ゼロの保管庫 別館

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だれでも歓迎! 編集

134 名前:ラ・ヴァリエールの娘[sage] 投稿日:2006/12/11(月) 02:01:38 ID:0VFRgqwa 「やった、ついに、ついにできたわ。これであの男を超えられる」 トリスタニアにある王立魔法研究所の一室で、一人の女性研究員が歓喜に酔いしれていた。 手には外注していた量産品の試験結果を示す書類が握られている。 彼女の名はエレオノール。トリステインでも有数の名士、ヴァリエール公の長女であり、 今年で2X歳(やんごとなき理由ににより伏せられています)になる。 家柄、容姿、そして才能と、そのすべてにおいて人より優れる彼女ではあったが、 たった一つだけ、手にすることができないでいた。言うまでもない。 いや、むしろ語ることすら憚られる、というものだ。

「よし、今日は自分へのご褒美よ。かわいいお洋服も、アクセも、どんどん買っちゃうわ」 「それから、夜のお店でご馳走食べておいしいお酒も飲んで、それから、それから……」 「うん、ちょっと羽目をはずし過ぎちゃうのもいいかしら。 お酒で足元がおぼつかないところに若くて格好いい紳士様が通りかかって 『お嬢さん、いかが致しました? こんなになるまで飲まれるなんて。 何かつらいことでもおありですか?』って。それで私は『そんな、聞かないでくださいまし』と答えるのね。 そうすると事情を察したその方は何も聞かずにご一緒してくださるのよ」 そんないい男が王都にいるかどうかは分からないが、もちろん、彼は年齢を聞いてはならない。 「けどいいムードになった二人にも別れの時間が近づいて、紳士様はお住まいに帰らなければならないのよ。 そして私は優雅にしなだれかかって『いえ、どうか今宵だけでもあなたのおそばに……』なんて。 『わかった、何も聞かず一緒に』って答えが帰ってきたりして……きゃんっ」 独りでぶつぶつ言いながら両手をほんのり染まった頬に当てている。 あのルイズの独り芝居癖が誰の影響であるか、よく分かるというものである。 「……はぁ。バカバカしい。そんなことあるわけないじゃない、三文小説じゃないんだから」 エレオノールは冷静に呟くと手早く帰り支度を始める。 知り合いに見つかって涙目で身投げをする誰かさんとは違い、すぐに持ち前の冷静さを取り戻すのであった。 「お先に失礼致します」 他の部屋の研究員に声をかけつつ、彼女は普段より少し早い時間に研究所を離れた。

136 名前:ラ・ヴァリエールの娘[sage] 投稿日:2006/12/11(月) 02:02:32 ID:0VFRgqwa 「いらっしゃいませ〜」 こんばんは、と答えてエレオノールは店内に入る。 両手には先ほど買った大量の「自分へのご褒美」が入った袋をを下げていた。 職業柄、いつもいつも従者を伴うわけではないし、一人のほうがなにかにつけ身軽なのである。 末の妹を引っ張りに魔法学院へ赴いた時とは言っていることが違うのだが、それは問題ではない。 時と場合に応じた振る舞いというものである、たぶん。 「あら、エレオノールさん、こんばんは。どうしたの? なんだかとってもご機嫌な様子だけど。 なにかいいことでもあったのかしら?」 ぴったりとした皮の胴着に身を包む屈強な男が女言葉で尋ねる。 「ええ、まあ。カウンター、空いてる?」 「空いてるわ。予約も入ってないし、よければ貸し切るわよ?」 「ありがとう、スカロンおじさま。嬉しいわ」 ここは『魅惑の妖精』亭。トリスタニアの中でも由緒正しい名店のひとつに数えられる。 要人から街の衆まで、誰もが楽しめることを目指して今宵も明るく繁盛していた。 ただ、立地と、店長の姿だけが問題といえば問題だろうか。 しかしながら歴史を遡ればそもそもチクトンネ街は本来……いや、関係のない話はやめておこう。 「なんのなんの。エレオノールさんは上得意様ですもの。 ……あ、気に障ったらごめんなさいね。あたしったら、失礼なことを」 「いいのよ、事実ですもの。それに、いつもたっぷりサービスして頂いてますから」 「あぁん、あ・り・が・と。それじゃ、ごあんな〜い」 野太い嬌声に導かれ、二人は店の奥へと入っていった。

豪華な料理に舌鼓を打ちながら、エレオノールは満足そうに時を愉しんでいた。 「そーなのよ。二十年位前に実験小隊の隊長が考案したっていう魔法の弾丸、 あれの小型化に成功したのよ。量産化の目途もたってるし、これでさらなる出世も間違いないわ」 そう自慢げに話す。相手の魔力を追尾して飛ぶ魔法弾の最小、最軽量化に成功したのだ。 もともとの理論では艦載砲の弾にするのが精一杯だったが、彼女の功績により銃や弓矢と組み合わせて 使うことができるほどになった。王女時代からのアンリエッタの強い後押しで研究が進んだのだが、 これはこれで少々複雑でもあった。メイジには魔法弾などいらない、魔法そのものを使えばよい。 平民に余計な力を持たせるだけになってしまわないだろうか、ということが懸念される。 「ねえねえ、けど、それって重要な機密なんじゃないの? こんなところで話してしまってもいいの?」 エレオノールは我に返る。けど、少しくらいこの成功に酔ってたっていいじゃない。 「なにをおっしゃるの、ここはおじさまのお店でしょう? そんな危険な連中が潜んでるはずないわ」 「あらら、じゃあたしの責任重大ってことね」 「そうですわよ、おじさま」 エレオノールは満面の笑みを浮かべる。まるで少女のようなそれであった。 引き合いに出すなら、ルイズの笑顔に大人の色香が加味されている、というようなものである。

137 名前:ラ・ヴァリエールの娘[sage] 投稿日:2006/12/11(月) 02:03:28 ID:0VFRgqwa 「ちょっと失礼、下がるわ」 スカロンが所用でカウンターの奥にさがった。その瞬間を見計らってか、三人組が声をかける。 「お嬢さん、お一人ですか?」 「そんなところでオカマと話してないで、どうです? 俺たちと一緒にいっぱいいかがですかぁ」 「なにか御用でしょうか?」 エレオノールは極上の笑顔を作って振り返る。氷の微笑と形容できそうなくらいの、怜悧な表情だった。 誰もが振り返るクールビューティと言ってもいいほどである。ただし、歳相応の。 「え、ええ。美しいご婦人よ、いかがでございましょう? 私どもの宴席にそのきらびやかなお姿を、添えてはいただけないものでしょうか」 三人組のリーダー格らしき男は、ほんの少しの動揺を見せつつもエレオノールを立てる。 食い下がるつもりか、適当に誤魔化すつもりなのか、いずれにも取れる言葉ではある。 「……ちっ……」 しかしリーダーの苦心もむなしく、一人が小さく舌打ちをしてしまう。 さらには困ったことに、その顔には「ババァじゃねえか」とはっきり書かれていた。 「なにかご不満?」 エレオノールは耳ざとくその音を捉えていた。露骨に不機嫌そうな表情になる。 「いえいえ、めっっそうもございません。この男、自分に自信がないためか、 貴女様のようなご婦人をお見かけしても私たちには高嶺の花と思い、いつも不機嫌になるのでございます。 そのような振る舞いは失礼極まりないと、このような場でなくとも日頃から諭しておるのですが、 なかなか直してくれなくて。ああ、本当に申し訳ないことです」 「そう…………そう?」 エレオノールの不機嫌は収まらない。

「まことに失礼を致しました。お詫びといっては恐縮ですが、ご一緒していただくかによらず、 こちらは私どもが持たせていただきます。どうかご機嫌を……」 「そんなこと頼んでない」 答えはそっけない。 「ああ、精一杯誠意を尽くさせていただきたく存じます。なにとぞ……」 エレオノールの反応を察して、男は戦略を変える。とりあえずはこの年増を店から追い出して、 別の女に声をかけることにしようという考えであった。 「ああ、ほんとうに、ご無礼をお許しください。しかし、更なる失礼を承知で申し上げます。 夜も更けますれば、いっそう無礼な手合いに遭わんとも限りませぬでしょう。 お美しい貴婦人よ、遅くまで家をお空けになっては旦那様もご心配なさりましょうし……」 「ぁん? 旦那様、ですって?」 エレオノールの反応に、男はしまったという顔をする。 年増とはいえ極上の美人、しかし店長と親しいという時点で警戒が必要だったはずなのだが、 まことに男の欲望とは文字通り、罪深いものである。 「なんだ、往かず後家かよ、けっ」 先ほど舌打ちをした男がよりによって最悪の言葉を吐く。 「ちょ、おまっ」 リーダーの顔は真っ青になっていた。さすがに誤魔化しようがない。

138 名前:ラ・ヴァリエールの娘[sage] 投稿日:2006/12/11(月) 02:04:06 ID:0VFRgqwa 地雷は見事に炸裂した。 「あんたら何様よ。礼儀を知ってたらできないようなことばっかりしやがって。気分わる。 こっちは一人でいたいのに声かけといて、歳が分かったら手のひら返すか。あぁ? 女漁りだったらね、もっとそういうことに適した店でやんなさいよ。そもそもここのお店はね、 あんたらみたいな連中がでかい顔できるようなところじゃないの。いい? それくらい知っておきなさい。知らなかったのならいまここで覚えることね。 本来なら敷居をまたぐことだって許されないくらいなのよ。分かった? しかもそんなくたびれた格好で。恥を知りなさい。大方どこぞの傭兵で先の戦争に乗じて 流れてきたってところなんでしょうけど。さっさと帰るか、ちゃんとした仕事を探しなさい。 どうせ金持ってないんでしょ。それともろくでもない稼ぎ方をしてるのかしら? ここ最近やっと治安が戻ってきたところですからね。金づる探しも大変でしょうに。 だいたい一人の女に三人がかりって根性が気に食わないわ。私を上手く丸め込んだら、 それからどうするつもりだったの? ま、そんなことありえませんでしょうけど。 で、あと二人探すの? それとも三人で仲良く分けるの? 冗談じゃないわよ。 あんたたちみたいな汚らわしい野郎どもとこうしてるだけでも勘弁してほしいってのに」 「あんだとこのアマぁっ」 「うるさいな。それで脅したつもりなの? 怒鳴り声だけで女がどうにかなるとでも思ってる? 見下げ果てた野郎よね。そうやって威嚇して見せるのもいいけど、思い通りにならないからって 暴力をちらつかせるなんて、まともな貴族のすることではないわね。 はぁ、で、三下の分際でこの私に声をかけといて、覚悟はできてるんでしょうね? 始祖ブリミルの名の下に地獄へ落ちるか、さっさと御代を払ってここから立ち去るか。 まああんたたちに選ぶ権利はありませんけど?」そこで一息ついて、ためるようにしてから一言。 「いいから消えなさい、ってんのよこの下衆野郎」 店内にどよめきがこだまする。一気にまくし立てたエレオノールに対する賞賛のようだった。 どうやら三人組はエレオノールに声をかける前からすでに店内の空気を悪くしていたらしい。 「がたがた言ってんじゃねえよちくしょっ」 男がこぶしを振り上げた、そのとき――

139 名前:ラ・ヴァリエールの娘[sage] 投稿日:2006/12/11(月) 02:05:54 ID:0VFRgqwa 「おやめください」 割って入ったのは年のころ15、6の少年だった。 自分より頭ひとつ以上大きな男の腕を掴み、身動き一つとらせない。 「……ん……なんだコイツぁ」 少年が手を離す。 「失礼致しました、旦那様がた。されどここは皆で歓談を楽しむ酒場でございます。 腕試しでしたら、どうか私どもの店より相応しいところでお願い申し上げます。 お代は結構でございます。どうかお引取り頂きますよう」 「なにぃ」 男がすごもうとするが、少年は深々と頭を下げたまま少しも動じない。 「あらあら、どうなすったの?」 店の奥から、スカロンが現れた。 オーク鬼だろうが翼竜の眷属だろうが軽く倒してしまいそうなほどの闘気を纏っている。 「ちっ、失礼しますよ」 スカロンの姿を見て、リーダー格が捨て台詞を残して踵を返す。 後の二人もそれに続いた。

「はぁ……なんかやんなっちゃうなぁ。せっかくのいい日だったのに……」 三人組を追い払ったあと、店内には楽しげな空気が戻っていた。 「ごめんなさいね。どうも最近はああいう手合いがたまに来るみたいなのよ。 けどお客さんだからお断りするわけにも行かなくて……」 「おじさまは気にしないで。悪いのはあいつらなんだし。あれ、ちょうだい」 「ええ。いいわよ。シングル?」 「ダブルで、いえ、やっぱりグラスでいただくわ。ロックでお願いね」 そんなに飲んでいいの? と尋ねるスカロンに、 エレオノールは、大丈夫よ。いまはたっぷりと飲みたいの、と答える。 「かしこまりました」 スカロンは恭しく頭を下げると、店でも最上級の蒸留酒を棚から出した。 エレオノールのボトルキープである。他には、アンという名札のついたビンも並んでいた。 手早く準備してそっとエレオノールの前に差し出す。 「サービスよ」 「うそ。おじさまったら、またそんなこと言って」 エレオノールはクスリと笑って一口。ボトルキープは前払いである。 「ええ、また、なのよ。ごめんなさいね。でもドキッとしなかった?」 「んもう、しないわよ」 とっておきの酒の魔力なのか、まるで魔法の妙薬を飲んだように、エレオノールの心は落ち着いていった。 「それじゃ、お話しの続きを聞きましょうか」

140 名前:ラ・ヴァリエールの娘[sage] 投稿日:2006/12/11(月) 02:06:58 ID:0VFRgqwa それからまた小一時間が過ぎる。 エレオノールは見事に出来上がっていた。無論、最上級の貴族に相応しい慎みある酔い方ではあったが。 「そろそろ失礼するわ。お代は……そうね、これをとっておいて」 そう言って戸口で一枚の金貨を差し出す。 「まあまあ、今日はサービスにしようと思っていたのに。こんなに頂いていいの?」 とはいうものの、スカロンに断ることはできない。貴族の支払いとは、そういうものだ。 「ええ。もちろん、お釣りはいりませんわ」 微笑みを残して帰ろうとするエレオノールをスカロンが呼び止める。 「ちょっと待ってて。ジュリア〜ン、そこにいるかしら? おいで」 「はい、ただいま」 スカロンに呼ばれて先ほどの少年が出てきた。 「エレオノールさんを送って差し上げなさい。もうこんな時間ですからね」 「はい。ではしばし、お時間を」 ジュリアンは再び奥へ下がる。 「一人でも大丈夫ですのに」 「いいえ。馬車を呼ぶか、ジュリアンを連れるか、どちらかにしていただきます」 「心配するほどじゃないわ。ほら」 しかし、スカロンの見たとおり、言葉と裏腹にエレオノールは若干足元がおぼつかない様子である。 それを自覚してもいるのか、彼女はスカロンの厚意を受けるつもりのようだ。

「お待たせしました」 ジュリアンが戻る。服装はそう変わらないが、履物が違っていた。 平時から不意の戦いに備える兵士のそれである。 「しっかりお勤めは果たしなさいね。ついでに、大人の女を教えていただいたら?」 「まぁ、店長ったら。なんてことを言うのかしら」 そうは言うものの、エレオノールの表情は柔らかい。 「それじゃ、失礼するわ」 エレオノールの言葉を合図に、ジュリアンは荷物を手に取った。 「ジュリアン、これを」 どこから出してきたのか、スカロンは使い込んだ感じの木刀をジュリアンの腰に下げた。 「念のため、よ」

141 名前:ラ・ヴァリエールの娘[sage] 投稿日:2006/12/11(月) 02:08:01 ID:0VFRgqwa 二人は並んで、エレオノールの住まいに向かっていた。 ジュリアンはエレオノールの荷物を持ち、彼女に合わせるようにゆっくりと歩く。 「あなた、勇気があるのね。お店の子? 店長の息子さん?」 「いえ、甥です。店には非番の日や訓練の早く終わった時に手伝いで入っています。普段は……」 「軍人さんなのね。どうりで。そういえば、あなたみたいな子も先の戦争には参加したのよね。 ……ところで、お国はどちら?」 「タルブの村です」 「あら、それじゃあ……あの、ごめんね?」 エレオノールの顔が少々曇る。先の戦争ではタルブの村が最初に攻め込まれたということを、 彼女も知っていた。多くの犠牲を伴ったとも聞いている。 「あ、その、村の者は全員無事でした。ヴァリエールさまと使い魔のサイトさんが、 竜の羽衣をで村を守ってくれたと、そのように聞いています」 「ヴァリエール? ルイズのことかしら? あのおちび……」 「あの、もしかして……エレオノールさまは」 エレオノールの呟きに質問が割って入る。場が場なら差し出がましい行為になるため ジュリアンはしまったという顔をしたが、エレオノールはそれを優しい態度で受け入れた。 「ええ、そうよ。ラ・ヴァリエール家の長女、エレオノールと申します。けど、私って有名なの?」 「はい。店の女の子の間でも隊でも、エレオノールさまは皆の憧れですから。 お美しくて、気高く優雅で、それでいながらとても活動的で魔法の才も抜群と。 一度お会いできたら、などとひそかに思っておりました」 実際に、彼女を知るものの間でのエレオノールの評判は高い。余計な尾ひれもついてはいたが。 「あらあら、お世辞なんて止して。幻滅したでしょう? この通り、実物はもうオバサンよ?」 「お世辞なんかじゃありません。はじめてお会いして、その、聞いていた以上にお美しいので……」 ジュリアンは赤面して口ごもる。女慣れしない少年の反応だった。

142 名前:ラ・ヴァリエールの娘[sage] 投稿日:2006/12/11(月) 02:08:57 ID:0VFRgqwa 「ふふっ、ありがとう、嬉しいわ。けどね、あなたくらいの子の目には、 年上の女はみんな綺麗に見えるものなのよ。ほんとうの姿の何倍も、ね。 それに他にもよく聞くんじゃないかしら? ヴァリエールの長女は縁談をだめにした出戻りだ、って」 婚約を潰した自分を笑うように、エレオノールは悲しそうな表情をする。 ジュリアンは意見を言おうかと思い、戸惑った。貴族に対して私見を述べるのは失礼である。 しかし、憧れの人に出会ったという喜びと、その人の見せる憂いた表情に、彼は意を決した。 「そ、その、私には貴族様のことはよく分かりませんけど、仕事を持っていらっしゃるのですから そうでない方とはやはりご事情も異なるのではないかと思います。こういう言い方が失礼で なければよいのですが、大きく見れば仕事にでるか、社交場に出るかという違いなのではないかと」 純朴で誠実な少年らしい言葉である。貴族の現実を知らぬゆえの、いささか残酷な。 「そうよね、私もそう思ってた。けど、私の夫になろうとした人たちはそうは考えてなかったみたい。 それにね、上手くいかないのは仕事を持ってるから、ってだけじゃないのよ。 けど、あなたのような人がもっといたら、もしかしたら……なんて思っちゃうわね」 エレオノールは寂しそうな表情を漂わせてジュリアンに笑いかける。 「あなたも直にもっと大きくなって、強くなって。きっと格好よくなるわ。将来が楽しみね。 そのころには綺麗な若い子もいっぱい集まるんでしょうよ。私なら絶対、放っておかないもの。 あ、けど大きくなったらスカロンさんみたいになっちゃうのかしら。いやん、それは困っちゃうわね……」

143 名前:ラ・ヴァリエールの娘[sage] 投稿日:2006/12/11(月) 02:09:47 ID:0VFRgqwa そのとき、二人の後ろにただならぬ気配が現れた。 先ほどの三人組だ。それぞれに杖を構え、二人を睨んでいる。いまにでも戦闘を始めそうな勢いだ。 振り返って男たちを見たエレオノールは、毅然とした態度をとった。 「益のない私闘は禁止されています、杖をお下げなさい」 「かぁんけえねえってんだよ!! はじかかせやがって」 中央に立つ男が罵るように吼えた。 「お前は黙ってろ。まあ、あのようにあしらわれては私としても寝覚めが悪いのですよ。 この際、理性的な判断は関係ありません。小競り合い程度ならそう見咎められることはありませし」 男の言葉が終わるや否や、二つの影が二人の前に現れていた。 無口な三人目の男が作ったのだろう、特徴のない、大人の男より一回りほど大きな泥のゴーレムだった。 「少々憂さを晴らさせていただけないかと存じます」

聞く耳など持たぬかのような男たちの態度に、ジュリアンは荷物をそっと降ろした。 スカロンから渡された長い木刀を握り、呼吸を整える。 「すみません、破片が飛び散ったらごめんなさい」 エレオノールが返事をする間もなく、ジュリアンは駆け出していた。 素早く一体の左前から懐に飛び込み、脇を切りあげるように打ち込む。 さらに右後ろに軽く下がり、姿勢を整えると上段から振りかぶってもう一体を袈裟切りにした。 瞬く間にゴーレム二体を叩き壊し、三人を真正面に見据えて正眼に構える。 ジュリアンの無駄のない鮮やかな動きにエレオノールは見惚れていた。

ハッとして我にかえると、荷物の中から杖を出して構え、素早く詠唱を始める。 相手も同じように杖を構えていた。その瞬間、ジュリアンの姿が揺らぐ。 瞬く間に、木刀を左下に構えて三人に向かって風のように駆けていった。 一呼吸おくまもなく間合いを詰める。素早い動きに中央の一人が「なっ」と声を漏らした。 これで詠唱は中断、ジュリアンは標的を変えた。 男の横を通り過ぎると左側の男の杖を狙って横薙ぎに一閃。 そのまま飛び込んで後退り気味の下腹部を狙って飛び蹴り、男の体を壁代わりにしてブレーキをかける。 着地してワンステップ後ろにさがり、下段の後ろ回し蹴りを膝の裏に。 足技を食らった男の体は宙に浮き、やがて背中から落下する。受身が取れず、杖が手から離れた。 二人の男はあっけなく気を失っていた。 ジュリアンは倒れた男を見下ろしながら、相手が鍛錬の足りない下級メイジであって助かったと一息つく。 最後に残ったリーダー格の男はすでに詠唱を完成させていた。 しかし、どちらに向けて放つべきかと躊躇った瞬間に、エレオノールの魔法が彼を襲う。 勢いのあるエア・ハンマーに男はあっけなく倒れた。 「……あたしだって、実験室にこもるばかりが能じゃないのよ」 エレオノールは自分だけに聞こえるように呟いた。

144 名前:ラ・ヴァリエールの娘[sage] 投稿日:2006/12/11(月) 02:10:45 ID:0VFRgqwa その後、二人は男たちの杖を拾い、最寄の衛士所に届けてしかるべき後始末をすませた。 「今日は二度も助けていただいたわね。ありがとう、小さな騎士様」 「そんな、もったいないお言葉です」 「何を仰るの、こちらは安売りしても余るくらいなのよ? ふふっ。さ、ほら。どうぞ受けてくださいまし」 そう言ってエレオノールは手の甲を差し出した。戸惑うジュリアンにやさしく微笑む。 「ね、そんなに遠慮したら、かえって失礼なのですよ?」 「では、失礼致します」

「けれど、本当に強いのね。剣術は誰に習ったの?」 「祖父です。祖父は曾御祖父様から受け継いだといっていました。しかし私はまだ未熟者です。 父も叔父も私より優れた打ち手ですし、実は姉にも一度も勝ったことがないほどでして」 ジュリアンは少しだけかしこまって答えた。武人の血がそうさせるのかもしれない。 「そうなの。スカロンさんってそんなに強かったのね」 そういえば、確かにそんな雰囲気はあったかもと彼女は思う。 「お姉さんも強いの?」 「ええ。姉には一生敵わないのではないかというくらいです」 そう言ってジュリアンはばつの悪そうな、しかし朗らかな表情をした。

この姉弟の関係はどんなものだろうと考え、そして自分たち三姉妹のことを思い浮かべる。 体が弱く自由のないカトレア、魔法がろくに使えない末のルイズ。 それから、ルイズの使い魔だというあの少年。 彼が単独で七万の大軍を足止めし、生還して騎士になったことはエレオノールも知っている。 話にある程度の尾ひれが付いてはいるのだろうが、彼女自身、一度はその力を見ていた。 もしかしたらと思うふしはある。でなければ騎士隊の副長にはしないだろう。 あの少年、サイトとどこかしら似た雰囲気のあるジュリアンを見てエレオノールはふと思う。 この子も間違いなく優秀な騎士になれるだろう。 「しかし、私などが前に出てしまって、お邪魔ではなかったでしょうか。 エレオノールさまほどの使い手でしたら、彼らなど難なく……」 彼女はその言葉を優しく制止する。 「いい? 女の子はね、どんな時でも守ってもらえたら嬉しいものなのよ?」

145 名前:ラ・ヴァリエールの娘[sage] 投稿日:2006/12/11(月) 02:11:28 ID:0VFRgqwa 「お前たちは揃いもそろって、あれか、黒髪の平民か。エレオノールよ、お前だけはと思っていたのに」 その後、エレオノールはいろいろと根回しをしたうえでジュリアンを領地に連れ帰った。 「ですから、ジュリアンを婿に入れるとか、彼のところへ輿入れするとか、 そんな無茶なことを申しているのではありません」 「口先だけで何を言うか。お前は昔からそうだったぞ。熱を上げたらそのまま一直線だ。 あの少年を自分の部下にするよう取り計らえだと? 新しい実験小隊でも組ませよということか? それなら事実上可能だが、しかし武勇に優れた平民に魔法剣を持たせて使わせるとでも言うつもりか?」 「さすがはお父様ですわね」 「そんなに都合よく有能な平民が集まるわけなどない。平民であっても群を抜いて優秀な人間は 領主が手元に置きたがるものだ。喜んで差し出すはずなどなかろう。でなければ集めたものに 読み書きを教え、貴族と同等の教養を身につけさせ、さらに訓練を積ませることになるのだ。 どれだけ予算がかかると思っておる?」 「それをお父様が出せばよろしいではありませんか」 「まことになんという!! ああもう、まったく!!」 ヴァリエール公は年甲斐もなく苦悩に悶えていた。確かにヴァリエール公領は よく働いてくれる領民たちのおかげで相変わらず景気がいい。 神聖アルビオンとの戦争も無事に乗り切っていた。予算面での問題は、残念ながらない。 ふと思いついたように言う。 「だいたいあの鳥の骨が許すはずなかろうて」 「これを」 エレオノールは一通の書状を差し出す。公の顔色が変わった。 「かーっ!! 鳥の骨め、何を考えておるというのだ? 認めん、わしは認めんぞっ!!」

146 名前:ラ・ヴァリエールの娘[sage] 投稿日:2006/12/11(月) 02:12:46 ID:0VFRgqwa これにて終了です。長々と失礼しました。 自分が投稿するのは二作目なんですけど、やはり上手い人と比べると見劣りしますね。 では失礼ノシ

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