ゼロの保管庫 別館

25-186

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だれでも歓迎! 編集

186 名前: 三年目(1) [sage] 投稿日: 2007/12/24(月) 13:33:37 ID:T6dndavJ  歌を歌いながら帰省の荷物をまとめるシエスタにルイズは不機嫌な声をかけた。 「ずいぶん嫌な歌詞じゃない?それ」  シエスタは振り向くと、舌を出して答える。 「チキュウで、男女でデュエットする曲ではすごく有名らしいですよ、『三年目の浮気』」 「あああああんた!」  いきり立つルイズに、だがシエスタは逆に口を尖らせて反論する。 「このぐらいの厭味ぐらいは受けてほしいと思いますけど?ミス・ヴァリエール」  ルイズは頬を赤らめて部屋の奥に目を向けた。奥には雪を模した綿と星を飾り付けたモミの木が立てられてお り、天井にも旗や始祖ブリミルの聖具に似た飾りが取り付けられている。女王陛下からの仕事が並べられたカレ ンダーは、今日を中心に前後3日だけはすっぽりと白く空けられている。 「アニエスさんが文句を言っていましたよ。『よくわからん記念日で仕事を拒否しおって』とか」 「だって!きちんと陛下には休暇を年初めに申請してるのよ?」  シエスタはずっ、と一歩前に出ると、ルイズに顔を近づけて言った。 「だから、私だって今日から休暇いただくようにしたんですよ?お二人にしてあげようって」 「それは……」 「ありがとう、ぐらい言って欲しいですけど」  ルイズは口をますます口を尖らせ、だが誇らしげに言った。 「ありがと」  シエスタは小さく吹き出して答える。 「ま、私も骨休めしてきますよ。私もその……まあ内緒」  ん?とルイズは目を剥いたが、シエスタはわざとらしく舌を出して話を打ち切って何やら雑誌を眺める。そこ には指輪の絵が幾つも並んでいる。 「何それ」 「私たち平民の娘の間で、貰えたら嬉しい婚約指輪の人気商品なんです」  一位に輝いているのは雪の結晶をあしらった指輪だった。ルイズの目には安っぽく見えるが、ヴァリエール家 の財力と平民を比べるほどルイズも馬鹿ではない。 「もしかして、予定でもあるの?」 「これでも平民の給金じゃどれだけかかるか。シュヴァリエのサイトさんでもかなり大変だと思いますよ」  シエスタは笑って雑誌を鞄に押し込むと、荷物を背負ってドアを開けた。見送るルイズにシエスタは振り返っ て答える。 「メリー・クリスマス!サイトさんと二人の時間を大切に!」 187 名前: 三年目(2) [sage] 投稿日: 2007/12/24(月) 13:34:24 ID:T6dndavJ  ちょっとまずかったかな、と先週王宮であったやりとりを思い出す。例によって潜入調査で、詳細はわからな いがアニエス率いる騎士隊の苦手な分野だとのことでルイズに下命があったのだ。だが、ルイズは王宮に現れた 途端、即座に答えたのだ。 「お断りします」  マザリーニが渋い顔で唇を噛んでいた。アニエスが拳を握った。アンリエッタも目を見開いた。それでもルイ ズは臆することなく言い継いだのだ。 「陛下、今年に入ってすぐ、『24日だけはお休みを下さい』と言っていたのをお忘れですか?たとえ父の死に目 に会えないとしても、この日だけはお休みをいただきたいと言っていたことを」  アンリエッタははっ、としてうなずいた。クリスマス・イヴ。異世界から来た使い魔な恋人を持つルイズが、 その使い魔の寂しさを癒そうと決めている日。帰る道が見つからない使い魔のため、その日を全て彼のために捧 げるのだと聞いたではないか。親友と言いつつ彼女の大切な決心を忘れるとは。今日もそれが理由だからサイト を連れずに一人で断りに来たに違いない。  アンリエッタは大きくうなずいて言った。 「本当に私も気遣いが足りませんでした。私も甘えすぎていましたね。アニエス、これを機会にあなたの部隊も 苦手を克服してみようとは思いませんか?」 「しかし……」 「部隊外でもアニエスの確実に信頼出来る人がいれば後の報告で構いませんから手伝って貰っても良いですよ」  アニエスは溜息をついてうなずき、ルイズは正式に休暇の認可を受けて帰ったのだ。ルイズは料理の準備をし ながら苦笑する。自分は貴族だというのに、今日のために仕事を放り出してしまった。  でも仕方ないではないか。他の貴族だってパーティだ何だと公務を休む日もある。ルイズとサイトの二人で受 けている仕事の多くは、たった一つでも一人の貴族が一生のうちで一回もこなせないような、難しいという限度 すら超えて無茶苦茶と言った方が良い仕事だ。  今日のためにシエスタと、シエスタに紹介されたマルトーシェフに料理を教わった。ラ・ヴァリエールの名前 もどうでも良いと、周囲にメイドがいる中で平民のマルトーに頭を下げた。おかげで貴族嫌いと言っていたマル トーはまるでサイトの父親であるかのように、料理を覚えられるならサイトを婿にしていいと言ってくれた。  それも全て今日のため。そして、今日からまた、彼がチキュウに帰る日まで。  ふと、ルイズのまなじりに涙がにじむ。そう、彼が帰る日まで。帰せる日まで。私は約束を果たしていない。 彼をこの、遠い世界に繋いだままだ。このクリスマスだって自己満足がないとは言えない。  この三年間を思い出す。一年目。サイトが雪で氷菓子を作ってくれた。その日クリスマスを知った。二年目。 合コン紛いの怪しげな企画をしていたから吹っ飛ばした。でも結局みんなで同窓会を兼ねたパーティが出来た。 今年王位に就いたタバサは、この日にマリコルヌを護衛に使うことに決めたらしい。意気地無しの太っちょだと 思っていたけれど、向こうでは本当に忠臣で通っているみたい。一方でサイトは、合コン紛いを予定していたく せにずっと私のそばにいてくれた。  ずっと。気づくいたら本当に空気のように当たり前にいるサイト。そんな三年目。この二年間は結局、サイト に何かをしてもらうばかりだった。初めの頃お金の面倒は看ていたけれど、それもシュヴァリエになってからは 不要になった。だから今年。  今年の三年目は、私がサイトに尽くしてあげる年なのだ。 188 名前: 三年目(3) [sage] 投稿日: 2007/12/24(月) 13:35:06 ID:T6dndavJ  窓の外で遊ぶ子供たちの声が遠くなった。純白に輝いていた雪が夕日で茜色に染まり、今は青く月光を反射し ている。空には二つの月が仲良く並んでいる。  テーブルにはサイトがチキュウでクリスマスによく食べていたという鶏の揚げ物や、一口大のご飯の上に新鮮 な生魚をあしらった軽食、シエスタがひいお爺さんから習ったというヨシェナヴェなど、街の料理店はもちろん 王宮でも見ることの出来ない異国の料理が所狭しと並んでいる。  でも、ルイズの隣りは空いたままだ。ルイズは自分の手を見つめる。指先の包丁の切り傷がうずく。部屋の向 こうにしまってあるプレゼントのセーターは力作だというのに。  サイトはまだ帰ってこない。コルベールから卒業祝いに貰った時計がこつこつと音を鳴らして時間の経過を感 じさせる。サイトの世界ではさらに精度の高い時計があるのだと言う。そんな精度の高い時計なんて。そんなも のがあったらどれだけ待つ時間は苦しいのだろう。  三年目の浮気。シエスタが意地悪に歌っていた歌を思い出してしまう。でもあの歌詞は結局、元の恋人の元に 戻ってきて喧嘩している歌だ。今の私は。  サイトが帰ってこない。  がたり、とドアが鳴った。ルイズは飛び上がるようにして玄関に駆け寄った。 「お久しぶり!……どうしたの?」  モンモランシーが怪訝な顔で訊く。ルイズは溜息をついて何の用?とつっけんどんな声を出すと、モンモラン シーは化粧水の入った箱をルイズに押し付けて言った。 「今日ね、私の商会が初の黒字決算だったの!で、大口顧客様と紹介者様に御礼して回ってるわけ」  ああ、とルイズは気のない声を出して思い出す。モンモランシーはギーシュと結婚したとき、普通の嫁入り道 具を全部断り、代わりにお金をもらって香水専門のギーシュ・モンモランシー商会を設立したんだっけ。夫が甲 斐性なしだから、ルイズの予定の相手とは違うから、と笑っていた。 「悔しいけどラ・ヴァリエール家の買い方は尋常じゃないわ。特級品のさらに特別調製品しか買わないなんてあ んたのお姉さんだけよ。あと、紹介してくれたアニエス。制汗剤系の香水を部隊でまとめて買ってくれるし」  モンモランシーは一通り喋ると、そういえば、と言って続けた。 「さっき、サイトが若い女の子と宝飾店にいたわ。たしかアニエスの部隊の新人ね。あの部隊で初めて普通の香 水を買ったお客だからうちの商会でも話題になったんだけど。騎士の癖に結構かわいい子。貧乳だけど」  ルイズが顔をあげる。モンモランシーはやっと気付いて顔を青くする。 「帰って」 「……ルイズ、あのね」 「帰って。今すぐ帰らないと」  脇から杖を取り出す。呪文を一言唱えた途端、闇色の気配が雪に照り返した月光を急速に侵食していく。 「わかった帰りますではまたのご利用を」  ルイズは乱暴にドアを閉める。待っていたのに。ずっとずっと、陛下の命令まで拒否して。シエスタにも気を 使ってもらって。ずっとずっと待っていたのに。  でも、三年目の浮気。  ほろり、と涙がこぼれ落ちる。せっかく着飾ったドレスに涙がしみを作っていく。でも構わない。もう着飾る 必要もないのだから。このドレスを褒めて欲しかった人は帰ってこないのだから。  ドアの脇に崩れ落ちるように座る。膝を抱え込んで声も出せずに泣く。  もう、独りの時間には耐えられない。 189 名前: 三年目(4) [sage] 投稿日: 2007/12/24(月) 13:36:26 ID:T6dndavJ  がたり、とドアが鳴る。 「ルイズごめん!遅くなった……ルイズ?」  ドアの脇からルイズがゆらりと立ち上がった。もう一度信じてみよう。頑張って微笑んで寄ろうとする。と、 サイトの背中からぴょこん、と気丈そうな年下の少女が顔を出した。 「本日はサイト様にはお世話になりました!」  ルイズに敬礼する。だが服装はドレスだ。色白の頬は寒さで赤みが射し、若さの愛らしさが素晴らしい。体型 はルイズにかなり近く、だがどこか鍛えられたしなやかさが感じられる。 「今日、仕事でさ……」 「プレゼント買っていたんですって?二人で。今日の、この日に」  ルイズの言葉にサイトは気づく。 「ルイズ、お前何か……」  ルイズは言葉を遮って言う。 「待ってたのに。ずっとずっとずっと待ってたのに」  ルイズが杖を振り上げる。サイトは慌てて先ほどの少女を背中にかばった。するとルイズは杖を下ろした。 「サイトの背中の後ろは、私の場所だと思ってた」  からり、と杖が手から落ちて転がる。ルイズは叫んだ。 「どこでも、どこでも行けばいいじゃない!その子と二人でチキュウへの道を探せばいいじゃない!三年かけて も探せない私より、私なんかより!」 190 名前: 三年目(5) [sage] 投稿日: 2007/12/24(月) 13:37:05 ID:T6dndavJ 「ルイズ!違います!」  遠くから叫び声が聞こえた。声の方を向くと、アニエスの駆る馬の背に掴まったアンリエッタだ。呆れたこと に王宮で着ている服の上にコートだけをはおった姿で息を切らせながら玄関まで駆け込んでくる。 「違うのです。本当にサイトは手違いで仕事だったのです!」  ぐっと乱暴に引き寄せられたアニエスが黙って頭を下げる。上げた両頬には赤くアンリエッタに平手打ちを受 けた跡が手の形に残っていた。 「最近、若いカップルの貴族を襲う変質者がいるのだ。それも女性が小柄で細身。その上、容疑者は大貴族とつ ながりがあるようで内密に調べる必要があったわけだ。以前に陛下が依頼した件だ」  小柄で細身。自分と、アニエスに首ったまを掴まれている先ほどの少女を見比べて納得する。アンリエッタは 額に手を当てて話す。 「私がアニエスに『手伝ってもらえば』とあの席で言いましたわね?そこでこの鈍い人は」  アニエスは肩を縮めて再び頭を下げて言った。 「カップル役の男をサイトに頼んだのだ。そして女役は私の隊で一番子供っぽいこいつを使った。女役は陛下が と仰ったのだが、陛下自らというわけにいかぬ上そもそも体型が役に向かぬ。それに私はまだ、どうも」  再びアンリエッタはアニエスを一睨みしてルイズの前に立った。 「本当に今回は何度も何度も、ごめんなさい」 「陛下!」  頭を下げるアンリエッタにルイズは慌てて頭を上げるよう手をかける。それでもアンリエッタはまだ顔を上げ ない。と、改めてルイズはサイトに目を向けた。サイトの戸惑った視線にルイズは応えた。 「信じて、いいの?」 「前から言ってただろ?ルイズのそばにいるって」  ルイズがうなずくと、ようやくアンリエッタは顔を上げて馬に戻りかけた。アニエスは少女を猫のようにぶら 下げてアンリエッタの後を追う。だがサイトは三人を呼び止めた。 「悪いんだけど、証人になってくれるか」  ルイズは怪訝な顔をするが、三人は真剣な表情でうなずいた。 「ルイズさ、俺が宝飾店にいたのって、クリスマスプレゼント買ってたんだよ。でも女物ってよくわかんないか ら参考に聞いてたんだよな」  言ってサイトはポケットから小箱を取り出す。ルイズが受け取るとサイトは開けるようにせかした。三人の見 守る中、ルイズは包みを解いた。中は指輪の小箱だ。  ゆっくりと開けると、そこにはどこかで見たデザインの指輪があった。ちょっと大貴族には安っぽい、雪の結 晶をあしらった指輪。サイトの給金ではかなり苦しいとシエスタが言っていた、平民の間では一番人気の。 「婚約指輪、なんだけど。俺の給金じゃこれが精一杯で」 「……馬鹿」 「犬、じゃないんだな」 「私と結婚する人は、犬じゃないから」  差し出したルイズの指に、サイトはゆっくりと指輪をはめてやる。ルイズはサイトの顔を見上げた。いつも乱暴 なことをしているけれど、こうしてみれば自分より背は高くて。背伸びしなきゃ遠くて届かない。  彼の唇には。  肩を抱かれる。つま先立ちをするように背を伸ばす。サイトの頭から雪解け水が零れて頬にかかる。でもそれは 先ほど流した沢山の涙よりはるかに暖かくて。  ゆっくりと唇を重ねる二人を背にしながらアニエスは部下の少女に囁いた。 「貯金しておけ。貴族の結婚式に呼ばれると何かと物入りだ」  双月がゆったりと二人を照らしていた。

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