第四話


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   第四LV <我ら神の子 機神の子> 

 聖暦3353年 -霜月 九日-

 唯一大陸アルヴェイスにおいて、“ユグドラシル(世界樹)”ほど高い建築物は他に存在しない。
 大陸のちょうど中央にあるその樹は、枝がまるで無く、天辺にだけ多くの葉を茂らせている。
 ゆえに外観を“マッチ棒”などと揶揄されることもある。
 “マッチ棒”の歴史は古い。聖暦3053年、人類同士の大戦争“イド戦役”が終結した頃に生まれた。
 大戦後、ほとんどの大陸は海底に沈み、かろうじて残ったアルヴェイスも半ば焦土と化していた。
 人類最後の世界となったアルヴェイス、それを導いたのが大手機械メーカー“グニィール社”だ。
 彼らによる新世界の一大モニュメントとして造られたわけである。
 だがマッチ棒の正体は、大陸を管理することを目的とした高層タワーであり、タワー内部には人々(シミラー)を統括するための施設が多数存在していた。
 例えば樹の根にあたる部分、それらは全てMSCとなっている。今となっては一般にも広く使用を許しているこの施設も、
初期はヘルなどと呼ばれ、社に歯向かう者を幽閉する為のものだった。
 現在、ユグドラシル全体は“教会”の総本部として使われており、教会の幹部ばかりが住み込みで働いている。

(五千メートル上空を飛ぶ城に対して、高さ六千メートルを誇る世界樹。どっちも、滑稽だよな……)
 メンバーの一人、教会議員“ランディ・スィウーズ”。外見年齢は二十五歳ほどだろうか。
 がっしりとした体格を誇り、頭髪は短く、さっぱりしている。法衣の着こなしも丁寧。
 人が見た印象通りの年齢と、誠実な人柄を持つシミラーである。
 新参者でありながらよく働いた彼が、結果として手にしたのはユグドラシル上層エリアの一室と、大量の職務だった。
 部屋は綺麗に整頓されているものの、書類をまとめたファイルが棚に机にと、ありとあらゆる場所に並べられている。さながら書斎のようであった。
 ランディは部屋でペンをくわえ、書類に目を通している真っ最中だ。
 窓際にもたれた彼が読みふけっているのは、部下からの報告書。
 “ティルミン・レラ一派 捕縛作戦の経過”と題されている。本文の最後は、「空へ逃げられ失敗」という一文で締めくくられていた。
 彼はそれとなく窓の外を眺めてみるが、青い空と雲の群れが見えるばかり。高空要塞の姿は、当然ながらどこにも見当たらない。
 ランディは自らの行為に苦笑した。
 くわえていたペンを使って「読了」のサインを書き記し、ようやく一息入れる。
「ふう。この後は定例会議か。会議が始まる前に、これとあれを読んで、それとあのときの仕事の続きを……」
 机上にある書類の束を指差して確認しながら、溜息が出る。

 教会の人間にヘッドハンティングされ、神学校の生徒から一気に教会議員までのし上がったまでは良かったが、ここまで激務だとは夢にも思わなかった。
 思えば最後に家族と会って話をしたのも、二年も前のことになる。いくら手紙などでやり取り出来るとはいえ、単身赴任は辛い。
 しかしそれでも、世界政府としての役割を担う教会で働けるというのは非常に名誉なことだ。頑張らねばなるまい。
 そう己に言い聞かせ、空元気をかき集めた彼が大きく伸びをした刹那。
 ドンドン!
 外から、乱暴にドアを叩く音がする。
「……大丈夫ですよー!どうぞ入って下さい」
 ドア越しにランディが応対すると、両手でドアを押し開けて入って来た人物が居る。
 銀髪の女だった。
「いよゥ、お疲れ。ランディ!アタシの報告書は読んでくれたか?」 
「うん。ばっちり。君もお疲れだね、エリザ」
 互いに片手で軽く挨拶しあう。
「どう〜も。あぁあ……悔しい!まぁたレラを殺し損ねちまったよ」
 物騒な言葉を口ずさみながら、エリザは正面にあったソファに我が物顔で腰掛けた。
 腕は背もたれの後ろへ回し、さらに足を組んでいる。
 お世辞にも、上司を前にして適した姿勢とは言えない。
 だがランディは気に留める様子もなく、続くエリザの話を聞きながら、てきぱきと書類を整理していた。
「そうそう、エリザ。僕はこれから定例会議に出るから、もうすぐここ空けちゃうんだけど……」
 ランディがそう言うと、エリザはランディのほうを振り返り、
「えぇえええぇ?アタシに部屋の留守番でもしてろってのかァ?」
 露骨に不満そうな声を漏らす。ランディは苦笑した。
「だったら君も重会議室に顔を出してみてはどうだい、“エリザ議員”?」 
「……重会議室っつーとあれか。最上階にあるやつか」
「うん、会議は午後三時からね。議員エリアからは結構遠いから、そろそろ移動しないと間に合わない」 
 エリザがさっと腕時計で残り時間を確認してみると、五十分以上は悠にあったが、ランディの言うことに誤りが無いことも知っていた。
「分かった。連れてけよ、ランディ」

 ユグドラシルの内部、つまり教会本部は、どこも豪華絢爛に飾り立てられている。
 建物外装を覆う樹皮は決して見せ掛けではなく、内部もまた人工的に造られた巨樹であることは間違いない。
 ゆえに、あえて樹の肌が露出されている廊下もあったりするが、そこにも黄金の飾りが施されているのだ。
 あたかも城か神殿を散策しているかのように錯覚させられ、基が樹だという事実をすっかり忘れさせてくれる。 
「思えば、アタシが教会本部に来るのも久々だな」
 エリザは絨毯の敷かれた廊下を歩きながら、自慢の銀髪を撫でていた。 
「ごめんね。頑張ったんだけど、なかなか教会のルールを変えるのは難しくってさ」
「いいってことよ!むしろそこまでやっちまうアンタにアタシゃ頭が上がらねェ」
 二人の笑い声が長い廊下に響き渡る。
 廊下に等間隔で存在する扉はいずれも議員の個室へと続いているのだが、笑い声程度で騒音になることは無い。
 二人は会話を続ける。
「なぁ。ところでマードックの野郎は元気にしてんのか?」
「博士かい。勿論だよ。いま、ちょうど部屋の前を通り過ぎちゃったけど」
 ランディは親指で後ろの茶色い扉を指し、質問する。
「寄ってく?少しなら時間あるよ」
 途端にエリザは凄まじい勢いで首を左右に振る。
「いぃいぃいぃ、やめとく。絶対ヤダ」
「どうして。君の生みの親じゃないか」
「おまえなぁ……殺スよ?」
 相変わらず口の悪い部下である。しかしこれはあまりに予想通りの反応であったので、むしろ喜ばしい。ランディは呑気に笑っていた。

 エリザ・バミッシュは、教会議員マードック・ハサウェイによって独自開発されたシミラーである。
 本来、彼女はシミラーの定義からも外れる。
 シミラーとは司命工場で培養された人間に機械を取り付けたものであり、エリザのように一から全て科学者の手でこしらえられた者は、例外中の例外と言っていい。
 教会を悩ます“反教会機構”のテロリスト、ティルミン・レラ攻略用の兵器として生誕したエリザは、3351年から教会本部で試験運用が開始される。
 彼女の当時の役職名は“準議員”。その頃に最も相性の良かったランディ・スィウーズの部下として、反教会機構に対して多大な戦果を上げた。
 肝心のレラとの決着は未だついていないが、彼女の功績は十分評価に値するものである。
 ランディの努力あって、彼女は今年になり正式に議員として採用された。さらにその肩書きは、強化後に量産された彼女の同型機にも及んでいる。
 たった今ランディと行動を共にしているエリザこそ、シリアルナンバー1のオリジナルだ。
「マードック議員のことを嫌いな理由は何?」 
 ランディの質問に、エリザはうんざりしながら答える。
「あのなァ。女型の研究に明け暮れるエロ爺なんざに好感持てるか!」
 マードック議員の特徴、そのものずばりが出たような気がして、ランディはついに吹き出してしまった。

 仲良く結構な距離を歩いた二人だが、重会議場へ直結するエレベータはまだまだ先にある。
「しっかしほんと遠いんだな、エレベータはよ」
「こればかりは諦めるしかないね。エレベータホールが遠くにあるのは構造上の理由だから」
 本来エレベータは、現在の歴史基準に合わせて“昇降籠”などと呼ばなくてはならないのだが、
そこまで気をつけている議員はごく僅かだ。
「…………駄目だ、耐えられねェ」
 無駄に大きくカーブした廊下が連続で続き、とうとう業を煮やしたエリザ。
 何を思ったか彼女は、両手の指を高速で動かし始める。
 ランディはそれがヴァーチャルタイピングであることに気付き、彼女が何をするつもりなのか見守る。

 ■エントリーネーム/ 「エリザ・バミッシュ」
 ■アクセスパスワード/ 「BLUE DEVIL−123459」
 ■アップロード対象の座標/ 「ユグドラシル−ミズガルズエリア−X583Y274」
 ■実行パスワード / 「Drag & Drop」
 パスワードを全て入力した後で、エリザが廊下の壁に手をかざすと……
 なんと、その部分が直線状に一気に消え去ってしまう。瞬く間に、新たな通路が出現したではないか。
「さあ。ここを真っ直ぐに行けば、十五分は時間短縮になるぜ」
 ランディは唸った。
「見事なタイピング技術だな。ちゃんと部屋と人を避け、送信に差し支えない部分だけを選別してる」
「そんなァ、照れるって。人なんてどのみちMSCに送れないから殆ど関係無ェし。もし送れたら、恐怖政治の頃に逆戻りだ」
 口が悪い一方で、エリザの知識と技能は大変豊富でもある。
「そうだね……ところで、いつ上級検定試験を受けたんだい?」
「つい最近。楽勝だった。ヴァイルス・フィールドも幾つか出せるようになったぜ。今は三級だったかな」
「あ、まずい!抜かれそうだ。オレも早く更新しないといけないな……」
「あはははっ。せいぜい頑張りな」

 即席通路から出ると、エレベータホールはまさに目前だった。彼女はちゃんとそのように計算して道を造ったのだろうが。
 通路から出た後は、送ったばかりの物質データをダウンロードして、通路を直しておくことも忘れない。
 さて、あとはエレベーターに乗り込むばかりとなったものの、エレベータは頃合良くやって来てくれる相手ではない。
 ユグドラシルは、約千四百の階層から成り立つ。
 樹の高さを考えれば当然であり、全ての階層が使用されているわけではないが、
勤務している議員の総数は一国家の平均人口のニ倍以上である。
 それだけの議員達が、日常的に使うエレベータホールだ。下手な公園より、よほど広い。
 常に三百台ほどのエレベータが動いているが、目的の階層まで向かってくれるものとなると案外限られてくる。
「あぁ〜もう、まだ来ねェよ」
 そして運悪く、ランディとエリザは五分近く待たされる羽目になった。
 たかが五分。されど五分である。
 ランディにとっては何ということのない時間であったので、エリザをなだめている。
「お、ホール右端のエレベータに乗れそうだよ」
 ランディは天井のディスプレイに映し出される情報図を見て言った。
 最上階である重会議室へ向かっており、しかもこのエレベータホールにも停まってくれるものを見つけたのだ。
 彼らが件のエレベータの前まで移動すると、ちょうど扉が開くところではないか。

 開いたエレベータの中に、二人の先客が居るのが見えた。
 二人は向き合っている。
 どちらも法衣を着ており、正規の議員であることは身なりからして間違いない。
 一人は男。蒼いばさばさした長髪をもち、百八十センチ以上はある長身。ひどく痩せており、
顔色は決して良くない。獣を彷彿させるような金色の眼をぎらぎらさせている。
 もう一人は女。黒いセミロングと、緑色の眼の組み合わせが美しい。身長は百七十センチ前後か。
 男とは対照的に、不健康そうなイメージとはおよそ無縁な印象だ。法衣の布の無い部分からのぞく彼女の両腕は、
細くも無く太くも無い。全てにおいて、絵に描いたような抜群のプロポーションをもっている。
横顔だけ見ても十分綺麗な女性だったが、現在は隣の男と睨み合っており、とても恐ろしい表情をしていた。

 決して広いとは言えぬエレベータから、何とも気まずい空気が、開いた瞬間から溢れ続けていた。
 この男女、扉が開いていることにさえ気が付かないのだろうか。
(あちゃあ。どのエリアの議員かは知らないけど、こりゃ痴話喧嘩の真っ最中か?)
 そう判断したエリザは、隣のランディに耳打ちする。
(さすがに、乗るべきではないと思うぜこいつは。見送っちまおう)
「…………」 
 だが、ランディは答えない。エリザが構わずランディの手を引こうとしたが、ランディの身体はその場から全く動かない。
 おかしいなと思ったエリザが彼の顔を覗きこんでみると。
「————あっ、……あ、あ!」
 ランディは驚き、気が動転している最中だった。エレベータ内の人物を、震えながら指差している。
「ヒー!ヒ、ヒト!ヒト、ミ、」
 舌がうまく回っていない。女の名だろうか。
 ほんの数メートル脇で激しく狼狽する声を聞き、ようやく中に居た女のほうが、エレベータの外へ目を向けた。
 女はランディの姿を見とめると、ぱっと顔を輝かせる。
「あらぁ!ランディ君じゃない!お久しぶりねっ!」
 実に可愛らしい笑顔だ。外のランディに向けてやっほーと、両手を振ってみせる。
「あぁああぁ、は、ハイ!」
 ランディが異様なテンションでそれに応じ、走り込もうとする。
 しかし無情にも、エレベータの扉が閉まり始めた。
 そして当然のように彼は、扉にがっしりと身体を挟まれてしまう。
「わーっ ちょ、ちょっとランディ君!」
「おまえ。なにやッてんだランディ?」
 左右から女性に咎められつつも、ランディはもう一つの用事を忘れない。
「カ、カッシュ先輩も、お久しぶりですっ……」
 挟まれたまま必死に挨拶する後輩を間近で目撃し、蒼髪の男にしては珍しく大笑いしながら、扉の開放ボタンを押してやる。
 一悶着あったエレベータに、新たにランディとエリザが乗り込むのだった。 


 彼らがエレベータで重会議室に向かっている頃、既に会議開始までの時間は十五分をきっていた。
 重会議室は左右に広い。
 西にはエレベータに直通した扉が、東には“教祖”の自室へ通じる扉がある。
 重会議室が広いと言っても、せいぜい四十人入れば満席になってしまう程度の規模だ。
 しかし少数人数で語り合うことを目的しているので、規模としては問題無い。
 またユグドラシルの中では、最も金のかかっている部屋でもある。
 室内の殆どを占める横長の机は、スレープニルの名を持つ。各議員の部屋にあるロカセナ(机)の親機にあたり、性能的にも桁が違う。
 そのようなスペックの高い機器があるからというのは勿論のこと、部屋の物は全て、著名な芸術家に数年かけて造らせたものばかりである。
 北の壁一面を覆っている、“ニド戦役”における戦いの様子を描いた絵画など、もし競売にかければ億の値がつくだろう。
 南の壁にはわざわざミスリルでこしらえた大きな窓が幾つもあり、地上六千メートルの絶景をより美しく見せてくれる。
 それだけではない。人に座ることを躊躇わされる黒ダイヤで造られた光る椅子や、踏むだけでも罪に問われそうな純金製のカーペット、
天井にある大時計型のシャンデリアなど……芸術品は枚挙にいとまが無い。
 現在部屋では三十人ほどの議員が椅子に腰掛けており、幾らか慌しくなっている。
 彼らは年齢、性別、地位、全てが異なっている。適当に気の合う者を見つけて、談笑していた。
 教祖の座る席以外に指定は無いから、各自が思いの小空間を統べている。
 まだ教祖は到着していない。だからこそ、心に余裕もあるのだろう。

「まったく。柔よく剛を制すとは、弱者が虚勢を張る為の文句としか思えないのよねぇワタシには。貴方、どう思う?」
 荒々しいクセのついた茶髪をもち、あたかも獅子のような猛々しい表情と引き締まった体躯を持つ男性議員が、
隣の女性議員にあれこれ話しかけていた。
 彼の話はいちいち難解であったので、彼女は「はぁ」と生返事をするばかりだった。
 それに気付いた獅子髪議員は、とうとう拗ねてしまう。
「ふん、結構だわもう。まったく……。どうして、最近の子はこうも理解が悪い…………あら?」
 会議開始までの時間が残り五分となった頃、チンと控えめな音がして西側の扉が開く。
 中から現れたのは四人の男女達だ。
 その内の二人、後から降りてきた男女を見て、獅子髪議員は素っ頓狂な声をあげる。
「カッシュ!それに……ヒトミちゃんじゃないの!」
 ヒトミと呼ばれた女は少しばかり、びくりとした。
 彼の声を聞き、他の議員達もいっせいに彼女のほうを振り返った。
 おおお、というざわめきが漏れる。
(あれがヒトミ・ラクシャーサ……獣の姫。……久しぶりに見るな)
(教祖様の探しておられた、“ロスト・アーカイブ”か……)
(なるほど、聞きしに勝る妖気だ……)
 エレベータに程近かった獅子髪議員は、ヒトミのもとまで駆け寄ると一方的に握手した。
「三年ぶりかしら?ヒトミちゃんがある日突然教会に来なくなってから、ワタシ達ほんとうに心配したのよ〜!」
「あははははっ。その、ツォング議員。大袈裟過ぎやしませんかね?」
 涙ぐみさえする獅子髪議員にぶるんぶるんと片手を上下に振られながら、ヒトミは苦笑混じりに応対した。
「本当に良かったわ、無事でなにより!」
 ようやくヒトミの華奢な手を離すと、今度はハンカチで涙を拭き、鼻をかむ。

 “ツォング・フライト”は、教会の中でも穏健派として知られる人物である。
 教会がエウレカの掃討を第一に掲げていた時代でも、常に中立的な立場を取っていた。エウレカ寄りの発言をしたことさえある。
 ゆえに時として危険思想の持ち主だと同僚から邪険にされることもあったが、
大らかな性格でそれを乗り越えているのだ。ヒトミも彼には好感を持っている。
「アナタが彼女を連れてきてくれたのね……カッシュ議員。……まぁ、今回くらいは。お礼を、言っておきましょうかしら」
 ヒトミと話していた時とはうって変わり、暗く、意地悪な調子で言う。
 カッシュは冷たく笑うと、かぶりを振った。
「それには及びません。私は所詮、職務を全うしたに過ぎませんからね。まっ、あなたよりは、効率良く事を運んだ自負はありますが」
「へえ。それは、どういう意味?」
「言った通りの意味ですよ」
 二人の男が視線の火花を散らし始める。
 一方、彼らと一緒にエレベータを降りたランディとエリザは、とっくに席へ着いていた。中央よりやや端のほうを選んでいる。
 エレベータ付近で言い争うツォングらに未だ室内の視線が集まる中、エリザが左の席のランディに小声で喋る。
「あの変なオッサン、なんなんだ?お前の恩人二人にえらく絡むのな」
「あぁ。ツォングさんは、オレなんかよりもずっと二人との付き合いが長くてね。ちなみに、ツォングさんとカッシュ先輩の仲の悪さは有名なんだよ」
「ふぅん。あいつら全員、教会の有名人か」
 エリザはぐるりと室内を見渡した。自分がこの会議室へやって来るのは初めてのはずだが、誰一人として彼女に注目する者はいない。
「アタシの知名度ってこんなもんか……」
 エリザがしょんぼりすると、争いから抜け出してきたヒトミが、空いていたエリザの右の席に座り、話しかける。
「まあまあそう嘆かない!重会議室はどんな議員でも出入りできるから、有名になりたいのなら頻繁に通うといいわよ。
 会議のログにばっちりと名前と顔が残るからね」
「んえ?あ……はい」
 まさかヒトミに話しかけられるとは思っていなかったのか、エリザは少しばかり動揺した。
 歴戦の女戦士ですら動じさせる何かを、やはりヒトミという女は持っているらしい。ランディは微笑する。
「ところでさ、ランディ。こちらの可愛い銀髪娘は、彼女か?」
 ランディとエリザは盛大に吹いた。
「ははーん。愛しの彼女を有名にしようと、連れてきたわけね。へーい、これがおれの自慢の彼女だぜぇ!……みたいな」
「ち、ちちちち違うよな?」
 エリザは真っ赤にながらうろたえている。ランディはというと、拳を口元にあてて何かを堪え、話さない。
「ア。アタシ、帰る!」
『—————————待ちたまえ。お嬢さん』
 思わず立ち上がったエリザ。そんな彼女を引き止める、とても低い、老人の声がする。

 一同の視線は、西から東へと移った。
 教祖の自室の扉が開き、二メートルはある大変大柄な老人が、杖をつきながらずしりと歩いて来るところだった。
 他の議員達と異なり、青色ではなく、茶色の法衣に身を包んでいる。
 白い頭髪が腰まで伸び、あご髭も胸元まで伸びている。また、その髭はアルファベットのJの形を描いている。おまけに目元にはバイザーを付けており、彼が只ならぬ老人であることは一目瞭然。
 部屋に居た全ての議員は立ち上がり、その老人に対して恭しく礼をした。
 ツォングとカッシュも争いをやめて、姿勢を正している。
 一方で、ヒトミは立ち上がりもしない。ランディがヒトミに何事か囁くが無視し、彼女は複雑な表情で老人を見つめている。
 そしてエリザは、偶然立ってはいたものの、周りの光景を理解できないでいた。
 そんなエリザに向けて、老人は話しかける。
『ワシは、お嬢さんのことを知っとるよ。確か、マードックの開発した……“エリザ”、だったかのう。
 反教会機構相手に頑張っとるそうじゃないか』
 老人の眼はバイザーのせいで見ることができないが、表情はとても穏やかである。
 エリザは嬉々して言う。
「お、そうそう。詳しいね!ありがと、爺ちゃん」
 彼女の発言に、室内の空気が凍りついた。
 貴様、一体どういう口の聞き方をしているのだと、皆が無言の非難をエリザに注いでいる。見れば、ランディも。
『ファファファファ……!マードックめ、ワシの情報など、露ほどもこの娘にはインプットしとらんようじゃ!傑作、傑作。
 今度顔を出したときには、充分に文句を言わねばならんのう』
 豪快に、空気ごと笑い飛ばす老人。それでもエリザはまだ事態が呑めていなかったが。
 老人はさらに、ヒトミに目を留めて言った。
『実に、久しいのう。ここに足を運んでくれて、とても嬉しいぞ。ヒトミ・ラクシャーサよ』
 ここで初めて、ヒトミは座ったままではあったが、老人に礼をした。やはり厳しい表情は崩していない。
 老人はそれも気にせず、スレープニルの最も右端にある、ひときわ大きな椅子に腰掛ける。
 さらにスレープニルに両肘を乗せ、手を組むと、じっと一同を眺め回した。

『……愛すべき議員諸君よ。お集まり、ご苦労だったな。まずは着席したまえ。
 このところ、反教会機構の活動が活発化しておる。このまま手をこまねくわけにはいくまいて。
 是非、皆の意見をこの“オーディン”めに聞かせてくれ』

 グニィール社の元社長であり、教会の教祖。 
 議員一同は彼に対し、力強く頷く。
 ようやく老人の正体を理解したエリザだけは、冷や汗を流すばかりだったが。


 まず議員の一人が、最近の“反教会機構”の実態について報告を始める。
 スレープニルの上面全てがディスプレイに早変わりし、様々な情報を映し出す。
 この情報は、リアルタイムで各議員の部屋にあるロカセナにも転送されている。
 重会議室へ顔を出さずして、情報を共有できるというシステムである。
「“反教会機構”の勢力は、ここ最近で三倍近くにも膨れ上がっています」
 説明を続ける議員は、ディスプレイに手を触れた。
 すると唯一大陸アルヴェイスの全体地図を映していた画面のあちこちに、赤い染みが広がる。
 反教会機構が拠点とする地域を表示しているようだ。
「むうぅ……」

 室内で大勢のどよめきが起こる。驚いたことに、ユグドラシルを取り囲むようにして、彼らは勢力を拡大していたのである。
 立体映像により、ディスプレイとは垂直に生える樹のもとを、赤い輪がぐるりと囲んでいた。
「灯台下暗し、というやつでしたのよ。現在のワタシ達は、アルヴェイスの土地の約三割を復興させたに過ぎない。
 もともと世界一大きい大陸だったものね。だからもし反教会機構が潜むなら、
 ユグドラシルから遠く離れた、我々の未開の地だと踏んでいたのだけど……」
 報告を引き継いだツォング議員は、両手をあげて降参の仕草をする。
「やられたわ。巧妙に息を潜めていただけ。そして彼らの思想は大陸に広く伝わっている。
 最近じゃ市民も、試合でどっちを応援するか程度のノリでキョーカイだのハンキョーだの言ってるわよ」
「あっはははははは!」

 不謹慎にも声をあげて大笑いしたのは、ヒトミ議員だ。
 カッシュと教祖オーディンを除き、皆が顔をしかめている。
「ヒトミ先輩、もう少し真剣になって下さいよ。反教会機構を名乗る輩には過激派も多いんですから。
 相手はある意味、エウレカより恐ろしい連中なんですから」
 ランディの言う事はもっともである。
 以前は人目を忍んで会合を開く程度だった彼等も、最近では教会に対するテロ行為にまで及んでいる。
 反教会機構は一枚岩ではなく、教会との交渉に応じるようなグループもあるにはあるが、
そうでないものに関しては警戒しようにも限界があった。
 しかも、一つ、また一つと、新たなグループが生まれているのが現状なのだ。
「ふん……っ」
 ヒトミは鼻をならした。ランディと接していた時とはまるで別人のような、尊大な態度である。
「確かに……そうねぇ。エウレカよりもシミラーのほうがよほどタチが悪い、低俗極まる生き物よ。
 わたしはそれに気付いたから、教会という組織からオサラバしたの」
 ヒトミの発言に、多くの議員が驚いた。特にランディの動揺ぶりは酷い。
「ヒトミ先輩……!」
「あぁ。やっぱり、みんな知らなかったのね。カッシュ、あなたも本当に余計な根回しするわね……
 わたしは今日、あいつにムリヤリ連れてこられただけですから」
 ヒトミと少し離れた所に座ったカッシュは、指差されても腕組みしたまま苦笑している。
 そんなカッシュが天井を仰ぎつつ、口を開いた。
「—————エウレカの正体は、“イド戦役”で生じた苛酷環境により、全く質の異なる生物へと進化した“ヒト”である。
 彼らの容姿を恐れるなかれ。彼らこそ新たな人類として畏敬すべき存在である。
 ……これが反教会機構の礎を築いた、テモンド・ロキという男の主張です」
『ワシの、息子じゃがの』
 苦笑して補足するのはオーディンだ。
 ロキの正体については、議員の間でも周知の事実である。
 現在ロキは行方をくらませているが、どこかの反教会機構が彼を匿っている可能性は極めて高い。
 議員達が感慨にふける中、カッシュは続ける。
「ロキはニド戦役の最中そう訴え、シミラーとエウレカの橋渡しをかって出た。
 医車の存在をリークした可能性も出てきている。……真偽はどうあれ、こうしてニド戦役が停戦状態となった今や、
 我々としても改めて考えるきっかけが生まれたんだよ。つまり、教会とエウレカとの、な」
「—————それ、エレベータの中でも聞かされたわね」
 ヒトミは、まだ声の調子を戻していない。急に苛立ち始める彼女。
「教会が、これまでにどれだけ多くのエウレカを狩ったか、自覚はある?大した調査もせず、化物と決めつけて!
 そして、エウレカを身に宿したわたしについてはどうなの?
 来る日も来る日も、“あの男”によって地下で人体実験、わけのわからない装置をつけられたり、食わされたり、
 あれじゃ強姦されたほうがまだマシだったわッ!それでもまだ、わたしに教会で、働けというの?
 はッ。信じられないほどずうずうしいのね、シミラーって。考えるきっかけって何?
 いまさら教会は異端を認めてくれるというの?信じられるわけ、ないじゃない!下等種の集まりのクセに!」
 一気に喋りきったヒトミは、最後に思いきり机を叩く。
 その荒れ狂い様は、野生のエウレカにも勝るか。
 ランディはすぐ隣で、さすがに怯えていた。
 かつてヒトミはヴァルキリーという、ヘッドハントを目的とする役職についていたが、当時からエウレカに肯定気味な主張を持った
人間をスカウトしていた。ランディもまた、それが理由で教会に登用されることになったわけだが、今のヒトミを見ているともはや彼女自身が
エウレカになってしまったとしか思えない。そして大半の議員は知らぬが、それは事実なのである。
 叩かれた衝撃によるものか、ディスプレイの図はぷつりと消えてしまった。
「ヒトミちゃん……」
 ツォング議員が何か言いかけるが、言葉が続かない。
 訪れる沈黙。

 重苦しい空気を破ったのは、オーディンだった。
『ニド戦役の末期に、君の身体を研究した医車……“クゥライド・ドラクロア”ならば、既に処刑してあるぞ』 
 ヒトミにとっては初めて知る情報だったらしい。
「へぇ。意外ですねぇ。確か彼、新世界を切り開く医車だとかで、教会から表彰されてませんでしたか?
 エウレカを虫けら……いや、道具か、それ以下のものにしか思わない男でした」
 ヒトミは吐き捨てるように言った。
「異端を許さない教義の権化!そんな男を処刑したなんて、どういう風の吹き回しですか」
『————————ワシがエウレカを、人として認めようと考え直したからじゃ』
 その低く重い声は、ホルンのように響き渡った。
『彼ら全てに謝罪した上で、友好を深めようと思っておるよ』
 発言の内容に誰より驚いたのは、ヒトミである。
 目を見開くほど驚きつつも、冷静に問い返した。
「…………それは、真ですか?」
『ファファファファ————当然じゃて。重会議室での発言は、全て記録される。だからこそ、ワシはこの場で発言した』 
 椅子に腰掛け直すと、オーディンは両手を杖に乗せ、発言を続ける。
『各国に布令(ふれ)を出し、今後はエウレカを乱獲することについても禁ずる。さらに医車によって人身を得た者については、
 都市へ住まうことも認めようと思っておる。医車達についても、存在を許すことになろうかの』 
「ちょ、ちょっと待って下さいよォ!」 
 教祖の発言に、別の意味で驚いたのは、これまで黙って会議が終わるのを待っていたエリザだ。
「医車を、許す?だったら、アタシはお役ゴメンになっちゃうんですか?」
 オーディンは笑顔で答えた。
『なに。反教会機構を許そう、というわけではない。それに、お嬢さんが追っている医者は機構の中でも要注意人物ときておる。
 仕事に関しては、なんの心配いらんよ』 
「良かったぁ……」
 へなへなと椅子にもたれかかる彼女に対し、議員一同から失笑が起こる。

『さて、ヒトミ君。ワシもニド戦役を経て学んだことがある。あの絵の男に教えられたことじゃがな』 
 オーディンは、壁に掛けられた絵画を杖で指し示した。
 紫色の体皮をもった無数の獣達が、絵の中央に描かれたシミラーの一個師団を取り囲み、一斉に襲いかかっている絵だ。
 シミラー達の中で特に際立つのは、赤い髪を逆立てた褐色の男。彼が炎剣を振り回し、
周囲のエウレカを薙ぎ払っている。目を閉じても、その光景をすぐに思い浮かべられるほど、迫力ある構図である。
 よくよく見ると、ヒトミもエリザもその男に見覚えがあった。
『アシュレイ・バンデット。ニド戦役で一騎当千の活躍をした、勇者と呼ぶに相応しい男じゃ』 
 なるほど、やはり英雄アシュレイを描いた絵だったのか。
『だが彼は、恩賞を与えようとしたワシの呼び出しに応じなんだ。一切を辞退したのだ。それは何故か?
 理由を聞かされ、ワシは、驚かされたよ。「戦とはいえ、大勢の“人”を殺めた俺には、何も受け取る資格は無い」、とな』
 議員達は、静かにオーディンの話に聞き入っている。
『聞けば、もとは鬼神と称されるほど容赦の無い男だったというのに。何が、そこまで彼を変えたんじゃろうか?
 ワシは気になり、そして調査の結果、ある特殊なシミラーの存在に気がついた』 
 ヒトミは、はっとなって顔を上げる。視線の先には、微笑むオーディンの姿があった。
『彼を変えたのは君だ、ヒトミ君。君の存在と言動は、大きな可能性を秘めているとワシは感じた。
 だからカッシュに頼み、無理にでも連れてこさせた』 
 カッシュを静かに睨んでから、ヒトミはオーディンに疑問を口にした。
「……いったい、わたしに何をお望みなんです?」
『シミラーとエウレカの、橋渡しになって欲しいのじゃ』 
 ヒトミは、言葉に詰まった。
「わ、わたしに、そのような大役が務まるとは、とても……」
『案ずるな。ヒトミ君一人に全てを任せようとは思っておらん。ツォング!』 
 急に名前を呼ばれたツォング議員だったが、迅速に応対した。
「……例の人物に、繋ぐんですの?」
『そうじゃ。宜しく頼む。会話がしたい』
「はいはい、双方とも、準備出来てますわよ」

 ツォングがぽんと机を叩くと、消えたままだったディスプレイの全面に、何処かの部屋と、ある人物の顔が映り込んだ。
 黒髪をおさげにした、極端に色白で、紫色の口紅が印象的な少女。
 ヒトミは、すぐに相手が誰だか分かり、ディスプレイを覗き込む格好で叫んだ。
「あ、あんたはッ!」
<<おや。教会様からの通信で誰かと思えば、最初に見えたのがお主の顔とはのう>>
 少女からも、こちらの様子がすっかり分かるのだろう。ディスプレイの少女はにやりと笑った。
 少しくぐもった声になっているのは、電波の状態が悪いようだ。時折、少女の顔にもノイズが走る。
<<もう五体を取り戻しておるのか。優秀な医車の手によるものかな?>>
「……医車……?」
 そういえば、首を斬られるほどの傷を負ったというのに、自力で再生した記憶が、ヒトミには無かった。
「黒騎士、余計な会話は謹んで下さい」
 カッシュが咎めるように言うと、黒騎士ミルドーレは表情を変えた。
<<おお。カッシュ殿。それに、教祖オーディン殿までおられるではないか!>>
 ミルドーレは嬉しそうにおじぎをした。
 オーディンも笑いながらそれに応じる。
『こちらが与えた、機械身の調子はどうかの?』
<<完璧とは言い難いでござるが、決して悪くはござらんよ>>
『気に入って頂けているようで結構。五日後に向けて、調整が必要ならば言って下さらんか』
<<御意。問題が起きればこちらから連絡しよう。十四日のイベント、拙者も楽しみにしている。
 ……では、すまないがこれより試合なので、そろそろ失礼するよ>>
『うむ。ではエウレカとシミラー、両種の更なる発展を願って……』
<<礼>>
 そう言って、両者は通信を終えた。少女の顔は消え失せ、机はもとの姿に戻る。
『既に知っておるかもしれぬがヒトミ君、コロッセオの人気闘士、アズキ・ミルドーレ。彼女は、君と同じエウレカだ。
 彼女がエウレカであるという事実は、未だ一般の知るところではない。五日後にラングフルクで行われる試合の際に、
 素性を明かしたいというのが彼女の望みじゃ』
「……馬鹿じゃないの?そんなことをすれば……」 
 ヒトミは呟いた。自身が、見本のようなものだからである。
 カッシュがその言葉を拾う。
「当日、コロッセオには教会に協力的な反教会機構のグループが招待されることになっています。
 反教会機構の思惑を外れ、ただ破壊活動を楽しむだけの輩も最近じゃ出てきているのでね。
 ここらで我々は手を結ぶことにしたんです。君とアズキで、まずは教会と機構の橋渡しをやってもらいたいのですよ」
 なおも戸惑う様子のヒトミに、ランディが強い口調で訴える。
「ついに、ヒトミ先輩が望んだ世の中をつくるチャンスですよ!オレも出来ることがあれば協力します!
 一緒に頑張りましょう、ヒトミ先輩!」
 後輩、そして一同の期待の眼差しを前に、ついにヒトミは折れた。
 深呼吸すると、ランディのよく知る先輩としての顔になって———————宣言する。

「……わかりました。ヒトミ・ラクシャーサ、この件について尽力しましょう。ではまず、何から始めましょうか?」




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