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ゼロの飼い犬4 口付けの理由               Soft-M

  ■1    部屋の灯りを消して床につき、夜もふけたころ。  わたしは寝たふりをしていた瞼を開き、ゆっくり体を起こした。   僅かな月の光だけが照らすベッドの上で、隣に聞こえている寝息の方へ目を向ける。 そこには、わたしの使い魔……ヒラガサイトが、幸せそうに眠りこけている姿。   「寝てる、よね?」  少しだけ彼の方に顔を寄せ、小声でつぶやく。サイトは、相変わらず気持ちよさそうな 寝息を立てていた。サイトの眠りが深いのは、ここ数日のことでよく知っている。    とくん、と胸の奥が熱くなる。はやくはやく、と心ではなく体が急かす。 わたしは、サイトの寝顔へそっと顔を寄せると──その唇に口付けた。  柔らかくて、あったかい。他の物に例えようがない、不思議な感触。   「……はぁ……」  すぐに顔を離す。そして、体を再び寝かせる。唇が熱を持ち、そこから体中に 甘い感覚がじわじわ溶け出す。心地よい気だるさの中で、また目を閉じる。    ふわふわと、体が浮いてるみたいな感じ。とくんとくん、と自分の心臓の鼓動が聞こえる。  体が熱くなって、ちょっと苦しいくらいなのに、嫌じゃない。  わたしは薄く目を開けると、今度は寝たままサイトの方に体をよじって、また、キスする。   体の中のふわふわがもっと膨らんで、熱くなって、切なくなる。  どうしたらいいのか……自分がどうしたいのかもわからないまま、またキス。    気持ちいいモヤモヤが溜まってきて、それが開放されなくて辛い状態のまま、 サイトの腕を枕にして、横になる。そうしてるだけで、またキスしたい気分になってくる。    もう、何なのかしら、これ。自分でも嫌なのに、癖になっちゃってる。  例えるなら──そうね、好きなお菓子をビン詰めで買って、少しだけと思っていくつか食べて、 残りはとっておいて蓋をするんだけど、やっぱりもうちょっとだけ、とまた手が伸びてしまう。  そんな感覚に似てる。    じゃあ、こいつとのキスはわたしにとって美味しいお菓子と一緒ってこと? 冗談じゃないわ。  そう思うんだけど、わたしはついまた顔を寄せて、キスしてしまう。頭がとろんとしてくる。  お菓子よりタチが悪いわ。お菓子と違って無くならないし、お腹が一杯になって 満足することもないんだから。    わたしにこんなクセがついちゃったのは、あの時から。  アルビオンでの任務の帰り。風竜の上でサイトに抱かれながら、キスされた時から。   「なんで、あんなことしたのよ」  また、したらわかるかな、と思って、もう一度唇を重ねる。当然だけど、わかるはずなかった。  ただ、わたしの中に熱い何かが膨らんでいくだけ。    以前みたいにマッサージをしてくれたら、たぶんこの気持ちをどうにかしてくれるのに。  そう思うのだけれど、アルビオンから帰ってきて、わたしを何度も助けてくれたサイトを ベッドに寝かせてあげるようになったり、食事をまともにしてあげるようになってからは、 なんとなく、マッサージして欲しいって言い出せなくなってしまった。    あのキスのせい? それとも、その前から?  サイトに体に触れられたり、体を見られたりするのが恥ずかしくなった。  初めてサイトをベッドに寝かせてあげた晩。サイトがわたしにキスしてきた理由が気になって、 寝ているサイトにキスしてみた。それ以来。こんなことを、毎晩のようにしてしまうようになったのは。    それに……。何だから知らないけど、アルビオンから帰ってきて以来、サイトはわたしに対して 妙に遠慮がちというか、距離を置くようになった。どうしてよ。余計に気になっちゃうじゃない。  ぜんぶ、こいつのせい。こんな事しちゃうのもこいつのせい。  そんな風に心の中で八つ当たりしながら、わたしはまた、サイトにキスした。   ■2    サイトがわたしにキスした理由も気になる。でも、それと同じくらい、気になることがある。  サイトが、わたしを助けてくれる理由。サイト自身も、何度も死にそうな目に遭っているのに。  以前キュルケに言われた言葉が蘇る。わたしは、使い魔の主人として足りてないって。  考えたら、そうなのだ。わたしは、サイトに酷いことばっかりしてる。    サイトは、フーケと戦った時に必死でわたしを助けてくれた。  ワルドに殺されそうになった時も、救い出してくれた。    どうして? わたし、使い魔にこんなに尽くして貰えるほど、立派な主人だった?  サイトをぶったり蹴ったり踏んだり鞭で叩いたりした光景が浮かぶ。  犬呼ばわりして、首輪をつけて引きずり回したことを思い出す。  ……落ち込んでいるサイトの前で、『ワルドと結婚するわ』って言い放った時の事を考える。  思い返せば思い返すほど、わたしは使い魔に尽くされるに足る主人じゃないと知ってしまう。    どうしてよ。どうしてわたしを助けてくれるの?  どうして、勝手に呼び出して故郷に帰れなくしたわたしを恨まないの?  ――どうして、キスしたの?    サイトに覆い被さるようにして、強く唇を押しつける。わたしの体の中は、 ただ暖かくて気持ちいいだけじゃない、もっと重くて、切ない何かでいっぱいになっていた。                           ∞ ∞ ∞      気がついたら、俺はふわふわしたよくわからない場所に寝ころんでいた。  暖かくて、心地よい。ここはどこだっけと思って辺りを見回そうとするが、よく見えない。    これだけ居心地が良いってことは、ここは俺の寝床である藁束の上ではないはず。  そこまで考えて、思い出した。確か、最近は、ルイズがベッドで寝ることを許可してくれたんだった。  それまで使っていた藁束はもちろんのこと、日本にいたころのせんべい布団と比較しても 泣けるくらい寝心地の良いルイズのベッドで、ぬくぬくと眠れるようになったのだった。    俺は一回寝たら朝まで起きないタイプだから、目が覚めたってことは、もう朝なのかな。  だったら、ルイズの朝の支度をしてやらないと。最近はルイズ自身で色々やるようになったとはいえ、 着替えを用意したり洗顔の水を汲んでくるのは俺の仕事だし……。  寝起きのせいか、ぼやけた頭でそう思ったとき。寝ている俺の体の上に、何かが覆い被さってきた。   「ん……何だ? 誰?」  まだ、よく見えない。どうやら人らしい。いわゆるマウントポジションをとった相手に、聞いてみる。   「サイト……」 「ルイズ?」  俺の耳に入ってきたのは、やや舌っ足らずな可愛らしい声。隣で寝ているはずの、ルイズの声だった。  俺より先に起きてるなんて、珍しい。それはいいとして、何で俺の上にのし掛かってるんだろう。 「あ、悪い。今起きて準備するから…」 「いいの、起きなくて」  どいてくれ、と言おうとした所で、ルイズに遮られてしまった。   「え、なんで? 今日休みだっけ?」 「サイトは、わたしより、学校の方が気になるの?」  やっと周囲の様子が見えるようなって、俺の上にいるルイズの顔が目に入った。その端正な顔は、 寂しげな表情を浮かべている。心なしか、頬が赤く上気しているようにも見える。   「気になるも何も、勝手に休んじゃまずいだろ。風邪でもひいたのか?」 「心配してくれるの? じゃあ、確かめて」  ルイズは上体を倒して、顔を俺の方に近づけてきた。止める間もなく、その額が俺の額に 押しつけられる。まるで、キスしてるみたいな格好で。   ■3   「どう? 熱い?」 「え、あっ、そ、そうだな、熱はない……かな?」  ルイズの吐息が唇に当たる。鳶色の綺麗な瞳がすぐ目の前にある。ふわふわの桃色の髪が 顔や首筋に当たって、くすぐったいけどいい匂いがする。ルイズの細くて軽い体が、洋服越しとはいえ 俺に密着してる。  ああ、やわらかい、ちっちゃい、かるい、かわいい。ルイズの人が変わったみたいな行動に、 心臓がばっくんばっくん鳴り響く。   「ほんとに? よく確かめて」  目を閉じて、さらに強く頭を押しつけてくるルイズ。ああ、何だよこれ。ホントに熱でもあるんじゃないの。   「ない、ないから! だから起きて学校いかないと! ね?」 「うそ……。だって、こんなに熱いのに」  必死で主張すると、ルイズは俺の手をとって、その指を……自らの唇へ持って行った。    熱い。最初に感じたのは、ルイズの言葉通りの感触。 次いで、とろけそうな程の柔らかさが指に伝わる。 「ル、ルイズ?」 「あのね、あのね。サイトにキスされてからね、この唇が……ずっと熱いの」  俺の指を唇に当てながら、ルイズは囁く。熱くて柔らかい唇が ふるふる震える感触が伝わって、ぞくぞくする。   「て、てか、なに? 知ってたの? 起きてたの? 俺がキスしたとき」  驚愕の新事実。あの時もしルイズが起きてたなら、その場で突き飛ばされて風竜の上から 真っ逆さまだったろうと予想した(まぁ、遅かれ早かれ落とされるわけだが)。なのに、全部知ってたって。   「うん、起きてた。気付いてた」 「じゃ、なんで止めなかったの……?」 「……ったから」  ルイズの答えは、小さすぎて聞こえなかった。   「今、なんて言った?」 「……嫌じゃ、なかったから」  顔を真っ赤にして、はにかみながら、ルイズはそう言った。頭の中が真っ白になる。ナニソレ。嫌じゃない。 キスされても嫌じゃない。キスされてもOK。むしろキスして。普通キスなんて好きな人にしか許さないから、 つまりこれは好きだからキスしても好きずきキス好きスキスキス……。   「えっと、それ、どういう……」  混乱してきたので、ルイズにさらなる説明を求める。すると、ルイズは ちょっとだけ怒った風な顔をして、唇に当てていた俺の指を、口に含んだ。 「うわっ! あ……!?」  唇と同じくらい、いや、それ以上? ルイズの口の中は熱かった。 火傷するんじゃないかと思えるくらい。それに、唇と違って、湿った粘膜の中で唾液が絡んでくる。 怪我した時とかに自分で舐めるのとも違う、今までに感じたことがない異質な感覚。   「んむっ……ちゅる、ちゅぷっ……ん……」  熱い口の中で、小さい舌が指を舐め上げる。背筋を電流が駆け上がり、 体が跳ねそうになってしまう。銜えられているのは指一本だけなのに、 まるで体全体をルイズに支配されてしまったように翻弄され、身を震わせていることしかできない。 「ぷはっ……はぁ……」  しばらくしてから、ルイズはその指を口から放した。唾液に濡れた指が外気に晒され、ただ冷たいと 感じられる以上の、大きな喪失感が俺を襲う。   「……嫌いじゃないの。サイトに触られるのも。触るのも」  僅かに零れた唾液で口元を光らせながら、ルイズは両手で俺の手を包み込み。 「キスされるのも、するのも。……ううん、嫌いじゃないっていうのは嘘……」  目を閉じて。 「好きなの」  そう言って、俺の唇に唇を重ねてきた。今までで一番、熱い感触。体どころか、頭までとかされてしまうほど。  ルイズの突然の行動を、俺はただ受け入れることしかできなかった。   ■4   「あの、ルイズ、それって……」  長いキスをして、ようやく唇を離してくれたルイズに言葉をかける。今の言葉は、その、つまり。 ”俺のことが好き”って解釈していいってことなんだよな?  ルイズは、俺の上に乗っかったまま、熱っぽい視線を俺に向けている。    ルイズは答えない。恥ずかしがってるのかもしれないけど、いきなりこんな大胆なことをしてきたのだ。 今更、好きだという一言が言えないはずもあるまい。   「ルイズ、お前、俺のこと」  そう言うと、ルイズは少しだけ目を伏せた。なに、何なのその反応。急に不安になる。 もし、俺のことが好きだって今はっきり言ってくれたら、すぐにでも抱きしめて逆に押し倒してしまうのに。    しばらく待っても、ルイズは何も言わない。じゃあ何? 今までのは何? 俺が好きだから、 こんなことしてきたんじゃないのか?  それまで火がついていた衝動が、少しずつ冷えていく。 何だろう。ルイズが俺を好きと言えない理由って、一体何なんだろう。   そうして、思い出した。つい先日の、アルビオン遠征での出来事。 その時感じた、屈辱と、無力感と、劣等感と……それに、嫉妬。

「……まさか、まだ、ワルドのこと」  自分でもあまり言いたくなかったが、つい、口に出して聞いてしまった。ルイズを傷つけるかもしれないのに。 「そんなっ! それは違うの! わたし、ワルドには幼い頃憧れてただけで!」  取り乱し、必死に否定するルイズ。けれど、今の俺にはその慌て方が怪しく見えてしまった。   「ほんとに? もし、アイツが裏切り者じゃなかったら……敵じゃなかったら、あのまま結婚してたんだろ?」 「違うっ! ちがうの! わたし、しなかった! ワルドが敵だってわかる前に、式をやめたの!」  ルイズはそう言うが、いまいち信用できない。あれだけ信頼してたワルドと式をあげることになって、 急に止めますなんて言い出すだろうか。もし止めたくなったとしても、ドタキャンできる空気じゃない。   「そんなこと、口で言われたって、信用できねーよ」  言ってしまった。自分でも、なぜこんなに酷い台詞が口から出てくるのかわからない。 ルイズが俺を好きと言ってくれないのが、すごく不満で、不安だったからなのかもしれない。  だから、この言葉は、『証明のかわりに、好きって言ってくれよ』という意味もあったのだけど。  その言葉を引き金にして、俺をみつめるルイズの目から光る物が溢れ、頬をつたって落ちた。   「どうして……?」  ルイズは、涙を拭こうともしないで、震える弱々しい声で呟く。 「どうしてそんな意地悪言うの……?」  整った、綺麗な顔が、悲しみに歪む。それを見てようやく、俺がどれだけ残酷な事を 言ってしまったのかを理解した。   「あっ、ごごごごめんっ! 言い過ぎた! 俺が悪かった!」  慌てふためいて、ルイズの肩を抱こうとする。けど、なぜか起きあがることも、手を上げることもできない。 「いいの。わかってる。わたし、サイトにひどいことばっかりしてたもん。意地悪いっぱいしたもん。 だから、サイトを責められないの……わかってるの」  ルイズは、子供みたいに泣きじゃくり、子供みたいな口調で、俺に弁明する。泣かしたのは俺なのに。 悪いのは、絶対的に俺のはずなのに。   「サイト……どうしたらゆるしてくれる? どうしたら、わたしのこと信じてくれるの?」  俺の顔をのぞき込んだルイズの涙が、頬に落ちる。俺の事なんていい。 俺の方が、この涙を止められる方法を聞きたい。    ルイズは、涙ながらに、何かを決意したようだった。その瞳に、今までになかった光が宿る。  その顔が俺の耳元に寄せられ、ルイズは内緒話をするように囁いた。   「わたし、なんでもしてあげる。わたしに、なんでもしていいから。…………それで、許してくれる?」   ■5    ボンっ、と爆発したみたいに、頭の中が沸騰する。な、ななななな、何でもって。なんでもって。  そのルイズの声には、強い決意が込められていて、嘘だとも冗談だとも思えない。  そして、言った後、恥ずかしそうに俺の服をぎゅっと握りしめ、顔を合わせるのを避けるために 俺の胸元に顔を押しつけた様子は、『なんでも』が、つまりその、”そういうこと”を想定してる事を示す。    うそ、うそ、うそ、本当に? ホントにいいの? 犬いいの? いやいやいやいや、違う。  俺はもともとルイズを恨んでなんかいないし、ルイズに悪意があって酷いことを言ったわけじゃない。 だから、ここでルイズが俺に贖罪する必要はなく、この提案は無効。無意味なのです。    でも、ルイズはそうは思ってないですよ? 俺の中の悪魔がそう囁く。彼女は、勇気と覚悟を振り絞って 今の言葉を紡ぎ出したんですよ? 応えてあげるのが誠意ってものなんじゃないのかなぁ?    あー! やめろー! 悪魔がっ、俺の中の暗黒面がっ!!  俺は必死になって自らの中の誘惑を斬り捨てる。だめだ。だめなんだ。ルイズは可愛い。 可愛いし、綺麗だし、愛しいし、良い匂いするし、良い感触するけど、だからこそ駄目なんだ。 今、俺が彼女にしてあげるべきことは、そんなんじゃない。そんなんじゃないんだよう……。   「……じゃ、じゃあ、このお願い、聞いてくれるか?」  俺は、震えて歯がかちかち鳴り始めたのを必死で止めながら、胸の上のルイズに声をかける。  ルイズは、少しだけ顔を上げて俺を見て……口元は俺の胸に埋めながら、恥ずかしげに小首を傾げた。  ああ、かわいい。俺は馬鹿だ。揃えれば何でも願いが叶えられるボールを集めておいて、 ギャルのパンティーを願ってしまう豚くらい馬鹿だ。   「俺は、ルイズが酷いご主人様だなんて思ってないし、ワルドのことをまだ引きずってるとも思ってない。 だから、それを信じて……もう、泣くのやめてくれ。な?」    自分でも言っててクサいと思ったけど、本心。それは、ルイズをこのままどうにかしてしまいたいと思うのと 同じくらい強く願ってること。こいつの泣き顔なんて、見たくないから。  ルイズは、驚いた顔をした。そして、少しの間困惑の表情を浮かべ…… それから、照れくさそうに、微笑んだ。  今までに、一回しか見たことがなかったルイズの笑み。それを俺に向けてくれただけで、 誘惑を振り切った甲斐があったと思えた。ああ、良かった。俺は間違ってない。   「嬉しい……サイト、やさしい……♪」  ルイズは、俺に体をすり寄せ、甘えてきた。その感触に、やっぱり誘惑に負けてた方が 良かったかなぁなんて速攻の前言撤回をしかけたところで、ルイズはまた俺の耳元へ口を寄せた。   「あのね、サイト」 「な、なんでしょう?」 「なんでもしてあげるし、していいって言ったけど……ひとつだけじゃ、ないのよ?」  そう言って、また口付けをしてきた。その頬の涙は、もう乾いている。    K.O! カーンカーンカーン!    俺の中で先程の悪魔が高らかに両手を上げてガッツポーズを取る。 腰にはチャンピオンベルトなんて巻いていやがる。  だめだ。だめ。ルイズずるい。こんなのずるい。よくわかんないけど卑怯。才人、星になります。 今から空に向かいます。地球の青さと宇宙の広大さを知ります。この一歩は人類にとっては 極めてどうでもいい一歩だけれど、俺にとってはとっても大事な一歩です。   「ルイズ、ルイズ、ルイズっ!」 「ひゃっ!?」  たまらなくなって、俺の体の上のルイズを抱きしめる。今まではなぜか腕が上がらなかったのに、 今になったら簡単にできた。細くて軽い体が、俺の手の中にすっぽり収まる。  こんな可憐な子を。乱暴にしたら壊れてしまいそうな芸術品みたいな少女を。 でも、でも、優しくするから。俺を優しいって言ってくれたルイズを、幻滅させたりなんてしないから……!   ■6        抱きしめたルイズの体を横に下ろして、今度は俺がルイズに覆い被さる体勢になる。  気付けば、まだ辺りは暗かった。自分の下にいるルイズの表情も、よくわからない。  あれ、さっきまでは、普通にルイズの顔も体もよく見えてたのに。何か変だな、と思う。  けど、その時の俺は、深く考える余裕もないほど興奮してしまっていた。   「えっ……なに、どうしたの、サイト?」  ルイズの慌てた声が聞こえる。さっきまであんなに積極的だったのに。やっぱりいざとなると、 緊張してしまうものなのだろう。   「ごめん、なるべく怖がらせないようにするから……」 「何よそれ……ちょっと、やめて!」  ネグリジェに手をかける俺の下で、ルイズはじたばたと暴れた。ちょっと、あそこまでやっておいて、 ここまで抵抗するのはあんまりじゃないだろうか。それとも、何か俺間違えてる?   「おい、あんま動くなよ、やりにくいだろ?」 「嘘、どうして!? やめてよ! こんなのやだっ! やだぁ……!!」  その言葉の最後で、ルイズはしゃくりあげた。さっき、もう泣かないでくれってお願いを 聞いてもらったばかりなのに。    さすがにおかしい。そう思って手を止めたとき、雲間に隠れていたらしい月が顔を出して、 窓明かりがベッドの上を微かに照らした。  そこには、当然ながらルイズが横になっていて。困惑に怯える目元には、 今にも零れそうな涙が光っていた。頬にはまだ涙の跡はなく、”今日初めて溢れそうな涙”が。   「あ…………」  頭をハンマーでガツンと殴られたような衝撃。自分が、何をしようとしていたのか、気付く。 夢。今までのは、夢。俺は勝手な夢を見て、ルイズを抱きそうになって……それで、目を覚まして、 そのまま夢の続きを実行するみたいに、現実のルイズを組み敷いた。  寝ぼけた、なんて言い訳が通用する筈が無い。これは、これは、これは……。   「ごめ……!!」  弾かれるようにルイズから離れ、ベッドから駆け下りる。そして、謝ろうとして、その舌が止まる。 謝って済む問題じゃない。許されるわけない……!  ルイズは上体を起こし、その細い肩を自ら抱いて、小さく震えていた。顔はこちらを見ているけど、 窓とは逆方向で、その表情がわからない。きっと、俺を軽蔑の目で見ている。 いや、それどころじゃない。恐怖や、憎悪や、絶望の目を向けているのかもしれない。    俺はそのまま、そろそろと後じさって、部屋のドアの近くまで行った。慌てたら、ルイズを 怯えさせてしまうと思ったから。  ドアノブに手をかけたとき、ルイズが何か言おうと口を開いたのがわかって……。    それを聞く前に、俺はルイズの部屋から飛び出し、廊下を走り抜けた。  ひょっとしたら、もうここには、帰ってこないのかもしれない、なんて思いながら。   ■7                           ∞ ∞ ∞      サイトが飛び出していったドアの方を呆然と見つめながら、わたしはベッドの上に座ったままでいた。  まだ、心臓がばくんばくん言ってる。何が起きたのか、完全には飲み込めていなかった。    最近のクセになってしまった、寝ているサイトへのキスを何度か繰り返して。 今日は、いつもより熱が入ってしまって。ひょっとしたらサイト、起きるかな? なんて思うくらい、 強くキスしちゃってたんだけど。    何度目かわからないキスの途中に、急にサイトはわたしを抱きしめてきて、お互いの位置を ひっくり返すみたいにわたしの上に覆い被さってきた。    どくん、とまた心臓が跳ねる。あれって、あれって、もちろん、それよね。  わたしを、その……どうにかしちゃうつもりだったのよね。  かあっと頬が熱くなる。前……確か、フリッグの舞踏会の後も、サイトってば寝ているわたしに のし掛かってきた。その時は、それまで見てた夢のこともあって、怒りだけが爆発したんだけど。    今は、違う。そりゃ、びっくりしたし、怖かったけど……あの時とは、違う。  だって、だって、急にあんなことしてきたってことは。まさか、わたしが寝ているあいつに キスしてたことに、気付かれてたってことじゃないの?  考えてみれば、寝てる時に何度もキスされてるなんてことに気付いたら、そりゃ、 なんていうか、許してる、って誤解しても仕方ないわよね。……あくまで誤解だから。誤解なんだから。    まくらを持って、ぎゅっと抱きしめる。気付いてた? わたしが何度もキスしてたことに、気付いてた?  気付いてて、知らないフリしてたの? わたしの気付かないとこで、ニヤニヤ笑ったりしてたわけ?   「あああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!」    ごろごろごろごろ。まくらを抱えたまま、ベッドの上をのたうち回る。屈辱だわ。恥ずかしすぎる。 もしそうだったら、死ぬしかない。名誉のためにこの命を絶つしかないわ。   「はぁ、はぁ、はぁ……」  荒くなった息を整えながら、考える。っていうか、違うわ。今問題なのはそこじゃない。 サイトが、わたしがその、許してるって誤解して、わたしにのし掛かってきたってこと。  ナメられてるじゃない。そんな誤解、解かないとまずいじゃない。名誉の問題もあるし、 今後あんなことされないためにも必要だわ。    だって、わたしが許すわけないじゃないの。あいつは平民だし、使い魔だし。 それどころかこの世界の人間ですらないし。ヴァリエール公爵家のわたしが許すわけないでしょ。 それくらい常識でわかりなさいよ。  それに、まぁ有り得ない仮定だけど、もしも身分の差が無かったとしても、サイトなんかに わたしが許すわけ……。何度も、命をかけてわたしを救ってくれたサイトに……。いざとなると、 結構頼りになって格好いいわたしの使い魔に……。    …………。    あーもう! 有り得ない仮定の話はどーでもいいの! 考えても無駄!  と、とにかく。あいつは何だか知らないけど逃げちゃったけど、帰ってきたらこの誤解はちゃんと 解いておかないと。あいつは使い魔で、わたしは主人。そのことはハッキリさせておかないとね。うん。  わたしは一人で力強く頷いて、ぱたりとベッドに横になった。  体はまだ火照っていて、再び眠りにつくまでには、かなりの時間がかかってしまった。        この時のわたしは、サイトとの間で大きな気持ちの隔たりがあることにまだ気付いていなかった。  それから、もうひとつ。わたしは、サイトに許すわけがないとか、誤解されたら困るとかは考えていた。  けれど、サイトにああいうことをされて、わたし自身が”嫌”だとは感じていないことにも、 気付いていなかったのだった。     つづく   前の回 一覧に戻る 次の回