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プロローグ・烽二縁サイド

 軽快なSEが薄暗い室内に響き渡る。 
「良かったのかい、あの子ら皆、友だちだったんだろう?」
 青年が少女に問いかける。
「あれは『マリー』の友だちであって、私の友だちじゃない」
 そう無表情で答えた少女は名を「縁」と言う。先日発売された、PSXというハードを手に、彼女は睨み合うかのように画面を凝視している。
 部屋の中はソフトの空き箱とその中身と思われるものが散乱しており、足の踏み場も見当たらない。
「で、報酬はそれに変わったのか?」
「うん、ゲームさえあればいいし」
 その返答に青年は困ったような顔を少女に向ける。
 ガリガリに痩せ干せたその体はとてもじゃないが、まともな食生活をしているとは思えない。
「これ飯な……」
「あ、うん。お兄ちゃん食べていいよ。今は忙しいから」
「気が向いたら食べろ……。このままじゃ死ぬぞ」
 青年は少女の前にお盆を置いた。その上にはお粥と梅干しが乗っている。青年なりに、喉に通りやすいものをと考えたのだが、お気に召さなかったらしい、少女は邪魔そうに部屋の隅へとそれを足で追いやった。ゲームを中断する様子は一切なく画面から目を離すことはほとんどない。
 それでもコミュニケーションを放棄しているというわけではないらしく、 
「あ、そうだ。マリー心中しちゃったんだっけ? あの子もダメな子だね。新しい子、転入させた方がいい?」
 などと、用件があれば自ら口を開く。
「マリーはお前が追い詰めたんだろ……」
 青年は大きなため息を吐く。
「あそこには、すでにアッシュとステフがいる」
「そんなの知ってるよ。でもあの子たち気が強いから。主人格の私にさえ、平気で口応えするし。もっと扱いやすい子がいいなって」
「マリーはいい子だったよ」
 青年の言葉に少女は眉間を寄せ、ようやく画面から顔を離す。
「あのね。せっかく大きなクライエントからの仕事が来たのに、それを反故にしようとしてた子がいい子なわけないでしょ。アッシュやステフだって、かなり危ないところだったんから!」
 言い終えて満足したのか、少女は画面へと再び顔を向けた。
 青年は少女のそんな態度には慣れているのでいまさらそれについて言及したりはしない。
「十束だっけか? あんな怪しい学園と関わるのはやめろよ……」
「お仕事だからね」
 青年の言葉に、少女は聞く耳を持たない。
「で、どうなの? 転入させた方がいい?」
 少女の問いに、青年はマリーの顔を思い浮かべる。
「全部お前の中の問題だろ、勝手にしろよ」
 ふと湧きあがった怒りから、青年は部屋を後にしようと、やや乱暴にドアノブを掴む。
 しかし、少女はそんな青年の心の機微にさえ無関心である。
「おっけ。そんじゃ転入手続きよろしくねー」
 などと、あっさりのたまって見せる。
「ああ」
 やや不機嫌そうに青年は応えると力一杯そのドアを閉めた。

『我が妹ながらあそこまでクズは珍しい』
 烽二縁の兄、烽二彰は思う。
「もう、ダメかもな」
 独りごとのように彰は呟きながら、彰はお茶をすすっていた。
 彰の父さんはしがないサラリーマン。母さんもスーパーで夜まで働き詰め、妹はそれを言い事に学校にも行かず朝から夜までゲームばかり。
 烽二家も昔は、有名な家柄であったらしいが、今は見る影もない。
 昔は寺も所有していたらしいが、祖父と祖母の代に失われている。

 烽二家は恐らく、縁の代で終わる。
 彰はそう思わずにはいられない。そもそも兄と呼ばれてはいるが、彰は縁が「自殺した兄の面影を元に作成した」分身であり、現在は家事を代わりにさせるためにしか利用されていない。

 烽二縁は引き籠りであるため、自らの分身を送り込むことで、学校に行った気になっていた。
 その分身の一つ『マリー』は、主人格である『縁』とマリーにとって姉妹ともいえる『アッシュ』と『ステフ』という二つの人格に反旗を翻した。マリーは妃芽薗でのアッシュとステフの正体を暴き、縁のもくろみを阻むことで、学園の友人らを守ろうとしたのだ。
 だからこそ、マリーは彼らの怒りを買い、自殺にまで追い詰められた。

 さよなら、マリー。
 もしマリーが主人格であれば、彰はそのような夢物語を想わずにはいられなかった。