66 :yukikaze:2014/07/15(火) 01:29:44
それでは『血塗れの破壊神』の咆哮をお楽しみください。

  戦後夢幻会ネタSS――前史「彼らは来た」

5 血塗れの破壊神

『日本海軍水上艦隊接近中』の第一報が入った時、オルテンドルフ提督は、「ハルゼーの馬鹿野郎が」と、思わず口走ったとされている。
もっとも、彼の立場からすれば、そう毒づきたくなるのは無理もなかった。
確かに彼の旗下には、戦艦6、重巡4、軽巡4、駆逐艦29、魚雷艇30隻という大兵力があった。
護衛空母部隊を除けば文字通り第7艦隊最強の戦力であり、世界中を見ても、彼の率いる戦力を超える戦力は数えるしかいないであろう。
問題は、彼の艦隊に接近している艦隊が、その数えるしかない艦隊の一つなのである。
戦艦6、重巡9、軽巡4、駆逐艦22。
額面上はほぼ互角に見えるが、相手には世界最大最強戦艦が2隻も控えているのである。
こちらにもビッグセブンと謳われた戦艦が2隻存在するが、防御面にやや不安を覚える艦であり、『巨龍』相手に喧嘩を売るにはいささか以上に無謀すぎた。

故にオルテンドルフは、個艦性能ではどう考えても劣勢にならざるを得ない為、それ以外のアドバンテージを用いて勝利をつかむしかなかった。
日本海軍の化物じみた夜戦技量を考えると、何も考えずに殴りあった瞬間、アッパーカットを食らって1ラウンドKOされるのがオチだからだ。
少なくとも彼は、ソロモン海で日本海軍を舐めてかかって、アイアンボトムサウンドで水葬されたキャラハンやクラッチレーの二の舞を踏むつもりはなかった。


その回答として、彼は、全艦艇をサンベルナルジノ海峡に布陣させた。
サンベルナルジノ海峡は、最少狭隘部は五キロメートルほどしかない極めて狭い海峡であり、艦隊運動に制約を生じさせる地形であった。
故に、オレテンドルフは、海峡入り口付近に魚雷艇部隊と2個駆逐隊(9隻)を伏せておき、日本海軍が接近した所を見計らって突撃。
奇襲攻撃を受けて混乱した日本海軍が、急いで出口に向かおうとしたところを、海峡出口でT字型に布陣していた戦艦部隊の砲撃で敵の頭を押さえつけ、満身創痍になった所を水雷戦隊で止めを刺すという物であった。
電子機器と通信装備において世界最高の水準を誇るアメリカ海軍だからこそ、この計画は可能であると考えられており、例え『巨龍』が相手であっても、十分に勝算はあると、オルテンドルフは判断していた。
後世の目からみても、この布陣はよく考えられたものであり、仮にこれが10隻程度の艦隊の突入だったら、間違いなくオルテンドルフの予想通りの展開になっていた事だろう。

だが・・・この時点で彼は勝機を完全に失っていた。

67 :yukikaze:2014/07/15(火) 01:32:01
結果論から言えば、サンベルナルジノ海峡ではなく、スルアン島沖合で、護衛空母と共同して日中に日本海軍と決戦した方が、まだしも展開は違っていたであろう。
何故か? 彼は夜戦の恐ろしさを完全に理解していなかった。
夜戦で一番恐ろしいのは何かというと、闇夜により状況が不鮮明となり、艦隊が混乱しやすいという事実である。
そしてそれは艦隊の規模が大きければ大きい程起こりやすくなるのである。
オルテンドルフの布陣は極めて合理的であるが、同時に巧緻に走った面があり、ゲームならともかく、実戦でそれが完璧に運用できるかというと、極めて困難であった。
例えば隊内放送は、二重三重の通信ラインを備えていたものの、これだけの大艦隊が夜戦を行う事自体が(演習を含めて)全くなく、序盤から飽和状態に陥っており、切り札のレーダーも海峡の地形の問題から、接近するか、日本側が海峡から離れない限りレーダー射撃は不可能でありこれも予想外の誤算となっている。

そして何よりの誤算。
それは、日本海軍は、アメリカ海軍がサンベルナルジノ海峡で要撃をするだろうという事を半ば確信しており、確実に先手を取るべく行動を開始した事であった。
そう。日本海軍に奇襲を取ろうと待ち構えていたオルテンドルフ艦隊は、逆に日本海軍から奇襲攻撃を受けることになったのである。
10月30日午後11時50分。サンベルナルジノ海峡に多数の照明弾が投下された時、彼の作戦は崩壊の一途をたどることになる。

この海戦の一番槍を得たのは、航空巡洋艦<最上><三隈>所属の水上爆撃機「瑞雲」であった。
海峡付近の探索を命じられていたこの機体は、海峡入り口にいくつかの航跡を発見すると、ためらうことなく照明弾を投下。
いきなりの眩い光に慌てる魚雷艇に、両翼にある20ミリ機関砲を容赦なく打ち込んでいった。
まさか水上機がこれほどの重武装をしているとは思わなかった魚雷艇の何隻かはまたたくまに大爆発を起こして沈没。そしてその爆発で、入り口付近に伏せていた部隊が暴露されるという結果を齎していた。
奇襲という最大のアドバンテージを失った今、魚雷艇と駆逐艦の命運は決まったも当然であった。
10分も立たないうちに、彼らは護衛の重巡部隊によって一方的に叩き潰されていた。
ソロモン海の戦訓から、前衛部隊に強力な巡洋艦部隊を控えさせていたが故の勝利であった。
そしてこの一方的な勝利の中、<利根><筑摩>の艦載機から、海峡出口に有力な艦隊が布陣している通信が入った事で、アメリカ海軍の手の内は完全に曝け出されることになる。

68 :yukikaze:2014/07/15(火) 01:34:59
それでもまだオルテンドルフは、自軍が有利であると思っていた。
なにしろ自分達は圧倒的に優位な陣形で布陣しているのである。
魚雷艇と駆逐艦の一部で敵戦力を漸減することは出来なかったが、それでも海峡から出てきた敵艦隊を、1隻ずつ確実に砲撃を加えていけば、予想よりも苦戦するかもしれないが、最終的には勝利を得られると。
しかし彼の思惑は、海峡出口から現れた『巨龍』の咆哮により、絶望へと追いやられることになる。
未だ海峡側にいる為に満足いくレーダー射撃が不可能なオルテンドルフ艦隊に対し、海峡出口にいる為にレーダー射撃が可能となっていた武蔵は、距離1万5千メートル付近に布陣していた敵水雷部隊に対し砲撃を加え、右翼部隊旗艦のフェニックスに損傷を与えることに成功する。
これにより右翼隊指揮官のバーケイ少将が昏倒し、右翼隊の隊列が乱れる中、武蔵は海峡を悠々と離れ、2万5千メートルの彼方にいる敵戦艦部隊への砲撃を開始する。
勿論、オルテンドルフ少将にとっても待ちに待った好機であり、旗下戦艦部隊に対し応射を命令。
ここにサンベルナルジノ海峡沖海戦が本格的に開始されることになる。

そして右翼隊の混乱はあったものの、計画通りに先頭艦の武蔵に砲撃を加えていたことに満足していたオルテンドルフであったが、確実に数発は食らっているのにも関わらず、悠然と距離2万にまで接近し砲撃を加える武蔵の姿を見て、それまであった高揚感はすっかり消え去っていた。
しかも戦艦部隊を率いていたウェイラー少将座乗の<ミシシッピー>が、位置の偶然から、海峡から突破してきた大和の砲撃で、一撃で轟沈したことで、全艦隊に混乱の輪が広がることになる。
本来なら敵戦艦部隊に襲い掛かるはずの右翼部隊は、先ほどの武蔵の砲撃による一時的な混乱により生じた隙を突かれ、敵重巡部隊と水雷戦隊(妙高級2隻、高雄級1隻、第四水雷戦隊)に抑えられ、効果的な牽制が出来ない状況に置かれていた。
この状況を何とか打開しようと命令を下そうとしたオルテンドルフであったが、その機会は永久に失われることになる。
大和級及び長門級の後から海峡を抜け出た扶桑級2隻が、大混乱中の敵戦艦群ではなく、左翼に陣取っていたオルテンドルフの巡洋艦部隊を砲撃、彼の旗艦である<ナッシュビル>を轟沈させたからだ。敵左翼部隊を打破することで、残りの重巡及び水雷戦隊で(最上級4隻、利根級2隻、第二水雷戦隊)敵戦艦部隊の後方に回り込ませ包囲殲滅しようと考えたのだが、彼らは想像以上の大金星を得る事になった。

そこから先は文字通りの虐殺であった。
まず最初に膝を屈したのは、オルテンドルフを失った左翼部隊であった。
扶桑級2隻の砲撃により、3隻の巡洋艦と2隻の大型軽巡洋艦は一方的に打ち据えられることになり、何とか反撃しようと突撃するも、重巡6隻によって袋叩きにあうことになる。
勿論、お供の駆逐艦は、日本海軍最強の第二水雷戦隊によって、スクラップになる運命になる。
右翼隊はそれに比べるとまだ健闘した方であり、<鳥海>及び駆逐艦2隻を中破させたものの、それぞれの水雷戦隊の雷撃能力を高める為に各1隻ずつ配備された重雷装艦<北上>の雷撃により大型軽巡洋艦2隻と駆逐艦2隻が相次いで撃沈され、かろうじて回避した重巡1隻も、<妙高><羽黒>によって沈められることになる。
そして主力決戦というべき戦艦部隊の殴り合いであるが、戦艦部隊が大和級に砲撃を集中させたことが災いし、<長門>と<陸奥>の砲撃で、最後尾を走っていた<カリフォルニア>と<ペンシルヴァニア>が一方的に打ち据えられた末に撃沈。
もはや退却する選択肢をなくした<ウエスト・ヴァージニア>以下3隻は、少しでも日本海軍への被害を増やそうと、近距離砲戦に打って出ようとするが、逆にそれは大和型に自らを生贄に捧げるようなものであり、<ウエスト・ヴァージニア>と<メリーランド>が、それぞれ<大和>と<武蔵>によって轟沈され、最後に生き残ったテネシーも<長門><陸奥>の2隻によって大破戦闘不能に陥り、その後静かに沈んでいくことになる。

69 :yukikaze:2014/07/15(火) 01:36:07
かくして1時間に渡る海戦の後、宇垣艦隊は隊列を素早く整えると、目指すレイテ湾へ向け進撃を開始した。
もはや彼らを遮る壁は殆どなく、オルテンドルフ艦隊の状況が分からず混乱に陥っているハルゼー艦隊が、レイテ湾突入までに宇垣艦隊を補足する可能性はゼロと言ってよかった。
彼らが情報を確定できるのは早朝であり、その時には宇垣艦隊はサマール島沖へと進み、ハルゼーの目の前には小沢機動艦隊が食らいついているのだ。
少なくとも彼らの空母機動艦隊が何か手を打つには、ハルゼーはいささか踏み込みすぎていた。

そして11月1日。アメリカ海軍から『血塗れの破壊神』と恐怖されることになる、大和級の伝説に更なる1ページが刻まれようとしていた。

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最終更新:2020年05月04日 13:37