ギルティギア小説


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完成済み(とはいえ手直しくらいはやる)



「雨が降ってきたな・・・」


大男は暗くなった空へ憂鬱そうに眼をやると、軽く舌打ちをした。

空へと顔を向けた男の素顔を、一滴の雨がぽつりと濡らす。
左手で額を軽く拭い、彼は静かに歩き出す。


右手には、鉈のようにも見える異形の剣を持ち合わせ、
足首が隠れるほど長い、赤色のロングコートに身を包んでいる。
後ろで束ねた長髪が、男の重い足取りにあわせ、炎のようにゆらめく。


人気の少ない倫敦(ロンドン)の片隅を、戦士風の男はさまよっていた。
わざわざ辺境に立ち寄った理由は、アクセル=ロウという名の男に会う為である。


しかし、肝心の人物が待ち合わせの時間を過ぎても一向に現れず、
そこへ冷たい雨に見舞われれば不機嫌にもなろう。

大男は雨宿りのため、ここから最も近い宿へと足を向けている最中であった。


倫敦の冬は寒い。先日降った大雪が未だ溶けずに、通りのあちこちを占拠している。
いまは雨と交わり、水たまりを作り始めている。

そんな中、大男とすれ違う人々も少数だ。
彼らもまた突然の雨に備えていなかったようで、鞄などで頭を覆いながら足早にかけていく。


対照的に、大男の足取りはあくまでゆっくりとしたものだった。

眼光鋭い彼がそうやって歩いている様は不気味ですらあったが、
幸いなことに、今は雨が人の気を逸らしてくれている。

そういったことをよく心得ているから、
大男は珍しくコートの襟元で顔を隠すこともなく、相変わらず黙々と歩を進めているのだ。

彼の正体が、聖戦時において 獅子奮迅の活躍をした英雄・・・
”背徳の炎”こと、ソル=バッドガイ だと知る人間は意外と少ない。
事実、彼は特に誰にも見咎められることなく、目当ての宿へと足を踏み入れていた。



通りの一角に構えているその宿は、名を「堕落亭」という。

娼館を連想させるような いかがわしい名前だが、
辺りには住居や商店が建ち並び、建物の規模としても中程度、名実ともに一般的な宿である。


二十二世紀の現在において、未だ数世紀前の街並みを維持している都市、倫敦。
合わせるように、「堕落亭」もまたアンティークという言葉では片付けきれないほど、非常に古風な造りをしている。
もっとも「堕落亭」は、現在の倫敦の姿をいくらか皮肉っているものでもあるらしい。

加えて、公では行なえないような取引に頻繁に利用されることから、
後ろめたい過去を持つ者たちの間で、実は密かに有名なスポットなのである。


いつ壊れてもおかしくないような木の扉を乱暴に開け放ち、
ソル=バッドガイは真っすぐフロントへと向かう。
宿泊客らしき人間はひとりもおらず、だだっ広い空間には受付と思しき男が居るだけだ。

「いらっしゃい」
受付は五十代の後半と思しき頭の禿げ上がった男で、手にした新聞から目を離せずに言った。

その声はいかにも無愛想であり、腰掛けている椅子までフロントのほうを向いていない。
とはいえ、ソルの手にしている物騒な 業もの まで目に入らぬはずは無いのだが。


客であろうと、他人には徹底して無関心だと言わんばかりの態度。
ソルは内心嬉しく思ったほどである。

それなら何も遠慮無く、と、ソルは剣を左手に持ち替え、ポシェットの金を見せながら話を切り出した。


「一泊、頼みたい」
「支払いは?」
「現金で」
「いいだろう。どの部屋がいい?」
「そう、だな・・・」


淡々と、素早く進む交渉。
ソルが部屋を指定しようとしたその矢先、
まったくもって不意に、後方から陽気な声が聞こえてきた。


「んでもってね!
 俺っちがボスの弾丸を華麗によけちゃったあと、全力で蹴り飛ばしてやったそいつが
 はるか吹っ飛んだ先が、何を隠そう、この宿なのさ!」

「まぁ、凄いのねえ。あたしも あなたの凄いところを見たかったわぁ」

「なぁに大丈夫。これからベッドでたっぷり見せちゃうよ。・・・なぁーんちって?」


どうやら、男女のカップルが新たに宿へ辿り着いたらしい。
受付はそのことを気にした様子は無いが、いま接待している客が、唐突に押し黙ったのは気になった。


「どうした?」
「・・・あぁ、いや。すまんが、少し待ってくれ」


受付にそれだけ言うと、大男、ソルは背を向けて、聞き覚えのある声に近付いていった。


男と女、両方の声にあてがある。
ソルの予想に間違いはなく、案の定 彼の視線が捉えたのは、

バンダナを身につけた、ユニオンジャック模様の厚手シャツが似合う長髪の青年。

そしてもう一人、ギターケースを担ぎ、紅色の帽子を被ったおかっぱの女であった。

女のほうは外の気温を考えると、ずいぶんと涼しげな服装をしている。 
首輪から吊るされる格好になっている衣服は布地が少なく、ところどころで肉感溢れる肌色が覗く。
胸元に関しても同様だ。


二人の姿を見て盛大に溜め息をつくソルに対し、遠慮無く嬉しそうに声をかけたのは青年のほうである。


「あんれぇっ!? ちょ、どうしたのよソルの旦那!
 この広い地球の歴史上で、こうしてまたばったりと出くわすなんて
 なんつう偶然! 嬉しいねぇ・・・って、アレ?」

ソルは、なるべく連れの女のほうは見ないようにしながら、おもむろに青年の胸ぐらを掴んでいた。


「おい、アクセル。
 ・・・手前ぇ、俺との約束を蔑ろにしてイノとつるむとは、
 いったいどういう魂胆だッ?」

「や、や、約束ってなにさ! 俺っちは、たまたま帰郷したら、えらくキレイな人と出会ったんで
 ちょっくら話してみたら意気投合、ってだけで!」


「『あの男の情報を渡す』。昨日、俺にそう連絡してきたのは手前だろうが・・・」

「なんのことさ!知らないよ!人違いじゃない!?」


ここまでのやり取りを楽しそうに見ていた女は、ふふっと笑いながら二人の間に割って入った。
そのことに一層気分を害されるソル。

「イノ。またお前の企みか!?」


憤るソルに、イノは甘い声と魅惑の眼差しで接する。


「馬鹿ねぇ、”背徳の炎”。この男の『特異体質』は知っているでしょう?
 あなたに約束したカレと、このカレとじゃあ、別人なのよ」


「・・・そ、そうか!分かったぞ!」

よほど強く掴まれていたのか、少し喘ぎながらもアクセルは捲し立てる。


「なんかの事情で、旦那と話そうとした俺っちは来れなくなった。
 どうせまた、他の時代に飛んじまったんだろう。そして、入れ替わるように
 ちょっと古い俺っちが現れたと! こういうことだろうな、うん!」


満足そうに頷くアクセルの言うことは、常人ではおよそ理解出来ない話であったが、
実際にソルも、アクセルが別の時代にタイムスリップする瞬間を何度か目にしている。

話を鵜呑みにするならば、これ以上アクセルを詰問したところで、何も得るものは無い。


「いいだろう。 次に、どうしてお前はここに居るんだ・・・」


敵意のみなぎった視線と指先を改めて向けられても、イノは飄々(ひょうひょう)としていた。
今日の彼女は機嫌がいいらしい。


「え? ただのオフよ。 強いて言えば、恋人探し。
 こちらとしても、あんたの馬鹿ヅラを忘れたくって出歩いてたのに、
 まさか当人に遭っちゃうなんてねぇ。運命、ってやつかしら」

腰をふっておどけるので、ソルはたまらず親指を下へ突き出した。

「願い下げだ」

「ま、まぁ旦那! しっかし驚いたなァ、二人が知り合いだ、なんて。
 どういう関係?まさか・・・・元カノ?」


必死に場を保とうとするアクセル。
とりあえずその気遣いは、ソルの怒りを萎えさせることには成功したようである。


宿敵の側近であるイノが居る以上、決して油断をするわけにもいかないが、
どうにもここで本気になるのは場違いなようだとソルは悟った。
イノがアクセルの身に危害を加えるつもりだったとしても、いま助けてやる気には、全くなれない。


チェックインの途中だったが、ソルはアクセルとイノの間を割るようにして、扉から外に出ようとする。


「あれ。旦那、お帰りなの?」

「お前らとは付き合ってられん」

「あら?わたしは別に、3Pでも構わなくなってよ?」

「・・・ちょっ、お姉さん! 3Pって! 三人で『ピー』でしょ!?
 ダメダメ、駄目駄目駄目!ていうか、二人でもダメ!
 ただお話するだけって言ったじゃん! そもそも俺には、めぐみっていう彼女が・・・」

「へえ。その娘となら、どこまでいいの?」

「もうヤだこのお姉さん!話止んなぁーい!」


様々な雑音を背に受けつつ、ソルは「堕落亭」を後にした。

雨はいっそう激しく降っていたが、あの場に留まるよりはまだ利口に思えたからである。



あの様子だと、イノに企みが無いというのは恐らく本当だろう。

だからといって野放しにはできない。

けれどもこちらから攻撃を仕掛ければ、周囲をかえりみない戦闘になり、周辺の住民に被害が及ぶ。
そうなれば、警察の坊やの厄介にもなってしまう。


ずいぶんと甘くなったものだ。
ソルは苦笑する。


”あの男”を、殺す。
想いに変わりは無く、相変わらず心も渇いているが、
急いてはいなくなっていた。

俺も”あの男”も、この先ずっと生き続けるだろう。
いつかは決着をつけなければならないが、それを今日明日行なう道理も無いのである。


しかし偶然とはいえ、せっかくイノを見つけたのだ。
これほどあっさり引き下がるのは、さすがに問題ではないのか。


やはり思い直したソルが、ふと「堕落亭」を振り返ると、それはまさに、
「堕落亭」と近隣の建物が、轟音をあげて四散する瞬間だった。


「!?」


無数の竜巻、といっても自然に生じたものではない。
「堕落亭」のあった場所で、聞き分けの無い子供のように暴れていたのは
人為的に作成された、”生きた風”だ。

副産物である突風にのって流されてくるのは、建物の破片だけではなかった。
やつらが建築を蹴散らし、同時に中の人間を喰らっているのか。

空気の中に血の匂いが混じるのを感じ取り、ソルの本能を刺激する。


「ちっ。ヘヴィだぜ・・・」


直後、ソルは風とは逆向きに走っていた。

全身に受ける、膨大な 風の法力。
アクセルはもちろん、イノにも扱える代物ではない。


過去に手を合わせた人物で、これほどの風を操れるのはたった二人。
一人は、扇を操るジャパニーズ。
そしてもう一人は、銀色の異人。


ソルは鼓動が高鳴るのを感じながら、「堕落亭」に舞い戻った。

木製の扉は跡形も無くなっていたものの、替わって法力を応用したドーム形状の”結界”が、
招かれざる客を拒んでいた。


「・・・結界(ヴァリア・フィールド)か!」


法力とは、人々が内在的にもつ超自然エネルギー。
それを体外において実体化させたものこそ、いわゆる”魔法”と称せられる事象であり、
応用の一例として”結界”がある。


法力を薄い板のように還元し、なおかつ無数に張り巡らせるという、
いわば魔法の建築によって創られる”結界”は、物理的なエネルギーを 遮断ないしは相殺する力を秘める。
これを覆すには、最低でも同量の法力をぶつけることにより、魔法理論に綻びを生じさせるしかない。


「めんどくせぇ・・・・・・」


顔をしかめたソルは、緑色のドームを眺め回す。
その間にも、猛り狂う風がソルの身を襲っていたが、彼の羽織るコートにすら傷はついていない。

既にソルの周囲には、彼自身が発生させた法力が集中していたのである。


ふと、ソルの視線が止まる。

見定めたのは、ドームの頂点付近。先刻、建物の屋根があった辺り。


「しゃっ」


ソルは手にしていた剣を逆手で持ち直すと、剣を握る手に力を込めた。

神器の一つ、封炎剣。

彼の持つ剣には、ソルがもっとも得意とする火の法力を増幅する力がある。
単純な力の上乗せこそ、極めて粗雑ではあるが、「理論の覆し」になる。

刃先から溢れ出した膨大な炎は、ソルの長身すら超え天に伸びていく。
さながら獰猛な獣を片手に従えて、それを直接”結界”に突き立てる。


風と火は魔法理論で証明されている通り、接近させても同化が起きない。
反発を招くだけである。
たちまち、ソルの身体は反動で吹き飛ばされ始めるが、彼は封炎剣を手放さない。


腕から先がそげ落ちそうになる感覚を味わいながらも、
ソルは法力の流れを変え、反動の方向を上へと向かうようにする。


「ヴォルカニックヴァイパー!!」


叫びと共に、うねる大蛇のごとき豪炎と共に、ソルは空へと舞い上がった。
局地的に生じた理論の崩壊に耐えきれず、”結界”全体に綻びが生じ始める。


そして、上空からソルの眼が捉えた最も大きな綻び。

(台風の目は、 そこか!)

ソルは結界に着地する代わりに、落下する身体をひねり踵落としを放つ。
それが決定打となり、ガラスが破砕するような音。ついに結界の一部が破損した。

砕け散る結界の粒子を浴びながら、
ソルの姿は、結界の内部へと消えていった。



とよん。

ソルが踏みしめたのは、奇妙な弾力がある床。

暴れて入ってきたせいなのだが、「堕落亭」と結界とが不自然な調和を生んでいる。

悪趣味な緑色のまだら模様が、堕落亭の内装に被さっている。
だから、室内と呼んでいいものかどうか。


「空間ごと消滅の危険もあるな。・・・急ぐか」

別世界と化したかのような堕落亭において、ソルが開けた天井の穴から、
静かに雨が降り注いでいる。
それ以外は奇妙なくらい静まり返っていた。


「さて、やっこさんは何処にいる?」

探すまでもなかった。

少し先に眼をやると、フロントの残骸があり、それにしがみつくようにして、イノが倒れていた。
衣装はずたずたに裂かれ、もはや下着だけの姿になっているが、あいにく眼の保養にもなりそうにない。
悪鬼のような形相をされていては。

「・・・酷いツラだな」

「うるせぇえ! オレを笑いに来たのか!!」

「それもある。アクセルは何処だ?」

「知るかよ!!」

苦境に陥ったとき、決まってこの女は言動が一変する。
妖艶だった口調は見る影もない。


「血反吐を吐く元気があるなら正直に言え。なんなら、今すぐラクにしてやってもいいが?」

「本当に知らねえ!!突然光って消えちまいやがった、自分だけな・・・苛つくぜぇ、
 オレみたいな美人を置き去りにしてよぅ・・・」

「やはり、 そうか」


ソルは、アクセルは別の時代へ飛んでいると思っていたが、その通りだったようだ。
アクセル本人の意思とは無関係に行なわれるこの特技(?)は、
ある人物がアクセルに接近することでも起こる。
アクセルの安否を知ると同時に、ソルは襲撃者が誰なのかを確信する。


「ついでに聞くが、宿の、他の人間はどうした?」

「生きてるとでも思うのか?」

「まぁ無理だろうな。ところで、立てるか」

「な、なんだよ!どうする気だ」

「こうする」


言うが早いが、ソルは剣の柄でごつんとイノの後頭部を突くと、たちまち彼女は気を失った。


ソルは、すっかり大人しくなったイノの首根っこを掴み、ぶっきらぼうに空へと放り投げる。
瞬く間に、彼女の身体は結界の外へと消えた。


単純に考えれば、数十メートルも上に飛ばされた挙げ句、今度はその高さから外の街道に叩きつけられることになる。
間違っても重傷の人間に行なうべき処置ではないが、日頃の”いたずら”への報いだとすれば、
これでもまだ足りないくらいだろう。


「・・・さて。 そこの貴様、ツラ出せ」


ソルが首の骨を鳴らしながら言う。

すると、数刻前には宿の受付が腰掛けていた椅子に、ぼわりと浮かび上がる人影がある。
いつの間にやら 銀色の男 が腕組み、眼を閉じて座っていた。


流れるように美しい銀の長髪をもち、身体にぴたりとフィットするロック・ミュージシャンじみた衣装もまた、
銀色の輝きに満ちている。
まるで、彼とその周囲だけが夜を迎えているかのような、幻想と孤独とがそこに居合わせていた。

そして自らその調和を壊すかのように、全身から刃物のような太い棘を生やしている。

長いものは数十センチにも及んでおり、特に額から生えた一際大きな棘は、さながら神話の一角獣を思わせる。
しかしどの棘も、身体の反対側へも突き出しているのだ。
無数の剣に刺し貫かれている男。 そう表現したほうが適切かもしれない。


男がそっと開けた眼には、瞳が無く、乾ききった銀色があるだけ。
けれどもその眼はソルの姿をしかと捉えたらしく、彼は不敵に笑って立上がった。
併せるようにして、腰掛けていた椅子が音をたてずに細切れとなる。


「まったくもって不愉快だぞ、背徳の炎よ」

表情とは真逆のことを言う男は、ソルと変わらぬほど背丈が高い。
ソルは男から眼を背け、返事する。


「なんのことだろうな?」

「おいおい、とぼけるのか。 私は狩りの最中だった。
 邪魔されぬよう用意した舞台に 無作法者が上がり込んでくるから、何をするのかと思えば・・・
 獲物を、逃がしてしまうとは。
 背徳の炎。いよいよ貴様の火もぬるくなったか」


銀の男は空を見上げながら言った。
対するソルは鼻で笑う。


「女を不意打ちにするのが手前の言う、狩りか? あいにく、俺の趣味じゃねえ」

「女? ふむ、そうか。アレは、あれでも女というカテゴリーに属する生き物だったんだな。
 すっかり失念していたよ」

「その点は同意してやってもいい」

当人が居ないと話というのは弾むものである。


「貴様も知る通り、アレはあまりにも聞き分けがなく、見苦しい。
 私は”あのお方”から処分を一任されて来ているんだ。邪魔はして欲しくない」


「そうはいかん。イノは”野郎”の存在を証明する上で、生きた証拠になる。
 むざむざ手前にやることはできんな、『死体漁りの猛禽(レイヴン)』よ」


「そうか。まだ貴様は、”あのお方”に楯突くつもりでいる。なんと嘆かわしい・・・」


”あの男”の側近であるレイヴンは、同じく側近のイノとは異なり、主に絶対的な忠誠を誓っている。
言葉に潜ませた感情からもそれが理解できるというものだ。
数歩、ソルに迫るレイヴン。


「そのアタマはどうにか出来んのか?」

ソルが忌々しく言うのもよそに、レイヴンは無邪気に頭の棘で、ソルのヘッドギアを小突いてみせた。


「貴様こそ、無い知恵を絞ってよく考えるがいいさ」


二人の距離は、もはや手が届きそうなところにまで縮まっている。


「”あのお方”が聖戦で世界に何を施されたのか、分かっているだろうに?
 ”あのお方”は恒久の平和を望んでおられる。
 貴様が成すべきことは身勝手な復讐ではない。それは明確だ。
 そのために貴様は選ばれ、生かされているんだぞ。・・・だが、何故だ!」


感情をおよそ伺えないレイヴンの眼に、光るものが浮かぶ。


「何故、私ではない! 何故、貴様のような不出来な男に、”あのお方”は望まれるのだ・・・
 私には分からない。それだけが、分からぬ」


「ペットとしての限界だな。鳥籠を壊してまで来てやったのに、
 手前が俺よりずっと無知だとは知らなかったぞ」

「な、なんだと!」


激昂するレイヴン。
ソルは見下げ果てた笑みを浮かべるとレイヴンを蹴り、突き放す。


ソルの脳裏には浮かんでいた、遠い昔の記憶が。


  また語り合おう。三人で、な------


そう言って微笑んでくれたあの女は、もうこの世のどこにも居ない。

自らが愛したその女は、やがて”正義”を名乗り、自らが殺した。

永遠の罪を償うため、自分はあともう一人殺さなくてはならない。

この感情こそが世界を廻すことを、野郎は、”あの男”は知っていたのだ。

だからこそ、思い知らせなくては。

手前の撒いた炎で、その身を焼かれるがいい。



「御託は終いだ。野郎の寝床に帰って伝えろ。首を洗って待ってやがれ、とな」

「・・・帰れだと? 冗談だろう」


レイヴンは両手で顔をおさえ、身体を震わせていた。
その仕草は泣いているようにも見えたが、すぐに違うことが知れる。
彼の背から突き出ていた棘が変化し、コウモリのような翼を二つこしらえていた。


「これほどの侮辱を受け、帰れるわけがない・・・」


二人の頭上に降り注いでいた雨が、レイヴンだけを避けるように向きを変えた。

(風が生まれている、のか)


レイヴンは翼を使って宙に舞うと、空中からソルに向けて蹴りを放った。

矢のごとく飛来した足技を、ソルは封炎剣を頭上に構えることで弾いてみせる。

しかしレイヴンは構わず、空に留まったまま両足を交互に、連続で突き出す。
さすがに凌ぎきれなくなったソルが一歩後ろによろめいたその隙に、
レイヴンは頭からソルの鳩尾に突っ込んでいく。


「ぐおっ」

苦悶の声をあげるソルを、額の棘で串刺しにしたまま飛行。
レイヴンはソルの身体を結界の壁へと叩き付けた。

壁と言ってももちろん、法力を還元したものに過ぎない。
待っていたのは衝撃だけではなく、肉体と精神に食い込む、毒色の風だ。

「ぐあああああッ!」


ソルを充分に結界へ押し当てたあと、レイヴンは空中で一回転し、
どうにか原型を留めているテーブル(だったもの)に足を下ろした。


「ふむ。今ので、並の人間ならば三十四回は死んでいるところだが、
 貴様とはいえ幾らか堪えただろう?」

レイヴンはつまらなそうに言い放ち、両膝をつくソルを無情に見渡していた。

「ちぃっ・・・」


悔しいが、レイヴンの言う通りだった。
可能な限り法力を防御に回したものの、法力を動かすこと自体が肉体の負担に繋がる。

結果として、腹を貫かれたにしては、身体から一滴の血も流れてはいなかったが、
既に呼吸が荒くなっている。


「殺しはしないぞ。”あのお方”を悲しませることになるから。
 無礼を平謝りしてくれれば、今日のところはそれで済ますとしよう。
 私は、基本的に寛大だからな」


「笑わせ、やがる。寝言は寝て言え・・・」

封炎剣を杖代わりにして立上がると、ソルは羽織っていたコートを脱ぎ捨てた。
黒色のベストと、筋骨隆々の両腕があらわとなる。


「くらいなあッ」


ソルは走り、一瞬で距離を詰めると、構えもせずに立ち尽くしているレイヴンへと襲いかかった。

拳による炎の打撃、サイドワインダー。

ソルの振るった腕の軌跡に火の粉が舞う。
しかし彼が捕らえたのは、爆音と共に灰となって燃え尽きたテーブルだけだった。


レイヴンは垂直に飛び退り、その光景を興味深く観察している。


「成る程。神器のシステムを己の身に応用するか。全身の法力を一点集中させての攻撃・・・
 技の粗暴さに反し計算は行き届いている、と。 悪くない」


「ったく。いちいち五月蝿ぇんだよ、阿呆鳥が!」


ソルは空を凝視すると、すぐさま飛び上がり、今度は空に たたずんでいるレイヴンに斬り掛かった。


「私に空中戦を挑むとはな」

レイヴンはもはや避けようともせず、片手で封炎剣の切っ先を受け止めてしまう。
より正しくは、枯れ枝のように細い二本の指で。


だがソルは構わず、剣を持たないほうの手で強引にレイヴンの胸ぐらを掴み、そのまま炎を念じた。


「・・・迂闊、こちらの攻撃が本命とは気付かなかった」

「やる気無ェのか?」

「そんなことはないさ。いいだろう。私を燃やしてみせろ!」

「上等だ」


ソルは躊躇せず、レイヴンの胸元で爆発を起こした。

素人でも可能なごく簡単な魔法式とはいえ、ゼロ距離から対象への使用は自殺行為に等しい。
ソルをも覆う形で巨大な炎が巻き起こる。


再び着地したのは、ソルだけだった。
辺りは火炎に覆われ、レイヴンの姿はどこにも見えない。

しかし未だ炎がくすぶる片手を見据え、まとわりついた火を払ってもソルの表情は浮かなかった。

「・・・」

確かにこの手で、自己の法力を全集中させ、銀色の男を燃やし尽くした。
にも関わらず違和感がある。


「消し炭にした程度では、やはり無駄ってことか」


「察しがいいな。その通りだよ」


熱い風にのって、レイヴンの声が流れる。


声を発しているのは、業火の中で舞う、灰であった。


灰は集まって黒い渦を作ると、その中心へとソルが生成した炎を、ことごとく飲み込んでいく。

辺りが再び雨と静寂の世界に戻ったとき、灰は先刻と寸分違わぬ、レイヴンの身を象っていた。

ソルは、半ば呆れて言った。


「便利な身体をしていやがる。リジェネーター(再生者)か?」

「それとは少し違う」

「待て。では、因果律干渉体か」

「ご名答。違う次元から肉体を取り寄せた。なにせ私は、単一で世界に存在していないからな」

レイヴンは自らを品定めするかのように、間接や手先を動かして身の調子を確認している。


「この通り、傷一つない。対して貴様のほうはどうだろうか、背徳の炎。
 どうやらさっきので、すっかり法力を使い果たしてしまったようだが」

「・・・しゃあねえな」


ソルは構えを解き、ラフな姿勢でレイヴンと対峙した。
レイヴンは悲しげな声をあげる。


「残念だよ。前よりはいい線をいったと思ったが、やはり貴様ごときの炎では、
 私のほんの表層を削り取ることしかできない」

「ああ、手前は、とことん物分かりが悪いようだぜ」

「・・・言うなよ。満身創痍での強がりなど、見苦しい!」


レイヴンは片腕に風の法力を集め、槍の形状へと変える。
結界とは異なる、殺傷のため生成された、二メートルはあろうかという巨大な槍。
それをソルの喉元へあてがった。
私は貴様をいつでも殺せるのだがと、気を利かせてみせる。


ところが、これ程の殺気を見せつけたにも関わらず、
ソルはつまらなそうな笑みさえ浮かべてみせた。

「!」

何かが、おかしい。
追い詰められた者の表情とは全く異なることに、レイヴンは気付いていた。


「どうした。怖じ気づいたのか? それなら、失せろ」

親指を下へ突き出して挑発するソルに、レイヴンの思考はさらにかき乱された。


「貴様・・・本当にあのお方が望む通りの男ならば、死なぬ筈だな?ならば受けてみるがいい」


レイヴンは手にした槍で、ソルの首をはねようとした。
ところが、それは叶わない。
槍が突如、炎に包まれたからである。


「こ、これはどうしたことだ!」


熱さよりは、驚きで槍から手を離したレイヴンが、もう一度武器を拾うことは叶わなかった。

槍は既に焼け落ちて風の粒子に変わっていたし、何よりレイヴン自身の両腕が炎に包まれていた。
燃やされているのではない。レイヴン自身が、燃えているのだ。


「馬鹿な!火の法力は、先程私が吸い付くし、もはや貴様にも残されていないハズ・・・!」


混乱のためレイヴンは頭を抱えようとしたが、それも出来ない。
彼の銀色の両腕は焼け切れ、嫌な音を立てて落下した。

焦げた臭いが辺りに立ち込めている。
炎は留まることを知らず、ついにレイヴンの全身を焼き始めていた。

ソルは哀れむような調子で言った。


「だから無能だというんだよ。因果律干渉体だと、手前でさっき宣ったばかりだろうが」

「な、にぃ・・・?」

「自分の同一体にイレギュラーなのが居たのを、まさか忘れたのか」

「・・・・・そうか!この炎は」


レイヴンは燃え盛る炎の中、憎々しい一人の人物を思い描く。

「アクセル=ロウ・・・」

両腕を失った男は、呆然と呟いた。


「全く、結界を透過して身体を探しに行った時点で、手前の負けは決まっていたぜ。
 別次元への扉を開けば、 手前は他の自分とも繋がる。わざわざアクセルとの接点を作ってくれた」

「・・・」

「帰って来なければ良かったものを。この場はもう、
 俺が手前から引き出してやった、あいつの法力で一杯だぞ。
 火が、炎を招く。 ガキでも知ってる魔法理論の初歩だ」


「フフ・・・ふはははは」

片膝をつき高笑うレイヴンから、理性は感じられない。

「憎い! 憎い!! 奴め、 こうまでして私に生き恥をかかせるとは!」

燃え上がる炎は、まるでレイヴン自身の怒りでもあるようだった。


ソルは冷めた眼でそれを眺めながら、アクセル=ロウの法力を内に集め始めた。
封炎剣を天にかざすと、陽気な炎が剣の周りを渦巻いてくる。

「ちと扱いにくい炎だが、まぁいい。レイヴンよ、五年は世界に戻れなくしてやるぜ」


「・・・ウグゥアアアア!」


もはやソルの声など耳に入らず、身一つでソルのもとに突進したレイヴンであったが、
ソルは身を屈め、彼の側を颯爽と駆け抜けてゆく。

さながら、紅の弾丸のように。


「悪いが・・・・・・・終いだ!」


すぐさま赤い波が押し寄せて、すべてを灼熱に染める。

あとには、そっと雨だけが降り続いた--------




 *



巴里(パリ)。

かつては芸術の都として、また現在は国際警察機構の本部を置く城塞都市として、
古今東西の情報が集められる場だ。


窓から光が差す、広々とした事務室。
騎士団から贈呈された数多くの勲章と、
ティーカップのコレクションが至るところに並べられたその部屋は、
警察組織において並々ならぬ活躍をした者に与えられたものだった。


部屋の主である青年は、アンティーク机の傍らに立ち、
報告書の山にひとつひとつ目を通している真っ最中である。

紙面をなぞっていた、女性のものと見紛うばかりの白い指。
それがふと止まったのは、
先日倫敦(ロンドン)の郊外で起きた爆破事件についての記述に触れたからである。


地方ギャングが頻繁に取引を行なっていたとされる宿と、その周辺の建物とが、丸ごと吹き飛んだこの事件。
犠牲になったのは裏社会の人間ばかりだったというが。
記事では、ギャング同士の抗争により起きた惨事であると結論付けられていた。


しかし目撃者の証言には幾つか面白い話があり、
中でも青年の関心を惹いたのは、

「赤き竜が空へ羽ばたくのを見た」という内容である。


青年は美しい顔の眉間に皺を寄せると、静かに旧友のことを思い浮かべる。


窓の外は、雲一つ無い、青空だった。