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251 :そこに『山』があるから ◆mQKcT9WQPM :2007/09/29(土) 23:12:02 ID:N08vdf6f 秋も深まり、トリステイン魔法学院の庭の木々も、色づき始めた頃。 ちょうど昼食の時間に、その事件は起きた。 「ん?なんだありゃ」 昼ごはんを食べに食堂へやってきた才人が目にしたものは、黒山の人だかり。 食堂の、食事を供するカウンターの前に、人だかりが出来ている。 その最後尾に、才人は見慣れた金髪の男を見つけた。 「よ。ギーシュ。なにこの騒ぎ?」 「反乱だよ!」 ギーシュはくるん!と振り向くと、才人に向かって言った。 「はぁ?」 才人にはギーシュの言っている事が理解できない。 とりあえず、もっと詳しく話してみろ、と促す。 「厨房の平民たちが反乱を起こしたんだ!これは大事だぞサイト!」 「…いやだからもっと具体的にだな」 相変わらずオーバーで要領を得ない騎士団長のお言葉に、才人はもっと頼りになりそうな人物を探す。 そんな才人に、親切にも事情を説明してくれる紳士が一人。 「反乱だなんて大げさだなあ」 そうそう、やはり頼りになるのはコイツ。 水精霊騎士団一の常識人、レイナール。 レイナールはカウンター脇に掲げられた大きな紙を指差す。 「なんかね、『チャレンジメニュー』とかいうのを今やってるんだって」 レイナールの説明によれば、その『チャレンジメニュー』とかいうメニューを制限時間内に食べきれば、今年の間中、食堂のメニューが食べ放題、らしい。 「で、何よその『チャレンジメニュー』って」 才人はココイチの1Kgカレーを想像したが、レイナールはそんな才人に応える。 「ううん、まだ誰も頼んでなくてさ。メニューの内容もどんな量なのかもわからないんだよ」 「なんだよ、集まるだけ集まって誰も頼んでないのか」 才人は呆れたようにそう言うが、内容のわからないようなメニューを頼むような冒険者は、ここにはいないらしい。 しかし。 そんな空気を一変させる漢が、食堂にやってきた。 その漢はあくまで威風堂々とカウンターにむかう。 その風格に、人だかりは裂け、その漢のために道を作る。 「なんだよみんな、だらしないなあ」 252 :そこに『山』があるから ◆mQKcT9WQPM :2007/09/29(土) 23:12:48 ID:N08vdf6f …ざわ…。…ざわ…。 王だ。王が来た。 そんな呟きが漏れる。 『王』と呼ばれたふとっちょの漢はカウンターに辿り着くと、そこに手を置き、はっきりとこう言った。 「『チャレンジメニュー』…ひとつ」 おおオオおおおおおおおおおおおおおおおおお! 歓声が上がる。 その歓声はやがて、一人の男の名を奏で上げる。 マッリコッルヌ!マッリコッルヌ! 「…ナニコレ」 流石の才人もちょっと引きが入る。 「何、簡単な事だよ」 そんな才人に、ギーシュが説明する。 「彼は、入学式の新入生歓迎会で…。  一人で、豚の丸焼きを完食したんだよ。  以来彼は、『味の王』と呼ばれている」 …なんか前『風上のマリコルヌ』とかってバカにしてなかったか? とか思ったが、才人はあえて突っ込まない事にした。 「へい、チャレンジメニュー一丁っ!」 マルトー親父がごっつい手で、カウンターにとん、とトレイを一枚置いた。 それを見たマリコルヌは。 「親父…」 激昂した。 「僕を、舐めないでもらおうか!  僕を、誰だと思っている!」 トレイの上に乗っていたのは、普通のシチュー皿。 その上に盛られているのは、ハルケギニアでは野菜として流通している、米。 赤い色に炊かれた米が、山のような形に盛られている。その上にかかるのは、同じく紅いソース。 たしかに普通の量ではないが、それは『ちょっと多い』くらいの量で、一般人にも食べられない事もない。 豚の丸焼きを完食したマリコルヌにとっては、どうということのない量だろう。 しかし、そのマリコルヌに、マルトー親父はにっこり笑って皿に載った『チャレンジメニュー』を指差す。 「そういうセリフは…ソイツを完食してから言ってもらいましょうか」 「…まさか、食えないほどまずい、というわけじゃないだろうな」 まずい料理を供して、それを完食できなければ罰金、という飲食店もままある。 しかし、その行為は。 「それは、フードファイトの理念に反しますぜ、マリコルヌ坊ちゃん」 マルトー親父の言う通り、その皿の上の料理からは、食欲を誘う芳しい香りと湯気が立ち昇っている。 たしかに、この料理は旨そうだ。 253 :そこに『山』があるから ◆mQKcT9WQPM :2007/09/29(土) 23:14:01 ID:N08vdf6f 「…わかった、しかし、君は後悔する事になるぞ…!」 マリコルヌのその笑顔からは、完食を確信した余裕の心情が見て取れた。 そして、マリコルヌはトレイを手に、席に着く。 その脇にマルトー親父が砂時計を手に立ち、その周囲を生徒たちが囲む。 そして、マルトー親父は砂時計を掲げ、高らかに宣誓する。 「では、この砂時計が落ちきるまでが、制限時間です。  どちらさんも、よござんすね?」 周囲の生徒たちにも確認できるように、マルトー親父は砂時計をぐるりと回す。 そして言った。 「それでは、どうぞっ!」 カン! 勢いよく反転した砂時計が小気味よい音をたててテーブルとぶつかり。 マリコルヌは、勢いよく『チャレンジメニュー』に食らいついたのだった。 結論から言って。 マリコルヌは完食できなかった。 砂時計の落ちきったテーブルで、マリコルヌはスプーンを握り締め、事切れていた。 目の前で繰り広げられたあまりの異常事態に、周囲の生徒たちはざわめく。 数分前。 マリコルヌは、物凄い勢いで米を掻きこんでいた。 しかし、その手はすぐに止まる。 「か…からい…うまい…」 マリコルヌはそう言うなり、丸い顔を真っ赤に染め、そして、ばたん、とテーブルに倒れこんだのだ。 「…勝った」 マルトー親父は砂の落ちきった砂時計を取り上げ、勝利を宣言する。 生徒たちがざわめく中、才人はマルトー親父に寄って行って、話しかけた。 「…なあ、マルトーさん」 「お、なんだ我らの剣」 マルトー親父はにっこり笑い、才人に聞き返す。 才人は、思っていた事をマルトーに尋ねた。 「アレ、やっぱ辛いの?」 「辛いぞ。だが、それ以上に旨い!」 言ってマルトー親父はマリコルヌの残した皿から一つまみ、米を取る。 そしてそれを才人に手渡す。 「食ってみろ」 「え」 「大丈夫、その量なら平気だ」 騙されたと思って、とマルトー親父は続ける。 才人は覚悟を決めて、その米を口に含む。 才人の口に広がる、米の甘み、そして、香辛料由来と思われるピリッとした辛さ。 そして、噛んだ瞬間に歯に感じる歯ごたえと、口の中に広がる、香ばしい香り。 確かに、これは旨い。 254 :そこに『山』があるから ◆mQKcT9WQPM :2007/09/29(土) 23:15:01 ID:N08vdf6f 「へえ、うまいじゃ」 しかし次の瞬間。 才人は両手で口を抑えた。 口の中で火がついたようだった。舌の感覚細胞が悲鳴をあげ、息が通るだけで辛さがぶり返す。 溢れ出る唾液すら辛味となり、耳の奥が痛みすら伴って燃え上がる。 「か、か、か、かれええええええええ!なんじゃこりゃあああああ!」 「はっはっは!そうだろう辛いだろう!」 そして得意げに、マルトー親父はその料理の材料を語った。 「まず、その米を炊くのに使ったのは、ジョッキ一杯分のムシゴロシの実を、同じ量の水に二晩漬け込んだものだ」 その言葉に、生徒たちがざわ…とざわめく。 才人はムシゴロシの実ってなんじゃらほい、と思っていたが、レイナールが親切に解説してくれた。 「ムシゴロシの実っていうのは、その名の通り殺虫剤に使われる赤い実でね。ものすごく辛いんだ。  虫どころか、小動物も食べたら死んじゃうような辛さなんだよ」 鷹の爪みたいなもんか、と才人は納得する。 「かかっているソースは、トマトをベースに、潮漬けにしたムシゴロシの実の粉末を混ぜ込んである。  さらに、全体にサフランとクコの実とムシゴロシの実の粉末を混ぜ合わせたものを仕上げにかけてある」 解説を聞いたギーシュが、自分の口を開けて舌を出し、まるで自分がそれを口にしたような顔になる。 「…それは…辛いわけだ…」 「だけどな、それを全部ただ使っただけじゃないぜ。  きちんと適した火力で調理して、旨く仕上げてある。辛いが、旨いぜ」 にっこり笑うマルトー親父。 才人はその言葉は本当だと思った。 たしかに先ほど食べた米は辛かったが、今、自分は、もう一口アレを食べたいと思っている。 「ま、でも一度に食べ過ぎるとああなるが」 言ってマルトー親父の指差す先には、倒れ伏すマリコルヌ。 「今回は、俺達厨房の勝ち、ってこったな」 そう言ってがはは、と笑うマルトー親父に、ギーシュが悔しそうな顔をする。 「くそう…。誰か、アレを食べきれる剛の者はいないのか…!」 しかし、マリコルヌの敗れた今、これを時間内に完食出来る猛者など、いないだろう。 「…あのー」 そんな空気を吹き飛ばすように、柔らかい、鈴を転がすような声が、食堂に響く。 その声の主を通すよう道になるように、再び人ごみが開く。 そこに居たのは。 長く美しい金髪を持つ、優しい瞳の妖精。 ティファニアだった。 「なんでしょうかね?ミス」 マルトー親父は、彼女の視線が自分に向いている事から、その声が自分に向けられたものだと判断した。 ティファニアはそれを肯定するように、続ける。 255 :そこに『山』があるから ◆mQKcT9WQPM :2007/09/29(土) 23:15:44 ID:N08vdf6f 「あの、『食堂のメニュー食べ放題』って、本当ですか?」 「ああ、もちろん。ただし、ちゃんと時間内に食べきらなきゃだめですぜ。  で、どなたか挑戦されるんで?」 まさかこんな少女がこのメニューに挑戦はすまい。 周囲の生徒たちも、マルトー親父も、才人も、そう思っていた。しかし。 「あ、あの、私…挑戦しちゃだめ…ですか?」 「へ?」 「テファが?」 そして次の瞬間。 「いけませんティファニアお姉さまッ!命を粗末にしてはッ!」 「え?ヴィヴィ?」 「そ、そうですミス・ウエストウッド!なにもアナタがそんな!」 「あ、あの、ミスタ・グラモン?」 「そうだぜテファ!これマジでやばいんだって!」 「さ、サイトまで…」 あっという間に複数の生徒に囲まれるティファニア。 その全員が、ティファニアの身を案じていた。 しかし、当の本人は。 「大丈夫、ムチャはしないから。  だから、お願いできます?マルトーさん」 言って、にっこり笑ってマルトー親父に言う。 マルトー親父は呆気に取られていたが。 「…ようがす。じゃ、ちゃちゃっと作ってきますんで、お待ちください」 すぐに、厨房に引っ込んだ。 ティファニアを囲んでいた生徒たちも呆気に取られていたが。 「…わかりました。お姉さまの意思は固いのですね」 「…そうまで言うなら止めはしません」 「…ふ。バカだな、お前らも…俺も」 にっこり笑い合うと。 『親父!『チャレンジメニュー』だ!』 全員が揃って、そう言った。 「え?え?あの?」 「お姉さま一人を、逝かせはしません」 「貴女のような美しい方だけに辛い思いをさせるわけには、いきませんので」 「俺達、友達だろ?」 今度はティファニアが呆気に取られる番だった。 …な、何を言ってるのかよくわかんないんだけど…。 しかし、ティファニアが疑問を差し挟む間もなく、テーブルに着いた全員の前に、赤い山が運ばれてくる。 その前に、マルトー親父が立つ。 「…では、この砂時計が落ちきるまでが、制限時間です。  どちらさんも、よござんすね?」 ティファニア以外の全員が、こくん、と頷く。 256 :そこに『山』があるから ◆mQKcT9WQPM :2007/09/29(土) 23:17:11 ID:N08vdf6f 「…じゃあ、始めてください」 ティファニアの一言で。 マルトー親父はくるん!と砂時計を反転させ、たん!とテーブルに砂時計を置く。 そして言った。 「それでは、どうぞっ!」 全員が、一気に目の前の山に、食らい着いた。 死屍累々。 そう形容するのがぴったりの光景だった。 一様に真っ赤な顔をして、机に突っ伏し、うめき声を上げるしかできない敗北者たち。 挑戦者のその悉くを打ち倒し、赤い山はまだ半分以上、原型を留めているものがほとんどだった。 「…ごちそうさまでしたー!」 「ば、ばかな!」 最後の一口を容易く片付け、砂時計はなおも時間を余らせている。 その勝利者の名は、ティファニア。 彼女はまるで普通のピラフを食べるように、赤い山を容易く征服してしまったのだった。 「あ、あの辛さを、平然な顔でっ?」 驚愕するマルトー親父とギャラリーの視線に、応える者がいた。 「聞いたことがある…。あれは…」 「知っているのかレイナール!?」 レイナールの呟きに、控えていた生徒の一人が合いの手を入れる。 「味覚鈍化…!エルフの間に伝わる、どんな味のものも食することが出来るようになる、究極の法…!  かつて、エルフはその術で森の中のあらゆる植物を食したという…!  これが、現代の薬学の基礎になったと、言われているんだ…!」 …民明書房かよ! 突っ込もうと思った才人だったが、今は息をするだけで舌がヒリヒリする。 ティファニアはにっこり笑って、その解説を否定した。 257 :そこに『山』があるから ◆mQKcT9WQPM :2007/09/29(土) 23:19:03 ID:N08vdf6f 「私、辛いの大好きなんです♪」 たしかにティファニアの顔は赤くなっていたし、汗もかいていた。辛くないわけではないようだ。 しかし。 『モノには限度があるだろ!』 机に突っ伏した全員が、心の中でそう突っ込む。 「…負けた…!俺の、俺のレシピが負けたっ…!」 がっくりとうなだれるマルトー親父。 そんな彼の肩に、そっと手を掛ける人物が一人。 はっとマルトー親父が顔を上げる。 そこにいたのはシエスタだった。 「いいじゃないですか、親父さん。  また、新しいレシピを考えましょう」 にっこり笑うシエスタに。 「………。  そうだな、そのとおりだ…!」 マルトー親父は拳を握り締めて立ち上がり、天を振り仰ぐ。 「よーし、次のレシピを考えるかぁ!」 「その意気です親父さん!」 盛り上がる二人に、いつのまにか復活していた机の上の面々が拍手を送る。 「次は僕が勝つ!」 「今度は…負けませんよ」 「ふ…そこに壁があるなら、立ち向かえばいい。それだけのこと」 「お、いいこと言うじゃねえかギーシュ」 妙な感じに盛り上がる食堂の面々を、食堂のすみっこで本を読みながらいつものサンドイッチをつついていた青い髪の少女が、冷ややかに見つめて言った。 「…バカばっか」 〜fin *後日、『チャレンジメニュー』を食べたティファニア以外の面々は、トイレで酷い目に逢ったそうな*

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