魔物は、悪しきもの。
人食いの化物。
そう信じられていた時代に、
それに真っ向から異を唱える文書が作成された。
魔物。彼らは、人とは違った進化の過程を経ているが、
人と同じ生き物を起源としている。
彼らに食人性は無い。
我々人間が彼らの存在を脅かし、一方的に排他しようとしているだけである。
以上の主張が、確かな研究成果をもって裏付けられていた。
著者は、若き研究者ウェルデリック。
彼は今、自宅にて、この文書を初めて人に読ませている。
読者は、魔物狩りの少女騎士、イシリア。
素晴らしいわ。素晴らしい研究よ。
魔物のことをとてもよく調べてある・・・
ようやく顔をあげた恋人の感想を聞き、ウェルデリックは安堵した。
ありがとう、イシリア。
君にそう言ってもらえると心強い。
僕はこれをもとにして、教会や国と戦っていくつもりだ。
是非、君にも協力を頼みたい!
ウェルデリックは、力強くイシリアに語った。
イシリアは、そっと溜め息をつくと、いつものように笑う。
・・・悪いけど、一人でやってくれる?
イシリアは文書を床にぽいと投げ捨てると、それを足で踏みにじった。
い、いったい、どうして。そんなことを言うんだい!
狼狽するウェルデリックをあざ笑うかのように、イシリアは言葉を続ける。
・・・こんな学説を発表したら、世界にどんな混乱が起きると思って?
学説自体はよくできてるわね。 だからこそ問題なのよ。
疫病、貧窮、殺人、この世の諸悪をすべて魔物に背負わせてきたニンゲンが、
各々どういった反応で、”事実”を受け入れるのかしら。
興味はあるけど、見たいとは、とうてい思わない。
ウェルデリックは、半ば激昂して叫んだ。
じゃあ、君は、人間と魔物の関係が、今のままでいいっていうのか?
僕は、断じて認められない。
だって僕は、君のことを・・・
その先を、イシリアは言わせなかった。彼女は、このときばかりは笑うのをやめ、
感情の籠らない声で喋り出す。
そもそも文書には、ひとつ大きな間違いがあるわ。
ウェルデリックは、ずいと近付いてきたイシリアの表情を見て、途端に身体が震えるのを感じた。
魔物はね、 どうしても、堪えきれなくなったときは、
喰らうんだよ。
人を。
彼女の口元から鋭利な歯が覗くのが分かり、ウェルデリックはある想いを確信に変えた。
・・・そうか。やはり、僕が君を追い詰めていたのか・・・
イシリアは、好きだった男の喉を喰い破り、痙攣して倒れる彼を見下ろしながら、
すでに次のシナリオを練っていた。
(魔物擁護派の若手研究者、魔物によって殺される、か)
たっぷりと広がる鉄の味と肉片を噛み締めながら、
果たして、このときのイシリアはどんな表情をしていたのか。
それは彼女にも、分かってはいなかった。
最終更新:2007年10月02日 06:32