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ゼロの飼い犬6 黒い瞳の彼               Soft-M

■1   「ごめんなさい、狭いし、あんまり立派な部屋じゃないんですけど」  他の部屋の子に聞こえないように、そっとドアを開いて、小声でサイトさんに言います。  サイトさんは、「お邪魔します」なんて言いながら、わたしの後ろについて室内に入ってきました。    二段ベッドと、古い机やタンスなんかが二人分。小さな窓にこれまた古いカーテン。  ミス・ヴァリエールの部屋に住んでいるサイトさんを招くのは、ちょっとためらわれてしまうわたしの部屋。 一応、サイトさんのお風呂に行く前に、軽くお掃除しておいたのだけれど。   「いや、俺の部屋もこんな感じだったし、むしろ落ち着くかな」 「そうなんですか?」 「いや、広さがね。俺の部屋はもっと散らかってたけど」  サイトさんは、冗談めかして笑いました。サイトさんはこことは全然違う国から 来たって言ってたけど、どんなお部屋に住んでたのでしょう。   「えっと……それで、俺はどこに寝たらいいのかな」  サイトさんの、遠慮がちな質問に、どきっとします。そう、わたしはサイトさんを この部屋に泊めるためにお呼びして……そして、サイトさんはこの部屋に泊まるつもりで わたしについてきたのです。  そのことを今更思い出して、先程のお風呂での体の火照りがずっと続いていることに気付きます。   「それじゃ、二段ベッドの下で構いませんか? わたしの使ってるベッドですけど」 「シエスタの使ってるベッドに!?」 「だって、もうひとつはわたしと同室の子のベッドですし」 「う、そういえばそうなるのか」    わたしのベッドを使うようにサイトさんに言うと、サイトさんは慌てた様子を見せました。 わたしも、男の人に自分のベッドで寝てもらうなんて、今までだったら考えもしなかったでしょう。  でも、サイトさんだったら構いません。そのつもりでここへお招きしたのですから。   「じゃあ、シエスタが上のベッドを使うっていうこと?」 「……わたしがどこで寝たらいいか、サイトさんが決めてくださってもいいですよ?」  サイトさんの顔をのぞき込んで、ちょっと意地悪な台詞。 「え、あ、う、えっと……うん、シエスタは上でお願い」 「わかりました」  サイトさんはわたしの意地悪に気付いたのか、面白いくらいにしどろもどろになって、そう答えました。 わたしも、それ以上は何も言いません。二段ベッドのハシゴに足をかけて、上に登ります。    ――そこで、上の段のベッドを見て、わたしの体が固まりました。  だって、そこには、掛け布団が無くなっていたのだから。   「シエスタ、どうしたんだ?」 「えと……その、掛け布団、持って行かれちゃったみたいです……」  またどきんどきん鳴り出した心臓を持て余しながら、なるべく平静を装って、そう答えます。 「え!? それ、どういう……」 「なんていうか、その、よその部屋に移ってもらった子に、気を使われちゃったといいますか…」  照れ笑いをしながらサイトさんの方を見ましたが、きっとわたし、顔が真っ赤になってると思います。    でもでも、これはある意味チャンスというか、むしろ天が『今夜、一気に決めてしまいなさいシエスタ!』 なんて言ってるということなのかもしれないわ。そう、きっとそう。だって、わたしはさっきお風呂で サイトさんに捧げてしまうつもりだったのだから。   「……わたしのベッドで、二人で寝るしかないみたいです……」  ゆっくりハシゴから降りて、震える声を抑えながら、サイトさんにそう言います。 「それはちょっとまずいって! 俺は布団無しでもいいから!」 「駄目です、それじゃあ風邪ひいちゃいます……ダメです」  わたしは強くそう続けて、サイトさんの服をぎゅっと掴みました。   ■2   「……寒くないですか? お布団からはみ出したりしてませんか?」 「だ、だいじょぶ」 「ほんとですか、もうちょっと近付いた方が……」 「いやほんと、十分あったかいから」    背中の方から、サイトさんの声。ベッドの中に、わたし以外の人の体温。  結局、わたしとサイトさんは、同じ布団で寝ることになりました。 というか、わたしが強引に一緒に寝るように説得したのだけれど。    サイトさんには寒いかどうか聞いたけど……でも、小さな布団の中に二人入っているのに、 本当はちっとも寒くなんかない。  すぐ近くにあるサイトさんの体はすごく温かいし……それに、体がずっとのぼせたように 火照ったままだから。むしろ、汗が滲み出てきてしまうくらい。   サイトさんが、すぐ側に。振り向けば、その背中に触れることができるところに。 ――わたしと一緒に、ベッドの中に。  頭の中まで、沸騰したヤカンみたいに熱くなってぐらぐらする。この状況が信じられなくて、 夢みたいで、まるで他人のことのように思えてきて。  でも、これは、わたしが望んで……サイトさんに求めて、つくった状況。紛れもない現実。    そもそもの始まりは、ヴェストリの広場で座り込んでいたサイトさんを見つけたとき。  サイトさんは、ミス・ヴァリエールと何かあって、落ち込んでいるようでした。  そして、その落ち込み方は、今までに一度も見たことがないもので……何か、してあげないと。 誰かが支えてあげないと、サイトさんは本当に深く傷ついてしまいそうな気がしたのです。    背中の、サイトさんの温もりを感じながら考える。  何が、サイトさんをそんなに落ち込ませたのでしょう。サイトさんがそんなに落ち込むことって、何でしょう。  わたしの知っているサイトさんは、凄く強い人です。貴族の方にへつらうのではなく、 言いたいことをはっきり言って、悠然と立ち向かえる人。まるで対等であるように接することができる人。  それは、わたしが今まで一度も見たことがないもの。今まで考えていた世界が、ひっくり返るようなこと。    サイトさんの強さは、目にも止まらない速さで剣が振れるとか、メイジにも負けないというだけではなく、 平民は貴族よりも劣るものであるという常識を壊すことができる強さです。  心が、魂が強い人……だから、わたしは惹かれたのです。わたしたちに無いもの。 わたしたちが得られるはずがないと思っていたものを持っている、サイトさんに。    だから、一人で校舎の壁を背にして座り込むサイトさんを見て、居ても立っても居られなくなったのです。 こんなに強いサイトさんを、本気で打ちのめすこと。それは並大抵のことじゃないはずです。  わたしは、それを癒してあげたかった。忘れさせてあげたかった。  わたしが恋してしまっている、彼を……助けてあげたかった。    でも、サイトさんは、わたしに落ち込んでいる理由をはっきりとは言ってくれませんでした。  きっと、話したくないことなのでしょう。言葉にしたら、もっと傷つくことだってあります。  それでわたしは、サイトさんを助けてあげる方法に……。    ぎゅうっ、と胸の奥が痛くなる。そう、わたしは、綺麗じゃない……汚い方法をとりました。  サイトさんにわたしの体を差し出して、それで慰めになったらって思って。  そう思って、サイトさんとまたお風呂を一緒したいなんて言って、その……迫ったのです。    胸の痛みが大きくなる。思わず、体を丸めてしまう。  それは、本当にサイトさんを慰めるため? わたしの中の何かが、そう聞いてくる。  サイトさんのためじゃなくて、自分のためなんじゃないの?  落ち込んでいるところにつけ込んで、優しくして、ご飯なんか食べさせてあげて、 あげくに体で釣って……彼に、自分のことを見てくれるようにしむけるつもりだったんじゃないの?    耳を塞ぐ。実際に、誰かが自分に語りかけているわけじゃないのに。  そう。わたしは怖かった。サイトさんがミス・ヴァリエールといつも一緒にいるのを見て。 ミス・ツェルプストーにあからさまな誘惑をされているのを見て。  結局、サイトさんも、貴族の方のものになってしまって……その気持ちも、貴族の方に向いてしまうの ではないかって、怖かった。ただのメイドなんかより、お金持ちで名誉も気品もある貴族の女性の方が どう考えても魅力があることがわかっていて……それが怖かった。   ■3

 だから、わたしは――サイトさんに、”手を付けようとした”のです。  母が言っていたことを思い出す。『シエスタや、男の人が傷ついて落ち込んでる時こそ、 惚れさせるチャンスなんだよ。そういう時に一気に攻めなさい』と言っていました。  たぶん、その言葉は正しい。正しいけど……時に、凄く汚らわしい手になります。    涙が零れそうになってくる。この、サイトさんと一緒に寝ているという状況が、 すごく不安になってくる。サイトさんは、どう思ったのかしら。一緒にお風呂に入ろうだなんて言って、 あんなふうに迫って……最後には、部屋に呼んで一緒のベッドで寝ることになった女を。  はしたない、と思ったかもしれない。汚いと思ったかもしれない。  ――所詮、平民女なんてこんな軽いやつなんだ、なんて思ったかもしれない。  わたしを大事にしてるって、魅力的だって言ってくれたサイトさんの言葉が、信じられなくなる。   「………うっ……!」  つい、しゃくり上げて、嗚咽が漏れてしまいました。慌てて口を塞ぐけど、遅かったみたい。 「……シエスタ? どうしたの?」 「なんでもありません、なんでもっ……」  弁解するけど、声が完全に震えてしまっている。サイトさんに信じてもらえるわけがありません。 「シエスタ……泣いてる?」  サイトさんはわたしの方へ体を向けて、顔をのぞき込んできました。  暗い部屋の中だけど、サイトさんの表情はわかった。わたしを、本気で心配している目。 純粋に、気遣っている目。  わたしの好きな――わたしと一緒の、黒い瞳。    その目を見て、今までサイトさんがわたしを汚いと思っているかもしれない、なんて 疑っていたことが恥ずかしくなる。サイトさんを信じていなかった自分を忌々しく思う。  サイトさんは、貴族に物怖じしたり、へつらったりしない。そして同時に、平民を見下したりも するはずがない。だから――。   「サイトさんっ……!」 「え!?」  わたしは、サイトさんにすがりつく。サイトさんはわたしに下から抱きつかれて、 まるでわたしに覆い被さっているような格好になって、困惑の声を上げました。   「な、なな何なのシエスタ!?」 「…………好き」    わたしは、今までまだ言っていなかった言葉を、サイトさんの胸に顔を埋めながら言いました。   「え……」 「好き。好きなんです。サイトさんのことが好きです。こんなに強い気持ちになったの、初めてなんです」    言葉にしたら、今までぐちゃぐちゃになっていた胸の奥が、どんどんすっきりしていく。  そうだ。わたし、サイトさんのことが好き。だったら、理屈なんてどうだっていい。  綺麗でも汚くても、なんでも良い。サイトさんにしてあげたいことがあって、 サイトさんにしてもらいたいことがあって、それを求めて……それだけでいいじゃない。   「シエスタ……」 「好きだから、サイトさんが落ち込んでるところを見たくないんです。何か、してあげたいんです。 わたしが、サイトさんを、慰めてあげたいんです。わたし、サイトさんに何がしてあげられますか? どうしたら、サイトさんは喜んでくれるんですか? 教えてください、サイトさん……」    感情が溢れて、涙も零れて、サイトさんの服を濡らして……まるで、逆にこっちが サイトさんにすがって慰めてもらっているみたいな状態で、必死に聞く。  ああ、やっぱり、わたしは弱い人間で……何もできない平民でしかない。でも、それでも、 この気持ちだけは弱くなんて無い。嘘でも偽りでもない。誰にも負けない!   ■4    しばらくの間、サイトさんは、その大きな手で、わたしの髪を撫でてくれました。 お互い向かい合うように横になって寝て、ゆっくり、優しく、何度もわたしの頭を撫でてくれました。   「……俺は、今日だけじゃなくて、このせか……じゃなくて、国に来たときから、何度もシエスタには 助けられてる。回りは俺を平民だって見下す連中ばっかりだし、ご主人様もあんなだしで 滅入っていたところを、シエスタがいてくれたおかげで何度も気が楽になってた。 もちろん、厨房でご飯をご馳走してくれたことも、ものすごく感謝してるけど、それだけじゃない。 気持ちの面でも、シエスタがいなかったら今の俺はなかったかもしれない」    サイトさんはわたしの頭を撫でながら、子供に言い聞かせるように。そして、自分で自分の気持ちを 整理するように、言葉を紡ぎ出します。   「特別、何かしてくれなくても……シエスタが俺に言葉をかけてくれて。笑顔を見せてくれるだけで…… どれだけ感謝してもしたりないくらい、俺は救われてた。助けられてた。 だから、シエスタは今のままでいいんだよ。……ありがとう、シエスタ」    サイトさんの言葉で、わたしの胸に、今までとは違う温かさの火が灯ります。  涙はもう止まっていたけど、今度は別の種類の涙が溢れそうで。  そして、サイトさんへの愛しさも溢れて、こぼれ落ちそうで……もう、胸がいっぱいになっています。   「それに……」 「え?」  サイトさんは、それまでわたしの頭を撫でていた手を止めて、体を少し離し、わたしの顔を のぞき込みました。きっと、泣いた後でみっともなくなっているわたしの顔。   「やだ、こんな時の顔っ!」 「見せて」  サイトさんは微笑んで、わたしの目をじっと見つめます。どきん、と一際大きく胸が高鳴る。   「それに、シエスタの目を見てると、なんか安心するんだ。懐かしいっていうか、そんな感じ。 俺と同じ……俺のいた所の人と同じ色の目だからかな」  それ、わたしも同じです。サイトさんの目、好きです。目だけじゃなくて、髪の色も、顔かたちも、 肌の色も、しぐさも……何だか、”一緒”の人を見つけたような、そんな気になってしまうんです。  言おうと思ったけど、口がうまく開きません。ただ、暗闇の中でももっと黒く輝くサイトさんの瞳に 魅入られたみたいになってしまって……その目を、もっと近くで見たくなって……。    もしかしたら、サイトさんもそう思ったのでしょうか。そんなところも”一緒”なのね、なんて嬉しく なりながら。わたしとサイトさんは……唇を重ねました。    初めての他人の唇の感触は、すごく熱くて、甘くて、どきどきして。すごく、すごくすごく、素敵でした。    その顔を離して、サイトさんは、照れくさそうに笑いました。わたしは……もう、体中いっぱいに サイトさんへの気持ちが詰まっているような感じで、どうしようもなくなってしまいます。   「サイトさんっ…!」  また、その背中に腕を回します。好きな人の温もりを肌で感じられるのって、信じられないくらいに 気持ちが良い。満たされる。満たされるのに、もっと欲しくなる。わたしにこんな気持ちを教えてしまって、 ひどいですサイトさん。せっ、責任とってもらわないと困ります。   「シっ、シシシエスタ、まずいって、そんなにくっつかれたら……」 「いやですか……?」 「嫌じゃないけど、むしろ嬉しいけど、駄目だって。今はまだ、シエスタにそういうことするわけには」 「……それでいいです」  サイトさんの匂い――まだ残ってる、お風呂と石鹸の匂い――を感じながら、わたしは答えます。 「それでいいって……」 「サイトさんは、わたしに何かしてくれなくてもいいです」 「それなら頼むから離れて……」 「いやです。離れません」 「ああもう! だから、シエスタにこんなことされたら、俺……」 「わたしが、サイトさんに、”そういうこと”します」   ■5    サイトさんの顔を見つめながらわたしがそう言うと、サイトさんは表情を強ばらせました。  何を言ってるのかよくわからない。そんな様子。 「はい?」 「サイトさん、わたしを大事にしたいから我慢してるって言ってくれましたよね」 「あ、あぁ、言ったけど……」 「……わたしは、サイトさんよりこらえ性が無いから……もう我慢できません。 サイトさんにしてあげたいこと。わたしがしたいこと。この気持ち、抑えられません」  そう言って、今度は首筋に唇を当てました。サイトさんの温かい肌の中に、 熱い血が流れている様まで感じられます。   「あの、その、シエスタ、それって……」 「お嫌でしたら逃げてください。わたしにヘンな事されるのが不愉快なら、はね除けて下さい。 わたし、今からサイトさんを……お、おおお、襲っちゃいます……」  そんなことを言われて、サイトさんが逃げられる人じゃないことを知っていて、 わざと意地悪な言葉をかける。そして、それこそ男性の精気を吸う淫魔みたいに、サイトさんの 首筋に当てた唇を開いて、軽く歯を立てる。   「だ、だだ、駄目だシエスタ、そんなのよくないって!」 「はい、よくないです。わたし、いけない子です。でも、いけないのはわたしだけで……サイトさんは 何もしていませんから。わたしが、勝手にしているだけですから」  開き直って耳元で囁くと、サイトさんは言い返す言葉が見つからないのか、深いため息をつきました。   「……シエスタ……」 「サイトさん、我慢……してるんですよね。わたしだって、経験は無いけど知ってはいます。 男性はそういう時、すっごくつらいんだって」  同室の子に、ちょっといやらしい本を借りて読んでみたりして、それくらいは知ってます。  それに……男性だけじゃなくて、女性だって、好きな人と側にいて、肌に触れて、 それだけで終わるのはもどかしくて堪らないことだってあります。――今の、わたしみたいに。   「サイトさんがつらい思いをしてるのは、わたしもつらいです」  そもそも、そんな”つらい思い”をさせてる原因は誰なのか、なんていう本末転倒な疑問を無視して、 わたしは右手をそろそろと、サイトさんの腰の方へ持って行きます。   「シエスタ、やめっ…!」  わたしがどこを触ろうとしているのか気付いたみたいでしたけど、もう遅いです。 わたしの手は、サイトさんのズボンの前に、触れてしまいました。   「あっ……!」「え……?」  サイトさんがびくんと体を揺らしたのと同時に、わたしも驚きます。わたしが触れたところ…… まるで、ズボンの中に何か固いものでも入れてるみたいな感触だったから。   「あっ、えっと、これ……男の人の……こ、こんなに固いんですか?」 「だめっ、だめだってば!」 「ごめんなさい! あの、痛かったですか!?」  恥ずかしいとか、いやらしい気分になるとかそれ以前に、本当にそれが”わたしの想像してるもの” なのかどうか疑問に思えてしまうような感触だったので、思わず撫で回してしまいました。 サイトさんは、つらそうな声を上げて身をよじります。   「痛くはないけどっ、その……」 「苦しいですか? 苦しいですよね、こんなにパンパンになってて、生地を持ち上げてて……」  それは、本当にそう思ったこと。もともとサイトさんのズボンの生地は硬めで、わりと足にぴったりした 形をしています。その中でこんなに固いのを押し込むみたいになってたら、きっと苦しいはず。  わたしが心配して声をかけたら、サイトさんはただ苦しいだけなのとは違う表情で、わたしを見ました。   ■6   「……サイトさん、恥ずかしいですか?」 「そりゃ、恥ずかしいよ! シエスタにそんなとこ触られて、そんなこと言われたら」 「わたしも、恥ずかしくて気絶しちゃいそうです。一緒ですね」 「なら止めて!」 「やめません……嫌だったらサイトさんの方で逃げて下さいって、言いました」  なぜだろう。サイトさんが、わたしのすることで、慌てたり恥ずかしがったりするのが、嬉しい。  本当は、わたしのすることを嫌がってないって……むしろ喜んでくれているのかもしれないって 思えるのが、すごく満たされる。こんなことをして楽しんでいるなんて、やっぱりわたし、おかしいのかも。   「このズボン……どうやって脱ぐんですか?」 「お、俺の口からは説明できません」 「じゃあ、勝手にいじっちゃいます」  たぶん、ここら辺で着られている服とは、構造が違うサイトさんのお召し物。金属のホックところを 当てずっぽうに動かしてみたら、天が味方してくれたのか、偶然にも簡単に前が開いてしまいました。   「嘘!?」  サイトさんは、簡単には開けられないと思っていたのでしょう。愕然とした声を上げました。  でも、それだけじゃまだ下ろせないみたい。まだ金属の部分が残ってます。  そこで、またしても天啓か、わたしはひらめいてしまいました。サイトさんが普段来ている厚手の上着。 あの上着は、前の合わせ目についているツマミを下げると前が開いて、上げると閉じる不思議な仕掛けに なっているのを見せてもらったことがあります。  ひょっとしたら、ズボンの方もそれと同じで……。    ジジー。   「なんで!?」 「あっ、あああ開いちゃいました……!」  サイトさんと一緒に、わたしも驚きます。いつのまにかただの好奇心みたいな感じでサイトさんのズボンを いじってましたけど、よく考えたら、とんでもない事をしちゃったような。  でも、よく考えるまでもなくわたしはとんでもないことしようとしてたわけで、今更引くのも何だし、 勢いでここまで来ちゃった以上もう突っ走るしかないというか、ああもうわけがわかりません。    頭の中は煮え切ってしまっているのに、手の方は何かに誘われるように勝手に動く。 サイトさんのズボンの前が開いたらどうなるのか、気になってそこら辺を探ってみたら――触れました。 それまでよりもずっとずっと薄い布地越しに、すごく固くて……熱いもの。   「うぁ……!」  観念したようなサイトさんの声。きっと逃げられないのではなく、逃げたくないって、 思ってしまっているのでしょう。これが、サイトさんの。 「サイトさん……これって、わたしがいるから……わたしと一緒に寝てるから、 こんなになってしまってるんだって、考えてもいいんですよね……?」  聞くと、サイトさんは目を逸らしました。そうだ、って意味だと思います。思っちゃいます。   「あと、あと……我慢、してるんですよね? サイトさん、そう言いましたよね?」  わたしは、また意地の悪い質問をする。この期に及んで、これはサイトさんのためだ、なんて 必死にアピールしてる。わたしが、汚くて、いやらしい子なんだってことくらい、きっとサイトさんからも もうわかってるのに。それでも、わたしは、無意味に近い取り繕いをする。  本当は、わたしが、これに触ってみたくて……してあげてみたくて、我慢できなくなっているのに。   でも、サイトさんだって、本気で抵抗していないんだから。きっと、わたしのすることに 期待しているんですから。”一緒”だから……いい。構わないんです。   「触りますよ……?」  自分の喉から出たということが信じられないくらい、はしたない声。媚びた声。  鏡を見たら目を覆いたくなるほどいやらしい顔をしているだろうわたしは、サイトさんの 下着の中へ手を差し入れました。    すぐに、触れる。驚くほど熱くて、固いもの。 固いのに、表面は人肌の柔らかさを持ってる。びくんびくん、小刻みに震えてる。  それに……何だか、ぬるぬる湿ってる。  見たこともないのに、触ってしまった。サイトさんの……大切なもの。   ■7   「あっ……!」  その感触と、それに触れたときのサイトさんの声でを聞いて、わたしの体の奥が きゅううっ、と締め付けられる。きっと、派手に滲み出てしまった。今まででも足の間が 少しずつじっとりして気持ち悪いくらいだったけど、今ので、本格的に。    感じちゃってる。ほとんど、自分で触っても、サイトさんに触って貰ってもいないのに。 サイトさんに、触れているだけで。   「サイトさん、熱くて、それに……濡れてます」 「シエスタっ、そんなこと……!」  わたし自身のことを言ったのか、サイトさんの事を言ったのか、自分でもわからない。 でも、どっちでもいい。わたしの手の中で、サイトさんのものは、もの凄い熱気を放っていて、 そしてべとべとに濡れているのだから。   「サイトさん、この湿ってるのって、サイトさんの……?」 「ちが、それは……くぅっ……!」    本で多少読んだ程度の知識はあったけど、確証が持てなかったので、サイトさんに聞く。  サイトさんはわたしがみなまで言わなくても、なんとなくわたしが言いたいことを察したみたい。  それを聞いて、またわたしの体が反応する。これはきっと、女の人と一緒で、男の人が 感じているという証し。それに、今までずっとわたしを前にして”我慢”していたという証し。    そして、このまま続けていたら、『その先』があるということ。  わたしは、サイトさんのそれを、軽く握りしめるようにして、少しずつ動かしてみる。   「サイトさん、痛くないですか? つらくないですか?」 「そんなことないけど……でも、あっ、くぅ……!」  サイトさんは息を荒くして、シーツを握りしめる。その顔が、声が、ものすごく……色っぽく見える。 胸が一杯になって、そのサイトさんの反応をもっと知りたいと思う。もっとしてあげたいと思う。  くちゅくちゅと、わたしの指とサイトさんが擦れあう音が、布団の中から微かに聞こえてくる。    肝心なところはお互い見ることができなくて、ただ一つ確かなのはその触感だけで。 本当にいやらしいことをしているのかどうか、ふとわからなくなる。  もし、明るいところで、サイトさんのそれを間近に見ながらだったら、恥ずかしくてこんなこと できなかったかもしれない。   「あ、あっ……はぁ……く……!」  必死で、荒げた息と声を漏らさないようにしているサイトさん。 でも、それはわたしにとってはあまり嬉しくない。 「はぁ、はぁっ……サイトさん、声、聞かせてください。サイトさんの声、聞きたいですっ……」 「ふぅ……ぐ……シエスタ、そんなの……!」 「それ、それです。名前、呼んでください。シエスタって、呼んでください」  わたしは、手を動かす速さを上げる。サイトさんから滲み出たもので、わたしの手はもう 完全に濡れてしまっている。   「くぁ……シエスタ、シエスタ……!」 「サイトさん、サイトさん……!」  名前を呼ばれるのが、嬉しい。サイトさんをこんなにしているのがわたしだって、確認できる。 わたしの手で気持ちよくなっているのがサイトさんだって、はっきりとわかる。    だんだん感極まっていくサイトさんの声。それと一緒に、わたしの方もどんどん気持ちが 高ぶっていく。  サイトさんの腰が引けてきた。その声と表情に混じる、切なそうな色が濃くなっていく。 あ、きっと。直感的にわかった。それがわかったことも、嬉しい。   「シエスタっ、だめ、やめて……!」 「いいです、そのまま……いいですから」  サイトさんの懇願を、わたしは否定する。そして、それに対してサイトさんが言い返す前に…… わたしは、先程のように、サイトさんの唇に吸い付く。   ■8   「んっ……んむっ……!!」  不意をつかれて、気持ちが緩んだのか……あるいは、キスが気持ちよかったのか。  サイトさんは、わたしの体を抱き留めて。    びゅっ、びゅくっ、びゅるぅっ!    わたしの手の中に、体温より、お風呂のお湯よりも熱く感じるものが溢れました。  サイトさんのそれは、どくどくと痙攣するように震えて、その度にわたしの手のひらに 熱いものがぶつかります。    こんなに、多くて、熱くて、ねっとりしてる……それまでわたしの手を濡らしていたものとは まったく別の感触に、わたしは呆然としている他なくて。サイトさんの震えが収まるまで、 ずっとサイトさんと唇を重ねたままでいました。   「……っはぁ、はぁ、はぁっ……!」  わたしとサイトさんは、ゆっくりと顔を離しました。サイトさんの瞳は潤んで、その顔は心地よさに とろけているのが見て取れて、わたしの方も何だか満たされてしまいます。   「……よかった、ですか?」  囁くと、サイトさんは、恥ずかしそうに視線を逸らしながら、小さく頷きました。  また、きゅうっ、と体の奥が締め付けられる。あぁ、可愛い。サイトさん可愛いです。  わたしで、わたしの手で、こんな……!    ゆっくり、慎重に、わたしは右手を布団の中から出しました。そのまま、零さないように 上半身をベッドの上に起こします。   「シエスタ?」  不思議そうな声を上げるサイトさんを尻目に、わたしは右手の手のひらの上に 溜まったものを、眺めます。暗いから色はよくわかりませんでしたが。  でも、これが、サイトさんの。これをもし、わたしがお腹の中に頂いたら……。  そんなことを考えたら、わたしの手の中で外気に晒されて、だんだんと冷えていくそれが ものすごく愛おしくなって、勿体なくなって。    わたしは手の平に唇をつけて、それをすすりました。   「なっ……!? シエスタ、そんなのっ!!」  サイトさんは信じられないといった声を上げて、わたしと同じように体を起こしました。 でも、もう遅いです。ほとんどそれはわたしの口の中に流し込まれてしまっています。    ごくり、と喉を鳴らして飲み込みました。ちょっと、生臭くてしょっぱい。 喉に引っかかる感じもします。でも、全然イヤな味だとは思わなくて、むしろ……。 「はぁ………」  飲み込んだ後に出た、自分自身の吐息に、驚きました。心の方は、まだ戸惑っているのに。 体は、明らかに――明らかに、悦んでいるみたいなのです。それがわかってしまう、とろけた息。    わたしは、それが当然であるかのように、まだ手にこびりついている名残に舌を這わせました。   「シエスタっ、そんなことしなくていいから!」  違いますよ。わたしがしたくてしているんです。 「わたしの、一番大事なところへはいただけませんでしたから。 せめて、口からでも、受け止めさせてください……ね?」  最後の一滴を舌先で舐め取って、わたしはサイトさんに笑いかけました。      この後、わたしたちは汚れてしまったところを綺麗にして、背中合わせにして眠りました。  このまま、サイトさんに最後まで求めることも出来たはずだったのに、この時のわたしは それをしませんでした。  だって、そんな余裕が無いほど、頭の中が今の出来事の事でいっぱいになっていたから。  そして、そんな自分の気持ちを整理しようと努力するので精一杯だったから。  ――今思い返せば、この時のことが、”今”のわたしに繋がる、はじまりだったのかもしれません。   ■9                          ∞ ∞ ∞      窓から差し込む日差しの眩しさで、目が覚めた。鳥のさえずりを聞きながら体を起こす。 そのまま、まだ眠気が覚めない頭で、しばらくぼーっとベッドに座り込んだままでいる。  何か、足りない。いつもと違う。それが何なのか気付いて、わたしは横を向いて口を開いた。   「ちょっと、サイト。顔洗うから水持ってきなさい」  サイトに起こされたわけじゃないってことは、まだアイツ寝てるのかもしれない。 もしそうならお仕置きだかんね。ベッドの隣に目をやると……そこにサイトはいなかった。  あれ? と思って、今度は部屋の隅の藁束を見る。そこにも誰もいなかった。  そこで、ようやく頭が冴え、思い出す。昨日の朝もそうだった。サイトが、一昨日の夜から 部屋に帰ってこないのだ。   「何なのよ、もう」  いらいらしながら、ベッドから降りる。壁に立てかけてある剣に八つ当たり気味に声をかけた。 「ねぇ、本当にサイトがどこに行ったか知らないの?」 「知らんよ。昨日、昼ごろに帰ってきて掃除してったがね。 俺をここに置いてってるってことは、そんなに遠くまでは行ってねえだろ」  サイトに買ってあげた剣は、かちゃかちゃ金具を鳴らしながらそう答えた。  ため息をつく。昨日、学校が終わった後にも、同じことを聞いて同じ答えをもらったのだった。    確かに、サイトの仕事である部屋の掃除はちゃんとしてあった。でも、昨日の昼以来、 サイトとは顔を合わせていない。まるで、わたしに会うのを避けられてるみたい。    どうしてよ。思い当たることと言えば、一昨日の夜、サイトがわたしに覆い被さってきたこと。 たぶんサイトはわたしが寝てるあいつにキスしたのをヘンな勘違いしたんだと思うけど、 わたしが嫌がったら逃げてしまった。  ひょっとしたら、また前みたいに首輪つけられて「わん」とか言わされると思ってるのかも。   「ま、まぁ、あれは誤解されても仕方ない事したわたしにも責任あるから、そこまではしないわよ」 「何一人でぶつぶつ言ってるんだ?」 「うるさいわねっ!」  考えてた事が口に出てしまい、デルフに聞かれて、頬が熱くなった。そういば、あいつが来てから、 毎日毎日、しょっちゅうこんなくだらない言い争いをしていた。  それまで一人でこの部屋に住んでいたのが寂しかったとは思わないけど、今となっては サイトがいないとなんか張り合いがない。    早いうちに見つけて、連れ戻してやらないと。そう考えながら寝間着の裾に手をかけたところで 授業開始前の予鈴が聞こえ、わたしは顔から血の気が引くのがわかった。       ■10   「珍しいわね、あなたが遅刻なんて」  結局最初の授業には遅れてしまった。一時限目が終わって肩を落としながら教材を 整理していると、後ろの席からキュルケの声が聞こえた。   「あれからサイトとはどうなったの?」  続けて、キュルケは少し真面目な声でそう聞いてくる。ここにいないんだから、 わざわざ聞かなくても大体は想像できるでしょうに。  「……あれから、見てない。ホント、何が何だかわかんないわ」 「帰ってないの? あなたの部屋にも?」  そうよ、と答えると、キュルケは黙ってしまった。どうしたのかと思って振り向くと、 彼女はいつになく真剣な顔つきで眉を寄せ、考え事をしている様子だった。   「あによ。サイトが何で帰ってこないのか、わかるの?」 「まぁ、推測だけど、大体はね。 ……諦めて普通にしてるんじゃなく、帰ってこないのなら、まだどうにかできるかもね……」  キュルケは独り言のようにぶつぶつ何か言っていたけど、しばらくして考えがまとまったのか、 顔を上げてわたしを見た。

「このあたしがヴァリエールの女に助け船出すのは癪だけど、あなたのためじゃなくて サイトのためだから。心して聞きなさい」  キュルケは何だか恩着せがましいことを言ってわたしの方へ身を乗り出してきた。そういえば、 こいつ、昨日もわたしとサイトの様子を見て自分だけ事態をわかってるような事を言ってた。   「偉そうに。なんであんたの助けなんか」 「いいから聞きなさいな。……ルイズ、サイトはあなたにとって何?」  キュルケは強い口調でそう質問してきた。何で今更そんなこと聞いてくるのかしら。 「何って……使い魔よ。あんただってよく知ってるでしょ」 「そう、使い魔。でもね、彼はあたしのフレイムちゃんや、タバサの風竜とは違う。それはわかってる?」

 当たり前でしょ。あいつは普通の使い魔と違って人間で、わたしの言うことを素直に聞かない。 「わかってるわよ、それくらい」   「ううん、わかってないわ。いいこと? 人間の使い魔を召還してしまったメイジなんて、聞いたことがない。 ということは、一般的な『使い魔との接し方』はあなたの場合通用しないの。 でも、あなたは自分が考えている”使い魔はこうあるべき”という常識を そのままサイトに押しつけてる。どうするのが正解かなんてあたしにはわからないけど、 少なくともあなたはサイトに間違った接し方をしてるのよ」    キュルケの理路整然とした言葉に、言い返すことができない。何よこいつ。 何で他人のことなのに、ここまで考えてるのかしら。   「ねぇ、いくら平民でも、『無給で何でも主人の言うことを聞いてくれる使用人』なんているかしら?」 「いるわけないでしょ、そんなの」  主人の言うことを何でも聞く使用人ならいるだろうけど、無給で、となったら別だ。 どんな優秀な使用人だって、相応のお給金を貰えるから主人に尽くしてくれる。  ……そこまで考えて、わたしはようやく気付いた。   「そう。あなたは、サイトにそれを求めてるのよ? どれだけ我が侭で一方的かわかるかしら。 なのに、サイトはあれだけあなたにぞんざいに扱われてるのに、ちゃんとあなたの言いつけた仕事をしてる。 それどころか、あなたの命を救ったりまでしてくれてるわね。どうしてだと思う?」  キュルケは、わたしが何度も自問していた事と同じことを聞いてきた。 心の中を見透かされたみたいで、ぞっとする。   「あ、あいつが……使い魔だから?」 「ノー。使い魔だからなんて理由で、そこまでしてくれるはずないわ。使い魔はきちんと愛でてあげて、 誠意を持って接して、お互いに信頼関係を作ってこそ、主人に尽くしてくれるの。あなたの普段の 行動からじゃ、とてもじゃないけど使い魔があなたを尽くすに足る主人だと思ってくれるはずないわ」   ■11   「じゃあ、なんでよ!」  思わず荒くなってしまった口調で聞くと、キュルケは大きくため息をついた。 「……ほんっとに。これだけ察しが悪くて、身勝手で性格も悪くてプライドだけ高くて、 しかもちんちくりんな女のどこがいいのかしら。あたしだったらお金貰っても相手したくないけどね」 「馬鹿にしてるの?」 「してないわよ。むしろ誉めてるの。それだけあなたってヒドイ女なのに、サイトに好かれてるんだから」    呆れたように笑いながら言ってきたキュルケの言葉に、わたしは固まる。  え? なに? なによそれ。サイトに、好かれてる? 誰が?   「な、ななな、何言ってるのよ、そんなの……」 「それ以外考えられないでしょ。ご主人様としては落第点。見た目だってそんなんだから、 カラダ目当てって事も有り得ないわね。だったら、好かれてるとまではいかないかもしれないけど、 サイトはあなたに情が移っちゃったから世話焼いてくれるんでしょうよ」    カラダ目当て、というキュルケの言葉にぎくっとする。  そうだ。ベッドの上で、サイトに二度ものし掛かられた。  でも、よく考えたら、自分で言うのも情けないけど、わたしなんて胸もないし、やせっぽちだし、 背も低いしで、はっきり言って女として魅力があるとは思えない。  それに、女の子とその、なんていうか……なんていうか、なことがしたいなら、 キュルケとそういうことができたはずなのだ。でも、サイトは、わたしにヘンなことしようとしてきた。  それでも、わたしが嫌がったら、すぐにやめてくれた。  あと、あと……キス、してきた。アルビオンでの帰り……わたしを助けてくれた後に。  それって、それって……サイトが、わたしのことを……好き、だから?   「好きな相手に、犬だ馬鹿だって何度も言われたらどうかしら? ただの使い魔でそれだけだなんて 断言されたらどう感じるかしら? それくらいは想像できるわね、ゼロのルイズ」    のぼせ上がって混乱してたところに、冷水を浴びせられた。  わたし、自分のことばっかりで、サイトの気持ちを全然考えてなかった……。   「わたし……サイトを傷つけた?」  背筋が冷たくなる。声が震えてる。今までに覚えのない感覚が湧き上がってくる。 「さぁね。何が決定的な原因になったのかはわからないわ。でも、このまま何もしなかったら…… サイトは、今までと同じようにあなたに尽くしてはくれなくなるでしょうね」    わたしは、弾かれるように席を立った。そこで二時限目の時間を告げるチャイムが鳴ったけど、 今はそれどころじゃない。走って教室を出る。入り口の所で次の授業のために入ってきた シュブルーズ先生とぶつかりそうになって何か言われたけど、耳に入らなかった。                        ∞ ∞ ∞   「――全く。あたしから見たら、あの子の方が気位だけ高くててんで子供っぽいペットだわ」 「血統書付き」 「あら聞いてたの。結構上手いこと言うわね、タバサ」                        ∞ ∞ ∞     ■12    教室のあった塔から飛び出して、学生寮まで走る。サイトがどこにいるのかは知らないけど、 とにかく何とかして探し出すつもりだった。まずはわたしの部屋から。   「何よ、好きって、好きって、そんなの……!」  頭の中がぐちゃぐちゃになってる。サイトはわたしのことが好き。わたしのことが。  えっと、えっと、落ち着きなさいルイズ。よく考えなさい。  サイトが、わたしのことを好きだったとして。そう仮定して、今までのことを整理してみる。    ええと、サイトがわたしの部屋から出て行って帰ってこなくなったのは、一昨日の晩。  その時に何があったかというと、わたしが寝てるサイトにキスしてたら、急にサイトが目を覚まして わたしを組み敷いてきた。それで、わたしが抵抗したら、サイトは逃げていった。  サイトがわたしのことを好きだったとして……あの時、サイトがわたしのキスに気付いてたとする。  そうしたら、サイトにとってあの状況は、『好きな相手が寝ている自分に何度もキスしてる』 となるわけで。そんな状況だったから、あいつはわたしの方もサイトのことが好き……だなんて思って、 あんなことしちゃったわけね。わたしのことが、すっ、すすす、好きだから。  もちろん、誤解なんだけど。そんなこと許すわけ無いんだけど。    それでもわたしが嫌がったから、サイトはびっくりして逃げた。それで、昨日の昼に わたしの機嫌を伺いに来たんだけど、わたしは確か……『あんたに何か許したわけじゃない』って はっきり言ってやったわね。それ以後、サイトはわたしに顔を合わせようとしない。    それって……。もしかして、サイトはわたしにフラれたと思った、とか?  キュルケが言っていたように、サイトはわたしに犬だとかただの使い魔だとか言われて、 傷ついてたのかもしれない。でも、わたしの所へ帰ってこなくなったのは、あの時から。  サイトが、わたしのこと好きだったって考えれば……納得できる、かも。    寮の入り口まで着いて、足が止まった。心臓がばくばく言ってる。走ったからというだけじゃない。  こ、ここ、困るわよ、そんなの。勝手にわたしのこと好きになって、勝手にフラれたとか思うなんて。 あんたは使い魔なんだから。れっ、恋愛とか、そういうのの対象になる相手じゃないんだから。  だから、だから……。    そこまで考えて、頭を抱える。ホントに困るわよう。どうしたら、帰ってきてくれるのかしら。  んー、えっと、サイトは、すぐわたしを怒らせることするけど、使い魔としては立派すぎるほど 仕事をしてくれてる。わたしを助けてくれてる。  だから、その、恋とかじゃなくて、使い魔としてなら、す、す……き、嫌いじゃない、わよ?  むしろ、それなりに感謝してる。ちょっと癪だけど、なるべく側に居て欲しいの……側にいなさい。    サイトに会ったら言おうと思うことを、頭の中で整理する。でも、こんな言葉で あいつが帰ってきてくれるかどうか、わからない。  そういえば、あいつにちょっとはご褒美らしいものをあげようかななんて思って、 セーターを編んでる最中だった。あれを見せたら、喜んでくれるかしら。 喜ぶわよね。好きな相手からのプレゼントだもの。こっちは別に好きじゃないけど。    あと、それから……マッサージ、してあげようかな。今度は踏んだりしないで、ちゃんと手で。 うん、わたしはサイトにマッサージされるの気持ちいいし、何か嬉しくなるし……いいよね。  きっと、わたしのとこに居たくなるに違いない。間違いない。    一人で頷くと、一気に寮の階段を駆け上がった。                                ∞ ∞ ∞     ■13   「いいの? 本当に手伝ってもらっちゃって」 「いいんですよ。もともと、こういう仕事はわたしの方が慣れてますし」    朝の仕事が終わったシエスタと一緒に、ルイズの部屋の戸を開けた。 この時間は授業中だから、ルイズが帰ってくる心配は無い。  昨日の昼に掃除しに来たばかりなのに、妙に久しぶりな気がする部屋の中から、洗濯物を探し出す。   「えっと、これとこれと……ここ何日かサボっちゃったから、結構あるな」 「でも、ミス・ヴァリエールお一人の分ですから、大したことありませんよ。すぐに洗ってしまいましょう」  カゴの中にルイズの洗濯物を入れているうちに、シエスタがルイズのベッドを直してくれていた。 さっきの言葉通りに手慣れた様子で、感心してしまう。   「……おぉ、誰かと思ったら相棒じゃねーか。昨日からどうしたんだ? 貴族の娘っ子が探してたぞ」  そんな時に聞こえてきた声に、ぎくっとする。この部屋に置きっぱなしだった、デルフの声だ。 「ルイズが探してた?」 「おおよ。寂しがってたぞ。昨日はどこで寝たんだね? まさか野宿したってわけじゃあるめ」  寂しがってた、というデルフの言葉に、胸がちくりと痛んだ。でも、ルイズのそれはいつも近くにいた 使い魔がいなくなったからの寂しさ。飼い犬が自分のところへ帰ってこないからの寂しさなんだよな……。   「えっと、昨日はこのシエスタの部屋に泊めてもらったんだけど、流石に何度もそんなことできないから。 今晩はたぶんここに帰ってくるよ。……あ、これルイズには内緒な」  剣が喋る姿に目を丸くしていたシエスタを指して言う。デルフは柄をかちゃかちゃ鳴らした。

「おう、主人を放っておいてメイドの部屋にしけこんだんか。相棒もやるねぇ。 そりゃ、あの娘っ子に知られたら大変だぁな」 「そんな、しけ込んだだなんて……」  シエスタは頬を赤くして体をもじもじさせた。俺も、そんな様子を見て顔が熱くなる。 確かに、ただ泊まっただけじゃなく、しけ込んだと言われても間違いじゃないことをしちゃったわけだし。  「ま、まぁとにかく、ルイズには秘密で頼むぞ、デルフ」  変な空気になってしまいそうだったので、慌てて洗濯物カゴを抱えて出口に向かう。 シエスタも俺の後をぱたぱたついてきて、俺が廊下へのドアを開けると――。    そこに、ルイズが立っていた。   「え……」 「ミス・ヴァリエール?」  一瞬、思考が停止して、何も考えられなくなった。  そこにいたルイズの顔は、こちらが気圧されてしまうくらい、冷たい……無表情だったから。  ルイズは、静かに顔を上げて俺を見た。ぞっとするような、何の感情も読み取れない顔。 その唇が、ゆっくりと開かれる。   「……メイドの部屋に、泊まってたの?」  やっぱり、聞かれてた。ドアの外で立ち聞きしていたらしい。いっその事、怒って飛び込んできて くれた方がまだよかったのに。どう答えて良いのかわからない。   「――間違えたんだ。寝ぼけるか何かして、間違えたのね。わたしを、あのメイドだと思って……。 それで、わたしだと気付いたから、慌てて逃げた。そう。そういうこと……」

 俺が返答に詰まっていると、ルイズはうつむき、ぼそぼそと消え入りそうな声で何か言った。 よく聞こえない。ルイズも、俺に聞かせる気は無いようだった。  「ル、ルイズ?」  その肩に手を伸ばすと、驚くような勢いではね除けられた。 俺の手を払ったルイズの手のひらが握りしめられ、ぶるぶると震える。

「……出て行って」  絞り出すように、ルイズはそう言った。俺の顔を見ようとしないまま。 「え?」 「聞こえなかったの。もう二度とこの部屋に帰ってこないで。……クビよ」  淡々とした声。その声に震えが混じり、ルイズの足下にぽたりと雫が落ちた。      つづく   前の回 一覧に戻る 次の回