『……昔からずっと、好きだったんだ』

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「――――告げる」 もう、何もかもがどうだって良かった。 夜遅くに親の許可も取らず歩き回ろうとも。 寂れた工場に無断で侵入しようとも。 床に落書きしようとも、訳の分からない呪文を唱えようとも。 怪しげな儀式を、始めようとも。 どうだって良い。何がどうなっても構わない。 『君は僕を虐めてそんなに面白いのかい』 『もう、会いたくない。二度と来ないでくれ』 いっそ、何もかもがめちゃくちゃになってしまえばいい。 「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」 もしくは。 こんな馬鹿なことをして、私自身がめちゃくちゃになりたかったのかもしれない。 「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」 茫洋とした頭で呪文を唱えながら、私はどうしてこんなことをしているのかを思い出していた。 ★★★ 「お嬢ちゃん、こんな時間に一人は危ないよ」 そう言って声をかけてきたのは、見るからにホームレスと分かる襤褸布のような老婆だった。 病院から逃げてきたあと、私は何も考えられずにただ街をぶらぶらしていた。 時間感覚までもが麻痺していたのか、辺りはいつの間にか真っ暗になっている。 ここは、この街の悪いものをそのままごちゃ混ぜにしてぶちこんだ路地裏だ。 クラスの噂話では、殺人鬼が潜んでいるだとか、クスリ売りがぶらぶらしてるだとか、隣のクラスのAちゃんがここで暴漢に襲われただとか、 人という人を呪っている魔女のすみかだとか、聞いていたけど。 この老婆は、正しくそんな感じに見えた。 「今まで何もなかったのかい?運が良かったねえ。 もし一つ違う道に行ってたら今頃死ぬより辛い目にあってたかもしれないよ」 「あんたには関係ないでしょ」 突き放すように、言葉をぶつける。 彼女の緩慢な動きと、こちらを労るような、上から見下ろすような物言いに、イライラする。 昆虫みたいにギラギラ輝く目玉も、黄ばんであちこち抜け落ちている歯も、怖くなかった。今なら何だって出来そうだ。誰かに襲われるとか殺されるとか、何とも思わない。 襲えるものなら襲ってみろ。 殺せるものなら殺してみろ。 「破滅願望、なるほどねえ」 「……なによ」 ヒッヒッヒと猿のように笑いながら、老婆がこちらに近づいてくる。 もし何か危害を加えるつもりなら――■してやる。 その目玉に指を突き入れて、そこらの角材で手を、足を、身体を打ち据えてやる。 泣き叫ぼうが懇願しようが関係ない。情けも容赦も今の私には必要ない。 さあ、来るなら来い。■してやる■してやる■してやる―― 「あんた、男に振られたね」 「なっ!」 思わず、声に出してしまった。 顔面に熱が集まるのが分かる。取り繕うとしたがもう遅い。 そんな私を見て「図星だろう」と笑いながら、老婆は更に、歩を進める。 どういうことだ。もしかして私の心を――読んだのか。 分かりやすい暴力ならば理解は出来る。 だが、こういうのは……理解の範疇外の出来事は……怖い。 さっきまでの気概は何処に行ったのか、足は自然と後ろに下がっていた。 「しかも、かなりこっぴどくふられた」 「……れ」 「でも、その原因はあんたにはないね」 「……まれ」 「どうしようもない不幸のせいで、あんたは」 「――――黙れ!」 聞きたくない。 聞きたくない聞きたくない聞きたくない! 私のことはどうだって良い。 今までだって見返りも無しにCDを探したり話をしに行ったりもした。 お見舞いなんて、彼の……上条恭介の苦しみを思えばどうってことなかった。 でも。 もう、恭介の腕が絶対に治らないなんて。 そんなのは、悲しすぎる。 「良い子なんだねえ、お嬢ちゃん」 「私は……私は良い子なんかじゃ」 良い子なはずがない。 恭介のために何も出来ない私なんか、私なんか、 何の価値もない。 「何を犠牲にしても叶えたい願いが、お嬢ちゃんにはあるのかい?」 剥がれ落ちていく強がりのメッキの下に、老婆――魔女はするりと入り込んだ。 「教えてあげるよ、願いを叶える方法を」 ★★★ 「我は常世総ての善と成る者」 老婆から借り受けた魔術的道具は、今や煌々と輝きを放っていた。 魔術の実在に驚くことよりも、上手く出来たという喜びの感情が先に立つ。 これで、願いを叶えることが出来る。恭介の腕を治してあげることが出来る。 私は無力じゃない。役立たずじゃない。 私は今から――――恭介の救世主になるのだ! 「我は常世総ての悪を敷く者」 例え……何もかもがめちゃくちゃになったとしても。 例え……どんなものを犠牲にしてでも。 暗い中、携帯の明かりを使い頑張って書き上げた魔法陣の中心には、触媒が置いてある。 それは白い胴と赤い目を持った、蛇の剥製。 幾つか見せてもらった中で、何故こんな気持ち悪いものを選んでしまったのかは分からない。 理屈ではない、直感が囁いたのだ。これは、願いを叶えてくれそうだと。 「汝三大の言霊を纏う七天」 これで、 『さやかはCDを見つけてくる天才だね!』 詠唱が、 『ありがとう、さやか。実は、僕は君のことが……』 「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」 『あたしもだよ、恭介』 終わる。 「君が、僕のマスターですか」 薄い銀色の髪、にやけた顔、黒と白の着物。 そして、腰に差した日本刀。 こうしてあたし、美樹さやかとランサー、市丸ギンの聖杯戦争が始まった。 全ては、恭介のために。

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