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130 名前: トリスタニアの休日・ごく普通バージョン [sage] 投稿日: 2007/09/26(水) 23:35:05 ID:qoOpxDgv
夕暮れも近くなり、トリスタニアの街路のそこかしこにある居酒屋は、気の早い呑み助どもで混みだす。
ブルドンネ街の一角、いかにも下町風の店で、アンリエッタと才人は小さなテーブルについていた。
豚の腎臓と豆をいためたもの、キャベツの漬物を添えたソーセージ、この店名物の白身魚のクロケットなどの料理と、ロゼのワインが運ばれてくる。
においを嗅ぎつけてか、テーブルに小さな茶色の子犬が寄ってきたのを見て、アンリエッタが目を丸くした。才人が説明する。
「テーブルの下に投げこまれる骨とかを期待してるんですよ。宮廷の晩餐ではさすがに犬はいないでしょ」
犬にソーセージを手ずから与えながら、アンリエッタは興味深そうにその話をきいた。
才人に連れられて、この食事のできる酒場に入ってみたとき、最初はその騒がしさに圧倒される思いだったが、いまは珍しくて刺激的なところにいるという思いがある。
と、酒場の娘なのか、まだせいぜい四、五歳ほどの女の子がテーブルにとてとて走ってきて、犬をつかまえた。
「だめでしょー、これはホネが出るおりょうりじゃないの! おきゃくさま、すみませんでした」
舌足らずなしゃべり方に、二人は和んだ気分になる。アンリエッタが微笑んだ。
「いいのよ。かわいい犬ね。あなたの犬?」
「うん。そう。おねえちゃんこそ、すごくかわいいね」
「ありがとう。あなたもとてもかわいいわ」
犬と並べて褒めるのはどうなんだろう? と才人は首をひねったが、まあ幼子の言うことである。ルイズあたりに言わせると今の状況は、まさしく犬(自分)と女王なのだろうが。
今日は午後から、トリスタニアのあちこちを二人で視察した。
最初にタニアリージュ・ロワイヤル座で最近好評である劇を観る。いま民が好むものから世相を読み取れるかもしれない。
そこを出たら、最近急増しているカフェーなるものに入ってみる。文芸人や知識人のサロンが開かれていたり、さまざまな情報交換の場でもある。貴重なことが耳に入ってくるかもしれない。
夕方までは、開かれていた蚤の市を二人で歩きながら調べる。
まれに貴重なマジック・アイテムが混ざっているし、売り手から話を聞いてカフェーと同じくさまざまな情報を集められる、という意味でも重要な調査活動である。
ちなみにいろいろ見てけっきょく買ってみたのは、花柄の陶器のお茶セットで、アンリエッタが見たところかなりいい品らしい。掘り出し物といえた。
……まあ、いろいろ言い訳しているが、要は普通のデートだった。
アンリエッタはいつものごとく町娘に変装している。今回は薄青色のワンピースにクリーム色の頭巾をかぶり、大きく開いた胸元には蚤の市で才人が買った安物のペンダント。
色は違うが、ジェシカあたりと似た格好だ。
ジェシカといえば酒場を選ぶとき『魅惑の妖精』亭に行こうかとも思ったが、顔を知られているのはまずいということで避けたしだいである。
それに、と才人は、蚤の市でこっそり買ったものを横目で見る。布で包まれたそれは、陶器のカップなどと一緒の袋にいれて、袋の下のほうにうまく隠してある。
(『魅惑の妖精』亭だと、さすがにこれ使う機会はねえし)
131 名前: トリスタニアの休日・ごく普通バージョン [sage] 投稿日: 2007/09/26(水) 23:36:40 ID:qoOpxDgv
「このこ、すぐあちこちにいっちゃうの。みつけるのたいへん。
そうだ、おねえちゃんたち、もうすぐ一かいめのダンスのおじかんだよ。がっき鳴らすひとがくるから、おどるといいよ」
幼女が子犬を抱き上げ、そう言って離れていく。アンリエッタは首をかしげた。
「ダンスの時間?」
「楽芸人が来て演奏するから、踊りたい者は音楽に合わせて踊れってことだと思いますよ」
才人が補足する。こっちの世界でも、多少は世慣れてきている。アンリエッタよりは。
「まあ、楽しそうな催しですのね……でも、町の者がどのようなダンスをするのか知りませぬし」
「適当でいいと思いますけど。こんなとこでちゃんと習ったダンスを踊る人なんかいやしませんよ。音楽の調子にあわせてその場のノリです」
「では、試してみることにします。サイト殿、踊っていただけませんか?」
ほどなく楽人が来る。
打楽器や弦楽器で構成される音楽は、陽気でちょっといいかげんな調子である。好き勝手に歌いだす者までいて、さらなる混沌とした明るさが店内に生まれる。
誘われたとおり、才人はアンリエッタの手をとって、ほかの数人の客とともにダンスをはじめた。案の定、パターンはあってもみんな適当に動いている。
隣のカップルを見よう見真似で、二人は踊りだした。
最初はぎこちなく、スピードが出てきたあたりでもどこかちぐはぐ。
才人はいつのまにか剣のステップが出ているし、アンリエッタはどうも宮廷の優雅なダンスが染み付いている。無骨と優美では合うはずもなかった。
しかし、楽しい。時間がたつほど慣れてうまくなっていく感覚に、夢中になって踊る。
何度か互いの足を踏み、くすくす笑いながら息をはずませてステップ、くるくる回ってまたステップ。腰に腕をまわし、引いて、押して、とりあった手の下でくるり。
気がつけば多くの客が踊っている。ほかの客と手をとりあって、パートナーを変えながら数人で踊る者もいれば、才人とアンリエッタのように二人だけでずっと踊っているものもいる。
手を取りあったまま疲れるまで踊り、どちらから言うともなく足を止めた。気がつけば、結構な時間を踊っていた。
激しいというほどではないが、けっしてゆっくりしたダンスではなかったため、互いに汗をかいて鼓動がはやくなっている。
周囲の喧騒はまだ続いていた。というより、日も暮れてこれからが本番なのだろう。
けれど、二人は抱き合ったまま壁に寄りかかって動きを止めていた。才人の腕の中でアンリエッタがぽつりと、楽しかった、ともらした。
「楽しかった、ですか」
「ええ。とても」
まあ、日々が激務じゃ遊んでいる暇はあんまないよな、と才人は思った。自分と齢の変わらない少女なのに、とも思う。
132 名前: トリスタニアの休日・ごく普通バージョン [sage] 投稿日: 2007/09/26(水) 23:37:59 ID:qoOpxDgv
ルイズから聞いたが社交界のダンスは、貴顕の者にとって気を抜けない政治の場だったりするらしい。
完璧に踊るのはもちろんのこと、誰を相手にするかからすでに周囲の目を気にしなければならず、さらに時には踊りながらそつなく会話までこなす。その会話自体、利害の駆け引きや打ち合わせだったりするという。
それを楽しめるようになると、生粋の宮廷人と言えるそうだが。
(あんま楽しめねえんだろうな、この人)
周りを気にせずこうしてちょっと奔放な踊りをするくらいが、もともと性に合っているのかもしれない。
そう感じた才人の肩に、アンリエッタが頬をのせた。ほうと熱いため息をつき、柔らかく体重をあずけてくる。
「今日はありがとうございます。生きている、と実感しておりました」
そんな大げさなー、と才人は思ったが、同時に激しくキていた。なんせ、開いた胸元の、汗のにじんだ素肌から、ことんことん心臓の音が直接伝わってくるのである。
「あのさ……上、行かない? 部屋とって」
才人は提案した。
このような酒場には宿をかねているものがあって、泊まったり休憩できたりするのである。本来の宿のほか、酔って気分の悪くなった客が休んだり……酒場に来ている商売女を買った客がそのまま上がったりするのだ。
アンリエッタも意味は理解したらしく、ややあって小さく「……ええ」と答えが返ってきた。才人の気のせいか腕の中で、たおやかな体の温度が高くなったように思える。
このあたりまでなら普通の流れといえなくもなかったが、今夜の才人には少々イカレたもくろみがあった。
アンリエッタにささやく。
「お願いしたいんだけど……今日だけ好きにさせてくれない?」
「え?」
「具体的には、言うこと全部聞いてほしいんだけど。なるべく無茶はしないようにするから」
無茶はって……とアンリエッタは過去のアレソレを思い浮かべた。
思い浮かべただけで羞恥心が沸騰しそうになり、あわてて記憶にふたをする。これほど信用できない台詞もめずらしい。赤くなった顔を才人の胸元にうずめて小声でつぶやく。
「いつも、好きにしてきたではありませんか……」
小声すぎて才人にはよく聞き取れなかったらしい。断られそうだと思ったのか、とっさに付け足してきた。
「待って待って、ただでとは言わない。次のときは逆に、最初から最後まで姫さまの言うこと何でも聞くと誓いますから」
133 名前: トリスタニアの休日・ごく普通バージョン [sage] 投稿日: 2007/09/26(水) 23:38:41 ID:qoOpxDgv
最初から最後まで? とアンリエッタは反応した。
コトのときにずっと主導権をにぎらせてもらうのは、考えてみればやったことがない。というか、ほとんどにぎったことがない。
(それは、いいかもしれない……)
鼓動が早くなっていく。桃色の霧が思考にかかって、才人の胸に体をあずけたまま思いをこらす。
奉仕させるというのはすぐ思いついた。何度も愛の言葉をささやかせて、体中にキスさせて、ゆっくり時間をかけて愛してもらう。
もっと大胆なことを命じてもいいかもしれない。たとえば彼の口や指を、自分の体のどこに、どのように触れさせるか注文しながら、自分の思いどおりに進めていく。
逆にこちらがしてあげるのでもいい。いつも自分がされているように、勝手に動いては駄目と命じておいて、好きなように愛撫していく。
閨の技は、かなり彼に教えられて身についた。手、それに唇や舌の使い方はうまくなったと褒められるようになった。この前教えられたように胸を使ってあげてもいい。
自分の弱いところが全部知られているように、彼の弱いところを自分もそれなりに知っていると思う。たまにはこっちから大胆に責めてみたい。
そのためには、今日『好きにされる』ことになるわけだが……
(別にいいわ)とアンリエッタは、ぽうっと熱に浮かされた頭で考えた。
いつもと大して変わらない。いつものだって、決して嫌いではないのだ。いろいろ考えてしまい、この後の時間が待ちきれなくさえある。
とろんとうるんだ目でもたれかかり、無意識に才人に火照ってきた体をすりつける。
頭の上で才人が人生に勝利した者の笑みを浮かべ、カウンターの向こうで部屋の鍵を用意しているマスターとぐっ! と親指を立てあっていることに気づかないアンリエッタである。
……と、まあこれが、才人の変態度を甘く見ていたアンリエッタの受難の幕開けとなった。
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