ゼロの保管庫 別館

X00-14

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だれでも歓迎! 編集

(1)  たぶん細身の体と童顔のくせにきつ目な瞳に惹かれただけだったのだと才人は後悔していた。だが、茫然とする才人の態度を受容と受け取ったのか、後輩社員の明梨は唾液に濡れた唇を舐めると再びサイトの唇をついばもうとした。  けれど才人は彼女を突き飛ばした。ごめん、と呟くようにサイトは謝罪する。目の前で侮辱に頬を紅潮させる明梨と、遠く会えない桃色の髪の娘に。  明梨の平手打ちを甘んじて受けた後、サイトは近所のコンビニで赤ワインを買って家に着いた。ただいま、と誰もいない部屋に声を掛ける。冷えきった部屋に体を震わせながらワインのコルクを抜く。ふと先ほどの明梨の熱い唇を思い出し、だがぴくりともしない自分の下半身に苦笑した。 「ルイズ……」  涙が零れ落ちる。会いたくても外国より遠いハルケギニア世界。サイトは遂に直接ボトルに口をつけてワインを呷った。 「サイトゥ」  テレビから声が聞えた。飛び跳ねて画面に目を向ける。だがそれは今流行の女優が叫んでいる場面だった。 「サイトウかよ」  俺も遂にアル中かと苦笑し、再びサイトは瓶に口を付けた。と、今度はテレビの画面がブロックノイズで埋め尽くされる。 「サイト、サイトッ!」  今度こそ、絶対に聞き間違えるはずのない声がスピーカーから響いていた。サイトは叫んだ。 「ルイズ!」  途端、テレビ画面が白く発光した。

(2)  笑顔のルイズと久々の握手を交わしながら、モンモランシーは内心舌打ちしていた。 (シエスタの言ったとおり、重症ね)  昔からルイズを知り、さらに魔法薬に深い造詣のある人間でない限りは見破れないだろう。たとえ知識はあったとしても、貧乏貴族で現場を知っているモンモランシーならともかく、王宮の奥で執務をしているアンリエッタが気づかぬのも無理のない話だった。  メイドから王宮の事務方に抜擢され、10倍になった給金を使う暇すらないはずのシエスタが、無理に暇を作ってモンモランシーを訪ねてきたのは昨晩のことだ。人払いさせたシエスタの言った内容は恐ろしいものだった。 「サイトが帰って以来、ルイズは淫薬に溺れているから助けてあげて欲しい」  馬鹿な話だと思ったが、シエスタの話にモンモランシーも気になる点があったのだ。何より、シエスタの言った「ルイズの友達で魔法薬に知識があり、その上王政府に隠してくれそうな人物」と自分を頼ってきたシエスタの瞳には、間違いなく濁りはなかったと確信している。  食事が終わり思い出話を一通りした後、モンモランシーは疲れたと言ってルイズにあてがわれた部屋に引っ込んだ。  しばらくしてモンモランシーはルイズの寝室に向かった。扉の前に立つとモンモランシーは持ってきた水差しの水を扉の前に流した。呪文を唱えて蒸気に変え、次いで慣れない呪文を唱える。途端にドアは透き通り、暗いはずの室内が昼間のように覗けた。  ギーシュの浮気を捕まえるため、王宮の監査官を勤めるマリコルヌから習った珍しい呪文だ。水の力を借りるため湯気がないと使えない点は不便だが効果は物凄い。ふと監査官にこの魔法が本当に必要なのか妙に引っ掛かったが、今はルイズが先だ。  ルイズはベッドに腰掛けていた。ベッド脇の香炉からは青い煙が立ち上っている。ルイズは煙を吸い、左手で胸をまさぐり、右手を股間に潜らせていた。瞳は泥のように光を失い、だらしなく涎を垂らしながら何事かを呟いている。時折ベッドに投げた雑巾に顔を埋めて恍惚とした表情を浮かべている。くんくん、と時折獣のように鼻を鳴らす様は明らかに常軌を逸していた。  モンモランシーは涙を溜め、だが歯を食い縛って扉を蹴り破った。  ルイズが恐怖の表情で顔を上げる。ベッドは淫液でぐっしょりと濡れていた。モンモランシーはいきなり平手でルイズの頬を打った。次いで香炉を消し、コルベールから貰った「すっきり噴霧くん3号」で淫薬中和剤を室内に噴霧する。  次第にルイズの瞳に光が戻る。そしてルイズは自身の卑猥な姿とモンモランシーを見比べて嗚咽した。 「ゼロのルイズじゃなくてマイナスのルイズね」  ルイズは力なく首を振る。モンモランシーは溜息をついてルイズの手をひいた。 「とりあえず、部屋変えよ?このベッドじゃ、さ」  むん、と牝の匂いが漂うシーツにモンモランシーは耐えられなかったのだ。ルイズがうなずくのを確認してモンモランシーはルイズの握り締めた雑巾を捨てようとした。 「それはダメ!」  急にルイズがモンモランシーをはねのけた。次いでルイズは虚無の呪文を唱え始める。 「落ち着いて!持っていていいから!」  ルイズは呪文を中断してモンモランシーを見つめる。モンモランシーは出来うる限りの優しい笑みを浮かべる。やっとルイズはこくり、とうなずいてモンモランシーと部屋を出た。  モンモランシーは部屋に着くと雑巾について尋ねた。ルイズは薬が抜けたのか、少ししっかりした声で答えた。 「サイトが残した服の、切れ端」  モンモランシーは息を呑んだ。5年前の服にまだ恋人のぬくもりを求めていたのか。そういえば、先程の淫薬も戦争で夫を失った妻たちがはまりやすいと聞いたことがある。  モンモランシーはルイズを抱き締めた。その体は20代も半ばだというのに、少女の頃の折れそうな細さのままだった。  薬を止めさせるのは簡単だ。幸いこの薬の依存性は煙草以下だ。だが薬を止めたところでルイズの心は壊れゆくだけだ。迷いながら見回すと、壁には一振りの懐かしい剣が飾られていた。モンモランシーが抜くと、デルフはやけっぱちの声で叫んだ。 「こういうときゃ飲むに限るぜ、嬢ちゃんたち」  もう「嬢ちゃん」と言われる歳はとうに過ぎていると苦笑しつつ、モンモランシーは自分の荷物を思い出した。お土産に持ってきた東方産のライスワインと緑茶、そして元気づけにと持参したカクテル道具一式。  モンモランシーは手早く茶を煎れ、カクテルグラスをリキュールでリンスする。次いでライスワインと緑茶をシェイクしてグラスに注いだ。 「私のオリジナル」  言われてルイズはグラスに口を付ける。喉がこくりと動き、ルイズは大きく目を見開いた。 「サイトの国もお米でワインを造るって言ってた。東方の味……サイトゥ」  ルイズの涙がグラスに落ちる。モンモランシーは唇を噛み締めたまま、何も声を掛けられなかった。ルイズの涙が緑色のカクテルに幾つも透明な波紋を形作る。  突然ルイズが肩を震わせた。そして狂ったように叫ぶ。 「サイト、サイト!」  モンモランシーは焦ってルイズの肩を掴み、バッグの中の強力な鎮静剤に手を伸ばしかけた。するとルイズは明るい顔でグラスを差し出して叫ぶ。 「モンモランシー、サイトよ!」  幻覚症状まで来たか、とモンモランシーは陰鬱な顔でグラスの中を覗き込む。と、モンモランシーは息を呑んだ。  グラスの中に、若い男の姿が映っている。見たことのないつくりの部屋で、椅子にだらしなくもたれた男がワインの瓶に直接口をつけて呷っている。年の頃はそう、自分たちとおなじぐらいで、黒髪の。  自分たちの知っている頃よりは当然老けてはいるものの、ルイズはもちろん、モンモランシーも間違うはずのない顔。奇妙な布を首から下げ、窮屈そうな服に身を包んでいる。 「サイト、サイトッ!」  再びルイズが叫んだ。男は顔を上げてこちらに目を向け、そして叫んだ。 「ルイズ!」  カクテルグラスが白く発光した。

(3)  光が止んだとき、モンモランシーの目の前ではサイトとルイズが茫然と向かい合って立っていた。 「サイ、ト?」 「ル、イズ……」  ルイズの手からぼろ布が滑り落ちる。ルイズの指がサイトの頬、首筋を撫で、次いで唇に到達する。 「サイト!」「ルイズ!」  二人はぶつかるように抱き合い、そして互いの唇を貪るように口付けあった。モンモランシーはへたりとその場に座り込み、手近にあったルイズのグラスを呷る。 「しょっぱい」  顔をしかめるモンモランシーに、デルフリンガーは愉快そうに声を掛けた。 「虚無の涙で、ずいぶんとソルティなカクテルが出来たようだな」

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