事情の二乗


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レラとエリザは揃ってお参りを終えたあと、再び市庁舎へと戻ってきた。

しかしその後でエリザは、さらに市庁舎の中を見たいと言い出し、
今はマロンの案内で屋内を見て回っている最中である。


レラはというと。
あまり広くはないが、四方が赤く塗装されている洒落た雰囲気の食堂
(市庁舎が工場だった頃はただの地味な社内食堂だったが、作り替えられた)で、
二人を待っていた。椅子に身を預け、両足は小さな四角い食卓に乗せ、
眺めているのはもちろん兄の写真。

まだ料理は用意されていない。
自分以外の他に誰も居ないのをいいことに、にやにやし通しである。


しばらくして、ポケットに両手を突っ込んだふてぶてしいエリザと、
相変わらず笑顔のマロンとが帰って来た。

「しっかし、アタシがあちこち飛び回ってる間にずいぶん会社も大きくなったんだなぁ?」

「ふふふ。言葉通り飛び回ってらしたんですね、エリザ様は。なにか羨ましいです」

「よせやい。今さら、翼よ、あれがうんたらの灯だとかやっても結局は自己満足にしかならねーのよ。
 真面目に頑張ってる人たちに幸あれ、立派だ立派!」

「今度、機会があれば工場のほうにもご案内しますよ。いまこちらは、あくまで各現場の情報を統括して
 指示を与えているだけですからね」

「そりゃいい。”人間として”お伺いしたことはないからな、次来た時は頼むよ。
 できれば顔パスするようにしておいて」

「分かりました。銀髪がぎざぎざな女性が見えたら、お通しするように伝えておきます」


やって来た二人はレラが座っているのを見て、空いている椅子に腰掛ける。
エリザはレラの隣、マロンはレラの正面の席を陣取った。



「あ、お帰りぃ」

レラは写真から目を離さずに言った。

エリザは自慢の銀髪をなでながら、ふとレラが手にしている写真に目を留めた。

「そういやそれ、ここに来るまでもずっと見てたな。誰の写真?恋人か」

マロンもまた、興味深げに覗き込んでくる。
レラは二人の関心が狙い通りに集まったので、意気揚々と話を切り出した。


「じっつはね!これ、嘘偽りのない本当のお話なんだけど!
 今日ね、トレマルに会ってね!この写真を撮ってくれたんだ!」


エリザは腕組みをして考える。


「トレマルっていうと、ああ。有名なホラ吹き屋だな」

「あら、エリザ様もトレマルさんをご存知なんですか」

マロンが少し驚いて口を挟む。

「あの男の噂は知ってるよ。あちこちの政府に情報をタレ込んでるとかで、
 いい話はあまり聞かない人物だがな」

「そんなことはどーでもよくて!」

話が逸れそうになり、レラは慌てて声を荒げた。
やれやれと、首を振ったエリザがレラを見上げる。

「何も立上がらなくてもいいでしょうに。で、肝心の話は?被写体はどなたなわけで?」

レラはおもむろに、親指と人差し指でつまんでいた写真を、エリザに突きつけた。


「ボクの、兄でございます!」


まさに得意満面といった調子で高らかと叫ぶレラだったが、対してエリザとマロンは浮かない顔だ。

「あ、ああ、兄貴か。うん。社長の、お兄さんだよな? 名前はそう、ランディだ」

「そうです!ランディお兄ちゃん!世界で最も聡明かつかっこいいボクのお兄様!
 眉目秀麗、頭脳明晰!古今東西のあらゆる美形を超える美形にして科学者!
 凄いな!凄いんだよ? この写真からもそれが伝わってくるでしょうよ・・・ほれほれ」

レラは食卓の周りを跳ね回り、写真をぺんと片手の指で弾いてアピールする。

エリザは苦笑し、マロンにいたっては心配そうな表情をしている。


「あの、社長?その写真は、どこで撮られたものなのでしょうか?」

マロンは恐る恐る尋ねる。

「えーとね、どこだったか。トレマルに聞いたんだけど忘れてしまったんだよ。
 待て待て!思い出す、思い出すから。確かね、ガラシャコだか、ガラシュンバだか
 そんな感じの名前であったことは間違い無い、たぶん」


「・・・ガラシュタじゃないのか」

エリザが渋い顔でそう言うと、レラはぱっと顔を輝かせた。

「そう、それだ!今度こそ間違いない。シュタだよ。兄さんが居るのはそのシュタさ!」

マロンはぼそりと呟いた。

「社長。隣町ですよ、そこ・・・」

「えぇえ?ほっ、ほんとうなの?」

口に手をあて素っ頓狂な声をあげるレラに対し、エリザはびしりと言い放った。

「ちったあ地理を勉強しましょうね、社長さんは」


けれどもう、レラは人の話を聞いていなかった。
先ほどよりも増して恍惚の表情を浮かべ、両手を組んだその姿勢を見ていると、
今にも羽が生えて、ガラシュタの街へ飛んで行ってしまいそうだった。

そんな彼女を横目で見ながら、エリザは正面の席に座るマロンにそっと話しかけた。


「これは、なんだ。その、おたくの若社長は、まだアタシのおまじないに引っかかったままなのか?」

「ええ、そうみたいですよ。それどころか、こうなるとトレマルさんにも騙されてるんです・・・
 彼の目的が何なのかは分かりませんけど」

マロンは頭を抱え、溜め息までついている。

それらを目ざとく発見したレラは、どんと食卓に手をつくと同時に、写真を叩き付けた。


「さあ、よく見なよ!どう見たって、これは正真正銘、ボクの兄さんだよ!」

レラがとにかくそう断言するので、さすがにエリザもマロンも真顔となり、
まじまじと食卓の上に置かれた写真を覗き込んだ。


写真には聡明そうな茶髪の青年が、鋭い眼をして写っている。


「・・・アタシが、最後にこの人と会ったのは、五年前なんだ」

「そうなのですか。私は直接お会いしたことは無いのです。
 レラ社長が引き蘢りになられてから雇われた身ですので」

「ふうん、そうか。じゃあ会ったアタシが言うんだが、この写真の人物、間違いなく面影はある。
 こんな感じの、見た目がやけに冷たそうな人だった。実際は全然そうでもないんだけど。
 とりあえず、これが社長の兄本人だと証明できるかどうか。それが肝心だな」

「そうですね」

「なんだよ!ボクがそうだと言うだけでは不満なのかキミたち!」

叫ぶレラを見据えながら、マロンは努めて冷静に話を切り出した。


「レラ社長は、やはり、どうあってもお兄様の生存を信じておられるのですね?」


レラは間をおかず、すぐに言い放つ。

「当たり前でしょ」

眼にきらきらと輝きを浮かべて言うものだから、マロンも表情を改めることにした。


「・・・分かりました。社長がそこまで仰るなら、間違いないのでしょう」

マロンが不自然なくらいにこりと笑うのを見て、今度はエリザが心配になったほどだ。

「なに、信じるのか。若執事?」

「私は先代に深い恩のある人間ですから。現社長を信じ、お守りにせよ。
 先代からそのように命じらています。私は、仕事をこなすのが生き甲斐なんです。
 ただ・・・」

そこで話をきって、マロンはレラをじっと見据えた。


「私にもいいかげん、五年前の事件についてよく教えて下さい。もう、大丈夫ですよね?」
 ・・・私には、世間一般の認識しか無いのですから。
 つまり社長のお兄様は、巷を騒がしていた殺人鬼『切り裂きジャック』の手にかかり・・・」

「やめて」

レラは静かにマロンの言葉を止めた。まるでこれまでとは別人が発したかのような、低い声だった。


「マロンちゃんには悪いけど、思い出したくはないな。
 ボクと兄さんは・・・間違いなくあいつに襲われたのだから」

マロンは頷くと、その点は端折り、話を続けた。


「そして、レラ社長だけが帰って来た、と。
 対してランディお兄様と、殺人鬼は、世間からすっかり姿を消してしまったのです。
 そのあと社長、貴方はまったく喋れなくなり、
 二年以上をずっとこの自宅で過ごされた・・・」

マロンの言葉に、エリザが割って入る。

「だから、アタシが見かねて言ってやったんだ。旅の途中、おまえのお兄様が生きてるところを見ましたって」

それを聞き、もとの調子でレラは言う。

「ある日窓からカラスが飛び込んで来るんだもん。びっくりしたよ。
 でもありがとう。おかげさまでボクに生きる希望が戻りました」
 まあ、エリザちゃんの言うことだからさ、あまり信用してなかったんだけどね」

「なんだと!・・・というかバレてたのか、アタシの話は」

「そうさ。だいたい、ランディお兄ちゃんをキミが本当に見つけていたとするよね、
 そしたらさ、くわえてでも 連れてくるのがスジというものでしょう!」

「どんなスジだよ!カラスが人をくわえて飛び去ったら単なる恐怖映画だろ!
 そのうちそんな映画が公開されて大ヒットになるぞ、多分」

「ち、体力の無いカラスだ・・・」


二人が唾を飛ばしあっての激論に入りそうだったので、マロンは咳払いして話を戻す。


「今日、社長が情報屋を通してこの写真を入手するまで、ランディ様の生存情報は全く出て来なかったのです」

「うん。でもさ、死んだという情報も、無い」

レラが不敵に、腕組みをして述べる。マロンは頷いて返した。


「その通りです。ですがね、社長。貴方は今や、世界屈指の自動車工業、マードックグループの代表でもあるのです。
 私としては、最近貴方があられもない姿で出歩いているだけで色々と頭が痛いわけなんですが・・・
 そこへこの、『お兄様探し』です! 今はグループが大事な局面を迎えているときにですよ」

「だからこそでしょ。ボクが無事にお兄ちゃんを連れ帰ってきたなら、グループとしても万々歳じゃん」

その発想は無かった、とばかりにマロンは両手を合わせた。


「た、確かに。・・・まあいいでしょう。では社長自ら、お兄様を探しに向かわれるのを許可すると致しましょう」

「やたぁーーーっ」

傍らでガッツポーズをとるレラを見ながら、エリザは椅子の背に片腕をまわし、ぼそりと言った。


「・・・外出に許可が居るんだな、ここの社長は」

「ええ。これでも勤務しているときは真面目な方なんですが、想像出来ないでしょうか」

「うん、できんな。それでさ、」

傍らで今度はダンスを舞い出したレラをよそにして、エリザはマロンにひそひそ話を始める。


「ひょっとしておまえ、けっこう切り裂きジャックに興味あるんじゃない?」
 図星だな? いいリアクションだね」

まるで想い人の名を挙げられたかのようにマロンが頬を染めるから、思わずエリザも笑った。
マロンは恥ずかしそうに喋り出す。

「そりゃ私、母を殺されてますから。切り裂きジャックに」

「・・・え?」

エリザが少しぎょっとしたのは、マロンがにこにこ笑いながら語り続けるからだ。


「離婚してからは、飲んだくれで堕落した母親でした。
 それでも、死んでくれて良かった、なんていうつもりはありません。
 私としては、もっと母親にまともになって欲しかったし。
 その機会を永久に奪い去ってくれた切り裂きジャックには、なにかお返しがしたいんです」

「すごく黒いものを溜め込んでるんだね、お前」

「この笑顔は憎しみの裏返しで生じているだけですから、気にしないで下さい」

「は、はあ」

思わぬ告白を聞いてエリザはためらったが、結局言い出すことにした。


「実はさ、アタシが久々にここへ来たのは、切り裂きジャック絡みだったりもするんだ」