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348 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05:38:23 ID:KNuPLcW5

 机に向かって本を手繰っているときに、後ろからため息が聞こえてきた。  勉強を続ける振りをしながら、ルイズはこっそりと肩越しに背後を見やる。  窓際に座った才人が、憂鬱そうな顔でぼんやりと夜空を眺めている。 「味噌汁、飲みてえなあ」  かなりの小声だったが、意識を集中していたから何とか聞き取ることができた。 (なによ。あんた、最近そればっかりじゃない)  そんなことを考えつつ、ルイズはまた本に目を戻す。  が、そこに書かれている内容は、全く頭に入ってこなかった。  記憶を取り戻してから、才人は今のようにぼんやりすることが多くなったように思う。  故郷を思い出していることは、誰の目にも明らかだ。  彼自身は、ルイズが見ている前ではあまり寂しがる素振りを見せない。  だが、今のようにルイズが他のことに意識を向けていると、彼女の近くでもたまに故郷を偲ぶような表情を浮かべるのだった。  つまり、寂しがっていること、帰りたがっていることを、あまりルイズに悟らせたくないらしい。 (気を遣ってるのよね、わたしに)  そのことを考えると、ルイズの胸に痛みが走る。  どう取り繕ったところで、才人がこの世界に召喚されて寂しい思いをしているのは、間違いなくルイズの責任なのだから。 (何とかしてあげたいけど、今のわたしじゃ、すぐに元の世界に帰してあげるのは無理だし)  そんな風に悩んでいることを彼に悟られては、また気を遣わせることになる。  そう考えて、ルイズは才人に知られないように、そっと密かに唇を噛む。 (何か、他にわたしがしてあげられることってないかしら)  そのとき、ルイズの脳裏に先程の才人の呟きが蘇ってきた。 (ミソシル、か)  この世界の基準ではかなり不思議な響きを持つその飲み物について、ルイズは何も知らない。  だが、もしも今の才人を励ませる手段があるとすれば、間違いなくその「ミソシル」を飲ませてあげることなのだった。 (ミソシル、ね)  もう一度肩越しに背後を見やると、才人の横顔には先程と変わらず、憂鬱そうな表情が浮かんでいた。  彼の顔を盗み見ながら、ルイズは胸に決意の炎を燃やすのであった。

「わたしに聞いたって分かるはずないじゃありませんか」  ひょっとしたら、と思って聞いてみたが、やっぱりダメだった。  学院校舎の陰で呆れ顔のシエスタを見ながら、ルイズは小さく舌打ちをする。 「チッ、胸ばっかり大きくて使えない女ね」 「胸が小さい上に使えないどなたかよりはマシだと思いますけど」  放った嫌味にすまし顔で反撃され、ルイズは頬をひくつかせる。  二人はそのまま数秒ほどにらみ合ったが、やがてお互いに肩を落としてため息を吐いた。 「そっか。じゃ、あんたのひいおじいさまも『ミソシル』のことは口にしなかったのね」 「ええ、少なくともわたしが知る限りでは。まあ、知ってたとしても教えませんけど」 「なんですって」  眉をひそめるルイズに、シエスタは分かりきったことを説明するような口調で言った。 「だって、今のサイトさんに『ミソシル』を作ってあげたら、間違いなく好感度大幅上昇じゃないですか。  そうと知ってて、恋敵に『ミソシル』の情報を渡すほど、わたしは愚鈍じゃありませんよ」 「うー、確かにその通りね」  逆に言えば、作り方さえ知っていればすぐにでも作ってあげているということだから、 シエスタが「ミソシル」の作り方を知っているのにわざと隠している、という可能性はないらしい。 「ってことは」  ルイズが敵意を込めて睨むと、シエスタは自信ありげな笑みでその視線を受け止めた。 「そういうことです」  お互い、理解は早い。  つまり、これはどちらが早く「ミソシル」を作ることが出来るのか、という勝負でもある訳なのだった。 (負けられないわね、これは)  ルイズとシエスタがまたもにらみ合いを始めたそのとき、二人の間に静かに割ってはいる声があった。 「そういうのは、やめたほうがいいと思う」  その声は本当に唐突に聞こえてきたので、ルイズのみならずシエスタもぎょっとしてしまったようだ。  だが、二人がほとんど反射的に声のした方向を見ると、そこには大きな木が一本あるばかり。 「でも、確かに声が」 「ミス・ヴァリエール、上です!」  シエスタの声に応じて視線を上に移すと、木の枝の一本に腰掛けて、本を読んでいる少女が一人。

349 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05:39:25 ID:KNuPLcW5

「タバサ」  名前を呼ぶと、彼女は本を閉じて短く詠唱し、風魔法の力でゆっくりと地に降り立った。  無表情のままゆっくりと歩み寄ってくる彼女を、ルイズとシエスタは困惑の表情で迎える。 「さっき言ったのは、どういう意味?」  訊ねると、タバサは表情を変えないまま淡々とした口調で言った。 「そのままの意味。今回は、いがみあわない方がいいと思う」 「二人で仲良く頑張りなさいってこと?」  ちょっとした皮肉で言ったつもりだったのだが、意外なことにタバサはあっさりと頷いた。 「簡単に言うと、そう。でも、正しくはない」 「どの部分が?」 「二人じゃなくて、三人」  ルイズはぎょっとする。「それって」とシエスタが気持ちを代弁してくれた。 「つまり、ミス・タバサも今回の件に参加するということですか」  タバサは小さく頷いた。 (やっぱり、この子もサイトに気があるのね)  ガリアから救出して以降、才人に対する彼女の態度は明らかに変化した。  なにせ、雰囲気が読めないとよく言われるルイズにもそうと知れるほど、あからさまな変化なのである。  前にキスなどしていたときは「あなたに虚無魔法を使わせるため」などと誤魔化されてしまったが、  やはりタバサも才人にそういった感情を抱いていたものらしい。 (胸の辺りや背格好はわたしと同じぐらいだから、そんなに強敵にはならないはずだけど)  頭の中で素早く計算するルイズだったが、タバサはそんな彼女の内心を読んだかのように首を横に振った。 「勘ぐらないで。わたしは、あなたたちと同じようなことは考えていない」 「まあ、つまりわたしたちよりも深い愛情を持っていると仰るんですか」 「違う」  タバサの返事はあくまでも淡々としたもので、こちらを見下したり、軽蔑したりするような調子は全くない。  そのため、ルイズとシエスタも多少冷静になることができた。  そんな二人の落ち着きを読み取ったのか、タバサはゆっくりとした口調で説明を再開した。 「この中で、料理を作るのが上手いのはあなた」  と、シエスタを指差す。悔しいが、その辺りはルイズも認めるところである。 「でも、あなたには『ミソシル』についての情報を集める力がない。  図書館の利用や教師への質問には、多少制限がつくだろうから」 「それは、確かにそうかもしれませんね」  シエスタが納得したように頷く。タバサは次に、ルイズに向き直った。 「情報を集めるだけならわたしでも出来るかもしれないけど、多分本を見ても無駄だと思う」 「そうでしょうね」  ルイズは肯定した。異世界の飲み物について、本に記載されていると考えるのは無理がある。 「そこで、あなたの出番」 「わたし?」  聞き返すと、タバサはこくりと頷き、「ついてきて」と踵を返した。  そうして小さな背中について歩いていくこと、およそ数分。辿りついたのは、見慣れた場所であった。 「コルベール先生の研究室じゃないの」  火の塔のすぐそばにある、粗末で小さな建物である。 「ここに、何かあるんですか?」  シエスタの疑問に、タバサは無言で頷き、扉をノックした。 「どなたかね」 「タバサ」 「ああ、ミス・タバサか。鍵は開いている。入ってくれたまえ」  短いやり取りの後、タバサは扉を開き、研究室の中へ入っていく。ルイズとシエスタも、戸惑いながらそれに続いた。 (相変わらず汚いところね)  内心遠慮のないことを思いながらも、ルイズは笑顔を浮かべてコルベールに挨拶した。 「ごきげん麗しゅう、ミスタ・コルベール」 「うむ。元気そうでなりよりだ、ミス・ヴァリエール。君もいろいろな問題に巻き込まれて、苦労するね。  まあ立ち話もなんだ、座ってくれたまえ」  コルベールの勧めに従って、タバサとルイズとシエスタはそれぞれ手近な椅子に腰掛ける。  この狭い研究室の中に四人も集まるとさすがに狭く感じるが、そこは我慢するしかないだろう。 「さて、ミス・タバサから、多少なりとも話は聞いている。『ミソシル』について知りたいそうだね」 「何か、ご存知なんですか」  タバサの用意周到さとコルベールの言葉に驚き、ルイズは腰を浮かしかける。  が、そんな彼女を、コルベールは手の平でやんわりと制した。

350 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05:40:10 ID:KNuPLcW5

「落ち着きたまえミス・ヴァリエール。わたしとてもわずかながら物は知っているつもりだが、  さすがに異世界の飲み物ともなると完全に知識の外だよ」 「そうですか」  肩を落とすルイズの前で、コルベールは「しかし」と不適な笑みを浮かべ、眼鏡を指で押し上げた。 「『ミソシル』について知る方法ならば、ないこともない」 「本当ですか」  またも驚き、ルイズは椅子を蹴って立ち上がる。今度はコルベールも制止せず、重々しく頷いた。 「うむ。ミス・タバサより依頼を受けて依頼、この炎蛇のコルベールが寝る間も惜しんで  数多の書物を読み漁った結果、驚くべき事実が明らかに」  と、ここまで喋ったところでふとこちらを見て、コルベールは苦笑した。 「すまない、こんなことを話しても退屈なだけだな。  わたしはどうも、こういうことになると不要なほど饒舌になってしまう性質のようだ。  まあ簡単にまとめるとだね、つまり」  それでも十分もったいぶった口調で、コルベールは言った。 「ミス・ヴァリエールの『虚無』の力を応用すれば、あるいは『ミソシル』について知ることができるかもしれんのだよ」  コルベールの説明によると、異世界の存在についてはいくつかの書物に記されており、  学院長のオスマン氏も以前異世界人に命を救われた経験を話してくれたそうである。  そしてコルベールが古文書なども苦心して読み漁った結果、  異世界と「虚無」には何らかの繋がりがあるらしいことが分かったのだ。 「まだ、はっきりとは言えんのだがね」  そう断りつつも、コルベールは興奮の色を隠しきれない様子で言った。 「ひょっとしたら、虚無魔法には、異世界との行き来を自由にするようなものもあるのかもしれない」 「まさか」  目を見開くルイズに、コルベールは自信に満ちた笑みを向ける。 「不思議なことではないだろう。そもそも、サイト君が召喚されたこと自体、  君が虚無魔法の使い手であることと全くの無関係ではないだろうからね」 「それはそうですけど」 「とは言え」  今度はどことなく残念そうに、ため息を吐く。 「今の段階では、おそらくそこまでは望むべくもないだろう。  出来ることなら、君とてとっくにやっているだろうからね」 「はい」  それは事実だったので、ルイズは口惜しく思いながら頷いた。  コルベールは、そんなルイズを励ますように、またにっこりを笑う。 「だが、行き来までは行かなくとも、情報を得ることぐらいなら出来るかもしれない」 「どういうことですか」  ルイズが怪訝に思って聞くと、コルベールは人差し指を立てた。 「君が現在扱える虚無魔法に、精密な幻を作り出せるものがあると聞いているが」  イリュージョンのことだろう。ルイズが頷くと、コルベールもまた満足げな表情を浮かべて頷いた。 「よろしい。では、今から言うものを用意してきてくれたまえ」

351 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05:40:42 ID:KNuPLcW5

 コルベールが用意してくれと言ったものは、サイトの髪の毛であった。  別段髪の毛にこだわる必要はないが、体の一部で手に入れやすいものと言ったらこれだろう、と。  この時間の才人は相変わらず騎士隊のたまり場にもなっているゼロ戦の格納庫にいたので、  事情は明かさないまま「とにかく髪の毛一本よこしなさい」と言って迫った。すると、 「なんだよ、俺に呪いでもかけるつもりかよ」  などと下らない冗談を言い出したので、「いいから黙ってよこしなさい」と  数本も髪の毛を引き抜いて戻ってきたルイズである。 「取ってきました」  研究室に戻ってみると、コルベールは何やら大仰な装置の中心に、占いに使う水晶球をはめ込んでいるところであった。 「おお、手にはいったかね」 「はい。それはなんですか」  ルイズが聞くと、コルベールは脇に避けて、装置の全体がよく見えるようにしてくれた。  と言っても、見たところで何がなんなのかルイズにはよく分からなかったのだが。 「この装置は、君の虚無魔法『イリュージョン』の映像をこの水晶玉に投影するためのものでね。  ここの受け皿にサイト君の体の一部を置くことによって、彼が生まれた場所……  つまり異世界とやらの場所を察知し、その映像を映し出すことが出来るのだよ」  要するに、才人が生まれた場所の風景を見ることができるらしい。 「凄いじゃないですか」  素直に賞賛すると、コルベールは誇らしげに眼鏡とハゲ頭を光らせた。 「うむ。我ながら凄いものを作ってしまったものだと思う。  ともかく、これで『ミソシル』について知ることができるかもしれんという訳だ」 「そうですね」  頷きつつも、ルイズは思う。 (こんな面倒なことしなくても、サイトに直接『ミソシルってどんなの?』って聞けばいいんじゃ)  だが、その考えはすぐに頭の中から追い払われた。 (ダメダメ、そんなこと聞いたら、あいつまた故郷のことを思い出して悲しくなっちゃうかもしれないし、  『別にいいよ、そんなに気ぃつかってくれなくても』なんて言い出しかねないし)  何よりも、出来るならば秘密裏に『ミソシル』を作って、驚かせたい。  恐らく、タバサとシエスタも同じ考えなのだろう。だから、二人とも何も言わずに事の推移を見守っているに違いない。 「それじゃ、やります。この水晶玉にイリュージョンを使えばいいんですね?」 「ああ、そうだ」  コルベールの肯定を受けて、ルイズは水晶球の前に立つ。  イリュージョンを詠唱して、体に渦巻く魔力を解き放つ。  精神力が溜まっているかどうかという不安はあったものの、魔法は成功した。  あるいは、「サイトの助けになりたい」という純粋な思いがあったからこそ成功したのかもしれないが。  ともかく、装置の中央の水晶玉に、見慣れぬ鉄の町の風景が映し出されたのである。 「おお、これは」 「すごい」 「見たことのない景色」  三者三様の驚き。普段無表情なタバサですらも息を呑んで、水晶玉を見つめている。  だが、残念ながらルイズのほうには驚いている余裕などなかった。 (いつもよりも、消耗が激しいみたい。早く、『ミソシル』を探さないと)  歯を食いしばって、ルイズは頭の中で「ミソシル、ミソシル」と念じる。  すると、水晶玉の中の風景が切り替わって、どこかの家の中らしき風景が映し出された。 「これは、炊事場みたいですね」  シエスタの言うとおり、そこはハルケギニアのそれとはかなり違った外観ながら、  立ち上る湯気や切られた野菜などを見る限り、間違いなく炊事場のようであった。  夕暮れの光が差し込む炊事場で、一人の黒髪の女性が、何やら鍋をかき回しているのだ。 「おお、見たまえ諸君、鉄の管から水が絶え間なく流れ落ちている。  その上、あの上の部分を捻るだけで自由に止めたり出したりできるようだぞ」 「すごい魔法」  三人が驚く声も、もはや遠くに思える。

352 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05:41:15 ID:KNuPLcW5

(ミソシル、ミソシル)  ただそれだけを念じ続けていると、映像が台所に立っていた一人の女性の背中に近づいた。 (ミソシル、ミソシル!)  さらに、映像がその手元に近づく。  女性の手に握られたお玉が、鍋に入った茶色っぽい色の液体をかき回しているのが見える。 「ひょっとして、これが」 「ミソシル……!」  そこで、精神力が切れた。  映像が途切れる寸前、ミソシルをかき回して女性の顔が水晶玉に映りこむ。  黒髪で、少々きつめなその女性の顔には、優しく、だがどことなく寂しそうな笑みが浮かんでいる。 (この人、ひょっとして、サイトの)  映像が途切れると同時に、ルイズの意識もまた途切れてしまった。

 それから数日後、ルイズとタバサとシエスタは、学院から遠く離れた山の中にいた。  ここ数日というもの、「ミソシル」の材料を探して、授業そっちのけであちこちを駆け回っていたのである。 「……マンドラゴラの根っこ、サラマンダーの卵、オーク鬼の肉に、雲より高い山の山頂にしか生えない花……」  自分達が採集したものを改めて見直しながら、ルイズはげっそりとした気分でため息を吐く。 「本当に、ミソシルっていうのはこんなものを材料にしてつくるスープなの?」 「ミスタ・コルベールが言ってたことだから、多分間違いない」  薄汚れた顔のまま、タバサが頷く。  出来る限り採集を急いでいたせいもあって、ルイズ、タバサ、シエスタ、三人とも薄汚れて実に見苦しい姿である。 「わたしたちの世界では手に入れにくいものでも、サイトの世界では簡単に手に入るものなのかもしれない」 「とてもそうは思えませんけど」  今日の夕飯であるスープが入った鍋をかき混ぜながら、シエスタが疲れ果てた微笑を浮かべる。 「少なくとも、近い材料であることには間違いない、とコルベール先生は断言してた」 「これがねえ」  断末魔を上げる人の顔にも似たマンドラゴラの根っこを手でつまみながら、ルイズは顔をしかめる。  コルベールが作成したあの装置には、映った物の組成などを調べる機能もついていたらしい。 『ミソシルというのは、この世界にあるこういったものと近い材料で作られているものらしいぞ』  自信満々にリストを手渡すコルベールの顔を、ルイズは実に胡散臭い気持ちで見つめたものである。 『本当にこんな無茶苦茶なもので料理が作れるんですか?』 『もちろんだ。わたしの装置を信用したまえ』 『……というか、映ったものの組成を知るっていう機能自体がなんか都合よすぎて信用できないっていうか』 『信用するのだよ、ミス・ヴァリエール』  そうまで言い切られてしまっては、反論できないルイズなのである。 「とりあえず、これで材料は全部」  採集したものをいれた袋の中を整理しながら、タバサが呟く。 「そう。じゃあ、これで『ミソシル』が作れるのね」 「わたし、張り切っちゃいますから! 絶対に『ミソシル』を完成させてみせます!」  俄然張り切った様子で、シエスタが拳を固めて宣言する。  実際、『ミソシル』を作るのは完全に彼女の仕事であり、ルイズやタバサには出る幕がないのだった。 (タバサ、か)  ふと、ルイズはこれまで何も言わずに協力してくれた、この級友の横顔を見つめる。  たとえ成りが薄汚れていようが疲れ果てていようがやることは変わりないようで、  彼女は焚き火の炎の明りの中で、静かに読書を始めていた。 「ねえ、タバサ」  気づくと、ルイズは声をかけていた。 「あんたって、サイトのこと、どう思ってるの?」  ずっと聞きたくて聞けなかった問いが、今は自然と口から流れ出た。  タバサは珍しく本を閉じると、真っ直ぐにこちらを見つめて、はっきりとした声音で言った。 「大切な人だと思ってる」  これ以上ないほど、明白な答えである。  いつものルイズならばタバサを恋敵と認めて脅威を感じたところかもしれないが、  今はただ、「そっか」と力ない呟きを返すことしかできなかった。

353 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05:41:59 ID:KNuPLcW5

「あの、ミス・ヴァリエール。なにかあったんですか」  ルイズの返答を怪訝に思ったのか、シエスタが心配そうに声をかけてくる。 「この間、サイトが元いた世界、見たじゃない」  シエスタの問いに答えながら、ルイズはあの日見た光景を思い出していた。  夕暮れの光が差し込む炊事場。そこに立って、どこか寂しげな微笑を浮かべて鍋をかき回していた女性。 「あのときね、多分わたし、サイトのお母様を見たんだと思う」 「サイトさんの」 「母様」  二人の言葉に、ルイズは小さく頷いた。 「優しいけど、なんだか寂しそうな表情で。多分、サイトのこと考えてたんじゃないかなって思うの」  涙が浮かんできて、視界がぼやけた。 「どこの世界でも同じね。母親は子供のこと心配するものだし、  急にいなくなったりしたら寂しくてたまらないに決まってるわ。  それなのに、わたしはサイトのことを、何の前触れもなしにこっちの世界に連れてきてしまった。  ひどい話よ。こんなひどい女のこと、サイトは責めないでいてくれるのに、わたしは何もしてあげられない」  ミソシルを作るのはシエスタだし、その作り方を知るきっかけをつくったのはタバサだ。  ルイズ自身イリュージョンの魔法を使いはしたものの、あれだってコルベールの装置がなければ何の意味もなかった。 「ミス・ヴァリエール」  シエスタがそっとルイズの肩を抱く。 「それは違う」  タバサも、いつものように静かな、しかし力強い口調で断言してくれた。 「今回のことは、わたしたちの誰か一人でも欠けていたらきっと成し遂げられなかった」 「そうかもしれないけど」 「わたしは、サイトのことを大切な人だと思ってる。だから、彼のために何かしてあげたい。  今は、そのことだけ、考えていればいいと思う」 「そうですよ。ミス・ヴァリエールがそんな風に考えてるって知ったら、サイトさんまた気を使いますよ」  二人の気持ちに、胸が少し温かくなる。ルイズは涙を拭って頷いた。 「そうね。これだけ苦労したんだもの、『ミソシル』、必ず完成させて、あいつに飲ませてやりましょう」  ルイズの言葉に、シエスタとタバサが力強く頷いた。

 焚き火を囲んだ翌日に学院に帰還したルイズたちは、コルベールへの報告も  教師達への言い訳も後回しにして、ひたすら『ミソシル』作りに没頭した。  と言っても、作るのはシエスタな訳で、ルイズとタバサは横で固唾を呑んで見守るしかなかったのだが。 「ここでマンドラゴラの根っこをくわえて、サラマンダーの卵汁はここで」  ぶつぶつと呟きながらシエスタが鍋に材料を加えていたそのとき、突如として鍋の中の液体が激しく沸騰し始めた。 「危ない」  短く叫んだタバサが、即座に魔法を発動させてシエスタの体を引き戻す。  ほとんど吹っ飛ばされたようなシエスタの体を、ルイズとタバサが二人がかりで受け止めたそのとき、  鍋の中で沸騰していた液体が凄まじい音を立てて爆発を起こし、四方八方に飛び散った。 「また失敗、ですね」  スカートの裾を払いながら立ち上がったシエスタが、ため息混じりに呟く。  実際、先程からずっとこの調子なのである。  シエスタが試行錯誤しながら今回採集してきた材料を様々な調理法で鍋に加えていくのだが、  何故か必ず途中で爆発してしまうのである。 「なんか、料理をしているんだか魔法薬作りの実験をしているんだか分からなくなってきたわ」 「わたしも」  ルイズの呟きに、隣のタバサが頷く。シエスタが再び鍋を元に戻し、笑顔で振り返った。 「大丈夫です、ミスタ・コルベールも材料は間違っていないと断言してくださったんですから」 「でも、少しは休まないと、あんたの体力が」 「ミス・ヴァリエール」  心配するルイズの声を、シエスタは遮った。  彼女の薄汚れた顔には、清清しい笑みが浮かんでいた。 「あなたとミス・タバサは、わたしたちの愛しい人のためにずいぶんと無理をなさいましたね。  わたしはあなたたちと違って貴族じゃありませんけど、その尊い心は、少しは理解できるつもりです。  心配しないでください。わたしは、必ずやり遂げてみせます。  そう、この『ミソシル』は、貴族の誇りと平民の意地、そしてなによりわたしたちの愛情がたっぷりと詰まっているんです。  わたし一人、多少大変だからと言って途中で投げ出す訳にはいきません」  決意を秘めた口調でそう断言したあと、シエスタは再び鍋に向き直る。  その背中から、凄まじいまでの熱気が立ち上っている。ルイズとタバサは同時に唾を飲み込んだ。

354 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05:43:16 ID:KNuPLcW5

「何て料理なの……『ミソシル』というのが、ここまで恐ろしいものだとは思っていなかったわ」 「だからこそ、サイトもあれだけ執着したんだと思う」 「そうよね。そうでなくちゃ、あんなに飲みたがることに説明がつかないもんね……!」 「爆発の危険を冒してでも、子供に毎朝おいしいものを食べてもらいたいと思う心……!」 『まさに、母の愛がつまった、おふくろの味……!』  命を賭けて料理に挑むメイドの少女の背中を、二人の少女は互いの手と手を握り合って見つめ続けた。

 そんなこんなで、ついに「ミソシル」は完成した。 「で、できました……!」  黄昏の光の中、シエスタの体がふらりと傾ぐ。  慌てて駆け寄ったルイズに助け起こされながら、シエスタは薄汚れた顔に穏やかな笑みを浮かべた。 「やった、やりましたよミス・ヴァリエール……! わたしたちは、ついに『ミソシル』を作り上げたんです……!」 「ええ、ええ、分かってるわシエスタ。これは、わたしたちの埃と友情と愛情の結晶よ……!  あなたは、わたしたちの誇りだわ」 「えへへ……そんな風に言っていただけるなんて、わたし、とっても嬉しいです……」  シエスタの微笑みは、どこかあの日見た才人の母の笑顔を思わせる優しさに満ちている。   ルイズは涙を拭って、今や親友となったメイドの少女に微笑を返した。 「バカね、まだそんな風に喜ぶのは早いわよ。さ、わたしたちが成し遂げたものを、ちゃんと見届けなくちゃ」  言いながら、ルイズはシエスタに肩を貸して立ち上がった。  タバサはすでに鍋のそばに立って、口元を手で覆い隠したまま険しい表情で鍋の中の「ミソシル」を見下ろしているところであった。 「これが、『ミソシル』……!」  ごくりと唾を飲み込む彼女の視線の先には、どろりと渦を巻く薄い茶色の液体がある。 「確かに、あのとき見たのと寸分違わぬ色合いだわ……」 「これで、完成したと見て間違いなさそうですね……」  だが、三人の顔には喜びではなく苦悶があった。  その理由は、問わなくても分かる。タバサもシエスタも、ルイズと全く同じ事を考えていただろうから。  すなわち、 『くせぇ……!』  である。ほとんどこの世のものとは思えないレベルであった。  そもそも材料からして想像がつきそうなものだが。 「あの、これ、本当に『ミソシル』なのよね?」 「今となっては、少し自信が持てなくなってきました」 「いや、異世界の料理だから、いい臭い悪い臭いの基準もこの世界とは違うのかもしれない」 「そうかもしれないけど。これ、味の方はどうなのかしら……」  三人は互いに視線を交し合った。 「わたしは調理担当だったので、味見は他の方にお任せしますね。どうぞミス・ヴァリエール」  まずシエスタが引きつった笑顔で言った。 「ううん、ここは発案者の名誉を重んじてタバサに任せるべきよね」  次にルイズが愛想笑いを浮かべてタバサに丸投げした。 「いや、料理は味見して初めて完成するものだから、シエスタに」  珍しく、タバサの頬を汗が一筋流れ落ちる。  三人はけん制しあったまま硬直し、その状態はいつまでも続くかと思われた、が。 「お姉様お姉様、お腹すいたのね」  と、能天気な声が突如として割り込んだ。  見ると、彼女らが調理していた広場の隅に、巨大な竜が現れていた。 「シルフィード」 「うん、シルフィなのね。お姉様、お腹空いたのね、なんか食べさせてほしいのね、きゅいきゅい」 「なんともないの?」 「なにが?」  言葉を喋る風竜(正確には違うが)シルフィードは無邪気に首を傾げる。  どうやらここ数日探索に付き合わされたせいで少し体調を崩しているらしく、鼻がきかない状態らしかった。 「じゃあ、これ。一舐めだけ」  タバサはいつもの無表情で鍋を指差し、とんでもないことをさらりと命令した。 (なんて女……!)  おそらく恋敵となるであろう女のあまりの冷酷ぶりに震え上がるルイズの前で、  シルフィードは「ぶーっ」と可愛らしい抗議の声を上げた。

355 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05:45:08 ID:KNuPLcW5

「一舐めって何なのねー。お姉様のけちんぼー」 「いらないなら、いい」 「いるいる、いるのね舐めるのねー」  言うが早いか、シルフィードは長い舌を突き出して鍋の中に突っ込んだ。そして、 「GYUOAAAAAAAAAA!!」  という、普段の可愛らしい声からは想像もつかない恐ろげな絶叫を上げた挙句、  地面の上を十数秒ものた打ち回った後、だらりと舌を出したまま白目を剥いてぴくぴくと痙攣し始めた。 「……」 「……」 「……」  三者、無言。  あまりのことにしばらく誰も何も言えなかったが、 「あの、ミス・ヴァリエール」  と、シエスタがおそるおそる言い出した。 「なに、シエスタ」 「ひょっとしたらと思っていたんですけど」  ゴクリ、とシエスタが唾を飲む。 「わたしたちは、何かとんでもない思い違いを」 「味覚の違い」  突然、タバサが遮った。 「異世界だから、いい味悪い味の基準も、わたしたちの常識とは大きく異なっているものと考えられる」 「いや、それはあまりにも無理矢理」 「考えられる」  断言である。 (案外強引だなこの女)  内心戦々恐々としつつも、ルイズはついに、決意した。 「とりあえず、これ、サイトのところに持っていきましょう」

 何か、恐ろしいものが来る。  突然嫌な気配を感じて、才人はベッドの上で跳ね起きた。  ここ数日ほどルイズたちが何やら飛び回っているので、夕方は専らベッドの上で寝転がっている才人である。 「どうしたね、相棒」 「いや」  訊ねかけてくるデルフリンガーにも、ろくな答えを返せない。  とにかく、何か自分の身に想像も絶するような恐ろしい出来事が降りかかろうとしている。  いくつもの修羅場を乗り越えてきた才人だからこそ、分かる感覚であった。 (だが、なんだ……? というか、どうする? 逃げるか?)  しかし、逃げるのもよくないという予感があった。  要するに、どんな危険がやってこようとも、ここでどっしりと構えて受け止めなければならないということである。 (クソッ、なんだってこんな……!)  だが、文句を言っても仕方がないのだった。  才人は全身から嫌な汗が噴出すのを感じながら、その場でじっと「何か」が来るのを待ち構えた。  まずやってきたのは、鼻をつくような凄まじい悪臭である。  次にやってきたのは、三人分の足音。そして、扉が開け放たれた。 「サイト!」 「サイトさん……!」 「サイト」  既知の少女たち三人が、何やら極限まで思いつめた表情で、巨大な鍋を運んできた。  先程から周囲一帯に漂っている凄まじい悪臭の元は、どうやらあの鍋の中身らしい。

356 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05:45:56 ID:KNuPLcW5

(おいおいお前ら、まさかそれを俺に)  才人は自分の顔が引きつるのを感じる。だが、彼が何かを言うより先に、  少女たちは鍋を床に降ろして、一人用の器に鍋の中の茶色い液体を注ぎ込むと、 「さあ」 「サイトさん」 「『ミソシル』、飲んで……!」  と、その器を才人に向けて突き出してきた。 (『ミソシル』、だと……!?)  才人はごくりと唾を飲み込みながら、自分の記憶を反芻する。  彼の記憶が確かならば、味噌汁というのは決してこんな凄まじい悪臭を発する食べ物ではなかったはずである。 (確かに色は味噌汁っぽいが……こんなこの世のものとは思えない臭いを発する物体を、俺に飲めと……!?)  絶対嫌だ! と叫びたいところではあったが、才人はそれよりも先に気づいた。  少女たちが、全身泥だらけでひどく汚れていることに。 (……ひょっとして、お前ら、これを俺に食べさせるために……)  その瞬間、才人は全ての事情を奇跡的な正確さで把握した。  それ故に、断るための言い訳が全て頭の中から吹き飛んでしまった。 (……へっ。ここで断れる奴は、男じゃねえぜ……!)  内心で格好つけながら、才人は無理矢理笑顔を浮かべて少女達が突き出す器を受け取った。 「おお、すごいなお前ら、味噌汁作ってくれたのか。ありがたくいただくぜ」  少女達の顔がぱっと輝く。その表情を見て、ますます後へと引けなくなった。 (大丈夫。ひょっとしたら、臭いだけで味はまともかもしれねえし……!)  そんな一縷の望みを賭けて、才人は震える手で器を口元に近づける。  そして、目を閉じて一気に器の中身を口の中に流し込んだ。 (うっ!)  そして、目を見開く。 (なんだこりゃ!?)  おそろしく、まずい。 (泥水……いや、そんな生易しいもんじゃねえ……! 東京湾のヘドロをじっくりコトコト一週間ほど煮込んだ後、  蛆虫やらゴキブリやら肥溜めの糞やら、とにかくありとあらゆる汚いものを突っ込んでさらに一週間ほど煮込んだような)  もちろんそんなものを飲んだ経験はなかったが、とにかくそのぐらいひどい味だということである。  そんな致命的な液体を口に含んだ状態のまま、才人は煩悶する。 (バカな、こんなものを俺の体内にいれろと言うんですか。君達は悪魔ですか、魔王ですか)  そんなことを考えつつ、力を振り絞って少女達を見やる。  皆、一様に真剣な表情で、こちらの反応を固唾を呑んで見守っている。 (だ、ダメだ! この状況で吐き出したりした日には、俺は史上最低の男になっちまう!)  才人は覚悟を決めた。 (飲め、飲み込め、俺! 大丈夫、死にはしない……とは言い切れんが。  いや、むしろ死んでも飲め! それでこそ男ってもんだろ、平賀才人!)  才人は口の中の、液体と呼ぶのもおこがましい液体を、無理矢理嚥下した。  致命的で壊滅的な液体が、じっくりと才人の体に浸透していく。 (うおお……! 俺の、俺の体が悲鳴を上げている! 何故こんなもん飲ませやがったんだと脳に抗議を送ってくる!)  だがしかし、絶対に吐き出す訳にはいかないのだった。  せめてものお詫び、という訳ではないが、才人は目から涙を流すことだけを許した。 「さ、サイト……!」 「サイトさん……!」 「泣いてるの……?」 「……お、おう……!」  声と同時に例の液体が口から出そうになるのを、必死で堪える。 「あ、ありがとうよぅ、お前るぁ……お、俺ぇ、感動しぶぇ……な、なびだがどばんねえずぇ……」  少女たちの顔に、弾けんばかりの笑顔が浮かんだ。

357 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05:47:42 ID:KNuPLcW5

「やった、やったわよ、あんたたち!」 「一時はどうなることかと思いましたけど……!」 「わたしたちは、『ミソシル』を、サイトに届けることができた……!」  抱き合って喜ぶ少女達を眺めていると、才人の混濁した意識に喜びが広がった。 (よ、よかった……一生懸命にやってくれたこいつらを、傷つけずにすんで)  と、そこまで考えたとき、 「じゃ、サイト」 「お代わりまだまだありますから」 「遠慮なく、飲んで」  少女達は、三者三様の器にあの液体を注いで、笑顔でサイトに突き出してきた。 (マジッスかぁぁぁぁぁ!?)  心の中で悲鳴を上げる才人に対して、三人は溢れんばかりの笑顔のまま、さらなる刑の増加を告げる。 「材料はたっぷり取ってきたから」 「向こう三ヶ月ほどは持ちますよ、きっと」 「これからは毎日作ってあげる」  地獄の日々の始まりであった。

 ……ハルケギニアを代表する英雄の中に、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガという名がある。  とあるメイジに使い魔として召喚されたという冗談じみた出自を持つこの男は、  その他にも冗談じみた伝説をいくつも残している。  曰く、七万の大軍を単騎で止めた、だとか。  曰く、城よりも巨大なゴーレムを一人で叩ききっただとか。  曰く、当時最強とされていたエルフと、互角に渡り合ったとか。  だが、何よりも驚くべきは、彼が捕虜になった回数と、そうなった後の生還率である。  なんと、彼はその生涯を通して百回以上も敵の虜囚となり、そのたびに様々な拷問を受けつつも、  一度もその精神を損なうことなく生還しているのである。  後に、「あなたはどんな拷問にも屈しないと誉れ高いが、その力の秘密は一体何なのか」と問われた際、  「それはまあ、何というか……愛の力、というところでしょうかね」  と、彼は苦笑混じりに答えたという。

 なお、英雄サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガには三人の訓練者が常に付き従っており、  彼は彼女らが毎朝出す毒液によって己の体を鍛えていたという逸話も残っているが……  やはり、その真偽は定かではないのである。

 <了>