小話09




魔物は、悪しきもの。

人食いの化物。

そう信じられていた時代に、

それに真っ向から異を唱える文書が作成された。



魔物。彼らは、人とは違った進化の過程を経ているが、

人と同じ生き物を起源としている。

彼らに食人性は無い。

我々人間が彼らの存在を脅かし、一方的に排他しようとしているだけである。


以上の主張が、確かな研究成果をもって裏付けられていた。



著者は、若き研究者ウェルデリック。



彼は今、自宅にて、この文書を初めて人に読ませている。


読者は、魔物狩りの少女騎士、イシリア。


 素晴らしいわ。素晴らしい研究よ。
 魔物のことをとてもよく調べてある・・・


ようやく顔をあげた恋人の感想を聞き、ウェルデリックは安堵した。


 ありがとう、イシリア。
 君にそう言ってもらえると心強い。
 僕はこれをもとにして、教会や国と戦っていくつもりだ。
 是非、君にも協力を頼みたい!


ウェルデリックは、力強くイシリアに語った。


イシリアは、そっと溜め息をつくと、いつものように笑う。


 ・・・悪いけど、一人でやってくれる?


イシリアは文書を床にぽいと投げ捨てると、それを足で踏みにじった。


 い、いったい、どうして。そんなことを言うんだい!


狼狽するウェルデリックをあざ笑うかのように、イシリアは言葉を続ける。


 ・・・こんな学説を発表したら、世界にどんな混乱が起きると思って?
 学説自体はよくできてるわね。 だからこそ問題なのよ。
 疫病、貧窮、殺人、この世の諸悪をすべて魔物に背負わせてきたニンゲンが、
 各々どういった反応で、”事実”を受け入れるのかしら。
 興味はあるけど、見たいとは、とうてい思わない。


ウェルデリックは、半ば激昂して叫んだ。


 じゃあ、君は、人間と魔物の関係が、今のままでいいっていうのか?
 僕は、断じて認められない。 
 だって僕は、君のことを・・・


その先を、イシリアは言わせなかった。彼女は、このときばかりは笑うのをやめ、
感情の籠らない声で喋り出す。


 そもそも文書には、ひとつ大きな間違いがあるわ。


ウェルデリックは、ずいと近付いてきたイシリアの表情を見て、途端に身体が震えるのを感じた。


 魔物はね、 どうしても、堪えきれなくなったときは、
 喰らうんだよ。
 人を。


彼女の口元から鋭利な歯が覗くのが分かり、ウェルデリックはある想いを確信に変えた。


 ・・・そうか。やはり、僕が君を追い詰めていたのか・・・



イシリアは、好きだった男の喉を喰い破り、痙攣して倒れる彼を見下ろしながら、
すでに次のシナリオを練っていた。



 (魔物擁護派の若手研究者、魔物によって殺される、か)



たっぷりと広がる鉄の味と肉片を噛み締めながら、


果たして、このときのイシリアはどんな表情をしていたのか。


それは彼女にも、分かってはいなかった。





最終更新:2007年10月02日 06:32