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64 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/09/18(月) 23:41:30 ID:Duu6iYG/ ルイズはアンリエッタの自室で、虫食いだらけの古書をいくつも広げ、 くっついたページ同士を丁寧に引き剥がしては、遅々として進まない 読解に興じていた。 アンリエッタは安楽椅子に掛けていて、当代流行りのラブロマンス小説に 耽っている。  唐突にアンリエッタは、その小説を閉じた。  その様子がどこかただごとではない雰囲気であるのに気づいて、 ルイズは何気なくを装って、声をかけた。 「陛下?」  そっと肩を叩いても、茫然自失でいるばかり。やがてだいぶ遅れて、 「あ、ああ、ルイズ、ご苦労様。そんなものは祐筆に任せて おけばいいのに」  あたりさわりのないコメントをすると、アンリエッタはその本を ルイズに渡してきた。 「もうお読みですの?」 「ええ、いいえ、……そうね。私はもういいから、お前にあげるわ」  なかば火に怯える獣のような態度に、怪訝に思いながらも、 ルイズはそれを紐解いてみる。  それは高貴な方々の、悲しくも美しい恋の物語。貞淑な姫君と、 奔放でハンサムな王子様との、たわいないといってしまえばそれまでの、 恋にもならない幼いやりとりを綴った小説だ。  しおりから数ページ先を辿ると、まさに両家との対立の果てに、 若く激しやすい王子が、思いを貫いて討ち死になさる場面が 描写されている。  ルイズは心臓を掴まれたような痛みに逸りながら、その先を 繰っていく。  そこは、王子を愛するあまりに幼い姫殿下が、後追いの毒を お飲みになる場面だった。  もとが歌劇の脚本だといううわさどおり、それはたいへんに 詩的で読みにくく、また意味もとりづらい。メロディに乗せて しまえばそうでもないのだろうが、あまりに不出来だ。 「わたくしとこの世界はあまりにも近すぎるのです―― 空と海とのように――水と油とのように―― 死者と生きとし生けるものすべての世界のように―― 永遠に交わらぬもの同士であらばこそ 共に寄り添うていられるのです―― おお――わたくしと世界は、似通っていました―― ともに同じ天を戴けぬほどに―― いまのわたくしは混ざり子―― 世界がわたくしに猛威を奮い―― わたくしは世界に怒りを撒く―― 復讐はもっともよく耐えた無力なるものの手にのみ許され―― 無力なればこそわたくしは無念を晴らすこともなく――  おお――この苦痛多き世界よ―― わたくしは遠くに行く―― 近しきものよ―― お前を傷つけぬために、わたくしは自分を消してしまおう――」

66 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/09/18(月) 23:44:06 ID:Duu6iYG/  そこまで読むのに、時間がかかった。 あまり図書に親しみのないルイズには、よく意味も判じ取れない。  それでもどうにか、姫君の嘆きは、兎に角とても悲しかったの だろうな、と、思うほどには、ルイズの心にせまってきた。  アンリエッタはルイズが本の中身を斜めに読み飛ばしている間、 そっとご自分の薬指を撫でていらした。  いつからだろう。  ルイズは思う。  大粒のエメラルドにも似た、しかし脆いエメラルドでは 成し得ない見事なカッティングの指輪が、その指に嵌められ なくなったのは。姫さまが何より大切になさっていた指輪で あったはずなのに、ルイズの不徳のなすところだ。気づいて 差し上げることができなかった―― せめて胸のうちを、お軽くする手助けも、できないなんて。  アンリエッタが、そっと、一節を諳んじる。 「復讐はもっともよく耐えた無力なるものの手にのみ許され―― 無力なればこそ私は無念を晴らすこともなく――」 ルイズがぶしつけなほど注視していることにお気づきになったのか、 そこでアンリエッタはにっこりと微笑み、 「なんて顔をしているの」  とおからかいになった。 「お茶をくれない」 「陛下」  ……気づくとルイズは、アンリエッタの名前を呼んでいた。 「……なあに?」  アンリエッタの、ことさらに年上ぶるような、笑顔。  呼んだからには何かを言わねばならない。が、ルイズは何を どう言うべきか、その糸口すらつかめない。 「い、いえ、あの、」  あせった。言いながら、今一度姫君の悲痛なる述懐に目を落とす。 「このお話、なんだかとても――」  陛下に似ておいでですね。  そういいかけて、また言葉がつかえる。  軽々しい言い方は避けねばなるまい――きっとこれは、 陛下だって触れてほしくはないことなのだ。そのくらいは、 貴族の末娘で甘ったれの、人の痛みに斟酌しないようなところが あるルイズにだって分かる。  アンリエッタを励ますつもりで、逆に励まされるのがオチだろう。 私は気にしていないわ、と、言わざるを得ないのが女王の冠だ。

67 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/09/18(月) 23:45:24 ID:Duu6iYG/ あら。 しょうがない。修正はまとめのえらい人にでもお願いします

68 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/09/18(月) 23:50:29 ID:Duu6iYG/ 「――悲しいですね」  結局ルイズは、そう言った。  それを受けて、アンリエッタが苦笑する。 「そうかしら。私はあまり、好きじゃないわ。特にその姫、 自分だけ可哀想だという顔をしてるところが、特に嫌いよ」 「そうでしょうか」 「そうよ。おのれの身勝手な幼い恋で、何人の罪もない民草を 苦しめれば気が済むの」 「そんな言い方って。それだけ姫は、王子のことを好きだった のでしょう」 「どれほど好きだったというの。それは、騒動で失われた 大勢の人の命と、引き換えにできるほどの重さだったとでも?  とんだ思い上がりだわ」  ルイズはもはや何を言うべくもない。 「ほんとうに――とんだ勘違い。どうせ死ぬなら、もっと早くに 世を儚んでいればよかったのだわ。そうすれば、自分ひとつの 身の犠牲だけで、済んだのだわ」

 いつの間にか話がすりかわっていると、ルイズは感じた。 アンリエッタは、小説の批判をしているのではない。 姫君に思い上がっているとくさしているわけでもない。  アンリエッタは、小説ではなくて、それに重ねておのれのことを 言っているのだ。

「陛下は、お力がおありでした」  ほとんど祈るような思いだった。 「……? 何を言っているの、お前」 「陛下、あれは必要な戦でした。放っておけばおのおの各個撃破 されていたでしょう。陛下は、救国の聖女であらせられます。 死んでいったものらも名誉を胸に――」 「わたしの話など、していないわよ」  陛下は微笑とも苦笑ともつかぬ笑顔で、 「それに、そのせいで大勢を殺したのよ。耐え忍ぶことを知らずに 凶器を振り回す、臆病な子供の癇癪で」 「悔いていらっしゃるのですか。身に過ぎた力だと」 「そう思わない王はいないと聞くわ」 「でしたら陛下、陛下のお取りになった行動は、民の意思にも 等しいのだとご理解くださいませ」 「分かっているわ、そんなこと」  アンリエッタは無表情に言う。 「だから悩んでいらっしゃるのも分かります。ご自分の意志と 民の願いに齟齬がなかったかと、私心で群集を扇動するような節が なかったかとお思いなのは、とてもよく」

70 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/09/18(月) 23:52:36 ID:Duu6iYG/  陛下は笑みをこわばらせて、必死に取り繕っている。  ルイズは話すのをやめない。どうにか自分の思いを伝えたいと、 そうすればこの気持ちが分かってもらえるのではないかと、 そのことで頭がいっぱいだ。 「無力で、世を儚んでしまう以外に道のなかった姫君と違い―― 陛下には、思いを実現するだけの財も、人も、剣もおありです。 陛下は世界を従えるだけのお力をお持ちなのです。だからどうか、 遠くお隠れになるようなことだけは」 「永遠に、苦しめというの」  アンリエッタは、ぽつりと告げる。 「お苦しみを和らげるために、陛下にはいかなることをも 許されておいでです。陛下がご命令くだされば、どんなこと だって叶いましょう。それでは、それだけでは、だめですか」 「どんなことでも叶うなんて!」  アンリエッタはとうとう、奇妙に言葉を震わせた。

 病的に笑顔ばかりを見せていた女王の、仮面がはがれた瞬間だった。

「だとしたら、ウェールズを返してちょうだい」 「……わ、私としても、ウェールズさまを蘇らせたい気持ちでいっぱいです。 そのための可能性も、不肖この私にもございます」 「ええそうね、虚無の使い手、私のいとしい友人――それで?  ウェールズそっくりのモノができたからといって、その不出来な でく人形を私に愛せとでも?」  アンリエッタは猛然と食ってかかる。 「そんなの、ひとりぼっちより、つらいじゃない!  生身の男ともう一度恋をしたほうがまだしもよ!」 「陛下であれば、国中のどんな男だって」 「だったらあなたの使い魔をちょうだい!」  ルイズは言葉を失った。

71 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/09/18(月) 23:53:16 ID:Duu6iYG/ 「あなたも貴族と呼ばれる身なら、知らないわけがないでしょう?  結婚はすなわち政治だわ! このお仕着せの女王に、まんがいちにも 国政上、外交上の不利となるようなスキャンダルが許されると思うてか!  いいえ、このなにもないわたくしを、女王という色眼鏡抜きで扱う男が、 ただの一人でもいるというのなら、連れてきてちょうだい! それができぬのなら、せめてあの使い魔さんを、わたくしに下すっても かまわないでしょう!?」  ルイズはこのときはじめて、視線をさまよわせた。 「できないというの! あなたが言ったのよ、どんな男でも私の 意のままだと! どんなことも許されると!」 「ええ、言いました!」  ルイズはほとんど意地で言い返す。それでも視線は戻せないままだ。 「そ、それが、陛下のお望みであれば……そして、あの愚かなる 使い魔が、いいというのであれば、……い、いいえ、否という 権利など、私が認めないわ。そんな失礼な話があるものですか。 そうよ、そうしましょう。分かりました! それではそのように 手配致しましょう!」  今度はアンリエッタは視線をとまどわせる番だった。 「うそ、うそよ……ごめんなさい」  それから一気に風船から空気が抜け出すように、よるべない表情で、 今日何度目かの自嘲をした。 「私ったら、嫌な女ね」

「……いっそ、冠など、いただかねばよかった」  言葉のしまいが、涙で濡れた。  涙は波紋となり、陛下の表情を泣き顔へと変えてしまう。  アンリエッタはそれすらも笑顔で耐え忍ぼうとする。 「無力な姫君ならばよかった。悲嘆にくれているだけの世間知らずで いられれば、どんなにか、マシだった。なまじ権力など持たされた せいで遂げてしまった復讐の、いまなお残る悪意を、怒りを、 わたくしはどうすることもできず――せめてこの猛る思いが治世に 及ばぬように耐えるわたくしの、なにが王者に相応しいというのでしょう。 民に迷惑をかける前に、世界を傷つける前に」  ふふ、と陛下は、ご自分を嘲弄なさるようにお笑いになりました。 「救国の聖女――ね」 「え、ええ、さようにございます、陛下は英雄なのです」 「英雄は平安の世の狂人、とも言うわ」 「陛下!」  ルイズはもう言葉も尽きてしまい。 「わたくしが遠く離れるべきだったのかしらね――この世界から」

72 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/09/18(月) 23:55:47 ID:Duu6iYG/ 「わ、私がいます」  ルイズは耐え切れずに涙ぐみながら、決死の思いで言う。 「私はあなたの杖となり、槍ぶすまから、散弾の驟雨から、 ……とにかく、なんでも! 私だけは、姫さまの味方だもん!  どぉして分かってくれないの! い、いったじゃない、友達だって、 身分なんか関係ないって、姫さまには私が必要だって! わ、私、私だって、もう、何もできない、無力な子供じゃないんだもん!  ふ、ふぇえ……」  それからルイズは、泣いた。 こどものように、赤ん坊のように、癇癪を起こすように、 全身と肺を震わせて、泣いた。

「どうしてお前が泣くの」  アンリエッタはルイズが落ち着くのを待って、その頬をとがめるように 両手でこすってやった。 「でも――ありがとう。お前にだけでも、話せてよかったわ」 「いいえ。いいえ、陛下」  アンリエッタは見るものに安堵感を与える、独特の優しさを 取戻したようだった。 「嬉しかった」  ふいに垣間見せる、小さなころの、隔てない、心を開いた 安堵の表情。  その顔を見て、ルイズは聞かねばならないことを聞いた。 そのときの自分の顔色ほど面白いものはなかったんじゃないかと思う。 「姫さまは――才人のことが、す、好きなの」  女王のペルソナのアンリエッタなら、そんなことないわ、 と即座に切り返しただろう。  いまはただ、純粋に、むかしのころに戻った気持ちだった。 「……わからない。……女王気取りで接している男には、男を 感じたことがないから。だから、錯覚しているだけなのかも。 気になっているような気に、なっているだけ?」 「……それでも、気になってはいる?」 「そうね。……そうなのかも、しれない」

 ルイズは不自然にたっぷり二拍は長い間を置いて、こう呟いた。 「だとしたら」

73 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/09/18(月) 23:56:33 ID:Duu6iYG/ 以上です