Z:序章


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いたって平凡な我が家の二階にある、廊下の突き当たりの一室。

ここが、わたしの聖域。
そう言い表すのに相応しいお部屋。
もともとは兄さんの部屋だったけれど、今はわたし、
『亜希山照美』(あきやま てるみ)が好きに使っている。

兄さんが失踪した時のままで残されたこの部屋に居ると、
兄さんの中に居るようでとてもとても居心地がいい。

わたしは、ここに一切の私物を持ち込んでいる。
六畳の決して広くはない部屋だから、もはや床もベッドも、ありとあらゆるところが物だらけ。
本棚には手前と奥で、二層になった本が並べてある。
あとから並べた、手前にあるほうがわたしの愛読書たち。
それに隠されるようにして、奥が兄さん秘蔵のエトセトラ。大学用の参考書から漫画にいたるまで色々。
ベッドのほうはというと、兄さんの枕の傍らにわたしの枕が置いてある。
クローゼットには、かけられた兄さんの沢山の服、間を挟むようにしてわたしの服をかけてある。
こうすることで、もっと兄さんを間近に感じられるから。
わたしは、とても楽しくなる。思わず笑みがこぼれちゃう。
両親はこの部屋を気味悪がって、なるべくわたしを入れまいとする。ひどい話ね。


時刻は、午後二時を過ぎたところ。
窓の外は、『既に薄暗い』。
今日という日が『夜』になるのも、もうすぐ。
それでも部屋の明かりはつけず、パソコンのディスプレイの光だけが、
わたしと、兄さんの部屋を冷たく照らしている。
流行りの曲を流しているCDプレーヤーが、およそ部屋の暗さとは正反対な響きをもたらしてくれるの。
明と暗、陰と陽。
あらゆる不協に溺れるわたし。思わず万歳をした。
……どれだけ手を伸ばしても、兄さんに届かないことは分かってる。
それでも無駄な努力は無駄ではなく、すぐ傍らに兄さんがいるような、
幸せな幻想だけはすぐに手に入れられるようになった。ひとまずは良しとするべきでしょうね。


一通り音楽を聴き終えたところで椅子に座り、パソコンに向かう。
勉強机の上を占拠するように置かれた古い型のパソコン。
これもまた、かつては兄さんのものだった。
撫でるようにしてマウスを動かすと、すぐに骸骨模様のスクリーンセイバーが消え失せて、
兄さんと一緒に手を繋いだ、お気に入りの写真があらわれる。

これが、いまの壁紙。これからもずっと変える予定が無い。
金髪を腰まで伸ばした、小柄な制服姿の女が映る。なんて幸せそうな顔をしているんだろう。
わたしの隣の兄さんも、同じようにして、優しく笑っている。
喜びのまま時が止まったこの写真、この中に入れたら、きっとわたしはもう一度幸せになれる。


じゃあ、いまのわたしは、どういう顔をしてるのかな?兄さん。
兄さんの幻に問いかけるようにして、
ふと壁にかけられた縦長の鏡を見ると、ひどくやつれた小柄な金髪少女が、
病んだ笑みを浮かべてこちらを覗いていた。

馬鹿らしい。
実に馬鹿らしい。

大きく伸びをしてから、兄さんのパソコン宛てに届いたメールをチェックし始める。
迷惑メールの類を取り除いていくと、ありました。ありました。

また、あの女からメールが来てる……

自分でもそうしたと分かるくらい、思いっきりまゆをひそめた。
これらこそ、真の意味で迷惑メール。
『神宮寺ヒトミ』。兄さんの恋人を自称する女からの、
件名からして兄さんの安否を気遣うメールが一通。二通。三通……
間を省略して。
計、七十通。
一週間分にしては多いだろう、この数は。

その全てを、中身も確認せずにせっせと削除していく。
わたしの、差出人に対する感情は極めてよろしくないんだ。
兄さんを不幸にしたのは、このヒトミという女。
あいつが居なければ、兄さんも居なくならなかった!
メールを消すという作業に数分間は熱中し、すべて消し終わったあと、気分がまた少しすっきりした。
本当はあの女ごと消せたらもっとイイんだろうけど、そこは我慢。
兄さん、うざい女からの恋文はみんな無くしといたからね。


「テル。食事のしたくが出来たから。たまには部屋から出てきなさい」
扉越しに、廊下から母の声がする。

今日の母は実にタイミングがいい。
そろそろお腹が空く頃でもある。
一仕事を終えてすぐ、吐息と共に立ち上がって、縦しま模様のパジャマ姿で階下に向かおうとした。
その直後だ。
可愛らしいアラームが鳴って、ずららららと、画面に新着メールが次々と映し出される。
ドアノブに手をかけていたところ、今度は思いっきり溜息をつかされた。


念の為ディスプレイをチェックすると、なんのことはない。
やっぱり神宮寺ヒトミからのメールだった。
空腹に耐えかねてきたので、削除する手間も惜しい。
ところがわたしの視線は、よからぬものを見つけてしまった。

十通のメールのうち、一通だけ件名が、わたし宛てのものになっている。
「亜希山照美へ」

愛に溢れた兄さん宛てのメールとは明らかに違う、素っ気無いくらいのタイトル。
逆に興味を惹かれ、ついつい中身を読んでしまった。

するとタイトルに負けず劣らず、素っ気無い一文がありました。

<はやく成仏しろ。ゾ ン ビ 女www>


あまりの内容に。心底笑ってしまう。

……なんでそんなことまで知ってるんだよ、おまえは!

大笑いしながら拳を勉強机に叩きつけていた。

わたしの眼だけが笑っていない。

机には、緑色の血が少しだけ、滲んでいる。






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