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530 名前: タバサの隣で眠りたい [sage] 投稿日: 2008/01/20(日) 00:40:20 ID:WTydTLFG  本、本、本。  右を見ても左を見ても、本の背表紙が隙間なくびっしりと並べられている。  色あせたり汚れたりしている古い本もあれば、まだ誰も手に取ったことがないのではないかと思う ほどきれいな、新しい本もある。  どちらにしても共通しているのは、何となく小難しそうで読むのが面倒くさそうな気配を放ってい ることである。 (やっぱ、こういうところって苦手だなー)  天井付近までびっしりと書物が詰められた本棚と本棚の間で、才人は居心地の悪さを感じていた。  静かな空気の中に紙とインクの香りが漂い、その隙間を縫うようにして、本のページをめくる音が かすかに聞こえてくる。  ともすれば自分の足音が耳障りに感じてしまうほどの、圧倒的な静けさである。背中がむず痒く なってきた。  だからと言ってばたばた足音を立てて走るわけにも行かず、才人は唇をむずむずさせながら忍び足 で歩き続ける。  目的の書棚は、図書館の中でも奥の方にあった。持っているメモに目を落として、頼まれた本の書 名を確認する。  才人が自分に似合わない場所だと知りつつこんなところまで来ているのは、相変わらず研究に没頭 していて忙しいコルベールに、一冊の本を借りてくるように頼まれたためであった。 (そんな簡単なお使い、断るわけにはいかねえと思って引き受けたけど。失敗したなー、こんなに神 経すり減るとは思ってなかったぜ)  とにかく早く用事を終わらせて帰ろう、と考えたところで、才人は目の前の書棚が高すぎることに 気がついた。何せ30メイルはある書棚だから、普通の人間では上段の本を手に取ることはおろか、 背表紙を見てタイトルを確認することすら出来ない。  周囲を見回してみたが、はしごなどは見当たらなかった。浮遊魔法を扱えるメイジが利用すること を前提としているのだから、当たり前かもしれない。  才人は仕方なく図書館の入り口に戻り、受付に座って本を読んでいた眼鏡の女性司書に、本を取っ てもらえないかと頼み込んだ。 「なんで魔法を使えない人間が図書館なんかに」  読書を邪魔されたのが相当気に触ったらしく、司書は顔をしかめてぶつくさ文句を言いながら、貸 し出しリストらしき紙束を捲り始めた。 「その本は誰も借りていないようね……仕方がない、取ってあげましょう」 「どうも」 「お礼を仰る暇があるのなら、せめて浮遊魔法ぐらいは覚えてほしいものね、シュヴァリエ殿?」  声量こそ抑えられていたが、皮肉っぽい口調と嫌味ったらしい微笑は全く抑えられていなかった。 才人は頬が引きつるのを感じたが、無理矢理微笑を作ってその皮肉を受け流した。 (我慢我慢。本さえ取ってもらえりゃ、もう用はねえんだし)  だが、浮遊魔法で例の書棚の高いところまで上っていた女性司書は、手ぶらで降りてきた。 「ないわね」  素っ気なく言われる。 「はい?」 「ないの。あなたが探してる本。今この図書館にいる誰かが読んでいるみたいね」 「ええと、それじゃあ」 「返却されるのを待つか、その誰かを探し出して今すぐ貸してもらえるように交渉するかのどちらかね」 「誰が借りてるんでしょうね」 「そんなことは知りません。全く、無駄な時間を……いいところだったのに……」  女性司書はまたもぶつくさと文句を言いながら入り口の方に戻っていく。その背中に向かって中指 を突きたてたあと、才人は腕組みして考えた。 (どうすっかな。そいつだって読みたくて読んでるんだろうし、無理言って貸してもらうのもなあ)  悩みつつも、才人はとりあえずその場から離れることにした。と、書棚の脇を一つ二つ通り過ぎた ところで、視界の隅に見慣れたものが映りこんだ気がした。青い髪である。 (タバサかな?)  そう思って、ある書棚と書棚の間の狭い通路から首を突き出してみると、そこに備え付けられた小 さなテーブルに、思ったとおりの人物が座っていた。  座っていた、というのは正確ではない。何故なら、彼女はその小さなテーブルに突っ伏して、かす かな寝息を立てていたのだから。  冷静な彼女にしては珍しい失態である。才人は笑いたくなるのを我慢しながら、そっと彼女に近づいた。 531 名前: タバサの隣で眠りたい [sage] 投稿日: 2008/01/20(日) 00:41:07 ID:WTydTLFG  そのテーブルは、受付付近にある広い読書用のテーブルとは別に用意されたものらしい。  無数の書棚に埋もれるようにして設置されており、そのせいで入り口の方からは見えないように なっていた。 (なるほど、だから図書館で寝てるのに誰も注意しねえんだな)  それに、タバサ自身の眠り方が非常に大人しいせいもあるのだろう。  鼾はかいていないし、寝言もない。そもそも呼吸自体が非常に小さく、静かだった。華奢な肩もほ とんど上下しておらず、身じろぎするような気配もほとんどない。  一分ほど見つめていても、その状態は全く変わらなかった。 (寝てても静かだなこいつは。これがルイズだったら今頃高いびきで涎垂らしてふがふが言ってるところだぜ)  そんなことを考えてかすかに笑ったとき、才人は不意に気がついた。 (あれ、この本って……)  テーブルに顔を近づけてみる。  タバサは本を読んでいる途中で寝入ってしまったらしく、そこには読みかけの本が開かれたまま置 かれていた。開かれた本の右側に、タバサの左腕が乗せられている状態である。  タバサを起こさないように、そっと本の左側を上げて、書名を確認する。 (うわ、これ、やっぱり先生が探してる本だよ。どうすっかな)  才人は頭を掻いた。 (本だけ抜き取る……のは無理か。そもそも寝て起きたら本が消えてた、なんて思わせるのはまずい し。だからって起こすのもな)  才人は再びタバサの寝顔に目をやる。  ほぼ常時冷静沈着な無表情が貼り付けられている顔だが、寝顔は穏やかであり、あどけなさすら感 じられた。緩やかな眉の下にそっと閉じられた目蓋があり、長い睫毛が小さな呼吸と共にかすかに揺 れる。ほんの少しだけ開かれた唇からは、時折緩い呼気が漏れ出している。組んだ腕の上で顔を横に 伏せているために、かけられたままの眼鏡が少しずれていて、それがまた一層寝顔の幼さを引き立てていた。 (こんな深く眠って……よっぽど疲れてたんだなー……と思うと、やっぱ起こすのは可哀想だよな)  体を揺するどころか、声をかけるのすら躊躇われる。  仕方がないので、才人は少し待ってみることにした。タバサが自然と起きれば何の問題もないのである。  じっと待つ間、何もすることがないので、自然とタバサの寝顔を眺めることになる。  間近でじっと見てみると、非常に整った顔立ちだということが改めて分かる。今現在才人と一番距 離が近いルイズも絶世の美少女だが、タバサもまた負けず劣らずの美貌である。一点はっきりルイズ に勝っていると断言できるのは、タバサの肌の滑らかさだろうか。図書館の薄暗い照明の下で薄らと 白く光る頬は、思わず手を出して撫でてみたくなるほどだ。  しかも、今の彼女は実に無防備な寝顔を晒しているのだ。普段の人を寄せ付けない冷たい雰囲気が 完全に溶けて、ただあどけない柔らかさだけが残っている。それを見ていて、才人はふと、彼女が自 分よりも年下であることを思い出した。 (普段しっかりしてるから、つい忘れちまうんだよな。本当は俺らより騒がしくってもいいぐらいな んだろうに……親父さんもお母さんも大変なことになっちまって、自分に厳しくなりすぎてるんだろうな)  才人は目を細めた。何か、ほろ苦いものが胸に広がっていく。 532 名前: タバサの隣で眠りたい [sage] 投稿日: 2008/01/20(日) 00:42:41 ID:WTydTLFG  そのとき、タバサが不意に、「ん……」と吐息混じりの声を漏らした。起きるか、と思ったが覚醒 までには至らず、少し身じろぎしただけでまた規則的な寝息を立て始める。  その微妙な挙動で、彼女の艶やかな青い髪の一部が、ぱさりと顔に垂れ落ちた。無垢な寝顔が髪の 毛に遮られて少し見にくくなる。  本人はそんなことなど全く気付かないように眠りこけていたが、じっと見ていた才人のほうは気に なって仕方がなかった。 (邪魔っ気だなー、これ)  青い髪も細やかで艶があり、見ていて十分目を楽しませるものではある。だが、それが貴重なタバ サの寝顔を隠しているのが何となく腹立たしかった。 (タバサだって、気になるだろうしな。いいよな?)  心の中で誰かに向かって言い訳しつつ、腕が自然とタバサの顔に伸びる。  指先が白い肌に触れたとき、想像以上に柔らかい手触りが伝わってきて、才人は背筋に寒気を感じ たほどだった。そのまま頬を指で突き、こね回して触感を楽しみたくなるのを必死にこらえながら、 才人は撫ぜるような控え目な手つきでタバサの顔にかかった髪を避けてやる。意識して力を抜きすぎ たせいか、一度では上手くいかずに髪がまた垂れてきた。才人はそのたび、何度も何度もタバサの髪 を手で戻そうとする。 「ふふっ」  小さな笑い声が、吐息と共にタバサの口から漏れ出した。才人は少しドキリとする。慌てて見ると、 タバサはあどけない寝顔にはっきりとした微笑を浮かべていた。甘ったるく息を吐き出しながら、小 さく身をよじる。 「もぉ、くすぐったいよぉ」  聞いたこともない無邪気な声音だった。才人の顔に熱が上ってくる。目の前の小さな少女を抱きし めたいという衝動が、切なく胸を締め付ける。 (なに考えてんだ俺、自重しろ俺! 自重するんだ!)  必死に言い聞かせていたとき、タバサがまた身をよじりながら、おかしそうな声で呟いた。 「くすぐったいったら……父様」  才人の体から、急速に熱が引いていった。  タバサの顔は穏やかさに満ちていた。見ている方も幸せになるような寝顔だ。  才人はもう一度だけ手を伸ばして、タバサの頭をゆっくりと撫でた。  それから、無言でその場を後にした。

 事情を話したらコルベールも分かってくれたので、才人はその後ずっとゼロ戦格納庫の隅にいた。 備え付けられた椅子に腰掛け、一人無言で目を閉じていた。叫びながら走り回って木の幹にガンガン と頭をぶつけたいような衝動が体を駆け巡っていたが、我慢した。そんなことをしても意味がないと思った。 「サイト」  声がした。心臓が跳ね上がる。格納庫の入り口を見ると、タバサがいた。四角く切り取られた日の 光の中に佇んで、いつもの無表情でこちらを見つめている。 「よう、タバサか。どうした」  苦労して何気ない風を装う。タバサは静かに近づいてきて、手に持っていた本を差し出した。あの本だった。 「どうしたんだ、これ」 「サイトが借りたがってたって、図書館の司書に聞いたから。あなたの名義で借りておいた」 「そこまでしてくれたのかあのお姉さん」 「親切」 「そうだな。ありがとうよ」  司書の背中に向かって中指を突きたてたことをひそかに心の中で詫びつつ、才人は立ち上がって本 を受け取り、傍らのテーブルに置いた。それから、頭一つ分ぐらい低い位置にあるタバサの顔を、 じっと見下ろす。  真っ直ぐに見返してくる青い瞳は、冷たさすら感じさせるほどに静かだった。 「どうしたの」  才人は「いや、別に」と答えながら目をそらした。いつまでも見詰め合っていると、タバサをつぶ れるほど抱きしめたいという衝動を抑えられなくなりそうだった。 (と言うか、なあ)  ため息が唇を押し割った。 533 名前: タバサの隣で眠りたい [sage] 投稿日: 2008/01/20(日) 00:44:08 ID:WTydTLFG (なんかな。こいつ、頑張りすぎだって。ああ、添い寝して思いっきり抱きしめて頭撫で回して一晩 中褒めまくってやりてえ)  才人は心底からそう思った。その念には、自分でも驚くほどに、やましい欲望が微塵も含まれてい ない。ほとんど父性とも言えるような、今まで感じたこともない大きな愛情である。  タバサが目の前にいるせいか、その感情は一秒経つごとに増してくるように思えた。 「サイト」  ふと、タバサが才人の視界に回りこんできた。驚いて身を引くと、ほんの少しだけ眉を曇らせた。 「なにかあったの」  いつもの平坦な声音から、こちらの身を案ずる優しさが滲み出ているような気がした。  才人の胸に熱いものがこみ上げてくる。 (ああもう、自分のことで手一杯になるのが当然だってのに、お前って奴は……!)  今度こそ本当にどうしようもなくなって、しかし抱きしめるのだけはなんとかこらえた。  代わりに、才人はタバサの両肩に勢いよく両手を乗せた。 「タバサ!」 「……なに?」  突然の才人の行動に、さすがのタバサも驚いたものらしい。瞳がかすかに見開かれており、返事も 一拍遅れていた。  そんなタバサの顔を真正面から見つめながら、才人は思いの丈をぶちまけた。 「今夜、俺と一緒に寝ないか」  返事はなかった。タバサは身じろぎせず、口を開かず、瞬きすらせず、硬直したようにその場に立 ちすくんでいた。 「……冗談?」  一分ほど経って、タバサはようやくそれだけ口にした。壊れた玩具のように、その首がぎこちなく 傾ぐ。才人は思いっきり首を横に振った。 「いや、冗談なんかじゃない。な、今夜、俺と一緒に寝ようぜ、タバサ」  溢れる思いを視線にこめて、タバサの瞳を真正面から見つめる。  そのとき、奇妙なことが起きた。  白い頬にかすかな赤みが差したかと思いきや、タバサが思い切り才人を突き飛ばしたのである。  予期せぬ反応に、才人は踏みとどまることすら出来ずに尻餅を突く。  呆然として見上げると、タバサは俯いて細かく体を震わせていた。折しも差し込んできた夕陽が逆 光となって、その表情を窺い知ることは出来ない。 「タバサ……?」  困惑しながら声をかけると、タバサは今まで聞いたこともないほど大きな声で叫んだ。 「そういうのは!」 「え?」 「ま……まだ、早いと、思う!」  そう言って、タバサは勢いよく踵を返した。小さな体が物凄い勢いで遠ざかり、夕闇の中に消えていく。  才人はその場に座り込んだまま、タバサが残した言葉を何度も何度も頭の中で繰り返した。  そして、彼女が言わんとすることの意味を悟り、自嘲する。 「そうか……問題を全部解決したわけじゃないから、人に甘えるのはまだ早いと……そう言うんだな、タバサ」  胸にじわりと温かさが染みこんでいくのを感じながら、才人は立ち上がった。 「やっぱり凄い奴だよ、お前は……俺も、少しでもお前の助けになれるように、頑張らせてもらうぜ」  タバサが去っていった方向を見つめながら、才人は力強く微笑んだのだった。

 なお、後にタバサは、 「あまりにも突然すぎたために、本来なら喜んで受け入れるところを拒否してしまった。あれはわた しの生涯でも一、ニを争うほどの失点である」  と述懐したそうである。