ゼロの保管庫 別館

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だれでも歓迎! 編集

129 名前:未来図β 2[sage] 投稿日:2008/02/02(土) 21:58:46 ID:tvXrwvSE  ゆるく差す陽光。それが床に描き出すシルエットは、再び一つに重なっている。  朝の優しい静寂の中、二人は穏やかな幸福をかみ締めていた。


 ……しかし、いつの世もそういう時間は長く続かない。


 どすどすどすどす……。  やおら戸外から聞こえてきた不穏な音に、才人は重ねていた唇を離した。


「……ん? なんか廊下からすごい地響きが……、いや、足音か? これ」 「ひっ……、こ、この足音は!」


 やけに怯えた声色におや? と思った瞬間。  どん。……ガツン。  思い切りルイズに突き飛ばされた才人は、ベッドから落ち、床に強かに頭を打ち付けた。


「ぅお、いって……おい、ルイズ! いきなり何すん……」


 バァン。  才人がばっと身を起こしたのとほぼ同時。弾け飛ぶようにドアが開いた。  その爆音の主を見て、才人はルイズの突飛な行動の意図を知る。  やはりというべきか……。彼女はベッドの上で、がちがちに緊張していた。


「エ、エレオノール姉さま。おはようございます」


 ルイズは引きつった顔で、姉のそれ以上に引きつった顔を見る。  エレオノールは返事もせずにずかずかとベッドに歩み寄り、すぅ、と大きく息を吸った。


「こンのバカ! バカルイズ! 脳天気のちびルイズ! 本当に迷惑ばかりかけて!」


 おはようじゃないわよ! と叫びながら、彼女は強くルイズの頬をつねり、ひっぱった。


「ひぅーっ、ひふぁい、ひふぁいへふ……」


 頬をうにょーん、と引き伸ばされ、ルイズは解読の難しい言葉で喋った。  ひっぱられるルイズの身体は、水底の草のように頼りなくふらふらと揺れる。


「あ、あの、エレオノールさん。ルイズはさっきやっと気がついたばかりで……」 「何か言ったかしら? この成り上がり! お黙りなさい!」 「……す、すんません」


 見かねて口を挟んだ才人はルイズ以上に凄みの効いた視線と声にびくりと身を竦ませた。


「エレオノール姉さま、もうそのくらいにしてあげて。私はもう大丈夫なのよ」


 後ろから遅れて入ってきたカトレアの声に、エレオノールはフン、と言って手を離した。


「……わかっているの? おちび。カトレアはあなたに治癒をかけ続けて倒れたのよ」 「はい……先程、使い魔から聞きました」


 ルイズは頬をさすりながらも、神妙な面持ちで一番上の姉を見上げる。 「あなたが身勝手な振る舞いをした結果がこれよ」 「はい」


 ルイズは唇をかんで俯き、素直に返事を続ける。  先程似たようなことをしたばかりの才人はがしがしと頭をかいた。


「ねぇルイズ。今日ばかりはわたしもあなたに言わなくちゃならないわ」


 普段かばってくれるカトレアにそう言われ、びくんとルイズの肩がはねる。


「あなたはね、私たち家族にとっては、虚無の担い手ではないの。わかっているかしら?」 「え……!? だって、わたしには虚無の系統くらいしか」


 思わず反発しかけたルイズの口をカトレアは指でそっと押えた。


「……虚無の系統を使うあなただけにしか出来ない事が時にあるけれど……、あなたはね、 その前にわたしたちのかわいい妹よ。代わりなんていないわ。……だから、あまり無茶を しないで。倒れたあなたを見たとき、わたし、心配で心臓が止まってしまうかと思ったわ」


「あ……。ご、ごめんなさい……ちいねえさま……!」


 大粒の涙を零しながら、ルイズはカトレアの胸に飛び込んだ。  それを見たエレオノールは顔を顰め、ふいっと背を向ける。


「……まったく、カトレアはいつもおちびに甘すぎるのよ」


 泣いているルイズは気づいていないが、才人にはそれが聞こえてしまった。  ルイズと同じで、どうにも素直じゃない長姉。  ……その拗ねた横顔に、才人は思わず微笑んだ。


 彼女は愛情表現の形が違うだけなのだ。  似ている割に、ルイズは気がついてないようだけれど。




 パン粥を一掬い。それをルイズの口元にやり、また一掬い。その繰り返し。  立ち上る湯気の先でルイズは恥ずかしそうに、しかしおとなしく食べていた。  意識は回復したものの、ルイズの身体は本調子にはまだ程遠い。  気だるげに腕を動かすのが痛々しくて、才人が自分から強行したのである。  部屋にはミルクとはちみつの、ほんのり甘い香りが漂う。


 東へ危険な長旅をして、戻って。ルイズが無茶をして倒れて、眠り続けて。  そんなドタバタの後だからか、こんなのんびりとした時間は久しぶりに思える。  介抱をするのは苦どころか、むしろ嬉しくさえあった。


 しかし、繰り返し続けて何度目か。  ルイズはふと思案顔をして、口を開けるのをやめた。


「おいこら……、冷めちまうだろ。食えっつの」


 ぐいぐいと唇に押し付けて、やっとできた隙間からスプーンを押し込み、流し込んだ。  ルイズは目を白黒させつつ飲み下し、それから、なぜかじっと見上げてきた。  その視線の意図が解らない才人は困惑し、首をかしげる。


「……? どうしたんだよ。嫌いなのか? パン粥」


 さっきまでぱくぱく食ってたろうに。それに実家のメシなんて、いいじゃねえか。  平民と違って家族が作ったメシじゃないにしろ、それでも一番慣れた味のはずだろ。  そう考えながら言うと、彼女はパン粥はわたし好きよ、と言って首をふった。


「じゃあなんで食うのやめてんだよ。……胃の調子でも悪いのか?」 「違うわよ。……ねえサイト、元の世界に帰らなくっていいの? こんな風にのんびり、 わたしの世話焼いてないで、さっさと帰りなさいよ」 「そりゃあ、気にはなるけどさ……、お前、まだだいぶ調子悪いじゃねえか」 「寝ていればじきに治るわよ。アンタがここにいる必要なんてないわ」


 ……お姉さま方が様子を見に来る直前までは、あんなに素直でかわいかったのに。  ケンカを売るかのような言葉選びに才人はため息をついた。  以前の才人ならば、こういう物言いをされれば「とっとと帰れってか」と単純な思考で 腹をたてていたかもしれないが……。  今の彼が思ったのは「そんな顔して、そんな声で、そんな事言うなよな」である。


 そっけない言葉に反し、気遣わしげに歪んだ顔。  気の強そうな言葉に反し、いつもより幾分はりのない声。  そんなにも心配してくれるのなら、ついでに言葉ごと心配してほしいものだった。  こうもひねくれた言い方をされては、ごめんともありがとうとも言えない。


「お前が無理したのは俺のためだろ。……なのに、その無理した分も治らねえ内に放って いくほど俺は不義理じゃねえよ。別に今すぐじゃなくても帰れるんだろ?」


 何かと気にしすぎては落ち込んでしまう、真面目で優しいご主人さま。  ……だから、自分が好きでそうしているのだと伝えて、頭にぽんと手を置いた。


「でも、それじゃサイトのご両親が……。アンタが帰るのを心待ちにしてるはずだわ」 「そりゃなあ、行方不明になってずいぶんたっちまったしな、俺。だから、一度向こうに 行ったら、すぐにはこっちに戻れないと思うし、気がかり残したままじゃ行けねえよ」 「…………わかったわよ、そこまで言うなら仕方ないわ」


 不承不承といった風ながら、ルイズはうなずいた。  才人は冷めかけのパン粥を再び彼女の口に運ぶ。


「さ、わかったんなら食え。早いとこ元気になってくれねえと困る」 「そうね、私が早く回復しなきゃ気兼ねなく帰れないものね」


 怒りもなく、至って真面目に、むしろ微笑んでルイズは言った。  ……彼女は「困る」理由をさっきまでの会話と繋げて理解したらしい。


「…………。うん、そうそう。俺使い魔だしね。ご主人さまが弱ってると離れらんねえの」


 だから才人は、呆れ半分拗ね半分で、ぶっきらぼうに答えた。


 そりゃ、家族には会いたい。なんせ、もうずいぶん長いこと会ってないのだ。  ルイズの言うとおり、向こうもまさに一日千秋の思いで帰りを待ってくれているだろう。


 ……けど、早く元気になって欲しいのは「好きな娘が寝込んでると心配だから」だ。  けして「恩人の身体の具合が気になって帰るに帰れないから」ではない。


 ……たく、だから、こうして自分からお前を看病してんじゃねえかよ。  今まで散々好きって言ってるんだから、そんくらい気づけっての。  なのに、このご主人さまは……、未だに鈍感で。


 ……才人は自分の普段の鈍感さを棚に上げて、そんなことを考えた。

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