642 :68:2013/03/18(月) 01:25:17
では投下。なんだかむやみと長くなってしまった(汗


ネタSS「大反攻」


5月、満月の夜。パリ郊外某所の中堅ホテルの一室で、一人の男が高笑いしている。

「諸君、夜が来た!満願成就の夜が来た!!」

そう、明け方からE.U.軍の清に対する一大反攻作戦「ベルティエ作戦」が開始されるのだ。
E.U.の盟主を以って自任するフランス州に対する配慮から、作戦名がフランス人の名前と
なるのは確かに少々気に食わない。だが、開戦以来押されっぱなしだった相手に対し反撃を
加え、それこそ例のマーチで歌われているように懲罰を加えるのだから男として、人として
これほど心踊る状況は無いと言える。だからこの男、アドルフ・ヒトラーが興奮するのも…
まあ、わからない話ではないだろう。

(だが、それにしてもなんというか、こう…大丈夫なのか、こいつ?)

さすがに盟友の狂的な喜びに共感しきれずに戸惑い顔になっているムッソリーニ。その横で、
疲れ果てた顔(当たり前だ、つい数時間前まで官庁街でE.U.全体の戦時生産計画に手直しを
加えていて、それから枢軸会議の会合に参加するため超特急で移動、今さっきこのホテルに
到着したばかりなのだから)のシュペーアが「この人は…」とこめかみを押さえている。

「さて、諸君」

と、ヒトラーが笑うのをやめて一同を見渡した。自然とメンバーの顔が引き締まる。

「我々は今日までこの衰微した欧州を裏から導き、復興を進めてきた。だが、それにも
そろそろ限界が見え始めている」

その言葉は彼らに緊張を促すのには十分だった。そう、この戦争が終結すれば、いよいよ
政権奪取のために本格的な行動が始まるのだ。戦争はE.U.自体の力を削ぎはしたものの、
何も悪いことばかりではなかった。明確な「敵」を得て、E.U.全体がまとまりつつある。
誘導するものさえいれば、さらに深い形での統合も不可能ではない。彼らは現状をそう分析
していた。

「腐敗したE.U.を立て直せるのは、我々『欧州枢軸会議』だけだ。そう、我々こそが欧州の
枢軸となるべき時が来ているのだ!」

ここでヒトラーは一度言葉を切る。

「そのためにも、我々はより結束せねばならない。――諸君、協力してくれるか?」

応えたのは、意外にもムッソリーニだった。

「ああ、総統殿。盟友として、惜しみない助力を」


会合の後、タクシーの中でバルボは彼の上司に向かって皮肉げに問いかけた。

「いいんですかね、あの人の下風に立っても?」

バルボはムッソリーニが野心家であることを理解している。本心ではヒトラーを自分より
下に見ていることも。だが、挑発するような言葉にもムッソリーニは動じなかった。

「私がどのような形で権力を手にしたのか忘れたかね?この国に王はいない。共和国での
革命は、“経験者”に任せた方が安全だろう」

「第三帝国世界」で日本圏と枢軸陣営の仲介者として活躍しただけあり、ムッソリーニには
バランス感覚があった。ここで無理に主導権を握ろうとしても、組織を崩壊させるだけ。故に
彼は、部下たちにも秘密で盟友と一つの密約を交わしていた。行動に際してはヒトラーが
トップに立ち、ムッソリーニが補佐に回る。代わりに、首尾よく政権を手に入れた暁には
ヒトラーは様々な面でムッソリーニを優遇する…。無論、ここには正面に出ないことで
様々な「面倒ごと」を盟友に押し付けようとしたムッソリーニの計算も有ったが、結果的に
この密約はうまく働き、事実上の二頭体制にもかかわらず後々まで彼らの関係にひびが入る
ことは無かったという。

643 :68:2013/03/18(月) 01:25:59
   *   *


数時間後、ノヴォシビルスク近郊。

「…ょうさ!起きてください少佐!」

高麗共和国が清の快進撃を見て送り込んだ“『扶清逐欧』高麗義勇軍”の一員としてシベリア
入りしていた首都防衛隊の少佐はこの日の明け方、まだ日が昇らない時刻に叩き起こされた。

「…どうした、もう朝か?」

「E.U.軍が我が軍に対し大規模な空襲をかけています、ここも危険です!」

従卒のその一言で完全に目が覚めた。手早く上衣を身につけ、背嚢を引っつかんで天幕から
飛び出す。

あたりに轟音が響き渡っていた。音源は上、夜明けの空を黒々と染めて乱れ飛ぶ膨大な数の
攻撃機の群れと…周囲の地上で炸裂するミサイルや爆弾だ。あちらこちらで悲鳴が聞こえ、
パニックを起こして逃げ惑う人影がそこここに見える。その中を彼は駐機場に駆け込み、
こちらに到着してからほとんど使う機会の無かったKMFジェンシーの元へ走る。

自分の顔を見て「少佐殿!」「指揮官閣下!」と口々にほっとした顔で呼びかける部下たちに
彼は上官としてこの場を脱出するよう命令を下そうとした。だがそのとき、彼は辺りに響く
不協和音の中に、それとは異質な音を聞いた。履帯とランドスピナーが大地を蹴って進む音だ。
方角は、西。そちらに顔を向けて、彼は大きくうめいた。

――彼の目に映ったのは、こちらに向けて迫り来るE.U.軍の部隊だった。目測で数千はいる。
対して自分が率いる首都防衛隊は増強大隊編成だからおよそ1500。まともにぶつかれば勝ち目
は無いが、ここで逃げようとすれば逃げる背中を撃たれて死ぬだけだろう。同じ高麗義勇軍の
部隊と連携しようにも、大半は膝をつき天を見上げて哀号と泣き叫ぶばかりで到底物の役には
立ちそうにない。

(…降伏するか?いや、無理だな…)

少佐は、今回の自分の役目は「一人でも多くの兵を生きて故郷に帰らせること」だと考えていた。
元々が無茶な戦争なのだから、何も上層部の馬鹿に素直に付き合うことは無いはずだ。故に
彼は、最初から「参戦」という最低限の義務だけを果たして降伏することも視野に入れていた。
その行動が、どれほど上層部の彼に対する評価を押し下げることになるとしても。

だが。このとき大清連邦側の「シベリア遠征軍集団西方軍司令部」から彼の部隊に下されていた
命令は非情だった。曰く、なんとしても陣地を死守しE.U.軍の攻勢を押しとどめよ、と。
あげくはご丁寧に連絡将校と称して見張りまで付けてきた。

こうなってはもう仕方が無い。腹を括った少佐は、てきぱきと部隊に迎撃の指示を下し始めた。

644 :68:2013/03/18(月) 01:27:06
   *   *


鋼鉄の奔流のように突進するE.U.軍。その先頭を切って、白いMk4-Xアレクサンダが駆けていく。
狭いコクピット内で、ミハイル・ヴィットマンは感慨にふけっていた。

(あのとき突然呼び出されて何かと思ったら、まさかこんな妙なものに乗るはめになるとはな…
もういい加減慣れたとはいえ、いまだに少々違和感がある)

戦車兵としてドイツ州軍に入隊した彼だったが、ある日突然「君、いい戦闘センスしてるね。
どうだい、新型のKMFに乗らないか?」と勧誘され、そのままあれよあれよという間に
このアレクサンダに乗っけられてしまったのである。だが単独戦闘を好むスタイルがうまく
機体の特性にマッチしたためか、訓練を積むうちに彼はいつの間にかE.U.最高のKMF乗りと
呼ばれるようになっていた。

(それにしても、やはり一人で戦うというのは変な感じだな)

考えながらも機体にライフルを構えさせ、無造作にジェンシーとかいうらしい敵のKMFを走り
ながら狙い撃ち、次々と倒していく。距離が詰まったあたりで弾が尽きたが、トンファーに
持ち替えるよりも速くジェンシーが中国刀で斬りかかってきた。咄嗟にライフルで受け止める。
銃身被筒の半ばまで歯が食い込み、パイロットシートでヴィットマンは冷や汗を流した。一瞬の
競り合いを経て、ライフルが折れるより前に手放し、転がるように相手の横方向へすり抜ける。
そこからトンファーを構え、相手の胴に突き立てた。動力をやられて動かなくなるジェンシーを
無視し、次の敵に踊りかかる。

今度の相手は手強かった。トンファーと中国刀が幾度も火花を散らし、装甲に幾つもの傷が入る。
十合、二十号と打ち合ううち、ヴィットマンは確信した。相手は、技量面で言えばおそらく自分
より格上、紛れも無いエースだ。機体の国籍マークは高麗共和国…おそらく、例の義勇軍とやら
で来ているのだろう。がっきと組み合い、そのまま力比べになる。双方の機体各所でフレームが
軋みを上げた。

「おい、高麗の騎士殿」

無線の共通周波数で呼びかける。返答は無いが、そのまま続けた。

「自分はE.U.統合軍第1KMF連隊所属、ミハイル・ヴィットマンドイツ州陸軍中尉だ。貴官の戦い
ぶりに感服した、よければ名を聞きたい」

ややあって、返答が入る。

<…階級は少佐だが、名乗るほどの者ではない。貴官の技量には敬意を表明するが、残念ながら
私は貴官の部隊を通すわけにはいかないのだ。よって、手加減なしで行かせてもらう!>

「望むところだ、受けて立つ!」

両機が飛び離れ、再度刃を交わそうとした瞬間、突如としてジェンシーの左脚が爆発した。
そのままジェンシーは右前に吹き飛び、砂埃を舞い上げて倒れる。思わず右を見ると、遠方に
E.U.軍の戦車が数両見えた。

(あれは、カリウスの部隊か…助かったと言いたいところだが、どうもこういうことをされると
後味が悪い)

そう心の中で軽く毒づきながら、辺りを見回した。全機がアレクサンダとオルレアンのみで構成
された彼の中隊に欠けは無いが、ボーイが数機、シュトゥルムフントが十数機周囲に倒れている。
対して相手方のジェンシーはほぼ文字通り全滅していた。そこここに双方の兵の死体が転がって
いる。この時点で戦闘は終了したと判断したヴィットマンは機体の拡声器を通し、周囲の敵兵に
呼びかける。

645 :68:2013/03/18(月) 01:28:01
「高麗軍に告ぐ、武器を捨てて我が軍に降伏せよ。速やかに投降すれば捕虜として丁重に…!?」

言葉の途中で、ヴィットマンは色を失った。僚機のオルレアンの対人機銃が、武器を捨てようと
した高麗兵を無造作に薙ぎ払ったのだ。一瞬の沈黙の後、高麗兵たちが怒りと絶望の声を上げて
E.U.側のKMFに突撃しようとする。それを押しとどめたのは、たった今発砲したオルレアンを
体当たりで弾き飛ばすヴィットマン機の姿だった。それでもなお遮二無二手足を振り回して起き
上がろうとするオルレアンを、他のオルレアンが数機がかりで押さえ込む。

不安げに顔をこわばらせて銃を構える高麗兵たち。それをカメラで確認し、ヴィットマンは
苦々しげに無線で、先ほどまで渡り合っていた雄敵に伝える。

「申し訳ない少佐殿、先ほどは自分の部下が勝手なことをしたが、我々E.U.軍としては投降
する者に対し無用の暴力を加える意思は無いのだ。すまないが、貴官からも降伏を呼びかけて
もらえないだろうか?」

<…本当だな?>

「俺を信じてくれ、あんたに嘘はつかん」

焦ったせいで地の口調が出てしまったが、幸運にもそれが相手には本心として伝わったらしかった。

<わかった、何とかしてみよう…早まるな、見ての通り先ほどの攻撃は彼らの総意ではない!
我々の役目は終わった、武器を下ろせ!これ以上の戦いに意味は無い…生きて、故郷に帰ろう。
それが、今の我々の役目だ>

半信半疑ながらも、マイクから流れる声に一人、また一人と銃を棄て、降伏する高麗軍の兵士たち。
それを尻目に機を降りたヴィットマンは、コックピットから引きずり出され、拘束されている部下…
先ほど高麗兵に降伏を呼びかける上官を無視して銃撃を加えた男の前に立った。

「なぜ、上官の意思を無視した?」

問われて部下はふいと顔を逸らす。その反抗的な態度にヴィットマンが「答えろ!」と語調を
強めると、部下は渋々といった風に口を開いた。

「…なんで、わざわざ黄色い猿に情けなんぞかけてやる必要があるんですか?奴らは業突く張り
の盗人だ、もっと痛めつけてやってもいいじゃないか」

そのほかにも何か言いたそうではあったが、それだけ聞けば十分だった。腰のホルスターから
拳銃を抜き、部下の額に突きつける。

「敵前抗命の罪により、現場指揮官の判断でお前を処刑する」

頭の別の部分では、苦い思いが渦巻いていた。宣伝大臣め、安易に差別を煽りすぎだ。いちいち
この調子では面倒ばかり増えて話にならん…

銃声が一発、朝のシベリアに響き渡った。

なお、この後こうした報告を受けたヒトラーは、ゲッベルスに宣伝の方針を修正するように命じた。
これによって、E.U.の白人至上主義は少しずつ改善されていくことになる。

646 :68:2013/03/18(月) 01:29:17
   *   *


この作戦時、E.U.が懐が苦しい状況下で無理やり捻り出した総計120万の地上部隊は、おおよそ
三つの集団に分けられていた。ノヴォシビルスク方面、実質的な主攻に当たる「イプシロン」
軍集団が60万。ヤクーツク方面の「デルタ」軍集団が22万。その中間を進撃する「タウ」軍集団
が38万。後これに各方面それぞれ航空部隊が加わる。対する清も頭数なら同程度だが、差があった
のはその中身である。ここでそれぞれの戦力内訳を見ておこう。

   ~   ~

E.U.統合陸軍・東方軍集団

兵員総数:120万

KMF:2310騎
Mk3-E2パンツァー・フンメル(大半は改良型のE9だが、E8型も少数残っている)500騎
Mk3-Fパンツァー・フンメルⅡ350騎
Mk4-Xアレクサンダ20騎
Mk4-Aオルレアン130騎
Mk5ボーイ230騎
Mk6シュトゥルムフント1080騎

戦車1850両
装甲車両2910両


E.U.統合空軍・東部航空方面隊

第五世代戦闘機Me-595「ファルケ」70機
第四.五世代戦闘機ダッソー「ラファール」、スホーイSu-30「ジュラーヴリク」他530機
その他作戦機450機



大清連邦陸軍シベリア遠征軍集団

兵員総数:150万

KMF:1880騎
TQ-19ガン・ルゥ1520騎
T-113ジェンシー310騎

戦車2800両
装甲車両3430両


大清連邦空軍・北方航空団

第五世代戦闘機“S-20”25機
第四世代戦闘機“S-10”260機
その他作戦機190機


高麗共和国“『扶清逐欧』高麗義勇軍”

兵員総数:1万2000

T-113ジェンシー40騎

戦車70両
装甲車両110両

   ~   ~

一目見れば、清が上回っているのは兵数のみであり、近代兵器の装備率ではE.U.側に大きく
水をあけられていることがわかるだろう。しかも、質の面ですら差があった。E.U.側の新鋭KMF
オルレアンの仮想敵は、ブリタニアのサザーランド。それと互角と言われるのだから、その
劣化コピーに過ぎないジェンシーではまるでお話にならない。偽グラスゴーことボーイにしても
元機から改良が加えられており、侮れない敵だった。その上致命的なことに、どう頑張っても
清国の工業力ではジェンシーの損失を埋めるほどの量産は無理があり…仕方なしに生産性の高い
ガン・ルゥでしのごうとしたが、間の悪いことにE.U.はこちらにも強敵を当ててきた。そう、
いわずと知れたシュトゥルムフントである。紙装甲で悪名高いこの機体だが、仮にも純正KMF…
機動力と火力なら“もどき”のガン・ルゥを上回っており、これにパンツァー・フンメルⅡの
火力支援を加えれば、まず敗北は無いと言えた。航空戦力に関してはさらに絶望的で、倍ほども
開きがある。ランチェスターの方程式を持ち出すまでも無く、制空権が誰のものかは、当時
日本においてネットで流行った言い回しを使えば「確定的に明らか」だった。しかもその航空の
傘に護られて地上部隊を襲うのは、清国将兵に「洋鬼屍鴉」と忌み嫌われたHe-300「クレーア」
である。総体として清が不利なのは、誰の目にも明らかだった。E.U.だって、伊達に四大列強に
名を連ねているわけではないのだ。

647 :68:2013/03/18(月) 01:31:09
   *   *


「そうじゃ、陣地を死守させよ!なんとしても白人どもを通すなッ」

<しかし高亥様、このままではなし崩しにすり潰されるだけです!一時戦線を下げ、体勢を立て
直せば必ず、必ずや占領地については奪回できましょう!――どうか!どうかお願いでございます、
後生でございますから後退のご許可を!>

執務室で装飾過剰な電話機に向かって、甲高い声で喚きたてる高亥。電話の向こうからは、なんとか
ヒステリー状態の上司を説得しようと試みる曹将軍の悲鳴のような声が聞こえる。

E.U.軍の春期大反攻作戦「ベルティエ」を受けた清は、控えめに言って混乱していた。特に激しい
空爆を集中的に受け、そこにアレクサンダ、オルレアンを始めとする新鋭KMFや強力な戦車部隊の
突撃を喰らった西方軍はほぼ壊乱状態だった。

「奪回?おぬし、よもやそのような甘い予測が成り立つと本気で思うておるのか!?…ならぬ、
なんとしてもそこで踏みとどまれ!奴らに寸土たりとも陣を明け渡すな、何があろうと堅守
させよ!」

高亥の顔には怒りと焦り、そして何より疲労が色濃かった。頬はこけ、目の下には隈が出来ている。
連日のストレス(無論、最大の原因は無能かつ害悪な他の宦官たちである)は、確実に彼の精神を
蝕み、正常な判断力を奪い去っていた。本来の彼ならここであえて撤退を選び、決定的な破局を
避ける知恵ぐらいはあっただろう。だが、ここで失敗すれば他の宦官たちの攻撃材料となり、
ひいては彼らに追い落とされかねないことを理解しているがゆえに、そのプレッシャーで歪められた
彼の神経は、僅かでも“敗北”の二文字につながりそうな行動を断固として拒否した。狂ったように
「陣地死守」「戦線固持」を叫ぶのは、その最たる表れだった。もっとも、戦線を下げることを拒む
他の宦官たちに悩まされたその彼が、今度は結果的に同じことをしているのは皮肉と言えただろう。
結局ここでも、彼に信頼できる軍師がいないことが影響していたのだった。

「…し、しかし高亥様、お忘れかもしれませんが我が軍にはまだ竜胆がございます!竜胆の火力と
装甲を以ってすれば、陣地奪還は可能でございます!そのためにもどうかせめて、竜胆の支援を
受けられる地点までの後退をお許しいただきたく…!」

曹の言葉は少なくとも意図的な虚言ではなかった。竜胆の重厚な複合装甲は並みの砲や航空爆弾
などで破れるような代物ではないし、連装式の主砲を始めとして火力も強力である。この地上戦艦
なら、多少の抵抗ぐらいは撥ね返して力任せに前進し、敵を引き裂くことが可能なはずだった。

ならばなぜ、ここまでの戦闘でこの地上戦艦を投入しなかったのか?簡単に言うと、この時竜胆は
即席の中継拠点、補給基地として運用されていたのだ。

シベリアのE.U.軍は100万の大軍で押しつぶせばよいが、それを支える兵站線の維持は清にとって
決して小さくない負担となることが予想された。途中の都市を利用しようにも、E.U.側が
焦土戦術を取ればどうしようもない。このため開戦前から問題を解決するべく様々な案が検討
されていた中、軍人たちが目を付けたのがこの巨艦だったのだ。相手は辺境の雑魚部隊、それを
潰すのにこの大物を出すのは、牛刀を以って鶏を割くにも等しい愚行と呼べる。小回りも効かないし、
砲弾だってタダではないのだ。ならば、もっと有効な使い方を考えてやればよい。…結果このとき
まで竜胆は一切前線に出ないまま、後方で支援に当たっていたのである。

「ふむ…その言葉に嘘は無かろうな?」

<も、もちろんでございます!>

「よかろう、後退を許す…だが、二度目の失敗は許さぬ、覚悟して当たれ」

<…御意にございます>

高亥は受話器を置くと、デスク脇のベルを鳴らした。すぐにやってきた侍従に命じてガラスの杯に
注がれた液体を持ってこさせ、それを一気に呷る。日本製の栄養ドリンクが胃の腑に流れ込み、
身体の芯に僅かながら力が戻ってくるのを確認して、ようやく一息ついた。

「…負けるものか…」

掠れた呟きは、天井に吸い込まれて誰にも届かなかった。

648 :68:2013/03/18(月) 01:31:49

ようやくのことで高亥を説得しおおせた曹将軍は、天を仰いでため息をついた。高亥に対して
ああは言ったものの、押し返してそこで講和せねばどうあっても敗北あるのみだろう。そうなれば、
自分のみならず上司の地位すらも危うい。この戦争を推進したのは事実上高亥であり、指揮を
執ったのはその部下である自分。責任を免れるのは不可能に近かった。

(俺はともかく、高亥様が失脚するのはいかにも不味いな。他の宦官どもではこの清国を回して
いくことなど出来るわけもなし…)

最悪、自分が盾になって一切の責任を被る覚悟も彼にはあった。曹は自分が高亥にはせいぜい道具
としか思われていないことをよく承知している。側近として仕えれば、上司の性格ぐらいは当然
把握できる。尊大で強欲な功利主義者。…だが、彼はそうした上司の性格にもかかわらず、高亥を
高く評価していた。

(あの方は自分の目的のために必要な行動が取れるし、そのために必要な力もある。俺よりもよほど、
先を見る目のあるお方だ)

高亥は世の理というものを理解している人間であると、曹は考えている。自分が贅を尽くすため
とはいえ、それに必要なだけの利益は部下や民衆に還元する…ある意味、理想的な君主だろう。
つまり、彼に必要な忠誠を尽くせば、それに見合った対価は返ってくるのだ。曹には妻子があった。
この戦争が終われば彼は敗戦の責を取らされる。良くて罷免か降格、悪くすれば獄中に繋がれるだろう。
そうなったとき、高亥が健在ならば彼の家族には庇護が期待できる。――曹が高亥にとって「必要な道具」
である限り、曹を繋ぎとめておくために高亥は必ずそうする。曹にはそういった計算もあった。これも
全て、ある意味で上司を信頼しているからこそだ。そのためにも、ここである程度の成果を出しておく
必要があった。

だが、運命は非情だった。参謀本部に戻った曹は、とんでもない報告に目の前が暗くなるのを覚えた。
それは、E.U.軍を迎撃すべく移動中だった竜胆7隻のうち、3隻がE.U.軍の手で破壊され、1隻に至っては
乗っ取られたというものだった。

「…そんな馬鹿な、乗っ取られた1隻はわかるがあの装甲を破っただと!?敵はいったいどれほどの戦力
を投入したというのだ!?」

「それが、現地の報告では爆撃機数機程度の編隊だったと…」

「…やつら、まさかフレイヤ弾の開発に成功したのか!?だとすれば…」

「ありえない!フレイヤは日ブ両国の最高機密だ、いくらなんでもE.U.がおいそれと開発できる代物
では…」

混乱する幕僚たち。だが、E.U.が用いたのは、彼らの想像よりはるかに“原始的”な兵器だった。

649 :68:2013/03/18(月) 01:32:41
   *   *


「くっくくくく、ついに、ついにこの日が来た…僕の可愛い“作品”がその威力を発揮する日が…!!」

「もう発揮してるでしょうが。戦争序盤でパンジャンドラムを使ったのに、まだ満足しないんですか?」

なぜか転生して、やっぱりこの面倒な上司に腐れ縁のようにつき合わされているタワーズは疲れていた。
いい加減この人から解放してほしいのだが、どうやら気に入られているらしく辞表を出しにいくのを
ことごとく邪魔されるのだ。

「何を言っているんだい君ぃ、まだまだこんなもので終わりじゃないぞ?KMF開発はポルシェの爺さん
やクレマン女史に遅れをとったが、なーに彼らより凄いやつを作ってみせるさ!…そういえば、彼女
なかなか可愛かったよなぁ…よし、今度女史をお茶に呼ぼう!丁度いい茶葉が手に入ったところだしね。
そうだタワーズ、君も来るかい?」

「…謹んでお断りします」

「ああそうか、奥さんに勘違いされて喧嘩になったら悪いよね。うん、相手の事情を思いやる僕って
やっぱり友達思いだなぁ!」

転生で前よりは確かにイケメンよりの顔になったとはいえ、この変人にお茶に呼ばれてついていく
女性が果たしているのだろうか?いやいないだろうが、とりあえずこいつの被害者がこれ以上増える
のは忍びない。タワーズは密かに、可能な限りシュートとは関わらないようアンナ・クレマンに
忠告しておくことを心に決めた。

<…シュート准将、まもなくイルクーツク上空です>

機長からタイミングよく突込みが入る。

「よし、それじゃあ発射しろ!目標、敵地上戦艦!ど真ん中にぶち込んで風穴を開けてやれ!」

「…了解、発射シークエンス開始します!」

宙を舞うアントノフAn-220「レヴォリューツィア(革命)」…搭載量50tを超えるロシア州空軍開発
の戦略爆撃機の爆弾倉が開き、アームで下に押し出された巨大な筒状のキャニスターから、轟音と
ともに炎を曳いて何かが飛び出した。眼下に見える黒々としたピラミッド、地上戦艦竜胆の横腹に
それは吸い込まれるように着弾し、軽々と撃ち抜いた。数瞬の後、ピラミッドが破孔から火を噴き、
内側から膨れ上がるようにして爆発する。超大型誘導ロケット爆弾T-20「セント・ジョージ」は、
きっちり己の役目を果たしたのだった。


この間にもE.U.軍は清軍の残党と本国各州の財政をがりがりと削りながら着々と進撃し、その戦列は
今や北と西からバイカル湖に達していた。そう、誰が見ても戦争はあと一押しだった。

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最終更新:2013年03月24日 20:45