344 :四〇艦隊の人:2014/02/14(金) 22:21:25
北郷達第一一大隊が奇妙な客を迎えた時から少々さかのぼる。

管輅という占い師が天の御使いの出現を予言した。
曰く「これから数年の内に、緑の服を身に纏い、一〇〇〇人の僕と三〇〇の巨大な馬、そして三〇〇の虎を引き連れた天の御使いが巨大な彗星に乗って現れるだろう。彼の者は火を噴く槍を持ち、遠く離れた人と言葉を交わし、敵対する者たちに火の雨を降らせるだろう。彼の者は農耕、牧畜、建築、政治、軍事について優れた知識を持ち、敵対する者に破滅と死を、味方する者に短き安定と選択肢を齎すだろう」
これを聞いた者たちの反応はおおむね三つに分かれた。
信じる者、信じない者、そして興味の無い者である。
信じる者は、ある者はこれこそ漢王朝の終焉を示すものとして打倒漢王朝の兵を挙げ、またある者はこれこそ漢王朝と天下の民を救う者と捉えて二人の義妹と共に旅に出た。
信じない者は「エセ占い師の戯言などに付き合ってられるか」と言い、ある者は打倒漢の反乱を起こした黄巾賊の鎮圧に、またある者はこの機に乗じて中原への侵入を図ろうとする異民族の征伐に赴いた。
興味の無いものは概ね二つに分けられる。本当に興味の無い者と、興味を持つほどの暇の無い者である。
この并州を治める姓を董、名を卓、字を仲穎、真名を月という少女もその忙しい者の一人でだった。

彼女はその日も朝早くから夜遅くまで仕事に励み、食事を取る元気も無く眠りにつこうと、疲れた体を引きずって政庁内の廊下を歩いていた。
彼女が頭を悩ませるのは自領の人材層の薄さである。
彼女自身は善政を敷こうとし、幼馴染の詠もそれを手伝ってくれている。
しかし、彼女らの手足となって動く中級、下級の文官層が彼女の治める并州は薄いのだ。
并州は古くから異民族である羌と境を接し、幾度と無く彼らの侵入を受けてきた。
そのためその国力の大部分を軍事に割かざるを得ず、彼女が并州刺史になった時期には并州の帳簿は真っ赤っ赤であった。
真っ赤な帳簿と薄い文官層の対価として、李確、徐栄といった旧来からの武官達に、呂布、張遼、華雄と言った比較的最近から仕え始めた武官達、そして数はともかく質では漢でも有数の精強な兵を持っているのは唯一の幸いである。
彼女は異民族に対する最前線の城の太守である丁原の協力を得て、羌の主要な顔役達の間を渡り歩き、并州への不可侵と、作物と馬との交換を申し出た。
彼女の処罰されることも覚悟した努力は実を結び、并州はある程度の安定と余裕を得たが、税は依然として高く、民の暮らしは楽にはならなかった。
学のある者も皆、漢の北の果てと言っても良い并州まで仕官しようと来るものは少なく、また彼女自身それほど位の高い家ではないため、余計に人が集まらない。
そんなわけで彼女は今日も頭を悩ませていた。

どうにも気分の晴れなかった月は庭に出ることにした。
彼女の真名と同じ夜空の月を眺めていると不思議と気分が落ち着く気がしたからだ。
彼女は庭に出て空を見上げ、そして硬直した。

空にあったのは巨大な彗星。
視界の端から端までを突っ切るほど大きく、その光は銀河を霞ませてしまうほど。

「月ーーー!!」
「月っちーーー!!無事かーーー!!」
「…………」

視界の端から幼馴染の詠と部下にして親友と言っても良い恋と霞が走ってくるのが見えるが、月は彗星から目を話せない。
そのとき彼女は月を見つけた。
空の月はまるで彗星の頭から少し遅れた位置で彗星の箒に寄り添うかのような場所にあり、彗星の頭は霞の様なものに包まれていた。
月は視線を彗星のそばにある月から動かさず、走りよってきた幼馴染に尋ねた。

「ねえ、詠ちゃん。『天の御使い』って噂の事、覚えてる?」


【ネタ】北郷一刀君と一〇〇〇人と六〇〇頭の愉快な仲間たちは外史に放り込まれたようです【その二】

345 :四〇艦隊の人:2014/02/14(金) 22:23:53
一夜明けて。
月と詠の二人は『天の御使い』について相談するべく李儒の屋敷を訪ねていた。
李儒、字を文優、真名を泰と言うこの男は月の叔父にあたる人物で、取り立てて有能とは言えないが清廉かつ生真面目な老官僚であり、任されたことは必ずやり遂げ、遥かに年下の詠の命令にもいやな顔一つせずに従っていた。
月と詠はそんな彼を第二の父と慕い、李儒もそんな二人を公ではともかく私では孫のようにかわいがっていた。
しかしここ数年は年の所為か体調を崩すことが多くなり、職を辞して屋敷で静養に努める様になっていた。

「おお、月に詠ではないか!元気にしとったか?」
「泰叔父さんも元気そうで何よりです」
「だいぶ体の自由も利かなくなって来たがの。して、何ぞあったかの?」
「実は……泰叔父様、『天の御使い』について何かご存知ですか?」
「フム、『天の御使い』か……確かに以前そんな噂があったが……スマンが覚えとらんの」
「そうですか……」
「『天の御使い』が何ぞしたのかの?」
「昨日の夜、巨大な彗星がありました。町も今その噂で持ちきりになってるんです」
「なるほど……もし仮に『天の御使い』と言うのが本当に現れたのならば、ぜひともこの并州に迎え入れるべきじゃの。他所の連中に横取りされる前に」
「月もボクもそのつもりで居ます。それで泰叔父様が何かご存知では無いかと……」
「なるほどの。生憎じゃがわしは何も知らんな。すまんな、役に立てなんで」
「いえ、私達のほうこそいきなり押しかけてきてすみませんでした。お大事に」
「ウム。……ああ、そういえば華雄の嬢ちゃんが戻って来とったようだぞ。ひょっとしたら何か聞いとるかもしれんの」

李儒の屋敷を辞した二人は、華雄に話を聞くべく、武官達の詰所を目指した。
華雄、これは本名の当て字で字は無いらしく、真名もそういった習慣の無い地方から来たらしいこの女は、つい最近にどこからか流れてきた武人で、異民族系の出身らしい。
割と脳筋で、冗談を解さない堅物だが真面目で、ある程度の読み書きと簡単な計算をこなし、部下にも上官にも頼られる謎の多い女である。
二人が武官の詰所を訪ねたとき、華雄は部屋の入り口に背を向けて机に座り何か書き物をしていた。

「華雄、ちょっといいかしら?」
「仲穎様と文和様ですか?何か御用でしょうか?」

詠が声をかけると、彼女はこちらに向き直り、立ち上がって拝礼した。

「ちょっと聞きたいことがあったのだけど……仕事中だった?」
「いえ、半分は私的な興味でしたので……何用でしょうか?」
「華雄、『天の御使い』について何か知りませんか?」

正直、月も詠もあまり期待はしていなかった。

「『天の御使い』って甘藷とか何とか言う占い師が予言したあれですか?内容はよく知りませんけど」

まあ、それでも少しは期待していたので一応は落胆した。
しかし、華雄の次の言葉に二人は驚愕し、華雄を問い詰めることになる。

「それよりも、先ほど徐栄殿には帰還の報告をし、後ほど報告書を作成してから報告に向かおうと思っていたのですが、今口頭で報告させてもらいます。杏果村の付近に所属不明の軍隊が現れたそうです。村民たちの話では巨大な馬と虎を連れていて、村を襲った黄巾賊をあっさりと蹴散らしてしまったそうで……あの仲穎様?文和様?そんなに近寄ってきてどうされました?……私の報告に何か落ち度が?」
「「それです(よっ)!!」」
「!?」


346 :四〇艦隊の人:2014/02/14(金) 22:27:49
それからはトントン拍子に話が進んだ。
華雄を締め上げて情報を吐かせた詠は即座に霞を呼びつけ、『天の御使い』軍に対する使者として赴く自身の護衛を命令、月は最初は彼女自身が赴こうとしたが、李儒の後任の文官に捕まって執務室に連行されてしまい、結局詠と霞のみが行くことになった。
二人は、五〇〇の騎兵を引き連れて杏果村に向かい、そして未の正の頃、現代の時間にして一五〇〇時ごろに『天の御使い』軍が宿営地を設置している丘陵の近くに到達した。
こちらが向こうを確認するより前に向こうはこちらを発見したらしく、兵士たちが槍の穂先の付いた弩のようなものをこちらに向けている。
二人は目で言葉を交わすと、連れてきた兵にその場での待機を命じ、歩いて陣地に近づいた。

「そこでとまれ!!」

門の脇に立っている兵士がこちらに向かって声を張り上げる。
距離はおよそ五丈(約一〇メートル)程。

「何者だ!?官姓名を名乗れ!!」

聞くからにこちらを警戒している兵士の誰何の声が聞こえる。

「并州刺史、董卓様からの使いで参りました、賈文和と申します。この軍の指揮官にお取次ぎをお願いします」
「同じく、張文遠や」

347 :四〇艦隊の人:2014/02/14(金) 22:28:50
一方その頃、北郷大尉以下第一一大隊の幹部達は水掛け論の真っ最中だった。
積極的にこの世界に関わり、自分たちの生存権を確保するべきだと言う荻窪中尉、後藤中尉、佐藤少尉を中心とする介入派と、この銃弾一発が後にバタフライ効果で何を起こすか判らないと介入に躊躇する冴島中尉、三島中尉、第二中隊第三小隊長の飯島少尉ら慎重派が対立したのだ。
一進一退の水掛論は、双方にとって予想外の来客によって中断される。
第一報は周辺で警戒任務についている分隊からだった。

「こちら警戒第四分隊、警報。騎馬部隊およそ五〇〇、宿営地に向けて接近、旗は張の一文字、そこまで速度は出していない、接触まで約二〇分。それと……!?あれは!?」
「落ち着け、どうした!?」
「……あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!『おれたちはこのポイントで警戒任務についていたと思ったら、目の前を半裸の痴女が馬に乗って走り去っていった』……な……何を言っているのかわからねーと思うがおれも何が起きたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか欲求不満の見せる幻覚だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」
「…………曹長殿、警戒四班の班長が壊れました」(ヒソヒソ)
「…………放っとけ、どっかの誰かがこっちに近づいていることは確かなんだ。警報を発令、伝令、北郷大尉に状況を報告しろ」

この報告を受けた北郷大尉は即座に警戒配置を発令。
第二、第三中隊に宿営地の防備を任せ、第一中隊の指揮を斉藤少尉に預けて、不明勢力が接近してくる方向の反対側から出撃させ、目標部隊の後方を遮断する。そして自身は宿営地の中で不明勢力を待ち構えた。

待つこと四半時、宿営地に接近してきた騎馬部隊は宿営地の門から二〇〇メートル付近で停止。その先頭から、二人の少女が歩いてきた。
どちらも頭に美の文字が付く程の麗しい顔立ちをしている。
しかし彼女らの格好が問題だった。
一人はまだいい。
青緑色の髪に、どこと無くメイド服を連想させる服にタイツのような何か、大き目の帽子に下縁の眼鏡をかけている。
眼鏡とかタイツとかいろいろ突っ込みどころはあるが、もう一人に比べればだいぶマシである。
もう一人の方は全身突っ込み所の塊だった。
薄紫の髪と陣羽織、これはまだ良い。
しかし、その下は胸元にサラシを巻きつけ、しかも緯度七〇度近くからははみ出しており、腰には袴、しかもサイズがだいぶ大きい物の裾を詰めた物を着用しているのか太ももが膝の近くまで露出している。
四〇〇年前なら傾奇者と呼ばれたかも知れないが、今の、二〇XX年の大日本帝国でこんな格好をしている女性を表す言葉は二つしかない。
痴女、あるいは露出狂である。

「痴女だ……」(ヒソヒソ)
「痴女だな……」(ヒソヒソ)
「ああ、痴女だ……」(ヒソヒソ)
「すげぇ、あんなのがいるのか……」(ヒソヒソ)
「ああ、流石中国、奥が深いぜ……」(ヒソヒソ)

北郷は、兵達のヒソヒソ話を聞きながら、頭を抑えたくなる衝動を必死でこらえていた。
横目で伺うと、後藤中尉と岩崎軍曹も似たような顔になっている。

「そこで止まれ!!何者だ!?官姓名を名乗れ!!」

こんな状況でも真面目に職務を遂行していた衛兵が一〇メートルほど先で彼女らを止め、誰何の声を上げ、

「并州刺史、董卓様からの使いで参りました、賈文和と申します。この軍の指揮官にお取次ぎをお願いします」

まず、マシな方が拝礼して答え、

「同じく、張文遠や」

そして、痴女の方がマシな方に続いた。

北郷は後藤中尉に目配せを送り、営門から五メートルほど前に出て声を張り上げた。

「私は大日本帝国陸軍遣支総軍隷下第一一独立捜索剣虎兵大隊大隊長代行北郷一刀大尉。現在のこの隊の指揮官だ」

348 :四〇艦隊の人:2014/02/14(金) 22:31:48
以上ここまで。
……皆さんの反応が本当に怖い……。

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最終更新:2014年12月21日 01:55