Tバックはエロい


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そいつは、随分と人目をひく女だった。

人でごった返す夕暮れ通りがいったんはざわめきを無くし、
その人物のために道をすすんで譲っていることからも分かる。
真実、荒波を切り分けて闊歩したという聖者さながらの鮮やかさである。


年は十七、八といったところだろうか。
人を小馬鹿にする猫のような瞳がつくり出す表情には、全く大人じみたところが無い。
反面、服装は貴族が身につけるような、黒光りする立派な燕尾服を身につけていた。
ところが下半身はそれに見合わず、尻もあらわな黒下着と、
太ももまである赤と黒の長い靴下を履いてるだけである。

そんなあられも無い姿ながら、当人の金髪は長く、宝石で出来たカーペットのようにきらめき、
髪留めでくくられてから腰まですらり伸びている。
よくよく手入れされていることは明らかで、そこから不思議と高貴な香りを感じ取れなくもない。

さて人々は、いったいこの女は何者なのだろうと思案しているまさにその隙に、
女のほうは悠々と道を歩いているのである。 腰を振って意気揚々。
その足取りは踊るようで、妙な含み笑いさえ浮かべていなければ天使のようにも見えたであろう。


ふと、聞こえていたハイヒールによる靴音が止む。
女が、立ち止まったからである。

見れば、女の前にいかにも育ちのよろしく無さそうな、毛むくじゃらの大男が立ちはだかっていた。
花柄に桃色のシャツを羽織り、前を留めずに日焼けした肌をアピールしている。
男の濃い顔つきには案外お似合いだが、あまり品が良い格好ではないだろう。
さらにその後ろには、下卑た笑いを浮かべた舎弟らしき二人の男も控えていた。


「お嬢ちゃん、ずいぶんかわいいじゃねえか。おじさんの好みだぜ?付き合ってくれよ」


どうやら女を娼婦の類だと見て取ったらしい。
大男が目を細めて切り出したのは、三流以下の口説き文句だったが、
女は全く不快にする様子が無い。
というか、はなから相手にもしていなかった。

何故なら、女が立ち止まったのは大男が前方を塞いだからではなく、すぐ傍らで
高級そうな酒場が客引きを行っていたからである。
女はじーっと、入り口の店員が客寄せに掲げている緑のボトルに見入っていた。
じゅるり。よだれまで流して。

その様子に気付いた、大男の舎弟がそっと耳打ちする。
「親分、シカトされてますぜ」
「分かっとるわ!」

ところがこの大男、意外と気は長いほうだったようで、先ほどと変わらぬ声色をつかい、
女に声をかけた。

「へへん、酒を飲みたきゃおじさんに言いな。たっぷりと浴びるほど飲ませてやるから!」

その台詞を聞き、ようやく女は反応する。
肩をすくめ、冷ややかな視線を大男の顔面に向けた。

「・・・酒が美味くてもさ。男が不味けりゃ、話にならないんで」

言うだけ言って、女は店員の横をすり抜け、店内へさっさと消えて行く。
一瞬脈有り、と踏んだ大男の期待は自尊心共々、盛大に叩き潰された。

「お、親分!」
「まぁ縁がなかったと思って、ここは」
二人の舎弟が懸命になだめる中、やがて大男は通り中に響き渡る声で吠える。
すなわち、「あのアマ、ただじゃおかねえ!」と。


急ぎ自分も酒場へと飛び込むと、店内は実に込み合っていた。

通りに勝るとも劣らぬ人の数で、大半の客は立ったまま大小所々のテーブルを囲んでいる。
恐らくは仕事帰りに示し合わせて集まっているのであろう。
テーブルには食事も出されているが、そちらよりも会話に夢中な集まりも少なくない。
口回りに泡をつけながら、ビール片手に一杯、というのは微笑ましい光景である。


一方、ずんずん店内に踏み入ってきた大男はそんなことおかまい無しで、
何人かの客やウェイトレスを突き飛ばしながら、先ほどのけしからん金髪女が
ちゃっかりとカウンター席に腰を下ろしているのを発見する。
燕尾服の尾の部分でどうにか隠れているものの、色つやのいい尻がわずかに見えている。

大男はそれこそ女の尻を蹴飛ばしてやるくらいの剣幕で現場へ向かったが、
金髪女が隣の男性客と親しげに飲みかわしているのを見てますます驚く。

「て、てめえは、トレマルじゃねえか!」

大男の悲嘆な叫びに気付き、金髪女がうんざりと振り返り、倣うようにして
女の隣の男も振り返った。
トレマル、と呼ばれたその男は、奇麗に前髪を切りそろえたちょび髭の中年男性だった。

「あらぁ!貴方は三丁目のゴンザレスさん。お、お久しぶりです・・・」

トレマルが素っ頓狂な声をあげて椅子から立ち上がるので、大男ゴンザレスは
怒りの対象をトレマルにも向けた。


大股でトレマルのもとにまで歩み寄ると、弁解を待たずして彼の首根っこを片手で締め、持ち上げる。
小柄なトレマルは体重も大したこと無かったのか、易々と宙に浮く。

その光景を目撃した店のウェイトレスが悲鳴をあげ、
察しのいい何人かの客が止めに入ろうとするが、大男に凄みを効かされ腰がひけてしまう。


「く、苦しい!放して下さぁい」
トレマルが足をばたつかせて喘ぐ中、ゴンザレスは乱暴に言い放つ。
「きさま、ツレ(女)の仕付けがなってねえんじゃないか、ああ?」
ゴンザレスは猛獣のような眼差しを、トレマルと眼下の女、交互に向けている。


この期に及んで、件の女はひどく冷静だった。
傍らでトレマルが吊るし上げられているさなか、ちびちびとグラスを口に運んでいる。
一つだけおかしな点があるとしたら、先ほどからあいた片手で、小刻みにテーブルを爪で
叩いていることだけだ。

「レ・・・レラお嬢さま、たす、けて・・・」
「あぁ分かってる。いまやってるよ」

トレマルにレラと呼ばれ、応えた女。
女の言葉に何か妙な気迫を感じ、ゴンザレスはここにきて初めて、
せわしなく動かされている女の左手に注目した。

かつかつかつかつ

木製のテーブルは女に爪で叩かれ、そんな音を規則正しく上げている。
よくよく観察すれば叩く箇所は決まってはいないようで、すぐ手前を叩いたかと思えば、
不意にテーブルの奥側を叩いたりする。その光景は、何かに似ていた。

「タイピング・・・?」

ゴンザレスは思わず呟いた。
最近、雑誌や新聞の記者の間で流行している、タイプライターという機具を使っていると
ちょうどあのような指の動かし方になる。
新聞記者であるゴンザレスはそのことをよく知っていた。この女ほど早く指を動かせないけれど。


ただ、彼がタイピングを連想した理由は何もそれだけではない。
ただの 机が、まこと奇妙なことに、光っている。
それも、女がちょうど指を叩いたその箇所が、瞬間的に、四角く、白い光を放つ。
断続的に光を発するネオン看板のようでもあるがーーーー透明な字が、浮かんでいる。
現れた光は字の形を模して、ゴンザレスの目から見て横一行の文章が、
先ほどから「机を叩く」という謎めいた行為によって綴られているのだ。


トレマルの首を締めながらも、ゴンザレスは知らず知らずのうちに、
中空に浮かび上がった無色透明の文章を読み上げていた。

「さっさと てをはなしやがれ、ぼけ おまえのあたまに たらいをくれてやる ・・・?」

次の瞬間である。
種も仕掛けも無い、酒場の天井から、横幅2メートルはあろうかという
金タライが振って来たのは。

ぼわわわわぁーん

間の抜けた轟音を響かせ、タライは正確にゴンザレスの頭部のみを狙い打った。

彼が泡を吹いて転倒すると、トレマルはようやく自由の身となり床に落下する。
あげく、レラという女が椅子から立ち上がって恭しく礼をすれば、
先ほどから観客に成り果てていた店内の人間達はとりあえず拍手喝采する始末である。

「すごい!」
「タライが出たぞ!」
「まるでコントみたいだ!」
「新しい奇術だ!」
「女魔術師だ!」


皆が口々に絶賛する中、女はその言葉をシャワーのように気持ちよく浴びて、はにかんでいた。
床に突っ伏していたトレマルが起き上がってくるまでは。

「ど、どういうつもりですかレラお嬢様!」

彼はもう大変な剣幕で、女、レラを問いただす。

「・・・どうもこうも。助けたんじゃありませんか、キミのことを」
「その手段です!手段が問題でしょう!何故、ヴァーチャル・タイピングなんて禁じ手を使ったんです?」

「ヴァーチャル・タイピング?」


トレマルの言葉に、何人かの人間が反応を示す。
「それって、むかし世界を滅ぼしたっていう技術・・・?」
ひそひそと、けれども確かに、その言葉をめぐってにわかに場の空気が悪くなり始めた。


「はいはいはい皆さん、今のは無しですよ!なし崩し的にね!・・・意味が分からないですか?
 いえいえ、言ってる私にもよくはわからんのだが」

「トレマル、責任取れよー。明らかにキミが自爆してるんだけどな、これ」
しどろもどろのトレマルに対しレラは茶化すばかりで、のんきなものである。

周りの人間もどちらの空気に合わせるべきか判断がつかなくなったところで、
意外な横槍がいい具合に入って来た。


「すみません、騎士警団のみなさん。こちらでっす!」
先ほどからもはや倒れているだけの男、ゴンザレスの舎弟達である。

「失礼します!」
さらに舎弟達に続き、勇ましい声の騎士達がずかずかと店内に踏み込んで来る。

彼らは親分が暴力沙汰を起こすことを危惧し、すでに仲裁を務められるような
応援まで呼んでいたのだ。なかなか見上げた行為であるが、
本人らの予想に反し、女ではなく親分のほうが泡をくっていた事態は
予想できなかったようだが。

「店で暴れている男とは、どなたですかな?」
銀の兜を装備した顎ひげの長い、恐らくは隊長格の男だろう。
彼はそう言って店内を見渡し、すぐさま怪しい男に目を付けた。

「むむっ!お主は、情報屋のトレマル・チャリオ!
 さては、またも悪しき偽情報で民衆をたぶらかしておったな?」


「え!ちょ。ままままま、待って!」
なるほど、明らかに怪しい。

こうなると舎弟達としても、事のなりゆきに口を出さない方がいいと判断したか、
すっかり黙ってしまった。
あとはレラが「ハッハッハッ!けっさく、けっさくぅ」と笑ったところで
大捕り物の開始である。隊長格の威勢の良い命令が飛んだ。


「それ!者ども、悪人オヤジを捕らえよ!」
「「「おーーーっ」」」


しかし、もともと人の多かった店内、鎧姿の騎士達が自由に動き回るには辛い空間だ。
この急展開には誰もが驚き、パニックを起こした客も少なくなかった。
騒ぎに乗じて店の代金を踏み倒す者まで現れ、店員の泣き声もこだまし、
あれよという間に大混乱の事態となった。


それから数分後、すっかりめちゃくちゃになった店内で、
トレマルの姿は既に無かった。客に混じって逃げ出したのだろう。
また、客の証言によると不思議な手品を披露したという女魔術師が居たそうだが、
彼女もまた行方知れず。


翌日の新聞はというと、ある酒場で起きた捕り物の一部始終が一面にとりあげられ、
加えて紙面の片隅には、騒動に巻き込まれつつも取材したという
毛むくじゃら記者の名誉負傷(?)についても掲載された。
が、女魔術師の一件については、結局一行も載ることは無かった。