933 :ひゅうが:2014/12/21(日) 06:22:23


IFネタ―――「極東危機の断景」


―――199X年1月3日 太平洋


日本国防海軍第一艦隊は、この日で2週間目に達する海上待機を続けていた。

「報告します。『ツクバサンハレ トザンケイゾク』以上です。」

「三系統で確認したんだろうな?」

「勿論です。一昨日のような件がありましたからね。」

重装甲航空母艦「信濃」の艦橋は張りつめた緊張感に満ちていた。
艦橋の「提督席」と呼ばれる場所に腰掛ける藤堂進大将は「そうか」と低くため息をつき、伝令をねぎらった。

「テイトク。紅茶をいれてきました。皆さんにもあります。」

いつものように、金髪の米海軍士官が艦橋に現れ、後方に烹炊科員のアルミ製のケースをひきつれてやってくる。
アドミラルといわずにテイトクと日本語で言っているあたり、この士官は相応以上に彼らに気を使っているのだった。

「おお、待っていたよ!」

藤堂は顔をわざとくしゃくしゃにして、艦橋の人々に目線で合図をする。
皆が思い思いに笑顔を浮かべてこの士官とその部下のようになっていしまっている烹炊科員たちに礼をいいながら、ケース内の握り飯と紅茶を手にしていく。
紙コップであるのが残念だが、それが問題にならないくらいこの連絡士官は茶をいれるのがうまかった。

「来ませんでしたか。」

「世はなべてこともなし、だよ。お上がゴタついていても我々はこうしてうまいお茶をのめる。結構なことだと思わないかね?」

「私としては、紅茶党であることを遠慮せずに済むのがありがたいですね。何しろわが国ではボストン以外では紅茶を飲む瞬間がないもので。」

在日米海軍から派遣されてきた「核兵器運用士官」は片目をつぶってみせた。
彼は、この空母「信濃」をはじめとする艦隊各艦の核兵器運用倉庫の安全装置ロックを担当する士官である。
早い話が、潜水艦ものの映画で出てくるネックレスに鍵をつけている連中の同類だった。
戦略潜水艦ではなく航空母艦による打撃力と核シェアリングを両立させた日本国防海軍では、戦闘航海時にこうした士官が必ず配備されるのが決まりだった。

「できれば明日も、明後日も、こうして紅茶を飲みながら船に乗っていたいものだなぁ。私はこの艦には少しばかり縁があるから…」

「存じております。確かあのヤマトと誕生日が同じだそうですね?」

「うん。航海局長だった父がよく話してくれた。それに、私は湾岸の時にもこの艦に乗っていたんだよ。知っていたかね?」

これには、士官も目を白黒させた。

「いえ。すみません。」

「まぁ知らないのもしょうがないさ。一応あの海戦の直前に視察をかねて統幕から飛んで行ったんだから。君もあそこにいたのだったか。」

「はい。タイコンデロガに乗っておりました。」

「なら、私と君とは戦友というわけだ。CICにいる艦長とも。」

「何ともはや。光栄であります。閣下。」

敬礼してのけるこの士官に、艦橋が笑いで満ちた。
これでいい、と藤堂は内心でほっと溜息をついた。
本来なら引退間際であったこの「信濃」が引っ張り出された事情にあたって、困ったアメリカさんの大統領が関わっていたからといって未来永劫それが続くわけではないのだから。

934 :ひゅうが:2014/12/21(日) 06:23:11

「テイトク。第2陣の発艦許可を願いたいのですが。」

「許可する。空中待機していた夜勤組には熱い風呂をいれてやるように甲板士官(ウォッチマン)に伝えておいてくれ。それとCICの南雲君にももう休めといっておいてくれ。」

「アイ・サー!」

すっかり伝令役が板についてしまった士官はくるりと身をひるがえし、規則正しい歩調で艦橋の扉をくぐっていった。
甲板では、1機あたりに1発1.2メガトンのB83水素爆弾を搭載したF/A18「ホーネット」戦闘爆撃機が発艦準備態勢に入っており、艦首からは風向を示す蒸気がたなびいている。

「日がのぼるな。」

水平線に朝日が輝き、第一艦隊から第三艦隊までを総ざらいして編成された巨大な空母機動部隊を照らし出す。

輪形陣の中央を進むのは「信濃」「大鳳」といった冷戦の主力となった超大型航空母艦。
そのやや後方には、強引に予定を繰り上げて海上へ引っ張り出された新世代の航空母艦「瑞鶴」がこれに続いている。
その周囲には、イージス巡洋艦(国防海軍は艦隊旗艦設備を有する艦を巡洋艦として他の駆逐艦と区別していた)「金剛」型4隻と、これまた冷戦期の主力であった「石鎚」型ミサイル巡洋艦2隻、そして退役寸前のロートルである「天津風」型ミサイル駆逐艦までもが存在する。

外周を「島風」型汎用駆逐艦で固め、先行する打撃ミサイル巡洋艦「神通」型やはるか先鋒の「黒潮」型潜水艦がいるのだが、これはさすがにここから見ることはできない。

冷戦後初めて編成されたこの「第一統合任務部隊」の仕事は、極東動乱の結果がソ連崩壊時のように満州全体に波及し、第三次日本海海戦のような派手な花火に陥ることを防ぐことだった。
あの海戦において、ウラジオストク内の反乱勢力への合流を図った大連のソ連第2太平洋艦隊はアメリカのモンタナ級2隻とこの「信濃」によりしたたかに撃ちすえられて壊滅していたのだから、この威圧は十分に効果的であったのだった。


――昨年末、中国共産党の指導者であった長老格がついに病に倒れた。
これに呼応するように人民解放軍は長城線上にある国境地帯へと兵力の終結を開始。
さらには38度線の向こう側から日本本土を飛び越えるように3発の長距離弾道弾が発射されたことにより、緊張は一気に拡大した。

当時の米国は、満州連邦共和国への接近を図っていたことから、経済危機に苦しみ介入の余力を持たないロシアによる扇動があったとも思われたが、国営放送は長城線の向こう側の「中華人民」に対し祖国への復帰を呼びかけ、「帝国主義的な過去の遺物ソ連」や「日帝の肩をもつ米帝」を口を極めて罵っていた。
これに、半島南部の政権が同調するような動きを見せたことから事態は一気に混迷をはじめる。
ウラジオストクの太平洋艦隊は日本海への遊弋を開始し、シベリア各地では予算不足のために絶えて行われていなかったはずの戦略爆撃機の空中待機までが開始。
相前後して、北朝鮮国内で第一次動員令を発令されるにおよび、日本政府は泡を食って有効な反応を見いだせない太平洋の彼方を見限る決断を下した。

「統海令第38号 第一統合任務部隊は、所定の警戒行動に入るべし。詳細は追って指示する。」

935 :ひゅうが:2014/12/21(日) 06:23:47

世界は震撼する。
宿毛湾軍港と佐伯湾軍港、さらには横須賀軍港にけたたましいサイレンの音が鳴り響き、3隻の超大型航空母艦が抜錨。
海上へと滑り出したのである。
上空には、厚木や宿毛、鹿屋に展開した航空隊がぴったり張り付き、あわてて中継をはじめたテレビ局のヘリに対しては艦載ヘリ部隊が接近警告を行うことすらはじめたのである。

「内閣府発表 本日午前6時をもって、わが国防軍は非常即応待機に入ったことをここにご報告申し上げます。」

顔色の悪い官房長官がそれだけ述べて記者会見場を後にしたとき、世界は悟る。
これは、冷戦後の経済的・政治的主導権を東京とワシントンが争っているという彼らの理解の外にある事象であると。
このときになり、数年前から日本政府が出していた苦言――大半が笑って聞き流されるか、日本側の悲鳴と溜飲を下げていた――が思い出される。

いわく、

「満州を親米化できればそれは結構だが、米国にとっての日本がロシアにとっての満州である。」

「かの半島国家は残念ながら我が国をすいていない。」

「中華は、彼らが自分のものと思う領土を決してあきらめることはない。そこに彼らが同胞と思うものがいるなら必ず。」

早い話、多角的アジア外交を標榜しつつ冷戦後の日本の経済的屈服を図ろうとした米政権は、アジアにおいては冷戦は終わってなどおらずむしろこれからが本番であるという単純な事実を見誤っていたのだった。




――第三次世界大戦の号砲を受けて即座に飛び立ち、ユーラシア大陸沿岸から奥地にかけて百発以上の炎の花を咲かせるべく、艦隊は今日も遊弋する。
ダークスーツの男たちがなんとか妥協点を見出し、危機が終わるその時まで。

「ニイタカヤマノボレ」の言葉が東京から放たれないことを祈りつつ…

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最終更新:2015年01月22日 13:14