姉チャン一話

BACK



○■△○■△○■△○■△○■△○■△○■△○■△○■△○

『お姉チャンバラ外伝 * 紅血風ロード』

 おねえちゃんばら がいでん くれない けっぷう ろぉど

○■▽○■▽○■▽○■▽○■▽○■▽○■▽○■▽○■▽○

 ※設定などはオリジナルの創作小説です。




■■■第1話 ザ・ツンデレ注意報■■■


7月初旬を迎えたある日のこと。

太陽は灰色の雲に隠れているが、じめじめした空気は不快な暑さをおびて、すっかりあたりを包んでいる。

わずかしか吹かない風の中に、汗のかおりが混じる。

気温が35度を超える日も珍しく無く、
神埼県 - 新魔町(かみさきけん しんまちょう)は、まさに夏を謳歌していた。


僕……草薙順一は学校へと続くゆるい坂道を、うつむき、あえぎながらのぼっている。

そこは幅の広い道路であり、ときおり車が走り抜けて行く。

あれに乗ればどんなに早いことか……

周りには数人の同胞が居る。

共通の恨み言を抱えながら、僕ら学生は白と黒の服装で身を固め、もくもくと足を進めていた。

車のエンジンより、蝉の鳴き声が僕らをあざ笑う。

自分で、自分の顔が歪むのも分かってしまう。汗ですべる我が眼鏡も厄介極まるし。

道路脇の歩道は、空き地とそれを囲う高い『鉄柵』に面していて、何やら歩くだけでも妙な疲労がたまるのだ。


黒い制服が内側からしっとりと湿るのを肌で感じながら、
僕は汗にまみれた顔を、『鉄柵』のほうへと向けてみた。

まるで魔女の城のものであるかのような禍々しい鉄柵は、少し眺めるだけでも不気味な気分にさせられる。

半年前、とつぜん町中に出現したのが、この鉄柵。

鉄柵は主に住宅を建設する予定のあった空き地に現れた。

そして鉄柵によって囲まれたその土地から、おぞましい、化け物どもが咲き出たのだ。


僕は今でも、地中から化け物が現れた瞬間をありありと思い出すことが出来る。

土埃を巻き起こし、最初に見えたのは、

人の腕だった。

けれど『人』と形容するにはあまりにも色が悪く、

ひどいニオイで、

 腐っていて・・・

あぁ、駄目だ。 とてもじゃないけど、それ以上は。


あれが悪夢だったなら、どれだけ救われることか。 


ここは、無数の化け物に襲われた町。

今も残る不気味な鉄柵は、残念ながら爪痕に他ならない。

……僕は考えるのをやめて、少しだけ足を早めた。

忘れられなくても、考えるべきではない。

怪事は、もう終わったのだから。



柵から目を背ける事で、急速に気持ちは落ち着く。

見ない、見ない。気にしない。

自嘲気味な笑みさえ浮かべた僕を、足早に抜き去って行く小柄な人影があった。


それは女の子で、うちの中学の制服を着ていた。

黒い髪を両側で縛り、二つの尾のように垂らしたスタイルが独特だった。

今日の空模様を気にしたのだろう、学生鞄だけでなく黒い長傘も手にしていた。


僕はぼんやりとそれだけの事実を認識していたけれど、

彼女が隣を通った瞬間。 なぜだろう。僕は、季節外れの想いまで確かに受け取ってしまう。

ひんやり。

突きささるような、氷の感触。

突然通り魔に刺されたら、多分こうなるのかとさえ思える痛みが、

刹那だけ僕から全てを奪った。


世界がすべて紫色に見えたのは、衝撃のあまりか?

そこに、見覚えのある化け物たちすら在ったのも……


僕がやっっとのことで正常を取り戻す頃……

知ってか知らずか無言のナイフを突き立てた張本人、

真夏の雪のような少女はとうに遥か前方を行き、坂道からは姿を消している。



白昼夢のようだった。

けれど、感覚は残っている。

汗の量は増して、冷たい汗さえ混じっていた。



突然立ち止まった僕を不審に思いつつも、生徒達は僕を追い抜いて行く。心なしか、その足取りは早い。


(そうだ……いけね。もうすぐ9時になる……)

差し迫った危機のほうに頭を切り替え、僕も路を急いだ。

心地悪い感触を胸中に残したまま……





数十分後、僕は無事、錠場(じょうば)中学校に辿り着く。

錠場中学はいわゆる進学校の類である。

白を基調とした校舎は、高級かつ清潔そうな都会の大病院を思わせ、見た目からして他の中学とは一線を画している。

特に正門をくぐってすぐにある校舎正面の日本庭園は名物で、景石から竹垣までもがしっかり揃い、町の観光スポットと化していたりもする。

そこへ通う生徒というと、こちらもエリートとして名高い。

例えば僕はその中の一人であり、しかもけっこうな上位成績の持ち主だ。 ただの自慢だが。

校舎に入り、鉄製の下駄箱で靴を履き替え、長い廊下のあとは階段を昇っていく。

いくつもの教室を横切り、僕の通学はやっとそこで終了する。

途中、坂道で会った女の子をそれとなく探してみたが、見つけられはしなかった。

動機は怖いものみたさのようなものだったから、真剣さが足りなかったのかもしれない。


冷房が入っている教室は実に涼しく、そしてやかましい。

夏の二年-B教室に入り、僕が抱く感想はそう決まっている。


「おぉぉっ! 遅いぞ順ちゃん、本日の特大ニュース知ってっか!?」

「いきなりどうしたんだよ。またずいぶんと威勢がいいね……」

天気とは対照的な能天気ヤロウが駆け寄り、僕を迎えてくれた。

豪快に笑いながら、ポンポンと僕の肩を叩いてくる。

「まぁ、いいから聞けってことよぉ〜!」


こいつは角河一(かどかわはじめ)。

怪事以来、ふさぎ込んでばかりだった僕をここまで回復?させてくれたのも、言ってみれば彼のおかげである。

僕より十センチは背が高く、確か百七十センチというのが自己申告だったっけ。

くるくるの短髪、横に長めの顔はニキビも溢れ、いわゆる美形クンとはほど遠いのだが不思議とモテる。

彼と僕はすべてが真逆だ。趣味も好みも何ひとつ一致してないが、

名前に同じ漢字があるというだけのきっかけで、知らぬうちに男同士仲良くなっていた。

そんな数少ない友が、挨拶も抜きに話したいことはなんだろう。……大方、予想はつくのだが。

ホームルームの開始は近いので、既に教室は約40人の生徒全員が揃っているようだ。

それでも休み時間の一分も無駄にしないよう、席を外しての雑談に皆さん余念が無い。

町内きっての進学校も、非授業時間ともなればこんなものである。

しかし角河の声と態度は、騒がしい教室においてもさらに際立っており、僕には正直しんどい。

彼の存在を冷ややかな笑いで静止しながら、僕は机と生徒達の間をすり抜け、
中央列の左端、窓際近い自分の席に荷を下ろす。

遠慮なくあとをつけてきた角河が、今か今かと僕が一段落つくのを待っている。こりゃ、追い払えそうにない。

「……で? なんなんだよ。」

待ってましたとばかりに、大きな口が開かれる。
「実はな!今日からうちに『試学生』が来るみてぇなんだ!」

「へえ。この時期に来るのは珍しい。 それは、どうせ女の子なんだろうな」

「そうよ! さっき職員室前で見た限り、か な りイィ感じだった!」
鼻息あらい角河を見て、僕は苦笑するしかない。

彼の持ってくる話題の9割は、クラス内外の女子のことなのだ。

さすがは理科の実験で、プランクトンさえ雌しか覗いてやらぬとホラ吹く男である。

たまには予想が外れて欲しいものだけど。

「どれくらい頭いいのかね、その子……」

あくび混じりに話す僕に対し、角河をタンカをきる。

「馬ッ鹿だな! おまえ、成績より見た目だろ!もちろん性格も重視した上で!」 

角河はそう言うが、世間で重視されるのは成績ばかりだ。

2012年度の教育改革により、中学と高校の単位制がより強化された。

基本的に1時間授業で1単位を取得出来るが、進学校ではその限りではない。

学校毎にカリキュラムが異なっているが、うちなどは高校をすっ飛ばして大学へ行けるような
履修過程になっているので、授業内容も極めて濃く、さらに1時間で複数の単位を取得できるものばかりである。

とはいえ、このペースについていくのは決して容易ではない。そこで設けられたのが、他校に通いつつ、
単位数の多い授業を短期的に受けられる制度だ。これを利用する生徒の事を、『試学生』という。

「ま。どうせすぐ根をあげるタイプだろうし、ちょっとしか居ないなら、かわいい子のほうがいいだろうな。眼の保養くらいにはなる」

僕は溜め息まじりに率直な感想を口にしたが。案の定、角河のお気に召さなかったらしい。

「……呆れた。「順ちゃんってば、軽視しすぎ。実際にそのコ見てみろよ〜、マジで色々と痺れるぜ?」

「はっ。どうだか」

僕は自分で言うのもなんだが、潔癖だ。

目の前の友人を初め、多くの男子達は勉学忙しい最中でも恋人をつくることに躍起のようだが、
大概がバカらしい、不純な動機に基づくものなので話にならない。

女子は女子で、そんな男子連中を利用しようと企んでいるし。これ実は、かなり恐ろしい構図ではないのか?

だから、彼らが賛美の対象としている女子を見ただけで、最近じゃ何やら身構えてしまうのだ。

まったく。角河はいいやつだけど、このことに関しては無神経過ぎる というのが僕の批評である。

それが まさか、まさか……角河の言った通りに、なるなんて。


チャイムが鳴り響き、急ぎ自分の席へと舞い戻る生徒達。

あっという間に教室は、お行儀良い静寂へと早変わる。


遅れて登場した ハゲ頭のおっとり担任・芝里は、背後にひとりの女子生徒を連れていた。

いや、あまりにも女子生徒が堂々としていたから、
彼女は小柄だったけれど、むしろ芝里のほうが従えられているようであった。
二人が並んで教卓の前に立つと、ますますその印象は強まる。

他の生徒が失笑をこらえる中、僕はひとり、飛び出そうな心臓を押さえていた。


そう。 「彼女」だった。


間違い、ない。


縛った髪はもちろん、それに適度に隠された おでこが可愛らしくも、

長いまつげに彩られた瞳は、想像以上に鋭くて、凍てついた刃のよう。よく見れば、
左耳にはなんとピアスを2個もつけていた。 昨年までの校則なら危ないところだぞ。

おまけに、本来ならば一階で預けておく決まりである、自前の傘を教室にまで持ち込んでいた。ファッションなのか?

芝里に自己紹介を促された彼女は、への字に結ばれた口元をほどき、ひどくそっけなく応える…… 

「今日から試学生としてお世話になる、咲です。 みんな、よ ろ し く」

発せられた声は、第一印象を一変させるかのごとく、甘い。

絶妙な不調和が生み出す、清く正しきアンチテーゼ。


ぺこりと頭を垂れた彼女のおさげもそれに習うのを見届けると、

ついに脆弱な男子生徒共は一斉に歓声をあげ、

他の女子生徒達は腕組みなどしつつ、不意に出現した強敵に目をひそめていた。


で、僕はというと……

前のほうの席から後ろ向き、(どうよ?)と言わんばかりに僕を笑う角河に参りつつ。

ふと交わしてしまった、彼女の視線に身を凍えさせていた。

咲。

この日を境に、僕の運命は変わっていくのであった。

生まれ出た感情は、いまはまだ、畏怖。


芝里の、うるさい、おまえら静かにせんか という声をおぼろげに聞きながら、

僕は化け物よりタチの悪いのが来たと、直感していた。


だってさ、彼女。


僕を見て、鼻で笑ったんだぜ!?



BACK

最終更新:2006年10月29日 21:20