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ゼロの飼い犬12 水兵服とメイドの不安(前編)               Soft-M

■1   「よしっ、出来上がり!」  仕事が終わった後の夜半。自室で裁縫仕事を終えると、わたしは丈を直した服を 目の前に掲げました。白いラインが入った大きな襟の、半袖の上着。 サイトさんに言われたとおりの丈にしたのですが、わたしが着るには短すぎる印象です。  さきほど丈を詰めたスカートに目をやると、そちらも今までわたしが穿いたことがないくらい 短い丈になっています。自分で直しておいていうもの何ですけど、本当にこれでいいのかな。   「変わった服ねぇ」  ベッドに寝っ転がって本など読みつつ、時おりわたしの作業を眺めていた子…… ルームメイトのローラが、出来上がった上着とスカートを見て言いました。 「それ、あのサイトっていう子からプレゼントされたんでしょ? 変わった服装してると思ってたけど、女の子に着せる服の趣味まで変わってるのかしら」   「さぁ、そこまでは」 「でも、彼の為なら着るわよね。何せ、あの”ひこうき”を飛ばしてあなたの村を救ってくれた 英雄なんだから。ホント、すごい子に目をつけてたものよね、シエスタも」  ローラはベッドから身を起こすと、シーツの上にあぐらをかいてわたしに笑いかける。  その言葉を聞いて、わたしの胸に熱いものが灯る。サイトさんの姿を思い出して、 心臓が高鳴ります。    サイトさんと一緒に宝探しに行って、その後の休暇でわたしがタルブの村に戻っていた時、 トリステインとアルビオンの間で戦争が始まりました。  その時、村が竜騎士によって焼かれて、アルビオンの兵士が攻め入ってきて、 ただ逃げ隠れるしかなかったわたしたちを救ってくれたのが、 サイトさんとミス・ヴァリエール……それに、あの『竜の羽衣』でした。    戦いの音がふいに途絶え、隠れていた森から恐る恐る出たわたしが空に舞う『竜の羽衣』の 姿を見たとき。草原に降りたその中から、サイトさんが降りてわたしに駆け寄ってくれたとき。  思わず飛びついてしまったわたしを抱き留めて、「無事だったのか、良かった」って ほっとした顔で笑いかけてくれたとき……。  わたしが、どんなに嬉しかったか。どんなに安心したか。どんなに感謝したか。  感激なんていう言葉じゃ済みません。言葉では収まらないくらいの感情が溢れました。    今でもちょっと信じられません。前にもサイトさんに言ったみたいに、夢かおとぎ話みたい。 でも、現実。あの時、勢いでキスしてしまったわたしを抱きしめ返してくれたのも現実。  わたしの実家で戦勝を祝っての宴会が開かれて、その時サイトさんが村の皆から勇者だ 英雄だと称えられたのも、本当にあったこと。酒の勢いのせいかわたしとサイトさんの仲が 家族や村の人たちの間では公認みたいになってしまったのも……。   「おーい、シエスタ? 聞いてる?」 「ふぇ?」  いつのまにかすぐ近くまで来ていたローラに目の前で手を振られて、わたしは我に返りました。 「またあんたトリップしてたわよ。見てて恥ずかしいくらいに恋する乙女の顔になってたわ」  溜息をつくローラ。慌てて頬に手を当てると、完全に緩んでる上に熱くなってます。 最近こんな風にサイトさんの事を思い出して惚けちゃう事が多いわ、気をつけないと。   「で、試着してみるんじゃないの? これ」  ローラはわたしが直した上着を取り上げて言ってくる。サイトさんがわたしに プレゼントしてくれたのは、船に乗る兵士の方が着る、水兵服というものです。  いくらサイズを直したといっても、女の子が着る服としてはどうなんでしょう。   「も、もちろんよ。サイトさんから頂いたものだもの」  わたしは部屋着を脱ぐと、ローラからその上着を受け取ります。改めて見てみると、 丈が短すぎてコルセットもつけられないし、下にシミーズも着られそうにありません。 仕方ないので、素肌の上にそのまま袖を通します。 「んー、いざ着てみるとそこまで不自然でもないわね。それで下は?」  ローラが次に持ち上げたのは、これまたサイズを直した、学院の女子制服のスカート。 勝手に弄ってしまっていいものなのか不安でしたが、サイトさんがどうしてもと言うので わたしが穿けるようにしてしまいました。けれど……。   ■2   「……その長さじゃ、ドロワースが思いっきり見えるわよねぇ」  ローラが眉をひそめて言う。そう、さっきから不安だったのはそこ。 このスカート、サイトさんの指示通りに太股が半分見えてしまうくらいの丈に詰めたので、 わたしの持っている下着と一緒に穿くことができません。   「一緒に小さな下着は貰ってないの?」 「うん……」  頷きながら、とりあえずドロワースをつけたままスカートを身につける。 それから下穿きだけ脱ぎました。一応、これがサイトさんの望んだ格好のはずなんだけど。  短いスカートの下でむき出しなお尻に落ち着かなさを感じながら、 ローラと共同で使っている姿見に格好を映してみます。   「わぁ……、な、なんだかいやらしい……」  鏡に映った自分の頬がかあっと赤くなる。袖が短い服はときどき着ますけど、それに加えて この格好だとお腹のあたりの肌もちらちら見え隠れして、何より足が太股の上まで見えてます。  メイド服でも普段着でも、こんなに足を見せる格好はしません。   「そうだけど、男好きのする格好かもね。結構シエスタには似合ってるし」 「それ、誉めてるの?」  複雑な気分でローラに聞く。 「誉めてるわよ。あなた、まだ自分の武器がわかってないみたいね」 「なに? わたしの武器って……わひゃ!?」  急に背筋をぞぞぞっとした感覚が駆け上りました。いつの間にかローラがすぐ側まで来て、 わたしの足を指先で撫で上げたのです。   「これよこれ、シエスタのアピールポイント」 「あ、足?」 「足もそうだけど、この肌! シエスタの肌って綺麗なだけじゃなくて、 なんかわたしたちとは違うのよね。普段は長袖とスカートとブーツで 隠しちゃってるんだから、ここぞというときは見せつけて武器にするべきよ」 「そ、そうかな……」    見せつけるっていうのはどうかと思うけど、誉められて悪い気はしません。 わたしは黒髪や黒い瞳が珍しいだけじゃなくて、肌の色や質感も回りの人とちょっと違うと 前々から言われていましたが、たぶんひいおじいちゃんの血のせいなんでしょう。  それは同時に、サイトさんやサイトさんの故郷の人と同じ血ということでもあります。   「それを計算した上でシエスタにこんな服着せようと思ったんだとしたら、サイトってば 実は意外と物が分かる男なのかもね。この肌、シエスタのモチモチ肌……ハァハァ……」 「ちょっと、いつまで触って……ひゃう!?」 「あ、下着つけてないんだっけ」  その手がお尻にまで直接触れて、わたしは慌てて振り向いてローラを睨みつけました。   「いやー、でもお尻の感触はひときわ良かったわ。まさしく兵器ね」  手をわきわき下品に動かしながら笑うローラ。わたしは呆れて溜息をつきます。 「でも、こんな短いスカートを下着無しで穿いてくなんて無理よ。風が吹いただけで 中が見えちゃう。サイトさん、わたしが小さな下着は持ってないって知らないのかな……」    何度か一緒にお洗濯をしたから、知ってると思うんですけど。ミス・ヴァリエールの下着を 見慣れてるから、当然みんな持ってるものだと考えてるんでしょうか。  わたしが悩んでると、ローラがいつになく真面目な顔になって口を開きました。   「シエスタ。その点なんだけど」 「なに?」 「サイトは、シエスタがドロワースしか持ってないってことを知った上で、 あえてスカートの丈を短く詰めろと言ってきたのかもしれないわ」 「へ?」  理屈が通っていないローラの言葉に、思わず気の抜けた返事をしてしまいました。   ■3   「どうしてそんな。だったら下着も一緒に貸して頂かないと」 「わかんない? つまり、サイトはその肌着もつけられない短い上着に短いスカートで、 下着もつけてない格好のあなたが見たいのよ」  ローラは名探偵みたいな顔をして、人差し指をピンと立てる。 その言葉の意味を理解するのに、しばらく時間がかかりました。   「な、なんでそんな意地悪を!? サイトさんはそんなことしたがる人じゃ……!」  あわあわと取り乱すわたしに、ローラはあくまで冷静に言います。 「自信を持ちなさい。彼はシエスタの身体が魅力的だと思ってるから、 そんな格好を見たがるのよ。それに、シエスタのことを好いてるからこそ、 意地悪してシエスタが困ったり恥ずかしがったりする姿を楽しみたいと思ってるのね」  ローラの台詞に、開いた口が塞がりません。   「そ、そんなの普通じゃないわ!」 「……シエスタ、もしあなたの好きなサイトがその”普通じゃない”人だったらどうするの? ついていけないからと諦めるわけ?」  その言葉にわたしははっとしました。 「人の嗜好はそれぞれだし、愛情の形もそれぞれ異なるわ。もし彼が多少歪んだ性癖を 持っているのだとしても、それを受け入れてみせるのが愛ではなくて?」 「そんな……」  体が勝手によろ、と後じさる。ローラの言葉とサイトさんの姿が頭の中でぐるぐる渦巻く。  サイトさんがそんなことを望む人だとは思えません。だっていつも優しくて、 わたしを大事にしてくれて。それに、いつか帰らなければいけないから、気持ちに整理が ついていないからと、わたしの身体は奪わない選択をするような人です。   「そういえばあなた、彼に手とか口で奉仕して喜んでもらえたとか言ってたわね。 なのに、最後までしてはもらっていない。あなたってば相当良いカラダしてるのに。 それって、彼はシエスタに対して普通とは異なった愛情を持ってるからとは言えないかしら?」 「う……!」  わたしの思考の逃げ道を塞ぐようなローラの意見に、足下がぐらつきました。   「シエスタ、前にあなたに貸して、読んだわよねこの本」  ローラは棚のところから本を一冊取り出して持ってきました。『メイドの午後』。 純朴で何も知らなかったメイドの少女が、旦那様の元で女として変えられてしまっていく…… 要するに、オトナ向けの小説です。  ローラはその本を開いてページをめくり、一点で止めました。   「この章が近いかしら。主人公の少女は旦那様の気まぐれによって 極端に露出の多い服を着ることを強要され、その格好で仕事をさせられてしまう。 少女は頬を染め、涙目で旦那様に助けを乞う視線を送るも、旦那様はいつも通りの態度で 静かに仕事を言いつけるだけ……」  その章はわたしも印象に残ってます。その後、旦那様の要求は次第にエスカレート していき、主人公の少女はその格好で旦那様と来客との会食の給仕をするのです。 そして、旦那様はわざと食器を落としたり、床を拭かせたり……。   「で、でもそれってあくまでお話でしょ? ホントにそんなことする人がいるわけじゃ……」 「まぁ誇張はあるかもしれないけど、いくらお話だっていっても現実にあり得ることを 参考にして作るものよね」  ローラは『メイドの午後』をパタンと閉じる。わたしは腰が抜けたようにベッドの上に 座り込みました。   「もちろん、可能性の話に過ぎないわ。サイトの趣味はいたって普通ってこともあり得る。 けど、もし普通じゃなかったら。短いスカートに下着無しの格好をシエスタにさせたいと 思ってるなら……あなた、その期待を裏切って『こんなの着られません』なんて言える?」 「サイトさんは、そんなことでわたしを嫌うような人じゃ……」  ローラの冷たい言葉に、わたしはぼそぼそと言い返します。 「そう思うなら、それでもいいんじゃない。でも、サイトが”シエスタに着てもらいたくて” その服をプレゼントして加工して欲しいと言ったのは確かでしょう?」   ■4    襟の下に巻いたスカーフをぎゅっと握りしめる。そして、また姿見に目を向けます。 露出は大きいけど、結構可愛いデザインで……よく見たら、ローラの言うとおり わたしに似合ってる気もする水兵服。  サイトさんはこれを目を輝かせた、興奮した様子でわたしにくれて。  この服は、わたしがプレゼントした手編みのマフラーのお返しだと言っていました。 これ以上ないほど嬉しそうに受け取ってくれた、あのマフラーのお礼。   「……サイトさん……」  不安でごちゃごちゃしていた胸に再び熱いものが膨らんでいくのを感じながら、 わたしは呟きました。                         ∞ ∞ ∞    消灯してわたしとシエスタはベッドの中に入った。結局、シエスタはサイトの要求通り、 明日あの服を着たところをサイトに見せるつもりみたい。  彼女はまた恋する女の子みたいな顔になりながら、大事そうに水兵服とスカートを畳んで 机の上に置いてた。  そんなシエスタの様子を思い出しながら……。    わたしことローラは、布団を引っ被って笑いを堪えるのに必死だった。  恋は盲目とはよく言ったもんだわ。面白くなりそ。                         ∞ ∞ ∞     「それはぼくの世界ではセーラー服と呼ばれてますッ! 生まれてすいましぇエエンッ!」  今まで見たことがないくらいに盛り上がって拳を握りしめているサイトさんに ちょっとおののきながら、わたしは自分の格好を改めて見直しました。    この服……今サイトさんが教えたくれた呼び名で言うなら、セーラー服を仕立て直した翌朝、 アウストリの広場。わたしは意を決してそれを着て、サイトさんに見てもらっています。  そこでようやく知ったのですが、この服装は、サイトさんの故郷ではサイトさんと同年代の 若い女性が学校の制服として着ているものなのだとか。それで、なぜこんな変わった服を わたしに着せたがったのかはわかりました。    やっぱり、サイトさんは、サイトさんと同じ血が入っているわたしに、故郷のことを 感じているんだわ。帰れない母国、否応なしに離されてしまった家族や友人のことを。  そのことで、故郷に帰れないサイトさんを慰めてあげられるなら、こんな格好くらい、 何度だってしてあげたいと思います。    ……それはそれで、いいんですけど。  ちらりとサイトさんの方を見ると、サイトさんは半泣きになりながらわたしの方を じっと見ています。体を震わせながら。ちょっと、喜びすぎじゃないのかな。  それに、サイトさんの国の女の子は本当にこんなに極端に肌を見せてる格好を してるんでしょうか。少なからずサイトさんの趣味が入ってるところもあるのでは……。    少なからず湧き出てしまった猜疑心を振り払って、頭を切り換えます。 ダメよシエスタ。だって昨日、サイトさんにどんな趣味があるのだとしても、 出来る限り受け入れるって覚悟したじゃない。それに、サイトさんにはどんなことをしても 釣り合わないくらいのご恩を感じているし、何より、わたし自身がサイトさんのこと……。  うん、とわたしは力強く頷いて、サイトさんの顔を見つめます。今のわたしは、 サイトさんのためにいるんです。サイトさんの望むことなら何だってしちゃいます。   「どうすれば、もっと喜んでもらえるんですか? 言って、サイトさん! どうすればわたし、もっとサイトさんの故郷に近づけるの!?」  半ば自棄になってそう言うと、サイトさんは一瞬、難しそうな顔をして。 「回ってくれ」 「え?」 「くるりと、回転してくれ。そしてそのあと、『お待たせっ!』って、元気よく俺に言ってくれ」   ■5    お待たせって何? 何を待たせたの?  いくらどんな趣味にも付き合うと決意したとはいえ、わたしの理解の 範疇外になりつつあるサイトさんの要求に、体じゃなくて頭の中がぐるぐる回転します。  でも、サイトさんが望んでるんだから。わたしは混乱をぐっと堪えて、サイトさんに頷いて返す。  そして、言われたとおりくるっと回ろうとして……。    今、下着を穿いてないことを思い出しました。もし、スカートの裾が舞い上がったりしたら。 緊張に身がすくんで、回転するというより、ただ背中を見せてから前に向き直るみたいに なってしまいました。   「お、お待たせっ」  それでも要求されたとおりの台詞を呟くと。 「ちがーうッ!」 「ひっ」 「最後は指立てて、ネ。元気よく、もう一回」  言葉は柔らかいけど、鬼気迫る雰囲気を放ちながらダメ出しするサイトさん。  わたしはスカートの裾を抑えて、思わず少し後じさってしまいました。    元気良く回る、って。つまり、スカートをひるがえして、中が見えるようにしろってこと?  今まで忘れていた不安がよみがえります。サイトさんは、わたしに恥ずかしい格好を させたくてスカートを短くしろって言ってきたんじゃないかっていう不安。    昨日ローラに言われた、『メイドの午後』のワンシーンが脳裏に浮かびます。  あの話でメイドに露出の激しい格好をさせた旦那様は、直接的に恥ずかしいポーズを 要求するのではなく、わざと遠回しに……脚立を使って高い所の掃除をさせるとか、 物を拾うために屈ませるとか、そういうことをさせて虐めるのです。    今のサイトさんも、まさか。ぐらぐらと頭の中が沸騰してくる。 本当に何度も回転したみたいに、足下がおぼつかなくなってくる。  でも、サイトさんはわたしに期待でいっぱいの視線を注いでいます。  他でもない、このわたしにこんな格好をさせて……下着すら着けていない、 むき出しのスカートの下が見えてしまう”かもしれない”行為をを望んでいるのです。  サイトさんはわたしを、虐めたがっている……。    じわっ、と体の奥に熱いものが膨らみました。今にも倒れてしまいそうなのに、 サイトさんのお願いに応えなきゃいけないって気分だけがわたしの体を支配する。  わたしはごくりと生唾を飲み込むと、自分じゃない誰かの意思で操られてるみたいに、 ”元気よく”くるっと身を回転させました。    ふわりとスカートが舞い上がるのが嫌に鮮烈に感じられる。  ――見られた? ううん、真横からだったら見えるかもしれないけど、 サイトさんはわたしより背が高くて、すぐ近くにいるから……たぶんわからないはず。   「お待たせっ!」  声が裏返りそうになりつつ、言われたとおり指を立てて、サイトさんに笑いかけながら 言いました。とくん、小さく体が震える。腰が縮み上がる。  はっとして、足をとじ合わせました。今、わたし、濡れてしまった。 下着をつけてないから、もしこのままこんなこと続けたら……。   「きき、き、君の勇気にありがとう」  でも、サイトさんは喜んでる。熱のこもった視線でわたしを見てる。もしも足まで垂れて しまったら、それを見られてしまったらなんて考えて、背筋に寒い物が走ったのに。 早くいつもの服に着替えたいと理性では思うのに。なのに、次にわたしの口から出たのは、   「……次はどうするの?」  そんな、かすれた声。本当に、まるで自分の体が自分のものじゃないみたい。 「えっと、次は……」  サイトさんがそう言って腕を組んだとき。   ■6   「それは、なんだね? その服はなんだねッ!」 「けけ、けしからん! まったくもってけしからんッ! そうだなッ! ギーシュッ!」  脇から急に男性の声が聞こえてきて、わたしはびくっと身をすくめました。  見ると、ミスタ・グラモンとミスタ・グランドプレが鼻息を荒くして近付いてきます。   「ああ、こんなッ! こんなけしからん衣装は見たことがないぞッ! のののッ!」 「ののの脳髄をッ! 直撃するじゃないかッ!」  サイトさんに詰め寄りつつも、わたしの格好を横目でじっと見ているお二人。  わたしは愛想笑いを浮かべましたが……その視線に、サイトさんに見られたときとは 全く違う不安と恐怖を感じました。    このお二人、まさか、さっきまでわたしがサイトさんの前でしていたことを、 見ていたのでしょうか。サイトさんに言われて回転して、スカートが舞い上がった所を。  こちらから気付かないほど遠くにいたのなら、見えるはずない。わかるはずない。 でも、様子が尋常じゃない。わたしを舐めるような視線で見回してる。    やだ……こんな格好なのに。サイトさんにだから見せてもいいって、見られてもいいって 思ってこの服を着たのに。他の人に見られるのは、絶対に嫌です。  わたしは助けを乞うようにサイトさんに視線を送る。けど、サイトさんは満足そうに わたしを見ていました。まるで、わたしの格好をこのお二人に自慢するみたいに……。    顔から血の気が引くのがわかりました。サイトさんは、わたしがサイトさん以外の人に 見られても構わないと思っている……それどころか、誇らしげに見せつけようとさえ しているのです。わたしのこんな、異常な格好を。   「……じゃ、仕事に戻りますっ!」  ミスタ・グラモンとミスタ・グランドプレの視線が。それにサイトさんの様子が怖くなって。 わたしはとってつけたような言い訳をして、その場から走り去ってしまいました。                           ∞ ∞ ∞      なんだかシエスタの様子がおかしい。  仕事が片づいた夜。シエスタは部屋のベッドの上で、自分で仕立て直した水兵服 ――サイト的にはセーラー服とかいうらしいけど――を持って、「はぁ」とか「ふぅ」とか 溜息をつきつつ、時にはそれをぎゅっと抱きしめたり物思いに耽ったりしている。    ある意味見てて面白いのでしばらく観察してたけど、こんな風になったのはわたしが おとといの晩に変なことを吹き込んだせいもあると思うので、話を聞いてあげることにする。   「どうしたのよ、シエスタ。その服、サイトに喜んでもらえたんじゃないの?」 「うん……」  シエスタは頷いて、思い詰めた顔をわたしの方に向けた。シエスタは昨日の朝、 サイトにそのセーラー服を着た姿を見てもらって、大層喜ばれたらしい。    わたしが「彼はシエスタにミニスカートでノーパン姿の格好をさせたいんじゃないの?」と 言ったのは、はっきり言って冗談だ。わたしだってサイトの性格に詳しいわけじゃないけど、 いくらなんでも学内で露出羞恥プレイを敢行したがる子には見えない。  見事に信じたシエスタが可愛いのでそのままにしておいたんだけど……サイトにセーラー服姿を 見てもらった翌日の、今日の夕方になってから急にシエスタが挙動不審になった。   「あのね、ローラ」  シエスタは悩める少女の視線をわたしに向ける。 う、ちょっとどきっとしてしまった。この子って天然にいぢめてオーラ出すのよね、時々。 「うん?」 「今晩、サイトさんに呼び出されてるの」 「おぉ」   ■7    素直に感心した。シエスタってばあれだけ色々アタックした上、 実家で家族に紹介までしたのに最後まではいってなかったらしいけど、 遂にオンナになる日が来たらしい。感慨深いような、少々寂しいような。   「良かったじゃん、頑張りなよ。それで、どうするの? またわたし別の部屋に移って、ここ空けてあげてもいいよ?」  以前にサイトを泊めるために、部屋を譲ってあげたことがある。 その時は一緒のベッドで寝たけど、キスとお触りまでだったとか言ってたっけ。   「それがね……火の塔の階段の踊り場に、このセーラー服で来てくれって……」  シエスタは顔を伏せ、おずおずとそう言った。わたしは一瞬ぽかんとしてしまった。  なにそれ、場所と服装指定? しかも、適度に人気がなさそうな場所?  わたしの背中に嫌な汗が湧き出てきた。ちょっと待って、瓢箪から駒ってやつ?   「それ、間違いないの? 聞き違いとかじゃなくて?」 「たぶん……」  シエスタははふぅ、と深い息をついた。その返事にわたしまで頭を抱えたくなる。    サイトはミス・ヴァリエールの部屋に寝泊まりしているんだから、 シエスタと二人っきりになれるまともな場所はこの部屋くらいしかない。  そんな中で、火の塔の前なんていう夜には人気が無い場所に、 自分がプレゼントした服装で来ることをはっきり要求したってことは……。   「ホントにサイトって、マニアックな趣味があったのかしらねぇ。お外が好きとか」 「そんな、他人事みたいな……!」 「だって他人事だし」  ちょっと泣きそうになってるシエスタにそう返す。わたしだってびっくりだ。    シエスタが抱えている、セーラー服とやら。確かに冷静に考えたら、 こんな服、ちゃんと下着をつけていたとしても日常的に着られるものじゃない。  そんな格好のシエスタを夜の校舎前に呼び出して、一体どんなことを させるつもりなんだろうか。ちょっと想像してみる。                         ロ 口 □   「あの……サイトさん……」  夜のヴェストリ広場。小動物のように身を震わせながら、人目につかぬよう暗がりを通って 火の塔の階段までやってきたシエスタは、そこで待っているはずの人の名を呼ぶ。   「シエスタ。遅かったね」  踊り場の上に立っていた少年……サイトの声を聞いて、シエスタの表情がいくらか和らぐ。 けれど、その顔にはまだいくらか不安の色が残っている。   「あの、ごめんなさい。待たせてしまいましたか?」 「大丈夫、気にしないよ」  コツコツと階段を下りてくるサイト。月明かりの下の彼は、いつもシエスタを見るときと同じ 人懐っこい笑顔を浮かべている。けれど、それは今のシエスタには安心の材料にはならない。 「ちゃんと俺が送った服、着てきてくれたんだ」 「はい……」  サイトはシエスタのすぐ前まで来て笑いかける。いくらいつもと様子が違うとはいえ、 目の前にいるのは自分の想い人。シエスタの胸が熱く高鳴る。   「それじゃ、始めようか」  同じ調子でそう続けたサイトの言葉に、シエスタは息を飲む。 「え……、あの、ここでですか?」 「? ここじゃ、何か問題あるかな?」  意外そうに聞き返すサイト。その顔には悪びれた所など何もなく、 そのことがいっそうシエスタを混乱させる。   ■8   「あの、サイトさんが望むなら、いいんですけど……できたら、二人っきりになれる所……、 わたしのお部屋とか、そういう場所がいいかなって」 「変なこと言うね。部屋の中でできるわけないだろ?」 「へ?」 「だって、これから散歩をするんだから」  苦笑しながらサイトはそう言う。シエスタは唖然として目を見開いた。   「さ、散歩ですか……?」 「そうだよ? 何だと思ったの?」  シエスタの頬がかあっと茜に染まる。彼女はこの夜、サイトに奪われてしまうものと思って ここへやってきたのだ。だからこそわざわざこの場所とこの服装を指定したサイトに対して 色んな邪推をしてしまった。  それが全て自分の勘違いだと知り、シエスタの中に一気に羞恥が湧き上がってくる。   「な、何でもありませんっ! サイトさんとお散歩ですよね、そっかぁ……」  シエスタは誤魔化し笑いを浮かべて目の前で手をぶんぶん振る。ちょっとした失望も 感じてしまっている自分に気付きながら、でも散歩といっても、言い方を変えれば 夜の逢い引きだわ、と考え直す。  サイトさんからの逢い引きのお誘い。それは十二分にシエスタの心を満たす響きだった。   「ああ、じゃあ行こうか」  シエスタに笑いかけて、学院の裏手の方へ歩き始めるサイト。シエスタは小走りに その背中を追う。と、数歩歩かないうちに、サイトが振り向いてシエスタを見る。 「違うだろ、シエスタ」 「え……?」  急にそんなことを言われて、不思議そうな視線を返すシエスタ。 「両手、地面について」  サイトはシエスタの頭にそっと手を置き、優しく撫でながらそう言った。   「え、あの、手……って?」  言葉の意味がわからず、しどろもどろになるシエスタ。サイトは空いている手でシエスタの 手をとると、頭を撫でていた手でシエスタの頭を軽く押し下げる。  強要するような力の入れ方ではなく、促すだけのような力なのに、シエスタは操り人形にでも なってしまったかのように、ぺたんと地面に膝をついた。丈の短いスカートの外にある膝が 直接触れた草地の冷たさが、いやに生々しくシエスタの体に伝わる。  そのまま、一緒に屈んだサイトに誘われるように、両手のひらも同様に地面につけてしまう。   「うん、その格好。立っちゃだめだよ?」  サイトの方はあっさりと立ち上がり、シエスタを見下ろしながらそう言った。 「あの、サイトさん、なんでこんな……」  シエスタはその顔を見上げながら、震える声で聞いた。まったく理解できない状況。 なのに、立ち上がることはできなかった。サイトの要求が、心より先に体を縛っている。   「こら、喋るのも駄目。今のシエスタは、犬なんだから」 「え……!?」 「シエスタは俺の飼い犬、だろ? じゃ、”シエスタの散歩”始めようか」  サイトはにっこり笑ってシエスタの髪を撫で、再びシエスタに背を向けて歩き始めた。  その背中を、シエスタはしばし呆然と見つめる。何が起きてるのか把握できない。  犬と呼ばれて、こんな格好をさせられて……恥ずかしさや屈辱よりも、混乱が勝る。   「どうしたの? 散歩、嫌?」  シエスタがついてこない事に気付いたサイトは、また振り向いて言った。  その声に、表情に。シエスタの心臓が跳ねる。もし嫌だなんて言ったら。 ここで立ち上がって拒否したりしたら、それはサイトを失望させること。そして、 サイトとの繋がりを断ち切ることになるような気がしたから。   「い、嫌じゃありません! さ……散歩、してください……」  シエスタは散歩を”しましょう”ではなく、散歩を”して”と言った。自分でも意識せずに。 「ほら、また喋った。駄目だろ、犬の返事は?」  サイトの言葉に、シエスタははっとして考える。サイトの望むこと、言いたいこと。   ■9

「……わ、わん」  そして、何秒も迷わないうちに、シエスタは口を開いてそう言った……いや、鳴いた。  サイトは「よくできました」とでも言わんばかりの笑顔を見せる。その笑顔を向けられて、 シエスタの顔は自然に輝き、体の奥には今までに感じたことが無いものが膨らんだ。      学院の外壁の側を、サイトとシエスタは”散歩”する。サイトはごく普通に……、いや、 シエスタに合わせて普段よりもゆっくりと歩を進め、シエスタはその横を四つん這いになって ついていく。  シエスタが初めに考えた、逢い引きなどというものとはかけ離れている。 恋人同士のような会話などない。指や手を絡めて甘い雰囲気を作ることもない。    けれど、シエスタの意識は隣を歩く”飼い主”の事を常に意識しており、その頬は赤らみ、 胸の鼓動は早まっている。四つ足で歩くという、人間の体には負担のかかる行動のためも あるのだろうが、息も多少荒くなっている。時おり口を大きく開いて呼吸する姿は、 それこそ犬を連想させた。    どうしてこんなことに。疑問に思うのは、なぜサイトがシエスタにこんな行為を 要求するのかということと、なぜ自分は理由も問わずにその要求に従っているのかということ。  わからない。聞きたい。けれど、人間の言葉で喋るのは禁じられている。  まともに考えれば、喋るのは駄目というのもサイトの理不尽な要求のうちなのだから 無視してしまえばいいとわかるのだが、今のシエスタにはわかっていても不可能なことだった。    ただ……、シエスタ自身にも、後者の疑問の答えは薄々自覚できていた。  シエスタは、この状況を嫌がっていない。嫌がっていないどころか、 サイトの要求を黙って受け入れるということに、充足を得ているのだと。 「あぁ……」  シエスタの口から吐息とも声ともとれないものが漏れた。その中に含まれている 艶のような物に気付いて、シエスタは思わず身を縮こませて震えた。   「どうしたのシエスタ? 寒い? 疲れた?」 「わ、わん……」  シエスタはサイトの質問に鳴き声で応じた。意思が通じるかどうかは問題ではない。 ただ、彼女の心と体に、サイト……いや、”ご主人様”からの「喋るのも駄目」という 命令が鎖をかけていた。   「ひょっとして、おトイレかな?」  あまりにも自然に出てきたサイトの言葉に、シエスタはびくりと体を震わせて ご主人様を見上げる。今のシエスタには、彼の望んでいることが理解できてしまった。 あたかも飼い主の意思を察する忠犬のように。  今の言葉は質問ではなく、飼い犬であるシエスタへの要求なのだと。    シエスタは小さく腰を揺らした。本当は、少し前からその兆候があった。  今のシエスタの格好だと、四つん這いになったことで丈の短い上着とお腹との間に できた隙間に、夜の冷えた風が当たる。また、極めて短いスカートを穿き、 さらに腰を曲げているせいで、何もつけていない腰が外気に晒されている。  つまり、この衣装のせいでシエスタの体は冷たくなり、尿意に襲われつつあった。   「我慢は良くないよ。それじゃ、ここでしてしまおうか」  ご主人様は近くにあった塔の壁のすぐ側までシエスタを促した。 シエスタは熱に浮かされたような顔で、ふらふらとその足下へ歩いていく。  そこで、気付いた。その塔は学院の女子寮。見上げればまだ灯りの漏れている 窓がちらほらあった。    シエスタの頭の片隅に残った理性が、己の行動を批難する。 自分が何をするつもりなのか理解しているの? 正気の沙汰じゃないってこと、わかってる?  シエスタは潤んだ瞳と微かな微笑みで、ご主人様を見上げた。  わかってる。わたしは、ご主人様の望むことをするだけ。 前に誓ったとおり、彼の望むことを全て受け入れるだけ……。   ■10   「ほら、シエスタ」  サイトは遠慮無く……本当に何の躊躇もなく、シエスタのスカートを捲り上げた。  ひっ、と小さく息を詰まらせるシエスタ。形の良いお尻が月明かりの下に、 一切の隠す物が無く露わになる。ルームメイトに武器だとまで誉められたところが、 こんな歪んだ形で初めてサイトの視線に晒される。   「片足、上げてもらおうかな。足にかかったら困るし」  サイトは続けてそんなことを言った。シエスタの頭にぼうっと霞がかかる。  わたしはご主人様にお尻を見られてしまったのに、こんなに恥ずかしいことなのに、 ご主人様は何も感じてない。飼い犬がすること、当然のこととして受け止めている。  ……だったら、これは何も恥ずかしいことじゃないんだ。そう、犬が主人にどこを 見られたって、どんな行為を見られたって、恥ずかしい事でも何でもない。    シエスタはサイトの言葉通り、片足……ご主人様の方に足の間を晒すことになる方の足を、 ゆっくりと持ち上げた。短いスカートは腰のところに捲られて、このままでも汚れることはない。  そうか、この格好で下着を穿かないのって、飼い犬のわたしが外で用を足すときに 邪魔にならないためだったのね。嬉しい、サイトさん、わたしのためを思ってこの服を 見立ててくれたんですね。ありがとうございます、少し疑ってしまってごめんなさい。    足が高く上がった。その間がご主人様に向かって開かれる。  サイトは、そこをじっと見ていた。月明かりに逆光になって、シエスタからその表情は よくわからない。わかるのは、自分が想い人に初めて、はっきりと見られてしまったことだけ。    その太股を、きらりと光る雫が伝って落ちた。それが尿ではないことに、 彼女は気付いている。  申し訳ありません、わたし、犬なのに。サイトさんの飼い犬なのに。 なのに、ご主人様に見られてしまっただけでこんな……。  今、わたしがするのは違いますよね。すぐに、すぐに済ませますから。    シエスタは目をぎゅっと瞑り、下半身に力を込めた。恥ずかしいことだとか、 異常なことだとか、そんな常識はもう表出しない。ただ、ご主人様の望むことだから。  高く上げた足がぶるりと震え、シエスタの足の間から、綺麗な放物線が溢れて零れた。    まるで永遠に感じられるほど、長く……そして、身を焦がす時間だった。 水音が響くたび、開放感が体に走るたび、そしてご主人様の視線を感じるたび。  シエスタの表情はどんどんとろけていく。僅かに残っていた人間の部分が 現在自分が排泄しているものと一緒に体から流れ出てしまうかのように、 彼女の纏う雰囲気が雌犬のそれになっていく。  放出はやがて弱々しくなっていき、最後には地につけた膝や太股の方まで垂れて、 ようやく終わった。けれど、シエスタはその体勢を崩さない。   「随分たくさん出たね。足の方まで汚しちゃって。拭いてあげるから、じっとしてて」  その言葉に、シエスタは瞳を輝かせた。期待していたことを、ご主人様が言ってくれたから。  腰を小さく揺すってシエスタはおねだりする。サイトはポケットからハンカチを取り出すと、 まず足の方に垂れた分から拭きはじめた。  シエスタの喉から、くぅん……、と犬そのものな声が漏れる。くすぐったさを我慢したのと、 ご主人様への甘えが混じった声。サイトのハンカチは太股を綺麗にした後、 上の方へ登っていき、ついに柔らかい丘に触れた。   ■11    シエスタの全身が痙攣する。地につけたれた手足にぎゅっと力が込められる。 体中を走り抜けるような甘い刺激に、シエスタの甘えるような鳴き声は一層大きくなる。  けれど、サイトはそんなシエスタの反応に気付きもしないかのように、ただ丁寧に その部分の湿り気を拭くだけの作業を続ける。優しく、静かに。敏感で大事な部分を 傷つけないように。飼い犬への愛情がたっぷり感じ取れる手つきで。    けれど、駄目だった。シエスタは、完全な”飼い犬”にはなりきれなかった。 サイトも違和感に気付く。いくら拭いても、その部分の水気は取りきれない。 それどころか、さらにシエスタのそこは潤んでいく。   「シエスタ、どうしたの? これ」  ご主人様の呆れた声。だが、その声には愉しむような色があった。 シエスタはとろとろになった顔でご主人様を見る。彼は、あくまでも優しい飼い主の 笑顔でシエスタを見返し、小さく首を傾げた。    シエスタは上げた足を下ろし、再び四つん這いになった。そして、肘までを地面に 下ろし、お尻を高くご主人様の方へ掲げる。――捲り上げたスカートはそのままに。 「くぅん……」  シエスタは首をめぐらせてご主人様を見つめ、存在しない尻尾を振るかのように そのお尻を揺らす。今度は、飼い主であるサイトの方がシエスタの望むことを理解し、 そのおねだりを受け入れる番だった。    サイトはくすりと笑った。その顔が、”飼い主”のものだったのか、 そうではないものだったのか……その時のシエスタには、わからなかった。                         ロ 口 □   「あぁ、なんてこと! なんとインモラルな、マニアックな、けどツボをついたことを……! おのれサイト、なんという羨まし……じゃなくて美味し……でもなくてイケナイことを!」  わたしは頭を抱えて膝をつく。シエスタの純潔がそんな形で奪われてしまうだなんて。 しかも、これはあくまでも始まりに過ぎない。これからサイトとシエスタの関係は さらに歪んだ、爛れた、しかし濃密な愛情の詰まったものになっていくのでした。   「はぁ、はぁ、止めないと。でもそんなになっちゃうシエスタもそれはそれで……」 「あの、どんなこと考えたのかは知らないけど、もういい?」    その言葉に我に返ると、シエスタがせつないものを見る目でわたしを見つめていた。 「あ、シエスタ。尻尾は? あと首輪は渡されてない?」 「ないわよ」  冷めた声のシエスタに、わたしも冷静になってコホンと咳払いをする。 妄想はこれくらいにしておいて、真面目にシエスタの相談に乗ってあげないと。   「ま、まぁ、サイトだっていくらなんでも初めてのシエスタにそんな無茶なことは しないと思うな。会って話せば何とかなると思うよ、うん」  とってつけたように楽観的な意見を言ってあげると、シエスタは俯いた。   「……本当は、昨日の朝から気になってたんだけど」 「うん?」 「サイトさん、その……わたしのあの格好を、他の人に見られてもいいみたいで。 むしろ、他の人に自慢するみたいな様子だったの」  シエスタは大きく息をついて、すがるような目をわたしに向けてきた。   「なるほど……、そりゃ、確かに不安かもね」  シエスタは好きになった相手にはとことん積極的になる性格のようだけど 基本的には落ち着いていて、男性全般に対して魅力を誇示するタイプじゃない。  好きでもない男の好奇の目に晒されることなんて嫌がるタイプだろう。   ■12   「それで、ローラから貸してもらった本の中に、あったでしょ? 他の人の衆目があるところで女の子にいやらしいことして見せつけるとか、 それどころか、わざと他の男性に、だ、抱かせるとか……」 「い、いや、そこまで通好みな趣味は無いと思うけど」  さすがに、今のシエスタの発言には引く。 わたしだって結構な妄想はしたけど、まぁあれはお遊び。    シエスタの所在なさげな、煮え切らない態度にちょっと疑問が生まれる。  この子はサイトの事を信頼して、理解しているはずなのだ。  まともに考えれば、彼女が好きになるような男性がそんな自分を傷つけるような要求を するわけないってことくらいわかるし、不安に感じることだって無いはず。  どうしてこんな、はっきり言っちゃえばくだらないことで悩んでいるんだろう。   「シエスタ、あなた、何か隠してることない?」  真面目な声と表情をつくって、シエスタに聞く。シエスタはわたしの目を見た後、 少し間を置いてから、小さく口を開いた。   「……わたし、サイトさんのことが好きなの」    小さく脱力する。肩ががくっと落ちた。 「知ってるよ、そんなこと」  やれやれと言い返すと、シエスタはかぶりを振った。 「違うの。前より……、つい数週間前も、サイトさんの事は大好きだったけど、 その時よりずっと好きになってるの。自分でも怖いくらい。どうしようもないくらい」  どうやらただののろけ話じゃないらしい。姿勢を正して、続きを促す。   「サイトさんは凄い力を持った人で、貴族の方より強くて、魔法使いでもできないくらいの 手柄を立てていて、なのに全然いばったところがなくて、気さくで、 わたしにも優しく接してくれて、わたしを大事だと言ってくれて……」  やっぱりただののろけな気がしてきた。   「大好きだし、憧れだったの。だからサイトさんに喜んで欲しかった。笑って欲しかった。 わたしのことを見て欲しかった。けど……」  シエスタは、まだ手に抱いたままのセーラー服をぎゅうっと握りしめた。 「……サイトさん、わたしの村を救ってくださったでしょう?」  話を急に切り替えると、シエスタはわたしに問いかける。わたしは頷いて返した。 「うん。あなたから聞いたんじゃない。あの子はまさしく勇者だ英雄だって」  そう言ってやると、シエスタは寂しそうに笑った。   「そう。勇者で英雄。『竜の羽衣』を使って、戦争の優劣まで変えてしまうほどの人。 だから、そんなすごい人……サイトさんには、わたしなんて釣り合わないんじゃないかって……」  シエスタの言葉に、わたしは唖然とした。今さらそんなことで悩んでいたんだろうか。   「何言ってるのよ、恋に釣り合う釣り合わないなんて関係ないでしょ。そんなので悩んでる 暇があったら、あなたのできる最大限の事でサイトにアタックするしかないのよ!」  はっきり言ってやると、シエスタはまた顔を伏せてしまった。   「そう、それなの」 「え?」 「サイトさんと釣り合うかどうかなんて、関係ないの。それくらいサイトさんが好き。 サイトさんのためなら、何でもしてあげたいくらい。何をされてもいいくらい。 サイトさんの望むこと、全部受け入れてあげたいと思うくらい。……本当に、全部。 有り得ないことだとわかってるけど、例え、わたしに酷い事をして楽しみたいっていう 要求だったとしても……」    そこまで聞いて、わたしはようやくシエスタの”不安”を理解した。 シエスタは、サイトが自分に無茶な要求をしてくるんじゃないかと不安だったわけじゃない。 むしろ逆。どんな無茶な要求をされても、それを受け入れてしまうであろう 自分の感情に対して、不安だったのだ。   ■13   「それって、媚びてるっていうことよね。なりふり構わないってこと。 そんな浅ましい女の子なんて、サイトさんが喜ぶわけない。好きになってくれるわけない。 それが怖くて……、でも、わたしに他にできることなんて無くて……」    シエスタの瞳から涙が零れた。頬をつたって顎から落ちた雫は、 胸に抱えたサイトからのプレゼントの服に落ちる。  その様を見て、胸が締め付けられる。かけてやれる言葉が見つからなくなる。  シエスタが抱えているのは……何のことはない、恋煩いだ。この世界にいくらでもある、 処方箋の無い病のひとつ。  けれど、シエスタの病は深い。今まで身近で見たことがないくらいの、重い恋。 今まで恋愛に関しては先輩面して助言なんかをしてきたわたしだけど、 このシエスタを助けてやれる明確な言葉なんて、わたしは持っていない。   「……シエスタ」  わたしは彼女の側に行って、その体を抱きしめてやった。抱きしめて、彼女が恋している 男の子と同じ、夜の闇のように黒い髪を撫でる。   「シエスタはいい子よ。その気持ちも、自分の気持ちに不安になって悩んでしまうのも…… いい子だから生まれてくるもの。だから、不安になることなんてないわ」  いい子、いい子と繰り返しながら、本当に子供をあやすみたいに頭と背中を撫でる。   「いい子だなんて……、そんなの、何にもならないわ」 「ううん、そんなことない。いい子だっていうのは、これ以上無いほどの武器よ。 それだけで男の人に選ばれることができるくらい。望んでも得られない最強の魅力。 何せ、燃え上がるような恋が冷めた後だって、”いい子”はまだ好かれるんだから」    顔を離して、ウインクして見せてやる。シエスタは泣き笑いみたいな表情を浮かべた。 「あんまり誉められた気がしないんだけど……」 「そう? 最後に笑えるのはあなたみたいなタイプって言いたかったんだけど」  シエスタは涙を拭くと、今度こそ素直に微笑んで身を離した。   「それで、どうするの? サイトに頼まれれば何でもしちゃいそうな自分が怖いから、 サイトのお誘いは断るのかしら?」  軽い口調で聞くと、シエスタは首を振った。 この子だって、自分が何をしたいのか、何をするべきなのかは最初からわかってる。 「ありがとう、ローラ。ごめんね、泣き言聞かせちゃって……」  ぺこりと頭を下げるシエスタ。 「何言ってんのよ、困ったときはお互い様。それに、あなたとわたしの仲じゃない」  わたしは目の前の親友と目を合わせて、笑い合った。      それから、シエスタは吹っ切れた顔をしてセーラー服を着込み、 サイトとの待ち合わせ場所に向かった。あの様子なら、悪いようにはされないだろう。    その時のわたしはそう満足して就寝したのだけど、シエスタはサイトとの密会を ミス・ヴァリエールに目撃され、さらにその後色々とややっこしい事態になったらしい。  まぁ、それはわたしとは関係ない話なんだけどね。     つづく   前の回 一覧に戻る 次の回