流血少女エピソード-意志乃鞘-





 希望崎学園、カフェテリア。
 白い小さな円形テーブルを2人の少女が囲んでいた。
 いや、正確には1人の少女と1人の少年だ。少年の見た目は知らない人が見れば十中八九間違うだろう女性的な外見をしていた。
 足元まで届く長い黒髪に、硬い筋肉が見えない柔らかな腕。骨からして細く、彼が男性用制服を着ていなければ知っている人間でも間違えるかもしれない。
 少年の名は破都宮 陰命(はつのみや みこと)。元妃芽薗学園の生徒である。
 諸々の事情で男性でありながら女子校の妃芽薗に通っていたのだが、先のハルマゲドンで男性だという事が判明した為希望崎へと転校したのだ。
 ……まぁ、女装して女として生活するんだったらあのまま居てもよかったらしいけど。
 陰命は友人達が学園に嘆願してくれたことをありがたいと思い、しかし申し訳ないとも思いため息をつく。
 なんだかんだで女として生活するのは無茶だと判断して希望崎へと来たのだから。
 とはいえ、完全に妃芽薗との交流が無くなったわけではない。妃芽薗でできた友人から近況を聞くこともできる。
 それを聞く限り、
 ……ハルマゲドンの勃発、か。
 葉隠事件、雪椿事件、生徒会と番長の穏健派それぞれの死。
 いつ血で血を洗うハルマゲドンが起きてもおかしくない。いや、実際両陣営ともハルマゲドンに向けて動き出しているという話も聞く。
 力になってやりたい、と思う。実際、前回のハルマゲドンも希望崎の人間がそれぞれの思惑のもとに手を貸していた。
 だが、そうはできない理由が彼にはあった。
 力が無いからではない。破都宮陰命は魔人である。戦う力は十分にある。
 だが、それも彼が本来の力を発揮できる状態であれば……の話だ。
 2014年。この年は希望崎でも未曾有のハルマゲドン連発の年であった。
 戦いに次ぐ戦いにより生徒会陣営も番長陣営も疲弊していき支配する勢力が無くなっていた為、学園は荒廃の一途を辿っていた。
 そんな環境ゆえに魔人達の抗争は珍しいものではなくなってしまった。そして、陰命もある抗争に巻き込まれてしまった。
 結果、なんとか生き延びたものの消耗が激しく再び戦場に立てるような状態ではなくなってしまったのだ。
「……成る程な。大体事情は分かった」
 テーブルを囲むもう1人の少女がコーヒーで喉を潤わせてから口を開く。
 椅子に座っていても分かるモデル体型、青みがかったロングストレートヘアーは枝毛1つなく彼女の完璧さを窺わせる。
 スーツの上に白衣を着ているという学生にはそぐわない格好も、彼女が着る分には何の違和感もなく嵌っていた。
 少女の名は意志乃 鞘(いしの しょう)。希望崎学園ヒーロー部の部長である。
 陰命から相談を受け、ここカフェテリアで話を聞いていたのだ。
 彼女が聞いた話は先程陰命が悩んでいた内容。つまり、妃芽薗で勃発するハルマゲドンと友人に力を貸したいができないという事情だ。
「そこで、我々ヒーロー部が妃芽薗へと赴いて君の友人に力を貸してくれないか……といったところか」
「……大体はそんな感じで」
 ふむ、と鞘は頷く。
 陰命の選んだ行動は概ね納得できるものだ。
 何せ希望崎の人間が妃芽薗を助ける理由は基本的には無い。それに学園抗争が激化している今、学内の戦力を割いてまで外へ魔人を派遣するのは危険極まりないことだ。
 利害を計算できる人間であれば陰命の願いを聞き届けるものはまずいない。
 しかし、ヒーロー部は違う。
 何故ならば――ヒーローだからだ。
 助けを求める者がいるならば、手を差し伸べなくて何がヒーローか。これが部長である鞘のヒーロー観であった。
「いいだろう。ヒーロー部から妃芽薗へと助っ人を送ろうではないか」
「本当に!?」
「但し。我々もヒーローとして希望崎の平和を守るという仕事がある。……そうだな、向こうに送れるのは1人が精一杯だろう」
 鞘の言葉に陰命は一瞬落胆の表情を見せるが、すぐに了解の首肯をする。このご時勢に1人でも助けてくれるのは十分ありがたいことだからだ。
「さて、そうなると誰を送るの一番良いか……」
 鞘はヒーロー部部員で今回の任務に誰が一番適しているか考えを巡らせる。
 希人君――いや、正統派ヒーローの彼は今の荒廃した学園には欠かせぬ人材だ。送るわけにはいかないだろう。
 永守君――彼の能力は女性には使えない。さすがに女子校での戦いには向いてないと言わざるを得ない。
 ダイナー君――さすがにロボである彼を単身送るわけには、な。バックアップで魔人蟻達を送ろうにも、彼らの技術はまだヒーロー部で必要だ。
「あ、四空君。君はどうだ?」
 少し離れたテーブルで話を聞いていたサングラスをかけた長身の少年――灰堂四空へと声をかける。
 この意味の「どうだ」というのは君が妃芽薗へ向かうのはどうだ、という意味だ。
 それを受けて四空は口癖の「オッケー!」を口にする……かと思えば、苦い顔で首を横に振る。
「オッケーじゃねぇな。……そこ、女子校なんだろう?」
「あぁ、そう聞いてるな」
「入るには女装しなきゃいけねぇんだろ?」
「らしいな」
「オッケー!? あんたは俺の女装を見たいってのかい?」
 灰堂四空はかなり体格のいい男らしい男である。もし彼が女装したら女装マジックで超美人に――ということは絶対有り得ない。そういうタイプの男である。
「……ヤンキースケバン系の格好なら似合うと思うんだがなぁ」
「……一瞬、あんまりオッケーじゃない想像をしちまったからやめてくれ」
 それにだ、と四空は言葉を続ける。
「俺は確かにヒーロー部の部員だが、同時に眼鏡部部員でもありSLGの会の用心棒でもある。ヒーロー部の要請だけで希望崎を軽々しく動くわけにはいかねぇのさ」
「む、それもそうか」
 ――それに、ここで女装を引き受けると後々バロネスからのカーマラへの勧誘が激しくなるかもしれない。それは何としても避けたいというのが彼の本音であった。
 そんな本音を知ってか知らずか、鞘は納得して別の候補を列挙し始める。
 しかし、誰を挙げても何らかの要因で希望崎から離れさせるわけにはいかない……そういう人物ばっかりであった。
「こういう時、礼君がいればなぁ……」
「そもそもヒーロー部じゃねぇし、手を貸してくれるか怪しいし、公安が介入したらマズイ事件だと思うんだけどよ……」
「頼み込めば行ってくれそうな気がする」
「……オッケー、それは否定できないな」
 とはいえ、今のはさすがに本気じゃなかったのか、鞘は改めて腕を組んで考え直す。
 そして彼女の出した結論は――

「よし、私が行こう」
「はぁぁぁぁ!?」




最終更新:2012年08月25日 11:57