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ゼロの飼い犬2 天使の指先               Soft-M

  ■1

「それでは、本日の授業はここまでです。復習を欠かさないで下さいね」  シュブルーズ先生が講義に使った器具を片付け、教室を出て行く。  途端に騒がしくなった教室の中で、わたしはほとんど真っ白なノートに目を落として頭を抱える。

 授業の内容が全然頭に入らなかった。あの使い魔のせいだ。サイトが、昨日わたしにした事のせい。  ヒラガサイト。つい一週間くらい前に召還してしまった、わたしの使い魔。 今日は用事を言いつけているので、一緒に授業を聞いてはいない。  平民のくせに、しかも使い魔のくせにちっともわたしに尽くす気がないサイトが、 昨日はどういう風の吹き回しかわたしの爪を切ってやるとか言い出した。    それだけなら、やっと自覚が出てきたのねと喜ぶ所なのだけれど。あいつのした”爪切り”……何か、ヘンだった。  頬が赤くなってる事に気付いたわたしは、そのことを忌々しく思いながら、 回りに見られないように顔を手のひらで隠すようにして頬杖をつく。    あいつの爪切りは、妙に上手かった。わたしが自分ですると、爪が尖ったり深爪したり しがちなんだけど、サイトは見てて気分が良くなるくらい綺麗に切ってくれた。  でも、それだけだったら、あんなに…あんな、ヘンな気分にはならない。    嬉しかった? 楽しかった? すっきりした?  ……どれも、違う気がする。あいつが……普段ちっとも言うことを聞かないし、わたしを馬鹿にさえする サイトが、わたしの前に跪いて、”使い魔らしく”わたしの体の手入れをするのを見て。  すごく、満たされた。  平民にかしずかれることは珍しくもない。でも、それをあのサイトにされるのは、全然違うように感じた。    でも、でもでも、それだけでもない。重要なのは、この先。  サイトは、マッサージするとか言って、爪切りが終わった後もわたしの足から手を離さなかった。  サイトが使い魔らしくしてるのは気分が良かったから、言う通りにさせたんだけど……。    その時の感覚を思い出して、体がぶるっと震えた。何回目の事かわからない。嫌になる。  でも……良かった。自分でも何でだかよくわからないくらい、良かったのだ。  足とか、足の指とか。ふだんはお風呂で洗うときくらいしか触らないところを、マッサージされて。 すごく気持ちよかった。そのままずっと続けられててもいいくらい。  触られてるのは足の先だけなのに、全身がぞくぞくするような感じがした。気持ち悪いぞくぞくじゃなくて、 気持ちいいぞくぞく。そんな感じを味わったのは初めて。    それで、そんなのを続けられてたら、その時だけで消えてしまうはずの気持ちよさが 体から抜けないで、どんどん溜まっていくような感じになって。怖くなって、止めて欲しいと思ったのに、 その一方でそのまま続けたらどうなるのか気になるわたしもいて。  最後には、溜まっていた気持ちよさが一気に体を駆け抜けるみたいな感じになって……。   「………はぁ……」  それを思い出した所で、ヘンな声が漏れて、慌てて口をつむぐ。  そう、こんな風に何度も思い返してしまうくらい、ショッキングな事だった。 だから、朝からたびたび上の空になって、授業にもちっとも身が入らない。

 ……で、その後あいつってば、調子に乗ったのか、私のふくらはぎとか膝とかまで触ってきた。  それがまた、指先が触れるだけでびりびり痺れるみたいになるくらい良くて。 これ以上続けられたらどうかなってしまう気がして怖くなったから思わず蹴っちゃったんだけど。   「ん………っ!」  ”その時”の右足が、びくっと跳ねた。あの使い魔に……サイトに、な、ななな、舐められた……足。  ほんの一瞬の事だったけど、思い出すだけで足から体までぞくっとヘンな感じが駆け上がってくる。    これが、一番衝撃的なこと。気持ちよかったわけじゃないと思う。嬉しかったわけでもない。 むしろ、あんな事されて、恥ずかしくて、信じられないのに。思い出したくないのに。  それなのに、まだあの感触がこの足に残って、消えない。思い返すたびに、胸か、お腹のあたりが、 ヘンな感じになる。気持ちいいのに気持ち悪いような、モヤモヤした感じ。  「はぁ〜〜〜〜っ」  大きくため息をついて、机に突っ伏す。これだわ。朝からこんな事、何度も考えてる。  あいつの事をこんなにいつも考えてなきゃいけないなんて、ホント、嫌になる。

■2   「それがもう、すごぉ〜く良かったんだから。……ね、聞いてる?」 「聞いてる」    思考が1ループしてやや落ち着いた所で、後ろの席での会話が耳に入ってきた。  次の授業は同じ教室でやるから、休み時間だけど席についたままで雑談しているのだろう。  顔を上げて確認しなくてもわかる。高慢でヤな性格してるツェルプストー家のキュルケと、 無口で何を考えてるのかわからないタバサの二人だ。  黙って本のページを捲っているタバサにキュルケが一方的に話しかけてる様まで見なくても想像できる。   「あんたの事だから経験無いんだろうけど、ホントに良かったのよ。 興味ないで片づけるには勿体ないわよー、あのマッサージ」 「そう」  マッサージですって? キュルケは、今のわたしにとって非常に興味深い単語を口にした。   「……ね、それ、どういうこと?」  わたしは体を起こすと、後ろの席で話していたキュルケに聞いてみる。   「あら、妙なとこから反応があったわね。興味あるの、ヴァリエール?」  キュルケは目を丸くして聞いてきた。その横にいるタバサは予想通り、手に持った本から目を離さない。   「いや……あ、うん、まぁね……」 「別に遠慮する事じゃないわよ。エステの話をしてたの。トリスタニアにある、『天使の指先』ってお店。 評判を聞いて行ってみたら、そこのマッサージが凄く良かったのよ」    キュルケはわたしが話に乗ってきたのが意外なのか、得意げだけど丁寧に説明してくれた。 「天使の指先」 「そ。王侯貴族にもよく利用されるくらい格式高いお店な上、本格的なのよ。 予約を取るのも大変なその店一番のマッサージ師の人にしてもらったんだけど、 それはもう、それこそ天にも昇るような心地よさだったわ〜♪」    キュルケはうっとりした声で頬に手を当てる。わたしは今までエステなんて興味なかったから 知らなかったけど、彼女がここまで言うのだから相当なものなのだろう。   「……そんなに気持ちいいものなの? マッサージって」 「そうよ〜。ただ気持ちいいだけじゃなくて、美容にも最高なんだから。 ほら、今日はお化粧のノリが一味違うでしょう?」    得意げに前髪をかき上げるキュルケ。でも、わたしには普段との差がわからないからどうでもいい。  でも今、キュルケはとても重要な事を言った。  マッサージは気持ちが良いらしい。それも、天にも昇る心地がするくらい。 そりゃ、私だってマッサージがそれなりに気持ちいいものだという話くらいは聞いたことあったけど、 キュルケがここまで言うのだから、誇張でも何でもなく、相当気持ちいいものなのだろう。    つまり、つまり。話をまとめると。マッサージは元々凄く気持ちが良いものなので、 昨日わたしがサイトにされてヘンな気分になっちゃったのはおかしい事じゃない。ごく自然な反応。  それにそれに、ついその時の事を思い出しちゃって、その……また、して欲しいかな…、なんて、 思っちゃったりしなくもないのも、ごくごく自然な反応。そういう事ね。    なら、無問題。わたしがヘンなわけでもサイトがヘンなわけでもないってこと。  何よ、今日ずっと悩んでたのが馬鹿みたいじゃない。   「で、興味あるなら『天使の指先』、紹介してあげてもいいけど」 「あ、うん、また今度ね」  わたしが考えをまとめてるうちも、キュルケは話を続けていたらしい。  とりあえずもう聞きたいことは聞けたし次の授業の先生が教室に入ってきたので、 わたしは話を切り上げて自分の机に向き直った。    ……ちょっとだけ、胸が期待に高鳴っているのがわかった。   ■3   「サイト」  その日の授業が終わった後。雑用が終わって部屋に戻ってきた使い魔に、わたしは声をかけた。 「え、はい、何でございましょう?」  サイトはびくっと体を硬直させて、変な言葉遣いでわたしにへつらい笑いを見せる。  気に入らない態度だけど、昨日わたしが蹴っ飛ばしたせいかな、と思うと、少し罪悪感が浮かぶ。   「その…」 「きっ、昨日は悪かった! 調子に乗りすぎました! もうしないから勘弁してくれ、な?」  サイトはわたしの言葉より先に、へこへこ謝ってきた。その勢いに呆気にとられる。   「それではあっしはこの辺で……」  そのまま妙に芝居がかった台詞を残し、そそくさと部屋を出て行こうとする。 「待ちなさい」  呼び止めると、サイトはぎくっと立ち止まり、怯えた表情でゆっくりこちらに振り向いた。   「なんだよぅ、昨日のことだったら謝ってるじゃないかよぅ……」 「何を勘違いしてるのよ。別に怒ろうってわけじゃないわ」  全く、こんな捨て犬みたいにびくびくした態度をとられたら、逆に苛めたくなるじゃない。   「え、ホント?」 「嘘ついても仕方ないでしょ。こ、ここ、こっちに来なさい。ご主人様の命令よ」  手招きして呼ぶと、サイトは恐る恐るといった風でわたしが座っているベッドの傍まで来た。  ほんとに、気が小さい犬みたいな態度。   「それじゃ、昨日のことがおとがめ無しなら、何の用なんだ?」  まだ半信半疑という目で、サイトはわたしの顔色を伺う。その目は、昨日わたしの前に跪いて 足の爪の手入れをしながら、時折わたしの様子を見ていた目に似ていて。  昨日のことを思い出してとくんと胸が高鳴ってしまい、慌てて視線をよそへ向ける。   「……今日も、マッサージしなさい」 「へ?」 「きっ、昨日のがその……悪くなかったから、またやりなさいって言ってるの!」  睨みつけると、サイトはきょとんとした顔をした。   「なんで? 昨日、最後は俺を蹴飛ばすほど嫌がってたじゃん」 「それはその、びっくりしたから……。蹴ったのは謝るわ」  ああもう、じれったい。何でわたしの気を察しないのよ。 サイトもサイトで、わたしを気持ちよくさせようと思ってマッサージしてくれたんじゃないわけ?   「まぁ……しろっていうならしてもいいけど、俺、素人だぜ? 昨日やったのだってテキトーだし」 「嘘!?」 「こんな事で嘘ついたって仕方ないだろ」  すごく手慣れてるみたいで、あんなに良かったのに。じゃあ、プロの人がやったらもっと上手いの?  キュルケの言ってたお店ではどうなんだろう。そう考えてみたけど、なぜか、そこへ行って してもらいたいとは思わなかった。とにかく今、サイトにしてもらいたい。何でなのかしら。   「ま、まぁどっちでもいいわ。じゃあ、お願い」  わたしは昨日と同じように、ベッドに腰掛ける。これだけで胸がどきどきしてきた。   「んー、その格好だと、俺もお前も疲れると思うんだよな。ベッドに俯せになってくんない?」  サイトはちょっと考え込むような様子を見せてから、そう言ってきた。 「どうして?」 「俺も詳しいわけじゃないけど、テレビとかで見た限りでは、マッサージはそんな体勢でするものらしい」  てれびって何だろう。でも、確かに昨日は何度もベッドから落ちそうになったり、 逆にベッドの方に倒れそうになった。寝てる方がラクかもしれない。   「わかった」  ベッドに上がって、毛布の上に俯せになる。あ、でもこの格好だと、わたしからサイトが見えない。 「俺もベッドに上がるけど、いいよな?」 「仕方ないわね……靴、ちゃんと脱いでよ」   ■4    普段だったら使い魔が主人のベッドに乗るなんて論外だけど、今はなぜか、怒る気がしなかった。 サイトが――たぶん自分の意志では初めて――わたしのベッドに上がってくる。布団が沈むのが感じられて、 それがサイトの重さを伝えてくるような気がして、なんか……ヘンな気分になった。まだ何もされてないのに。   「んじゃ、始めるから。さっきも言ったけど、別に俺はプロってわけじゃないんだからあんま期待すんなよ」 「うん」  サイトは私の横に膝をついて、昨日と同じようにわたしの足を手に取った。それだけで、ぞくっと背筋が震える。  あ、でも、昨日とちょっと違って、今はわたし、靴下を穿いてる。脱いでおけば良かったかな……。   「んっ…!」  そんなことを考えてる余裕は、すぐに無くなった。左足の膝から上を持ち上げられ、土踏まずを指で刺激されて、 甘い痛み……みたいな感触が駆け上がってくる。サイトはそのまま、ちょっとだけ強すぎる程度の力で わたしの足をぎゅっぎゅっと揉みほぐす。   「あっ……それ、いい……」  枕をぎゅうっと握りしめて、その刺激を受け入れる。なるほど、この格好の方が昨日よりずっと楽。  さっき、靴下を脱いでおくことを考えたけど、靴下越しなのも悪くない。昨日よりほんの少し遅れて、 じわぁっと刺激が伝わってくる感じがする。   「強すぎたら言えよ。どこが気持ちいい?」  サイトは手の動きを止めないまま、暢気に聞いてくる。 そんなの、ぜんぶ気持ちいいわよ。具体的に言えるわけないでしょ…!   「こっちの方も触るぞ。昨日みたいに蹴るなよ」 「え……?」  ふくらはぎに指が這わせられた。昨日そこを触られたときは、強すぎて怖いくらいだったんだけど… 今はそうでもない。あの時とは何が違うのかしら。   「うっわ、柔らかいなー。ほとんど筋肉ついてないのに、俺へのあのキック力はどういう事なんだ」 「ば、馬鹿なこと言わないでっ……!」  ふにふにと弄ぶように弄くられる。わたしの、細すぎて、子供みたいで、あんまり好きじゃない足。    今、足はベッドの上に下ろされて、サイトは両手でわたしの両脚を同時にマッサージしている。  そっか、うつぶせだと、こういう事もできるのね。  その指がふくらはぎをだんだん上ってきて、膝の裏のところまで来た。   「……ひっ、あ!」  反射的に、背筋が仰け反る。びっくりするような感触だった。 「あ、悪い。ここ、くすぐったいもんな」  わたしの反応を確かめるように、サイトの指が二度、三度わたしの膝裏を撫でさせる。 確かに、くすぐったい。けど、くすぐったいだけじゃなくて、甘い痺れを残すような、変な感じ。   「お。ひょっとして、ここ良いのか?」  わたしの様子を見て、サイトは執拗に膝の裏を刺激してくる。その度に、全身にびりびりと 気持ちのいい痺れが走って、わたしのからだの中で膨らんでいく。  あ、これ。昨日、わたしが一番ヘンになっちゃった時の……。 体の芯に火がついたみたいに熱くなる。きゅうっと、胸……ううん、胸だけじゃなくて、お腹の方も? とにかく、体の内側が縮み上がるような感じになる。    ヘン。絶対、変。なんでサイトに触られたときだけこんなになるの? 昨日、あの後、自分で足を 弄ってみたけどくすぐったいだけだった。こんな、頭もからだもぼーっとしちゃうの、知らない。   「あっ、あっ……サイト、それだめ、だめだめっ……!」 「駄目なのか? じゃ、どこならいい?」    だめじゃない。でもだめ。膝の裏は触っていいけど、でも本当に触って欲しいのはそこじゃない。 でも触って欲しいのがどこなのかよくわかんない。だから膝の裏でもいい……でもそこだけじゃだめ。 あーもう、自分でも何考えてるのかよくわかんない。  サイト、あんたわたしの使い魔でしょ。ご主人様がして欲しいことくらいわかりなさいよ!   ■5   「あっ……!」  サイトの指が、膝の裏より少し上、太股を少し触れたとき。そこから、ぞわぞわっていう痺れが 腰の方まで駆け上がった。体の奥から、何か落ちてくるような感じ。  何でかわからないけど、太股がぎゅっと閉じられて、腰が持ち上がってしまう。   「うわ、勝手に動くなよ。もういいの?」  わたしが足に触るのを拒むみたいな格好になったからか、サイトは手を離した。 それが、すごく寂しくて、勿体ないみたいに感じられてしまう。 「あ……だめ、やめちゃだめ……」  ずるずるとまた体をベッドに押しつける。今、明らかに、さっきまでとちょっと違う感じになった。 昨日怖くてやめてしまった、その先。サイトの指は、探るような手つきで太股まで上がってくる。   「はぁ……はぁ……はぁ……」  枕をぎゅうっと抱きしめて、顔を押しつけて、声が上がってしまうのを我慢する。 サイトの指が、手がわたしに触れるたびに。わたしの中で甘くて、熱くて、切ない何かがふくらんでいく。   指がどんどん上がってくる。そこ……その先は、ソックスの裾とスカートの間だから……。 ――あれ、何よわたし。なんで、直接肌に触られるのを楽しみにしてるのよ。わけわかんない。   「……え?」

 でも、サイトの指は、わたしの肌には触れずに、すっと離された。  思わず、どうして? って聞いてしまいそうになって、自分で気付く。どうしても何もない。 そこより上は、ほとんどお尻に触るようなものだから……問題外だ。あのにサイトだって、 そんな所に触って許されるわけないことくらいわかる。  それより……なんで、わたしがそんな事にも気付かないでいたのよ。いや、それどころじゃない。 まさか、わたし、期待してた……!?    混乱しかけるわたしをよそに、サイトは体の位置をちょっと変えて、わたしの背中に手を持ってきた。  普段自分で触る機会が、足よりも少ない場所。体の真ん中に近い場所。  考えがまとまらないうちに、サイトの指はまたわたしを何も考えられなくしてくる。   「あっ、はぁっ、んぁっ…ふぁ!」  熱い。背中を押されて、撫でられて。体の奥まで、直接響いてくるみたい。どんどん、わたしの中に ”気持ちいい”のが流し込まれてくる。こんなの、おかしくなる。有り得ない。嘘みたい。  なんで、なんで? マッサージってこんなに凄いものなの? それとも、使い魔にされるとこんなになるの? あるいは、サイトが実はもの凄く上手なの?  とろんと濁ったみたいになった頭で考えるけど、そんなことどうだっていいくらい、わたしの体は熱くなっていた。    だめ、もうだめ。ヘンになる。気持ちいいのが溜まりすぎて、溢れる。サイトがさわるところがぜんぶ気持ちいい。 怖い。怖いけど、止めて欲しくない。悔しいけど、わたしは使い魔のなすがまま。   「ちょっと、失礼」  サイトがそう言った声が、遠くから聞こえた気がした。  何の事だろう、そう思う前に、サイトはわたしの足を跨いで、わたしの両膝に馬乗りになるみたいな体勢になった。 その格好だと、真後ろからわたしを両手で掴むように、背中をマッサージできる。  ホントに失礼。でも、そう考える前に……わたしの全身にぞくっと震えが走った。

 ――逃げられない。

 こんな格好になったら、サイトに何をされても……わたしは、拒めない。  何をされてもって……例えばどんなことなのか、具体的に考えたわけじゃないけど。  そんな格好になって、その事に気付いた瞬間。   「あっ………あぁぁっ……!!」    溢れた。今まで溜まってた気持ちいいのが、一気に決壊して全身に流れ出したような感じ。  昨日よりも、ずっと凄い。頭の中が真っ白になるみたい。  体が魚みたいに跳ねて、その度にシーツと擦れる肌がまた電流を流し込まれるみたいにびりびりして。  そんなのが何秒、何十秒、何分続いたのかわからないまま……わたしの意識は遠のいて、甘い眠りの中に落ちていった。    消えるほんの少し前の意識で、キュルケが言ってた天にも昇る心地って、誇張でもなんでも無いな……なんて思った。   ■6                             ∞ ∞ ∞

 ルイズは、こっちの心臓が興奮して破裂してしまいそうなくらい可愛い嬌声を上げて、全身を震わせた。  あれ、俺、何か特別なことしたか? むしろ、今から本格的に背中をマッサージしてやろうと思ったとこなのに。    今日、仕事が終わって帰ってきたらルイズにまたマッサージしろと言われて。  とりあえず昨日俺も満更じゃなかったので引き受けて、適当にやってみたのだが。    その反応はやっぱり、ただマッサージされて気持ちいいってだけとは思えなかった。間違いない。カンチガイではない。  ルイズは、お、おおお、俺で、感じてる。気持ちよがってる。性的な意味で。  そう考えると、頭がパンクしそうだった。心臓が凄まじいスピードで早鐘を打つ。    今、自分の前……どころか、組み敷くような体勢になった下には、ご主人様がいます。  輝くような桃色の髪と、見惚れるくらい整った小さな顔と、抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な肢体の、抜群の美少女。  俺みたいな全国のモテない高校生男子のサンプルみたいな人間が、とてもお近づきになれるはずがないお方。  それが、それが、俺に体を触るように命じてきて、ベッドに上がるのも許可して、俺の前で横になりました。    ……つまり、合意です。これは合意なのです。  百人の将軍がいたら、百人とも『我が方に何ら負ける要素無し! 全軍突撃!』の指示を出すでしょう。  『待て、これは孔明の罠だ』なんて抜かす奴がいたらそんな奴にはとても天下は取れない。   「ルイズ……?」  そのまま抱きしめてしまいたい衝動を必死で堪えつつ、俺はすぐ前で俯せになっている少女に声をかける。  返事がない。ついさっきまでぎゅっと身をネコみたいに縮こまらせていたけど、今は力を抜いている。 反応できないってことは無いと思うんだけど。   「ひょっとして、怖がってるのか? 大丈夫、やらし……優しくするから」  口が滑りかけた。まずい、こっちも結構動揺してる。深呼吸してから、俺はルイズのさらさらの髪をそっと背中に流す。  そこには、恥ずかしそうに俺を見上げるルイズの鳶色の瞳が……無かった。   「すー……すー……」   桜色の小さな唇から漏れるのは、穏やかな寝息。ルイズは枕を抱きしめながら、幸せそうに……寝ていた。  寝てたのです。  へなへなと俺の全身から力が抜けた。うとうと、なんてもんじゃない。爆睡してます、彼女。   「……そりゃねぇだろ……」  ルイズの体の上からどいて、がっくりと肩を落とす。この思いをどこへぶつければいいのか。  だが、次の機会があれば。また、こんな雰囲気になったら、その時こそは。俺がそう自分に言い聞かせた時。   「ぅうん……サイト……」  ルイズは、ささやくような声で俺の名を呼んだ。 「はっ、はい! サイトです!」  慌ててその口元に顔を寄せると。   「えらいわ……ほめてあげる……むにゃ……」  そこから続いたのは、完全に俺を犬扱いの台詞だった。そのまま、再びその口から漏れるのは寝息だけになった。    は、はは、そうだよな。冷静に考えたら、そうだよな。わかってたよ。薄々は自分でも気付いてたよ。  合意ところか、向こうは俺を意識すらしてないって事なのだ。辛い現実が、俺にのし掛かる。    ベッドを降りる前にちらりと見たご主人様の寝顔は、やっぱりため息が出るくらい可愛くて。  ……それゆえに、生殺しだった。      なお、この日の夜、俺は一人になれる場所を探して学園内をうろうろする事になったのだが、 あまりに惨めなので詳細は省略させていただく。     つづく   前の回 一覧に戻る 次の回