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何名かの方に話を聞きました。(owly)

Aさん談「多くの警告の中に、国産は絶対食べるな等があったので疑問を覚え検索するうちに、ECRRやグリーンピースについての評価を知ったり、ある一定のイデオロギーが反原発デモの中に紛れてたりするのを知ったりして。リスクバランスを考えた中立的な意見を探すようになりました。 」

Bさん(福島県在住)談 「人から言われたんじゃダメなんだと思います。私は自分が避難が必要か知りたいと思って、自分で年間被爆量を計算し、誰か教えて下さいとツイートしたら、私ならしませんと言い切って下さったのが @buvery さんで、それから物理屋さん達のツイを辿り始めその間も、野呂さんの話を聞きにいったり、田中優さんや小出先生の動画を見て迷ったりしました。でもそれから @iina_kobe さんを知り、プロフィールのまとめを読んで 、質問して回答してもらい、自分の中で確信か持てたのです。 」

owlyの場合「栃木県在住。福島とは隣の県だし怖かったが、しばらくの間は、正直なところ私には状況が(どれぐらい危険なのか)が全くわからなかった。とりあえず自分で勉強してみようとは思ったものの、wikiや入門書といえどもとても難しく、一度はお手上げに。それからもう一度、いろいろなところを調べて武田先生のブログがオススメされていたのに出会う。3月時点でブログを熟読し、1ヶ月あたり1mSv以上になるなら逃げろといわれて逃げた福岡で、本当に偶然、いいなさんの「で、なんか質問ある?」のtwにであう。その後、自然放射線のことを教えてもらい、なるほどと冷静さを少し取り戻す。あの一言にリアルタイムで出会わなかったら、今も結構やばかった可能性もあると思う。」

ゆりの場合。私は小出先生と小林朝夫さんのアラーとを見ていました。で、本当に参っていたのに、あるときもうどこの誰か書いてくださったのかも覚えていませんが、「小林さんってこんな人です」という、

  • ①この方法で彼がいかにお金を稼いでいるのか
  • ②この人は小出さんの話を巧みに利用しているだけで根拠がまったくないのだという説明
  • ③この予言で当たっていない例

を沢山紹介してくれるリンクが張ってあるつぃに出会いました。当時精神的にとても病んでいて、本気で東京の友達にこちらに逃げてきてとお願いしていた。でも、もともとのばくち好きがの気持ちがやっとそのときもてて、「あと3日後に大地震+原発爆発+大量放射能」の情報より自分の人生の運がの方が強い、とそれこそ無意味に信じることに「決めて」、万が一爆発があった場合だけ遊びに来てね、と両親と親しい友人にお願いして、あとの3日PCを開けない。と決めてそうしました。その当時一番怖い情報がこの情報だったから、これに勝たないとだめだ、と本当に根拠なく。とにかくきっかけはこのツィッターだった。

そして、どんなに親しくても大好きでも、人の人生は私の力では何もできないこともあるんだ。ということを本当に理解しはじめて、そのことがつらくて悲しくてずっと泣いていました。この3日が本当に長かった。でも、もし私が東京にいて、子供がスウェーデンにいて同じように私を思っていてくれたとしたらやっぱり私は「いやいやこれも人生♪泣かないで」って絶対子供にいうなって思って、そう、私が生きているのはそういう世界、って感覚で納得しかけていつの間にか寝て…。地震は起きていなかった。爆発もない。

世界がまったく違って見えました。

それで、世界は自分が見たいように見えている、という普段の考えにやっと戻ることができて、ツィッターで自分が嫌な気持ちになる人のフォローを全部やめました。私のみたい世界は、意見の好き嫌いは別にして、正直にいろんなことが話せる世界。で、@iina_kobeさんの「お前がばかだ!」というツィをみて、なんだろうこの激しいくまさんは?と思い前後のつぃをみて、要は「デマを流すな」ということを本気で被災者の方にまで伝えようとしているんだ、ということにすごくびっくりしました。それから、毎日いいなさんのつぃを必ず全部読むようになりました。

また自分の凝り固まったものは、できるだけ出すようにしました。今私はまだ素人だけど、わかっていたつもりのことは、実はほとんどに根拠がなかった、ということと、今私はこんなに大事なことを判断するのに、十分な勉強量をまだ積んでない、ということがわかりました。わかりません、と言える場があることはありがたいこと。

あと自分の言葉で質問できて、自分のにわかる言葉で帰ってきてる安心感は大きいかったかも。

あと、救われたのは@yasushi64さんの一連の畸形の話のころ。親はどんな不可抗力だって子供に申し訳なく思うものなんだ、ということ。でも親子の関係が(私が思うところの)うまくいっていると、それで親を恨む子供なんていないんだな、っていうことが感覚でわかったこと。そして私が見たい世界は絶対にこっちだし、そうだよねってひとに伝えたいことだな、と思ったこと。

【Yasushi】 ああ、ありましたな。そりゃ原発事故で「もしかしたら」何か起こるかもしれないし、だから、若い女性が怖がったり、将来を悲観したりして……でも、それって、畸形として生まれたら辛い、不幸だという、誰も口には出さないが今の社会の現実(?)があるからなんだと思ってます。それは、事故が無くても、で~んと、世の中に立ちふさがってることで、そっちに問題意識持たないと、事故がどうこうとは、別じゃないの?と思いますよ。(2011/07/19 13:26)

【ゆり・続き】3日間主観的には「死ぬほど」つらかった間に気が付いたことは、自分に「誰かのせいにしたい」気持ちがあったのだということ。私は岩上さんも上杉さんも一時信じていたけれど、陰謀の話をもちだすと、とにかくものすごくおおきな何かがわるい。→だから私は全く悪くない。→自分の非をみなくてすむ。みたいな雰囲気が自分にあったような気がする。

【iina】障がい者の人へ差別としては、健常者の勉強不足がある。例えば、腕の未発達な小学生がいるとする。友達やクラスメイトは、どこがどうなっているのかをジロジロ見るわけですよ。そして、自分なりに納得する。ふーん、こういうもんなんだ~。と。納得したら、その後は友達になれる。だって、その子の立場に立って考えられるもの。片手しかないから縄跳びは無理だな。でも、大縄跳びの縄を回すのは出来るな!とか、あ、跳び箱は無理だけど、マット運動なら出来るな!とかね。

アメリカでは、車椅子でチューブが体の中に入ってて、点滴下げてる人が普通に映画鑑賞もする。私なんか、興味本位で、どこにチューブが入ってるんだろう?とかいう興味でジロジロみてしまう。

一緒に居る人には、「あんなにジロジロ見て差別だ。あんまり見ちゃダメだよ。」って思うかもしれない。

でも、そう思うことが差別なんだなって思う。

一度、障がい者と一緒に散歩してみればいいよって思う。

自分で体験して、納得するのが一番早い。

放射線に関しても一緒。知らないなら見せればいい。納得させればいい。納得すればそれに対する対処法も見つかる。

  • 百聞は一見にしかず(いくら人から聞いても、自分で見なければ本当のことはわからない)
  • 百見は一考にしかず(いくらたくさん見ても、考えなければ前に進まない)
  • 百考は一行にしかず(どんなに考えても一回体験したほうがよくわかる)
  • 百行は一果にしかず(どんなに行動をしても、成果を残さなければ成長しない)

【Owly】Cさんの場合 私も初めの頃は無闇に怖がっていたので気持ちは分かりますが。お茶や先日の牛の件でも対応に信頼感を損なってしまう事ばかりですし。違和感を持ち始めたのは、危険情報について読んでいく内にデータの扱いが大雑把なのに気付いてからでした。疑問をもって“自分で調べる”の大切さを改めて知りました。私の場合は、身を守る為に放射線医療から調べ初めてからヒントを掴み始めました。私は今回の原発事故で福島から東京へ避難しました。幸いにも恵まれた環境におりますが、それでもこれまでに無かった気持ちの浮き沈みがあり、心の中に大きな暗い穴が空いてしまったのを感じます。そしてそれはこれからも続く長期戦です。感情に流され過ぎる危険との闘いです。

【seiji】『正しく恐れる』ということについて

もともといいなさんとこの話題をやり取りしたきっかけは次のブログの記述に感銘を受けてのことでした。 ばらこの日記 サイエンスコミュニケーションで素人にできることを考える

http://d.hatena.ne.jp/rosechild/20110714/1310598962

3)もし、自分が過去にトンデモな情報を信じていたとか、信じるだけでなくて他の人にも自信満々発信していたとか(私です)そういうことがあれば、そのプロセスをできる範囲で言語化し公開する。それは必ず同じ轍を踏む人が立ち戻る際の参考になる。だまされる人が減れば「だまされる人を減らす」ために費やされているエネルギーをもっと生産的な方向に振り向けることができる。

この日のばらこさんのブログのエントリーには、情報提供者と受容者との関係など他にも読ませる記述が沢山あります。

ここの AHR1 docs の話では「放射線関係の情報をどう誤解していたのか、更にどうしてそれに気付くことが出来たのか。」をまとめて(できれば)発信すると役に立つのではないか、という共通認識をみなさんが既にお持ちでした。

人がどんな時に自分の考えと違うことを受容できるのか、というのはとても大きな問題です。自分と何らかの共通点を感じる人が実体験としてどういう風に考えたのかを知ることの影響は決して小さくないのではないでしょうか。

←【Owly】そう思います。

今回の原発事故の影響ではよく『正しく恐れる』とか『情報を集めて自分で判断』ということが言われます。でもどうするのが『正しい』恐れ方なのか、どういう情報を元に『自分で判断』すればいいのか?不安にならない人は少ないかもしれません。

ここで、超私見を。『正しい』のは自分(と家族)にとってはどうかだけを先ず考えること。『情報』は自分とできるだけ共通点を持つ人にとっての状況を知ること。『判断』はそういう他人がどう判断したかを参考に、自分との価値観の違いを意識してするのがいいのではないかと思うのです。

自分に直接関わり合いの無いことにまで不安を持つよりも、先ず、自分に関係していることならどうすれば良いのか、他の人の判断を参考にして自分が生活して行く基盤を確認すればとりあえずは十分ではないかと思うのです。

【Yuri】うんうん。

【Yasushi】 「正しく恐れる」に関して、seijiさんが紹介して下さったリンク先のブログ記事を読んでみました。ここでももう一つの大きなループに帰ってる……というのが率直な感想です。震災当初の「広瀬隆動画」の一件で騒動に巻き込まれてから、ぼくが書いてきたことですが、今回の事故のように放射線物理、大気現象、物理化学、遺伝子生物学……ここまで広範な知識が短期間に必要になる時には、いわゆる「一般の人」にリテラシーを一方的に求めるのは、そもそも無理なのです。居住地や職業等の個人の人生に関わることと個人の生命に関わる事の間で選択を迫るような情報を出す専門家には、素人が「あ、この専門家は、スキームに遵守して危険情発信しているな」と判別できるような、「専門情報に課せられるスキームを伴うリテラシー」が必要であると僕は以前から考えていたし、震災以後、緊急にそれが必要だと思うようになり、ツィッターのフォロワーさんの協力を仰ぎながら試行錯誤を続けています。もともとはGMO(遺伝子組換え食品)忌避への日本の取り組みの遅れがきっ かけだったかな。このような人の人生と危険性を天秤にかけることを迫るような専門家への課すリテラシーを仮称「パーソン&ライフ・リテラシー」と呼んでいます

例)例えば、生活コミュニティや財産、あるいは健康を守る食生活を放棄しても、ある放射性物質を避けるべき、という「専門的啓蒙」があったとします

  • Sv、Bqなどの物理量があって、それが発がんなどを有意に増加させるという研究結果があるなら、その学問的な現状でのエビデンスレベルが分かるようにする。→「 同様の結果を示す報告が他に○○氏の××という論文、あるいは▽▽氏の○○という論文など5報以上が発表されています」という説明を必ず添えること。付いていなければ「スキーム1を逸脱した専門情報」という認識で読めば良い
    ここでの一般の人でも判別できるスキーム遵守の意義=
    • 同様の報告は科学者達の間では多数の同意を得ているものか、それとも、一部の科学者の見解に留まっているのか
  • 自分なりに、自分の見解の妥当性の程度を、大まかで良いから「実現性○%」と明記し、それを支える傍証を必ず添える。明記がなければ、「スキーム2を逸脱した、その専門家の独自見解」という認識で読めばよい
  • 作成中……

こういう、専門知識がたとえなくても、専門家がくっちゃべっている危険情報が、正当なスキームを踏んで発信されているか、逸脱した手順で発信されているか、判別できるので、それを念頭に置いた上で中身を聞くという聞き方ができる。もちろんその上で、それを妥当と判断するのは、個人の自由です。逆にいうと、これなら一般の側にリテラシーを向上させる努力、時間、コストを要求しなくても、専門情報と自分の生きるスタイルを天秤にかけたり、折り合いをつけたりしやすくなると思うのです。まだ、うまく、誰でもリトマス試験紙のように「この危険情報、ルール違反で発信されてる!」 と分かるようなスキームセットをまとめられるまでに至っていません。がだ、ぼくが、一貫して思うのは、「ググれカス」的な「知らないのは調べない方が悪い」というリテラシーの有無で情報の受け手が負い目を感じたりする情報の取り扱いは、一定の到達点を見た後、この数年間で新しい時代に入ったと思います。新しい情報リテラシーパラダイムが「発信側の方に」求められる時代に入ったのでは無いか、という風に思っています。だって、ぼくは、色々な分野でこき使われてきましたが、エネルギーと環境についてはもう二十年以上やってます。読んだ論文、やった実験、書いたシミュレーションコード、数えきれません。ここまでやっても、まだ足りないというのに、一般の人にそれを要求するのは、学問の多彩化、多様化が進む一方の現代では、もう古いとしか思えないです。 だから、ぼくは、知らないことが恥ずかしい、聞くのが気が引ける、という風潮が生まれることには強く反発してきました。(2011/07/18 21:05)

【owly】この↑の一色さんのお考えは、我々素人にとっては大変ありがたい考え方だと思います。

これを「専門家(発信)側」でも「素人・個人(受信)」側でも、片側の努力でやろうとするから大変なので、(大変、というかすごくルールをお互いに頭に入れなきゃならなくなる→結果、やっぱりちょっと敷居が高くなる)、

【Yasushi】そういうめんどくささを感じるなら、それはスキーム設計に失敗してると、僕は思います。そうであってはいけないんです

こういう集まりのように、知識がある人もない人も一緒になって話す、そんなモデルを提示できたらすごくいいんじゃないかと思うんですが…。

どっちかというと、この両者のとてもベーシックなコミュニケーションの断絶さえなんとかなれば、あとは人間同士ですからいけるんじゃないかと。楽観的すぎますかね?

素人も、私みたいに「何一つわかりませんが何か?」とか大きな顔して突撃していける人ばかりじゃないだろうし、専門の方でもコミュニケーションは苦手な方もいるでしょうから、モデルの提示によってそういう「漏れ」を吸着できる効果はあると思うんですよね。ルールの徹底ではたぶんそれ自体頭に入らない人も多いと思うし;

でもこういうことは、本来ジャーナリズムが背負って立つはずの仕事だと思うんですが、現状ほとんど機能していないのが大きな問題だと思います・・・。

【はま】正しく怖がる というところを化学物質に焦点をあてて書いてある本があります。放射性物質も基本的にはいっしょ。この本は一読の価値があると思います。

「化学物質はなぜ嫌われるのか」 佐藤健太郎

http://goo.gl/Lknxf

【owly】
私が個人的に気にしていることなんですが、
震災以降、考え方の違いで(放射能問題然り、転居等しかり)で、夫婦間などの意見が食い違い、関係悪化から離婚まで考えているということを度々耳にします。
これをすごく不幸なことだと感じていて、こういう時だからこそ夫婦や家族は結束しなければならないと思うんですが…じゃあ具体的にどのようにすればいいのか、考えています。
偏見が入っているかもしれませんが、私の中では端的に言って
・男性→理屈重視、保守的傾向がある
・女性→感情重視、いざとなれば変化を厭わない
そういう違いがあると思うんですね。

旦那さんの方は、自分を納得させるだけの理屈を妻が持ってくるまではほとんど跳ね除ける。そして、今までのやり方を通そうとする。でも、妻のほうは震災および事故という状況の変化を受けて、なかなか言葉で説明しがたいが強い不安や恐怖を抱えている。また、そんな夫の姿には自分自身すら否定されたような不快感を覚える。

この状況が、両者歩み寄ることなく昂じてしまうと、どうしても関係は悪化せざるを得ないと思います。

そこで、一見関係ないようですが、うちの子供へのポリオワクチンの接種についての経験をのせてみたいと思います。
ご存知のとおり、ポリオは小さいころに罹ると重篤化し、麻痺などが残ったりする大変怖い病気です。なので、ワクチンは必須といわれています。
そしていま、日本ではポリオは集団接種および生ワクチンを使用することが一般的です。
しかし、この生ワクチンというのが(メリットももちろんあるのですが)曲者で、年に数名がこのワクチン接種によって重大な副作用を引き起こしています。
一方、実は日本でのポリオの自然発生はもう何年もゼロのまま。
自然に罹るリスクはほととんどないのに、むしろワクチンで何万分の一とはいえ、年に数名ずつの犠牲が出るというちょっと歪んだ図式になっています。私はこの事実を知って、自分の子供に生ワクチンを接種させたくないと思いました。

一方うちの夫は、母子保健や小児保健、疫学系を大学でやっていた、いわば専門家の「推進派」です。(笑
ポリオだってなぜ生ワクチンが日本で採用されているのか、語らせれば小一時間薀蓄を垂れるほどの知識を持っているわけですが、私は上記の理由で、うちの子には受けさせたくないといいました。


でも、結局彼は納得してくれて、いま国が不活化ワクチンを正式に導入するまで待つか、幼稚園に間に合わなければ個人的に取り寄せるということに賛成してくれています。

これはとりもなおさず、上記の理由を私が述べられたから。
これが大事だと思うのです。
ママ達の口コミなどで「たまにすごい副作用が出るんだって~」「えーこわいねー(うちの子大丈夫かな、こわいからやだな)」ここでストップしていたら、必ず夫には集団接種へ行けといわれてしまったでしょう。なぜなら、伝染する病気の予防接種は他人に迷惑をかけないための義務的側面もあり、本当は「やりたくないからやりません」で「はい、そうですか」といって済むものではないのですよね。
でも「何年も自然発生がないのに、生ワクチンでの副作用が数名」とそこを調べたから、私の恐怖心に対して譲歩してくれたわけです。

男性だって妻と子供のことは心配のはず。
ある程度の理屈を自分で拾ってくることができれば、意外と納得してくれることは多いと思います。そういう意味で、ママさん達には放射能についても正しく知ることで、むしろ避難したい場合などにも、旦那さんとの対立などをせずに両者が幸福な形で話し合えるようになって欲しいなと、強く思っています。

長くなりましたが、要するに
逃げるにしても、正しい知識というのは持っていたほうが、必ず自分を助けてくれると思うので、ぜひ一緒に勉強していってほしいな、ということです。[2011/07/24(日)] [21:20:14]

 

Yasushi [2011/07/24] [22:18]

Owlyさん、これ、かなり重要なことだと思うんですが。

別記事に立てませんか?

【Owly】つまらない四方山話で書いたんですが、何かに使えそうなら使ってやってください![&date()][&time()]

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