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「魔神【キャスター】」(2011/11/10 (木) 23:40:54) の最新版変更点
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東西京市。
○月×日の夕方、殺人事件との通報が入った。
第一発見者は桂木家の家事手伝い園部美和子。
自宅仕事場に鍵を掛けて出てこない被害者を心配して、窓から覗き仰天して通報した。
通報を受けた巡査に続いて刑事も到着。
妻・遥と娘・弥子は仕事と学校で不在だった。
ドアにも窓にも鍵が掛かっており、刑事が窓ガラスを割り現場に入り被害者の状態を確認した。
殺されていたのは建築士桂木誠一(41)。
全身を無数の刃物で刺された遺体は奇妙な事に、ドアと窓を内側から施錠した密室の中にいた。
最後に家族が被害者と会話したのは前夜の十二時頃。
床に飛び散った血もからからに乾いており、死後十五時間前後と推定される。
床には不可解な模様が描かれていたが、それは被害者自身が趣味でやったものと家族からの証言を得ている。
◆ ◆ ◆
もうすぐ深夜十二時に差し掛かろうと言う時刻。
桂木弥子は父の仕事場に立っていた。
父は骨董品やオカルトグッズを集めるのが趣味で、部屋の至る所に奇妙な置き物や装飾品が飾ってあった。
弥子の手には、一冊の古文書。
先日父が手に入れ、「む! 英霊を呼び出す方法!? よーし、父さん凄い英霊を呼び出して弥子を驚かせちゃうぞー!」とのたまっていた逸品である。
弥子は父に無理矢理教えられたおかげで、ある程度ならば古い文章を読む事が出来た。
この古文書に書かれていたのは、どんな望みも叶える聖杯を手に入れるための儀式。
聖杯戦争と呼ばれるその儀式の詳細が記述されていた。
十二時を指す鐘が鳴るまで、あと一分を切った。
弥子は自身の指に針を当てると、力を入れる。
痛みと共に、指の先から玉になった血が湧きでてきた。
その血を床に書かれた魔法陣へと落とす。
飛び散っていた父の血は既に掃除され跡形もなくなっていたが、魔法陣だけは油性ペンで描かれていたため消えることがなかった。
時計の針が十二時を報せる。
弥子は古文書をめくると、そこに書かれている呪文を唱え始めた。
「閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。繰り返すつどに五度。───ただ、満たされる刻を破却する」
不意に、私は何をやっているんだろうと弥子は思った。
悲しみやら何やらでわけがわかんなくて、眠れない日が続いていた。
父の仕事場に足を運んで、机の上に放置されていた古文書を見付け、何の気なしに内容に目を通した。
古文書には英霊召喚の方法と、聖杯戦争の記述があった。
英霊を呼び出し、互いに殺し合わせる聖杯戦争。
その戦争の勝者には、どんな願いも叶える聖杯が与えられるらしい。
正直言って、胡散臭い内容だ。
いつまでも続くと思っていた『日常』が突然壊れた。
少しうざったかったけど、大好きだったお父さん。
最後にした会話を思い出せない。
ずっと一緒にいられると思っていた。
疑いもしなかった。
今はもういない。この先どれだけ生き続けても、お父さんは帰ってこない。
もしもお父さんが戻るなら。
もしも、失った『日常』を取り戻せると言うのなら。
そんな淡い夢を抱いて、私は古文書に書かれている通りの儀式を行っているのだろうか。
私は今、聖杯戦争に参加するために英霊を召喚しようとしている。
………違う。と弥子は気付く。
私が呼び出したいのは英霊なんかじゃない。
私が呼び出したいのは、お父さんだ。
お父さんに、もう一度会って話しがしたいだけなのだ。
だから、こんな降霊術の真似事なんかをしているのだ。
………くだらない。
そもそも、英霊なんて格の高い霊を呼び出すには、莫大な魔力が必要になる。……らしい。
父が集めた書物の受け売りだ。
昔、お父さんに「これで弥子の魔力は十倍になるぞー!」とか
「この儀式が成功すると弥子の霊力が格段に上がって霊能力者になるんだ!」とか
妙な儀式に付き合わされていたけど、日常でその儀式の結果を体感する機会は一切なかった。
心霊写真すら見た事が無い。
本当に、くだらない。
そうは思っていても、一度始めた呪文は止まらなかった。
弥子の淡く、儚い夢は続いている。
でも、その夢ももうすぐ終わる。
呪文を唱え終え、何も起こらず、それでお終い。
私は何をやっているんだろうと傷付けた指先を見ながら自嘲して、血をこぼした床を掃除するんだろう。
明日からはしっかりしよう。
いつまでもくよくよしてないで、明るく振舞おう。
呪文が、終わりに近付いていた。
「―――汝三大の言魂を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
瞬間、魔法陣から風が吹いた。
床に描かれた陣から光が漏れ、真っ暗な部屋を照らしだす。
「痛っ!?」
弥子の右手甲に痛みが走る。
見ると、翼を広げたような奇妙な痣が浮き上がっていた。
血のように赤い、三画の模様。
「令呪───!?」
驚く弥子の目の前で、轟、と一際大きな風が吹いた。
まるで魔法陣が爆発したようだった。
弥子が思わず腕で顔を覆う。
風がやみ、部屋に元の暗さが戻りかけた頃だろう。
まだ魔法陣から発せられる淡い光が照らす部屋の中に、弥子ではない女性の声が響いた。
「サーヴァントキャスター、呼びかけに応じて来てやったわよ。訊くけど、私を呼び出したマスターってアンタよね?」
弥子が顔を覆った腕を降ろす。
部屋には少女が一人、魔法陣の真ん中に月明かりに照らされて立っていた。
マスター。
英霊───サーヴァントを呼び出し、使役する者。
古文書にあった言葉を思い出す。
弥子の右手甲には令呪と呼ばれる、三画の聖痕が浮き出ていた。
これも、古文書の通りだ。
では、この子がサーヴァント───英霊と呼ばれる存在なんだろうか。
見れば、胸と腰だけを革製の黒い生地で覆っているだけの魅惑的な格好をしている。
その扇情的な格好とは裏腹に、胸の起伏は乏しく、身長も小柄だ。
弥子の目を引いたのは、少女の背に生える小さな黒い翼と長い尻尾だった。
羽毛などない、蝙蝠のような翼。
装飾品には見えず、心臓の鼓動に合わせるかのように定期的に動いている。
尻尾も、彷徨うように動いていた。
燃えるように赤い髪を二つに結い、髪の毛と同じ燃えるような赤い瞳で弥子を見つめている。
「……ちょっと聞いてんの? 令呪もあるし、アンタが私を呼びだしたんでしょ?」
驚いてしばし呆然としていた弥子に向けて、少女が不機嫌そうに再び問いかけた。
「あ、うん。確かに呼び出したのは私だけど……」
本当にこんな小さな子が英霊なんだろうか。
英霊っていうのは、世界中の伝説にあるように怪物をたった一人で倒してしまうような、そんな屈強なものを想像していた。
というか、本当はお父さんを呼び出すのが目的だった。
まあ、英霊を呼び出す儀式で一般人である弥子の父が呼び出される方がおかしな話なのだが。
「んじゃ、これで契約は成立ね。それにしても、アンタも大胆ねえ。よりにもよって悪魔呼び出すなんて、魂取られちゃうよ?」
「あ、悪魔ぁ!?」
弥子が驚いて尻餅をつく。
確かに、悪魔と言われれば背中の翼は悪魔的かもしれない。
少女──キャスターは部屋を見渡すと、壁に掛けられていた一つの皮に目を止めた。
近付き、そのぼろ雑巾のような皮を手に取る。
実際、弥子の父はそれを雑巾に使っていた。
「これが触媒? ……ってこれプリニーの皮じゃん。あたしの所から逃げ出したプリニーのかしら?
マスター、アンタ運がいいわね。下手したら最弱の悪魔呼び出してたかもしんないわよ………っつうか何?
何であたしがプリニーの皮なんかで呼び出されなきゃいけないわけ!? ふざけんじゃないわよ!!!」
一人激怒しだした少女が手に持ったぼろ雑巾を握り潰すと、
少女の握りこぶしから炎が吹き出しプリニーと呼ばれる悪魔の皮を跡形も無くこの世から消し去った。
実はプリニーの皮の中にキャスターのパンツが入っていたのだが、それを知ったら怒髪天を突く勢いで弥子の家が消え去っていただろう。
「あー腹立つ。………そうそう。アンタの望みってなんなわけ? しょぼい願いで呼び出したなんて言ったらタダじゃおかないからね?」
笑顔だが、その瞳の奥には苛立ちが見えた。
サーヴァントなのに強気で弥子に迫る。
悪魔だから怖いもの知らずなのだろうか。
令呪の存在も忘れ、気圧された弥子はキャスターに身の上話を始めた。
父が殺された事。
その父にもう一度会えるならと召喚の儀式を行い、結果キャスターが召喚された事。
そして、日常を取り戻せるのなら、取り戻したいという事。
「ふぅん」
少女は馬鹿にするでも慰めるでもなく、ただ静かに聞いていた。
何か、自分と重ねているような遠い瞳をした後、ぐるりと部屋を見回す。
そして弥子にいくつか事件についての質問をし、部屋の中を一通り調べると、にやっと弥子にほほ笑んだ。
何か面白い事を思い付いたような、悪魔的な笑顔とはこういう顔を言うのだろうか。
「あたし犯人わかっちゃった」
「え!?」
弥子の瞳が驚愕に見開かれる。
そんな弥子の反応を面白そうに眺めながら、少女は続ける。
「あたしは悪魔よ? 人間の悪事を暴くのなんかちょろいちょろい。悪魔のやる事に比べたら子供の遊びよ」
父の殺人事件を子供の遊びと言われむっとしたが、確かに悪魔から言わせてもらえば殺人事件等小さな事なのかもしれない。
「でさ、その事件担当してる竹田って刑事の電話番号わかる?」
「何かあったら連絡するようにって、一応連絡先は教えてもらったけど……」
「じゃあアンタの携帯貸してちょうだい。ちょっとソイツに伝えたい事あるから」
竹田刑事に伝えたい事。
犯人の手掛かりだろうか。
「でも、今はもう遅いし……」
「良いから早く」
有無を言わせぬ物言いに、弥子は渋々携帯を差し出した。
携帯に登録してある竹田刑事の番号にキャスターが電話をかける。
しばらくして、竹田刑事が電話に出た。
『もしもし。弥子ちゃんかい? こんな遅くにどうし』
「今すぐに弥子ん家に来な、桂木誠一殺しの犯人竹田敬太郎。ネタは上がってんのよ」
ピッ。
言い終えたキャスターは携帯を切った。
再び電話がかかって来たが、電源を切って無視した。
「ちょっと! 刑事さんが犯人ってどういうことよ!」
弥子が焦っている。
竹田刑事が犯人には思えないのだ。
「んじゃ、犯人がここに来るまで暇だし、この美少女名探偵エトナ様の名推理を披露してあげますか」
キャスターはそう言うと、悪魔的な笑みを弥子に向けた。
◆ ◆ ◆
「一体さっきの電話はなんなんだね?」
竹田刑事が桂木家に到着したのを、外で待っていた弥子とキャスターが出迎える。
そんな恰好では外に出せないと、弥子が着せたものだった。
「その子は?」
竹田刑事はキャスターを見て言った。
「あたし? あたしは通りすがりの美少女名探偵よ」
キャスターが笑顔で答えた。
竹田刑事は聞き覚えのあるその声に、困った顔を作る。
「君かい? 私を犯人だと言って呼び出したのは。悪ふざけが過ぎるなぁ……」
「だからさあ、証拠は上がってんのよ。今からあんたが犯人だって照明してあげるから、覚悟しなさい」
キャスターは不敵にほほ笑んだ。
弥子は不安そうに二人を見ている。
「まずはあの密室だけど、切った定規をつっかえ棒にする簡単なトリックだったわ。
窓のさっしに定規をはめて外から開かないようにする。偽りの密室ね。
で、普通密室殺人って被害者が自殺や事故で死んだと見せかけるものなんだけど、今回のは被害者が全身メッタ刺しでどう見ても殺人事件。
密室を作る理由がないの。じゃあ、こんな密室を作って得をするのは、一体誰かしらね?」
「それが、私だと言うのかい?」
「そうよ。どう見ても死んでますって死体を見たら、誰も下手に事件現場に入ろうとは思わないでしょ。
アンタは刑事って身分を使って、真っ先に現場に入りたい理由があったからこんな密室を作ったのよ」
キャスターは服のポケットから折りたたまれたハンカチを取り出し、竹田刑事に見せる。
「あんた、左目だけコンタクトをしてないわよね?」
竹田刑事が驚いた表情を作った。
見開かれたその両目には、確かに左目だけにコンタクトが入っていない。
「これがアンタが犯人だって動かぬ証拠。指紋や製造元からアンタの所まで行きつくわよ」
それを聞き、竹田刑事はフッ、と息を吐いた。
驚きの表情から、元の人の良さそうな顔に戻る。
「凄いな。よく、そんな小さな物を見つけてくれた。確かにそれは私のだ。現場で落としたかなと思ったたんだ……。捜査の時にね」
「へぇ。捜査の時に、ねぇ」
「そうだよ。だから私のコンタクトが落ちていたって──」
そこで、竹田刑事は美少女名探偵と名乗った少女がにやにやと笑っている事に気付いた。
弥子の方を見れば、信じられないという顔をしている。
自分は何かおかしな事を言っただろうか。
捜査の時にコンタクトを落として、それが現場に落ちていた。
だから自分が犯人であるはずが──
「この血まみれのコンタクト、アンタのなのよねぇ?」
「……!!」
キャスターがハンカチを開くと、中から血がべっとりと付着したコンタクトが姿を現した。
「おっかしいなぁ。捜査の時には床に飛び散った血は乾いていたのに、どうしてアンタのコンタクトが血まみれなのかなぁ?」
悪魔が一手ずつ犯人を追いつめて行く。
「答えは簡単。がコンタクトを落としたのは新鮮な血が飛び散った時だった。つまり、犯行時刻にアンタは現場に居たのよ!」
竹田警部に指先を向け自信満々に推理を披露するキャスターの姿に、弥子は驚きを隠せなかった。
キャスターの推理通り、竹田警部は落ちていたコンタクトレンズを自分の物だと言った。
その言葉を聞くまでは信じられなかった。
いや、今も信じられないでいる。
本当に、この人がお父さんを殺したのだろうか。
キャスターの追いつめも終盤に差し掛かっていた。
「多分、返り血が目に入った時にコンタクトが落ちたんでしょうね。
犯行直後、アンタはそれに気付いて探したけど見付ける事はできなかった。
現場で落としたんじゃないかもしれない、でももしも死体の発見者や他の警官に先に見付けられたら、アンタが捜査線上に浮かぶ事になる。
そこでアンタは見せかけの密室を作ったのよ。知らないフリして現場に行って、窓を割って鍵を開けるフリをしてつっかえていた定規をはずして中に入る。
自分が最初に現場に入れば、後になって誰かがコンタクトを見付けても、さっきアンタが言ってたみたいに自分のだって言って回収できるからね」
そして、キャスターが一気に畳みかけた。
「さあて竹田刑事! 説明できるかしら!? このコンタクトでアンタを犯人と決められないならその理由は!? 犯人が密室を作った他の理由は!?」
「うっ…あっ……」
竹田刑事は口をぱくぱくさせるだけで、答える事ができない。
自分は犯人ではないという否定の言葉すら出なかった。
「説明できないんなら……アンタが桂木誠一殺しの犯人よ」
竹田刑事は肩を震わせ、歯を食いしばっている。
「解いたのは……君か………。大した……ものだね………ここまで見抜いてしまうとは………」
その言葉は、犯行を認めるものだった。
弥子の信じていた気持ちも、泡と消える。
「なんで!?」
弥子が叫んだ。
これだけは訊かずにはいられなかった。
「なんでですか刑事さん? お父さんを……こんな!!」
「……そう。その表情だよ弥子ちゃん」
弥子の涙を湛えた顔を見ながら、竹田刑事が語りだす。
「刑事をやってるとね、一番よく見る表情は『不安』や『怒り』や『悲しみ』の表情なんだ。
……ふと気付いたんだ。私はそれらのネガティブな表情を見る事に……この上無い悦びを感じる人間だということに。
ふと気付いたんだ。刑事である私には人の表情を、私の愛する表情に『加工』する力があることに!」
語りながら、竹田刑事は本性を露わにし、その表情は舌を出した醜悪なものへと変貌していた。
「夜のファミレスで! 親子で楽しく食事をしている君を見て、一瞬で私は心を奪われた!!
そして思ったよ。この笑顔が、私の大好きな表情に変わるのを見てみたいと!」
「…………!! …そんな……理由で!!」
弥子の顔が険しくなる。
嫌悪と怒りと困惑が混じった表情だ。
「思った通りゾクゾクした。父親を殺された君の不安と悲しみとそれに耐える表情!!
同じ方法で何人もの表情を『加工』してきたが、君よりも素敵な表情は見れなかった!!」
竹田刑事が弥子に一歩近づく。
弥子は同時に身をすくませながら一歩後ずさった。
「さあ、もっと見せてくれ!! 君の怒りの表情を!! 悲しみの表情を!!!」
また一歩、竹田刑事が前に進んだ。
と、その進行を遮るようのキャスターが竹田刑事の前に立ちはだかりその頭を掴む。
キャスターの顔からはあの楽しそうな笑みが消えていた。
「アンタうざいわ」
「どけよ。彼女の表情が見れないじゃないか」
手で竹田刑事の顔を押さえつけながら、キャスターが弥子に尋ねる。
「マスター、コイツ殺しても良い?」
その声は氷のように冷たく、聞く者の背筋をひやりとさせるほど静かなものだった。
竹田刑事はそんなキャスターの手をどけて弥子の表情を見ようとするが、小柄な少女であるキャスターの手はまるで万力のように微動だにしない。
そこでようやく、竹田刑事は少女に恐怖を抱いた。
「だ、だめよ! 殺しなんて、そいつのやった事を同じじゃない!」
弥子がキャスターの問いに慌てて答える。
もしも私が「良いよ」と言えば、キャスターは躊躇い無く竹田刑事を殺すだろう。
「なぁんだ。つまんないの」
「な、なんなんだお前は!!」
竹田刑事は必死になってキャスターの手を頭から外そうとしている。
本気で力を入れているというのに、少しも動かすことができない。
「じゃあさ、殺さなきゃ何してもオッケーよね?」
言うと、キャスターは弥子の返事も聞かずに空高く舞い上がった。
片手で竹田刑事の頭を掴んだまま、その高度を上げていく。
「あ、ちょっと!!」
弥子が叫ぶが、もうキャスターと竹田刑事の姿は夜空に見えなくなっていた。
キャスターに掴まれたままも竹田刑事は目を丸くしてばたばたと暴れている。
「な、ななななんだ!?」
「はいはーい。暴れない暴れない。落っこちるわよ?」
話している間にも高度はぐんぐん上がっている。
次第に気温も気圧も下がってきて、風も強くなってきた。
竹田刑事は全身に鳥肌が立ち小刻みに震えているが、キャスターはどこ吹く風だと言わんばかりに涼しい顔をしている。
サーヴァントにとって、それ以前に悪魔にとってこの程度の風と気温では寒さの内に入らないのだ。
刑事の震えは寒さによるものなのか、住宅地が豆粒程の大きさになるような高度にいるためなのか。
おそらく両方なのだろう。
「た……頼む。私が悪かった。警察には私がやったと出頭する……。今まで私が侵した事件も洗いざらい吐く……。だから、どうか命だけは……」
「のやっすい命なんかに興味ないわよ。一応マスターにも言われてるしね……でもさ」
キャスターが悪魔的な微笑で刑事を見つめた。
これから面白いものが見られる、という表情だ。
「もう弥子の前に現れたくないくらい痛めつけておかないとねぇ? もしも刑務所出てきてまた会いに来られても困るしさぁ」
ぱっ、とキャスターが竹田刑事を掴んでいた手を離した。
竹田刑事は重力に引かれて自由落下を開始する。
なんの装備もしていない、普通のスーツ姿でのスカイダイビングだ。
落下の恐怖は元より、冷気と落下時に受ける風で体が凍りつき始める。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
と、その横をぴったりとキャスターが張り付くように落ちていた。
ただ落とすだけでは終わらない。
キャスターの右手には炎が、左手には冷気が集められていく。
そして、二人の周りに暴風が吹き荒れ始めた。
竹田刑事がその暴風に巻き込まれ、上に下に激しく動き始める。
「た、助け……」
「えー何聞こえなーい」
キャスターの右手の炎が熱量を増し、左手の冷気が膨れ上がる。
「たっぷりいじめてあ・げ・る♪ メガファイア! メガクール!」
竹田刑事が巻き込まれる暴風の中に豪熱と氷気が流入する。
「あ……悪魔……」
熱気と冷気が激しく混ざり合う暴風の中で、彼は悪魔が現実に居る事を知った。
◆ ◆ ◆
二時間後。
警察署の前で謝罪と共に今まで犯してきた己の罪を呟き続ける男の姿が発見された。
男の名は竹田敬太郎。
警視庁捜査一課の刑事である。
衣服を一切身に着けておらず、髪の毛が少しばかり焦げ付いていた。
その顔は恐怖に引きつり、数十年は歳をとったようにやつれていたという。
◆ ◆ ◆
キャスターが空から帰って来た。
満足気な笑みを浮かべ、「どうよ」と胸を張る。
竹田刑事を連れていなかったのでどうしたのかと訊いたら、着ていたものを全部燃やして警察署の前に放置してきたらしい。
絶対それ以外にも何かしていたと思うけど、それ以上は訊かなかった。
「って私の服ぅ!!」
「あ、ごめんマスター、魔法使った時焦がしちゃった」
キャスターの着ていた私の服はぼろぼろだった。
焦げてるし氷が付いてるし生地が破れてるし……本当、何してきたんだろう。
キャスターは謝ったが、全然悪びれた様子が無い。
あれ? 私、マスターだよね?
「ちょっと弥子、玄関で何騒いでんのよ」
ドアが開き、お母さんが顔を覗かせた。
どうやら起こしてしまったらしい。
キャスターやお父さんの事件の事をどう説明しようかとキャスターの方を振り向くと、
そこにはぼろぼろになった私の服が落ちているだけで、誰も居なかった。
「……弥子?」
お母さんが心配そうな顔で私を見つめる。
慌ててどうにか会話をしようとした時、家の電話が鳴った。
「こんな時間に誰だろ……ほら、そんな所にいないで家に入りなさい」
そう言うと、お母さんは家の中に戻っていった。
電話に出るのだろう。
私はぼろ雑巾となってしまった自分の服を拾うと、キャスターがどこに行ってしまったのか辺りを見渡した。
すると、頭の中に声が響いた。
『霊体化してるから誰にも見えないわよ』
キャスターの声だ。
サーヴァントとマスターは口を動かさなくても意思の疎通ができる、と古文書に書かれていた内容を思い出す。
そういえば、この子の願いはなんなんだろうとふと気になった。
私の願いは『日常』を取り戻す事。
そのために、お父さんを生き返らせたい。
『ねぇ、あなたの願いってなんなの?』
『あたしの願い? あたしは退屈しなけりゃそれで良いんだけど……そうねぇ……』
しばらくの沈黙の後、キャスターが答えた。
『………クリチェフスコイ様を生き返らせたいかな』
『大事な人なの?』
『んー……心から尊敬できる方、ね。クリチェフスコイ様がいたから、今のあたしがいるわけだし。
あたしも、会えるならまた会いたいと思うから…………』
キャスターの声は、少し寂しそうだった。
445 名前:魔神【キャスター】 ◆FBLNANASHI [sage] 投稿日:2011/10/28(金) 21:03:37.15 ID:JzYjFZEp [13/18]
私もお父さんにもう一度会いたいとは思うけど、私のお父さんを誰が何の理由で殺したのかを知った今は、
それを理由に聖杯戦争なんて殺し合いに参加しても良いんだろうかと迷っていた。
でも、キャスターの願いを聞いて、決心した。
キャスターを呼び出したのは私だ。
だったら、その責任は果たさなくちゃいけない。
キャスターはお父さんの事件をいとも簡単に解決してくれた。
私は、この聖杯戦争でそのお礼をしようと思う。
聖杯を手に入れて、キャスターの大事な人を生き返らせてあげようと思う。
だけど
『キャスター。人殺しだけはやめてね?』
『えーっ。相手のマスターは狙うなってこと? マスターを狙った方が断然楽じゃん』
『それはだめ! 戦うのはサーヴァントとだけにして。でなきゃ私、令呪を使ってでもあなたを止めるから』
『………はぁ。わかったわよ。そんなことに令呪使われたらたまったもんじゃないわ。ま、他のサーヴァントを相手にしても負ける気はないけどね』
『ありがとう。………それじゃ、よろしくね、キャスター』
『よろしくマスター』
姿は見えないけれど、キャスターと少しだけ通じあえた気がした。
「弥子ー! ちょっと来て! 犯人が逮捕されたって今警察の人から連絡が───」
お母さんが呼んでいる。
さっきの電話は警察からきたものらしい。
キャスターが警察署に置いたという竹田刑事が発見されたんだろう。
私は家の中に戻ると、お母さんと事件の事やお父さんの事を話した。
ちょっとだけ泣いて、そして、何日かぶりに、ぐっすりと眠った。
聖杯戦争。
英霊を使役して殺し合う儀式。
私はその戦争に参加する。
失った人を、失った『日常』を取り戻すために。
こうして、魔神エトナと出会った私の最初の一日が終わった。
これからどんな敵と出会っても、エトナとなら……キャスターとなら戦い抜けると、確信めいた自信があった。
翌朝。
目覚めると居間でくつろぐキャスターの姿があった。
お母さんと一緒にテレビを見ている。
そして周りには見た事もないペンギンのような生き物達があちこち歩き回っていた。
その内の一匹はキャスターが座布団代わりにして尻に敷いていた。
「え……? キャスター? お母さんと何を……」
「あら弥子、どうしたの?」
どうしたの? じゃないよお母さん!
この状況に違和感はないの!?
「いや、あの、そこに居る……」
「? お姉ちゃんがどうかしたの?」
「お姉ちゃん!?」
お母さんがキャスターを指さして耳を疑うような事を言った。
私は一人っ子だし、当然お姉ちゃんなんていない。
「やっほーマスター。早くご飯作ってー」
何が起こってるのかさっぱりわからない。
目を丸くする私に向かってどういう訳かキャスターがご飯を要求してくる。
「朝食を作るんスか? お手伝いするッスよマスター」
部屋を歩き回っていたペンギンの一匹が私に話しかけてきた。
間違いなくキャスターの仕業だ。
それ以外に心当たりがない。
「ちょっとこっち来て!」
私はキャスターを掴むとお母さんから離し、お母さんに会話を聞かれない廊下の奥まで移動した。
後ろからは
「ひえーッス! エトナ様にあんなことしたらタダじゃすまないッスよ!」
「今はエトナ様じゃなくてキャスター様って呼ばなきゃいけないッス。気をつけないとエト……キャスター様に殺されるッス」
なんて話し声が聞こえてきたけど聞こえなかったことにする。
「キャスター、お姉ちゃんってどういうことよ!? それにあのペンギンみたいなの……」
「ああ、あれはプリニー。あたしの宝具兼奴隷ね。マスターのお母さんにはちょっと魔法で洗脳してあるから騒がれることはないわよ」
「なんてことしてるのよ!」
「良いじゃん別に。減るもんじゃあるまいし。体に害はないわよ?」
「そういう問題じゃ……っていうかなんで実体化してるの」
「だって霊体化してると暇なんだもん。せっかく人間界に来た事だし、満喫しないと」
キャスターは笑顔で悪びれもせずにそんなことを言う。
「弥子ー。朝ごはん作らないなら私が作るわよー?」
「マスター、お腹すいたー」
「待ってお母さんすぐ作るから! キャスターは食事なんていらないでしょ!?
っていうか私マスターだよね? なんかあなた私の言う事全然聞いてくれないんだけど……」
「そんな事ないってば奴隷人形(マスター)♪」
「今読み方がマスターなだけで奴隷的な意味がこめられてなかった!?」
「気のせい気のせい」
キャスターは笑いながら手をひらひらさせている。
言っても聞いてくれそうにないので、諦めて朝食を作る。
隣にはキャスターが召喚した、プリニーと言うペンギンみたいな悪魔。
なんでもキャスターに一日二十時間労働年中無休で働かされているらしい。
魔界には労働基準法なんてものはないみたいだ。
同情するしかない。
「そうそう、プリニーの取り扱いには注意してね。投げたりすると爆発するから」
「爆……!?」
いつのまにか我が家は爆発物がうろつく危険地帯になってしまっていた。
こうして、私とキャスターの生活がスタートしたのだった。
……令呪、使っちゃおうかなぁ……。
「マスター、勝手に令呪使ったりしたら殺すからね?」
マスターである自信を失いながら、私は朝食作りを再開していた。
◆ ◆ ◆
次回
予告
【エトナ】
「美少女名探偵には事務所が必要!
事務所を譲ってもらおうと助手の弥子と共に早乙女金融にやって来たエトナ!!
そんな二人に、不可解な殺人事件を話しだす事務所のヤクザたち!!」
【弥子】
「あれ? 聖杯戦争は?」
【エトナ】
「こんな事件なんて朝飯前よ!
一人一人火あぶりにして問い詰めれば即解決♪」
【弥子】
「推理しないの!?」
【エトナ】
「次回『美少女魔神探偵エトナ』第2話
「死【さらばやこちゃんきみのことはわすれない】」
新しい助手を探す、エトナの旅が始まる……」
【弥子】
「私死んだ!?」
【プリニー】
「この次回予告はフィクションっス
本編とは一切関係ないッス」
東西京市。
○月×日の夕方、殺人事件との通報が入った。
第一発見者は桂木家の家事手伝い園部美和子。
自宅仕事場に鍵を掛けて出てこない被害者を心配して、窓から覗き仰天して通報した。
通報を受けた巡査に続いて刑事も到着。
妻・遥と娘・弥子は仕事と学校で不在だった。
ドアにも窓にも鍵が掛かっており、刑事が窓ガラスを割り現場に入り被害者の状態を確認した。
殺されていたのは建築士桂木誠一(41)。
全身を無数の刃物で刺された遺体は奇妙な事に、ドアと窓を内側から施錠した密室の中にいた。
最後に家族が被害者と会話したのは前夜の十二時頃。
床に飛び散った血もからからに乾いており、死後十五時間前後と推定される。
床には不可解な模様が描かれていたが、それは被害者自身が趣味でやったものと家族からの証言を得ている。
◆ ◆ ◆
もうすぐ深夜十二時に差し掛かろうと言う時刻。
桂木弥子は父の仕事場に立っていた。
父は骨董品やオカルトグッズを集めるのが趣味で、部屋の至る所に奇妙な置き物や装飾品が飾ってあった。
弥子の手には、一冊の古文書。
先日父が手に入れ、「む! 英霊を呼び出す方法!? よーし、父さん凄い英霊を呼び出して弥子を驚かせちゃうぞー!」とのたまっていた逸品である。
弥子は父に無理矢理教えられたおかげで、ある程度ならば古い文章を読む事が出来た。
この古文書に書かれていたのは、どんな望みも叶える聖杯を手に入れるための儀式。
聖杯戦争と呼ばれるその儀式の詳細が記述されていた。
十二時を指す鐘が鳴るまで、あと一分を切った。
弥子は自身の指に針を当てると、力を入れる。
痛みと共に、指の先から玉になった血が湧きでてきた。
その血を床に書かれた魔法陣へと落とす。
飛び散っていた父の血は既に掃除され跡形もなくなっていたが、魔法陣だけは油性ペンで描かれていたため消えることがなかった。
時計の針が十二時を報せる。
弥子は古文書をめくると、そこに書かれている呪文を唱え始めた。
「閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。繰り返すつどに五度。───ただ、満たされる刻を破却する」
不意に、私は何をやっているんだろうと弥子は思った。
悲しみやら何やらでわけがわかんなくて、眠れない日が続いていた。
父の仕事場に足を運んで、机の上に放置されていた古文書を見付け、何の気なしに内容に目を通した。
古文書には英霊召喚の方法と、聖杯戦争の記述があった。
英霊を呼び出し、互いに殺し合わせる聖杯戦争。
その戦争の勝者には、どんな願いも叶える聖杯が与えられるらしい。
正直言って、胡散臭い内容だ。
いつまでも続くと思っていた『日常』が突然壊れた。
少しうざったかったけど、大好きだったお父さん。
最後にした会話を思い出せない。
ずっと一緒にいられると思っていた。
疑いもしなかった。
今はもういない。この先どれだけ生き続けても、お父さんは帰ってこない。
もしもお父さんが戻るなら。
もしも、失った『日常』を取り戻せると言うのなら。
そんな淡い夢を抱いて、私は古文書に書かれている通りの儀式を行っているのだろうか。
私は今、聖杯戦争に参加するために英霊を召喚しようとしている。
………違う。と弥子は気付く。
私が呼び出したいのは英霊なんかじゃない。
私が呼び出したいのは、お父さんだ。
お父さんに、もう一度会って話しがしたいだけなのだ。
だから、こんな降霊術の真似事なんかをしているのだ。
………くだらない。
そもそも、英霊なんて格の高い霊を呼び出すには、莫大な魔力が必要になる。……らしい。
父が集めた書物の受け売りだ。
昔、お父さんに「これで弥子の魔力は十倍になるぞー!」とか
「この儀式が成功すると弥子の霊力が格段に上がって霊能力者になるんだ!」とか
妙な儀式に付き合わされていたけど、日常でその儀式の結果を体感する機会は一切なかった。
心霊写真すら見た事が無い。
本当に、くだらない。
そうは思っていても、一度始めた呪文は止まらなかった。
弥子の淡く、儚い夢は続いている。
でも、その夢ももうすぐ終わる。
呪文を唱え終え、何も起こらず、それでお終い。
私は何をやっているんだろうと傷付けた指先を見ながら自嘲して、血をこぼした床を掃除するんだろう。
明日からはしっかりしよう。
いつまでもくよくよしてないで、明るく振舞おう。
呪文が、終わりに近付いていた。
「―――汝三大の言魂を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
瞬間、魔法陣から風が吹いた。
床に描かれた陣から光が漏れ、真っ暗な部屋を照らしだす。
「痛っ!?」
弥子の右手甲に痛みが走る。
見ると、翼を広げたような奇妙な痣が浮き上がっていた。
血のように赤い、三画の模様。
「令呪───!?」
驚く弥子の目の前で、轟、と一際大きな風が吹いた。
まるで魔法陣が爆発したようだった。
弥子が思わず腕で顔を覆う。
風がやみ、部屋に元の暗さが戻りかけた頃だろう。
まだ魔法陣から発せられる淡い光が照らす部屋の中に、弥子ではない女性の声が響いた。
「サーヴァントキャスター、呼びかけに応じて来てやったわよ。訊くけど、私を呼び出したマスターってアンタよね?」
弥子が顔を覆った腕を降ろす。
部屋には少女が一人、魔法陣の真ん中に月明かりに照らされて立っていた。
マスター。
英霊───サーヴァントを呼び出し、使役する者。
古文書にあった言葉を思い出す。
弥子の右手甲には令呪と呼ばれる、三画の聖痕が浮き出ていた。
これも、古文書の通りだ。
では、この子がサーヴァント───英霊と呼ばれる存在なんだろうか。
見れば、胸と腰だけを革製の黒い生地で覆っているだけの魅惑的な格好をしている。
その扇情的な格好とは裏腹に、胸の起伏は乏しく、身長も小柄だ。
弥子の目を引いたのは、少女の背に生える小さな黒い翼と長い尻尾だった。
羽毛などない、蝙蝠のような翼。
装飾品には見えず、心臓の鼓動に合わせるかのように定期的に動いている。
尻尾も、彷徨うように動いていた。
燃えるように赤い髪を二つに結い、髪の毛と同じ燃えるような赤い瞳で弥子を見つめている。
「……ちょっと聞いてんの? 令呪もあるし、アンタが私を呼びだしたんでしょ?」
驚いてしばし呆然としていた弥子に向けて、少女が不機嫌そうに再び問いかけた。
「あ、うん。確かに呼び出したのは私だけど……」
本当にこんな小さな子が英霊なんだろうか。
英霊っていうのは、世界中の伝説にあるように怪物をたった一人で倒してしまうような、そんな屈強なものを想像していた。
というか、本当はお父さんを呼び出すのが目的だった。
まあ、英霊を呼び出す儀式で一般人である弥子の父が呼び出される方がおかしな話なのだが。
「んじゃ、これで契約は成立ね。それにしても、アンタも大胆ねえ。よりにもよって悪魔呼び出すなんて、魂取られちゃうよ?」
「あ、悪魔ぁ!?」
弥子が驚いて尻餅をつく。
確かに、悪魔と言われれば背中の翼は悪魔的かもしれない。
少女──キャスターは部屋を見渡すと、壁に掛けられていた一つの皮に目を止めた。
近付き、そのぼろ雑巾のような皮を手に取る。
実際、弥子の父はそれを雑巾に使っていた。
「これが触媒? ……ってこれプリニーの皮じゃん。あたしの所から逃げ出したプリニーのかしら?
マスター、アンタ運がいいわね。下手したら最弱の悪魔呼び出してたかもしんないわよ………っつうか何?
何であたしがプリニーの皮なんかで呼び出されなきゃいけないわけ!? ふざけんじゃないわよ!!!」
一人激怒しだした少女が手に持ったぼろ雑巾を握り潰すと、
少女の握りこぶしから炎が吹き出しプリニーと呼ばれる悪魔の皮を跡形も無くこの世から消し去った。
実はプリニーの皮の中にキャスターのパンツが入っていたのだが、それを知ったら怒髪天を突く勢いで弥子の家が消え去っていただろう。
「あー腹立つ。………そうそう。アンタの望みってなんなわけ? しょぼい願いで呼び出したなんて言ったらタダじゃおかないからね?」
笑顔だが、その瞳の奥には苛立ちが見えた。
サーヴァントなのに強気で弥子に迫る。
悪魔だから怖いもの知らずなのだろうか。
令呪の存在も忘れ、気圧された弥子はキャスターに身の上話を始めた。
父が殺された事。
その父にもう一度会えるならと召喚の儀式を行い、結果キャスターが召喚された事。
そして、日常を取り戻せるのなら、取り戻したいという事。
「ふぅん」
少女は馬鹿にするでも慰めるでもなく、ただ静かに聞いていた。
何か、自分と重ねているような遠い瞳をした後、ぐるりと部屋を見回す。
そして弥子にいくつか事件についての質問をし、部屋の中を一通り調べると、にやっと弥子にほほ笑んだ。
何か面白い事を思い付いたような、悪魔的な笑顔とはこういう顔を言うのだろうか。
「あたし犯人わかっちゃった」
「え!?」
弥子の瞳が驚愕に見開かれる。
そんな弥子の反応を面白そうに眺めながら、少女は続ける。
「あたしは悪魔よ? 人間の悪事を暴くのなんかちょろいちょろい。悪魔のやる事に比べたら子供の遊びよ」
父の殺人事件を子供の遊びと言われむっとしたが、確かに悪魔から言わせてもらえば殺人事件等小さな事なのかもしれない。
「でさ、その事件担当してる竹田って刑事の電話番号わかる?」
「何かあったら連絡するようにって、一応連絡先は教えてもらったけど……」
「じゃあアンタの携帯貸してちょうだい。ちょっとソイツに伝えたい事あるから」
竹田刑事に伝えたい事。
犯人の手掛かりだろうか。
「でも、今はもう遅いし……」
「良いから早く」
有無を言わせぬ物言いに、弥子は渋々携帯を差し出した。
携帯に登録してある竹田刑事の番号にキャスターが電話をかける。
しばらくして、竹田刑事が電話に出た。
『もしもし。弥子ちゃんかい? こんな遅くにどうし』
「今すぐに弥子ん家に来な、桂木誠一殺しの犯人竹田敬太郎。ネタは上がってんのよ」
ピッ。
言い終えたキャスターは携帯を切った。
再び電話がかかって来たが、電源を切って無視した。
「ちょっと! 刑事さんが犯人ってどういうことよ!」
弥子が焦っている。
竹田刑事が犯人には思えないのだ。
「んじゃ、犯人がここに来るまで暇だし、この美少女名探偵エトナ様の名推理を披露してあげますか」
キャスターはそう言うと、悪魔的な笑みを弥子に向けた。
◆ ◆ ◆
「一体さっきの電話はなんなんだね?」
竹田刑事が桂木家に到着したのを、外で待っていた弥子とキャスターが出迎える。
そんな恰好では外に出せないと、弥子が着せたものだった。
「その子は?」
竹田刑事はキャスターを見て言った。
「あたし? あたしは通りすがりの美少女名探偵よ」
キャスターが笑顔で答えた。
竹田刑事は聞き覚えのあるその声に、困った顔を作る。
「君かい? 私を犯人だと言って呼び出したのは。悪ふざけが過ぎるなぁ……」
「だからさあ、証拠は上がってんのよ。今からあんたが犯人だって照明してあげるから、覚悟しなさい」
キャスターは不敵にほほ笑んだ。
弥子は不安そうに二人を見ている。
「まずはあの密室だけど、切った定規をつっかえ棒にする簡単なトリックだったわ。
窓のさっしに定規をはめて外から開かないようにする。偽りの密室ね。
で、普通密室殺人って被害者が自殺や事故で死んだと見せかけるものなんだけど、今回のは被害者が全身メッタ刺しでどう見ても殺人事件。
密室を作る理由がないの。じゃあ、こんな密室を作って得をするのは、一体誰かしらね?」
「それが、私だと言うのかい?」
「そうよ。どう見ても死んでますって死体を見たら、誰も下手に事件現場に入ろうとは思わないでしょ。
アンタは刑事って身分を使って、真っ先に現場に入りたい理由があったからこんな密室を作ったのよ」
キャスターは服のポケットから折りたたまれたハンカチを取り出し、竹田刑事に見せる。
「あんた、左目だけコンタクトをしてないわよね?」
竹田刑事が驚いた表情を作った。
見開かれたその両目には、確かに左目だけにコンタクトが入っていない。
「これがアンタが犯人だって動かぬ証拠。指紋や製造元からアンタの所まで行きつくわよ」
それを聞き、竹田刑事はフッ、と息を吐いた。
驚きの表情から、元の人の良さそうな顔に戻る。
「凄いな。よく、そんな小さな物を見つけてくれた。確かにそれは私のだ。現場で落としたかなと思ったたんだ……。捜査の時にね」
「へぇ。捜査の時に、ねぇ」
「そうだよ。だから私のコンタクトが落ちていたって──」
そこで、竹田刑事は美少女名探偵と名乗った少女がにやにやと笑っている事に気付いた。
弥子の方を見れば、信じられないという顔をしている。
自分は何かおかしな事を言っただろうか。
捜査の時にコンタクトを落として、それが現場に落ちていた。
だから自分が犯人であるはずが──
「この血まみれのコンタクト、アンタのなのよねぇ?」
「……!!」
キャスターがハンカチを開くと、中から血がべっとりと付着したコンタクトが姿を現した。
「おっかしいなぁ。捜査の時には床に飛び散った血は乾いていたのに、どうしてアンタのコンタクトが血まみれなのかなぁ?」
悪魔が一手ずつ犯人を追いつめて行く。
「答えは簡単。がコンタクトを落としたのは新鮮な血が飛び散った時だった。つまり、犯行時刻にアンタは現場に居たのよ!」
竹田警部に指先を向け自信満々に推理を披露するキャスターの姿に、弥子は驚きを隠せなかった。
キャスターの推理通り、竹田警部は落ちていたコンタクトレンズを自分の物だと言った。
その言葉を聞くまでは信じられなかった。
いや、今も信じられないでいる。
本当に、この人がお父さんを殺したのだろうか。
キャスターの追いつめも終盤に差し掛かっていた。
「多分、返り血が目に入った時にコンタクトが落ちたんでしょうね。
犯行直後、アンタはそれに気付いて探したけど見付ける事はできなかった。
現場で落としたんじゃないかもしれない、でももしも死体の発見者や他の警官に先に見付けられたら、アンタが捜査線上に浮かぶ事になる。
そこでアンタは見せかけの密室を作ったのよ。知らないフリして現場に行って、窓を割って鍵を開けるフリをしてつっかえていた定規をはずして中に入る。
自分が最初に現場に入れば、後になって誰かがコンタクトを見付けても、さっきアンタが言ってたみたいに自分のだって言って回収できるからね」
そして、キャスターが一気に畳みかけた。
「さあて竹田刑事! 説明できるかしら!? このコンタクトでアンタを犯人と決められないならその理由は!? 犯人が密室を作った他の理由は!?」
「うっ…あっ……」
竹田刑事は口をぱくぱくさせるだけで、答える事ができない。
自分は犯人ではないという否定の言葉すら出なかった。
「説明できないんなら……アンタが桂木誠一殺しの犯人よ」
竹田刑事は肩を震わせ、歯を食いしばっている。
「解いたのは……君か………。大した……ものだね………ここまで見抜いてしまうとは………」
その言葉は、犯行を認めるものだった。
弥子の信じていた気持ちも、泡と消える。
「なんで!?」
弥子が叫んだ。
これだけは訊かずにはいられなかった。
「なんでですか刑事さん? お父さんを……こんな!!」
「……そう。その表情だよ弥子ちゃん」
弥子の涙を湛えた顔を見ながら、竹田刑事が語りだす。
「刑事をやってるとね、一番よく見る表情は『不安』や『怒り』や『悲しみ』の表情なんだ。
……ふと気付いたんだ。私はそれらのネガティブな表情を見る事に……この上無い悦びを感じる人間だということに。
ふと気付いたんだ。刑事である私には人の表情を、私の愛する表情に『加工』する力があることに!」
語りながら、竹田刑事は本性を露わにし、その表情は舌を出した醜悪なものへと変貌していた。
「夜のファミレスで! 親子で楽しく食事をしている君を見て、一瞬で私は心を奪われた!!
そして思ったよ。この笑顔が、私の大好きな表情に変わるのを見てみたいと!」
「…………!! …そんな……理由で!!」
弥子の顔が険しくなる。
嫌悪と怒りと困惑が混じった表情だ。
「思った通りゾクゾクした。父親を殺された君の不安と悲しみとそれに耐える表情!!
同じ方法で何人もの表情を『加工』してきたが、君よりも素敵な表情は見れなかった!!」
竹田刑事が弥子に一歩近づく。
弥子は同時に身をすくませながら一歩後ずさった。
「さあ、もっと見せてくれ!! 君の怒りの表情を!! 悲しみの表情を!!!」
また一歩、竹田刑事が前に進んだ。
と、その進行を遮るようのキャスターが竹田刑事の前に立ちはだかりその頭を掴む。
キャスターの顔からはあの楽しそうな笑みが消えていた。
「アンタうざいわ」
「どけよ。彼女の表情が見れないじゃないか」
手で竹田刑事の顔を押さえつけながら、キャスターが弥子に尋ねる。
「マスター、コイツ殺しても良い?」
その声は氷のように冷たく、聞く者の背筋をひやりとさせるほど静かなものだった。
竹田刑事はそんなキャスターの手をどけて弥子の表情を見ようとするが、小柄な少女であるキャスターの手はまるで万力のように微動だにしない。
そこでようやく、竹田刑事は少女に恐怖を抱いた。
「だ、だめよ! 殺しなんて、そいつのやった事を同じじゃない!」
弥子がキャスターの問いに慌てて答える。
もしも私が「良いよ」と言えば、キャスターは躊躇い無く竹田刑事を殺すだろう。
「なぁんだ。つまんないの」
「な、なんなんだお前は!!」
竹田刑事は必死になってキャスターの手を頭から外そうとしている。
本気で力を入れているというのに、少しも動かすことができない。
「じゃあさ、殺さなきゃ何してもオッケーよね?」
言うと、キャスターは弥子の返事も聞かずに空高く舞い上がった。
片手で竹田刑事の頭を掴んだまま、その高度を上げていく。
「あ、ちょっと!!」
弥子が叫ぶが、もうキャスターと竹田刑事の姿は夜空に見えなくなっていた。
キャスターに掴まれたままも竹田刑事は目を丸くしてばたばたと暴れている。
「な、ななななんだ!?」
「はいはーい。暴れない暴れない。落っこちるわよ?」
話している間にも高度はぐんぐん上がっている。
次第に気温も気圧も下がってきて、風も強くなってきた。
竹田刑事は全身に鳥肌が立ち小刻みに震えているが、キャスターはどこ吹く風だと言わんばかりに涼しい顔をしている。
サーヴァントにとって、それ以前に悪魔にとってこの程度の風と気温では寒さの内に入らないのだ。
刑事の震えは寒さによるものなのか、住宅地が豆粒程の大きさになるような高度にいるためなのか。
おそらく両方なのだろう。
「た……頼む。私が悪かった。警察には私がやったと出頭する……。今まで私が侵した事件も洗いざらい吐く……。だから、どうか命だけは……」
「のやっすい命なんかに興味ないわよ。一応マスターにも言われてるしね……でもさ」
キャスターが悪魔的な微笑で刑事を見つめた。
これから面白いものが見られる、という表情だ。
「もう弥子の前に現れたくないくらい痛めつけておかないとねぇ? もしも刑務所出てきてまた会いに来られても困るしさぁ」
ぱっ、とキャスターが竹田刑事を掴んでいた手を離した。
竹田刑事は重力に引かれて自由落下を開始する。
なんの装備もしていない、普通のスーツ姿でのスカイダイビングだ。
落下の恐怖は元より、冷気と落下時に受ける風で体が凍りつき始める。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
と、その横をぴったりとキャスターが張り付くように落ちていた。
ただ落とすだけでは終わらない。
キャスターが何か人間には理解できない言語を呟き始めると、その右手に炎、左手に冷気が集められていった。
そして、二人の周りに暴風が吹き荒れ始めた。
竹田刑事がその暴風に巻き込まれ、上に下に激しく動き始める。
「た、助け……」
「えー何聞こえなーい」
キャスターの右手の炎が熱量を増し、左手の冷気が膨れ上がる。
「たっぷりいじめてあ・げ・る♪ メガファイア! メガクール!」
竹田刑事が巻き込まれる暴風の中に豪熱と氷気が流入する。
「あ……悪魔……」
熱気と冷気が激しく混ざり合う暴風の中で、彼は悪魔が現実に居る事を知った。
◆ ◆ ◆
二時間後。
警察署の前で謝罪と共に今まで犯してきた己の罪を呟き続ける男の姿が発見された。
男の名は竹田敬太郎。
警視庁捜査一課の刑事である。
衣服を一切身に着けておらず、髪の毛が少しばかり焦げ付いていた。
その顔は恐怖に引きつり、数十年は歳をとったようにやつれていたという。
◆ ◆ ◆
キャスターが空から帰って来た。
満足気な笑みを浮かべ、「どうよ」と胸を張る。
竹田刑事を連れていなかったのでどうしたのかと訊いたら、着ていたものを全部燃やして警察署の前に放置してきたらしい。
絶対それ以外にも何かしていたと思うけど、それ以上は訊かなかった。
「って私の服ぅ!!」
「あ、ごめんマスター、魔法使った時焦がしちゃった」
キャスターの着ていた私の服はぼろぼろだった。
焦げてるし氷が付いてるし生地が破れてるし……本当、何してきたんだろう。
キャスターは謝ったが、全然悪びれた様子が無い。
あれ? 私、マスターだよね?
「ちょっと弥子、玄関で何騒いでんのよ」
ドアが開き、お母さんが顔を覗かせた。
どうやら起こしてしまったらしい。
キャスターやお父さんの事件の事をどう説明しようかとキャスターの方を振り向くと、
そこにはぼろぼろになった私の服が落ちているだけで、誰も居なかった。
「……弥子?」
お母さんが心配そうな顔で私を見つめる。
慌ててどうにか会話をしようとした時、家の電話が鳴った。
「こんな時間に誰だろ……ほら、そんな所にいないで家に入りなさい」
そう言うと、お母さんは家の中に戻っていった。
電話に出るのだろう。
私はぼろ雑巾となってしまった自分の服を拾うと、キャスターがどこに行ってしまったのか辺りを見渡した。
すると、頭の中に声が響いた。
『霊体化してるから誰にも見えないわよ』
キャスターの声だ。
サーヴァントとマスターは口を動かさなくても意思の疎通ができる、と古文書に書かれていた内容を思い出す。
そういえば、この子の願いはなんなんだろうとふと気になった。
私の願いは『日常』を取り戻す事。
そのために、お父さんを生き返らせたい。
『ねぇ、あなたの願いってなんなの?』
『あたしの願い? あたしは退屈しなけりゃそれで良いんだけど……そうねぇ……』
しばらくの沈黙の後、キャスターが答えた。
『………クリチェフスコイ様を生き返らせたいかな』
『大事な人なの?』
『んー……心から尊敬できる方、ね。クリチェフスコイ様がいたから、今のあたしがいるわけだし。
あたしも、会えるならまた会いたいと思うから…………』
キャスターの声は、少し寂しそうだった。
445 名前:魔神【キャスター】 ◆FBLNANASHI [sage] 投稿日:2011/10/28(金) 21:03:37.15 ID:JzYjFZEp [13/18]
私もお父さんにもう一度会いたいとは思うけど、私のお父さんを誰が何の理由で殺したのかを知った今は、
それを理由に聖杯戦争なんて殺し合いに参加しても良いんだろうかと迷っていた。
でも、キャスターの願いを聞いて、決心した。
キャスターを呼び出したのは私だ。
だったら、その責任は果たさなくちゃいけない。
キャスターはお父さんの事件をいとも簡単に解決してくれた。
私は、この聖杯戦争でそのお礼をしようと思う。
聖杯を手に入れて、キャスターの大事な人を生き返らせてあげようと思う。
だけど
『キャスター。人殺しだけはやめてね?』
『えーっ。相手のマスターは狙うなってこと? マスターを狙った方が断然楽じゃん』
『それはだめ! 戦うのはサーヴァントとだけにして。でなきゃ私、令呪を使ってでもあなたを止めるから』
『………はぁ。わかったわよ。そんなことに令呪使われたらたまったもんじゃないわ。ま、他のサーヴァントを相手にしても負ける気はないけどね』
『ありがとう。………それじゃ、よろしくね、キャスター』
『よろしくマスター』
姿は見えないけれど、キャスターと少しだけ通じあえた気がした。
「弥子ー! ちょっと来て! 犯人が逮捕されたって今警察の人から連絡が───」
お母さんが呼んでいる。
さっきの電話は警察からきたものらしい。
キャスターが警察署に置いたという竹田刑事が発見されたんだろう。
私は家の中に戻ると、お母さんと事件の事やお父さんの事を話した。
ちょっとだけ泣いて、そして、何日かぶりに、ぐっすりと眠った。
聖杯戦争。
英霊を使役して殺し合う儀式。
私はその戦争に参加する。
失った人を、失った『日常』を取り戻すために。
こうして、魔神エトナと出会った私の最初の一日が終わった。
これからどんな敵と出会っても、エトナとなら……キャスターとなら戦い抜けると、確信めいた自信があった。
翌朝。
目覚めると居間でくつろぐキャスターの姿があった。
お母さんと一緒にテレビを見ている。
そして周りには見た事もないペンギンのような生き物達があちこち歩き回っていた。
その内の一匹はキャスターが座布団代わりにして尻に敷いていた。
「え……? キャスター? お母さんと何を……」
「あら弥子、どうしたの?」
どうしたの? じゃないよお母さん!
この状況に違和感はないの!?
「いや、あの、そこに居る……」
「? お姉ちゃんがどうかしたの?」
「お姉ちゃん!?」
お母さんがキャスターを指さして耳を疑うような事を言った。
私は一人っ子だし、当然お姉ちゃんなんていない。
「やっほーマスター。早くご飯作ってー」
何が起こってるのかさっぱりわからない。
目を丸くする私に向かってどういう訳かキャスターがご飯を要求してくる。
「朝食を作るんスか? お手伝いするッスよマスター」
部屋を歩き回っていたペンギンの一匹が私に話しかけてきた。
間違いなくキャスターの仕業だ。
それ以外に心当たりがない。
「ちょっとこっち来て!」
私はキャスターを掴むとお母さんから離し、お母さんに会話を聞かれない廊下の奥まで移動した。
後ろからは
「ひえーッス! エトナ様にあんなことしたらタダじゃすまないッスよ!」
「今はエトナ様じゃなくてキャスター様って呼ばなきゃいけないッス。気をつけないとエト……キャスター様に殺されるッス」
なんて話し声が聞こえてきたけど聞こえなかったことにする。
「キャスター、お姉ちゃんってどういうことよ!? それにあのペンギンみたいなの……」
「ああ、あれはプリニー。あたしの宝具兼家来ね。マスターのお母さんにはちょっと魔法で洗脳してあるから騒がれることはないわよ」
「なんてことしてるのよ!」
「良いじゃん別に。減るもんじゃあるまいし。体に害はないわよ?」
「そういう問題じゃ……っていうかなんで実体化してるの」
「だって霊体化してると暇なんだもん。せっかく人間界に来た事だし、満喫しないと」
キャスターは笑顔で悪びれもせずにそんなことを言う。
「弥子ー。朝ごはん作らないなら私が作るわよー?」
「マスター、お腹すいたー」
「待ってお母さんすぐ作るから! キャスターは食事なんていらないでしょ!?
っていうか私マスターだよね? なんかあなた私の言う事全然聞いてくれないんだけど……」
「そんな事ないってば奴隷人形(マスター)♪」
「今読み方がマスターなだけで奴隷的な意味がこめられてなかった!?」
「気のせい気のせい」
キャスターは笑いながら手をひらひらさせている。
言っても聞いてくれそうにないので、諦めて朝食を作る。
隣にはキャスターが召喚した、プリニーと言うペンギンみたいな悪魔。
なんでもキャスターに一日二十時間労働年中無休で働かされているらしい。
魔界には労働基準法なんてものはないみたいだ。
同情するしかない。
「そうそう、プリニーの取り扱いには注意してね。投げたりすると爆発するから」
「爆……!?」
いつのまにか我が家は爆発物がうろつく危険地帯になってしまっていた。
こうして、私とキャスターの生活がスタートしたのだった。
……令呪、使っちゃおうかなぁ……。
「マスター、勝手に令呪使ったりしたら殺すからね?」
マスターである自信を失いながら、私は朝食作りを再開していた。
◆ ◆ ◆
次回
予告
【エトナ】
「美少女名探偵には事務所が必要!
事務所を譲ってもらおうと助手の弥子と共に早乙女金融にやって来たエトナ!!
そんな二人に、不可解な殺人事件を話しだす事務所のヤクザたち!!」
【弥子】
「あれ? 聖杯戦争は?」
【エトナ】
「こんな事件なんて朝飯前よ!
一人一人火あぶりにして問い詰めれば即解決♪」
【弥子】
「推理しないの!?」
【エトナ】
「次回『美少女魔神探偵エトナ』第2話
「死【さらばやこちゃんきみのことはわすれない】」
新しい助手を探す、エトナの旅が始まる……」
【弥子】
「私死んだ!?」
【プリニー】
「この次回予告はフィクションっス
本編とは一切関係ないッス」