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『嵐と闇を抜けて』

「視界が悪い!計器だけが頼りだ!」 「進路に間違いは無い!そのままでいい!側を離れるなよ!」 天候は良かったはずだ…急な嵐に巻き込まれるとは付いていない。 風防に当たる雨粒は更に視界を遮り行く手を阻んだ。 「雲の上に出る!後に続け!」 嵐を回避する為に雲の上に出ようと、進路を確認し上昇する。 やけに厚い雲だ…まだ抜けないのか?真っ暗で何も見えない…。 …長い暗闇を抜けた!風防に雨粒が当たらなくなった所を見ると、 どうやら無事に雲上に抜け出たようだ…が、しかし…辺りは暗い。 昼間だったはずだ!太陽の位置は?慌てて計器を再度確認する。 コンパスがでたらめな方向を示していた! 太陽の方向すら判らない。無線はとうに壊れていた。 まともに動いていたのは速度計と高度計、燃料計くらいな物だ。 速度を落とし…風防を開け、隣の上官機からの指示を仰ぐ…。 上官機からも動揺の様子が見て取れる。 下を見ろ!との指示通り確認すると…眼下には陸地が広がっていた。 陸地?海上を飛んでいたはずだ!既に敵地の本土に到達したのか? いや、そんなはずは無い!方向を間違え自国本土に?それも無い。 空母に帰還するならともかく、そこまでの燃料は積んでいない! 何度か旋回を繰り返す内…上官機が進路を変え… まるで大きな穴倉のような、真っ暗な場所に向かい始めた。 と思った瞬間!目前が突如明るくなり…上官機を見失ってしまった。 眩しくて目を開けていられず、仕方なく旋回して様子を伺う…。 その大きな穴倉の様に見えた闇は…日蝕の影だった。

何度も旋回を繰り返し、上官機に続こうと試みるが願いは叶わず、 やがて燃料計が悲鳴を上げると…仕方なく着陸場所を探す事にした。 先程までの暗さは日蝕の為だったらしい。 半分ほど顔を覗かせた太陽は夕日のように紅く…大地を映し出した。 滑走路代わりに使える場所!障害物の無い長い距離…それを探す。 広大な草原が目に入る…美しい花が所々に咲いている…綺麗な草原。 着陸に充分な条件は満たしている…問題は無いはずだ。 慎重に方向を確認し高度を落とし…その大きな機体を着陸させた。 滑走中に吹き飛ぶ花々に心が痛んだが、今は自分の身が一番だ! 「ふぅ〜」 やっと一息ついてエンジンを切る。残りの燃料はギリギリだった。 「さて…まずは状況の把握だ」 どうやら周囲に仲間はいない、完全に孤立してしまったらしい。 「ここはどこだ?」 風防を開け、翼を伝い飛び降りる。と…近くに人の気配を感じた。 反射的に身構える!敵か?見つかった?連絡されてしまったか? 零戦の着陸だ、見付からない方がどうかしている…当たり前か! 落ち着いて目を凝らして見れば、そこにいたのは…子供だった。 近くの森に山菜を集めに来たのか、花でも摘みに来たのだろうか? その手には竹で編んだような質素な籠が握られていた…。 アメリカ人にも日本人にも見えない…第一、服装が見慣れない。 子供は怖がる様子も無く、むしろ興味津々といった風で見ていた。 ゆっくり慎重に話し掛ける… 「ここは…どこ?なんという国のなんていう場所?」 キョトンとした顔で小首を傾げる…言葉が通じないなら外国か? 「…タルブ」「たるぶ?」 聞いたことが無いが外国であることは間違い無いらしい…。 参った…敵陣の真っ只中に孤立か…覚悟を決めるしか無いな…。 しばらくすると丘の向こう側から沢山の人が集まってきた! もう連絡されたか?条約に従った捕虜扱いだといいんだが…。

『竜の羽衣』

村人は口々にやれ「鉄の竜」だの「天の竜」だのと言って騒いだ。 どこから来たと聞かれ…遠い東の果てに有る国だと言った。 判った事はココが日本では無く、外国ですらも無いという事。 どこなのかと問えば…ハルケギニアという国だと言う…。 にわかに信じ難いが完全に孤立して拠り所を失った身だ… しばらくこのまま様子を伺うしかあるまい。 誰かが「これで飛んで来たのか?」と聞き「そうだ」と答えると、 みんなが「それなら飛んでみろ!」と囃し立てる。 燃料切れで今は飛べない…と言うと 「ほらみろ!こんなもんが飛ぶわけが無い!」と言われてしまった。 燃料さえ入れればちゃんと飛ぶ!と言っても信じては貰えなかった。 零戦を移動して隠したい…みんなに手伝って欲しいと頼むと… 旅の貴族と言う、何とも奇妙な成りをした男が進み出て小枝を振った! あの重い零戦がフワリと浮き上がり…歩みに合わせて移動する。 やがて村の近くの広場にそれは下ろされた。 その時になり初めて自分が「異世界」へと迷い込んだ事を知った。

魔法が普通に存在する世界、その「ハルケギニア」という国。 ここは最初に出会った子供の言葉通り「タルブの村」だという。 「あの男は頭がおかしい!」「どうかしている」「ウソつきだ」 評判は良いものとは言えなかったが、村人は優しく概ね歓迎された。 生まれ故郷の料理だ!と「寄せ鍋」を教え…皆で食べる頃には、 生来の勤勉さと真面目さから、すっかりと皆と打ち解けていた。 男も村人も…そんな平和な日々が続くと信じていた。

村での暮らしにすっかり馴染んだ頃…自ら零戦用に屋根付きの 簡素な建物を建て始めた。やがて村人も手伝うようになり… そんなに大切な物なら「固定化」の魔法を掛けて貰うと良いと 教えて貰った。そうすれば壊れず長く保存出来るらしい。 木の柱に…板と漆喰で壁を作った。日本建築である。 どうせ何かを奉るなら寺院にしよう!と誰かが言い出した…。 別に奉る訳では無いが…と思いつつも…日本風の建物がいいな、 と思い…神社を模した形の建造物が出来上がった。 いつしかそれは村に馴染み…中には拝む者まで現れはじめた。

王宮からの部隊がやって来たのは寺院の完成した翌日だった。 「この村で他国の間諜をかくまっている」 というのが王宮側の言い分だった。 異世界では身分の証明も出来ず、相手が王宮では村に迷惑が掛かる…。 仕方なく村人に「零戦を頼む」と託して王宮の命に従った。 村人は「いったい誰が王宮などに知らせた」と大騒ぎになったが、 何の事は無い…旅の貴族が小金欲しさに密告したのであった。 なす術も無く身柄を拘束され格子付きの馬車に押し込まれた。 銃殺か絞首刑か斬首か?潔く割腹か…。 やけに揺れる馬車の中で自分の行く末を考えていた。

『王宮』

西洋の建物とはこんな感じなのだろうか? 想像でしか知らない未知の世界がそこには広がっていた。 夢の中に迷い込んだかと思う程の大きな建物!石畳の広い道! ひときわ大きな建物に近付くに連れ警備兵らしき数も増えていく。 おそらくこれが西洋建築の「城」というものなのだろう… やがて馬車は綺麗に彩られた曲線の鳥居をくぐる。 その鳥居にはこの国の旗印であろう奇妙な文様が描かれていたが、 一体それが何を意味し、何を模した物なのかは理解できなかった。 やがて…馬車は建物の敷地内の一角に停められた。 「これからお前は国王陛下の御前に連れて行かれるわけだが…」 「くれぐれも失礼の無き様…承知置くように!良いな?!」 そして少し「気の毒に…」といった風の顔をして言った。 「何があっても取り乱さず、気を落さぬよう振舞われよ!」 国王陛下と言えば国の長である事くらいは自分でも知っている。 間諜と疑われているのなら、身の潔白を証明せねばなるまい… しかし、異世界からの来訪者の自分には…その手立てが全く無い。 …何があっても取り乱さず…気を落さぬよう… その言葉は…自分の立場が極めて危うい事を如実に物語っていた。 やがて強引に両脇を抱えられ、引きずられるように連れて行かれ、 「ここが『謁見の間』だ!先の言葉…肝に銘じておかれよ!」 と、その身を部屋の中央に投げ出された! そこは天井の高い大広間で…壁に沿う様にズラリと兵士が立ち並び、 正面奥の数段高い雛壇には椅子が置かれ…そこに国王は座っていた。 キョトンとした顔で辺りを見回し呆けていると… 椅子の横に立っていた側近と思わしき人物が声を上げた。 「国王陛下の御前である!控えよ!」 あまりの大声にビク!っとなると、慌てて直立不動の姿勢を取った。 怒鳴った男を片手で軽く制し… 「構わん、そのままで良い」 どうやら、この偉そうな人物が国王陛下で間違いは無いらしい。 「率直に聞こう!お前は何者だ?他国の間諜なのか?」 さぁ困った…何者だと聞かれても…とりあえず名乗るしかあるまい。 「佐々木武雄!階級は少尉であります!」 「ササキタケオ?」「カイキュウワショーイとな?」 異世界で階級は無意味か… 「ワショーイとやら…この小国に何をしにきた?間諜なのか?」 名前を訂正するのも面倒だ、まずは間諜の疑いを晴らさねば死ぬ。 「間諜ではありません!その、何と言いますか…迷い込みました!」 「迷い込んだ?いったいドコから?」 側近が思わず口を挟む。 「遠い、東の異国の地であります!」 異世界に東西南北の概念があるかどうかも怪しいが…。 「東方の異国より迷い込んだと言うのか?」 周囲がザワザワと騒ぎ出す…いったい何だ?まずい事を言ったか? 側近と何やら耳打ちを始め…時折り考え込む素振りを見せる…。 やがてこちらに向き直り 「ワショーイとやら!しばらくの間、王宮で過ごして貰えぬか?」 投獄され、刑を待て…という事か。 「部屋は用意させる!」 側近が部下を呼びつけ何やら指示を与えている。 「わざわざ呼び付けてすまなかったな。今日は下がって休むがよい!」 そう言われたかと思うと、今度は両脇を抱えられる代わりに… 「ご案内致します。こちらへ!」 と促され、引きずられる事も無く…兵士の後を付いて部屋を出た。

「陛下…あれでよろしいので?」 「構わん!東方からの者なら害は無かろう。間諜なら尻尾を出す!」 「それに…どうせなら目の届く場所に置いた方が良い」

『魔法のランプ』

使用人が使う部屋なので小さいが…と言われ、あてがわれた部屋は、 造りこそ質素だが暮らすには充分過ぎる広さの部屋だった。 鉄格子の付いた地下の牢獄に入れられた訳では無いが、おそらくは 「処刑日まではここで暮らせ…」という意味なのだろうと解釈した。 この待遇は死に行く者へのせめてもの恩情というやつなんだろうか? 食事は日に3度、使用人がちゃんと運んでくる。扉には鍵も無い。 窓は中庭に面していて、逃げようと思えば逃げられそうにも見えた。 しかし城の至る所に見張りが立っている為に、たとえ逃げ出しても、 捕まらずにそのまま逃げ遂せる事が出来る様には思えなかった。

最初の夜には既に腹を括り、騒いでも仕方ないと悟っていた。 どうせ逃げられないのなら悪あがきしても始まらない。そう決めた。 食事も運ばれて来るようだし…そう悪い環境でもない。 毛布にくるまって眠ろうとして、ふと…部屋が明るい事に気付く。 ランプを消さないと眩しいな… しかし不思議な事にそのランプには何も付いていなかった。 芯の調整装置も無ければ吹き消そうとしても消えない… 良く見れば、油さえ入っている様子も無かった。 手をかざせば熱いし、紙を近付ければ燃え上がる…確かに炎だ。 だがどうやっても消えない。なんとも不可思議だ。 「タルブのランプは消えたんだがなぁ…」 その夜は仕方なくランプを廊下に出して部屋を暗くして眠りに付いた。

「ランプですか?」 使用人が食事を運んできた時に昨夜のランプの話を持ちかけてみた。 「こうすればいいんですよ」 ランプの縁をそっと指でなぞると、炎が付いたり消えたりした。 なるほど!この世界には魔法という物があるんだったな。 「これも魔法なのかい?」 「そうですね」 「じゃ君も魔法を使えるんだね?」 「まさか…使えるのは貴族の方々だけに決まっています」 今更何を言っているんだ…という感じで大笑いをされてしまう。 「でも、今ランプを…」 「これはランプにそういう魔法が掛かっているんです」 なるほど…魔法のランプと言うわけか… 「平民に魔法なんて使えませんよ」 簡単に言えば魔法を使えるのが貴族、それ以外は平民という事らしい。 それは同時に身分の差という事で、どこの世界でもそれは同じようだ。 「それとワショーイさん?」 「な、なにかな?」 「ここは牢獄でも、処刑用の待機部屋でもありませんから」 あ…やっぱり一応そういう部屋もあるんだ…と思いを巡らせていると、 「自由に外出されても宜しいんですよ」 あ…自由に外出ね…え?…自由?…外出? 「追って連絡があると思いますが」 「それはありがたい!これで村に帰れる!」 「う〜ん、それはどうでしょう?」 「追って連絡があると思います」 使用人はそう告げたきり部屋を出て行ってしまった。 その日の午後、国王側近自ら部屋を訪れ…何やら読み上げ手渡して行った。 書かれた字は読めなかったが…要するに、城内敷地から出なければ自由。 命に関わる「処刑」などの処分は無い。という事らしかった。 危険は無さそうだが疑いが晴れるまでは様子を見る…という事か。 最悪の場合でも命まで奪われる事が無いなら…まぁとりあえず一安心か。 折角だから明日は城内の散歩でもしてみよう。 その日の晩はランプを消しゆっくりと眠りに着いた。 窓からは二つの月の薄明かりだけが部屋を照らしていた。

『水晶の輝き』

朝日と鳥の声に起こされた。 窓から見える中庭の花壇は綺麗に管理されていて美しかった。 朝露にキラキラと輝き、まるで散りばめられた宝石のようにも見えた。 思い出したように胸から下げた小袋からそれを取り出すと朝日にかざす… お守り代わりに家族に持たされた綺麗な石の塊…水晶の塊だった。 不運から守ってくれる、悪いものを浄化してくれる、そう言われていた。 朝日を浴びた水晶の塊は淡い輝きを放っていた…。 「ふぅ…」 と、おおきな溜息を付くと…それをまた大切に胸に仕舞い込んだ。 「もう…戻れない…ん…だろうな…」 気を落していても始まらない!前向きに考えよう!と自分に喝を入れる。 ふと外を覗くと…自分と歳の変わらないであろう少女の姿が見えた。 それは朝露の宝石など及びも付かない程に美しく清楚で可憐に見えた。 慌てて上着を羽織ると部屋を飛び出す! 廊下で朝食を運んで来てくれた使用人とすれ違う。 「あ!ワショーイ!朝食は?」 「すまない!部屋に置いといてくれ!」 使用人はいったい何事かと思いながら、その背中を眺めていた。

転がるように中庭に飛び出すと見張りの者が声を掛けた。 「何事です?」 「あ、いや、何でもない…朝の散歩だよ」 「そんなに慌てずとも、朝は逃げませんよ」 「あ、はは、その通りだ」 「朝露で滑りますから、お気をつけ下さい」 「そうだね…ありがとう」 それだけ話すと大急ぎで中庭の花壇に向って何度も転びながら走った。 見張り番は、あきれ顔でそれを見送った。

中庭とはいえかなりの広さだ…自分の部屋から見えていた花壇はどこだ? 所々に机と椅子が用意され…茶会が開けるようになっているらしい。 その一つに少女は座っていた。 側近と思われる女官が露を払い…朝の茶会の真っ最中だった。 近付こうとすると側近がそれを制した! 少女が興味深げにこちらを見ている…やがて心地良い声で告げる。 「構いません…こちらへ」 とても柔らかく穏やかな…それでいでしっかりとした…心地良い声。 素直に従うと…正面に座るように促される。 「ワッショイさんにも…お茶を差し上げて」 「知ってるんですか?」 「勿論です…城の者なら誰でも…東方の異国からの客人と」 「お話などいけません!」と言う側近の忠告を遮り言葉を続ける。 「間諜の疑いを掛けられているとか…」 「そのようです」 「そうは見えませんね」 「まぁ…間諜ではありませんから」 「そうですね」 「間諜なら、そう見えない様に工夫するんでしょうが」 「そんなに目立つ間諜では…意味がありませんね」 「目立ちますか?」 「えぇとても」 そう言うとクスクスと笑った。 「黒い髪に黒い瞳…肌の色も…それと…服の着こなしも」 言われて良く見れば、どうも服の着方を間違えている様にも見える。 「その襟は中に入れるのですよ」 「し、知りませんでした」 「そうでしょうね」 「世話になった村ではみんな結構…適当だったもので」 コロコロと笑いながら話掛けてくる。 「災難でしたね」 「仕方ありません…」 そこまで話した所で女官が「お時間です」と打ち切りを宣言した。 「またお話を聞かせて頂けるかしら?」 「こんな他愛も無い話で良ければ…」 「いいえ、ワッショイさんのお話は興味深くて…とても楽しいわ」 そう言うと席を立ち女官に付き添われ消えてしまった。 綺麗な人だったな…側近がいたってことは…たぶん貴族なんだろう。 という事は彼女も魔法が使えるのかなぁ? その日は一日中…彼女の事が頭から離れなかった…。 明日の朝…また会えるといいんだが…。

『朝の茶会』

いつしか2人の朝の茶会は日課になっていた。 雨でも降らない限りは毎日のように行われ、雨が降っていても… わざわざ部屋にまでやってきて話し込む事も少なくは無かった。 彼女がこの国の姫であると知ったのは何度も話をした後だった。 平民の使用人達からは「陛下の逆鱗に触れる」と散々脅されたが、 その頃には間諜の疑いも晴れ… 当の国王陛下からは…娘が喜んでいるので話し相手をして欲しい。 と、逆にお墨付きを貰うまでになっていた。 最初は東方の話に興味を示していた姫だったが…やがてその興味は 語りべの同年代の若者へと移って行った。 「帰れるなら…帰りたいですか?」 何度と無く繰り返された会話。確認する様に尋ねる。 「帰れるものなら…ですが」 側近の女官が茶を注ぎながら言う… 「もし帰ってしまったら…寂しくなってしまいますね」 姫さまは、そうおっしゃっておられるのですよ…というように。 「別に私…そういうつもりで…」 顔を真っ赤にしながらもじもじしている…。 「姫がそう望むなら…帰らなくても良いとも思っています」 素直な気持ちを告げる。 「本当ですか?」 「えぇ…初めて会った時から」 「初めて会った時?」 「いや、初めて見た時から…もう心は決まっていたのかも…」 いつしか側近の女官達はそっと静かに席を外し二人きりになっていた。 手を取り中庭を歩きながら話を弾ませ…そして花壇の一つに腰を下ろす。 会話が止まりお互い見つめあう…。握った手に思わず力が入る。 どちらからともなく…顔が近付く…。姫がそのまま倒れこむ…。 「朝露に濡れてしまいます」 「構いません」 花の中に隠れるように倒れこみ…二人の唇が優しく重なり合った…。 「私…初めてなんですよ」 「それは同じです」 そう言うと…もう一度唇を重ね合わせる。 息が止まるほど長いキスの後…やっと唇を離した姫は耳元で囁いた。 「今夜…お部屋に伺います…」

『逢瀬』

皆が寝静まった頃…月明かりの中…忍び足で彼女は部屋にやってきた。 周囲に気付かれないように招き入れる…。 姫は…薄い透けた寝巻き姿の上に厚手の毛布を羽織った姿でやってきた。 「着替えの服が自分の部屋に無いものですから…」 貴族とは着替える時も使用人任せで…姫ともなれば尚更の事なのだろう。 「逢いたかった…」 毛布の上から…そのまま熱い抱擁を交わす。互いの体温が伝わる。 しばらくの間…。ハッと我に返り…思い出した心配事を告げる。 この部屋の扉には鍵が無い。万が一と言う事もある。 「実は…姫…この部屋には鍵が無いので…」 「心配ありませんわ」 姫が扉に向き直り小声で何か呟くと…鍵の無い扉に鍵の掛かる音がした。 扉に向いた隙に…ふいに後ろから抱きしめ首筋に唇を這わせる… 姫は一瞬、身体をビクッ!と、こわばらせたが…すぐに力を抜いた。 そのまま体を入れ替え毛布をゆっくりとめくり上げる。 ストンと床に落ちた毛布…その中からは若さに溢れた肢体が現れる…。 月明かりが薄い寝巻きを透かし…その綺麗なラインを浮かび上がらせる。 歳の割に大きめの胸は、くびれた腰との相乗効果で…それをよりいっそう 際立たせて見せた。 2人は言葉を交わす事の無いまま唇を重ね、そのままベッドに倒れこんだ。 「お慕いしています…」姫の言葉… 「許されません…」精一杯の答え… 「今宵は…全てを忘れて下さい」 むさぼる様に互いを求め合い…愛の交歓を夜明け間近まで確認し合った。

その夜から姫は…時折り見張りの目を盗んでは部屋を訪れるようになり、 明け方にはそっと自室に戻る…という行為を重ねていった。

『城下町』

ある日「町に出たい!」と言い出し護衛付きの条件で町へと繰り出した。 直々に「娘を頼む」と案内役を頼まれたが、自分も町は初めてだった。 「護衛が邪魔だわ…」 「彼らも、それが仕事ですから」 「これでは…2人っきりになれませんわ…」 「我慢して下さい」 「ねぇ?逃げましょうか?」 「はぁ?」 「角を曲がったら走って!」 「ひ、姫?!」 「護衛を撒きます!」 狭い路地を曲がった所で急に姫は走り出す!またすぐ先の角を曲がる! 何度か繰り返し…目に付いた小さな店に駆け込んだ。 大きく肩で息をしながら… 「何とか撒いたようね♪」 「大事になりますよ」 「構わないわ!アナタと一緒ですもの…」 「姫…」 「このまま城に帰らず…町娘として暮らすのも悪くないわ♪」 広く大きなこの町は賑やかで気分を嫌が上でも高揚させた。 「姫は…珍しい物に興味を魅かれているだけでは?」 「最初はそうだったわ!」事も無げに言い放った。 「でも…今は違う…愛している…心から」 「その気持ちは同じです…」 「嬉しい…」 「でも…一国の姫が…そんな」 「アナタの為なら…私は…国など…いつでも捨てられますわ…」 その夜、町の安宿に部屋を取り腰を落ち着けると…熱い抱擁を交わした。 「これから…私達の未来が始まるのね…」

姫の失踪後間もなく王宮に「姫殿下、失踪」の一報が入り大騒ぎになった! 各地の領主にも使いが走り、国を挙げ姫の大捜索が展開された。

安宿で一夜を過ごした2人は町に繰り出し、買い物をしたり、 芝居見物をしたり、美味しいと評判の店を食べ歩いた。 笑顔が魅力をいっそう引き立て…姫は王宮にいるより一段とより美しく 綺麗に見え、一日が過ぎるのがとても早く感じた。 夕刻になり部屋に戻ると、将来について楽しそうに語った。 「明日には町を出ましょう…」 「町の出口には見張りもいます…」 「大丈夫、抜け道を知ってますもの♪あぁ楽しみだわ」 その時… 激しく扉を叩く音がした! 「すぐに開けろ!王宮の巡邏のものだ!犯罪者を探している!」 犯罪者?いや違う…明らかに2人を探している…。姫を! 「早く開けないか!蹴破るぞ!」 さらに激しく扉が叩かれる。 姫は、やおら服を脱ぎ始めると…「急いで!」と促した。 やがて扉が蹴破られ兵士が入り込んできた! そにには裸で抱き合う男女…見るまでもなく事の真っ最中である。 激しいキス!全裸で男の身体にのしかかり唇を重ね合わせ激しく吸っている、 良く見れば女は自ら腰を小刻みに振り…大きく乱れ喘いでいる…。 「ちっ!」 兵士の一人が舌打ちして言った 「お前らが扉を開けないのがいけないんだぞ!ったく!」 次だ!と、はき捨てるように言ったかと思うと後ろ手に扉を閉めて出て行く。 すぐに別の部屋の扉を同じように叩く音が聞こえて来た。 鍵の壊された扉は半開きのままだったが…2人は構わず行為を続けた…。 夜明けの鳥の声を聞くまで…一晩中…何度も…何度も。

『別れ』

翌日…町を出る前に1人の女官に見咎められ…姫は見付かってしまった。 「姫をかどわかした罪」で極刑は免れないと覚悟は決めていたのだが… 姫のたっての願いにより…王宮城下より追放という形で命だけは救われた。 温情により最後の別れの時間を貰い…2人は語り合う… 「こんな結果になってしまって…ごめんなさい」 「姫…」 「本当に…本当に…こんなにも愛しているのに…」 大粒の涙を流し、言葉を搾り出すように語る。 「身分の差など…王族の血など…何の意味があるというの…」 「姫は…分け隔てなく…愛さえも…」 「違う!私は…私は…国の為にアナタを捨てるの…」 呟くように…やっと声に出して言う。 「国など…捨ててもいいと言った…はずなのに…」 「自分を責めないで…」 「どうか…私を…恨んで下さい…」 「まさか…愛した人を恨むなど…」 「ごめんなさい…ありがとう…」 男は首から下げた紐をたぐり…小さな布袋を取り出しながら言った。 「これからお互いに…別の道を歩むでしょうが…」 「これを…」と布袋から出した物を、姫の小さな手にそっと握らせた。 「戦地に赴く際に渡された…お守り代わりの石です」 それは小石ほどの大きさの水晶の塊だった。 「これを…姫を愛した証に…」 「こんな大切な物を…」 「愛の証です」 姫が手の平の水晶に呪文を呟くと…それは綺麗な水晶玉になった。 そして…更に呪文を唱えると… その水晶玉は姫の杖にはめ込まれ…一体となった。 「これが私の…愛の証」 2人は最後の熱いとろけるような抱擁と激しいキスをすると… それぞれの馬車に押し込まれ…もう二度と出会う事は無かった。

『王家の紋章』

「もう充分に遊んだろう」 国王は諭すように姫に言い聞かせた。 「いつかは王家を継ぐ身だ、遊びは構わんが…相手は選べ」 「私が死に王位が空けば…オマエが即位するのだ」 「婿でも構わんが、出来れば他人に王位は渡したくない」 うつむき押し黙っていた姫が口を開いた。 「国王陛下…」 「公の場では無いんだ、お父様でいい」 「では…お父様…お願いがあります」 「なんだね?」 「直系王女の紋章のことですが…」 「ん?代々、聖獣ユニコーンの…アレかね?」 王家では女系の紋章を聖獣ユニコーンとする慣例があった。 無垢なる乙女しかその背に乗せないと言われる事から…王女の紋章、 また王女の馬車を引くにふさわしいとされ、実際にそうされていた。 「それがどうかしたのか?」 「その紋章に…水晶の杖を加えて貰えませんか?」 「水晶の杖?」 姫の大事そうに持つ杖に、水晶玉が付いている事を見て取ると… 「無垢なる乙女の象徴に水晶の浄化の杖か…まぁ…いいだろう」 姫の目に涙が浮かんだ… 「ありがとうございます」 私が残せる証は…これで精一杯…。 「では私の死後は即位してくれるんだな?!これで一安心だ!」 国王は姫の心の内も知らず、素直に喜んでいた。

『追放』

城下追放となった身では仕方ない。タルブの村に戻る事にしよう。 他に行くアテも無い。あそには零戦も預けてある。 姫に対する愛は本当で、何より深かったが…その身分の差は大き過ぎた。 もう二度と出会う事も無いだろう…感慨深げに振り返る…。 約束した通り…お互いの道を前に進むしか無い。それが今出来る精一杯。

タルブの村に戻ると皆から「とっくに死んだと思っていた」と言われた。 間諜の疑いも晴れたのでこの村に腰を落ち着けようと思っている…と言うと、 「そうすりゃいい!」と大歓迎された。 元々小さな村で男手が少なく、人手も足りない!住むには良い所だ!と。 「村に住むなら所帯を持たにゃ!」と、村中の若い娘を何人も紹介された。 しかし、今はまだその気になれず…独り身を通す心づもりだった。

姫との傷が癒え…シエスタの曾祖母と出会い…恋に落ちるのは、 まだもう少し先の話…。

『噂』

姫が失踪して逃げ込んだ城下町の名は「トリスタニア」といった。 王宮直属の巡邏兵が町中の店と言う店を探し回った事で噂となり… やがて噂話に尾ひれが付き…人々の間を飛び交う事となる…

「お忍びで遊びに来た姫が平民に恋をした…」

いや

「お忍びで遊びに来ていたのは遠い異国の王子だった…」

いやいや

「お互い身分を隠したまま知り合って恋に落ちた…」

と、勝手に話が一人歩きを始めた。

やがてそれは『トリスタニアの休日』という物語になり、 芝居として上演されるようになった。

今はもう誰も知らない…昔…昔の物語…。

          *終幕*