ち着いて手当てをするのに、レンタルショップに行っても仕方がない。

「仕方ない、あまり長時間動かすのもよくないだろうし、近くの民家まで運ぶぞ」
「はいっ!」

結局、手近な民家のベッドを拝借することにした。
少女が身体をよじらせるたびに、白いベッドに赤黒い染みが出来ていった。
それを見た恭介は顔をしかめながらも、次にすることを考えた。

「できれば包帯が沢山欲しいところだが……この辺りの民家に入って探すしかないか」
「風子、急いで持ってきますっ!」

そう言うが早いか、風子は駆け出して行った。
恭介は風子が寝室を出たあたりで呼び止めたが。

「恭介さんはその子を見ていてくださいっ!風子にはコレがありますから!」

拳銃を取り出して、ぶんぶんと振る風子。
そう強く言われては、無下に断ることもできなかった。
結局、恭介はベッドの脇で椅子に座り、少女のデイパックの中身を検分することにした。
ちらとデバイスを見ると、時間表示は[07:55]だった。
定時放送から、二時間が経とうとしていた。




衛宮切嗣は、やっかいな相手に絡まれた、と後悔した。
切嗣がこの学校に来たのは、高所からこの島を確認したいという思いがあったからだ。
必ずしもしなければならない事柄ではなかったが、切嗣はあえてそれをした。
切嗣は英霊のように、圧倒的な力を有している訳ではない。
だからこそ、綿密に戦略を練った上で、戦争に臨むのが切嗣のスタイルだった。
聖杯戦争においても、ホテルを崩壊させたり、人質を取ったりと、勝利のためには手段を選ばなかった。

(島の全容とまでは行かなくとも、周囲の地形くらいは把握しておきたかったんだがな)

どの場所なら敵の襲撃を逃れやすいか、逆に敵を追い込むのに適した場所はどこか。
切嗣はせめてその程度のことは確認してから、戦闘に臨もうと決めた。
それが確認できる高い所となると、屋上がある学校が適当だと判断したのだ
そして、手当たり次第に民家に入り、小型の双眼鏡を見つけてからここに来た、という訳だった。
そこに不機嫌な先客がいるなどとは、切嗣は思ってもいなかった。

「ねえ、君もはやく本気を見せてよ」

うそぶく少年は、まだ中高生であろうに、トンファーによる攻めは苛烈なものだった。
トンファーは愛用なのだろう、棘などの仕込まれたギミックまで最大限に利用している。
そして何より、人を傷つけることへの躊躇がない。
嬉々として闘っている――そこが自分と似ているようで、違う。刹那、切嗣はナタリアを回顧した。

「……やる気ないの?」

切嗣は少年の攻撃を回避し続けた。「固有時制御」は使わず、経験と勘のみで。
もし反撃の意志でも見せようものなら、少年はより猛烈な攻撃を仕掛けてきただろう。
元々戦うつもりでここまで来たわけではない。無用な疲労は避けたかった。
攻撃に転じないのは、装備が心許ないという理由もあった。ワルサーの弾数も限られているのだ。
つい先程、牽制に二発撃ち、難なく避けられたので、使用を控えることに決めた。
現状で相手取るには厄介な敵だと、切嗣が少年を認めたということでもある。

「……つまらないな」

その言葉と同時に少年はトンファーを下ろした。切嗣は密かに安堵の溜息をつく。
切嗣は、少年は純粋に闘いたいだけと判断し、相手が疲れるのを待っていた。
実際には飽きられたようだが、この際細かいことは考えなくていいだろう。
切嗣がすべきことは、弁解と周囲の確認。その他は後回しだ。

「僕は闘うつもりは――」

口を開いたその瞬間、切嗣は猛烈な殺気に襲われた。
屋上の扉を背にしていた切嗣。目の前には少年。そして奥には落下防止のフェンスがある。
切嗣はそのフェンスに、腕のようなものが引っかかっているのを見た。
見間違いかと思い、目を凝らす。

「っ!?」

目を凝らしてみても、それは間違いなく腕だった。
黒い手甲のようなデザイン。切嗣はそれを遠目ながら見たことがある。
触れたものを自らの宝具にするという能力を持つ、あの腕ではなかったか。
二本になった腕は、フェンスをぎしぎしと軋ませて、消えた。

「上か!」

否、消えたのではなく、跳んだのだ。
切嗣は即座に意識を切り替えて、空中へと視線を彷徨わせる。
既にそのとき、狂戦士は両腕を振りかぶっていた。

「Time alter――double accel!」

詠唱、続けて響く破壊の音。
コンクリートを豆腐のように破壊する暴力を、切嗣はすんでのところで固有時制御を使い回避した。
衝撃までは避けきれなかったが、少し遅ければ死んでいたのだ、我慢するしかない。
屋上の扉に叩きつけられた切嗣は、体勢を立て直しながらバーサーカーの全身を見た。
バーサーカーは剣を装備しているが、切嗣の記憶からすると、あれは確かライダーのものだ。
ライダーを殺したのはバーサーカーである可能性が出てきた。
現状それはただの推理でしかない。だが次の瞬間、切嗣は恐ろしい事実に気付く。

(――馬鹿な!?何故、コイツには首輪が無いんだっ!?)

参加者の証である首輪が、バーサーカーには認められなかった。
元々嵌められていなかったのか、それとも自力で外したのか。
切嗣が混乱と思考の極みにいる中で、バーサーカーは次の行動を開始した。
即ち、切嗣に向けて我武者羅に突進してきたのだ。
切嗣は再び、固有時制御を使用して充分な距離を取り、攻撃の線上から外れた。

(このままでは不利になるのは明白……どうする?)

反動でやってくる痛みに耐えながら、切嗣はバーサーカーへの対処法を考える。
固有時制御が無制限に使える技ではない以上、このままではいつか捕まる。
とはいえ英霊相手だと、拳銃では決定打はおろか、かすり傷ひとつ負わせることはできない。
打つ手なし――その言葉が切嗣の頭に浮かんだ。
突進を回避されたバーサーカーは、再び切嗣へと向き直り、獲物を狩る獣のごとき雰囲気だ。
冷や汗が切嗣の頬を伝った。

「僕の学校で好き勝手やらないでよ」

しかし、予想外の出来事は往々にして起こるものだ。
切嗣と闘っていた少年が、バーサーカーにトンファーを喰らわせたのだ。
バーサーカーにしてみれば、それは完全に不意の一撃だったのだろう。
側頭部への攻撃に、流石に倒れはしなかったが、たたらを踏んだ。

「僕の前で器物損壊なんて、いい度胸だよ」

呟いて、少年はそのまま追撃せんと走り寄る。バーサーカーもそこは英霊、ただ黙ってやられるだけの筈もなく、少年に向かって剣を一閃する。
しかし、この時点でバーサーカーは少年の力量を見誤っていたといえる。

「なっ……!」

驚きの声を上げたのはバーサーカーではなく切嗣だ。
バーサーカーの一撃を、少年は避けるだけでなく、その剣の上に飛び乗ったのだ。
必然、バーサーカーは少年を一瞬だけ見失うことになった。
次の瞬間、死角から放たれた少年のトンファーは、再びバーサーカーの兜を揺らした。
屋上の床に倒れ込むバーサーカーを、切嗣は呆然と見ていた。

「君は僕が――咬み殺す」

着地してそう言い放った少年の瞳は、どこまでも冷徹だった。
切嗣は驚いた。能力制限や、バーサーカーが油断したことを鑑みても、この強さは異常だった。
なにより、少年の一撃は、人間が英霊に太刀打ちできることの証明でもあったのだ。
切嗣が驚きに立ち尽くしていると、少年は切嗣の方を見て言った。

「そこに居られても邪魔だし……そうだ、棗と伊吹が仲間を探してたよ」

言葉に脈絡はなかったが、少年は切嗣が居ない方が闘いやすいと言っているのだと切嗣は判断した。
それは切嗣を思いやったわけではなく、ただ自分の都合のため。
闘いたいがためにかけた言葉であった。
だとしても、逃げるタイミングは今しかない。
そう結論づけると同時、切嗣は屋上の扉に飛び付いた。
周囲の確認は後回しにして、あの場を少年に任せる――大人気ないと言われればそれまでの行動だ。

(だが、僕はまだ死ぬわけにはいかない……)

この場を逃れても、バーサーカーを殺す機会が巡ってこないわけではない。
充分な装備と準備があれば、殺せる可能性はあると、あの少年が証明してくれた。
そうでなくても、時間が経てばサーヴァントの同士討ちが起きるかもしれない。
とにかく逃げて体勢を立て直してから考えよう――切嗣はそう思考を打ち切った。

『ごめんなさいね参加者の皆さん。改めて進行役の郷田真弓です』

ちょうどそのとき、番外放送が流れ始めた。主催者による番外放送は、切嗣を更に混乱させた。

(首輪の無いバーサーカーに、生き返った参加者?まったく、どうなっている)

なんでもありか、この島は。
心中で吐き捨てて、切嗣はこれからどう動くかを考えた。


【G-5 中学校 校舎内/午前】

【衛宮切嗣@Fate/Zero】
【装備:ワルサーP38(残弾2/8)@現実、双眼鏡@現実】
【所持品:支給品一式、ワルサーP38の予備弾(残弾24/24)、包丁@現実、ドライバー@現実、ランダム支給品×2】
【状態:疲労(大)】
【思考・行動】
0:バーサーカーから距離を取る。その後どうするか考える。
1:衛宮士郎を優勝させる。その為にはどんな手段をも厭わない。
2:エミヤも次に会ったときには殺す。
3:何故バーサーカーの首輪が無い?
【備考】
※死後からの参戦です。
※「固有時制御」は使用できますが、通常時よりも負担がかかります。
※六道骸、トンファーの少年(雲雀恭弥)を危険視しています。
※能力制限は首輪によってなされていると考えています。
※「棗と伊吹が仲間を探している」ことを知りました。




衛宮切嗣が去ってから、両者の間に交わす言葉はなかった。
狂化により言語能力を失って、まともに言葉を発せないバーサーカーは当然のこと。
雲雀恭弥も、先程の宣言を境に発言をしていなかった。
しかし、言葉はなくとも、意思は共通していた。
目の前にいる相手を、完膚なきまでに叩きのめす。
互いにその一念のみを以て、相手をじっと見つめていた。

「■■■■■■■■■――――――!!!」
「……フン」

膠着状態に痺れを切らしたのか、あるいは自らを鼓舞するつもりだったのか。
バーサーカーが咆哮した。と同時に、それが試合開始のゴングとなった。
狂戦士はキュプリオトの剣を手にしたまま、獲物を狩る獣のように疾駆する。
雲雀は鼻を鳴らしてから、口元に笑みを浮かべ、愛用のトンファーを構えた。
そして刹那の後、二つの影は交差した。
G-5中学校の屋上。決戦の火蓋は、ここに切って落とされた。



【G-5 中学校 屋上/午前】

【雲雀恭弥@家庭教師ヒットマンREBORN!】
【装備:仕込みトンファー@家庭教師ヒットマンREBORN!】
【所持品:支給品一式、ランダム支給品×2】
【状態:疲労(小)】
【思考・行動】
0:狂犬(バーサーカー)を咬み殺す。
1:特に目立った行動はしないが、棗達に人を回す。
2:斉藤、と再戦希望。
【備考】
※継承式編終了後からの参戦です。


【バーサーカー@Fate/Zero】
【装備:キュプリオトの剣@Fate/Zero】
【所持品:無毀なる湖光@Fate/Zero(封印中)】
【状態:健康、狂化(永続)、首輪解除】
【思考・行動】
1:■■■■■■■■■―――――
【備考】
※間桐雁夜に召喚される前からの参加です。
※セイバー@Fate/stay nightを視認すると、全ての行動を放棄して彼女に襲いかかります
※首輪が解除され、戦闘能力が戻りました。




――雲雀恭弥とバーサーカーが衝突した、まさにそのとき。
――持田哲志は、鳴り響く番外放送で目を覚ました。


【G-5 中学校 二階廊下/午前】

【持田哲志@コープスパーティー】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式 デザートイーグル50AE(5/7)@現実 デザートイーグル50AEの弾丸(28/28)@現実 ランダム支給品×1】
【状態:全身にダメージ(中)、『黒化』、レイニーデヴィル化】
【思考・行動】
1:由香の敵をとる為に皆殺し。
2:敵討ち後、自分も自殺して由香の元に逝く。
【備考】
※文化祭後クラスでの会談中からの参戦です
※『黒化』により目的のために無差別に行動するようになっています
※悪魔の手@物語シリーズに何かを願い、その果てにレイニーデヴィル化しました。理性はほぼ消え去っています
※願いに関しては後続の書き手さんにお任せします




G-4エリアのごく普通の一軒家にて。

「……まあ、こんなものか」

そう安堵の溜息をついた恭介の前には、包帯で処置を施された少女の姿があった。
処置をする間に苦しそうに呻くこともあったが、今は寝息を立てていた。
命の危険はひとまず無くなったと言っていいだろう。

「この子、あれと戦ったんでしょうか?」

風子の言う「あれ」を「バーサーカー」だと受け取った恭介は、頷いた。
咆哮や絶叫が聴こえたタイミングからして、間違いはないだろうというのが恭介の考えだ。

「だが、そう考えると不思議なことがある」
「えっ?」

首を傾げる風子。恭介自身も、納得が行かない様子で頭を掻いた。
そして、ベッドの脇から少女のデイパックを持ち上げると、風子に渡しながら言った。

「こいつはデイパックの中身を使っていない。生身で戦ったとしか考えられないんだ」

恭介がデイパックを検分したところ、デイパックの中身は使われた形跡がなかった。
恭介から見てもロクなものはなかったから、それ自体は不思議ではない。
だが、バーサーカーと戦うのに際して、なんの武器も無しに挑むのは無謀だ。
戦ったわけではない恭介がそう断じるのも妙な話ではあったが。

「もしかしたら、超能力者か何かかもな」

恭介の脳裏に浮かぶのは、この島に来て最初に戦った、超能力者の笑顔だった。
手から光球を放つ、そんな能力があれば、あるいはバーサーカーとも渡り合えるのかもしれない。

「何言ってるんですか棗さんっ!夢見すぎですっ!小学生じゃあるまいし」

そんな恭介の考察を、持ち前の毒舌で一蹴すると、風子は一転沈んだ声になった。

「そんなことより、さっきの放送……どう思いますか?」

これには「お前も襲われただろうが」と言おうとした恭介も、口を噤んだ。
番外放送で告げられたのは、死者蘇生に幽霊の存在といった荒唐無稽な話。
それと――新たな三人の犠牲者。その中には、恭介のよく知る少女もいた。
神北小毬。リトルバスターズのメンバーの一人だ。

「小毬は、誰かが幸せになると自分も幸せになる、と言っていた」
「?」
「自分が幸せになったら、また誰かが幸せになる。その繰り返し――幸せは繰り返すんだ、と」
「棗さん……」

恭介の呟きのトーンは、恭介自身が驚くほど落ちていた。
俯いた恭介を見て、風子も何かを感じ取ったのか、俯いた。
部屋の中には沈黙が訪れ、それは永遠に続くのではないかとさえ思われた。

「俺は主催者を許さない」

沈黙を断ち切ったのは、他ならぬ恭介だった。
風子は恭介の顔を見上げている。何かを期待するようなまなざしで。
すると恭介は、破顔一笑、明るい声でこう言った。

「……スイカでも切るか?」

風子は予想外の言葉に驚きながらも、笑顔で答えた。

「……はいっ!」

涙の跡は、見なかったことにして。


【G-4 民家/午前】

【棗恭介@リトルバスターズ!】
【装備:物干し竿@Fate/stay night】
【所持品:支給品一式、海軍用船上槍@とある魔術の禁書目録、イカロスのスイカ@そらのおとしもの】
【状態:疲労(中)】
【思考・行動】
0:少女(白井黒子)が目を覚ますのを待つ。
1:リトルバスターズを結成して、バトルロワイアルを打倒する。
2:仲間は全員助けてやりたい。特に鈴は優先的に保護したい。
3:理樹や小毬の死を乗り越えて生きる。
4:春原と次に会ったら――――?
【備考】
※Refrain、理樹たちが助けにきた直後からの参加です
※マスクザ斎藤のマスク@リトルバスターズ!は破壊されました


【伊吹風子@CLANNAD】
【装備:FN Five-seveN(3/10)@現実】
【所持品:支給品一式、FN Five-seveN予備弾薬(20/20)、黒の騎士団の制服(女物)@コードギアス 反逆のルルーシュ】
【状態:健康】
【思考・行動】
0:少女(白井黒子)が目を覚ますのを待つ。
1:棗さんと行動。
2:岡崎さんたちを探す。
3:風子はリトルバスターズなんですか?
【備考】
※風子ルート終了後からの参加です
※実体で存在しています


【白井黒子@とある魔術の禁書目録】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式、ランダム支給品×3】
【状態:精神的大ダメージ、左腕消失(包帯で応急処置済)、気絶】
【思考・行動】
1:お姉様……、黒子を起こしてくださいませ。
【備考】
※夏休み終了後からの参戦です。
※『空間移動』は制限されています。移動は10メートル以内で連続の使用は体に負担が大きくなり、また物を体内や柱に入れる事は出来ません。
※番外放送を聴いていません。


【全体備考】
※G-5中学校の校庭に、バーサーカーのデイパック(支給品一式、ランダム支給品×1)が落ちています。


【双眼鏡@現実】
遠くを見る為の道具。ごく一般的なもの。衛宮切嗣が民家で調達。


【キュプリオトの剣@Fate/Zero】
第四次聖杯戦争のライダー、征服王イスカンダルが愛用する剣。
戦闘の他、宝具であるゴルディアス・ホイールを呼び出す際にも使う。バーサーカーに支給。


106:かぜ~breeze~ 時系列
111:「生きろ」 投下順
070:アーチャー時を越えた遭遇 衛宮切嗣
078:つぎへの方向 雲雀恭弥
093:騎神咆哮バーサーカー バーサーカー
085:Oath Sign(前編) 持田哲志
棗恭介
伊吹風子
093:騎神咆哮バーサーカー 白井黒子

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最終更新:2015年03月15日 17:33