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流血少女エピソード-阿鼻狂華-





■阿鼻狂華エピソード「仕方のないこと」


「せんぱいがたあーっ! 最後の一枚、いきますねーっ!」

「「「 はーい! 」」」

 冬空に少女たちの賑やかな声が舞う。
 淡雪と白と頬に差す朱のコントラストを、写真部所属にして卒業アルバム製作委員、
 私立妃芽薗学園二年の阿鼻狂華が覗きこむファインダーが捉える。

「三、二、一」

「1たす1わあーっ!?」

「「「 2ぃーっ!! 」」」

 フラッシュが瞬き、しばしの余韻。
 狂華は愛用のカメラ「EOS式一八○○万画素加農」を下ろし、隣で同じくカメラを
 下ろした相方と頷き合ったのち、ぺこりとお辞儀した。

「以上です。お疲れ様でした」

「おっ疲れ様でしたあーっ! 狂華せんぱいも、ささ、どうぞ!」

「ん」

 狂華の傍で忙しなく動き回るのは、後輩の粟島五十乃(あわしま いその)である。
 小柄な狂華よりも背丈は高いが、元気で人懐っこく小動物めいた印象を抱かせる少女で、
 今も狂華にタオルを渡したり、寄ってくる三年生に対応したりとせかせか働いている。

「ねえねえ、綺麗に撮れてる?」

「あっ、ダメですよお!
 せんぱいがたの御美貌の程は、アルバムが完成してからのお楽しみです!」

 きゃいきゃいと、姦しく騒ぐ少女たち。
 とはいえ、それも仕方のないことであろう。

 妃芽薗学園は、今年、初めての卒業生が誕生する。
 卒業アルバム製作委員たちは「初めての卒業生を最高の笑顔で卒業させてあげよう!」
 との思いで一致団結し、狂華も撮影班として五十乃と共に、毎日多くの笑顔を写真に
 おさめる日々を送っている。

 『血の踊り場事件』『ハルマゲドン』『葉隠事件』『雪椿事件』――――
 様々な障害を経て訪れた平穏。
 卒業を控え、このまま無事に高校生活を終えることを望む三年生たちの祈りは、
 そっくりそのまま、卒アル委員の皆の願いでもあった。

「じゃあさじゃあさ、次はウチら撮ってよ!」

 部活動ごとの集合撮影も、今のニンジャセッション部で最後だ。
 二人は自由撮影に移ろうとし、三年生たちも仲良しの子に連絡を取ろうとしている。

「はいはい、しばしお待ちをー! ほらほらせんぱい!」

「ん……」

 その時、狂華の胸ポケットが震えた。メールの着信を知らせるバイブレーションだ。
 同様に震える胸を鬱陶しく感じながら彼女はスマートフォンを取り出し、画面を覗く。
 ……と、少女は微かに眉を持ち上げ、鼻を鳴らした。

「せんぱいー? どーしたんですか?」

「粟島、ちょっと任せた」

「もおー、せんぱいってばあー!
 粟島じゃなくて五十乃って呼んでって言ってるじゃ――――、はい? 任せた?」

 五十乃の言葉を背中で聞きながら、狂華はカメラや機材を持って何処かへ消えた。
 残された少女は釈然としないながらも、自らの役目を果たすべくカメラを構える。

 仕方のないことであった。
 阿鼻狂華には、人には言えない秘密があるのだから。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「部活を作るわよ!」

 その頃、希望崎学園では、唯我独尊の蜂使い少女・埴井葦菜(はにい あしな)が
 いつもの如くに突拍子もないことを叫んでいた。
 既に放課後――――教室には、彼女と、もう一人の少年しかいなかった。

「えと、部活って?」

 言葉を返すのは、背丈が小さく、一見すると美少女と見紛うこともあるだろう
 同じクラスの少年・一一(にのまえ はじめ)である。
 彼は葦菜と仲が良く席も前後同士なためか、こういうことによく巻き込まれるのだった。

「この前、軽音部のライブを手伝ったんだけどさ」

 その話は一もよく知っている。
 そこそこ話題になっていたし、彼の姉・一四(にのまえ あずま)も現場にいたためだ。
 さらには四の証言により、葦菜はライブを手伝ったというよりも乗っ取ったと表す方が
 適切であることも知っていたが、触らぬナニになんとやら、敢えて言いはしない。

「やっぱ部活の発表とかって盛り上がるモンなのねえ。すんごい賑わいだったわ」

 その賑わいも、同じく学園の問題児・ダンゲロス子が力づくで集めてきたことを
 知っていたが、やはり以下同文である。

「で、よ。ちまちま学園の問題事を解決してるよりも、部活でもやってドーンと
 目立つことした方が効果的なんじゃ! ……って思ったのよ!」

「ああ、うん」

 自分が目立つこと・他人の視線を集めることが大好きな葦菜は、たびたびこのような
 よく分からない暴走をすることがある。

「メンバーはあたしとあんたでとりあえず、ふ、二人ね! でっ、他に必要なのは……」

 一は自分ではブレーキ足り得ないことをよく分かっているのか、勝手に頭数に
 入れられていようとも下手に反論したりはしない。
 ただ、やるからにはきちんとした手順を踏まないと、との思いがあるのか、

「でも埴井さん。確か部活の新設には、いろいろと規約があったはずだけど……」

 生徒手帳をぺらぺらとめくりながら言う。
 頬を若干赤らめながら捲し立てていた葦菜も不機嫌そうに口を噤む。

「規約、って……こんだけわけ分かんない部活が跋扈してんのに、規約もクソも
 ほんとに機能してんのかしら。いらん時ばっかり働きやがるわね、生徒会の連中」

 ぷりぷり怒る葦菜だったが、しかし規約が存在する以上は従わねばならぬ。
 申請書やらなんやらの手続きには疎い二人であったが、一がそれらに詳しいであろう
 知り合いを連れてくると言って退室したため、葦菜にはしばし一人の時間が訪れた。

(ふふ……これでまんまと部活を作れれば、あたしの栄光は学園中、いやさ世界中に
 轟くわ! そして希望崎学園はあたしを讃えるモニュメントと化し……そう!
 あたしは『ロード・オブ・キボウサキ』として! 後世にまで語り継がれるんだわ!)

 夢想の中の己の覇道に、折角の美人が台無しの気持ち悪い笑みを浮かべる。
 そしてややあって、再び顔を赤らめる。

(も、もし、他に部員が増えなかったら……あたしと一の二人っきりじゃない!?
 あ……あんな変態と二人っきりとか、ホントは全力で願い下げなんだけど、
 でも、ふ、不可抗力なら仕方ないわよね……! 不可抗力だから仕方ない!)

 半ば自分に言い聞かせるように、もしかすると最も重要かもしれない事項を確認する。
 噛み殺しきれぬ笑みが口角を持ち上げ、抑圧とのせめぎ合いでぷるぷると震える。

「べ、別に一と二人っきりなことが嬉しいんじゃないんだから!
 従順な使い走りが確保できたことが嬉しいんであって……って、結局あいつじゃない!
 違う、そうじゃなくって、えーっとえーっと……!」

 教室に一人、葦菜が身を振り手を振りわちゃわちゃと言い訳じみた独り言を繰り返す中、
 扉がガラリと開き、一が戻ってきた……協力者を連れて。

「お待たせ……って、ど、どうかしたの?」

「なっ、何でもないわよ! 蚊よ、蚊!」

 見られた羞恥で頬の赤みを増しながら誤魔化そうとする葦菜だったが、

「蚊の活動時期は主に夏よ。冬場はほとんど現れないはずだけど」

 ぴしゃりと指摘され、思わずそちらを見る。
 規則正しい丈のスカート、シンプルな眼鏡、漆黒の長髪、広がるおおきな額。
 『生真面目』のイデアを宿したかのような少女――――護身術部部長兼風紀委員、
 そして葦菜と一のクラスメイトである、守口衛子(もりぐち えいこ)であった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 屋上に出た狂華は、およそ三カ月ぶりにその連絡先にコールした。

「どうも」

『ああ、久し振りだね』

 相手はしわがれた声の男性だった。
 狂華にとっても聞き覚えのある声は、この妃芽薗学園に通う狂華のクラスメイトにして
 現役アイドル・歌琴みらい(かこと-)のプロデューサーをしている初老の男である。

 この男とは以前、みらいがデビューシングルをリリースする際、特典につける
 校内生写真の撮影を依頼された縁があった。
 妃芽薗に事務所のカメラマンを派遣することが適わなかったところに、みらいからの
 推薦があったのだ。

「また、撮影ですか」

『そうだね。だが、対象はみらいではない。……そして、“表”じゃなく“裏”の方だ』

 裏。
 男からのメールにもあったその言葉に、狂華は幾許かの懐疑心と、期待を抱く。

「それは、どこで」

『私の情報網を舐めないで頂きたいね。で、依頼の方は、受けてくれるのかい?』

 この男は、正直言って胡散臭い。
 本来なら絶対に関わり合いになりたくない様な類の臭いを狂華は敏感に感じ取っていた。
 だが、それでも――――依頼されてしまったからには、仕方ないのだ。

 狂華は鼻を鳴らし、幽かに笑みを浮かべる。
 獰猛で淫靡な、悪魔じみた笑み。

「受けましょう」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「……御丁寧にどうも、守口サン。風紀委員とかナントカ部とか、お忙しいんじゃなくて?」

「……御心配には及ばないわ、埴井さん。貴方達に任せて何か問題が起きた後では、
 もっとお忙しくなるでしょうからね」

 両者は目を合わせた瞬間から、激しい嫌悪感を抱き合った。
 それは、学園の秩序を守る風紀委員と学園の秩序を乱す問題児の宿命か。
 はたまた、それら因縁を越えた、女の勘とも言うべきナニカによるものか――――。

「これが部活動新設の申請書。申請せずに活動している連中もいるけれど、こういう
 手続きはちゃんとしておいた方が、後々面倒がなくていいわ」

 衛子がプリントを一枚、ひらりと机に置く。
 部の名称、部長、現部員数、活動内容など、書くべき項目の多さにげんなりしつつ、
 それでも壮大な覇権と少しの乙女心のため、やるしかないかと席に座りペンを握る。

「部活動はかなり自由に行われてるから申請が通らないことはないでしょうけど、
 一応、部員数が少なすぎたり活動内容が不適切だったりすると幾つか質問をされる
 こともあるから、そこだけ注意した方がいいわね」

「そりゃー実にめんどくさい話ね。……じゃあ、まず部員は、あたしと、一」

「それに衛子ちゃんで、とりあえず三人だね」

 何気ない一の発言に、葦菜の眉はピクリと動く。

「…………あたしと、あんたと、……この女……?」

「人を指すのは失礼よ。芸能人がそれでやっていけるのかしら」

 わなわなと震えながら焼くような視線を向ける葦菜と、対照的に冷やかに見返す衛子。
 そして一は、もしかしてなにかとんでもない地雷を踏み抜いてしまったかもしれない、
 と気付き始めていた。

「あんた、別の部活の部長やってるんでしょ!?」

「部の掛け持ちは校則で認められているけれど?」

「ふ、風紀委員だってやってるじゃない! 忙しくて顔出す暇なんてないんじゃないの!?」

「確かに大変でしょうけれど、アイドルをやってらっしゃる貴女程ではないはずよ」

「ぐぬぬ……!」

「それに、言ってる通り貴方達学園の問題児だけ集まった部活動なんて、危なっかしくて
 とてもじゃないけど見過ごせないわ」

「なっ、なんですってぇ……!」

 灼熱と絶対零度の舌戦。
 割って入ることもままならず、一は二人のやり取りをあたふたしながら見守るのみ。







(ぐっ……この女、上から目線で好き放題言い腐りやがって……!
 もしかしてあたしの覇道を横から奪う腹積もり!? いや、むしろ――――)

 葦菜はちらりと一を見る。

(この二人を二人っきりで活動させて、何も問題が起こらないはずがないわ……。
 例えば、そう……学園の風紀を乱すような、いかがわしい行為とか――――)

 衛子はちらりと一を見る。

(べ、別に一をどうされようがあたしにはこれっぽっちも関係ないけど――――!)

(ふ、風紀違反者が一くんだからといってどうということもないけれど――――!)

 そうは思いつつも、しかして乙女のプライドは頑なに燃え盛り、あるいは凍てつく。

( ( ここだけは、絶対に譲れない――――! ) )

 両者の間に激しい火花が飛び散る中、ようやく一は蛇に睨まれた蛙めいた竦みから
 解放され、事態を鎮静化せんと口を開く。

「ち、ちょっと……埴井さんも、衛子ちゃんも、落ち着いて……」

 ――――その言葉が、火に油を注ぐ結果になるとも知らず。

「なっ……!」

 葦菜の怒髪が天を衝く。
 この時の埴井葦菜の激昂は、本日最大級のものであった。

「なんでこの女は『名前+ちゃん』呼びなのにあたしは『苗字+さん』呼びなのよーっ!!」

 葦菜の長い脚から放たれた怒りのハイキックは一の側頭部に鋭く突き刺さり、
 断末魔の叫びすらもあげさせることなく彼の意識を刈り取った。

「ちょっ……一くん!?」

「あっ、ヤバッ……! つい……」

「きゅう~…………」

 机を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされた一は完全に伸びていた。
 乙女の怒りを纏ったハイキックの威力の高さたるや、尋常のものではなかった。

 なお、この後、二人は『どちらが(仕方なくも)一を介抱するか』でまたひと悶着を
 起こすのであった――――。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 狂華が諸々の準備を整える間、男は時間潰しに現状についてを語っていた。
 曰く、みらいの専属のコーチが何者かに殺されてしまったために彼女の歌唱力が
 頭打ちになってしまい、これまでも僅差で競り負けていたライバルに、遂に完全に
 勝ち目がなくなってしまった、と。

『そこで君の出番だ。“彼女”の人気を失墜させるため、その力を借りたい』

「あい、あい」

 生返事をしながら、本当のところ、狂華には理由などどうでもよかった。
 みらいとは公では仕事相手、私では友人である。応援はしているし、ライバルに
 勝てるならそれも嬉しいことだと思う。

 だが、それはせいぜいが二番目や三番目に重要なことである。
 一番大事なのは――――。

「……完成」

 そこにいたのは、一目ではカメラと分からぬ代物であった。
 黒金の車輪が獣の爪の如くに地を掴み、土台の上に鎮座するカメラからは、
 あたかもカノン砲の砲身を想起させるような超特大の望遠レンズが伸びる。

 EOS式一八○○万画素加農、その真の姿。
 普段はごく一般的なカメラでしかないが、狂華の禍々しいカスタマイズによって
 恐るべき正体を露わにする。

 撮影射程、驚異の26,200m――――!
 これ程の超長距離にして、マクロ撮影もかくやという非常に精緻な写真。
 巨大すぎるレンズは、風による揺れなどもお構いなしで撮影可能である。

 その秘密は、長大なレンズに搭載された違法調合ブラックパウダー「壱岐」にある。
 多くの禁止指定鉱物がこれでもかとぶちこまれたそれは、奇跡的な化学反応により
 非現実的なレベルの超長距離・超精密撮影性能を狂華にもたらした。

「希望崎学園は……10時の方向」

 ぐるりと転換し、ファインダーを覗きこむ。
 射界角度を微調整し、待つこと、どれくらいか。

「ターゲット・ロック・オン」

 下駄箱から小柄な少年――服装より判断――と連れだって現れた少女こそ、今回の
 ターゲット。
 歌琴みらいのライバルたる女子高生アイドル・埴井葦菜。

 絶好の機会を逃さぬよう、狂華は意識を加農に同化させる。
 直前、無言で口の端を歪め、鼻を鳴らした。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「なんだか迷惑かけちゃったみたいで、ごめんね」

「い、いいってことよ! ほら、しゃっきりしなさい!」

 意識を取り戻した一は、直前のやりとりの記憶がすっぽりと抜け落ちていた。
 葦菜が慌てて「衛子を連れてきたところで不意に倒れてしまった」のだと刷り込み、
 結局、続きは後日にして今日はそのまま解散の流れになった。

 なお、衛子は護身術部の方にも顔を出さなければとのことで、今は一と葦菜の
 二人連れで希望崎大橋を歩きながら帰路についている。

「その……ちょっとは悪かったって思ってるし、埋め合わせするわよ……そのうち」

「?」

 ゴニョゴニョと呟く葦菜の言葉は当然ながら一に伝わりきるものではなかったが、

「うん、楽しみにしてるね!」

 彼は愛くるしい笑顔でそう返すのだった。
 その笑顔に葦菜の心は「きゅーん」と鳴き、鼓動は早鐘を打つ。
 いつからか発症するようになったこの心の異変のからくりは、少女には全然まったく
 これっぽっちも見当がつかなかったが、不思議と心地良いのもであった。

「……埋め合わせといえば、衛子ちゃんには折角来てもらったのに僕が倒れちゃって
 すごい迷惑かけちゃったなあ。ちゃんと埋め合わせしないと」

 メラっ

 葦菜の中に、またもや嫉妬の炎が再燃する。
 だが、ここで蹴り倒してしまっては先程の焼き増しにしかならない。
 暴力で解決するのではなく、自分の怒りの源、その理由を……素直に気持ちを伝えるのは
 苦手だけど、それでも、頑張って、一歩。

「あっ、あのさ……!」

 立ち止り、絞り出すように紡いだ声に、つられて一も立ち止り、聞き入った。

「あたしたちさ……その、知り合ってから、もう、半年くらい経つじゃない」

「うん? ……そうだね」

 本当はもっと前に出会っていたのだが、それはともかく、2014年5月から6月に跨る
 ハルマゲドンを通し互いを認知し、それから様々な交流を経てきた。
 最早『クラスメイト』の間柄ではない。『友達』か、あるいはそれよりも――――。

「でも、あんたは……、あんたから、あたしへの、その……アレは、さ」

 それは心の中では、おそらく、確かな『認識』となっているだろう。
 だが、何らかの、明白な『証』を欲しがらずにはいられない乙女心を、一体誰に
 非難出来ようか。

「だから、その……あ、あたしのこともっ……! な……名前――――」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ターゲットが立ち止った。
 好機。
 狂華の眼が残忍に濡れる。

「五秒前」

 微調整。

「三」

 息を吸い、

「二」

 止める。

「一」

 静寂。

「――――炎」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「名前モゴーーーーッ!!」

 おお、なんたることか!
 決断的に開きかけた葦菜の口、その両端から、雄々しき二本のイチモツが聳え立つ!

「え、えええーーーーっ!?」

 シリアスモードから一転、一もコミカルに仰天するこの事態! 一体何事か!?
 十中八九、魔人能力に相違ない!
 しかし、放課後の希望崎大橋上には、彼ら二人を除き人っ子ひとり見当らぬではないか!

「名っ……名バッ……!」

 うわ言めいた言葉を呟きながら話を続けんとする葦菜だったが、それを許さぬとでも
 言うかのように、屹立するイチモツが彼女の綺麗な鼻の穴に直結される!

「オゴーッ!」

 口から生えたイチモツが己の鼻を凌辱する!
 さながら狂ったマンモスじみた退廃的シルエットの奇獣と化した葦菜の不運は、
 しかしこれだけに留まらぬ!

「アバーッ!」

 イチモツが二度・三度、大きく跳ねる!
 それと同時に葦菜は頭を抱え、呻き声をあげて膝をつく!
 突然の異形変身には面喰ってしまっていた一も葦菜の叫びを受けて意識を戻し、
 どうすればいいのかは分からぬがとにかく助けようと近づく!

「は、埴井さん、しっかり!」

「オゲーッ!」

 葦菜の口から溢れだす、夥しい量の白濁した液体!
 このイカめいた臭いに一もすぐさま気付く――――!
 これは精液だ!

「ゲボォーッ!」

 口からイチモツを生やした少女が精液を吐き散らす地獄めいた惨状!
 読者の皆さんの中には、この描写をお食事中に読まれてしまった方がいるかもしれない!
 大変痛ましい事故ではあるが、しかし、この凄惨なシーンを書かなければならなかった
 我々の事情も御理解いただきたい!

「ハァ……ハァ……な、名バえ……!」

 やがて、葦菜はぷっつりと意識を途絶えさせ、己が撒き散らした精液の海に沈んだ。

「は……埴井さーーーーーーん!!」

 異形の身体を抱きかかえた一の慟哭が希望崎大橋にこだました。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 一部始終を撮り終えた狂華は、心なしか急いた様子で初老の男との連絡を済ませると、
 突如その場に突っ伏し、豊満な乳房を屋上の床面に擦りつけながら、連続撮影した
 葦菜の異形の写真を自動再生しながら股間に指を這わせた。

「あっ……いい……」

 自慰であった。
 しかし虚ろに濁った彼女の瞳に映るのは、葦菜が苦痛にのたうつ姿である。
 阿鼻狂華、彼女は、少女のそのような奇怪な姿に興奮するような異常性欲者なのか!?

「表情……綺麗……んんっ……」

 そうなのであった。
 それどころか、何を隠そう、葦菜の狂乱の引き金を引いた犯人こそが狂華なのだ。

 ちんこを生やす能力『トリカブト』――――それが狂華の能力である。
 能力範囲は視認できる限り。
 すなわち、カメラのレンズに映る全てが彼女のテリトリーとなる。

 なお、『トリカブト』によって生じたちんこの出す精液は狂華の想像するイマジナリーな
 精液であり、臭いや粘りは本物同様だが成分自体は水のようなもので、妊娠もしない。
 故にこのちんこを普段は様々な同性愛カップルに貸し与え、あるいは自分で使い、
 清い交際の一助とするに留まっているが――――。

「あ……依頼……これは依頼だから仕方ない……依頼だから……」

 狂華の心の奥底には、少女を己が生やした剛直でいたぶる趣味がある。
 平時は物静かな写真部員である彼女は己の猟奇的性質をみだりに解放することない。
 が、『依頼』を受け仕方なく他人を害さねばならぬ時に限り、そこに全力の変態性欲を
 傾け密やかな性的興奮を甘受するのだった。

「あー、いい……たまらない……」

 依頼とは? あなたの疑問は尤もである。
 狂華は『妃芽薗学園写真部員』という『表』の顔の他に、『裏』の顔を持っている。

 それが、先程初老の男に依頼されたような、ターゲットの狂態を撮影することで、
 対象を社会的に抹殺する『社会的暗殺者』としての姿であった。
 これは狂華を含むごく一握りの好事家が集うインターネットサイト上でのみ
 依頼を受け付けており、今回のように知り合いが直接頼んでくることは初めてであった。

「はあっ……はあ……」

 絶頂を迎えた狂華はそのまましばらくぐったりしていたが、やがて立ち上がり機材を
 すっかり片付けて屋上を後にした。
 写真は自分のお楽しみ用に保存した後、依頼主に送り、使い道にはノータッチである。
 イレギュラーな依頼だろうが、彼女の仕事の結果何が起ころうが、全て彼女には
 関心の無いことである。

 彼女は己が充足以外の一切に興味がない。

 葦菜の痴態写真がバラ撒かれるも、しかし葦菜は普段から希望崎において頻繁に
 トラブルに巻き込まれているので別に今更そんな写真が増えたところで
 少しのダメージにもならなかったり、また初老の男も程なくして何者かに
 殺害されたりしたことなど、狂華は知ることも、知ろうともしなかった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 あれから寮の自室に戻った狂華は、いつものように同室の五十乃と寝た。
 狂華と五十乃は付き合っている。
 五十乃の熱烈なアプローチにより結ばれた二人は、昼も夜も仲睦まじく良いコンビだ。

「はあっ……せんぱい、今日は一段とスゴかったですっ……! 燃えてましたっ……!」

「そう?」

 狂華の『トリカブト』は、専らこのような同性カップルの閨に華を添えるものという
 認識を受けている。
 少なくとも五十乃には、狂華の本質を知らせていないし、垣間見せてもいなかった。

「…………」

「なに」

 じぃっと見つめてくる五十乃に、やや不機嫌そうに問う。
 すると五十乃は、なにかを見据えたような眼差しで口を開いた。

「せんぱい、私になにか隠してるでしょ」

 狂華の心臓がドキリと跳ねる。
 だがそのような動揺は表情には億尾にも出さない。

「さあ」

 存外聡明というか、目敏い少女であったようだ。
 はぐらかしながら肩を抱き寄せ、そっとくちづける。

「っ……もう、せんぱい、そんなことで流されると……!」

「じゃあ、もう一戦、する?」

 あくまでもはぐらかすつもりの狂華に五十乃はぷぅと顔を膨らませ、

「……しますっ!」

 すぐさま破顔し、狂華に抱き付いた。

「仕方ないからはぐらかされてあげますケド、その代わり、ちゃんと名前で
 呼んで下さいねっ! 『い・そ・の♪』って!」

「はいはい、粟島」

「また、もおーっ!」

                                  ちゃんちゃん