ゼロの保管庫 別館

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前の回 一覧に戻る 次の回 ゼロの飼い犬16 夏休みの前               Soft-M ■1    はぁー。    深く息をつく。体の中から空気が抜けていって、力も抜けていって、 湯船の縁に寄りかかった背中が段々ずり下がっていく。  首までお湯に浸かって、顎が水面に触れて、もっと下がって。  ぶくぶくぶく。目の前に泡が立ち上る。苦しくなってきたところで、顔を上げて息を吸う。    何回くらい繰り返したかな。結構な長湯になってると思う。  学院の広い浴場の湯船や調度品が、湯気に霞む向こうにおぼろげに見える。  その視界と同様に、のぼせかけて頭の中がぼやけてきてるけど、 その方が余計なことを考えられなくて良い。    長湯になってるのは、別にわたしが急にお風呂好きになったからというわけではなく。  部屋に戻りづらいから。正確に言うと、サイトと一緒に居るのが、気まずいから。  嫌なわけじゃない。むしろ、サイトと一緒に居たいって思ってる部分もあるって自覚してる。 でも、だからこそ、サイトと傍にいるのが……、怖い。    また、顔を半分くらい湯に沈める。誰にとも無しに、自分自身を隠すみたいに。  怖い? 怖いって何よ。何を怖がってるわけ? サイトを?  違う。わたしが怖がってるのは、サイトじゃない。わたしが怖がってるのは……。    水の中に、わたしの体がゆらいでいるのが目に入る。  お湯に浸されて、体の外側から内側まで温められて、体が浮き上がるような心地よさに 包まれてることから、”あの時”の事を思い出してしまった。  あの時は、お尻の下にサイトのお腹があって、背中はサイトの胸に触れてて、 それで、それで……、足の間には、サイトの……。  慌てて首を振って、水面を乱す。わたしの体はよく見えなくなった。    サイトが惚れ薬を飲んでしまう事件があってから、今日で三日目。  その前にわたしが飲んでしまった時はその後に間髪入れずに姫さまの誘拐事件が起こって、 長々と引きずっている余裕も無かったけど、今度は違う。   『わ、わたしは自分でわかってて許したんだから、後から何か言わないでよね!』  目を覚まして、モンモランシーが置いていってくれたらしい解毒薬をサイトに飲ませた後、 わたしはサイトが何か喋る前に一気にそう言って黙らせた。  サイトは惚れ薬の効果があったときとは違う顔で真っ赤になって、でも自分のしたことに 何か弁明することはなくて、一言だけ、『ありがと、嬉しかった』なんて言ってきた。  その日はもう、サイトと顔を合わせられなかった。    ううん、その日以来、まだ一度もサイトとはまともに顔が合わせられてないかも。  サイトの姿を見て、あの時しちゃったことを思い出すだけで恥ずかしくて死にそうになるけど、 それだけの理由じゃない。もっと深くて、向き合うのが不安な気持ちが胸の中にある。  わたしが怖がってるのは、その気持ち。わたしの中にあるもの。    モヤモヤする。体の中に色んな物が膨らんで、解放されずにいる。  ずっと前から、サイトに感謝の気持ちを伝えたいって思ってて、お返しをしたいって思ってて、 それができたら胸の中に溜まったモヤモヤは消えると思ったのに。  なのに、”お返し”できたはずの三日前から、モヤモヤがもっと大きくなってる。  もう、どうしたらいいのかわからない。どうしたいのかもわからない。    気付いたら、もう浴場の中には誰もいなくなっていた。元々入ったのも遅かったけど、 長湯のせいで入浴時間も終わりに近い時刻になってしまっていたらしい。  またひとつ大きく息をついて、湯船から上がる。 夢から現実に引き戻されたように、火照った身体が外気に晒されて冷えた。    誰もいない浴室を歩いて鏡の前に腰掛けると、髪をまとめていたタオルを外す。 癖のあるわたしの髪が、湿気を吸って少し大人しくなって背中に落ちた。  ちいねえさまにそっくりな、自分でも気に入ってる桃色のロングヘア。 鏡に映ったわたしの裸身は、顔から上半身まで、その髪と同じように 桃色に上気している。のぼせたせいか、それ以外の理由もあるのかはわからない。    ■2    でも髪と違って、身体の方はちいねさまには似ても似つかない。細くて、小さくて、貧相で、 まるで子供みたい。この学院に入学したあたりから、ほとんど変わってないように見える。    ――サイトに、この身体、見られたんだ。  また思い出してしまった。着替えを手伝わせてた時のことじゃない。 三日前の、”サイトが望んで”わたしの服を脱がせた時のこと。  サイトはわたしの制服のタイに手をかけて、でも勝手にほどくようなことはしなくて。 わたしはその望みを受け入れて、『知らないフリ』してあげるって宣言した。    どくん、と心臓が跳ねる。鏡の中のわたしが、顔を歪める。  サイトがわたしを求めたのはわかる。惚れ薬を飲んでしまったのだから。 元から、サイトはわたしのことを大事に思ってるって言ってくれた。 その気持ちが膨らんだのなら、わたしに”そういうこと”を望むのは、まぁ、自然なこと。    ……けど、あの時のわたしは惚れ薬なんて飲んでいない。  完全に元のままのわたしが、サイトにキスされて、抱きしめられて、 ベッドに組み敷かれて、服に手をかけられて……、それで、『知らないフリ』すると選んだ。   「……わかってるの?」  鏡の中のわたしに聞く。わかってるの? それがどういう事か。どういう意味なのか。  わかってなかった方がまだ良かった。わたしはわかっていて、はっきり意識があって……、 それでもサイトの望むことを、受け入れたんだ。    結婚しても三ヶ月はダメなこと。その前には母さまと始祖ブリミルにお伺いをたてなきゃ いけないこと。そうなる前には、姫さまに報告するって約束したこと。  ──愛する殿方にしか許しちゃいけないこと。    お風呂で温まったのとは違う熱が、体の中に灯る。あの時の気持ちを思い出してしまう。  ”それ”って、神聖な、儀礼的なものだと思ってた。然るべき時に、厳正に行うものだって。  でも、違った。もっと生々しくて、衝動的なものだった。綺麗でも幻想的でもなかった。    サイトに抱きしめられて、撫でられて、見つめられて、「好き」って言われて。 気持ちよくて、切なくて、もっと欲しくなって。サイトがわたしに求めていることが、 わたしをもっと気持ちよくしてくれることだっていうのがなんとなくわかってしまって、 サイトの気持ちに応えてあげたいって気持ちもあって……、そんな誘惑に、身を任せてしまった。   『子供を作るわけにはいけない恋人同士は、真似で気持ちを確かめ合うんだよ』  耳元で囁かれたサイトの声が蘇って、背筋が震える。真似だったら良いなんて問題じゃない。 ほんとに、そんなの、妻と夫でなくちゃ……、百歩譲っても恋人同士でしかダメなことなのに。  なのに……。    湿った吐息が漏れる。鏡の中のわたしの瞳が潤んで、視界がぼやける。  なのに、気持ちよかった。どきどきして、怖くて、なのに嬉しかった。 ダメなのに、嫌じゃなかった。それどころか、何度も思い出してしまう。  思い出すだけで、サイトにマッサージされたときみたいな気分になる。  こんな状態で、サイトと一緒にいたら、どうなっちゃうのかわかんない。 だから、サイトと顔を合わせられない。顔を合わせるのが怖い。    惚れ薬の事件が起こる前から、ここしばらく、ずっとサイトとのことで悶々としてる気がする。 アルビオンから帰ってきた頃から、ずっとかも。  こんなのやだな、って思う。サイトとは、もっと……。もっと、どんな関係でいたいんだろう。    今度はため息をついて、顔を上げる。もうお風呂を上がろうかと思って 腰を上げようとしたら、そこでやっとお尻のあたりの違和感に気付いた。  水でもお湯でもない、ぬるりとした感覚。わかってて、気付かないフリしてたのかも。   『……好きな相手を、傷付かずに受け入れるために濡れてるんだよ』  また、サイトの事を考えてたから? だから、こんなになってるの?  ぞくぞくとした痺れが腰から這い上がってくる。そんなの、ダメなのに。理屈でわかるのに。 なのに、わたしの中には、”そんなこと”を望んでるわたしがいるの?  惚れ薬を飲んじゃった時みたいな、”わたしじゃないけど、わたし”が。   ■3   『ルイズと同じ。大事な相手と繋がりたいから、こうなるんだ』  下着越しに押し当てられて、わたしの手で握ってしまった、サイトの感触を思い出してしまう。  固くて、熱くて、大きくて、なのに、サイトの一部なんだってことが凄く伝わってくるもの。  触れて、擦りつけたら、頭がどうかしちゃうんじゃないかってくらいどきどきした。   『ここで、ルイズの大事なところで、俺と繋がる。そうしたら子供ができる』 「……っ!!」  繋がる。子供ができる。その言葉を反芻してしまった瞬間、腰が震え、背筋が跳ねた。 さらにたくさんの熱いものが、わたしの中からじわっと滲み出る。    サイトの、あんなに大きいので、わたしのここと。繋がる。子供をつくる。 そんなこと望んでない。そんなことするわけにはいかない。わかってるはずなのに、 考えれば考えるほど身体が熱くなる。頭の中がぼやけてくる。それが、怖い。    馬鹿、ばかじゃないの、わたし。そんなの、サイトにだってわかってることよ。 サイトは『真似させて欲しい』って言ってきた。惚れ薬のせいでわたしの事が 好きで好きでたまらなくなっちゃったサイトでさえ、今のわたしと子供を作るわけには いかないってわかってた。そんなことになったら、学院にいられないもの。だから、   『子供を作るわけにはいけない恋人同士は、真似で気持ちを確かめ合うんだよ』  そんな風に、わたしを求めた。惚れ薬のせいで苦しかったんだろうに。 ほんとはわたしと”真似じゃないこと”したかったんだろうに。わたしのことを、考えてくれて。   「ん……、真似じゃ、ないこと……」  朦朧とした意識の中で、指がお腹の方に降りていく。もし、もしもの話よ。 仮に、サイトがわたしと本気で”真似じゃないこと”をしようとしたら……、できるの?  わたしのそこは熱く火照ってて、とくんとくん疼いてて、サイトに擦りつけてた時の感触を ありありと思い出せてしまう。その時のいやらしさも、気持ちよさも。  こんなに『好きな相手を受け入れるため』に濡れてる。それこそお漏らししたみたいに。けど、    くちゅ。    喉から押し殺した吐息が漏れる。サイトが下着越しに指してくれた、 わたしの割れ目の奥の、熱い潤みが漏れだしている場所に指を潜り込ませてみて……。  背筋に怖気が走り、すぐに怖くなって引き抜く。気持ち悪い。罪深い事な気がする。 自らこんなところに触れるなんて、始祖ブリミルがお許しになるわけない。  でも、少し触っただけでもわかった。こんな狭い場所で、サイトのあんなに大きいのと 繋がれるわけない。わたしの体が壊れるだろうし、きっとサイトだって苦しい。    改めて、鏡の中のわたしを見つめる。さっき見た時よりも、もっと貧相な身体に見えた。  お風呂で他の女生徒と比べると、さらに惨めな気分になる。 わたしより背が低い同級生を捜す方が大変だし、背が同じくらいの子でも、大抵わたしより 胸もお尻も肉付きが良いし……。そ、それに、他の女子は大事な所に毛が生えてるのに、 わたし、無い。みっともないから隠してるけど、キュルケとかにばれたら何を言われるか。  ……そういうのもあるから、”真似”をさせて欲しいと言ったの?  わたしの身体じゃ、”真似じゃないこと”なんてできないだろうから?  鏡の中のわたしの顔が、不安に曇る。わけもない罪悪感に襲われる。    ………。    な、何で罪悪感を感じなきゃいけないのよ。わたしが不安なのは、本当にいざ結婚して 子供を作る事になった時に、できなかったら困るっていう不安なわけで、サイトは関係ないでしょ。  それに、もしかしたらサイトのが特別大きくて、他の男性のはそうでもないかもしれないし。    そこまで考えたわたしの中に、ぞくりと悪寒が走った。サイトじゃない、他の男性。 想像してしまった瞬間に、気持ち悪くなった。眼をぎゅっと瞑って、その時浮かんだ考えを 全部振り払う。自分でも、致命的な事に気付いてしまった気がしたから。    考え込んでしまったことと、たった今のことで冷えてしまった体を温めようと思って、 立ち上がって再び湯船に向かう。と、そこで。   ■4    浴場の戸が開き、誰か入ってくる気配がした。 こんな遅くに? と自分の事を棚に上げて、入ってきた人影に目を向ける。  浴室にまで杖を持ち込み、入浴時のキュルケなんかとは別の意味で 堂々と裸身を晒して歩いてきたのは、雪風のタバサだった。   「…………」  眼鏡をとっているのでいつもと違う印象の瞳が、わたしに気付いて目を止める。 そのまま半秒くらいわたしを見つめてから、タバサは湯船の方へ行き、 桶に汲んだお湯を無造作に頭から被った。    挨拶するタイミングも逃してしまい、気まずくなりながらわたしが湯船に浸かると、 タバサは先程までわたしが座っていた鏡の前まで歩いていって腰を下ろす。  備え付けのシャンプー(大抵の女生徒は自前で用意してるので、学院が用意したものを 使う生徒はほとんどいない)を適当に頭にかけて、わしゃわしゃ豪快に洗い始めた。    わたしはちいねえさまに教わったとおり、気を遣って丁寧に手入れしてるのに。  いくら髪が短いからって、ありゃ無いわよ。……でも、タバサって普段から そこらの女子よりもずっと綺麗な髪してたわね。なんか不公平な気がするわ。    体の方も、手入れというより汚れを落とす作業といった風で機械的に洗い終えると、 タバサは立ち上がって湯船の方に歩いてきた。  つい、じっと見てしまう。同学年でわたしより明らかに背が低い、数少ない生徒の一人。 なのに、わたしみたいに、身体に劣等感を持っているような素振りがみられない。 自信があるわけじゃなくて、たぶん、外からどう見えるかってことに関心が無いんだろう。  気楽でいいわね、と思うより先に、自分が情けなくなった。 わたしより小さな彼女を見ても、ちっとも安心した気分になれない。    タバサは湯船の縁をまたいで、わたしから少し離れた場所で顎まで湯に浸かる。 ……あの子もつるつるだった。こっちにはちょっと安心したかも。 彼女は額に張り付いた髪を直すと、わたしの方には注意も払わず目を閉じた。    相変わらず、何を考えてるのか想像もできない。 今思い出したけど、前々から、彼女にはちょっと気になるところがあった。  この子、ちょっと前までは他人と会話もろくにしてなかったのに、 いつのまにかサイトに対しては妙に協力的になってたのよね。 宝探しの時にうち解けたっていうけど、何があったのかサイトに聞いてもはぐらかされる。    わたしの詩作の手伝いをしてくれたり(結局無駄になっちゃったけど)、 サイトが惚れ薬を飲んだ時は、頼んでもいないのに薬の買い出しに行ってくれたり。  それに、詩作の必要が無くなった後も、この子とサイトが一緒にいるのを何度か見た。  この子とサイトに、何があったのか気になる。なんで教えてくれないのよ。    さっきまでとは違う不安にムカムカしてきて、目を閉じたままの彼女をじっと見つめる。  子供みたいに小さいけど、気品が感じられる凄く整った顔立ちをしてる。 湯の下に揺らいで見える身体も、細いなりに均整がとれていて、幼児体型ってわけではない。  まるで精巧な美術品みたいな容姿は、わたしから見ても綺麗だと思う。    そんなタバサは、手を伸ばせば届く湯船の縁に、自らの杖を置いている。 確か彼女は、トライアングルクラスの風のメイジ。学院の生徒の中では一、二を争う実力者。  そのことを思い出して、わたしの中に嫌な感情が生まれる。  魔法が使えなかった時は、わたしにとってドットだろうとラインだろうと、他のメイジは 等しく劣等感の対象だった。けど、虚無魔法や簡単なコモン・スペルが使えるようになった今、 タバサが突出して優秀だということがよくわかる。    わたしの虚無は思い通りに使うことも出来ないし、限られた人にしか明かせない。 自分の力で習得したという実感が薄いし、周りからはゼロのルイズだと思われたまま。  けれど、彼女はわたしよりも年下なのに学生のレベルを越えた魔力を持ってる。 誰もが認める秀才。汚い僻みの気持ちが、胸の奥をちくりと突いた。    そんな彼女が、なぜ体面的には平民でしかないサイトと親しくなってるんだろう。 「……あの、タバサ?」  そう思ったら、深く考える前に勝手に口が開いてしまった。   ■5   「なに?」  タバサは急な呼びかけに驚いた風も無く、ゆっくり瞼を上げて鮮やかな青い瞳でわたしを見た。 まるでわたしが何か話しかけるのを予想してたみたい。逆にこっちの方がたじろいでしまう。

「あ、えっと、その……。聞きたいんだけど、あなた、わたしの使い魔と何があったの?」 「質問の意味がわからない」  聞くと、タバサは微かに首を傾げた。本当なのか、とぼけてるのかこの無表情じゃわからない。 「だから、あなた何かとわたしたちに協力してくれるでしょう。それは有り難いんだけど、 どうしてそんなことしてくれるのか知りたいの。この前は、『借りがある』なんて言ってたし」 「借りは、ラグドリアンでの一件。水の精霊と対決することを避けられた」 「それだけじゃないでしょ。その前にも、わたしの詩作の相談に乗ってくれたじゃない」  思わず湯船の中で小さく詰め寄ってしまうと、タバサは深い息をついた。そして、   「……あなた、戦争に従軍するつもり?」  いきなり話を変え、そんなことを聞いてきた。 「え……、え?」 「トリステインはアルビオンに対する侵攻作戦の準備を進めてる。少し調べればわかる」 「そ、そうじゃなくて……!」  タバサの言葉に頭が混乱する。姫さまが本格的な戦争の準備をしてることは聞いてる。 そのために、わたしの虚無の力が必要になるかもしれないという話も。  けど、タバサからしたらわたしはただの魔法学院の生徒で、しかも女子。 わたしが従軍する可能性なんて思いつきもしないはずなのに。    いや、違う。彼女はわたしの使い魔であるサイトがそこらのメイジよりも強いことを知ってるし、 姫さまの誘拐事件の時には、彼女の目の前で虚無魔法まで使ってしまった。 わたしがただのゼロのルイズじゃないってことは察してるのかも。どうしよう。   「そう考えてるなら、危険」  わたしがどう答えたらいいのか迷ってるうちに、タバサは次いでそう言ってくる。 「え?」 「あなたもあなたの使い魔も、高い確率で命を落とす。あなたが、下手だから」  淡々と命を落とすとか下手とか言われて、怒るより先に呆然としてしまった。 「扱える魔法の数や威力とは別の所。判断力、動き方、タイミング、状況の把握、 どれをとっても下手。彼に守ってもらうにしても、あなたが荷物であっていいわけがない。 あなた自身のためにも、彼のためにも」 「な……!」  さすがに言い返そうと思ったけど、言葉に詰まる。この前の事件のことを思い出したから。 タバサやキュルケがいなかったら、わたしを守ってくれるのがサイトだけだったら、 ウェールズ皇太子やその部下の騎士の魔法を止めきれなかっただろうことを。   「彼と自分の力を生かすことを、もっと真剣に考えた方が良い」  タバサは最後にそう言って、湯船から上がった。 傍らの杖を拾うと、真っ直ぐに浴場から出て行こうとする。 「ちょ、ちょっと待ってよ! それはいいけど、わたしの質問の答えは……!」  慌てて彼女の後ろ姿を呼び止めると、タバサは振り向いて一瞬だけわたしを見つめ、 そのまま何も言わずに脱衣所に出てしまった。    その時のタバサの視線。「わからないの?」とでも言いたげだった。 タバサがわたしに言ったのは、今のままじゃわたしとサイトが危険だっていうこと。 わたしがただ守ってもらうだけの存在であってはいけないということ……。   「……タバサも、サイトに守ってもらった……?」  気付いて、呟く。さらに言うなら、『わたしならば、あなたよりは彼の負担にならない』 そんな意味も込められていたような気がする。    ずきん、と胸の奥が痛んだ。腹立たしいとか、モヤモヤするとか、そういうんじゃなく……、 もっと重い、不安や焦燥みたいなものの種が、そこに芽生えていた。    つづく  

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