5 :ひゅうが@恢復中:2014/07/03(木) 19:58:07


戦後夢幻会ネタSS――前史 「情報戦 1945年」



――西暦1945年4月27日 アメリカ合衆国 ホワイトハウス


「なんだねこれは!」

アメリカ合衆国第34代大統領 ヘンリー・A・ウォレスは怒りをこめて報告書をデスクに叩きつけた。

「大統領閣下。私は…」

「ハル『元』長官。私は君が有能な国務官僚であることはよく知っているしそれには感謝している。だが――」

顔を真っ赤にし、涙を浮かべたウォレスは、周囲の男たち――アメリカ海軍長官チェスター・ニミッツ元帥 合衆国艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス元帥など――が止めるのを手で制して叫んだ。

「戦争を望んだ挙句、在米日本資産凍結という『先制攻撃』をしていた、しかもそれがモスクワの奴らの誘導下にあったと聞いたらはらわたが煮えかえらないわけがないだろう!!」

「…私もです。」

歯を食いしばったハル元国務長官は少し俯いた。
ハルの部下であった人々の中に、ことにハーバード出であったりする東部エスプリの出身者の中に多く「赤い細胞」が存在したことだけでもハルにとっては衝撃だった。
それだけでなく、前ルーズベルト政権下の数名の高官がモスクワと繋がりがあった、そして5年前の日米交渉時に活発な「資金と情報と」のやりとりがあったことも資料は示している。

「…これを日本側が持ってきたときは、私も半信半疑だったよ。」

ウォレスが少し落ち着き、秘書にコーヒーを頼む。
数十秒とたたずに人数分が持ってこられたカップのうちひとつを、ウォレスは立ち上がってハルに渡した。

「砂糖は?」

「いたたきます。ミルクもいただければ。」

「追加を頼もう。私もほしい。」

人懐っこく「苦い」笑みを浮かべるウォレスは、なるほど巷の人気がある「アメリカの良心」だった。

「だが、日本側のスパイ網がモスクワからマンハッタン計画の詳細を入手していることは無視できなかった。」

「大統領閣下、マンハッタン計画が漏れていたのですか?!」

ソロモン海の死闘の結果、太平洋艦隊司令官から海軍省へと「飛ばされ」、今またマリアナ・レイテの大失敗から中央へ戻ってきたニミッツが目を剥いた。
マリアナ後に一時降格人事でハルゼーの下についていたスプルーアンスも驚きを示している。

「ああ。マンハッタン工兵管区、グローブス准将、ロスアラモス、ハンフォード、オークリッジ、ウラニウム235、重元素239…
すべて精確な情報だったよ。
濃縮手順から何から、赤い細胞に探り出されていたようだ。」

忌々しいとばかりにウォレスが言う。

「何より、笑えぬのがこの戦争の開戦経緯だよ。
すぐ屈服すると驕って先制攻撃を誘発しようと対日圧力をかける、それはまだいい。
だがその意思決定に介入していたのがあのスターリンだったというのがいただけない。
あのパールハーバーの時点で我が国はウキウキしながらあの一撃を待ち受けていたのだよ。
まぁグアムやフィリピンだと舐めてかかられていたようだが。」

6 :ひゅうが@恢復中:2014/07/03(木) 19:58:40

そして、とウォレスは続けた。

「頼りにしたのは、腐敗と虐殺に満ちた国民党のうちでもアジアン・ナチ的色彩の強い蒋介石だった。妻が美人のクリスチャンだからといってもやりすぎだよ。
君たちは私とスティルウェル将軍がチャイナから送ったレポートを読んでいるかね?
1944年の日本陸軍の大攻勢に際しての。」

「チャイナの国民党政権は民心を完全に失い、共産党軍や日本軍旗下への相対的な比重が上昇中。国民党は対外援助15億ドルの8割以上を権力者の懐にいれているというアレですか。」

ニミッツが言った。

「そうだ、つまりモスクワとその同志たちこそがこの戦争の最大の受益者となろうとしているのだ。
チャイナとロシア、そして彼らが『解放』しつつある東欧諸国、巨大な赤い経済圏の誕生だ。
そこで何が起こるのかはこれを見てもらえばわかるよ。」

ウォレスは、デスクの中から数枚の写真を取り出した。
全員が顔をしかめた。

「1939年のポーランド、スモレンスク郊外カチンの森だ。
日本軍は伝統的に反ソ的な立ち位置からポーランドとのつながりが強い。奇跡的に生き残った一人から入手した写真だそうだよ。
我々は忘れていないか?あのポーランド分割で涎を垂らしてヒトラーと握手したのは奴らだということを。」






――1945年4月、沖縄において日本海軍とアメリカ海軍が最後の死闘を展開しつつある中、アメリカ政府に強い衝撃が走った。
ストックホルムとベルンにおいて断続的に日本側の外交官と接触していた情報員たちは、日本側からある大きなスーツケースに満載にした資料を渡されたのである。
そのトップの帳面に記されていた英語に、アメリカ戦略情報部(OSS)は震撼する。

「アメリカ合衆国の新兵器開発計画『マンハッタン計画』に対するソヴィエト連邦の情報活動と同国のコピー完了時期推定」

それは、日本帝国がソ連への情報活動を展開し、合衆国の極秘の新兵器開発計画を完全につかんでいることを示していた。
さらにはクレムリン内の「匿名の情報提供者」と日本側の情報網は、赤く染まった英国の情報網を使って合衆国の高官たちの決定に大きくモスクワの意思が関わっていることを突き止めている。
慌てて調査を命じた新大統領ウォレスは、FBI長官エドガー・フーヴァーの辣腕と「ファイル」から日本人の掴んでいる情報がほぼすべて正しいことを知らされる。
ゆゆしい事態だった。

「我々はすべて知っているぞ」

という、それは日本側の怒り混じりの宣言だったのだ。
ウォレスは、この情報を政府内部にとどめておき、ハリー・ホブキンスを筆頭にした赤い細胞を拘束しようとするが、それは半分失敗に終わった。
なぜなら、この情報を入手したフーヴァーは、国内の反ソ派を通じて情報の概要をマスメディアにリーク。
厳重な「口止め」をする。だが、「先走った」ニューヨークタイムズの手によってこの情報は全米を駆け巡ることになったのである。

――「真珠湾の裏切り」――そう称されたこの大事件は、ほぼ同時に発生した沖縄沖海戦、そのクライマックスとなる戦艦「大和」の沈没しつつある写真(燃え盛り大傾斜する艦橋で写真に向かって敬礼をしつつある日本側士官と、それに答礼する米側将兵たちという構図)によって強烈なインパクトを米国民に与えることになったのだった。

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最終更新:2014年07月09日 21:43