Servant dance with slave


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その日は、紅く染まっていた椛が枯れそうになる、秋の終わりを予感させる季節だった。
日本、冬木市。訪れる寒さへの備えをする人々の群れがあちこちに点在している。
そんな町の中でも高層ビルの建ち並ぶ『街』の、更に天辺。

「諸君、遂に時は来た」

一際大きな建物の最上階に、厳かな男の声が響いた。

「それでは、今年がその」

男の周りには老人達が居た。
60代のでっぷりした小男、杖を手にした90近く見える翁。
その他にも5人近くが、会議室の席につき真っ正面に座る外国人の男に真剣な視線を向けていた。
正面の男は、枯れ木に威厳を持たせたようなこれまた老人だった。
しかし、周りの有象無象の老人を「腹に一物持った老獪な大臣」とでも表現するならば
彼だけは「傲慢さを隠すことなく中心に君臨し続ける老王」と評すべきほど雰囲気が違う。
器が違う、と言い換えても良いだろう。枯れ木のような男がこの会合の中心人物と見てまず間違いない。
正しく家臣と君主のような力関係を持つ彼らを少し離れて見るのは、スーツを着こなした女秘書だ。
彼女は誰にも気付かれぬようそっと窓まで近づき、カーテンを閉めた。

「今年、この冬木で聖杯戦争が行われるのですね」

「そうでなければ、わざわざこんな辺鄙な国まで私自ら出向くなどあり得ん」

「仰るとおりで」「それはもう」「有り難いことです」

母国を虚仮にされた老人達は、しかし男の機嫌を取ることにしか興味がないらしい。
彼らに愛国心というものは存在しない。望みは保身、名誉、金といったところか。
明日日本が滅んでも、自分たちの権益さえ変わらなければ何も変わらない一生を送るに違いない。
全く操りやすい手駒だ、と男――――セラード・クェーツは内心で嘲笑した。
己の持つ奇跡を餌に釣った老人達は、これでもこの冬木の所謂重鎮らしい。
治安を守る警察署の署長までもがこちらについているというのは、笑うべきところなのだろう。

「今宵は我らの悲願、世界を手中に収める計画の記念すべき第一歩を踏み出す日となることだろう。
私の偉業を認めぬばかりか、時計塔から追放したあげく異端として抹消しようとする教会の下衆どもに鉄槌を下す。
そして、聖杯の奇跡により私はこの世界の頂点に立つ。尽力した貴様らにはそれ相応の椅子を用意してやろう」

おお、とどよめく冬木の中心人物達。
嘘か誠か涙を流すもの、感謝の意をマシンガンのように発するもの。
みな、等しくセラードの言葉を鵜呑みにし、自分たちが始末される可能性など爪の先ほども考えていない。

「それでは、これより降霊の儀を行う」

老人達の座る椅子で囲まれた会議室の真ん中には、既に魔法陣が描かれていた。
このビルの持ち主、右から三番目の席で汗を拭いている老人の部下達がこちらの指示通りに用意をしておいたらしい。
意味も分からず社長の指示で生き血を床に塗りたくる作業は、さぞかし馬鹿らしかったことだろう。哀れみさえ感じる。
勿論、そんな部下達は数日後に不幸な事故で亡くなる予定なのだが。隠蔽は完璧に行わなければならない。

「エニス、あれを持て」

呼ばれた女秘書が足下にあった大きなトランクをセラードの前に置く。
机に置かれたトランクはその在り来たりな外見に見合わず、生半可な魔術が直撃しても壊れることのない特注品だ。
セラードは厳重にかけられた四重のロックを順々に鍵で開け、その奥に封印されていた箱を取り出した。
その箱にも魔術的な札が幾多にも貼られており、彼以外の人間が触れた場合命を落とすことになる。
中に入っているのは

「それが……うっ!」
「――触媒だ」

クロバネ。

禍々しい『気』が、一番近くにいた老人の意識を刈り取った。
他の老人達も襲い来る寒気、頭痛に呻き、みな一様に畏怖をソレに向ける。
百戦錬磨の殺し屋に殺意と銃口を向けられたような、錯覚。
ソレは、悪意を顕し、害を為し、災いを引き起こすと、ヒトとしての本能が叫んでいる。
今すぐここから逃げ出したいと、常人なら誰もが思う、そんな代物。
しかし、セラードは隣で泡を吹いている男を完璧に無視し、そのクロバネを掴んでみせた。

「貴様ら如きの凡夫にも感じるものがあるだろう?
これは私が世界各国を探し回り見つけた、最高の聖遺物だ。
入っていた棺には『我らの神、ここに眠る』と印されておった。
創世の幕開けに相応しい、ヒトを超越した神が我らを勝利へと導くだろう」

スーツを着た秘書は敬うようにゆっくりとハネを受け取り、陣の正面に配置された机に配置した。
そのまま、彼女は詠唱を開始する。
これには、別の意味で周りの老人達がざわついた。
彼女の手の甲に刻まれた令呪になど、全く気付いた様子もない。

「セ、セラード様。貴方様がマスターとなるのでは」
「恐れながら、あのような女よりも貴方様の方が」

不安に思わず口を出してしまう老人達を、セラードは

「無能共が」

言葉の刃で切り捨てる。

「貴様らの頭に入っているのは蛆か?蠅か?碌に考えもせず囀りおって。
何故私がこの大事にあの女、エニスを連れてきたと思っている。
今日のために『作った』アレを、ここで使わずどうするというのだ」


黒いスーツを着こなした女秘書、エニスは。


ホムンクルス(人造人間)である。



♀♀♀


私は、この日のために生きてきた。
いや、生かされてきた、と言い換えた方がニュアンスは伝わりやすいかもしれない。
私は生まれる際に聖杯に選ばれるように様々な『調節』を行われ、生まれてからは魔術に関する知識を叩き込まれた。
セラードが『喰って』得た戦闘技術も与えられ、実地演習という名目で、セラードを異端として殺しに来た代行者を殺したこともある。
セラードの細胞を触媒として作られたこの身は、彼の戦闘能力を十分に受け継いだということだろう。

母はいなかった。推測になるが何処かから攫ってきた女性の細胞を使い、その後殺したのだろう。
寂しいという感情は生まれなかった。私に母がいたという実感もあまり沸かなかった。
そもそも、情操教育などの要らない情報は極力カットされてきたので、私が母という概念を知ったのは生まれたからずいぶん経った後だったからだ。
メディアが発達した時代に隠し通せることではなかっただろうが、それでもセラードは「母」という存在、
そればかりか「愛情」や「友情」などを極力教えないようにしていた。

彼はホムンクルスに自我が生まれることを厭っていたのだ。

余計なことを口走った『兄弟姉妹』はみんな殺された。
私は「悲しい」という感情をそこで初めて知り、――そして心の奥底に封印した。

人形のような私だが、死ぬのは、嫌だった。

この気持ちさえも、自我なのかも知れないが。


そして、この瞬間。


「貴様がマスターか」


私は、死の目前にいた。


主、セラードは目の前で肉塊になっていた。
周りの老人達も似たような有様で、血の香りが閉じきられた部屋に充満している。
惨劇を作り出したのは、どう見ても私が呼び出したサーヴァントだった。

「俺に従え」

金髪に少し黒が混ざっている、変わった髪の男だった。
その眼差しは私を家畜、下手をすればそれ以下としか見ていないように感じる。
その手は白く歪なカタチをした刃と成っていた。
一瞬で私以外を切り刻んだのはこの武器――この場では凶器と言った方が似つかわしいように思う――だろう。

「従わなければ、殺す」

死にたくない、と素直に思った。
膝が震えている。呼吸がしにくい。唾を大きく飲み込む。
この日のために生きてきて他に何もない私だが、生物として生存本能は持ち合わせているようだった。
いくら機械のように育てられ、扱われてきても、そんなことで死の恐怖を乗り越えることは出来ないらしい。
ああ。確かに、私は今死にかけている。危機に瀕している。
しかし、それはサーヴァントの持つ刃によるものではなく――。



「なるほど、大した力だ」


肉塊が、声を出した。


「私でも反応するのがやっとで防御が間に合わん。
さすがは最優のサーヴァント――セイバーだ」

「面白くもない手品だな」

飛び散った血しぶきが、ズズズと蠢き出す。
落ちていた誰かの腕は、誰かのもとへと意志を持つように動き出した。
肉が、脂肪が、目玉が、爪が、髪が、骨が、血が。
戻っていく。所有者の許へと返っていく。

セラード・クェーツは、不死者だ。

「この力を見て大した反応もないとは、流石は神と崇められていた男だな。
そこの馬鹿共はこぞって這い蹲り、私に不死をねだったものだが」

「たかが再生能力の一つや二つ、珍しくもない」

セラードが冬木の権力者達を傘下におけたのは、この力によるものと言って良い。
奇跡を見せ、お前にも力を与えてやるから手を貸せ、と。
こういう具合で、彼は配下を増やしながら力をつけていった。
この不死にはいくつか仕掛けがあり、まずセラード以外の人間は不死身だが不老にはなれない。
さらに、セラードはその『出来損ない』の不死者達を一方的に『殺す』事が出来る。
結果として、餌に群がった虫達は彼の忠実な下僕となる。
死から遠ざかろうとセラードに近づき、結果として死を恐れ彼に服従するのだ。

元々、不老不死の術は彼自身が編み出した秘宝ではない。
発端は数百年前に遡る。
同じ志を持つ仲間とともに彼は大陸を渡り歩き、最終的に願いを叶える悪魔の召還術に手を出した。
そして、その悪魔との契約によって得た『不死の酒』を飲むことでセラードは不老不死となったらしい。
その後、異端として教会に追われながら研究を重ね、不老ではないが不死となる酒までは開発出来た。
あとはその『出来損ない』を使い冬木の権力者達のような配下を増やし、完全なる『不死の酒』を作るために各地で研究を続けている。
だから、正確に言えば聖杯戦争への参加は横道に逸れたものであって彼の本懐ではない。
何百年も生きている彼にとって、せいぜい『成功すれば御の字』レベルの実験なのだ。
成功すれば世界を牛耳るという願いが叶うし、失敗しても大した損害はない。ローリスクハイリターンだ。
そもそも、不老不死の身である彼からすれば時間などいくらでもあり、今回が駄目でも次回がある。
だからこそ、自らがマスターとはならず忠実なるホムンクルスを使って実験を行うつもりなのだろう。

それと、彼は絶対に否定するだろうが。
聖杯に選ばれた優秀なマスター、もしくは超常の力を持つサーヴァントならば『不死者を殺す』ことも出来るかも知れないという懸念もあったのだろう。

「滑稽だ」

その懸念が、早くも現実となりつつあるらしい。
セイバーの周囲に、正体不明の力場が発生する。見たこともない巨大な力の塊だ。
魔力パターンを照合。該当無し。完全にロストテクノロジーな産物らしい。
こんなものが開放されれば、少なくともこのビルそのものが吹き飛びかねない。
ようやく再生を終えた老人達が、ひいひい言いながら我先にと部屋から逃げ出した。
サーヴァントは残忍な笑みを浮かべながら老人を見据え、セラードは金髪の男に侮蔑の視線を帰す。




私に分かることは、セラードとセイバーはどう考えても良好な関係を築くことが出来なさそうだと言うこと。
少なくともセイバーはセラードを殺すことが出来ると思っていること。


それと。


「愚か者が」


「あっ………………」


私が死ぬかも知れない、ということ。


「存分にやってみるがいい。己のマスターがいなくなっても良いというのならばな」


セラードは私を『作る』際に色々と手を加えている。
分かりやすいもので言えば不死。私も、セラードのように死なない身体になっている。
セラードの細胞を使って生み出された私は、彼の分身とも言える存在なのだ。
そして、その副産物として――――。

「私の意志一つで貴様のマスターは細胞を破壊され、死を迎える。
私が死ねば、同様にこいつも死ぬ。そういう風に『作って』ある。
一番最初の脱落者は最優のサーヴァント、セイバー。死因は、自らの手によるマスター殺し。
なるほど、確かに――――滑稽だな?」

もしかしたら、セラードはこういう事態をも想定していたのだろうか。
彼にとってセイバーも、私も、聖杯戦争という儀式さえも、無限の寿命の中でいくらでも替えの効く存在なのだ。
気に入らなければ壊してしまえばいい。また新しいモノを作ればいい。
セラードは私という個体に、何の執着も未練も持ち合わせていなかった。

私のからだが、崩れていく。
操り人形の糸が切れたかのように、自由が奪われていく。
倒れ込んだ先の地面を冷たいとは思わなかった。ただ、痛かった。
既に体温が失われつつあるのだと他人事のように考察する。
セラードは、本気だった。

「セイバー……靴を舐めろ。それで今回のことは不問とする」

薄れゆく意識の中で、私はぼんやりとセイバーの視線を感じた。


彼の瞳に映るのは……激情だったか、諦観だったか、殺意だったか。



それとも――――憐憫だったか。



♂♂♂



「しばらくは、ここが私達の拠点となります」
「…………」

ホテルの一室で、私は生を実感していた。
どう見ても機嫌が悪いセイバーと一緒なのは些か命の危機を感じるが、それ以外は何の異常も見受けられない。
今日のために『作った』私に少しは期待をしているのか、興味や研究のためなのかは分からないが。
セラードは私を通して、少なくとも今回の聖杯戦争の様子を見るつもりにはなったようだ。
そう正直に話すと、セイバーの機嫌は更に悪くなったように見えた。
本当に靴を舐めたのかは……定かではない。ずけずけと聞くような蛮勇を私は持ち合わせてはいない。
そして、そのセラードは他のマスターやサーヴァントを恐れているのか別行動を取っている。
私と一緒にいれば嫌でも聖杯戦争に「参加」しなければならないので、その判断は正しいと言えよう。
それに、彼は彼独自に動き他マスター達の情報などを集めているのかも知れない。
冬木の権力者達を配下に置いたのは、彼らを使いこの戦いを有利に進めるためでもあるのだから。
いずれにせよ、近いうちに彼から指令が届くのだろうが、今は待機するほかない。

ぽふっ。

ベッドに横になる。セラードと別行動になるのは久しぶりだ。
ふかふかの毛布を実感できることが、生きていることが、少し嬉しかった。

「貴様は」

「はい?」

そんな私を見て舌打ちを隠しもせず、セイバーはイライラした口調で私に問いかける。

「あの屑に使われることを、なんとも思わないのか」

「……」

「ヒトの都合で作られ、使い潰され、挙げ句の果てに殺される。
貴様は…………それで良いのか」

考えたこともなかった、と言えば嘘になる。
しかし、考えたところで現実が好転するわけでもないし、その発想は危険だった。
私は聖杯戦争のために作られ、使われ、運が悪ければ殺される。
そういう存在なのだと思いこむことで、私は自我を表に出すことなく今まで存在を許されてきたのだから。
今この瞬間だって、セラードはどこから使い魔を使い目を見張らせているのか分からないのである。
余計なことは口走るべきではないし、ただ黙々と主人の命令を聞いていればいい。


「私はセラード様から、逃げられません。そういう運命なんです」


にも関わらず。
どういうわけか、私はそんな危険な言葉を、発していた。



「例え地球の反対側に逃げようともセラード様は指一つ動かすことなく私を殺せます。
逆に、私はセラード様を絶対に殺せません。だから……仕方ないんです」

セラードとの事務的な会話以外を、ずいぶん長い間してこなかったように感じる。
私には、頼れる仲間も甘えさせてくれる母もいなかった。
だからだろうか。こんな弱音を、本心を、出会って間もないサーヴァントに打ち明けてしまったのは。

そして。

この弁明は、私の本心からの言葉だったのだろうか。
今まで寡黙だったセイバーが、熱を持って私と向き合っている。
何かを思い出すかのように顔を歪め、真剣な眼差しで私を見つめてくる。
その事実に、長い間凍っていた私のココロが、突き動かされなかったと断言できるだろうか。

私は、何かに

「聖杯がある」

期待しては、いなかったか。

「私の動向はセラード様に逐一報告する義務があります。
使い魔も幾多に張り巡らされ、聖杯戦争の情報は彼にとって筒抜けと言っても良いでしょう。
仮に勝ち残ったところで……聖杯を手にするのは私ではなくセラード様です」

「そんなことは聞いていない」

つまらなそうなセイバーの声。いや、違う……怒っている。
セイバーが近づいてくる。比較的広いホテルの一室とはいえ、ものの数秒で私と彼の距離はゼロになる。
反応に困った私は、顔を背けた。これ以上はいけないと、態度で示す。
しかし。

「あっ…………」

心の距離さえも何の障害にもならないといった風に、セイバーはベッドの上の私を押し倒した。
熱い。身体が密着しているせいなのか、その他の要因のせいなのか。どうでも良い。
吐息がかかる。綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。偶然なのか故意なのか、私の首に彼の手がかかった。
何故か、怖いという感情はなかった。不死であるということを考慮の外に置いても、そういう感情は一切抱かなかった。
そして、彼の口から紡ぎ出される言葉は、

聞きたくなかった、

聞きたかった、

禁断の、問答。





「貴様に願望は、ないのか」



その問いかけに、私は―――――



「―――――自由になりたい」



それは、私が生まれて初めて外に発露した『自我』だった。
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