「26-469」(2008/02/18 (月) 03:20:52) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
469 名前:比翼連理[sage] 投稿日:2008/01/18(金) 22:00:05 ID:0r9Vi4PN
#BR
「ん、ふぅ、んん……」
#BR
灯を落とした暗い部屋の中に押し殺した喘ぎが漏れる。
毛布にもぐって響きを抑えているはずのそれは、その中で反響する。
その内に篭った彼女の耳には、どうにも大きく聞こえて仕方ない。
#BR
この居室の外には、距離はわからないが、誰かしらが控えているに違いなかった。
その誰かに聞かれてしまったら……このような、いやらしい声を聞かれてしまったら、
一体どうなってしまうだろう。
もし、その誰かが、騎士の自尊心もない、若い男だったら。
その若い情欲のままに、おもうさま嬲られてしまうかもしれない。
#BR
それでも、下着に当てた指は湿った部分を強く押さえたまま、離せずにいる。
彼女の熱っぽい瞳は、なにか浮かんででもいるかのように、虚空をじっと見据えていた。
#BR
「く、ぅ……ウェールズ、さま……」
#BR
その名は、この唇で呼んではいけない名前。
もう……呼ぶことの出来ない名前。
#BR
アンリエッタの心は未だ、彼と共に在れた短い短い時の中にあった。
例えば、初めて出会った日。湖畔で誓った言葉。
その先の回想も、幸せで甘酸っぱい……忘れ得る事のない、素敵な思い出が続く。
自然、目元や口元がゆるみ、柔らかな微笑みが浮かぶ。
欲に染まった頬と潤む瞳を合わせれば、少女のそれというより、妖艶な笑みに見えた。
#BR
……しかし、共に過ごせた幸せな時間は、ほんの僅かな時間のこと。
思い返していると、しばし後には彼の最期の瞬間に辿り着いてしまうのだった。
優しいパステルカラーに彩られていた世界は、そこで一転、凄惨な深紅に染まる。
アンリエッタはぎゅっと目を閉じた。……だが、その色はいつまでも消えない。
#BR
#BR
そもそも、アンリエッタという名の少女は、弱かった。
女王などという立場に立てるような気性ではなかったし、そのような立場になるなど、
考えたこともなかった。
#BR
その小さな掌には広すぎる街。この瞳に映すにはあまりに遠大な国土。
飢えと身分差に苦しむ平民。誇りを忘れた哀れな貴族。
真意の知れない外の国々。そして、今やどれほど憎んでも足りないレコン・キスタ。
#BR
王の冠という物は、まだ少女の色を残すアンリエッタには、あまりにも重かった。
あの日、重すぎる冠を振り捨てて、ウェールズと逃げると決めた時。
口でなんと言ったところで、やはり自分はどこかほっとしていたに違いなかった。
自ら、重責から逃げ出したわけではない。
自ら、この冠を投げ捨てたわけではない。
……そう、愛しいウェールズの言動を、自他への言い訳にしなかっただろうか?
否とは、とてもいえない。
#BR
彼を思い返すと、終いにはそんな罪悪感と悲痛に苛まれた。
しかし、どんなに忙しく公務をこなそうと、彼を思わぬ日は一日とてなかった。
#BR
そんな日々はいつしか、心痛を手淫で慰めるという術を彼女に教えてしまったのである。
#BR
#BR
「あぁ……あふ……ウェー、ルズ、さまぁ……」
#BR
ただ強く押さえていただけの手は、いつの間にか撫でるような動きをしていた。
下着はいつの間にか溢れた淫液にぐっしょりと濡れている。
#BR
ただの罪悪感ではすまない。
自分はこのような浅ましく卑猥な行為に、彼を思い浮かべている。
誇り高く逝った彼を、こんな時に思っているのはなんと愚劣な事だろう。
#BR
そう思えば思うほどに、下腹の甘い疼きは増していく。
それがまた罪悪感にかわり、浮かんだ罪悪感は更に腰を疼かせる。
この行為はすでに無限回廊と化していた。
#BR
……眠れぬ夜の眠れぬ理由は、一体なんだっただろう。
その境はいつしか溶け合い、今ではもう、どちらともつかないのだ。
#BR
すっかり熱く充血した秘芯を、指の腹でぐりぐりと押し潰し、アンリエッタは呻く。
……声を、出してしまいたい。
いやらしい声を出して、そして、それから?
わからない。どうなってしまうかなんて、わからない。
むしろ、どうなってしまうかわからないから、声を出したい?
#BR
「ぁ……っ、は、あぁ…………あぁんっ」
#BR
あと少し。もう少し。ほんの、少しだけ、大きく。
心の中の悪魔の囁きが、僅かずつアンリエッタを煽っていく。
それからふと、扉に意識を向けた。そこに控えている騎士は誰だろう、と。
#BR
……意識の中に浮かんだウェールズが、霧がかかったように揺らいだ。
その髪と瞳の色が、トリステイン人には少ない、黒に変わる。
#BR
脳裏に浮かんだのは、幼馴染が喚んだ使い魔。
彼女の代わりに七万もの大群と戦い、一時は生死不明になった彼。
先日近衛騎士に任命した……才人の姿であった。
#BR
ルイズ・フランソワーズの傍にいるはずの彼が、ここを守っているはずがない……。
そんな冷静な判断は、すぐさまどこかへ飛んでしまった。
今にも意識が飛んでしまいそうなその瞬間、浮かんだのは安宿で才人の傍にいた時間。
……それこそが、彼女を最後の一線まで押し上げる刺激になった。
#BR
「くぁ、んふぅ……さ、サイト殿……っ! ……あっ! あぁぁっ!」
#BR
快楽の荒波にびくびくと身を震わせる。
しかし、彼女が浮かべた表情は、淫らなそれではなく、愕然としたものであった。
未だ激しい呼吸に、はだけた胸が大きく上下する。
#BR
…………わたくし、どうしてしまったというの?
ウェールズさまを忘れて、他の誰かを愛すると誓ったあの日から……まだ、どれほども
たっていないというのに。
永遠に愛すると、そう誓っていたというのに。
#BR
このような時に思い浮かべるのは、手を許すという程度の事ではない。
真実このような関係になっても悪くない、と心のどこかで考えていなければありえない
事に違いなかった。
……少なくとも、アンリエッタはそう思った。
#BR
本人も気づかぬ内の、大きな変化。困惑と恐怖に胸が苦しくなる。
#BR
今……今この時、わたくしが会いたいと望んでいるのは……誰?
ウェールズさま? ……それとも……。
#BR
見開いた瞳の奥からは澄んだ雫が次々に溢れ、淫らな行為に上気した頬を零れ落ちた。
#BR
無数の死と贖えぬ罪が渦巻いた戦乱と、その後の多忙な日々……。
脆弱な彼女の心は緩やかに、しかし確実に軋み、歪みつつあったのである。
#BR
#BR
#BR
「……ずいぶんとお疲れのご様子だな、女王陛下は」
#BR
苦渋の表情を浮かべ、陛下の居室の前を守っていたのはアニエスであった。
異変に気づいて早々に人払いをしたのは、はたして正解だったようだ。
しかし、このような嬌声を聞き続けるのは、同じ女性の身にしても辛い。
室内の声に共鳴するように、下肢にじわじわと忍び寄った痺れを、気力で抑える。
それでもしばらくすれば耐えかねて、アニエスはまだ静かにならない部屋の前を離れた。
#BR
手近な窓に歩みより、桟にそっと指をかける。
そして、月をすっかり覆い隠してしまった暗雲を見上げた。
その光景はまるで、今の陛下を表しているようにアニエスには思えた。
#BR
切っても切れぬ縁の象徴とされる、夜空に並ぶ比翼連理の双つ月。
……ならば、その片割れを失った月は、どうなるのだ?
この空のように、残された月までも、暗雲に飛び込んでしまうのではないだろうか。
#BR
切っても切れぬというのは……逆に言えば、片割れのみでは存在できないという事だ。
片翼で飛ぶ鳥など、この世には存在し得ないのである。
#BR
……貴殿はなぜ、生き延びてくださらなかったのだ。
このままでは何もかもが壊れてしまうかもしれませぬぞ。
陛下とて無垢な輝きを失い、冷徹な主君か、虚ろな操り人形と化してしまうやもしれぬ。
#BR
貴殿はそれでもよいとおっしゃるか?
貴殿はそれでも、王家の為、名誉の為に死んだ事は正しかったとおっしゃるか?
#BR
……答えを返そうにも、貴殿はもう、この世には在らぬのだな……。
#BR
会ったこともない、名と立場しか知らない彼に、心の中で問い続ける。
それから深くため息をついて、アニエスは頭を振った。
#BR
……いや、私こそ、彼を理由として逃げようとしているのかも知れぬ。
今、女王陛下を守り支えるのは、我らのお役目ではないか。
……そうだ。陛下は幾重にも重なるご心労にひどくお疲れなのだ。
この辺で一度、気分転換になる何かがあればよいが……。
#BR
窓の側をはなれ、再び部屋の前に戻ると、室内は静かになっていた。
これ以上彼女の痴態を耳にせずにすむと知り、アニエスはほっと息をついた。
#BR
……アンリエッタがウェールズとは異なる名を呼んで果てたのは、ちょうどアニエスが
部屋の前を離れている間だったのである。
彼女の耳にそれが聞こえなかったのは、はたして幸いであったのかどうか……。
#BR
#BR
それは、スレイプニィルの舞踏会の、少し前の出来事。
#BR
#BR
#BR
#BR
(レスで頂いたご指摘を受けて、掲載時に一部修正。ありがとうございます。)
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: