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62 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/03/26(月) 16:36:05 ID:F39+zbEK

「パパ」  という歓声がヴェストリの広場に響くまで、その日は取り立てて変わったところのない、平凡な日 に過ぎなかった。  休日でもある虚無の曜日の昼下がりである。爽やかに晴れ渡った空の下、健康的な学生たちは幾人 かずつで様々な集団を作り、広場のあちこちで取りとめもない談笑を交わしていた。仲睦まじい恋人 たちもいれば、それに嫉妬と羨望の混じった視線を送る男子生徒たちもおり、一人木陰で黙々と本の ページを手繰る少女の姿もある。  広場の中央では、今日も今日とて見慣れた光景が繰り広げられている。二人の少女に引っ叩かれた り踏みつけられたりしながら必死に平謝りする黒髪の少年と、地面に敷かれた簡素な敷物に座って無 責任にそれを観戦する数十人ほどの学生たち。  今や学院の名物ともなった「シュヴァリエ・ド・ヒラガのお仕置きタイム」である。七万の大軍を 単騎で止めた英雄サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ少年が痴情のもつれの果てに二人の少女に容赦 なくボコボコにされるという、他では絶対にお目にかかれないイベントだ。  このほのぼのとした日常的じゃれ合いのエンターテイメント性にいち早く目をつけたのは、水精霊 騎士隊の実務を担うレイナール氏である。事が起こるや否や鍛え抜かれた騎士隊の面々を総動員して 素早く会場を整えつつ、鐘を鳴らして学生たちにイベントの始まりを知らせ、席料や飲み物代をせし めるという仕組みである。  こうした訳でサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガは、衆人環視の下、降り注ぐ鞭と拳の雨霰を必死 に避けつつ隙を見ては土下座して平謝りを繰り返している訳である。 「おお、今のをご覧になりましたか解説のマリコルヌさん」 「もちろんですとも実況のギーシュさん。うーん、ヴァリエール嬢の鞭捌きもさることながら、ヒラ  ガ氏の身のこなしも素晴らしいですね。一秒間だけ土下座しつつすぐに身を起こしてメイド嬢の手  から逃れる。我々ではとても真似できませんね」 「爛れきった私生活の果て、愛人の追及から逃れて生き残るために必死で身につけた回避術という訳  ですか」 「その通り。素晴らしいですね、これこそ厳しい環境にも必死で適応しようとする人間の生存本能の  極致とも言うべき芸術的な」

63 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/03/26(月) 16:37:20 ID:F39+zbEK

「おおーっと、ここでクリーンヒット、クリーンヒットです。素晴らしいコンボでしたね解説のマリ  コルヌさん」 「ヴァリエール嬢が鞭で足を絡め取ったところに、メイド嬢の狙い済ましたかのようなボディ・ブロ  ー。私も解説を始めて早三十回目となりますが、これほど芸術的な打撃を見たのは七回目の『ゲロ  吐きシュヴァリエ』以来久しぶりですね」 「ああ、あれも名勝負でしたね。くの字に折れたシュヴァリエの口から吐き出される大量の吐瀉物。  頭からもろに浴びるヴァリエール嬢」 「地獄絵図というのはまさにあのときのためにあった言葉でしたね。モンモランシー嬢が言うところ  によるとあの勝負で十本強の秘薬の瓶が空になったとか」 「怖いですね恐ろしいですねモンモランシー最高ですね。さて、そんなことを言っている間に倒れた  ヒラガ氏が振り下ろされる足の雨を浴びてどんどん薄汚く汚れていく訳ですが」 「ボロ雑巾というのはまさに今の彼のためにある言葉ですね。ついでに言うと美少女二人のおみ足で  踏まれるというのはちょっと羨ましい状況ですねっつーかいっぺん本当に死んでほしいですねいや  マジで」  そんなこんなでこの日のイベントも終わりに近づいたとき、三人を取り囲んでいた人垣が唐突に割 れた。  そこから、一人の可憐な少女が飛び出してくる。桃色がかったブロンドの髪を肩で切りそろえた、 非常に整っていながらもどことなくとぼけた顔立ちの女の子だ。見慣れぬ第三者の登場に、その場が 一瞬静まり返る。好き勝手に才人を踏みつけていた二人の少女もまた、突然登場した少女に驚き、ぴ たりと動きを止める。  その場の全員が注視する中、少女は視線に気付いていないかのような何気ない足取りで才人たちに 近づき、しゃがみ込んだ。そして、倒れたままきょとんとした表情で少女を見上げる才人の顔をじっ と見つめ、満面の笑顔で言い放つ。 「パパ」 「空気が凍る瞬間というものを、わたしはそのとき初めて目にしました」というギーシュ・ド・グラ モンの述懐は、時代を超えて今も名言として残されている。

64 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/03/26(月) 16:39:14 ID:F39+zbEK

 ゼロ戦格納庫。水精霊騎士隊の溜まり場としても用いられているこの簡素な建物の中は、重苦しい 空気で満たされていた。  裸電球よろしく天井から吊り下げられた小さなランプが照らし出すのは、一様に押し黙った友人た ちの様々な表情。  押し殺されて噴出す寸前の怒り、常識から飛躍しすぎているこの状況に対する戸惑い、露骨な軽蔑 と嫌悪、羨望の混じった嫉妬。  暗闇の中にたくさんの顔が浮かび上がり、休みなく無数の視線が飛んでくる。何重にも巻きつけら れた縄で椅子に縛り付けられた才人は、うんざりした気分で顔を伏せていた。幾度ため息を吐けども、 状況は少しも変わりない。そんな才人の前には古びた木のテーブルが一つ置いてあり、向かい合う形 で座っているギーシュは手を組んで口元を隠したまま沈黙を保っている。傍らには太っちょのマリコ ルヌが佇み、苛立った顔で才人の顔を見下ろしていた。 「で、吐く気になったか」 「だから、俺はやましいことなんて何も」 「黙れ」  マリコルヌが絶叫と共にテーブルに拳を叩きつけた。 「いいかよく聞けこの撒き散らし野郎。貴様という奴はたんぽぽの綿毛みたいに無責任に種子を飛ば  しやがって。言え、一体今まで何人の少女を孕ませたんだ。今までに食ったパンの枚数よりは少な  いんだろうな」 「いや、だからさ」 「黙れと言っているのが分からんのか」  マリコルヌは太った体を無理矢理回転させて才人の頬を張り飛ばした。そのまま顔を真っ赤にして ふうふう息を荒げる彼を、ギーシュが苦笑してなだめる。 「まあまあ、落ち着きたまえよマリコルヌ」 「しかしギーシュ」 「大丈夫だ。僕に任せておいてくれたまえ。さて、サイト」  不承不承引っ込んだマリコルヌに代わって、今度はギーシュがじっとこちらを覗き込んでくる。 「僕としても決してこんな野蛮な真似はしたくないんだが、水精霊騎士隊隊長としての面子とか役割  のようなものがあってね。友人を疑うというのは実に悲しいことだが、これも国家に奉仕する貴族  たる者の宿命。甘んじて尋問を受けてくれたまえ」 「とか何とか言って思いっきりこの状況を楽しんでるだろテメエ」 「そんなことはないよサイト。ところで僕は対岸の火事を見物するほど楽しいことはないと常々思っ  ているんだが、どう思うね」 「胸糞が悪くなるほど素晴らしい趣味だぜお貴族様め」 「お褒めに預かり光栄だよ。さて、では重要参考人にご登場願うとしようか」

65 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/03/26(月) 16:40:18 ID:F39+zbEK

 ギーシュが気取って指を鳴らすのと同時に、件の少女が騎士隊の二人を伴って姿を現した。  そもそもこんな理不尽な目に遭っているのはこの少女のおかげなのだが、それを知ってか知らずか、 本人は実にのん気な笑みを浮かべて楽しげに才人を眺めている。 「こちらへどうぞ。さて、これから君にニ、三質問させて頂くことになる訳だが」 「うん、いいよ」  ギーシュの隣に腰掛けた少女が、無邪気に頷いた。見かけは十歳ほどに見えるので、実年齢よりも 少々幼い精神の持ち主らしかった。 「素直でよろしい。えーと、それではまず、君のお名前は」 「ルーナよ」 「ルーナね。それで、君は」 「この馬鹿犬とどんな関係なの」  唐突に横から出てきたルイズが、噛み付くような勢いでルーナに詰め寄る。至近距離から大人も縮 み上がるような視線で睨みつけられた少女は、しかし少しも恐れた様子を見せない。それどころかじ っとルイズを見つめ返し、面白そうにくすくすと笑い出した。 「ふざけてんのあんた」 「まあまあルイズ」 「なによ、何か文句あんの」  ルイズにぎろりと睨まれると、ギーシュは顔に笑顔を貼り付けたままそそくさと立ち上がった。 「いや、ここは全て君に任せるのが正解という気になっただけさ。さ、どうぞどうぞ」  ふんぞり返るようにして座ったルイズは、何かとんでもなくまずいものを無理矢理飲み込もうとし ているように顔を歪めながら、じろじろとルーナを観察し始めた。観察されている方は相変わらず面 白そうに才人とルイズを見比べては、時折小さく忍び笑いを漏らしている。 「なんか気に入らないわねこの子」  正直すぎる感想を漏らしつつ、ルイズがより一層顔をしかめる。 「まあいいわ。それで、そろそろ答えてもらいたいんだけど」 「何を」 「決まってんでしょ。こいつがあんたの何なのかってことをよ」  ルイズが椅子に縛り付けられた才人を指差すと、少女はあどけない笑みを浮かべて答えた。 「パパよ」 「よし、殺そう」  殺気立ったマリコルヌが、杖を構えて立ち上がる。「まあまあ」とそれを押し止めながら、ギーシ ュが横から口を挟んできた。

66 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/03/26(月) 16:41:19 ID:F39+zbEK

「ルーナ。それは、血の繋がった父親という意味かい」 「血の繋がった父親以外にどういうパパがあるって言うんだよギーシュ」 「いやね、近年モラルの低下著しいトリスタニアでは、いやらしい奉仕の見返りとして金銭的な援助  を受けている婦女子が男のことをそう呼ぶことがあると。まあつまり愛人な訳だが」 「よし、殺そう」 「まあまあ落ち着きたまえよマリコルヌ。それで、どうなんだいルーナ」 「ううん、そういう意味じゃないよ。正真正銘、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガはわたしのお父  さんなの」  ルイズが震える手で杖を取り出して才人に突きつけた。 「この馬鹿犬一体いつの間にどこで誰の許可を得てお盛んな種まきを」 「待てルイズ、エクスプロージョンを詠唱する前に俺の話も聞いて」 「ちょっと待ってください」  絶体絶命の才人を救ったのは、困惑した表情で手を挙げたシエスタであった。 「あの、ルーナさん。失礼ですけれど、お年はお幾つですか」 「十歳だよ」  大体見かけどおりの年齢である。シエスタは戸惑ったように首を傾げて才人を見やった。 「それだと、ルーナさんは才人さんが八歳ぐらいのときに作った子供ということになってしまいます  けれど」 「八歳のときから噴水の如しですかこの鬼畜野郎」 「マリコルヌ、君はもう少し常識という言葉を勉強した方がいいな」  興奮しきった太っちょを冷静に押し留めつつ、ギーシュはなだめるようにルイズを見る。 「ルイズ。もう少し詳しく話を聞いてもいいと思うんだが、どうかね」  唇を尖らせながら、ルイズもまた一旦押し黙る。ギーシュは改めて問うた。 「それで、一体どういうことかなルーナ。僕としては、君が悪戯しているかそれとも有名な英雄に会  いたくて嘘を吐いているかのどちらかだと思っているんだが。そうだとしても怒らないから、正直  に答えてほしいね」  普段のへっぽこさからは想像も出来ないギーシュの尋問振りに感動を覚えながら、才人もまたルー ナの言葉を待つ。彼女はしばらくの間、やはり興味深そうに才人とルイズの二人を見比べていたが、 やがて満足げに何度か頷いた。 「パパの言ったとおりだったわ。本当に昔はママがパパのこといじめてたのね」  少しの間、奇妙な沈黙が訪れた。誰もその言葉の意味を理解できなかったらしい。何となく地雷を 踏みそうな危惧を抱きつつ、才人は恐る恐る問う。 「昔ってどういう意味だ。それに、ママって」 「何言ってるのよパパ。ママはパパのど」  そこまで言いかけて、ルーナは「あ、違う違う」と舌を出してから言い直した。 「ママはパパの奥さん。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールのことじゃない。ああそっか、このときはま  だ結婚してないんだっけ」  こういった経緯により、ゼロ戦の格納庫では再び混乱の嵐が巻き起こることになった。さっきまで の平静振りが嘘だったかのように突如として怒り狂ったシエスタが、身分制度の壁を超えてルイズと 才人を締め上げたり、止めに入ったマリコルヌが吹っ飛ばされて脂肪の弾丸の如く屋根を突き破った りと一騒動あったものの、三十分ほどして騒ぎはようやく収まった。

67 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/03/26(月) 16:41:50 ID:F39+zbEK

「つまり、君は未来から来た才人とルイズの娘であると、こういう訳かね」 「そうよ」  ズダボロになった一同の中で一人変わらずのん気に笑うルーナが、ギーシュの質問に答えて大きく 頷く。 「本当かしら。なんだかあんまり凄い話で、信じるとか信じないとかの議論自体が馬鹿馬鹿しい感じ  だけど」  負傷者の手当てをしつつ、モンモランシーが首を傾げる。「まあ確かに」とそれを肯定しつつも、 ギーシュは特に疑う様子を見せない。 「だがあり得ないとは言い切れんだろうね。僕らもこの二年間ほどでいろいろと信じられない体験を  してきた訳だし、今更過去やら未来やらから人がやって来たって特に驚くべきことじゃないよ」 「否定できなくなってる自分がちょっと嫌だな」  ようやく縄から解放された才人が、体をほぐしながら呟く。 「それにしても、俺とルイズの娘、ねえ」  才人はまじまじと自分の娘と名乗る少女を見つめる。  確かに、桃色がかったブロンドの髪はルイズ譲りと言っても良さそうだったが、他はあまり似てい ないような気がする。 「何を疑っているんだねサイト。目元がどことなく間抜けな辺りなんか君そっくりじゃないか」 「お前に間抜けとか言われたくねえよ。でもまあ、言われてみればそう、かもな」  何となく釈然としない気持ちで頷く。すると、ルーナもまた不思議そうに才人を見つめた。 「パパ、やっぱり昔は全然違う感じの人だったのね」 「どういう意味だよそりゃ」 「だって、わたしの知ってるパパだったら、今みたいなこと言われたら問答無用で相手を斬り殺して  ると思うし」 「どんだけ物騒になってるんだよ未来の俺って奴は」 「確かに、わたしたちの知ってるサイトさんとはずいぶん違うみたいですねえ。本当なんでしょうか」  シエスタが頬に手を当てて首を傾げる。先ほどに比べるとかなり落ち着いた様子である。だが、彼 女に反してルイズの方は先ほど以上に落ち着きを失っていた。話の中心から少し遠い場所に椅子を置 き、頬を赤らめてそっぽを向いている。苛立たしげに親指の爪を噛みながら、時折ちらちらと横目で ルーナを見ていた。その視線を受けながら、ルーナがくすくすと笑う。 「やっぱりママは昔から恥ずかしがり屋さんなのね」 「あんたね」  と、我慢できなくなったらしいルイズが、こちらに向かって歩いてきた。両手に腰を当ててルーナ を睨みつつ、命令口調で言う。 「そういう思わせぶりな喋り方、止めなさいよ」 「ママの喋り方だってあんまり分かりやすくないと思うよ」  そう答えたあと、ルーナは思い出すように笑った。 「そんなだから、『どうしてほしいのかちゃんと具体的に喋ってほしいな』っていっつもパパに怒ら  れるのよ」 「ふうん。あんた、随分と立場が上がってるみたいじゃない」  頬を引きつらせたルイズのじっとりとした視線が、才人の背筋を震わせる。 「いやルイズ、それ今の俺の話じゃなくて、未来の」 「黙れ犬」 「黙ります犬」

68 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/03/26(月) 16:42:35 ID:F39+zbEK

 威圧的な視線に気圧されていつものように縮こまる才人を見て、とうとうルーナが腹を抱えて笑い 出した。 「おっかしいの。わたしの知ってるパパとママとは全く正反対だわ二人とも」 「正反対、ですって」  ルイズが眉をひそめた。 「どういう意味よ、それ」 「だってママ、いっつもパパに言ってるよ。『あなたなしじゃ、わたし生きていけない』とか『わた  しを見捨てないでね、あなた』とか。それにほとんど一日中休みなしに『愛してます』って。パパ  もいっつも満足げにそれに答えて」  ルーナが口真似をするたびに、ルイズの顔の赤みはますます深まっていく。やがて耐え切れなくな ったように鞭を取り出すと、怒っているんだか恥ずかしがっているんだか判別のつかない表情で才人 に向き直った。そして降り注ぐ鞭の雨。 「この犬が、この犬が」 「痛い、痛いってルイズ」 「この犬のどの口がどんな戯言でこのわたしを。この犬が、この犬が、この犬が」  そうしてひとしきり才人の体にみみず腫れを拵えた後、ルイズは肩で激しく息をしながらルーナに 詰め寄った。 「あんた、一体どういう目的でそんな嘘吐く訳」 「嘘じゃないよ本当だよ。ママ、パパの言うことは何でも聞くし」 「つまりそれだけ愛情が深いということですね解説のマリコルヌさん」 「そうですね実況のギーシュさん」 「黙れ」 「すみませんお嬢様」  五月蝿い外野を一睨みで黙らせつつ、ルイズはそのままの目つきでルーナを見下ろす。しばらくの 間気を落ち着かせるように数度も深呼吸した後、引きつった笑みを浮かべた。ああ怒ってる怒ってる、 と才人は背筋を震わせる。彼にしてみれば主人のあの笑顔は死刑宣告にも等しい恐怖の対象である。 だがルーナは間近でそんな笑顔を見ているにも関わらず全く動じずに、逆に面白そうに瞳を輝かせて みせる。 「わあ、ママったら昔はそんな表情も出来たのね。初めて見たわ、わたし。ママって怒らない生き物  なんだと思ってた」  自分の母親を生き物呼ばわりはまずいだろうと焦る才人の予想は大当たりで、ルイズの表情の引き つり具合は今や芸術的と言ってもいいほどの面白さである。 「あら、未来のわたしは随分と丸くなっちゃったみたいね。こんな糞生意気なガキにきちんと躾もし  ないだなんて」 「躾ってママも使う言葉だったのね。てっきりパパ専用なんだと思ってたわ」 「どういう意味かしら」  ルイズの声が一層低くなる。限界が近いことを察して、才人は周囲の仲間に必死で手を振った。  ――早く逃げろ。命が危ないぞ。  ――了解、副隊長。  水精霊騎士隊の面々はここぞとばかりに素晴らしい連携を見せ、即座に格納庫の入り口付近まで退 避する。それでも会話の内容が気になるらしく、マリコルヌが杖を振って空気の流れを変えて、盗聴 の体勢を取るのが見える。  そんな外野に気付く様子も見せず、ルイズは杖を取り出して腕を組んだ。

69 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/03/26(月) 16:43:46 ID:F39+zbEK

「ごめんねお嬢ちゃん。わたしあんまり頭良くないから、あなたの言ってることがちょっと理解でき  ないみたい」 「うん、『ママは鈍いからその辺は気を遣ってやれ』ってパパも言ってた」 「へーえ。随分と気遣いが上手になったみたいねえ、わたしの子犬ちゃんったら」  見開かれた瞳がギラギラとした光を放ちながら才人を射すくめる。才人の全身が恐怖で細かく震え 出した。そんな彼を助けるかのように、ルーナは一つため息を吐いて、腰につけていたポーチから小 さな杖を取り出した。 「分かったわママ。頭の鈍いママのために、わたしが分かりやすく説明してあげる」 「そう。それはどうもありがとうね」  むしろにこやかにすら聞こえる冷たい口調でそう言ったあと、ルイズは満面の笑みを浮かべてゆっ くりと才人に近づいてきた。だが才人は、今やルイズに対する恐怖も忘れてルーナに見入っていた。 杖を上げた彼女が、聞き覚えのある呪文を詠唱し始めたからである。  ルイズも才人を鞭で叩く直前にそれに気がついたらしい。顔に驚きを浮かべて、ルーナの方を振り 返った。 「イリュージョン」  彼女の呟き通り、それは虚無系統の魔法の一つである「イリュージョン」の魔法だった。術者のイ メージ通りの、精密な幻を作り出す魔法である。現在、これを使えるのは虚無の担い手であるルイズ ただ一人のはずだった。果たして虚無の系統が必ず子孫に伝えられるものかどうかは分からないが、 これでまた一つ、ルーナがルイズの娘である証拠が増えたことになる。 「ルイズ」  呆然としてしまったルイズに、才人は恐る恐る声をかける。ルイズは慌てて振り向くと、噛み付く ように叫んだ。 「なによ。わたしはあの子のこと信じた訳じゃないんだからね。誰があんたなんかと。ほんとにもう。  嫌んなっちゃうわ。ほんとにもう」  何度も何度も「ほんとにもう」と呟きながら、ルイズは赤い顔でちらちらと才人のことを盗み見て いる。どうやらルイズも心の底から嫌がっている訳ではないらしいと知り、才人の胸がじんわりと熱 くなった。 「いやあ、その、なんだ」  と、訳もなく笑ってみたりする。ルイズは不機嫌そうに睨んできた。 「なによ」 「いや、別に。でもなあ。その、参っちゃうなあ」 「何がよ」 「だってよう。ほら、俺とお前が、なんてさあ」  何となく気恥ずかしいようなむず痒いような気持ちで才人が頭をかくと、ルイズは無言で腹を殴っ てきた。しかし拳には全く勢いがない。ルイズは顔を伏せながらか細い声で呟いた。 「別に、わたしはなんとも思ってないし」  このまま彼女を抱きしめたらどうなるだろう、と才人は唐突に想像した。むしろ今すぐ力いっぱい 抱きしめよう、抱きしめたいという願望が腹の底からじわじわと全身に広がっていく。我慢できずに、 才人はルイズの肩に手をかける。 「ルイズ」 「なによ」  一瞬びくりと体を震わせてから、ルイズは拗ねたような声で言った。使い魔に体を触られていると いうのに、全く抵抗がない。才人の頭が沸騰した。これはいける、むしろいくしかないとルイズを抱 きしめようとしたその矢先、

70 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/03/26(月) 16:44:46 ID:F39+zbEK

「サイトさん」  小さな声が、二人の間に割って入った。はっとしてルイズから手を離し、声の方を見る。シエスタ が、痛みをこらえるように胸に両手を当てて俯いていた。 「おめでとう、ございます」  声を詰まらせながら、シエスタは顔を上げた。その拍子に目の端に溜まった涙が零れ落ち、彼女の 頬に透明な筋を残す。その跡を拭いながら、彼女は笑みを浮かべた。 「わたしも嬉しいです。サイトさんの思いが通じたみたいで」 「シエスタ」 「何も言わないでください。こうなるのが当然なんだって、ずっと前から分かってたんです。平気で  すから、わたし」  才人はかける言葉を失ってしまった。ルーナはシエスタを見ても特に何も反応を示さなかったし、 話の中にシエスタという単語が出てくることは一度もなかった。それは即ち、未来の二人の周辺にこ のメイドの少女はいないということである。 「さよなら、サイトさん。どうか、ミス・ヴァリエールとお幸せに」 「ちょっと待ってくれよシエスタ」  反射的に足を踏み出しかけた才人に向かって、シエスタは止めるように手を突き出す。 「駄目ですよサイトさん。そうやっていろんな人に優しくしてたら、いつまで経ってもミス・ヴァリ  エールとはうまくいきません」  才人は足を止めてしまった。確かにその通りかもしれない、とは思う。現在どっちつかずの状況で 迷っているところからルイズを選び出した結果が、ルーナという少女なのだろうから。  何も言えなくなってしまった才人を見て、シエスタは柔らかい笑みを浮かべた。 「サイトさんの優しいところ、本当に大好きでした。さようなら」  そしてシエスタは走り出す。零れ落ちた涙が空中できらきらと光った。才人は遠ざかる背中に向か って手を伸ばす。だが、止める言葉が見つからない。そもそも、自分に彼女を止める資格があるとは 思えなかった。 (でも、こんな終わり方でいいはずもねえだろ)  とにかく一度シエスタを止めなければ。才人がそう思って制止の声を上げかけたとき、それをかき 消すかのように銃声が鳴り響いた。  突然の事態にその場の全員が一瞬硬直し、まず場慣れした連中が体を伏せて、次いで銃弾をそらす ための魔法を唱え始める。走っていたシエスタも一度足を止めて、慌ててそれに習う。才人もルイズ も同様である。しかし銃声は一発限りで、それ以降は奇妙な沈黙が流れるばかりだった。 (一体何が起きたんだ)  恐る恐る体を起こしながら、才人は背中のデルフリンガーを引き抜きつつ注意深く周囲を見回す。 風の魔法などで防御しているメイジならともかく、肉体は普通の人間でしかない自分が銃弾など喰ら ったら致命的である。 「久しぶりだね相棒」 「悪いけど話してる余裕ねえぞ」 「いんや、そうでもねえみてえだよ。入り口のところ見てみな」  のんびりとしたデルフリンガーの声に従って格納庫の入り口に目を移すと、そこに見慣れぬ少女が 一人立っていた。  異様な風体の少女だった。うなじの辺りで三つ編みにまとめた長い黒髪はどことなく田舎の臭いを 連想させるが、それ以外の部分はそういったイメージからはかけ離れていた。  人の命など何とも思っていないような冷たく鋭い瞳、頬に走る幾筋もの傷跡と、醜い火傷のあと。 体を完全に覆い隠すかのようなマントは、闇夜のように真っ黒だ。右手では先ほどの銃声の元と思し き長い銃が煙を上げ、左手には細い腕には似つかわしくない巨大な戦斧が握られている。背中にも物 騒な武器が多数背負われているのを見る限り、マントの中にもいろいろな武器が仕込まれているのだ ろう。その証拠に、少女が格納庫の中に足を踏み入れると同時に重々しい金属音が響き始めた。

71 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/03/26(月) 16:45:49 ID:F39+zbEK

「見つけた」  ぞっとするほど冷たい声で、少女が呟く。吊りあがった眉と禍々しく細められた瞳は、貫くような 勢いを持って真っ直ぐに才人を睨んでいる。 (って、また俺かよ)  才人はうんざりした。どうやら今日は厄日らしい。 (しかし)  油断なくデルフリンガーを構えながら、才人は内心首を捻った。少女の顔を、どこかで見たことが あるような気がしたのだ。もちろんこんな凶悪な雰囲気の知り合いなどいないが、誰かに似ている、 ような気がする。  少女は耳障りな足音を響かせながら真っ直ぐに才人に向かって歩いてきていたが、倒れたままのシ エスタに気がつくと、不意に足を止めて彼女を見下ろした。「ひっ」とシエスタが短い悲鳴を上げる。 才人は思わず駆け出そうとしたが、信じられないものを見て足を止めた。  シエスタを見下ろした少女の顔に、穏やかな微笑が浮かんだのだ。それまでの危険な雰囲気が嘘だ ったかのように、少女は優しくシエスタに囁きかける。 「待っててね、お母さん」 「は」 「今、助けてあげるから」  それだけ言い残すと、少女は再び人殺しのような表情を浮かべて才人に向かって歩き始めた。そし て、未だに詠唱を続けているルーナの脇を通り抜け、才人と少しの距離を置いて立ち止まる。 「久しぶりね、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ」  才人にぴたりと銃口を向けながら、威圧的な口調で呟く。しかし才人は驚きのあまり固まってしま っていて、何も対応できなかった。そんな才人を見て、少女は自嘲するような微笑を浮かべる。 「と言っても、あなたはわたしのことなんて知りもしないでしょうけど。だからこそ尚更憎らしいわ」 「いや、ちょっと待ってくれよ」  才人は銃を突きつけられている事実すら忘れ、頭を抱えた。 (この子、さっきシエスタのこと『お母さん』って呼んだよな。でもどう見ても俺らと同じ年だし。  大体、俺シエスタに子供がいるだなんて聞いたこともねえし、そもそもあり得ねえし)  頭の中で必死に情報を整理しながら。才人はちらりとルーナの方を見る。相変わらずイリュージョ ンの詠唱を続けている娘。未来から来た、才人とルイズの娘だと名乗った少女。  才人は嫌な予感をひしひしと感じながら、恐る恐る目の前の黒髪少女に向かって問いかけた。 「あのさ。ひょっとして、君も俺の娘だ、とか言わないよな?」  少女の顔がさらに歪む。才人に向けられた銃口が細かく震えた。 「感謝してほしいわね」  少女が押し殺した声で言う。 「わたしの自制心があと少し足りなかったら、今頃あなたの頭はぐちゃぐちゃに吹き飛んでいたでし  ょうよ」  少女は一瞬目を閉じた後、泣きそうにも見えるような表情で才人を睨みつけた。 「わたしの名はエスト。お前に散々弄ばれた挙句、ゴミのように捨てられたお母さん……いいえ、シ  エスタの娘よ」  才人は気が遠くなった。

564 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/05/20(日) 03:37:23 ID:Ge8z5XLR

 頭の奥がクラクラする。あまりの疲労感に座り込んでしまいたい気分だったが、銃口を突きつけら れている現状からしてそうすることは不可能だった。 (また俺の娘かよ。しかもシエスタがお母さんで、俺があの子をゴミのように捨てました、と)  ちらりとシエスタを見ると、彼女もエストの言葉に衝撃を受けたようで、座り込んだまま目を白黒 させていた。が、しばらくして少し平静を取り戻したらしい。赤らむ頬を両手で挟んで、もじもじと 体をくねらせ始めた。 「嫌だわもう。わたしとサイトさんの愛の結晶だなんて。それってつまりもしかして、未来のわた  しったらサイトさんと」  陶然とした様子で呟いてから、「きゃーきゃー」と一人で腕を振り回してはしゃぎ始める。場にそ ぐわぬ照れっぷりに呆れる才人の前で、エストは痛ましげに目を伏せ、唇を噛んだ。 「そうよ。お母さんはいつもこうだった。どんなに酷い目に遭わされても、『わたしはサイトさんの  ことを信じてますから』なんて笑ってばかりで。だから」  エストは悔しげに唇を噛む。醜い火傷の跡がさらに醜悪に歪んだ。 「だから、あんなことになったのよ」  その声の震えが、押し殺された怒りの強さを物語っているようだった。才人は躊躇いながらも、自 分の娘と名乗る少女に問いかける。 「なあ、そう言われても、こっちは訳が分からないんだ。一体俺とシエスタとの間に何があったのか、  教えてくれよ」  エストが顔を上げてこちらを睨みつけてくる。黒い瞳の奥底で、激しい情念の炎が渦を巻いていた。 才人の背筋に悪寒が走った。  だが、それも一瞬のことである。少女はまず、肩の力を抜くようにして才人に向けた長銃を下ろし た。傷ついた唇が皮肉っぽく吊りあがる。 「そうね。あなたもお母さんも、まだ何も分かっていないみたいだし。いいわ。説明してあげる。将  来、あなたがどんなクズになってわたしたちを苦しめるのかをね」

565 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/05/20(日) 03:38:22 ID:Ge8z5XLR

 エストは、王都トリスタニアの貧民窟で生を受けた。  貧乏で、ろくに食べるものもない暮らしだったが、彼女自身は特に不満を感じることもなく生活し ていた。傍らに、いつも優しく微笑む母がいたからだ。彼女にとっては母さえいれば何の問題もなく、 母が微笑んでくれるだけで世界はいつでも幸福に満ちていた。  だが、その幸福は、ある日を境に儚く消え去ってしまう。  エストにとっては全く素性の分からぬ、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガという男の存在によって。  彼は何の前触れもなく唐突に現れては、無遠慮に家の中を荒らし回ってわずかな蓄えを根こそぎ 奪っていった。  エストはこの無粋な荒くれ者に激しい怒りと敵愾心を燃やしたが、母はただただ悲しげな目で男の 蛮行を見守るだけで、文句の一つも言わなかった。  そんな母の態度に彼女が歯がゆさを感じていたある日のこと、いつものように土足で踏み込んでき たサイトが、母の胸元の首飾りを見つけて馬鹿にするように笑った。 「なんだ、まだそんなもん持ってんのかよ。まあいいや、それよこせよ。安物だが、売っ払っちまえ  ばちったあ金になるだろうからな。いいだろ、元々俺が買ってやったんだし」  そう言って、サイトは母の首飾りを無理矢理引きちぎって奪い取った。エストはとうとう我慢でき なくなった。その首飾りは、ろくに装飾品も買えない母が唯一大切にしていたもので、以前大切な人 からもらった一番大事な品だと説明されていたからだ。  怒りに任せて火かき棒を片手に突っ込んだエストを、サイトは軽々とあしらった。それこそ赤子の 手をひねるかのように、彼女の体を地に叩きつける。「止めてください」と悲鳴を上げる母を無視し て、無法者は笑いながらエストの体を蹴り飛ばした。 「シエスタの子供だけあって頭が足りてないお子様だな。お前みたいなちんまい体で、俺を殺せると  でも思ってるのか、よ」  踏みつけられる痛みに苦しみながら、エストはそれでも必死に相手を睨みつけた。その視線が気に 入らなかったのか、サイトは一際強い力で彼女の腹部を踏みにじりながら、冷え冷えとした声で呟いた。 「生意気なガキだな。いっそここで殺しちまうか、おい」  その言葉を聞くが早いか、シエスタが即座に飛んできて、娘の体をサイトから無理矢理引き離した。 「お願いですから止めてください、サイトさん。この娘はあなたの娘でもあるんですよ。それなのに」  朦朧とした意識で聞いていたから、エストには母の言葉がよく理解できなかった。そんな彼女をよ そに、母と男の間で緊迫した会話が続いていく。 「知らねえよそんなの。ってか、これ本当に俺の娘? 可愛くねえ目つきといい頭の悪さといい、俺  には全然似てないんだけど」 「そんな、ひどい。わたしの愛をお疑いになるんですか」 「愛、ねえ。ま、そんなん口でなら何とでも言えるよな。証明できんの」 「どういう意味ですか」 「相変わらず頭空っぽだねお前も。愛の証明ったら一つしかないだろ」  霞む視界の中で、サイトが母の体に向かって手を伸ばすのが見えた。 「ふうん。痩せっぽっちになっちまったけど、やらしい部分はやらしいままじゃねえか。これならま、  ちったあ楽しめるかね」 「そんな、まさか。エストの前で」 「うるせえな。外にでも放り出しとけばいいだろそんなの」 「こんな季節に? そんなことをしたら、この子は死んでしまいます」 「ならその辺に寝かせときゃいいじゃねえか。あのなあシエスタ、俺、これでもイラついてるんだぜ。  その馬鹿なガキのせいでよ。お前が嫌だってんならそれでもいいけど、その場合どうやってストレ  ス解消するか、分かるよな」  自分の体が母によって地面に横たえられるのをかろうじて悟りながら、エストは必死に声を出そうとした。  そのとき、彼女はまだほんの子供だった。だから、母がこれからサイトに何をされるのか、完全に は理解できなかった。ただ、吐き気を催すほどにおぞましい仕打ちを受けようとしているのだという ことは、おぼろげながら理解できた。 (止めて、止めて、お母さん)  エストは心の中で必死に叫んだが、その声が届くことはなく、彼女は意識を失ってしまった。

566 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/05/20(日) 03:39:36 ID:Ge8z5XLR

 そして次に目を開けたとき、エストの目に飛び込んできたのは、目を背けたくなるほどに汚らわし い光景だった。  いつも自分と母が寄り添って寝ている寝台で、互いに裸になった母とサイトが絡み合っている。  当時性行為に関する知識が全くなかったエストには、二人のしている行為に名前をつけることは出 来なかった。  ただ、サイトの体の一部である汚らわしい器官が、愛しい母の体に潜りこみ、絶え間ない苦痛と悲 鳴を上げさせていることだけは否応なしに理解できた。 (止めろ、お母さんから離れろ)  声が張り裂けんばかりに叫んだつもりだったが、それは不明瞭なうめき声にしかならなかった。  エストが目覚めたことに気付き、男が首を伸ばしてこちらを見下ろしながら、その口元に下品な笑 みを浮かべた。 「よう、お目覚めかクソガキ。お前のことは後で可愛がってやるから、今はそこで寝てろよ」 「そんな、止めてください、エストには手を出さないって、約束したじゃないですか」  息も絶え絶えに抗議した母が、サイトに一際強く腰を打ち付けられて、苦痛に満ちた短い悲鳴を上げる。 「うるせえな、分かってるよ。相変わらず冗談の分からねえ女だな」  不機嫌そうに言ってから、サイトは一転して喜悦に満ちた微笑を浮かべた。 「しかし、こんな痩せっぽちになっちまってても少しも変わってねえな、お前の体はよ。こんだけ締  まりのいい女はなかなかいねえぜ。おいガキ、お前のお母さん、すげーいい具合だぜ」  エストは何も言うことができず、ただただ怒りに熱された瞳でサイトを睨みつけることしか出来な かった。だがその視線は彼を威圧するどころか、かえってその嗜虐心を煽ることとなってしまったらしい。  才人はおもむろに、自分の一部と接合したままの母の体を持ち上げた。 「おいシエスタ、これからお前のガキに性教育を施してやるよ」 「そんな、お願い、それだけは止めてください、サイトさん」  母の必死の懇願も空しく、サイトは寝台の上で体の向きを変えると、エストに全てが見えるように、 寝台の縁まで体をずらして床に足を下ろした。 「ほらどうだ、よく見とけよガキ」  まるで束縛の魔法でもかけられたかのように、エストは目の前の光景から目をそらすことができなかった。  いつもは自分に温もりと安心感を与えてくれる母の体が、一枚の布すらなしに空気にさらけ出され ている。それだけでも許し難いことだというのに、サイトに後ろから抱き上げられた母の下腹部を、 おぞましい形をした突起が貫いている。 「止めて、止めてくださいサイトさん。エスト、だめ、見ないで」  母が泣きながら懇願する声が聞こえたが、エストは目をそらせない。想像を絶する光景に頭が熱く なり、全身から凄まじい量の汗が噴出してくる。  瞳から涙があふれ出すのを感じながら、エストは低く唸った。 「ははは、ほら見ろシエスタ、お前のガキ、ようやっとちょっと元気になったみたいだぜ。よかった  なあ、お母さん」 「ひどい。こんなのあんまりです。何故こんな残酷なことをなさるんですか」 「うるせえな、そんなの楽しいからに決まってんだろ。ほら、お前もちっとは楽しめよ、シエスタ。  どうだガキ、お前のこともこうやって作ってやったんだぜ。勉強になんだろ。しかしまあ、ホント  いい具合だなお前のお母さんの中はよ。ほうら、こうやって出し入れしてやると、ここがやらしい  音立てるのが分かるだろ。喜んでんだぜお前のお母さん。昔から淫乱な牝犬だったからなお前のお  母さんはよ。今もどっかの男相手に尻振ってキャンキャン喜んで金もらってんじゃねえの。ほら、  どうなんだシエスタ。見ろよガキ、お前のお母さんあんまり気持ちよすぎて返事もできねえみてえ  だぜ。ま、仕方ねえよな、こいつはこういうことするのが大好きな牝犬なんだからよ。普通の男な  らドン引きするっつーのに、わざわざ牝犬を使ってやる俺って優しい男だよなあ。な、そう思わねえか」  男の嘲笑と母のすすり泣きが、エストの頭の中で絶えることなく木霊する。脳が壊れんばかりの激 痛を感じながら、エストはただサイトを睨みつけることしかできない。  ――殺してやる殺してやる絶対殺してやる。ブチ殺してぐちゃぐちゃに潰してカラスと野良犬の餌 にしてやる。  胸の中で呪詛を唱え続けることしかできない自分の無力に気が狂わんばかりのエストの前で、サイ トの嘲り笑いはは高く高く響き渡っていた。

567 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/05/20(日) 03:40:36 ID:Ge8z5XLR

 そうして事を終えて満足したらしいサイトが、結局あの首飾りは取らないままに帰ってしまったあ と、母は服を着るより体を洗うよりもまず先に、倒れたままのエストに駆け寄った。 「エスト、エスト、大丈夫、しっかりして」 「お母さん」  無残に汚された母の体を見ていると、悔し涙が瞳の奥からあふれ出してきた。 「ごめんね、ごめんねお母さん。わたしのせいで、こんなこと」 「何を言うの。エストのせいじゃないのよ。気にしないで。大丈夫、どこか痛くない」 「へいき。お母さん、体、綺麗にしないと。あいつの汚いの、全部落とさないと」  エストの言葉に、母はどこか躊躇うように自分の体を見下ろし、ぎこちなく頷いた。 「そう。そうね。このままじゃ、嫌よね。待ってて、すぐに拭いて、綺麗にするから」  エストを寝台の上に寝かせて毛布をかけると、母は無言で体を拭き始めた。  寝台の上に横たわっていると、先程までここで展開されていた光景が頭に蘇り、喉の奥から嘔吐感 がせり上がってきた。だが、エストはここから抜け出すことも、ほとんど何もない胃の中身を吐き出 すことも何とか我慢した。自分が苦しそうにすると母が心配するだろうと思ったからだ。サイトにあ んなことをされて深く傷ついているであろう母を、これ以上傷つけたくはなかった。  体を拭き終わった母は、いつもの薄汚れた服を着直すと、足の長さが揃っていない椅子を持ってき て、寝台の傍に腰掛けた。 「エスト、大丈夫。痛くなったらいつでも言っていいからね」 「へいき。お母さん、わたし、お母さんのこと守るから。今度あいつが来たら、ナイフで刺し殺して  やるから」  胸の奥から突き上げてくる激情に任せてそう言うと、母は困ったような顔をして、エストの頭を そっと撫でた。 「駄目よエスト、そんなことを言っては」 「どうして。わたしのことなら心配しないで。もっと強くなって、絶対あの汚い男を殺して」 「エスト」  夢中で喋るエストの唇を、母は人差し指で軽く押さえた。 「いいのよ、お母さんのことは気にしなくても」 「でも、あいつはお母さんを」 「いいの。いいのよ、エスト」  母はいつものような優しい笑顔でそう言ったが、エストは納得できなかった。  何故、母が自分と一緒になってあの男を罵ってくれないのか、少しも理解できない。  いや、それどころか、エストの罵倒を必死にそらそうとしているように見える。

568 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/05/20(日) 03:42:00 ID:Ge8z5XLR

(どうして。何であいつを庇うような真似を)  不意に、エストは気がついた。 (まさか、お母さん、あいつのこと嫌いじゃないの)  自分がサイトを憎んでいるのだから母も当然そうだろうと考えていたから、その可能性に今まで気 がついていなかった。だが、そう考えてみると、何故母が最初あの男を拒まなかったのか、その理由 にも説明がつく。  つまり、母はあの男のことを嫌ってはいないのだと。 (そんなのやだ)  エストは寝台の上で拳を握り締めた。先程、サイトにおぞましい光景を見せ付けられていたとき以 上の脂汗で、全身が気持ち悪くなってくる。 「どうしたのエスト、なんだか顔色が」 「お母さん」  心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる母に、エストは恐れながらも問いかけた。 「お母さん、あいつのこと、嫌いじゃないの」 「あいつって、サイトさんのこと」  サイトさん、とあの男を呼ぶ母の声の優しさに、エストは返事を聞かずとも確信を抱いた。あんな ことをされても、母はあの男のことを嫌ってはいない。いや、それどころか、この様子では、まるで あの男のことを好いているようではないか。  そう考えた瞬間我慢できなくなり、エストは毛布を払いのけて母の体にすがりついていた。 「やだやだ、そんなの嫌、絶対嫌。お母さん、あいつの名前をそんな風に呼ばないで、あいつのこと  なんか嫌いになって。もう、わたしとお母さんの家にあいつを入れないで。お願いお母さん」 「エスト」  しかし、母は頷いてはくれなかった。ただ、困った顔でエストを見下ろしながら、時折口を開いて 何かを言いかけては止め、を繰り返すばかり。 (どうして、お母さん、どうしてあんな奴のこと)  不意に、エストの頭の中に、男が喋った言葉がいくつか蘇ってきた。  ――いいだろ、元々俺が買ってやったんだし。  ――これ、本当に俺の娘?  ――お前のこともこうやって作ってやったんだぜ。  それら一つ一つが結びつき、否応なしにある結論を導き出していく。  そして最後に、母の言葉が頭の中に響き渡った。  ――この娘はあなたの娘でもあるんですよ。 「お母さん」  自分の声がほとんど滑稽なほどに震えているのを自覚しながら、エストは母を見上げた。 「あいつ、なんなの。お母さんの、ううん、わたしとお母さんの、なんなの」  否定してほしかった。「別に何でもないわ。赤の他人よ」と素っ気なく言ってほしかった。他人を そんな風に扱うのが母には似つかわしくない行為だとしても、今だけはそうしてほしかった。  しかし、そんなエストの願いも空しく、母はどこか照れたように頬を染め、一言言った。 「サイトさんは、わたしがただ一人愛した男の人。そして」  耳を塞ごうとしたが、間に合わなかった。 「あなたの、お父さんよ」  エストは絶叫した。

<続く>