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2003年7月25日~8月25日

笑う富士山フェスティバル




富士山麓は山梨県上九一色村村にて行われた『笑う富士山フェスティバル』にて、日球ドームを出展した。

このまつりは、東海地震が起きるまでの間、浜岡原発を止める事をテーマに生命の大切さを訴え、全国からたくさんの人達が集まった。長期間の開催によって、参加者が互いの親睦を深めながら、生活するという試みは、まるで次代のコミュニティ像を思わせる不思議な空気感が漂っていた。

このまつりのまつりと思えぬ日常性は特筆すべきであり、現代に失われつつあるコアな部分が、一つのコミュニティの中で展開されていた。私自身、上海から戻ってからの10日間を、このまつりの中で過ごし、たくさんのヴィジョンと貴重な仲間を得た。

原発という巨大発電システムという20世紀の産物は、私達の生活の一部となっており、その巨大さゆえに、権力体が介入している。

それは、この日球革命プロジェクトという視座から眺めてみても、目を背ける事の出来ない事柄であり、自分の意志表示として日球ドームプロトタイプをこのまつりに寄付した。



その後、このまつりの主催者の意向で、近接する富士宮市のえいちの村に寄贈された。



上海で製作した現行モデルは、このまつりの会期中である8月20日頃、清水港に到着し、すぐに持ち込み設営した。多くの方から好評を得て、その後の展開へとつながる良いプレゼンテーションの場となった。

前作の日球ドームプロトタイプと比較して、まず最も改善されたのは、組み立て時間の短縮である。2人(経験者含む)で作れば、約1~2時間で組み立てられるようになった。それ可能としたのは、ジョイントをワンタッチ差込式にした事による効果が大きい。