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番長GSS7

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裸繰埜病咲風花プロローグ・前編


数多の魔人を擁する施設の例に漏れず、妃芽薗学園の敷地もまた広い。
先日、裸繰埜一族の掟を破り処刑された妃芽薗の元生徒・千坂らちかの寮を
探していた風花は、1週1キロを超えようかという広大なグラウンドに佇んでいた。
手に持った地図を繁々と眺め、横にしたり逆さまにしたりしながら首を捻る。

「おかしい……この地図間違ってるんじゃあないか?東は右だった筈だが……」

実際の所、彼女の持つ地図は何も間違ってはいない。
ただ単純に風花の地図を読む力が不足しているだけである。

「参ったな……赴任早々これでは先が思いやられる」

風花は溜息を吐いて地図を畳むと、手近な石垣に腰掛けて校庭を走る生徒達を眺めた。
真冬の寒風が容赦無く吹きつける中、
息を切らせて走る彼女らの額には健康的な汗が浮いている。
若干の羨望が混じった視線を投げつつ、風花は2、3度咳き込んだ。
身体に宿したウイルスは己の意志によるものだが、それでも惜しみなく若さを発散させる
少女達は彼女の目には眩しく映った。
そんな風に平和な授業風景を傍観しているとやがてチャイムが鳴り響き、
生徒達が姦しく喋り合いながらぞろぞろと校舎に引き上げてきた。
その中にふと、見覚えのある人影が1つ。確か、そう、テレビで見た顔だ。
風花はおもむろに立ち上がるとマスクをずらし、その少女に向かって声をかけた。

「そこの貴方、ちょっと良いかな」

少女が振り向く。可愛らしい童顔にかかるショートの髪が揺れた。
彼女と会話していた、数人の生徒達も同じく風花に視線を向ける。

「もし間違いだったら申し訳無いんだが、歌手の歌琴みらいちゃんかな?」
「ええ、そうですけど……あ、ひょっとして昨日挨拶されてた保健の先生ですか?」

少女はぱっと笑顔を浮かべて問い返した。
これは営業スマイルと言うやつなのかな、と風花が迷う程度には自然な笑みだった。

「ああ、藍堂だ。困った事があったら何でも言って欲しい……っと、
 これは昨日も言った事だね。そうそう、貴方の歌をこの前テレビで聞いたんだよ。
 『疾風賢者』だったかな?少々過激な歌詞だが、良い歌だった」
「本当ですか!?ありがとうございますっ♪」

みらいはぺこりと頭を下げながら明るい声で礼を述べた。
それは極めてアイドル的な、自然過ぎる程自然で洗練された動作だった。
例え彼女の心中がどうであれ、それをまるで悟らせないような。

「うん、ところでこれも何かの縁だ、一つ頼みたい事があるんだが……ああ、失礼、
 ここでは冷えるな。歩きながら話そう……何、ちょっと道案内をお願いしたいんだ」
「道案内、ですか?」
「ああ、ここに行きたいんだが」

風花が地図を広げて林立する寮の一つを指し示すと、みらいは得心したように頷いた。

「ああ、ここは確かに解りにくい場所ですね、割と奥まった所に建ってますから。
 良いですよ先生、着替えが終わったら案内して差し上げます。丁度お昼休みですから」
「いや、申し訳無いね。せめて後で何かお礼をさせて貰うよ」
「いいえ、お気になさらず」

そう言ってにっこりと微笑むみらいは、やはり何の屈託も感じられず……
生死の狭間を彷徨う患者を無数に看てきた風花には、それが何故か薄ら寒かった。
それは彼女が『生』の感情を表に出していない事による違和感であったが、
風花自身はそれを言語化出来る程に悟れてはいなかった。
友人達に詫びながら合流するみらいを見送って、風花は校舎の柱に身を預け、
苦しげな咳を繰り返した。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「まさか先生がらちかちゃんの親戚だったとは思いませんでした」

リノリウムの床が2人分の足音を冷たく反響している。
4人程横に並んでもまだ余裕のありそうな広々とした廊下は冷気に満ち、
正午を過ぎたばかりの今でさえ外気温とほぼ変わらぬ寒々しさを保っていた。
風花は不定期に咳き込みながら、寒さも逃げ出すようなみらいの声を聞いていた。

「らちかちゃんは顔見知りですし、この前のハルマゲドンに巻き込まれてしまった時も
 私と同じ生徒会に保護されていたので……あんな事になってしまったのは、残念です」

らちか自身が慎重に秘匿していた為、みらいは彼女が魔人であった事を知らない。
ハルマゲドンへの参戦も、殆どの者は一般人が戦場に迷い込んだものと解釈していた。
一族の処刑人によって殺された彼女の死因は、表向きには事故死となっている。

「らちかは運が悪かったんだよ。ただそれだけの話だ……しかし、貴方のように
 らちかの死を悲しんでくれる人の存在は、きっと彼女の慰めになるだろう。
 彼女に代わって私からお礼を言わせて貰うよ。ありがとう」
「いえ、そんな……」

そう言って目を伏せたみらいの表情には陰りが見えた。
らちかは『大体誰にでも好かれる』というある種の才能と呼べるものを持っていた。
対象を拉致した上で関係者全ての記憶を矛盾無く改竄するという魔人能力に加え、
彼女のそうした性根が殺人鬼としての本性を万人に悟らせなかったのだ。
風花は段々酷くなる咳を堪えつつ、らちかの部屋番号とドアプレートのナンバーを
照らし合わせていた。やがて2人は目的のドアを見つけ、足を止めた。

「……ん、615号室……ここだな。個室なのかね?学生としては珍しく思うが」
「ええ、この学園では模範生と認められれば個室を選択する事が出来るんです。
 どちらかと言えば少数派ですけどね。賑やかな方が楽しいって娘の方が多いですから。
 それだけに、らちかちゃんが個室だったのはちょっと意外だったんですけど……」
「ああ、あの娘はあれで秘密主義な所があってね、私生活を他人に見られるのが
 嫌だったんだろう。しかしなんというか、ここは割とリベラルなおぼろろろろ」
「キャアアアアア!?」

突然吐血した風花の手から事前に用意していた真鍮の鍵が零れ落ち、
赤黒い血溜りに落ちて飛沫が跳ねた。
絹を裂くようなみらいの悲鳴が廊下に木霊したが、応える者は居ない。
昼休み中に寮へ戻ってくるような生徒は概ね弁当と財布を忘れた粗忽者に限られる。

「先生、先生!い、今誰か呼んで来ます!ここでじっとして……」
「ああ、大丈夫、大丈夫だ……心配しなくていい」

風花は尚も咳き込みながら切れ切れに言うと、ポケットから紅白の錠剤を取り出して
飲み下した。徐々に呼吸が整っていく。
真っ赤に染まった口元をハンカチで拭き、狼狽するみらいに手を伸ばす。

「いや、本当に大丈夫なんだ。今試している薬の副作用が強くてね……
 たまにこんな風に床を汚してしまうんだが、生命に別状は無い。
 ほら見たまえ、こんな風に黒っぽい血は胃腸に損傷がある証拠で」
「冷静に解説してる場合じゃ無いですよ!それに副作用って、こんな事になるんじゃ
 まるで本末転倒じゃないですか!」

みらいがもっともな意見を叫んだ。
それに対して風花は動揺する素振りも見せず、ただ薄い笑みを浮かべて言った。

「ちょっと厄介な持病でね、薬で抑えるしか無いんだ。これでも発作よりはマシなのさ」

無論嘘八百である。吐血の原因は今朝新たに注射したウイルスの影響だ。
日常的に己の身体を実験台にしている風花にとって、この程度は茶飯事だった。

「ところで悪いがモップか何かを持って来てくれないか?
 汚したままでは申し訳無いが、私は道具の在り処を知らないんだ」
「はぁ……解りました、すぐに取って来ます……」

みらいは若干の頭痛を堪えながら頷いた。
何の前触れも無く吐血した人間を前に平静を保てというのが無理な話である。

「すまないね。私は部屋に入ってるから、戻って来たら教えてくれ給え。
 片付けは私がやっておくよ。他人の血液に触れるのは衛生上良くないからね」

風花の言は医療の鉄則に則ったもので何ら間違ってはいないが、彼女の心配は
もっと別の場所に置かれている。
未知のウイルスが含まれた血液である。実験には環境と素体の選別が不可欠だ。
事は慎重に運ばねばならない。将来的にはともかく、
今この場でみらいにウイルスを感染させるのは最適とは言い難い。

「ええ、本当にお医者さんを呼ばなくて良いんですね?」
「うん、私の身体だ、私自身が一番よく知っている」
「そうですか……でも、くれぐれも無理はしないで下さいね?」
「お気遣いに感謝するよ」

本心とも皮肉とも取れる返事をしてひらひらと手を振る風花を尻目に、
みらいは今来た廊下を駆け足で戻って行った。
魔人学校の施設は部屋と部屋の感覚が広く、必然廊下も長い。
彼女が掃除道具を取って戻って来るのはそれなりに時間がかかるだろう。
風花は血塗れになった鍵を拾って白衣の裾で拭き、鍵穴に差し込んだ。
鍵は軽い音を立てて外れ、ノブを回すと微かに軋んだ。

室内は年頃の女の子が暮らしていたとは思えない程小ざっぱりとしていた。
殺風景とすら言える。西洋風の玄関が無い間取りだが、入り口にはマットが敷いてある。
風花はその上で血で汚れてしまった靴を脱ぎ、柔らかな絨毯を踏んだ。
広さは8畳程、家具は備え付けのクローゼットと机と、ベッド、そして壁掛けの鏡だけ。
机に寄ってみると、薄っすらと埃が溜まっていた。
その片隅には、同じく埃を被った写真立てがある。
手に取って汚れを払うと、黒髪の艶やかな少女がこちらに微笑みかけていた。
屈託無く白い歯を見せる少女はらちかでは無い。
その友人にして、らちかの死の原因となった少女……夢追中。
風花は写真の縁を指先でなぞりながら、らちかを処刑した張本人―――
志波相馬の話を思い返していた。

















瞼越しに感じる眩しさに思わず眉根を寄せながら薄目を開くと、
ぼやけた視界に夕暮れの日差しで赤く染まった天井が映った。

「あれ……?」

見覚えの無い部屋だ……夢追はまずそう思った。
同時に、つい最近このような状況に陥った時の出来事も連鎖的に思い出していた。

覚醒直後の気だるさを感じつつ上半身を起こすと、ベッドのバネがぎしりと鳴った。
その音で、夢追は自分が寝かせられていたのだと気付いた。
体にはさらさらとした手触りの毛布が掛けられている。
かつてらちかに攫われ、裸に剥かれていた経験のある夢追は咄嗟に自分の体を改めたが、
今朝選んだ動きやすい服装が変わらず身に着けてあった。
外出用のコートとマフラーは折り目正しくハンガーに掛けられ、
壁から出張ったホックに吊られている。

室内を見渡すと、極普通の個室のようだった。さほど広くもない、
8畳程度のさっぱりした部屋。
西日の射す窓に掛かったレースのカーテンや、
埃一つ見当たらない本棚の上に乗った小熊のぬいぐるみ、小さな花柄がプリントされた
可愛らしい壁紙などから察するに、この部屋の主が年頃の少女であろう事が想像できた。

左から右へと視線を滑らせていた夢追は、最後にようやく簡素な丸椅子に
腰かけた少女を認識して目を丸くした。

「……らちかちゃん?」
「おはよう、かなめちゃん」

斜陽に照らされたらちかは柔らかな笑みを浮かべて言った。
白みがかった金髪は夕日の反射で燃えるようなオレンジ色に染まり、
白い肌も明るく彩られている。
その表情からは、先日夢追を切り刻んだ際の
吐き気すら催すような狂気は感じ取れなかった。

「あれっ?これってもしかして……エヴァーブルー、ですか?」
「ううん、違うよ」
「……?」

すっと目を細めたらちかは音もなくベッドににじり寄り、
戸惑う夢追を落ち着かせるようにふわりと手を重ねた。
夢追を上目遣いに見つめながら、赤い夕日に染まった少女は言葉を続けた。

「『パーフェクトブルー』って言うんだ。あなたの事を想う一心で辿り着いた、
 私の能力の終着点。あなたと2人きりになる為だけに産まれた……」
「すごいっ!!」

言い終わるよりも早く、夢追はらちかの手を握り返して叫んでいた。
勢いに驚き、思わず若干仰け反りながら目を丸くするらちか。

「魔人能力が進化するだなんてそうそうある事じゃありませんよ!
 しかもそれが私と逢う為に産み出されただなんて、もう感激ですっ!
 あ、ちょっとメモ取っても良いですか?」
「あ、うん、どうぞ……」

夢追は返事を聞くと同時に恐るべき速さで上着へ手を伸ばし、
鉄製のメモ帳とペンを取り出した。
マフラーで顔を保護する事も忘れ、
バチバチと火花を散らしながら一心不乱にメモを書き込んでいく。
夢追は改まったように咳払いをすると、インタビュワーとしての口調で質問を始めた。

「それで、『パーフェクトブルー』とは具体的にどういった能力なのでしょうか?」
「……えっと、一言で言えば『エヴァーブルー』の上位互換能力なんだけど、
 対象の拉致と関係者の記憶改竄に加えて、
 2人きりになる為に邪魔になる要素は全て排除されるっていう能力が」
「全て!?全てという事は予め付与されていた、
 逢瀬を邪魔するような能力なども解除されてしまうって事ですか!?」
「う、うん、そうだね。現に今、社くんも動いてないと思うから……」

夢追は殆ど常に社という名の付喪神を連れている。
緊急時には社の能力によって危険な状況からも即座に離脱する事が出来るのだ。

「ええっ、あっ本当だ!根付の気が抜けてますね!
 うふふふふふふすごいなぁ、すごい能力ですよこれは!」
「えっと、あのねかなめちゃん?私が貴方を連れて来た理由なんだけど……」

らちかは益々ペンの勢いを速める夢追に、半ば割り込むように本題を切り出した。
その言葉にはたと我に返った夢追は、ペンを動かす手を止めてはにかんだ。

「ごっ、ごめんなさい、魔人能力の事になると私、つい……」
「……ふふふっ、良いんだよ。かなめちゃんはそれで良いんだと思う」

それに、と白金の少女は言葉を繋ぐ。

「謝らなきゃいけないのは、私の方だから」

夢追は言葉の意味が理解できず、きょとんとした表情を浮かべている。
当然だ……らちかの言わんとしている事件の、記憶が彼女には無いのだから。

「かなめちゃん、この間一緒に見たDVD、覚えてるよね?
 かなめちゃんが、その……色々されちゃってた」
「ああ……はい、よく覚えています。私が、……拷問されたり、
 解剖されたりしてたアレですよね?」

夢追はその時の映像を思い返して、快と不快が入り混じったような、
複雑な表情になった。
喉の奥から酸っぱいものがせり上がって来るような気色の悪い感覚と同時に、
夢追に使われたであろう魔人能力に対する憧憬と興奮が同時に想起される。
彼女を拷問、そして解体した一族の能力者は、対象の記憶を操作する能力を
利用し、あえて記憶を抹消した上でその様子を収めたDVDを夢追に送りつけたのだ。
らちかは夢追の様子を見てしばし逡巡していたが、
やがて罪悪感を振り切るようにゆっくりと頷き、口を開いた。

「そう、その話なんだけど………あれはね、
 私が一族の1人に依頼してやって貰った事なの」
「えっ……?」

その一瞬、夢追の表情が固まった。何を言っているのか解らない、という顔だった。
らちかは心臓が半分ぐらいに縮まったような痛みを感じながら話を続ける。

「私ね、時々……ううん、いつも心配になるんだ。
 かなめちゃんってどんな時でも全力で純粋で、
 これと決めたらどんなに危険な場所にも向かって行くでしょ?
 そんな事をずっと続けてたら、いつか大変な目に遭うんじゃないかって」

制服の胸の辺りをぎゅっと掴んで、訥々と絞り出すように語るらちか。
その表情には、明確な煩悶の色が浮かんでいた。
裁きを恐れる罪人のように夢追と眼を合わさず俯いて喋り続ける。

「だから……本当にそうなる前に、ちょっとだけ痛い目に遭えば、
 今よりも慎重になってくれるんじゃないかって……それが……」

あんな事に、と結ぶ頃には、らちかの声は殆ど消え入りそうな程に小さくなっていた。
実際、夢追に加えられた拷問はらちかが依頼した範囲を遥かに超えるものだった。
ふと気が付けば重ねられた左手は、夢追の右手を痛い程強く握り締めている。
夢追はかけるべき言葉を模索した。しかし、そんなものが見つかる筈も無い。
このような心配をされたのはいつ以来だろうか………
師匠と出会い、オウワシと出会い、社と出会い、数多の友人達と出会い。

自分を心配してくれた者の数だけ、同じ言葉をかけられてきた気がする。
夢追はふと、自然に湧いて出た疑問を口にした。

「えっと……それはつまり、私に危害を加える事が目的では無かったという事ですか?」

らちかは下を向いたまま弱弱しく頷き、夢追の言葉を肯定した。

「勝手な事だって解ってたし、かなめちゃんが長生き出来ない体だって事も知ってるよ。
 魔人能力を見たり、受けたりするのが何よりの生き甲斐だって事も、勿論………。
 それでも私は、………私は、危険な目に遭うあなたを見たく無かった。
 あなたを、知らない誰かに殺されたく無かった!」

そう言ってすっと立ち上がったらちかは、数瞬夢追の眼を見つめ、
それから深く頭を垂れた。

「……本当に、ごめんなさい」

微かに震えながらも、確たる決意が込められた声だった。
それは即ち、拒絶や別離も甘受せんとする意思の表れである。
そんならちかの両肩に、夢追はそっと手を置いた。

「らちかちゃん、ひとまず落ち着いて下さい。ほら、こっちに座って……」
「……うん、ありがとう……」

夢追がすぐ隣のシーツをぽんぽんと叩いてそう促すと、らちかは素直に従った。
2人分の体重を乗せたベッドが軋む。
夢追は先程自分がされたようにらちかの手に手を重ね、
噛んで含めるような口調で切り出した。

「らちかちゃん、私は何も怒ってませんよ。むしろ感謝してるぐらいです」
「……本当、に?」

上目遣いに気弱な声で尋ねるらちかはさながら小動物のようで、
普段の人懐っこい家猫を思わせる振る舞いとのギャップに思わず頬が緩んだ。

「勿論です。だってあれだけ傷付けられた上に頭の中まで弄くられたのに、
 その事を全く思い出せないなんて物凄い能力ですよ!うふふふふっ、
 出来る事ならもう1度体験してメモに残したいぐらいですね!
 ……それに、そこまで私の事を考えてやってくれたのなら、怒る事なんて出来ませんよ。
 本気で心配してくれて、本気で想ってくれた結果なんですから」
「かなめ、ちゃん………」

らちかの瞳がじわりと滲んだ。
心の中に堅く築いていた、自制という名の堰が壊れてしまいそうだった。
頭と心がぐちゃぐちゃになりそうなのに、
『私は今とても情けない顔をしてるんだろうな』という冷めた思考が頭の隅に蹲っていた。

「あっ!?」

そんな心理状況が、らちかを自分自身ですら予想しなかった行動を引き出した。
気付けば夢追を肩を掴み、押し倒していた。

「ら、らちかちゃん……?」
「あのね、かなめちゃん」

先程よりも水平に近づいた夕陽の朱がらちかの白金の髪を透過し、潤んだ瞳を照らした。
腹を据えたらちかの精神は自分でも驚く程落ち着いていて、
ただ心臓だけがとくとくと忙しなく脈打ち、呼吸を荒げていた。

「初めてなんだ、血管以外の所を好きになったのって。
 勿論今でもそれは好きだけど、同じぐらいにかなめちゃんの全部が好き。
 色も形も匂いも心も、何もかも全部愛おしいの」


元々色白な2人の少女は、見る見るうちに真っ赤に染まって行った。
告白するらちかも聞き届ける夢追も、顔から火が出そうな恥ずかしさと、
出所不明の多幸感を味わっていた。
鼓動はどんどん激しさを増し、全身を巡る血流の音すら聞こえてきそうな程だった。

「ふふふっ、変だね、裸で抱き合った時よりドキドキしてる。
 あの時も興奮する事、沢山したけど……かなめちゃんは気付いてた?
 キスだけは……まだ、してないんだよ」

囁き声と共に漏れる甘い吐息が夢追の鼻先をくすぐった。思わず生唾を飲み込む。
白い喉が艶かしく蠕動する様子を見て、らちかは益々理性を彼方に放り投げたくなった。
おもむろに、なだらかな曲線を描く薄桃色の唇に人差し指を乗せる。
瞬間、電流を流されたかのように夢追の体がびくりと反応した。
同時に、喉の奥から小さく震えた吐息が零れる。
夢追の温度を指先に感じつつ、らちかはゆっくりと指を滑らせながら尋ねた。

「かなめちゃんはさ、さがみさんとそういう事はしたの?」

らちかは夢追の想い人の名を口にした。

「……それ、は」
「そういう事、したいって思う?」
「………」
「そう」

らちかが悟ったように頷くと、夢追の形の良い唇がきゅっと結ばれた。
人差し指がその端に到達すると、らちかは夢追の頬を包むように手を添えた。

「ねぇ、かなめちゃんは……さがみさんの事、好きなんだよね?」
「えっと……それは」

細い指先が夢追の耳を優しく撫でる。

「良いの、正直に言って欲しいな。世界で一番好きなのは?」
「その……さ、さがみさん……です……」

蚊の鳴くような声だったが、はっきりとそう口にした。
らちかの瞳に、ほんの一瞬暗い影が過ぎった。
執着、諦念、祝福、恋慕、憎悪、悲哀……諸々の入り混じった複雑な感情が渦を巻き、
不可視の色彩となって瞳の中に浮かび上がったかのようだった。
夢追が薄々ながらもそれに気付けたのは、
精神的に交わり続けたかつての日々が成せる業か。

「かなめちゃん、キスして良い?」
「………えっ、ええっ!?」

らちかは半ば無意識の内にそんな言葉を放っていた。
面食らった夢追は赤い顔を更に紅潮させ、視線をあらぬ方向に泳がせている。

「そんな、だって、私はその」
「かなめちゃん」

有無を言わさぬ口調が夢追の言葉を遮った。
黒曜石のように黒く滑らかな双眸が、夢追の瞳を真っ直ぐに捉えて離さない。
その表情は真剣で、且つ何か致命的な傷病を押し隠しているかのような、
張り裂けそうな程の哀愁を湛えていた。

「そしたら、私はもうすっぱりと身を引くよ。
 例えかなめちゃんがさがみさんと一緒になったとしても、笑顔で祝福出来ると思う。
 だから、お願い。今この瞬間だけ、どうか……私の事を受け入れて」
「らっ、らちかちゃん!ちょっと、ちょっとだけ待って……!」
「駄目、待たない」
「あ、ひゃっ!」

らちかは右手で夢追の眼鏡を下からすり上げ、その両目を覆った。
視界を奪われた事で、夢追の思考は混乱の極地に達していた。

「ごめんね。すぐ、すぐに終わるから」
「あ、だ、駄目、駄目………!」

目隠しされていても、衣擦れや身体の触れ合う感触で、
らちかが迫って来る気配は容易に感じ取る事が出来た。
ゆっくりゆっくり、蟻が這うより尚遅く、らちかの顔が降りて来る。
唯一自由な右手でその肩を押さえようとするが、何故か力が入らない。
心がざわめき、呼吸が乱れ、酸素を求めて薄桃色の唇が開く。自分の呼吸が五月蝿い。
両目を覆うらちかの手が、酷く熱かった。
これ以上焦らされたら、心臓が破裂してしまうかもしれない――そう思った瞬間。

「ん……ッ!?」

若干の湿り気を帯びた、柔らかいものが押し当てられる感触。
夢追に軽く触れたそれは、緩やかに啄むような仕草で
吸い付いては離しを繰り返す。
それはささやかな刺激であったが、夢追は首筋を反らして敏感に反応した。
気を抜けば溢れ出そうになる甘い声を、喉の奥で必死に押し殺す。
永劫にも刹那にも感じられた時が過ぎ、慎ましやかな水音を残して、
らちかの唇が夢追を解放した。
視界を覆っていた右手も除けられ、らちかの満足気な笑顔が映る。

「――ふふふふっ、ご馳走様でした」
「……あの、らちかちゃん?」
「んん?どうしたのかな?」

らちかは困惑したまま首筋を押さえる夢追にわざとらしく聞き返した。

「どうしたのかな、じゃありませんよ……なんで首にキスなんて……!」
「私は唇にキスをするとは言わなかったよ。それともかなめちゃんは、
 唇に欲しかった?」
「そっ!んな、もうっ、からかわないで下さい!」
「ふふふふ!」

眉を吊り上げる夢追の表情をさも愉快そうに笑いながら、らちかは膝と肘で体重を支えた
四つん這いのような体勢から覆いかぶさるようにして身体を重ね合わせる。
彼女を拉致していた時は、こんな風に密着して他愛も無い会話を交わしていたものだ。

「だって、出来る訳無いじゃない」
「えっ?」
「かなめちゃんが望んで無いのに、初めてを奪うなんてさ。
 以前の私だったら気にしなかったんだろうけど、もう、無理だよ。
 もう……私の感情より、かなめちゃんが悲しむ事の方が………」
「らちかちゃん……」

己の名を呼ぶ愛おしき少女を抱く腕に、知らず力が篭っていた。
密着した胸から伝わる体温と鼓動が、とても心地良い。
視線を上げて、桜色に染まった夢追の顔を見つめた。

「……くっ、ふふふふふ、それにしてもさっきのかなめちゃんの反応ったら! 
 茹蛸みたいに真っ赤になっちゃって、ふふふふっ!」
「うっ、それはその……だって、いきなりキスして良いなんて聞かれたら……」
「ふふふ、そうだよね、変な声も出ちゃうよね」
「あぅ……」

らちかは無邪気に笑い、そのままぼすんと夢追の胸に顔を埋める。
驚いた夢追が小さく悲鳴を上げた。

「あっ!」
「うーん、ふかふかだぁ。やっぱりかなめちゃんの胸は気持ち良いねぇ」
「んんっ……もう、いきなりなんですから……」
「んふふ、幸せだなぁ。こんなに幸せで良いのかな?好きな人と抱きしめあって、
 笑い合って、こんなに甘えられてさ。幸せすぎて死んじゃいそうだよ。くふふふ!」
「ふふ、ちょっと大袈裟じゃないですか?」
「ううん、本当だよ。幸せで幸せで、こんな事って、くく、
 良いのかなぁ……ふふふっ、ふふふふふ」
「………らちかちゃん?」

夢追は、らちかが顔を埋めている胸の辺りがじわりと温かくなるのを感じた。
気付けばらちかの両手は、夢追の袖をぎゅっと握り締めている。
掠れた声と同じように、その手は小刻みに震えていた。

「ふふふふ、くふふふ……ふぅッ、う、ぅうう、ううぅう!
 ああ、う、ぅああああああああ!!」

らちかの笑い声が、嗚咽に変わっていった。
胸に染み込む涙と共に、泣き叫ぶ少女の気持ちが浸透していくような気がして。
夢追はらちかの頭を強く抱きしめた。さながら幼子を抱く母親のように。
泣き声が更に大きくなった。さながら母親を喪った幼子のように。









太陽が地平線に沈むまで、慟哭は部屋中に響き続けた。



~ゆらぎTHEアキカン・クイーン・ヘッドごきげんようと田打乃アキカン、その因縁~


田打乃アキカン――彼女(?)は、密かに復讐に燃えていた。

「クイーン……今こそ我が力で平伏させてやる……メガメガメガメガメガ」

名前に反した禍々しい外見と漏れる異臭の相乗効果で、怒りと恨みを深く煮え滾らせる。
そこまでしてクイーン――今は安全院ゆらぎと合体している彼女を憎む理由が、田打乃にはあった。

かつて彼女は『クイーン』の座を奪うべく――下克上を起こした。
しかし、田打乃は――その身をもって、己の浅慮を思い知らされることになった。


1.缶を作るスキル『缶成品』(カンプリートシング)
2.開封のスキル『開放缶』(オープンザカン)
3.密閉のスキル『閉塞缶』(クローズドカン)
4.分別のスキル『缶定奉行の大岡裁き』(ハッピーチョイス)
5.リサイクルのスキル『缶境問題』(ビッグイシュー)
6.不法投棄のスキル『缶は投げられた』(セルフィッシュシーザー)
7.缶投げのスキル『今年の投負』(スローカン)
8.缶蹴りのスキル『弁慶の蹴り所』(サイキッカー)
9.缶切りのスキル『余計なお切開』(オプティカルオープナー)
10.缶下駄のスキル『偽浮遊歩行』(シークレットシューズ)

11.缶を積むスキル『墓標の王缶』(クランクラウン)
12.缶を潰すスキル『秘間潰し』(プラスプレス)
13.缶を錆びさせるスキル『錆抜き』(ラストダンス)
14.缶を復元するスキル『覆水缶に還る』(リカバリーリキッド)
15.缶を巨大化させるスキル『増上缶』(ビッグバンビッグカン)
16.缶を縮小するスキル『飲み切り厳守』(スモールリミット)
17.缶を燃やすスキル『焼けつく厄災』(バーニングパンドラ)
18.缶を凍らせるスキル『凍てつく射手』(フローズンサジタリウス)
19.缶を溶かすスキル『鋭利融解』(シャープメルト)
20.缶を浮かせるスキル『快缶』(アイカンフライ)

21.缶の中身を当てるスキル『千枚透視』(アイズピック)
22.缶の中身だけ取り出すスキル『魔術師の朝飯前』(マジックブレックファースト)
23.缶の中身を交換するスキル『取り替え師』(リカバリアン)
24.缶の中身を増やすスキル『倍々の叫び』(ダブルアップスクリーム)
25.缶の中身を消すスキル『缶古鳥が鳴く』(ストレイトイレイズ)
26.缶の中身を爆弾にするスキル『阿鼻叫缶』(ヘルズキッチン)
27.缶の中身を触手にするスキル『缶姦接待』(テンタクルレセプション)
28.缶の中身をオモチャにするスキル『白金の天使』(モリ・ナガ)
29.缶の中身の温度を操るスキル『冷酷な熱血缶』(クルーエルスピリッツ)
30.缶の中身の時間を操るスキル『時缶感覚』(マインドアンドタイムルーム)

31.缶を剣にするスキル『勇猛伽缶』(ブレイブストーリー)
32.缶を盾にするスキル『缶盾明快』(シンプルシールド)
33.缶を鎧にするスキル『缶聖体』(パーフェクトソルジャー)
34.缶を兜にするスキル『勝手兜の緒を締めよ』(チープヘルム)
35.缶を身代わりにするスキル『超合金の案山子』(ブリキスケアクロウ)
36.缶を転送するスキル『瞬缶移動』(テレポートカンファレンス)
37.缶を取り出すスキル『こちらに出来上がったものがございます』(スリーミニッツクック)
38.缶を収納するスキル『隠し缶鬼の爪』(ヒドゥンドロアー)
39.缶を増やすスキル『分厚い増缶号』(アディションディクショナリー)
40.缶を食べるスキル『大食缶』(カンイーター)

41.缶の座標を固定するスキル『缶心要』(ゲットウェットゼアー)
42.缶で敵を転ばせるスキル『分岐転』(ターニングターン)
43.缶を換金するスキル『捕らぬ狸の缶算用』(ラクーンマネー)
44.缶で会話するスキル『缶は口ほどにものを言う』(バッドコミュニケーション)
45.缶で盗聴するスキル 『缶度良好』(オールグリーンラベル)
46.缶を降らせるスキル『缶々照』(スコッチングレイン)
47.缶の上にみかんを置くスキル『蜜柑成の常套句』(オレンジョーク)
48.みかんの上に缶を置くスキル『加重100%』(ジューシープレス)
49.缶を盗むスキル『缶盗一円』(スティールワン)
50.缶を値切るスキル『缶災滅亡』(アキンドクライ)

51.獣肉を缶詰にするスキル『豚は生きろ、狼は食え』(ワイルドミート)
52.魚介を缶詰にするスキル『海鮮接続』(タイダルアップ)
53.野菜を缶詰にするスキル『畑迷惑』(ベジタブルエイリアン)
54.果物を缶詰にするスキル『果実手伝い』(フルーツフォロワー)
55.飲料を缶詰にするスキル『一揆飲み』(パンチアウトドランカー)
56.気体を缶詰にするスキル『霞を掴むような話』(ヘイズキャッチ)
57.毒物を缶詰にするスキル『毒を喰らわば缶まで』(カントキシン)
58.生物を缶詰にするスキル『帽子の魔法使い』(ウィザードシルクハット)
59.世界を缶詰にするスキル『八十日缶世界一周』(エイティワールドツアー)
60.概念を缶詰にするスキル『既成缶念』(コンセプトパッケージ)

61.缶に火属性を与えるスキル『火のないところに煙が立つ』(ワイファイヤー)
62.缶に水属性を与えるスキル『下手の手から水が漏れない』(ウォータープリズン)
63.缶に風属性を与えるスキル『缶風勝利』(ウィンドウィン)
64.缶に土属性を与えるスキル『土缶に潜る配管工』(マリオネットアース)
65.缶に雷属性を与えるスキル『雷缶100万ボルト』(サイドワインダーサンダー)
66.缶に金属性を与えるスキル『反体制重低音』(アンチメタル)
67.缶に闇属性を与えるスキル『黒騎士の涙』(ドントウォークライ)
68.缶に光属性を与えるスキル『白法師の祈り』(ホワイトアコライト)
69.缶に萌え属性を与えるスキル『俺の妹が猫耳ツンデレ眼鏡缶』(アリスインカンダーランド)
70.缶の属性を無にするスキル『無缶心』(ノットカンサーン)

71.缶で斬るスキル『私を斬れさせたらたいしたものだ』(アイキャンカット)
72.缶で叩くスキル『百缶落とし』(ハンマープレス)
73.缶で撃つスキル『缶銃士』(カンスリンガー)
74.缶で貫くスキル『魔缶光殺法』(ペネトレイトキリング)
75.缶で縛るスキル『缶獄六区』(ポータブルアルカトラズ)
76.缶で壊すスキル『缶々諤諤』(アウトブロークン)
77.缶で抉るスキル『缶繰りはよしてくれ』(ディテクティブワイフ)
78.缶で噛むスキル『神憑き癖』(バイタルバイト)
79.缶で倒すスキル『計画倒缶』(エンドストーリー)
80.缶で殺すスキル『缶恨葬祭』(ブラッディブライダル)

81.缶の裏表を逆転するスキル『表裏の恋人』(リバーシブルラヴァーズ)
82.缶と仲良くなるスキル『観自在菩薩』(ワンダフルピース)
83.缶と恋をするスキル『故意に恋する多缶な年頃』(ラブカン)
84.缶詰で猫を操るスキル『鳥獣戯缶』(ククルカルカン)
85.缶のラベル表記を変更するスキル『偽装交錯』(フォールスラベル)
86.缶を知るスキル『缶検一級』(インテリソウル)
87.缶を異次元に繋ぐスキル『亜空缶戦法』(ナインスディメンション)
88.缶で一生を過ごすスキル『終始一缶』(ノーカンノーライフ)
89.缶で世界を支配する能力『鋼の缶僚国家』(スティールファシズム)
90.缶に生命を与えるスキル『缶全生命』(パーフェクトホムンクルス)

91.缶バッジのスキル『保安官気取り』(スパゲッティウェスタン)
92.スプレー缶のスキル『塗競装』(ペイントラン)
93.陽圧缶のスキル『潰れない貴婦人』(プレッシャーレディ)
94.陰圧缶のスキル『凹まない美丈夫』(スパークリングジェントル)
95.ボトル缶のスキル『缶にして缶にあらず』(ボトルミミック)
96.ドラム缶のスキル『五右衛門の寝床』(ドラムバス)
97.一斗缶のスキル『死角四面』(デッドコントヘッドバット)
98.スチール缶のスキル『スチール缶は儚く散る』(スチールハートブレイク)
99.アルミ缶のスキル『或るアルミ缶の一生』(アルミニウムレコード)
100.缶を統べるスキル『缶了型』(エンドオブカン)


総勢100個の、缶系スキルを一度に叩き込まれ。
その肉体と精神に深い傷を負わされ――田打乃は敗れ去り、逃げ去ったのだった。
後遺症じみて、その中身からはこの世のものとは思えぬ悪臭が立ちこめるようになり。
外見も中身を反映するかのように、歪み、曲がり、変貌し―― しかしそれ故に、強大なる力を得るに至った。

「あのとき命を奪わなかったことを、後悔させてやるメガ……メガメガメガメガメガ!!」

暗い闇の中で、呪われたかつての敗北者は――狂気に満ちた高笑いを浮かべたのだった。



その数日後。
スタメンにゆらぎの姿がないことに気づいた田打乃が、ひっそり打ちひしがれることになるのだが――それはまた別の話である。


すげえwwwww
本当に100個考えたのかw