三沢流飛車換わり

それは、三沢の一言から始まった。
「どうして、俺は筋違い角に勝てないのだろうか」
三沢の素朴な疑問が、三沢流飛車換わりの出発点だった。
いままでの対筋違い角戦法にないような感覚と実戦性。
振り飛車党が使って、「安心」と「快感」があるもの…。
それが新戦法の命題として与えられた。
従来ある振り飛車の対筋違い角戦法の延長線上にありつつも、
品質的にもアイデア的にも「いままでなかったもの」を。
三沢の命題は困難を極めた。
そして、三沢門下生やスタッフによる企画提案、
外部協力者のプレゼンや検討が多数行われたが、三沢は首を縦に振らなかった。
No、No、No…。けっしてありきたりでもないし、戦法としても優秀な物のはず。
しかし、三沢は納得しなかった。多くは語らない。ただプレゼンを前にして「ノー」の一言。
だがそれは、こんなもんじゃないだろ、おまえたち、いつもそう言われているようだった。
三沢とは、ここまで妥協しないものなのか。
スタッフも真正面から三沢との闘いを受け入れた。
何度もトライアル&エラーが繰り返され、構想が練られ続けた。
そしていよいよ完成した新戦法…。その作戦として、三沢の愛する戦法「飛車換わり」が採用された。
棋風として、激しい将棋を好む三沢。
それに合わせて、「後手一手損がまかり通るなら先手二手損も変らわらないだろう」
「筋違い角相手なら飛車交換をすれば有利」という三沢の勘違いが
先手番なら石田、強引に飛車交換していくこの新戦法の方向性を決定づけた。



「三沢流飛車換わり」
それが戦法名であり、コンセプトであり、最終形態だ。