プロローグ・風紀委員会サイド①

『血の踊り場事件は終わらない』
 その小さな肩を震わせながら、烽二縁はそう告げた。ここは監視塔の屋上。ここから飛び下りれば即死は免れない。
 皆が静かに見守る中、彼女はわずかに振り返る。私たちの方へと目をやると彼女は照れ臭そうにはにかんで見せた。
『さよなら』
 それが彼女の最後の言葉。
 次の瞬間、彼女は私たちの罪を抱え込んで屋上から身を投げていた。屋上の手すりに私たちは駆け寄る。最期の最期まで、彼女は気丈に笑っていた。監視塔の遥か下には、真っ赤な血が新雪の上に飛び散り、綺麗な赤い花が咲き誇っている。

「さよなら」

 誰と言うわけでもなく、その言葉は自然と私たちの中からこぼれていた。互いに顔を見合わせ、互いの意志を確認する。皆の頬に伝う涙が、私たちの意志を固くする。
 彼女の死は自殺。だけど結局のところ、私たちは彼女を救うことができなかったのだ。むしろ、私たちは彼女のためと言いながら、彼女を逆に追い詰めてしまった。
 覇隠流の施した呪いによって、烽二縁は山乃端一人に選ばれた。

 山乃端一人になるということは、ハルマゲドンを望むものに命を狙われるということ。彼らにとって、それは願掛けのようなもので、彼女が本物の山乃端一人かどうかなど関係ないのだ。

 私たちには本物の山乃端一人が必要だった。惨劇から彼女を守るために
、もう一度ハルマゲドンを起こさなければならなかった。
 生徒会を欺き、番長グループの目を掻い潜りながら、命を賭して、私たちは本来風紀委員として守らなければならない、大切な風紀を乱し、同じ学園の仲間たちを葬った。
 けれど他の誰を犠牲にしても、私たちは彼女を守りたかった。全てが終われば、私たちはその罪を償うつもりでもあった。だけど……、最後の最後まで本物の山乃端一人は見つからない。私たちはハルマゲドンを起こすことはできなかった。

 もはや私たちに時間は無い。仲間たちの多くはすでに彼らの手にかかり殺された。そしてここもすでに包囲されており、私たちに退路は無い。烽二縁は山乃端一人として殺される。
 だからこそ、彼女は笑って私たちに別れを告げた。私たちだけでも助かるように。
 彼女は最後の最後まで、無力な私たちを責めたりはしなかった。私たちの犯した罪を知り、一緒に背負うと言ってくれた。なぜ彼女がこのような目に遭わなければならないのか。彼女である理由など無いではないか。
 それでも――、この恨みや憎しみ全て、彼女への想いに昇華できるのなら、私たちにもはや悔いなどない。

「さよなら」


「さよなら」

 一人、また一人と烽二縁を追っていく。全てはうたかたのごとく弾けて消えていく。
 彼女一人に罪を背負わせるなんて、そんな残酷なことをするつもりなど端からない。私たちも彼女を背負うのだ。それが罪の償い。私たちは決して許されないことを犯した。私たちは皆で山乃端一人、そう皆で決めたのだ。
 だから、

「さよなら」、「さよなら」
「さよなら」
       「さよなら」
「さよなら」

   「さよなら」


「さよなら」

 この世界に、

「さよなら」


最終更新:2012年07月25日 01:04