ゼロの保管庫 別館

X00-13

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だれでも歓迎! 編集

※鬱ものです。 ※アニエスの年齢が設定より2〜5歳ほど高くなっています それでは 『Wither』


「行ってきま〜す」 金髪の快活そうな少女、アニエスは元気よく家を飛び出した。 「気をつけてね」 少女の飛び出した家から出てきた母親らしき女性がいつものように声をかける。 「は〜い」 聞こえているのか、いないのか、少女もいつものように返事をすると、あっという間に駆けて行ってしまった。 「もう」 女性は困ったような、それでいて明らかに喜びを含んだ表情で少女の後ろ姿を見ていたが、しばらくした後また家へと戻って行った。 青々と緑が生い茂る夏の盛り、湿度のそれほど高くないこの地方は陽がさんさんと照りつけるその日も決して不快な暑さではない。比較的貧しい人々の暮らす集落なのか、簡易なつくりの家の間をアニエスはただ走り抜ける。目指す先は集落のはずれ、友人たちの待つ広場である。

「おそいぞ〜アニエス」 「もう、そんなに待ってないでしょ」 先に広場で待っていた友人で、太っちょの男の子が文句を言うのを、隣にいた女の子が諌める。子どもたちはアニエスを含めて、男の子二人、女の子三人の全部で五人、いずれもこの村に住む少年少女たちである。 「ごめんごめん」 手を振りながら仲間の元へと走ってきたアニエスは、手を膝について息を整えながら自分の非を詫びた。特に時間に遅れたわけでもないが、彼女たちにとって友達と遊ぶ時間は一分一秒さえ無駄にはできない。実際はそうでもないのだが、とどのつまり、それほど大切に思っていたということである。 「そんな、謝るほどじゃないよ」 「おまえ、アニエスにばっかり優しくねぇ? もしかしてあれなわけ?」 「そそそ、そうわけじゃ……」 気弱そうな男の子がフォローをいれるのに、太っちょが茶化す。何かを知っているらしい女の子二人がくすくす笑い、何も知らないアニエスは首をかしげる。 このとき彼女たちは間違いなく変わらない毎日の中にいた。 「それで、今日は何するんだっけ?」 未だ周りの空気を少々読めていないアニエスが次の話題を持ち出す。 「かくれんぼでしょ」 「そうそう」 「アニエスちゃんってば、忘れっぽいんだから」 「え〜〜かくれんぼかよ」 太っちょが一人文句を言う。彼の体格ではかくれんぼは不利だからである。 「いいじゃないの、次はあんたがやりたいやつにするからさ」 「しゃあねぇな」 ショートカットの少女がなだめすかすことで事なきを得る。基本的には彼も俗に言う、いいやつなのだ。 「じゃあ、じゃんけんしましょうか」 ロングヘアーの女の子がこの場をひきとる。 「ちょ、ちょっと待って!」 気弱そうな少年はそういうと、目をつぶり天に祈りを奉げるかのようなポーズをとる。彼曰く、こうすると勝率が上がるのだとお姉さんに聞いたらしい。 「よし、やろう!」 「へっ!そんなことしたってオレには勝てねぇぞ」 「私も負けないかんね」 各人準備ができたようである。 「「「「「じゃんけん、ぽん!!」」」」」 全員の視線が五本の手へと注がれる。 「あ……」 アニエスが自分の手を見て声を洩らす。 「アニエスちゃんの負けね」 ショートカットの少女が結果を伝える。気弱そうな男の子は安堵の溜息を溢した。 「へっ、遅刻した罰だぜ」 「う〜〜〜〜〜〜〜」 「いや、だから遅れてないって……」 「おまえ、やっぱり」 「ちがうって!」 何か納得のいかない様子で自分の手の平を睨んでいたアニエスであったが、仕様がないか、と気を取り直し広場の中央で三十秒を数え始める。友人たちはあわてて一目散に自分の隠れ場所を探しに向かった。この広場は集落のはずれにあるだけあって木は周りにたくさん生え、住人を失った半壊の住居があったりと、かくれんぼに適した場所であった。アニエスはしゃがんで数を数えながら計画を練る。 「30……29……28……27……26……」 計画といっても、最初は太っちょの少年を見つけるのが簡単そうだな、とか、女の子は最後に探そうかな、など他愛のないものである。 「15……14……13……12……」 彼女には仲間の隠れる場所におおよその見当をつける。いつも一緒に遊んでいる友人の好んで隠れる場所はお互いに知っている。当たるかどうかは五分五分だが。それを知っているというのかは彼女たちのみが知るところである。 「9……8……7……」 そして見つからなくても、アニエスは『かわいそうだから、手加減してあげたのよ』と強がりを言うのである。 「1……0!」 アニエスは勢いよく立ちあがり、目を開けた。

―――世界が変わっていた。

「……え?」 アニエスはただ茫然と立ち尽くす。立ち尽くすことしかできなかった。 少女が自らの視界を遮っていたほんの三十秒の間に、辺りは火の海へとその様を変えていたのである。家も木々も赤く染まり、彼女の知っている村ではなくなっていた。彼女がいつも見ていた空はそこらじゅうから立ち上る煙で薄黒くなっている。周りの炎による熱が彼女の肌をあぶる。この時すでに村の住人の半数以上がその命を落としていたのだが、幼き少女にはまだ知る由もない。 「み、みんな……みんなは」 どれほどの時がたっただろうか、少女にとっては永遠とも思える時間がたった。彼女はふと我に返り、友人のことを思い出した。アニエスは友人がいる場所へと駆ける。 一人目は間もなく見つかった。見つかったのが果たして彼女にとって幸福だったかは別にして。 「うぅ……いやあ」 見つかったのはロングヘアーの少女であった。隠れていた木から移ったのだろう。服は燃え、彼女の自慢の長い髪もすでに小さい火がついていた。焼けた服の間からのぞく素肌もただれ始めている。 「いたい、あづいよ……助けて……」 「いっ、いや」 助けを請う友人をアニエスは拒絶してしまう。友人のあまりの変わりように、焼けてしまったその姿に恐怖さえ感じても、助けようという気持ちが起きなかったのである。それは幼い少女としては必然で、責められる謂れはない。しかし目の前の友人には悲しい仕打ちであった。 「アニエス……ちゃん?」 「ひっ……ごめんなさい」 アニエスはその場から逃げた。火に全身をあぶられた少女は二、三歩アニエスの方へと歩こうとしたが、そのまま力尽きた。 アニエスは走りながら、泣いた。恐ろしさ、悲しみ、怒り、すべてが相重なって想いが頬を伝う。もう何が何だかわからなかった。ただただ心のどこかで必死に助けを求めて、彼女はその歩を進めていた。 二人目は壊れかけの家の中にいた。長年放置されたままの家には雑草だらけで、家の外からは樹木が侵入し、ジャングルのような感じになっていて彼女たちのお気に入りの隠れ場所のひとつだった。だがそれがまずかった。気弱な少年が、おそらく最初の爆炎による衝撃で倒れた家具だったものの下敷きになったのだろう。身動きがとれなかった。そして追い打ちをかけるようにじわりじわりとあたりに火が近付いていたのである。 「だいじょうぶ!?」 「あ……アニエス、ちゃん」 幸いというべきか、少年は足をとられているだけで今のところ命に別状はないようにアニエスには見えた。彼女は急いで少年の元に駆け寄り、少年の上にのしかかるものをどかそうとしたが、子供の力ではびくともしない。 「ど、どうしよ」 「ぼくは大丈夫だから、家に帰って、家の人を……よんできて。おねがい」 「でも……」 「は、やく……」 少年の声になにか鬼気迫るものを感じたアニエスは、一瞬ためらったもののすぐに家の方へと走り出した。少女は困惑していたので気付けなかった。ここが妙に息苦しかったことに。 「ちょっとかっこつけちゃったかな。もう体がうごかないや」 我慢していたのだろう、少年は急に顔をしかめると少女の走って行った方をずっと見つめていた。

またアニエスは走っていた。どこまでいっても燃える家と焦げたなにかしか目に入らない。臭いもきつかった。必死に嗚咽をこらえて彼女は家へと向かう。実はこの時点、この区域で生きている人は数人であった。あるものは焼け、あるものは窒息し、またあるものは燃やされた。彼女が生きていたのはまさしく偶然であった。遊んでいなければ、かくれんぼじゃなかったら、じゃんけんに負けていたら、どれも簡単に彼女の命を奪っていたであろう。 「はぁ……はぁ」 アニエスは家へとたどり着いた。家が存在していた場所に、たどり着いた。父も母もいなかった。彼女の家は形も意味の上でも、なくなってしまったのだ。彼女はがくりと膝をついた。そしていまになって、気持ち悪いことに気づいた。 「……」 少女はきゅっと胸を押さえる。残念ながら夢ではないことは明らかだった。 支えるものを失った少女はそのままゆっくりと倒れこんだ。

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結果として彼女は助かった。村人百三十人、胎児を含めると百三十二人中たったひとりだけだった。そのあと彼女は復讐のために己を磨き、半分を達成する。 彼女の復讐は終わりを告げた。しかし今でも友人たちのことを夢にみる。そして仲間を救えなかったことを悔やんでいるのである。 「もっと、もっとつよくならなければ」 彼女が自分を許せる日が来るのは、まだ先のようだ。 ‹Fin›

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