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14 名前:1/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:56:36 ID:Kao6l/pG  人生に予測は付かず、  想像もしていなかった苦労と言うものは存在する。

 平穏とは程遠い人生を送ってきた、ジャン・コルベールだったが、  自分がこんな苦労をする事に成るとは、思った事も無かった。

「せんせー、あのぉ……この問題なんですけどぉ」 「あぁ、これはだね、ここを……」 「そんな事よりぃ、ミスタ・コルベール、今日の放課後お暇ですか?」 「なっ、いや……そのだね」

 モテる。    本当は強いのに平和主義で、馬鹿にされようと貶されようと、イザと成れば躊躇無く貶した相手を助ける。

 メンヌヴィルを倒した所を見た生徒は居なかったが、アニエスを助ける所は、数人の生徒が見ていた。

 ――コルベール先生はキュルケとタバサが敵わなかった相手を下すほどの凄いメイジで、  それなのに驕らない凄い人。

 そんな評判が広まると日頃のコルベールが温厚さが、更にその評価を強める。

 コルベールの生還から、人気自体は密かに上昇し続けていたのだが、  幾つかの事情で生徒の歯止めが効かなくなった。

『教師が生徒を助ける。まったくもって当然じゃないか』

 キュルケによって伝えられたその言葉と、  そのためには王城にすら侵入する勇気、  囚われていたサイトたちを助け出した力、  捕縛しに来た騎士たちに自ら捕まる高潔さ。

 ……密かな人気は留まる事は無かったが、それでも女生徒に取り囲まれるような事は無かった。

 こんな事態になったのは……

「あの、お昼一緒しませんか?」 「「「ミス・ツェルプストーも居ませんし」」」

 キュルケの不在。  サイト達と共に旅立ったキュルケが、今まで彼女達を止めていたのだ。

「こ、困りましたぞぉぉぉぉ」

 よもや彼女に一刻も早く戻ってきて欲しいと思う事態がこようとは……  コルベールの頭脳をもってしても予測しえなかった。

15 名前:2/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:57:24 ID:Kao6l/pG 「羨ましいのぉ」 「これは……学院長」

 授業の開始時間になって、ようやく研究室から女の子が居なくなった。  授業の開始を無視しようとする子も居たが、コルベールが少し怒ると……

「どーして、うれしそうだったのですかな?」

 きゃーきゃー悲鳴を上げながら女の子は散っていった。  まったくもって不可解だ。

「わしと替わらんか? コルベール」 「替わりたいですな、学院長」

 溜息を付きながら上司に笑いかける。  今の自分があるのは、教師として今まで生きてこられたのはこの人のお陰だ。  荒んでいたわたしを拾い、反対を押し切って教師に抜擢したこの人の。

「わたしは学院長ほど、女性の扱いが上手くないのでして」 「…………嫌味か?」

 混じりけ無しの本気なのだが……  言葉と言うものの、なんと不自由なことか。  肩を竦めて、お茶の用意を始める。

 ミス・ツェルプストーが持ち込んだ葉っぱは、質が良いものが多く、  最近お茶を飲む回数が増えていた。

(むぅ……いけませんな、ミス・ツェルプストーに依存してしまうようですな)

 そう思いながらも、来客中だと言う言い訳をして、二人分のお茶を入れる。

「……こりゃコルベール、どうせなら女の子が居る時に出さんか、気の効かん」 「はぁ……以後気をつけるとしますかな」

 口調は本気で怒っているようだが、学院長の目は笑っている。  のんびりとした時間。  サイトたちの事は気に成るが、コルベールはある意味でキュルケを信用していた。

(自分達の手に負えない事が有って、わたしに出来る事が有れば、彼女が連絡をくれるでしょうしな)

 前しか見ていないサイトや、思い込みの強いルイズと違う、しなやかな強さ。

(本人には聞かせられませんな)

 湯気の向こうで、何もかも悟ったような学院長が笑っていた。

16 名前:3/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:58:09 ID:Kao6l/pG 「少し……困った事になってな」

 お茶が冷め始めた頃、学院長が口を開いた。  ここまで足を運んだ理由をようやく話す気に成ったらしい。

 うすうす何かを感じていたコルベールは、黙って先を促した。

「グラモンもサイトも居らんでな……暫定的に応援が来る事に成った」

 騎士隊の隊長と副隊長、揃って居なくなる辺り、彼らはまだまだ子供だ。  しかし……子供だからこそ、教師である自分が出来る事は全てしよう。

 目の前に居る学院長から学んだことだった。

「本来なら、騎士隊の中から臨時の隊長を選ぶのだろうが……  サイトのような武勲も、グラモンの様な実績も持ち主も居らんからな……  王宮から暫定的に応援がきよる」

 サイトの桁外れの武勲にも驚いたが、紋章を与えられるほど活躍する生徒が出たのは意外だった。  確かに彼らの替わりはそうそう居ないだろう。

「しかし……それは良い事なのではないですかな?」 「来るのが、近衛の隊長でもかな?」

 自分の全てを知るこの人に、気を使わせてしまったようだ。

「彼女なら問題なく任務を果たすと思いますぞ、学院長」 「……そうか……なら……問題ないと王宮に伝えるとしよう」

 もし問題があれば、自分の所で止める。  学院長の目は、コルベールにそう語りかけていた。

「お気遣いを……」 「なんの……『教師が生徒を助けるのは、当然』なのじゃろう?」

 ……この人には、いつまで経っても勝てないかもしれないな。  コルベールはかつての師に、深々と頭を下げていた。

17 名前:4/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:58:52 ID:Kao6l/pG  コルベールにとって、アニエスは特別だった。  好きとか、嫌いとか、そんな話ではなく。

『彼女には幸せになってもらいたいですなぁ』

 周りの雑音を全て切捨て、コルベールは誰にも聞こえないように呟いた。

 血塗られた自分の手が、かつて一つだけ救い出せた命。  彼女を守ったロマリアの女性が伝えた真実は、コルベールを打ちのめした。  自分が騙されていると、取り返しの付かない程の命を奪った後に知らされる。

 ……あの時、自分は死ぬつもりだったのに……

 背中に乗せた小さな命が、それを救うことが出来ると言う事実がコルベールを生かした。

『わたしの恩人ですからな』

 かつて彼女になら殺されても良い、その言葉に偽りはなかった。  今だって……アニエスが剣を向ければ抵抗はしないだろう。

 アニエスを助けた後も人を助ける事が出来たと言う事は、その後のコルベールの人生を支え続けたのだから。

 彼女が自分を憎むのは当然、嫌うのも当然、殺された所で恨むつもりもない。

 が、

「お前にも手伝ってもらう、来い! ミスタ・コルベール」

 これは無い。  今更、人の殺し方を、傷付け方を、戦い方を伝えるのは勘弁して欲しかった。

「しかしですな、わたしは一介の教師でして」 「……一介の教師は、王宮に忍び込んで、警備突破して、悠々逃げたりせんっ」

 ……ごもっとも。

「生徒に教えるのが嫌なら、わたしの部隊の教官としてでも良い。  頼む……陛下の側近として、十分な力を得たいんだ」

 嫌いな自分に頭を下げるほどに、彼女は力を欲しているらしい。

 しかし……

『強くなった所で、何の意味もありませんぞ』

 力を求めているものには、決して納得できない言葉。  自分はどれだけ強くても幸せになれなかった。  これからも幸せになるつもりは無い。

 ……彼女には幸せに成って欲しかった。

「……ならっ、一本だ、一本勝負でわたしが勝ったら言う事を聞け!」 「しかしですな」 「お前が勝ったら、わたしも何でも言う事を聞いてやるっ」

 コルベールはアニエスに聞こえないように、小さく溜息を付いた。

18 名前:5/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:59:38 ID:Kao6l/pG  呆れたようにアニエスを見つめるコルベールに、勝負について説明する。

「お前に怪我をさせるわけにはいかないからな、勝負はどちらかが武器を落とすまでだ」

 勝算はある、『炎蛇』のコルベール。  まともにいって勝てる相手ではない、かつて学院に駐留していた騎士を容易く蹴散らした傭兵を一人で倒した男。

(しかし……この男は……)

 自分に向けて炎を放たない。  そんな確信が有った。

(ならば……十分に勝てる!)

 詠唱前に間合いを詰めれば、剣の方が早い。  加減された炎など、突っ切ってしまえばよいのだ。

 そもそもこの距離なら、魔法を撃つ前に切りかかれると言うのに、  コルベールは構える様子も無かった。

「で、いつ始めるのですかな?」

 舐められてる。  ……アニエスはそう思った。  今から詠唱を始めても、魔法の発動前に杖を飛ばせる。

「今すぐだっ!」

 奇襲によって更に勝利を確固たるものに……その……つもりだった。

 黙ったままのコルベールが杖を振るう。

(詠唱も無く? 馬鹿なっ!)

 威力の低い魔法で距離を稼ぐつもりか?  そう思ったアニエスは、息を詰めて足に力を込める……

 勢い良く踏み込んで、一気に加速を……

「ぎゃっ」

 地を這ったのはアニエスだった。

19 名前:6/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 03:00:40 ID:Kao6l/pG 「メイジの前で喋りすぎですな」

 ざくざくと草を分けながら、コルベールが近づいてくる。

(待て? 何故だ? そんな筈無い、お前詠唱は?) 「わたしのような仕事をしていたメイジは、悟られぬように詠唱をする事も、  詠唱を中断して喋ることも出来るのですぞ」

 詠唱を終了させた後、死にたくないなら投降しろと、  のん気な事をした事があるコルベールは苦笑いしながら言った。

「炎が得意なメイジだからといって、火の系統魔法しか使えないわけではありませんからな、  動きを止めるのに『ライトニング・クラウド』を使わせてもらいましたぞ」

 ……読まれて……いた……  悔しかった。  舐められていた所ではなく、この男の手の上で踊っていただけ。  そんな無力感に打ちのめされる。

「さて、これでわたしの勝ちですな」

 力の入らない手から、するりと剣が抜きとら……れ……

 しまったっ、……何言った? さっきわたしは何を言った?  『何でも言う事を聞いてやる』……そう……言わなかったか?

『やぁぁぁぁぁっ、寄るなっ、こっち来るなっ……いやっ……止めて……』

 必死で逃げようとしても、身体にはまったく力が入らない。

『……や……だ……こんなの……こんなの……』

 メイジが相手でも勝てると、リッシュモンを倒した時から自分は驕っていた。  その結果が……

「何でも言う事を聞いてもらえるんでしたかな?」

 杖と剣を持った男が、無力なわたしを見つめて……  無骨な手が腰の辺りを探り、強く引き寄せられる。

『いやぁぁぁぁぁ……って?』

 どこか懐かしい背中に乗せられて、わたしは医務室の方に運ばれていた。

『な、なんで?』 「……シュヴァリエ・アニエス……『何でも言う事を聞いてやる』の件ですが……」 『……ベ、ベットで言う事を聞かせる気か? 外が嫌なだけなのか?』

 喋れないわたしに、不器用なウィンクと共に告げられたのは、

「女性があんな事を口にしてはいけませんな、以後二度と言ってはなりませんぞ……と、言う事でいかがですかな?」

 格好つけすぎだ……

 でも……両手に力が入らないのが……  優しい背中に自分の意思で触れられないのが、無性に悲しかったことだけは確かだった。

182 名前:1/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:27:13 ID:tGzrXQVA  失敗したかもしれませんな……  コルベールは頭を抱えていた。

「さあっ、今日こそ手伝ってもらうからな」

 アニエスは今日も元気だ。  水精霊騎士隊の訓練の前後、毎日顔を出してはコルベールを引っ張り出そうとしていた。

「折角のチャンスを棒に振ったのはお前だ、わたしはわたしの好きなようにやらせてもらうぞ」 「……そ、それはですな?」

 早まったかもしれない、毎日押しかけられると流石に挫けそうになる。  のらりくらりと逃げるのも限界に近く、いっそ力づくで来てくれた方が楽だった。  とはいえ、最早負けても納得してくれない相手をどうするか、

「こまりましたな……」 「何を困る事があるっ!」

 深々と溜息を付いたコルベールに、今こそ攻め時とばかりにアニエスは詰め寄った。

「こんな事なら、別の事を頼んで置けばよかったですな」

 ポソリとこぼした台詞は、コルベールの考えもしない効果を生んで、

「なぁっ、なっ、何を言っているっ、何をさせるつもりだっ」

 胸の辺りを手で押さえたアニエスは、その姿勢のまま壁際まで逃げ出した。  わざとか偶然かまでは分からないが、出口とは真逆の方向で、必然的にアニエスに逃げ場は無い。

「あー、あのですな、シュヴァリエ・アニエス」 「ひっ……、よ、寄るなぁっ、寄るんじゃないっ」

 ……彼女の頭の中で、自分はどんな存在なんだ?  聞かされたら凹みそうな問いを抱えて、コルベールはちょっと泣きそうだった。

183 名前:2/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:28:03 ID:tGzrXQVA 「こら、コルベール」

 『まるで覗いていた』様なタイミングで学院長が現れて、  コルベールの気が逸れた隙にアニエスは廊下へ飛び出した。

「……で、おぬし、何をした?」 「……何もしてませぬ、学院長」

 嘘偽りは一切無いのに、アニエスの行動のせいで信憑性まで一切無かった。   「婦女暴行は重犯罪じゃ、学院長私的法廷では去勢の上『アッー』の刑じゃ」

 ……どんな刑だ? 疑問には思ったが、深く踏み込まない方が良さそうだった。

「学院長、どうせ何処かでご覧に成っていたのではないですかな?  ……『遠見の鏡』とか……」 「む……」 「因みに先週、女子更衣室に防護魔法をかけたのはわたしで……」 「なんじゃとぉぉぉぉぉっ」

 やはり使用頻度は随分高いらしい。  冷たい目で学院長を見ていると、決まり悪そうに咳払いをしてからおもむろに話し始めた。

「いや、しかしコルベール、あのシュヴァリエとはどこまでいっとるんじゃ?」 「どこまで……とは? 先日裏庭で決闘しましたが、なにか?」

 かみ合わない会話だった。

「……そうではなく、コルベールよ、あのシュヴァリエ美人じゃろ?」 「そうですな、可愛らしいですな」

 生徒が通りかかったのか、廊下で何かが小さな音がした。  学院長は何かを悟ったように笑ったが、コルベールはそのまま話し続ける。

「元気が良くて愛らしい」 (……老眼が始まる歳じゃないはずだが)

 学院長は自分の認識とのギャップに悩んでいたが、コルベールが一言喋るたびに廊下から何かが倒れたり、  崩れたり、壊れたりする音が響いていた。

「……で、コルベール、どこまで行ったのじゃ?」 「ですから、裏庭までですが?」

 怪訝な顔をしているコルベールに向かって、  悪魔の顔をしている学院長は、再度問いかけた。

「で、シュヴァリエの事はどう思っておるんじゃ?」

 この日破壊された廊下の備品は、じつに数十点にものぼった。

184 名前:3/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:28:47 ID:tGzrXQVA  レイナールは首を傾げる。

「っかしーな、なぁ、マリコルヌ」 「……アニエスたん、はぁはぁ」

 ……会話の通じない状態の相手に話しかける辺り、彼もまた混乱していた。

「なーんか、今日の訓練ぬるいよな?」

 学院の廊下の備品が随分減った翌日、騎士隊の訓練は何時もに比べて非常に楽だった。

「もっと……もっと、僕を苛めてくれぇぇぇぇえ」 「いや、楽なのは良いんだけどさ……」

 あらぬ方を向いて、幸せそうに笑うシュヴァリエ・アニエス。

 ……可愛いけど、ちょっと怖い。

「なーにがあったんだろうな?」 「可愛いアニエスたん、萌えー」

 昨日までは、『アニエス様、苛めてください』だったのに、  マリコルヌの切り替えは早い。

「ん? あぁ、ランニング終わったのか……」 「はっ、ランニング、全員終了いたしましたっ」 「…………え……と……そうだな……」

 何時もは事前にトレニーングメニューを決めている、アニエスには考えられない事態。

「その……、あの……」

 もじもじするアニエスを見て、

『……かわぇぇ』

 こうして、密かに騎士隊内にアニエス親派が増えていった。

185 名前:4/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:29:29 ID:tGzrXQVA  世界が柔らかい光で満ちて、仄かな炎が身体を中から暖め続けている。  そんな錯覚を覚えるほど、アニエスは幸せな気分だった。

 しかし……

「一度報告に戻らないとならないとは……」

 その所為で、昨日はあの男に会えなかった。

「って、違うっ」

 陛下に報告に戻るのだから、これは当然の仕事で、  会えないのなんて……当然……で……

 ……もし……昨日会えて……『可愛い』って言ってくれたのはどんなつもりだったのか……  それを聞いていたら、何かが変わっていただろうか?

 そんな事を考えていると、胸がドキドキする。  こんな事は始めてだ。

 謁見の順番を待つ間も、仕事以外の事で頭の中が一杯で、  自分が自分で無くなったようで……

『くっ……陛下の前で、きちんと報告できるのかが不安など……』

 恥さらしも良い所だ。  いつもとは違った緊張に包まれて、アンリエッタの前にでる。  他の者と違い、アンリエッタが手を振るだけで一斉に皆退室する。

 『陛下の特別』アニエスや、サイト、ルイズにのみ許される特別扱い。

「ルイズはまだ戻りません」 「はっ」

 もう少し学院に居る事が出来る。  本来ならば、ほんの少し前のアニエスならアンリエッタの側に居られない事に対して、  苛立ちを隠せないはずだったが、今の彼女にとって、一番大切な事が変わりつつあった。

「もう少し、サイトさんの代わりを勤めてもらえますか? アニエス」 「はっ、陛下、御心のままに」

 伏した姿勢も、緩みそうになる表情を隠す役に立つ。  目を閉じて、感情を押し殺しているアニエスに向かって、  アンリエッタは爆弾を投げつけた。

「恋を……していますね? アニエス」

186 名前:5/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:30:15 ID:tGzrXQVA 「なっ……そんな事はっ」 「ほんの暫く会わないだけで、随分綺麗に成りましたもの……  貴方に思われる、幸せな方はどなたかしら?」

 ぱくぱくと口が開閉する。  獲物を見つけたアンリエッタは、嬉々としてアニエスを問い詰めた。

「どんな方? 学院ですものね、年下かしら?」

 ……いえ……かなり上です。  何も言えないまま、アンリエッタは想像の中でアニエスの相手を構築して行き、  どうやって付き合ったら良いのかまで指南してくれる。

「……というところかしら、アニエス……頑張ってくださいましね」 「……はぁ」

 頑張って、ナニをしろと言うんだろう、陛下は。  自分の想像に頬を染めながら、陛下の話を聞く。

「でも、アニエス、わたくし少し心配です」 「は?」 「貴方って、免疫無さそうですから、『可愛い』とか言われて、  悪い男の方に、ころっと騙されそうで、心配ですわ」

 ……チクリと胸の奥で何かが騒ぐ。

「貴方は綺麗で、格好良いですけど……」

 陛下の声が、段々遠くで聞こえる。

『騙されているのか? わたしは…… ダマサレテイルノ?』

 考えるべきでは無いのに、自分の心が冷たい方へと流されてゆく。  陛下の前を下がっても、疑念は蜜の様にわたしに絡みつく。

「なぁ……」

 久々に戻った親衛隊の控え室で、手近な部下を捕まえて聞いてみる。

「わたしを見て、どんな感想を持つ?」 「はっ、アニエス隊長は、聡明で美しく……」

 ……数人がわたしを誉める。  並べられる美辞麗句。

 どれだけ経っても、欲しい言葉は与えられない。

 誰も……そんな風に私を見ていない。  あの人も……きっと、お世辞で言ったんだ。

 そんな疑念がどうしても心から離れなくて……

 凍った心は、小さな音を立てながら罅割れを広げて行った。