889 :パトラッシュ:2012/07/15(日) 21:27:50

KYさん作「日銀同盟」の勝手な続編です。



「……嶋田閣下、われわれを助けていただいたことには感謝しています。しかし、われわれが望むのは決して、わが身の安全だけではありません」
「シトレ元帥、おっしゃりたいことはわかります。しかしわが国への内政干渉と軍事侵攻を声高に支持した旧同盟市民の亡命を受け入れることはできません。今、彼らが銀河帝国の支配下で塗炭の苦しみを舐めていようとも、すべて自業自得なのですから」
「それはそうですが……」

元自由惑星同盟軍統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥がつらそうな表情でうつむくと、同席した旧同盟軍の面々――元宇宙艦隊総参謀長ドワイト・グリーンヒル、元イゼルローン要塞司令官ヤン・ウェンリー大将とアレックス・キャゼルヌらその旧部下たち、そして元財政委員長ジョアン・レベロと元人的資源委員長ホアン・ルイらは苦いため息をついた。唯一、彼らを大日本帝国の首都「宙京」へ連れてきた張本人である元ローゼンリッター連隊隊長ワルター・フォン・シェーンコップ少将だけは、傲然と腕を組んだ態度を崩さなかったが。

「皆さんはそれぞれの立場においてトリューニヒト・ノートの送付や日本への宣戦布告に最後まで反対し、辞職によってその意志を貫かれたからこそ亡命を認めたのです。そうでない者など、なぜ受け入れなくてはならないのですか」

 横から辻大蔵大臣が口を挟むと、何か言おうとしていたレベロが口をつぐんだ。確かに彼らの祖国は、自らの愚かさゆえに滅んだ。大日本帝国を侮って「民主主義国家たること」を要求した世論に、その技術と利権に目がくらみ「事実上の属国か植民地にしてしまえ」と暴走した政府と軍部、財界の欲望が一体となった結果なのだ。
 天皇制の廃止、共和制の採用などを要求するトリューニヒト・ノートの送付を決定した最高評議会の場で、レベロとホアンは最後まで反対した。また同盟政府が対日侵攻計画を決定した後、シトレ元帥やビュコック、ヤンらは一斉に辞表を提出して反対を表明したが、同盟世論は『同じ「帝国」である日本の存在を許すつもりか!』と、むしろ彼らを非難した。軍部内の反主流派も、この機に乗じて自分たちが実権を握ろうと策動したため、「国民による選挙で選ばれた同盟政府」は一気に対日戦争へとなだれ込んでいき――そして大日本帝国と銀河帝国の「日銀同盟」に壊滅的な敗北を喫した。今、宇宙図に自由惑星同盟の名前はなく、巨大に広がった銀河帝国と大日本帝国を中心とする内郭連合がその旧領を分割され、昨日までの民主主義国家の国民は専制政治の統治下にある。

「ヤン提督、あなたは歴史学徒を志していたそうですが、過去の歴史において同盟と同じ理由で滅亡した国家のことはご存知でしょう?」

 不意に嶋田から話を振られたヤンは、目をしばたたかせた。

「……ええと、そのアメリカ合衆国のことでしょうか」
「あの国は公然たる人種差別主義外交と、それを支持した民衆の意向で世界を支配しようと望んで――まあ、自然災害の味方もあってですが、われわれの祖先により滅ぼされました。残念ながら同盟は、アメリカと同じ道を自ら選んでしまったのですよ。違いますか?」

 『暴走した民主主義』を指摘されたヤンは、何も言えなかった。まして百数十億の同盟市民の中で、自分たちだけが内郭連合に亡命を認められている身では。

890 :パトラッシュ:2012/07/15(日) 21:29:08


「……それでも、先日まで同胞であり友人でもあった人びとが、銀河帝国の支配下で呻吟している状況は見るに忍びないのです。これまで帝国は同盟を叛乱軍と呼んできましたから、どんな扱いを受けているかと思うと」

小さな声でホアンが言うと、日本側首脳部は顔を見合わせた。やがて近衛文麿首相が、気の毒そうに話し出す。

「そういえば先日、銀河帝国から受けた情報によれば、トリューニヒト、サンフォードの両元最高評議会議長ら政治家と、ドーソン、ロボス両元大将ら旧軍首脳部らは全員、『不逞なる叛乱軍どもの首魁』として銀河帝国によって家族もろとも処刑されたそうです」
「な、なんですと?」
「ジャーナリストや官僚、財界人らも含めれば、一億人近くが殺されたとか。ルドルフ大帝の血のローラーに匹敵する大量処刑ですな。あなた方も当然、その名簿に加わっていたはずですが、そのほうがよろしかったのでしょうか」

 愕然とする旧同盟側の面々に、嶋田は追い討ちをかけた。

「すでにハイネセンにあったアーレ・ハイネセン像は爆破され、跡にはさらに巨大なルドルフ大帝像が建設される計画とか。また、ハイネセンという惑星名も現皇帝の名を取って『フリードリヒ』に改名したと通告してきました。これが民主主義国家の結末ですよ」

 彼らの祖国が完全に滅亡したと知らされたシトレ、レベロらは顔面蒼白になって黙り込み、顔を覆って呻くヤンを副官だったフレデリカが慰める。沈鬱な空気を破ったのは、ひとり傲然としていたシェーンコップだった。

「ま、アッテンボロー閣下風にいえば『それがどうした』というところですな」

 容赦ない一刀両断に、列席者はさすがに呆気に取られた。ドワイト・グリーンヒルが顔を真っ赤にして立ち上がる。

「シェーンコップ中将、そのような暴言は……」
「あいにく私は一度、祖国を失った身です。それが二度目になったところで大した感慨もありませんので。さもなければ、ここまで皆さんを強制的に連れて来たりはしません」

 そう、銀河帝国軍の大艦隊が首都星ハイネセンに迫る中、いちはやく動いたのはシェーンコップであった。ローゼンリッターを動かして複数の大型輸送船を確保し、シトレやヤン、キャゼルヌにレベロらとその家族など一万人あまりを拉致同様に乗船させてまっすぐ大日本帝国の占領地に向かった。無論、当初は亡命を拒否されたが、シェーンコップは「ここにいるのは対日戦争を拒否した面々だ。それらの者すら貴殿らは拒むのか」と迫り、日本側も受け入れざるを得なかった――ということになっていたが。

「先ほど嶋田閣下の言われた通り、自由惑星同盟は国民が選んで支持した政府によって滅亡したのです。それを認められないのなら、ご自分だけ旧同盟領に戻ってゲリラ戦でも続けられますかな? 無論、日本は何の支援もしてくれないでしょうし、銀河帝国は総力をあげて叩き潰そうとするでしょう。そこまで民主主義と同盟に殉ずる覚悟がおありなら、私の発言を暴言と断定されてもよろしいですが」

 強烈な逆襲に、グリーンヒルは言葉が続かず、がっくりと椅子に倒れ込んだ。もはや彼らには一兵もなく、大日本帝国の怒りを買えば旧同盟領に戻るどころか銀河帝国に戦犯として引き渡される以外にない現実を思い知らされたのだ。

891 :パトラッシュ:2012/07/15(日) 21:31:56


「……そうですね、シェーンコップ中将の言う通りかもしれません」

 ようやく顔を上げたヤンは、軽く頭を振って一同を見渡した。

「ヤン提督、君まで『それがどうした』などと言うつもりかね?」
「いえ、レベロ閣下。現実を見なければ意味はないと申し上げているのです。おそらく日本は、われわれが亡命政府を立ち上げるのも許さないでしょうし、銀河帝国と戦うなどもっと認めるはずがありません。ならばわれわれにできる可能なことをするしかないのです」
「われわれにできる可能なこととは?」
「自由惑星同盟の歴史を後世に伝えなくてはなりません。アメリカ合衆国の故事に学ばず滅亡した愚かさを、二度と繰り返さないために。そして、少しでも日本に対して旧同盟に対する態度を和らげて、亡命を希望する旧同盟市民を受け入れてくれるよう求めるしかないのです。他にやれることが、今のわれわれにありますか?」
「つまり、同盟復興などという夢など見ず、内郭連合で静かに生きろと?」
「ビュコック提督のように、銀河帝国軍と戦って散っていれば苦しむ必要はなかったでしょう。しかし現実には、何の力もないまま生き残ってしまったのですから」

 ある意味シェーンコップより非情なヤンの発言に対し、シトレやレベロ、ホアンは視線を交わした。感情や理想に流されない現実主義の軍人や政治家だった面々には、ヤンの意見の正しさが理解できた。ましてここには、「何を犠牲にしても同盟の理想を守り抜け」などとほざく夢想家は存在していない。日本に駐在していた同盟の外交官やジャーナリスト、商社などがいたら「同盟復活」を声高に唱えただろうが、彼らは開戦と同時に追放された。シトレたちは自分たちのやるべきこと、やれることは何か、真剣に模索しようとしていた。

<どうやら皆さん、現実を受け入れて落ち着いてきたようですね>
<正直、原作を知る夢幻会のSF愛好者グループの圧力がなければ受け入れたくなかったのですが、このまま内郭連合の忠実な市民になってくれるのならよいでしょう>
<とりあえず彼らには、同盟滅亡に関する本を編纂してもらいます。まだ一部に残っている同盟へのノスタルジーを完全に除く意味でもやってもらわねば>
<宙京からは離れた惑星に集住させる予定です。当分は監視付きで>
<あまりに少人数だから、叛乱を起こす心配もないでしょう。彼らの子供たちに日本式の教育を受けさせれば、いずれ同盟など記憶の彼方に消え去りますよ>
<……それにしても近衛さん、われわれはかつてアメリカを滅ぼし、今回は同盟を滅ぼしました。そう遠くない未来に、今度は銀河帝国も滅ぼすことになるのでしょうか>
<未来は未来の人間に任せるしかありませんよ、嶋田さん>

 自由惑星同盟が滅亡して、宇宙には戦火のない数世紀の平和がもたらされた。苛酷な専制政治にあえぐ旧同盟領の住民たちの間には「イゼルローンの英雄であるヤン提督が、いずれ叛乱の旗を揚げて自分たちを救いにくる」という風聞が根強く残り一筋の希望となっていたが、やがてそれも伝説となって消えていった。
 同盟消滅から五年後、大日本帝国で刊行された全十巻に及ぶ歴史書『自由惑星同盟滅亡史』なる書物は、同盟末期の政府、軍部、市民の描写の詳細さから、実情を知る同盟市民が日本に亡命して協力したのではと根強くささやかれた。ただ、日本政府の公式記録には、同盟滅亡後その旧市民を受け入れたという話は一切記されていない。

※勝手な妄想を膨らませてすみません。どうしてもヤンたちを助けたくて書いてしまいました。年代や階級などが適当なのは見逃してください。意見があればどうぞ。

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最終更新:2012年07月23日 21:41