280 :教えて!魔法のリリック ◆mQKcT9WQPM :2007/11/07(水) 03:53:27 ID:SZ73+MM/ それは、月の綺麗な、ある夜の出来事だった。 才人はなんとなく夜の散歩をしたくなり、その旨を主人に伝え、学院の中庭を歩いていた。 いつもならそんな事言い出そうものなら『また他の女と逢引?今度は何?あの巨乳エルフ?』とか食いついてきそうなものだが。 ところが今日は、才人が夜の散歩をしたい、と申し出ると。
「ん。好きにしていいわよ」
と、やっぱりちょっと不機嫌な顔で言ったのだ。 その後勿論、注釈が続く。
「行ってもいいけど、ちゃんと、朝までには戻ってきなさいよ。 …ま、枕がないと、ぐっすり眠れないじゃない」
枕とはもちろん才人の腕枕のことである。 才人はいっつもこんなんなら可愛いのになあ、などと口にはけして出せない事を思い、部屋を後にしたのだった。 そして、今に至る。 才人は何の目的もなく、薄く雲がかかる二つの月光を眺めながら、中庭をうろついていた。 すると。 どこからともなく、調子っぱずれな歌声が聞こえてきた。 それは、例えるなら酔っ払いの歌う子守唄。 歌詞の内容はどうやら子守唄らしいのだが、妙に音程とリズムがずれていて、聞くに堪えない。
「…へったくそだなあ」
声質は悪くない。だがそれゆえに、余計に音程とリズムのずれが気に障る。 才人は、こんなへたくそな歌を歌う相手を一目見てやろう、と音源を捜す。 その歌声は、どうやら食堂から聞こえてくるようだった。 才人はまっすぐ食堂に向かう。 そこでは、恒例の、食堂に飾られた魔法小人形、アルヴィーたちのダンスが繰り広げられていた。 そして。 そのダンスの輪の少し外側で。 薄い緑色の髪をした、髪の長いアルヴィーが、歌を歌っていた。 どうやらへたくそな歌はこのアルヴィーが歌っているらしい。 才人は食堂に入っていく。 アルヴィーたちはそんな才人を気にも留めず、踊り続ける。 しかし。 その歌っていたアルヴィーは才人が食堂に入った瞬間に歌うのを止め、まるで誤魔化すように他のアルヴィーたちの踊りに加わった。 しかしその踊りはぎこちなく、すぐに他のアルヴィーにぶつかり、輪からはじき出されてしまう。 両手を前でじたばたさせながら、転ばないようにその歌い手アルヴィーはバランスを取る。
「はわわわわわ」
そんな声すら聞こえてくるようだ。 …チョットマテ。 聞き間違いではなかった。 喋らないと思っていたアルヴィーが、目の前で今、声を出した。 才人はちょっと気になって、その歌い手アルヴィーに話しかけてみる。
「な、今歌ってたの、お前?」
話しかけられた歌い手アルヴィーはぎく!と一瞬動きを止め、そして、何事もなかったかのようなフリをして、他のアルヴィーの輪に戻ろうとする。
「なあってば」 「し、しししししりません!私話せません!」
281 :教えて!魔法のリリック ◆mQKcT9WQPM :2007/11/07(水) 03:54:20 ID:SZ73+MM/ あ。 言ってから、歌い手アルヴィーは両手に口を当ててしまった、という顔になる。
「話せるじゃん」 「はわわ!気のせいです間違いですそれはきっと幻覚なんです忘れた方が身のためですっていうか見なかったことにできませんか!」
そこまで言い切って、涙目で才人を見上げる歌い手アルヴィー。 …ちょっと可愛いかも。
「なんで隠すんだ?よかったら事情をはな」 「はわわわわ!どうしましょうバレちゃいました私きっと高額で売られちゃうんだわそしてさんざん魔改造とかされてフル稼働エロ巨乳エルフの姿にされるんだわどうしましょう!」 「聞けよ人の話」
才人の突っ込みが入るまで、その歌い手アルヴィーはくるくる回り続けていた。
歌い手アルヴィーには、名前があった。 彼女の名前は、サイレンと言う。 伝説の、船乗りを惑わす海の魔女の名前から付けられたと、彼女は言った。 その名前を付けたのは彼女の製作者で、また、意思と声を付与したのもその製作者である。 サイレンの製作者は彼女に歌う事を存在意義として与えた。 そして。
「…マスターは、私にへたくそな子守唄だけを教えてくださって…いなくなったんです」
才人の膝の上で、悲しそうにサイレンは話す。 どうやらあのへたくそな子守唄は、彼女の唯一のレパートリーらしい。
「で、なんでこんなトコで歌ってるわけ」 「…私が目覚めたのは、つい先日のことなんです。 この建物の一角に、私は封じられていました。でも、その封が、先日解けたみたいなんです」
魔法は永遠不滅のものではない。 彼女にかけられた『固定化』の呪文が期限を過ぎて解けたのだろう。 そして才人は、もう一つの疑問をぶつけた。
「…で、へたくそって分かってるなら、どうして上手に歌わないわけ」 「…私、聴いたとおりにしか歌えないんです」
どうやら、彼女は聞き取った歌を、そのまま再生するしか能がないらしい。 だから、あんなへたくそな歌になっていたのだ。 きっと彼女の製作者はよほどの音痴だったのだろう。
「…せめて譜面か歌のこもった道具でもあれば、もっと上手に歌えるのですが」
サイレンが言うには、彼女の能力は『聞き取った歌を、そのまま再生する』ことなのだが、その際、実際に歌を聞く必要はない、というのだ。 譜面の書かれた楽譜や、歌を再生できる魔法具やオルゴールなどからも、歌を再生できるらしい。 才人はふと、あることを思いつく。 そして、それを実行するべく、サイレンに提案した。
「俺と一緒に来れば、もっと上手に歌を歌えるかもよ」 「ほ、本当ですか?」
サイレンは、一も二もなく才人の提案を呑んだのだった。
282 :教えて!魔法のリリック ◆mQKcT9WQPM :2007/11/07(水) 03:55:01 ID:SZ73+MM/ 才人は、サイレンを連れて部屋に戻った。 部屋では、ネグリジェのルイズがまるで主人を待ちわびる仔猫のように、ベッドの上で不機嫌そうに待っていた。
「…早かったわね?」
しかし、自分が才人を待ち焦がれていたなんて思われるのは癪なので、そんなふうに言ってみる。 そんな所まで猫みたいなルイズに、才人はサイレンを紹介し、事情を説明した。 ルイズは聞き終わると、へーえ、と声をあげ、感心する。
「あなたのマスター、ずいぶん優秀なメイジみたいね? これだけしっかりした人格を付与できるメイジなんてそうそういないわよ」 「…でも音痴なんです」
褒めるルイズにしかし、サイレンはそう言って顔を伏せる。 才人はそんなサイレンに元気出せよ、と声をかけ、そしてルイズに尋ねる。
「なあ、俺のノートパソコン知らない?」 「はぁ?のーとぱそこん?」
才人は、自分のノートパソコンに入っているMP3データが、ひょっとするとサイレンの歌声に使えるかも、と思ったのだ。 ルイズは、どこかで聞いたその単語を思い出し。
「あ、あんたが元いた世界から持ってきたあの変な箱?」 「そそ、それそれ」 「あれ、シエスタがどっかに片付けてたと思うんだけど…私はわかんないのよ」 「ちょっとまて、アレ俺んだぞ!」 「しょうがないじゃない!シエスタが勝手に片付けちゃったんだから!」
喧嘩を始めた二人の間で、サイレンがおろおろしていると。 そこに、救いの女神がやってきた。
「はい、お夜食と寝酒お持ちしましたよー」
寝巻きのシエスタが、夜食と寝酒を入れたバスケットを持って、やってきたのである。
シエスタはすぐに箪笥の奥にしまってあったノートパソコンを取り出してきた。 ちなみにシエスタにも事情を説明してある。
「私、アルヴィーの歌なんて聞くの初めてです!」 「私もそんなの聞いたことないわよ」
二人の少女は、ステージに見立てた机の上に立つサイレンの前で、そんな事を言いながら期待に満ちた目をサイレンに向ける。
「あ、あんまり期待しないでくださいよぅ…」
サイレンは期待に満ちた視線を浴びて、緊張したように縮こまる。 才人はそんなサイレンに、ノートパソコンを開いて電源を入れてみせる。 蜂の羽ばたきのような音を立て、ノートパソコンが立ち上がる。
「さ、こん中に歌が入ってるから、読んでみて」
光の点った画面をサイレンに向けて、才人は言う。 電子の異質な光に、サイレンと、ルイズとシエスタが見入る。 サイレンはキーボードの上に立って、ノートパソコンの画面にそっと手を伸ばす。 その手が触れた瞬間。
「…ふわ…!」
サイレンの目が開かれ、その身体に虹色の光が流れる。
283 :教えて!魔法のリリック ◆mQKcT9WQPM :2007/11/07(水) 03:56:51 ID:SZ73+MM/ サイレンの目が開かれ、その身体に虹色の光が流れる。
「何?どうしたの?」 「大丈夫ですか?」
二人の少女の声に、しかしサイレンは応えない。
「…すごい…こんなに音が沢山…!」
蕩けたような表情でそう漏らすだけだ。 サイレンは、ノートパソコンから流れ込んでくる音のデータに、驚愕していた。 そして、その儀式は5分もせずに終わった。サイレンの身体を包んでいた光が消え、彼女はノートパソコンの画面から手を放す。
「どう?」
才人の質問に、サイレンはこくん、と頷く。
「ありがとうございます。沢山の歌が、私に刻まれました」
どうやら上手くいったらしい。
「これで、この子歌えるの?」
ルイズの質問に、才人ではなくサイレンが応えた。
「はい!いっぱい歌えます!」
元気いっぱい応えるサイレンに、今度はシエスタが語りかける。
「じゃあ、聞かせてくださいな。あなたの歌」
言ってシエスタは、ベッドのルイズが腰掛ける隣に腰掛ける。 ルイズは一瞬何かを言いたそうに口を動かしたが、すぐに口をつぐんだ。 ここで喧嘩してもしょーがないしね。 サイレンは、目の前の二人の観客に、こくんと頷く。 そして、才人を見上げて言った。
「えっと、どれを歌えばいいんでしょう?」
この『のーとぱそこん』に入っている歌は、元はといえばこの人のもの。サイレンはそう思い、才人に尋ねたのだ。
「いいよ、サイレンが気に入ったの歌って」
にっこり笑って才人は言った。 サイレンはその言葉に、こくんと頷くと。
「では、一番よく歌われていた歌を歌います」
へえ、パソコンの音楽再生の履歴まで読み込んだのか、すごいなあ。 才人は感心するが。 …マテヨ?一番よくこのパソで再生したのって…。 すぐに後悔したが遅かった。
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「まって、チョットマッテぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
次の日からしばらくの間、才人は、ゴミ虫の如き扱いを受けることになったという。〜fin
*おまけ* だいたいこんな挿入歌